華琳
「そう・・・自分の父親を。」
桂枝
「ええ、育ての親を、です。」
思い沈黙が場を支配する。数秒後再び口を開いたのは主人だった。
華琳
「・・・父を殺した時、ためらいはなかったの?」
桂枝
「はい、別になんとも。生まれてすぐに地獄を見たせいか・・・どうにも私は物心ついたときから感情の振れ幅が低いみたいなんですよ。」
あの時は姉と母以外には変に冷めている子だと言われたものだ。
華琳
「・・・そう。そしてそれがあなたが旅に出た理由なのね?」
桂枝
「ええ。流石に姉であり当主である姉の身を守るためとはいえ父は立派な漢の臣。殺したとなれば流石に罪は免れません。
見ていたのは姉と侍女だけでしたがそれでも消しきれるものではありませんしね。ですから「徐栄」と名を変え私はまずは揚州へと向かいました。」
華琳
「揚州へ?」
桂枝
「はい。荀爽という親戚がいるのですよ。ですのでそこに挨拶と報告を」
華琳
「なるほどね・・・そのあとは?ずっとそこにいたのだったらあの時董卓軍にはいなかったでしょう。」
桂枝
「はい、そのあとは色々と準備させてもらった後、漢中へと医術を学びに向かいました。」
華琳
「医術?」
桂枝
「ええ、母の死を前に何も出来なかったのが悔しくて。それを機に医術を学ぼうと思ったのですよ。」
華琳
「なるほどね・・・それで、何故漢中に行ったのかしら?医術なんてどこででも学べるでしょう?」
桂枝
「はい、揚州にある書物でみたのですが・・・漢中に氣を扱う医学がありましてね。「五斗米道」というのですが・・・御存知ですか?」
華琳
「いや・・・知らないわね。」
桂枝
「ですよね。私も古い本をたまたま見た時に初めて知った名前ですから。」
五斗米道。本来ならば非常に面倒な発音が必要なのだがここでは「ごとべいどう」と読んでもらえばいい。
はるか昔から存在した針を使った治療を主とする医療術。他の医術と一線を画している点は氣を相手の体内に送り込んで治療をするという点。
通常氣なんてものは普通の人には自覚することすら出来ない。それを扱うだけでなく他人に与えることで病魔を打ち払うという氣を扱うものが聞いてもお伽話じゃないのかと言いたくなるような治療方法だ。
華琳
「あなたはそのおとぎ話のような医術を信じた・・・そう言いたいの?」
桂枝
「まぁ頭から信じたわけではないですが・・・火のないところに煙は立たぬ。とりあえず医術に関する何かはあるだろう程度の考えでしたね。」
揚州から漢中までの道のりも大変だった。
まず長江を渡ろうと思えば運悪く荒れており危うく溺れ死にかける。
方角だけ聞いて適当に歩いたせいか何故か逆方向へと進んでいき行き倒れるなんて失態は犯す。
なんとか益州まで着いたと思えば今度は毒蛇に噛まれて死にかけると大変な思いをした。
まぁその度に助けてくれる人に出会っているあたり私も大概だろうが。
漢中についてからは早かった。「山奥で過ごす二人の変人」として有名だったからだ。
早速そこへ行き私は二人に対して拝み倒した。
その後、3日以上の懇願を経てなんとか修行をしてもらうことになったのだ。
華琳
「じゃあアナタもその五斗米道という医術を使うの?」
桂枝
「使えることには使えるのですが・・・正直真似事の領域ですね。」
華琳
「あら、修行したのでしょう?」
桂枝
「ええ、したにはしたのですが・・・本格的な物は教えていただいていないのですよ。」
五斗米道は一子相伝。なので決められた人物以外には教えてはいけないとされていた。
しかしその時にいた修行中の次期後継者・・・華佗がわざわざ揚州からここまで教えを請いにきたものに何も教えず返すのはと師匠に口添えをしてくれた。
その言葉で師匠も折れてくれ、華佗が教えるかつ奥義にかかわらないものならばいいと承諾してくれたのだ。
なので私が教えてもらったその殆どは気の扱い方でありあとは応急処置時や疲れを取る程度の針の指し方だけだ。
桂枝
「まぁそれだけでも十分ですけどね。基礎を覚えてからは独学で学びましたから。いざという時の怪我の手当と軽い風邪程度の対処くらいは可能ですよ。」
そういって私は手にあった杯をクイッと一気に飲み干した。
桂枝
「これで全てですかね。あとはみなさんの知っている「徐栄」としての私の仕事があるだけです。」
華琳
「そう・・・辛い話をさせてしまったわね。桂枝」
桂枝
「いえいえ私は別に・・・むしろ主人こそ軽蔑したのでは?生まれた時から養ってもらっていた父を殺す男ですよ?私は」
華琳
「馬鹿ね。そんなことあるわけないでしょう?だってあなたはあなただもの。今のあなたはこの曹孟徳の部下で桂花の弟「荀攸」でしかないわ。
・・・そこにいるおせっかい焼きだってきっとそう思ってるわよ。」
そういって主人は城壁の登り口をさした。・・・まぁ気づくよな。
桂枝
「・・・ならいいのですがね。」
