拠点・一刀、嫁の上司に振り回されるのこと
「お、お邪魔致します」
「ははは、緊張せずともいいさ。尤も最初に招くのは文遠かと思っていたがなあ。まあ気にせず上がってくれ」
文和殿の執務室を出た足でそのまま、俺は先ず華将軍の自宅へと招かれた。
めったに帰らないらしい、とは将軍の談だが、の割には玄関先といい扉といい綺麗に手入れされているようだ。
住み込みの女官でも居るのだろうか、と思いつつ将軍の続いて門をくぐると……。
「お帰りなさいませ、お嬢様。お元気そうで何よりでございますの。ところで、そちらのお方は?」
そこに居たのは艶々の黒髪ぱっつんロングにこれでもかと盛られたたわわなお胸様が立派な女の子が居た。
年頃は恐らく俺と霞と大して変わらないだろうが……デカかった。何がとは言わないが。
と、身動ぎ一つでたわわん、ぷるるんと揺れるお胸様の魔力で視線を固定されていると、その間に華将軍は俺の紹介を始めていた。
俺は悪くない。あのお胸様が悪い。
「彼は高順、高北郷だ。今度文和の副官になるのでな、私の住んでない家を分け与えることにしたのだよ」
「副官っ! となれば、えーっと……治中次官従事でしょうか? それとも別駕次官従事ですの?」
俺の役職を聞いた途端、この女の子は眼の色が変わった。
しかし、なんというか権力に惑わされたいやな感じでは無いな。いやまあ俺のそこに興味を持ったことには変わりが無いのだけど。
「ふっふっふ、なんと参謀次官従事兼、外務次官従事だ」
「ほ、ほんとかや!? お、お嬢様、それ本当なんかや!?」
「おいおい、素が出ているぞ」
「あ、コホン。申し訳ありませんの、うふふ。北郷様、そちらへどうぞ」
すると突然、女の子の言葉が訛った。何処の感じだろうかこれは。
霞が関西弁だったり、というか并州の人間の半分は関西弁っぽい言葉だったし今更驚きはしないけどさあ。
将軍に指摘されはっ、と一瞬だけ頬を染めたものの女の子は直ぐ様調子を戻した。
笑顔が柔らかいいい子だと思う。玉の輿狙いが玉に瑕だと思うが。
「因みに帯妻者だ」
「馬に掘られて死にゃええんだみゃあ」
「シャレにならんねそれ」
みゃあってなんだよみゃあって。
そして態度変わり過ぎじゃないかなあ、いくらなんでもさ。いっそ清々しいとまで俺は思った。
「妾はまだ居ないそうだがな」
「えへへ、つい思ってもない事を口走ってしまいましたの」
ツッコむ気も起きなかった。ほにゃほにゃと笑う女の子を尻目に俺は呆れを隠しもせずため息を一つ吐く。
「どうだ北郷。私の女官は。家事掃除洗濯料理に戦闘警備、夜伽の相手まで完璧だぞ」
「面白い方だとは思いました」
嘘は言ってない。寧ろ目一杯の嫌味を込めた位だが……なんということでしょう!
この二人は一体どんな脳内再生をしたのかにこにこ笑うと肯定的に俺の発言を受け取りやがって下さりやがりましたよどういうことなの。
「そうですか? ふふ、嬉しいです。あ、私は樊稠と言いますの」
「と言う訳だ。北郷も別段嫌という訳でもない様に見えるしな、樊稠をこれから北郷の屋敷の筆頭侍女にしようと思うのだが」
「あたしはなんも問題ないがや、っじゃなくて問題ありませんの。北郷様、いえ、ご主人様はどうですの?」
もう態とだろお前。思っても口にしない俺良い子。
……ツッコミが居ないともう何がなんだかなぁ。
「は、はぁ……。まぁ俺としては十一歳の仲徳の守と家の掃除とかやってもらえるならそれで。あ、将軍、厨房係や他の侍女さんの手配とかは」
「はっはっは、樊稠」
「はい。料理係、侍女ともに華将軍様に所縁のある血筋の者から十名、男児二名と女児八名を手配してありますの」
「そういうことだ。心配しなくてもよい、これは貸しにしないからな」
将軍が良い人男前過ぎて後光が差して見えるよ!
