???side
――どうしてこうなってしまったんだろう
千冬姉の大会の応援に来ただけなのに突然見知らぬ人達に連れ去られて、今や薄暗く埃っぽい場所に縛られている。目の前にある鉄製の扉の小さな覗き窓から僅かな光が射しこみ、時折そこから俺を誘拐した連中の仲間らしき人間が定期的に様子を確かめに見に来る。
最悪なのはその様子を確かめに来た人間が身動きが出来ない俺を殴ったり蹴ったりと暴行を加えてくる事だ。
「ボウヤ、気分はどう?」
……最悪だよ。答えられるのならそう言ってやりたいが猿轡を噛まされて何も話す事が出来ない。噂をすればなんとやらか、件の人間――女――が扉を開けてこの部屋に入ってきた。
「ゴハッ!!」
入ってきた女はまっすぐ俺の所に来るとそのまま俺の腹に蹴りを入れてきた。何度も蹴られて痛む腹に更に鈍い痛みが走る。それでも女の脚は止まらない
「フフ、あの『ブリュンヒルデ』の弟なのに大した事ないのねえ!」
……俺は千冬姉じゃねえ。千冬姉の様な力は持っていない。だからせめて千冬姉の力になれるよう、支えになれるよう頑張ってきた。それをお前如きに否定される筋合いはねえ……!
「……なにかしらその目は。ガキが生意気こくんじゃないわよ!!」
「ガッ!?」
俺の視線が癪に障ったのか女は俺の顔を踏みつけてくる。
「はあっ……。もう飽きてきたわ。別にボウヤが生きていようが死んでいようが関係無いし、相手にするのも面倒だからさっさと死んでくれないかしら」
そう言うと脚をどけて数歩下がった女の右腕が一瞬光り、ロボットの様な機械の腕と人間に向けるには大き過ぎる銃が向けられる。素人でもわかる。アレはISとその武器だ。
……ちくしょう、こんな所で俺は死ぬのかよ。こんな理不尽な理由で、こんな不条理な力で殺されるのか。俺はまだ護られてばかりで、誰も護れてないというのに。俺を護ってくれた、支えてくれた人達に何一つ返せていないというのに。
ガシャアアアアアンッ!!
しかし聞こえてきたのはナニカが落ちてきた音のみで何時まで経っても銃声は、身体を貫く痛みは届いてこない。疑問に思いゆっくりと閉ざされた目蓋を開けると――
――雪……?
キラキラと翡翠の様な輝きを放つ何かが上から舞い降りてくる。屋内であるこの場所にそんな自然界にない色の『雪』なんかが降る筈もないのに、極限状態まで追い詰められていた俺にはそれが冬の夜に降ってくる『雪』に見えた。そして俺はその『雪』が降ってくる上に向かって顔を上げる。
――天…使……?
そこには背中から大量の『雪』を放出し白と『雪』と同じ翡翠色の刀身を持つ大きな剣を携え、全身を包みこむ長衣(マント)を纏った『天使』がいた。
三人称side
第二回モンド・グロッソ会場の一般観覧席に刹那はいた。現時点でスピードレース部門と射撃部門が終わり、次の総合競技部門の決勝が始まるまでアリーナの整備などで時間はある。
《如何ですか?この世界のトップレベルのIS操縦者達は……》
脳量子波を介してエクシアが刹那に訊ねる。今日は各競技の決勝が主だった日程の為文字通り世界中のトップレベルのIS操縦者が集まるのだが、彼女達の力量を問うているのだ。
《速さではアレルヤ、射撃ではロックオンの方がマシだ。彼女達の腕が悪い訳ではないが、機体の性能に頼り過ぎている。IS云々を除いても、機体の扱いについても元の世界の方が上だな》
同じCBのガンダムマイスターであるアレルヤ・ハプティズムやロックオン・ストラトス兄弟の機体が機動力と長距離精密射撃のそれぞれに特化した機体とはいえ、彼らはそれを使いこなし生身での技能も高かった。また、かつて敵対した人間の中にもガンダムより遥かに劣る性能の機体で刹那らを追い詰めた者もいた。
それらを考えると、機動兵器の操縦者としてこの世界の人間はまだまだだった。
《そもそもISそのものが殆ど解明されていないのに軍事転用しようとしている事自体誤りです》