そろそろ潮時かな・・・そう思い私は空になった酒瓶と器をまとめて手に持った。
桂枝
「さて、少し話しすぎてしまいました。そろそろ失礼致します。残りはあそこにいるおせっかいさんと一緒にどうぞ」
そういって私は立ち上がりそしておせっかい焼きがいる方向とは逆の方向へ歩き出そうとした。
華琳
「待ちなさい。」
が、主人の一言で足を止めることになった。
桂枝
「・・・なんでしょうか?」
華琳
「先ほどの話に出た五斗米道の華佗・・・ここに呼ぶことは可能かしら?」
桂枝
「華佗を・・・?手紙を送れば可能でしょうが何か興味を引くことでもありましたか?」
仕えさせたいというのならばここで止めて置かなければならない。あいつのためにも、主人のためにも。
華琳
「別に手に入れようとしているわけじゃないわ。ただちょっと診察を頼もうかと思っているだけよ。」
桂枝
「診察を・・・?わかりました。すぐに依頼の手紙を出しましょう。」
どこが悪いかと聞いた所で私にはどうにもならない。ただ主人が診察が必要というのならばあいつを呼ぶべきなのだろう。私の記憶の中であいつほど優秀な医者はいなかったのだから。
華琳
「お願いね。あと・・・もう一つ。」
桂枝
「はい?」
華琳
「あなたは私のことを「主人」と呼ぶわね。でも私はあなたに「華琳」という真名を許したはず。これからはそちらで呼びなさい。」
・・・そうか。真名を預かっているのに呼ばないのは確かに失礼だよな。
仕えるべき「主人」として、生涯他の誰にも使うことのない呼び方として呼んでいたのだがそれが主人の気分を害しているのでは意味が無い。
桂枝
「わかりました「華琳さま」。では私はこれで失礼致します。」
これからは心のなかだけでそう呼ぶことにしよう。
華琳
「ええ、おやすみなさい。桂枝。」
そうして今度こそ私は席を立ち後片付けのため厨房へと向かったのであった・・・
~一刀side~
華琳
「さて・・・そこにいるのでしょう一刀。出てきなさい。」
城壁の登り口の丁度死角になっているはずの場所に隠れていた俺を呼ぶ華琳の声。
バレてるとなっては仕方ない・・・あきらめて出ていくことにした。
一刀
「やぁ、華琳。こんなところで奇遇だな。」
華琳
「こんな夜中にこんな場所で偶然も何もあったものじゃないわよ。・・・どうせ桂枝を追ってきたんでしょう?」
一刀
「・・・バレバレか。」
宴が終わり部屋に戻ろうとした際に丁度桂枝の姿を見たのでこっそり後をつけてみたら・・・とんでもない話を聞いてしまった。
華琳
「心配しなくとも桂枝も知っていて話していたわよ。だからあなたが聞いているのはわかってるはず。」
一刀
「ハハッ。そうだよなぁ・・・よく考えればあいつが気づかないはずないもんな」
華琳
「・・・それで、あなたはどう思ったの?桂枝の話。」
一刀
「ああ・・・もしかしたら血はつながってないかもしれないとは思っていたんだけどさ・・・まさかあんな過去があったなんて。」
でも・・・色々と納得できる点もあった。
アレほど桂花になついている理由、わざわざ徐栄を名乗っていた理由。
そして他人の命に淡泊な理由。おそらく育ての父を殺したことで余計に「守るべき者のためには余計なものは排除する」という考え方が根付いてしまったんだと思う。
華琳
「まぁどうせあなたのことだからあの子に対する見方を変えるとかそういうことはないんでしょう?」
一刀
「ああ、当然だ。過去にどんなことがあろうとあいつは俺の友達だ。」
そういって俺は目の前に用意しておいてくれた酒に手を伸ばした。
そう、あいつにどんな過去があろうがそれは既に終わった話だ。俺にとって大事なのはこうやってうまい料理を作る友達、桂枝なのだから。
華琳
「そういうと思ったわ。・・・でも、あの考え方は何とかしてあげないとね。いずれ大陸全土を私のものにした時に「一人のために百人を殺す」なんて考え方のままでは困るもの。」
一刀
「そうかな?俺はあいつはあのままでいいと思ってるけど・・・」
華琳
「意外ね・・・あなたならきっと私と同じ事を思うと思ったのだけど」
一刀
「いやさ、俺も色々考えたんだけど・・・あいつって結局のところ人殺しが好きってわけでもないじゃん。むしろ戦いは嫌いな方だと思うんだ。」
華琳
「人殺しが好きではないでしょうけど・・・どうして戦いが嫌いだと思うの?」
一刀
「今まで見てきた中であいつが戦う理由って「守るため」だけだったからさ。自衛はもちろんだけど春蘭と戦うときは桂花と霞の誇りを守るために戦ったと言っていたし。
ーーーーーーーーーなんだかんだであいつが自分から勝負を挑んだ相手って今のところ一人もいないんだぜ?」
華琳
「そういえばそうね・・・。で、それがどうしてあの子を変えなくていい理由に?」
一刀
「あいつが守るために戦うってことはそれこそ華琳が大陸を手に入れたら戦いなんて起きない。そうなればあいつはもう戦わないだろ?