思わず手を合わせて拝もうかと思ったけど良く考えたらまだ仏教はマイナーだった時代だから止めておいた。
それに、これは素直に喜べない出来事だからね。
理由は簡単、あの侍女や料理人の中に確実に文和殿か仲頴様か、或いは他の誰かか。兎も角この勢力内の誰かの手駒が紛れ込んでいるだろうからだ。
「お心遣い、感謝いたします」
「文和の眼にとまり、仲頴様に認められた大切な仲間だからな。気にすることは無いさ、先輩からの祝いだと思ってくれ」
その言葉に俺は深く頭を下げた。
内心悪態を突きながら。
そんな言われ方をしてしまえばよっぽど解雇なんて出来やしないじゃないか。
怪しい筆頭は樊稠だし、それ以外の十人の中にもどんなのが紛れ込んでいるか……せめて料理人くらい手の届く範囲に置きたかったのだけどなあ。
尤も、今現在では俺にはどうにもならないし。大層なお名前を与えたんだか即殺も考えにくいから大人しくしておこう。
「さて、と。では樊稠」
「はい。こちらと、これと……、あ、これですね」
「私の持ち家の内、譲る候補に挙げたものたちの大まかな間取りを示した図面だ」
図面まで握られていると思うと気が鉛より重くなるが、まあ仕方ない。
ため息一つ、口の中でひっそり吐くと、目線の先には屈んだ所為で強調されたたわわにばいんな果実が二つ。
あわてて視線を逸らすとそこには将軍の慎ましやかな丘があった。
……さて! 俺は何も見てないし図面でも見るかな!
霞と風は日当たりのいいぽかぽかしたところが好きだから窓がちゃんとある家がいいなあ。
**
図面を見て、巧妙に誤魔化しては有るが監視し易く逃亡しにくい作りをしていた一番豪勢な邸宅を省いたのち、将軍に連れられ残りの二つを見学しに行った。
俺があれを省いた時、華将軍は何も変化を見せなかったが樊稠はほんの一瞬だけ眉をひそめて見せた。
……こいつもやっぱり回し者か。まあ風はああ見えて桁はずれな才能の塊且つガード堅いし霞もヌケてる様でヌケてない様に感じられない事もないと思いたいから大丈夫じゃねえよこの野郎。……最悪情事の最中にでも注意しとくか。それが一番聞きとられないだろうし。
「へぇ、こっちも随分と綺麗で立派な、まるで新築の邸宅ではないですか」
「使わず手入れだけされでは何時まで経っても新品と変わらんよ。どうだ、気に入ったのならこちらにするか?」
「ふむ……窓も大きく西日も射すのですね……向こうより明るそうですし……はい、此方にしようと思います」
大きな窓は便利な侵入経路になる半面便利な逃走経路でもある。
どっちにしろ何処にどう隠し扉や通路があるか分からない現状じゃ、味方から放たれた敵は防ぎようが無いのだからせめて確実っぽい逃げ道は確保したい。
といってもそんなのは相手さんも承知の上だろうから何かしら対策をされるだろうけど、アレだよ。
ないよりあった方がいいってことだよ。
「うむ、了解した。では北郷、今この瞬間からこの家は……」
言葉を一度将軍が切る。そして……一瞬の後、だむ、と重い印を押す音が響いた。
「お前達の物だな!」
からからと屈託のない明るい笑い声を響かせながら将軍は大きく笑った。
うむむ……この人はほぼ確実にこんな謀は出来ないだろうなぁ……。良くも悪くも正直過ぎる印象しか受けないし。
となると、この樊稠辺りの人事とかも含めて将軍を誘導できる人間がいるってことか。
普通に考えれば文和殿だけど……なんだか引っ掛かりを覚えるんだよなぁ。文和殿は俺の能力と霞の才を理解している筈だ。
ならばこの対応と警戒体制はあの人の言動らしからぬやり方というか、俺っぽいというか、少しばかり下衆っぽいというか……駄目だ、答えが分かんないから道筋も見えねぇ。
「はい。華将軍、ありがとうございます」
頭で考えながら顔は条件反射。
人当りのいい笑顔でぺこりと一礼すると満足そうに将軍は頷いた。
「はっはっは、気にすることは無い! さてと。では北郷、樊稠。見ての通り、この屋敷は今、最低限の器具しか用意されていない。それも、睡眠をとる為に必要な最低限だ」
「はあ。別段それでも構わないのですが……」