ISの登場から数年経った今でもISのコアの研究は進んでおらず、『肉体』である外装と装備の開発が漸く軌道に乗り始めたぐらいだ。その為この大会に参加している機体も、"ISとしての完成"を目的とした『第一世代』と呼ばれる機体が約半数を占めており、"後付装備(パッケージ)による汎用性の確保"を目的とした『第二世代』も実用化の目途が立ち残りを占めている。
エクシアもまた『リペアⅣ』の特性である『GNアーマー』と呼ばれる追加装備郡により第二世代の定義を満たしてはいるが、太陽炉搭載機の切り札であるトランザムシステムやダブルオーライザー、ダブルオークアンタについては定義のしようが無いため、エクシアについても分類はしていない。もしかしたら今後開発されるであろう第三、第四世代機に相当する可能性もある。
エクシアと大分長い事話していたが、まだ時間はある。このまま待ち続けるのもなんだと思い、コーヒーでも買うために席を立った。今の時間だと売店やその周囲の自販機は同じく飲み物や軽食を求める人達で溢れかえっていることだろうから最も遠いが特に待たずに確実に買えるであろう自販機を目指す。関係者以外立ち入り禁止区域のぎりぎり外側の為問題ない。
目的の自販機があるスペースが見えてくるとポケットの財布から小銭を取り出しそのまま投入口に入れようとした瞬間、誰かの手とぶつかりそうになるのに気付いた。
「「むっ……」」
その手の主は東洋人の女性だった。十代後半から二十代になったばかりに見える女性は、やや吊り上った目尻に凛とした佇まいとウルフテールの黒髪が特徴的で誇り高い狼の様な雰囲気を纏っている。そして刹那には――この世界の大半の人間も――この女性を知っていた。
(『織斑千冬』、か……)
『世界最強のIS操縦者《ブリュンヒルデ》』として知られる彼女がどうして此処にいるかは分からない。いや、この大会の選手なのだからこの施設にいるのはおかしくないのだがその次に出番のある選手が何故関係者以外立ち入り禁止区域外の自販機の前にいるのかが分からなかった。
「……先に使え」
「……すみません」
取りあえず自販機の順番を先に譲る。何の面識も無しに話しかける程無礼でもないしこれから出番のある彼女を呼び止める訳にもいかなかった。
彼女が立ち去るのを見送ってから再び自販機の前に立つ。小銭を入れボタンを押そうとし――
「むっ……」
コーヒーが売り切れていた。他はジュースや炭酸飲料ぐらいでミネラルウォーターもない。仕方無く一番無難な紅茶を買う。
「甘い……」
……缶の紅茶は思っていたよりも甘かった。
千冬side
……あの男、何者だ?控室に用意されていたものが切れてしまっていた為私がコーヒーを買いに行った自販機の前で出くわした一人の男。中東系特有の褐色の肌にクセがかった黒髪。年齢は私と同じぐらいだがかなり大人びた雰囲気を纏う奇妙な奴だ。身のこなしも只者ではなく身体も見るからに鍛えられているのがわかる。
私の顔を見ても表情を殆ど変化させる事無く淡々としていた。まあいい、関係のない事だ。そういえば一夏はもうこちらに着いているだろうか。招待状と指定席のチケットを同封して送ってやったから迷う事は無いと思うが……。
――この時、私は一夏の身に危機が迫っている事を露にも知らなかった。
刹那side
妙に甘い紅茶と悪戦苦闘しながら元来た道を戻っていると、途中で大会運営スタッフの制服を着た男と擦れ違った。ただそれだけならまだしも、問題なのはその男の身のこなしが素人のソレでない事、そしてその男から『裏』特有の感覚の様なものを感じ取った事だ。
警備員とは格好が異なりそれにあの感覚がどうも疑心を抱かせる。男に気付かれぬよう背後から尾行していき、『STAFF ONLY』の看板を越えて通路を進んでいくと、次の角を曲がった先で男が誰かと話しているのが聞こえてきた。
『ああ、仕事はきっちりやったぜ。しかし『ブリュンヒルデの弟』を誘拐するだなんて、只のガキを誘拐してどうすんのかね?それで金が手に入るのならそれに越した事はないんだがよ』
どうやら通信機越しに話している様だが…何?『ブリュンヒルデの弟』、つまりは織斑千冬の弟を拉致したというのか……?!