それに他者を顧みないといっても俺達が民を見ていればあいつは必ず手を貸してくれる。大丈夫さ。俺達といればきっとな。」
華琳
「・・・なるほどね。そこまで言うのだからあの子の様子はあなたが見てなさいよ。いつのまにか真名ももらっているようだし。実は私も忙しくてあの子のことはわからないことが多いのよ。」
一刀
「はは・・・了解。まぁ観察ってわけじゃないけど気にかけるよう意識しておくさ。」
華琳
「お願いね。さて・・・あとはゆっくりこの月でも眺めて過ごすとしましょうか。」
そういって華琳は桂枝の作った酒に口をつけた。あれですでに3本目。相当気に入ったんだろう。
一刀
「そうだな。ああ・・・それにしても
ーーーーーーーーーーー本当にいい月だ。」
俺と華琳はその後しばらく、ただ月を見ながら桂枝の料理と酒を味わいつつゆったりとした時間を過ごしたのであった。
あとがき
ここで第二部終了となります。いかがでしたでしょうか。続いて第三部となりますが現在書きためはほぼ0です。正直いつあげられるか不明です。
何話か日常を書く予定ですのでまた意見がありましたらどんどんコメントで送ってください。
ご意見・ご感想お待ちしております。
※ここから下は終了時点でのキャラ設定更新です。別に見なくても問題はありません。
キャラ設定(第二部終了時点)
普段の格好→「徐栄」時は個性を出すわけにはいかないため通常文官服を着ていたが荀攸として活動を開始したため通常服が変化。
猫耳フード付きの黒コートを着ている。下には白いシャツとジーパンを着ており相変わらず肌は見せないようにしている。なお猫耳フードはついているが決してかぶろうとしない。
姿見には変化なし。簡単に言うならば桂花を青年化したようなイメージ。絵がかければ書くんですけどね・・・誰か描いてくれないかな(チラ)
戦闘力→ 一刀に天の国の武術を聞き、それを再現しようと試みているため技が増加中。特に無手と剣術に関してはかなり増加。氣の扱いについては十七話(後)を参照してください。
※此処から先は予告もどきです。別に見なくとも(ry
予告
誰も口を開くことができない。そりゃそうだ。この結果をみたらとてもじゃないが口を開く勇気はでない。
しかし・・・まさかこんなことになっているなんて思っていなかった。確かにあいつが今まで◯◯しているのを見たことはなかったが・・・
チラリと桂花の様子を見る。気づかなかったことに対する後悔か、俺達への怒りか。うつむきながら震えつつもそのオーラはどす黒い。
このままでは埒が明かない。そう思い俺は意を決しこの事実を口にした。
「なぁ。あいつってもしかして・・・・・」
<過ぎゆく日常>
「・・・なぁ、ちょっとまとうか、
ーーーーーーーなんであきらかに俺の仕事の量だけ増えてるのか聞きたいんだけど。」
桂枝ですが仕事の増加量が異常です。
<ついに完成した無形>
「ククッ・・・ククク・・・アッハッハッハッハッハ!楽しい!楽しいなぁ桂枝!こんなおもろい相手初めてやで!」
圧倒的な歓喜の表情を浮かべて目の前の霞さんは改めてこちらに武器を構える。
(さて・・・ここからが本番か)
<そして桂枝に襲いかかる最大の危機>
「いや、予定とは違ったが仕方ない。もう一つの目的を果たすとしようではないか。なぁ荀攸。
ーーーーーーー今回の戦の目的の一つはお主なのだよ。」
「・・・・・・はぁ?」
乱世を歩む武人第三部。ゆっくりと執筆中。
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第二部最終話。