『ああ、ああ。もう切るぜ。……はあ、さっさと美味いビールでも呑みガッ?!」
常人では知覚出来ない程の速さで角から飛び出して男を床に押さえつけて喉元にナイフを突き付ける。喫茶店の男の技の見よう見真似だがやはりあの男の様にはいかんな……。しかし、事態は急を要する。
「包み隠さず話してもらうぞ」
三人称side
場所は会場から十数キロ離れた廃工場の集まる旧工業地帯で、刹那はそのとある廃工場のダクトの中を匍匐前進で進んでいた。
刹那が男から聞き出せたのは男自身はフリーの傭兵であり、とある女から織斑千冬の弟――『織斑一夏』――の誘拐を依頼された事。依頼主は女だが名前はそういう契約で聞かされていない事。そして織斑一夏はこの廃工場に連れ込まれた事だ。
単身では正面から突っ込むには分が悪くまた居住区から離れているとはいえ余り騒ぎを起こしたくはない為、エクシアも使用出来ない。使うとしたらISが出てきた時のみだ。時折通気口から内部を覗いて内部構造や人員の配置を記憶していく。
暫くするとこの先から人の声がしてきた。声の高さから察するに女が一人は確実におり、誰かを怒鳴りつけている様だ。這う速度を上げ声の主がいるであろう部屋の通気口まで辿り着く。そこで見えたのは拘束された日本人の少年にISを部分展開しIS用アサルトライフルを突き付けている女の姿だった。
(まずい――!!)
通気口の蓋を強引に突き破り飛び出すと同時にエクシアを展開する。女と少年の間に割り込む様に着地し、右腕に装備したGNソード改の先端を女に向けた。そしてセンサーマスクに覆われた頭部ユニットの中で刹那は声に出さずに"ガンダムマイスター"としての『あの台詞』を言う。
(ガンダムエクシア、刹那・F・セイエイ、目標を駆逐する!)
一夏には目の前に立つ鋼鉄の巨人――ガンダムエクシア――が苦しむ人々を救いに来た天使に見えていた。実際目の前の巨人には翼は無く全身を包むマントと右手の大剣から騎士の様な印象を受けるかもしれないが、薄暗いこの空間の中で巨人の背中のコーンから排出されるGN粒子の輝きが幻想的な光景を生み出していた。
そしてエクシアは一夏に目もくれずただ目の前の女に剣を突き付ける。
「何かしらあなたは……。開放回線(オープン・チャネル)も個人間秘匿回線(プライベート・チャネル)も繋がらないし、いきなり現れて武器向けてくるなんて意味分からないわよ!!」
女はISを全展開しエクシアにアサルトライフルの銃口を向けようとするがそれよりも早くエクシア――刹那は動いた。
女がISを展開すると同時に女を一夏から離す為に加速し体当たりをかます。そしてGNソード改を左から右に振るい女の右手に握られたアサルトライフルを両断した。
「調子に…乗らないで!」
女は左手に近接ブレードを展開してエクシアに向けて突き出すが、刹那はGNソード改を素早く折り畳み側面の小型シールドで受け流しながら左腕のGNシールドの先端を女のがら空きの腹に叩き込んだ。そして女が吹き飛んだところにGNソード改のライフルモードで両手足を正確に射抜く。
四肢のユニットに内蔵されたPICごと破壊された女は背中の多方向加速推進翼に内蔵されたPICでなんとか浮遊するが武装を展開する事は出来ない。しかしエクシアはこちらにまだ銃口を向けている。
「ちい……っ!」
圧縮空気の抜ける音と共に女の身体とISが分離する。敵前でISを放棄するという突然の事態に一瞬動きを止める刹那だが、次の瞬間に女の狙いを理解し急いで一夏の身体を覆うように抱きしめた。放棄されたISは光を放ち――
チュドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
――大爆発を起こした。女の狙いは一夏とエクシアごと同時に葬り去ろうとISを自爆させたのだろう。ISの自爆ともなれば如何にISとなれど無事ではすまない。ガンダムの強固な装甲と緊急時用のGNフィールドが無ければ流石に危なかった。
自爆したISは元の形状を留めぬ程木端微塵になっていた。だがコアは恐らく事前に女が抜き取ったのであろう。コアは代えが利かないがコアさえ無事なら『肉体』となる外装があればなんとかなる。
「あ、ありがとうございます……」
いきなり正体不明の機体――『天使』――が現れて目の前の女と交戦、『世界最強の兵器』と謂われるISを瞬殺し倒された女がISを放棄した瞬間に大爆発というハリウッドのその手の映画を三倍速で早送りにした様な急激な展開の速さに思考が追い付けていない一夏だが、女を倒した目の前の『天使』が自分を助けてくれた事ぐらいは理解していた。
改めてまじまじと『天使』を見る。全身を包むマントで分かり辛いが操縦者の身体全体を包み込む全身装甲(フル・スキン)が特徴的なISと思しき機体。ISについて何もしらないので目の前の『天使』がISなのかは判断しかねるが、女が使っていたISを倒したのだからそうなのだろう。『ISを倒せるのはISだけ』というのがこの世界の常識だ。
顔は仮面の様なバイザーに覆われて表情があるのかも分からないが、手に持つ武器や全身像も相まって強きを挫き弱きを助ける"ヒーロー"の様にも見えた。
「え、えと……」
しかし何とかお礼は言えたものの一夏にはそこから続く言葉が出てこない。まだ混乱している頭で何を言おうか、何を聞こうかと纏まる筈も無かった。それでもどうにか会話を繋げようとするがそれは突然『天使』に突き飛ばされた事で中断される。
何事かと見ればその眼に映ったのは、『天使』に斬りかかる姉の姿だった。
時間は少し遡る。選手控室で次の決勝に向けて瞑想して集中力を高めていた千冬の耳に齎されたのは弟の一夏誘拐の報せだった。情報源は大会運営スタッフの一人のドイツ人で、日本人の少年が黒服の大人達に車で連れ出されるのを目撃したというものだった。
現在ドイツ軍と日本政府から派遣されたエージェントが捜索しているそうだが、千冬は周囲の制止の声も聞かず自身のIS『暮桜』を展開して飛び出してしまった。途中捕まえたドイツ軍人からドイツ軍独自の情報網で会場から離れた廃工場に不審な車が向かっていったという情報を聞き出しそこに向けて暮桜を飛ばしてきたのだ。
そして目的の廃工場が見えてきた時その建物の一つから爆発が起きたのを目撃し、急いでそこに向かった。そこで千冬が見たのは一夏を抱きかかえた見知らぬ全身装甲のIS(アンノウン)の姿だった。
「……貴様、一夏を離せええええええええええええええええええええええ!!」
右手に握った太刀型近接ブレード『雪片』を振りかぶりアンノウンに向かって斬りかかる。アンノウンは一夏を突き飛ばしバックステップで距離を取るが反応が遅れたのか雪片の先端がアンノウンの顔面に掠り、仮面の様なバイザーの一部を破壊、そこから青白い光を放つ右目のセンサーアイが覗く。先程の爆発で焦げ付き先端がボロボロになったマントと欠けたバイザーから覗く右目が千冬には幽鬼の様に見えた。
しかし今はそんな事はどうでもいい。こいつは一夏を攫った連中の仲間だ。情けをかける気などない。唯一の家族を攫われた事に激高した千冬には容赦など無かった。
(まさかここで彼女が出てくるとはな……)
一方刹那は冷静に事態を理解し解決に向けて思考を巡らしていた。遅かれ早かれ彼女の元に織斑一夏誘拐の報せが入るのは分かっていたが予想よりも早かった。元々の算段ではこのまま織斑一夏を連れ出し此処から安全な場所で開放するつもりだったが、織斑千冬本人が来た事でそれは無意味となった。
ならば此処は彼女にまかせ自分はさっさと退避すればよいのだが、目の前の彼女は此方を完全に敵だと見なしており逃がしてくれそうにない。正体を曝す訳にもいかないのでエクシアを解除するのも通信で説得するのも無しだ。そもそも男がISに乗っている事自体ありえないのだから。
織斑一夏を爆発から庇った事で無理な姿勢となり更に不意打ちときて僅かにダメージを貰ってしまった。別に何の支障もないが、普段の感覚で紙一重で避けたつもりが使い慣れないセンサーマスク分間合いがずれて一撃食らった事には違いない。お蔭でガンダムの特徴であるツインアイの一部を曝してしまったが、ガンダムが存在しないこの世界で正体を知られる事はないだろう。
修復ならELSの再生力でどうにかなるが、これ以上ダメージを貰うのは避けたかった。刹那が最も危険視しているのは彼女が手に持つ近接ブレード…正確にはその近接ブレードとISの単一使用(ワンオフ・アビリティー)、『零落白夜』だった。
単一使用とは操縦者と機体の同調率が最高値に達した時に発現する操縦者とISの固有能力の事を指す。未だ解明が進んではいないが基本的に自己進化後の第二形態から発現すると謂われ、また操縦者毎に発現する能力も異なるとも謂われる。目の前の機体『暮桜』は第一形態で単一使用が発現しているというイレギュラーな存在だが、これは暮桜の開発者が篠ノ之束である事に由来するのだろう。
そして暮桜の単一使用は『零落白夜』。その能力は『エネルギーの無効化』であり、エネルギーに分類されるものならシールドバリアーから絶対防御、レーザーにビームまで無効化するという最強の能力である。その分自身のエネルギー消費が激しいという制約もあるようだが、一撃必殺という面ではこれ以上強力で殺傷力の高いものはない。何故ならISの操縦者保護機能の一つである絶対防御もまたエネルギーバリアの一種であり、それを無効化するという事は操縦者に直接ダメージが与えられるという事だ。
同時にGN粒子によるビーム兵器が主体の太陽炉搭載機には天敵とも言える能力でもある。
そうしている内に織斑千冬が再び此方に接近してきた為今度はGNソード改で防ぎ再び後ろに下がる。GNソード改では正面から斬り合うのに分が悪い。故に刹那はGNソード改を拡張領域(バススロット)に収納し両腰のGNブレイド改を抜き取った。
それを織斑千冬には抵抗の意思ありと捉えられたのか三度斬りかかってきたのでGNブレイド改を交差させ正面から雪片を受け止め、火花が散る。
(……やはりGNフィールドは効かないか!?)
GNソード改やGNブレイド改らは刀身にGN粒子をコーティングし高周波振動に加えて更にGNフィールドを展開する事で厚さ3mのEカーボン装甲を容易く斬るという高い切れ味を誇る。そのGNフィールドによる恩恵が零落白夜で無効化された以上ただの高周波振動ブレードに過ぎない。
相手の零落白夜は雪片の刀身にエネルギー無効化能力を付与したエネルギーを纏わせる事で実体剣を更に強化している。GNソード改らも同じ原理と更にGN粒子の力場発生能力で実体剣ながら非実体剣と切り結べるという特性を持つが、この場合は意味を成さないだろう。
互いに切り結んだ状態から最初に動いたのは刹那だった。雪片を受け止めた態勢のまま前蹴りを織斑千冬の腹に叩き込み引き離す。しかしここで追撃はしかけない。あくまで刹那の目的は一刻も早く此処を離れる事であり織斑千冬の撃墜ではないからだ。
しかしその姿勢が更に癇に障ったのか織斑千冬は憤怒の形相で睨みつけてくる。
「千冬姉!」
此処で二人の間に割り込んできたのは縛られたままの織斑一夏の声だった。
「い、一夏……?」
「その人は俺を助けてくれたんだ!だからその人は悪くない!!」
この瞬間を好機と見て刹那はISの自爆によって空いた屋根の穴から脱出し直ぐ様迷彩被膜を展開、全速で廃工場から離れていった。
廃工場に残された二人はお互いの存在を確かめ合う様抱き合っていた。そして静かに身体を離し顔を向け合う。
「……大丈夫か一夏?怪我はないか?」
「ま、まあ散々蹴られたけどあの人が助けてくれたから大丈夫だ、千冬姉」
「あいつは何者だ?」
「分からない。いきなり上から降ってきたと思ったら俺を殺そうとした奴のISを一瞬の間に倒してそいつが自爆したのを庇ってもらったところに千冬姉がやってきたから……」
それ以外は何も分からない。何処の誰で、どうして自分を助けてくれたのかも。確かなのは一夏自身にとってあの『天使』が命の恩人であり、自分が目指すべき姿である事のみだ。不条理な暴力から人々を救う『ヒーロー』としての。
だから本当に何も知らない。その『天使』の正体も、『天使』が背負う罪も、『天使』が歩む道も何もかも。
一方千冬も同じようなものだった。一夏との違いは『天使』の腕を知っている事。あの『天使』は間違いなく実力者だった。向こうから仕掛けてくる事はなかったが此方の攻撃を全て防ぎあまつさえこの自分にカウンターを食らわせたのだ。仕掛けてこなかったのは今冷静に考えてみれば『戦う理由』がなかったからなのだろう。
もし可能なら力ずくで捕まえて根ほり葉ほり聞き出したいところだがそれはもう叶わない。高度なステルス機能でも搭載しているのかハイパーセンサーではもう感知出来ないのだ。だから今度出会う時が来たらその時は逃がしはしない。ついでにだ、武人として勝負の決着もさせて貰おう。勝ち逃げというのも気に食わないからだ。
『世界最強』と呼ばれた自分を唸らせた程の実力の持ち主の存在を知って雌雄を決したいというのは武人として、戦士として、織斑千冬という人間として当たり前なものだった。
こうして現『世界最強』と未来の『世界初』は異界の『天使』と出会う。それは"偶然"なのか、はたまた"必然"なのか、それは誰にも分からない。
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主人公とその姉との接触