謙遜とか遠慮じゃなくて本当に野ざらしだろうが馬の上だろうが構わず寝てたというかまともな寝具なんてこの街に辿り着くまでの此処二年経験した記憶も殆どないし。
後々立派にすれば全然問題ないと思うのだけれどもどうもそうはいかないようで。
「いや良くは無いだろう。料理道具は料理人の持ち込みではあるが、仮にも元服していない娘と夫婦が住むのだから必要なものは沢山あるだろう?」
「……まあ、確かに」
正直さっさと追い出して建物の把握に努めたかったんだけどなあ。
さっきから天井裏辺りに何か居る気がするし。屋根板の隙間から落ちる埃が鼠にしては多いんだよなあ、鼠さん。
「と言う訳でだ、此処まで来たのだ家具も私が奢ってやるから買い物に行くぞ。で、樊稠」
「はい」
「荷物持ち兼警護のと事務方の人間を一人ずつ連れてこい。門の前で待っているからな」
「御意っ」
すたたたーっ、と猛烈な勢いで樊稠は駆けて行った。
流石に主や将軍に仕事を与えられてまで、がやだのみゃあだの方言丸出しにしてネタに走る様なキチガイじゃないらしい。
……男手だからと無条件立場関係無しで荷物持ちをさせられる法則はこの世界じゃ無い様だ。
何だろう楽できて嬉しいのにこの物足りない様な気分。世界を超えて何かが語りかけている気がする、スタリオン的な生き物が。
種馬は言っている、フラグチャンスを逃してはならないと。ってか?
~四半刻後~
「お待たせいたしました。将軍」
「うむ。では参ろうか」
樊稠性格がマッハでSAN値ガリガリ削る様なキャラだけれども侍女としての完成度はすげえな……。
それこそ此処から城までそれなりの距離を手早く移動し手続きしてまた戻って来て……くらいしてる筈なのに息の一つ乱さず、汗の一滴も流して無い。
……これは少し雇い主の器量を見せた方がいいのかな。怪しい奴だけどもう何か侍女で内定してる人だし。
「お疲れさん。流石に仕事早いね」
「お褒めの言葉痛み入りますわ」
俺の言葉に小さく微笑み一礼。うお、すげえプロっぽい。いやまあプロなんだろうけど。
訛りとトンデモ言動のお陰でそっちの印象が強過ぎるんだよなあ。
「何を面喰らっておるのだ。樊稠もやることはやるから私の侍女を務められているのだぞ?」
「そうですね。っと、華将軍、揃った事ですしそろそろ出ましょう。何処へ向かうのですか?」
「おお、そうだな。ふむ……樊稠、どう思う?」
「私ですか?」
「そうだ。と言うよりこの面子ではお主が一番詳しいだろう」
荷物持ちの筋肉、事務員の緊張で顔真っ青な少女、そして樊稠を順に見まわし将軍は言った。
俺の事はカウントにすら入らないのですねそうなんですね。いやまあインテリアコーディネートなんて一寸も分からないけどさ。
「では、僭越ながら。将軍様の仰るように必要最低限の下限限界しか備品がありませんので、先ずは必要不可欠な家具、たとえば寝台だとか机だとか箪笥だとかを購入した後、応接間用の高級家具と装飾品、絨毯や鏡台に飾り灯などをそろえられるのがよろしいかと。生活雑貨は買ったものと環境と使用者に適したものをそろえるのが良いと思うので最後でよろしいと思います」
「ふむ、それで一通りそろえられそうではあるな。樊稠」
「はい」
「言ったからには何処で買うかの目星も付いているのだろう?」
「勿論ですわ」
「うむ。ならば案内を頼むぞ。では北郷、待たせて済まなかったな、行こうか」
……すげー、鍋と布団と布の塊とごま油しか常備してたものが無かった俺には一体何が何だか。
飯は鍋から直食いすればいいし鍋は布しいて板の間に置けばいいし床に座ればいいし寒いなら布団敷けばいいし。
そんな考えだから俺貧乏人なんだろうなー、とか思っていると将軍に話を振られていた。
「え、あ。はい。宜しく頼む、樊稠。それとそこの二人も私事に付き合わせて済まないが頼んだ」
慌てて適当に繕って軽く一礼し答える。
何故か樊稠と筋肉は吃驚し事務員の顔に笑顔が咲いた。
何処からかぴこーんと電子音、直後に『樊稠と筋肉と事務員の好感度がすごい上がった!』なんてシステムメッセージが聞こえた気がした。
……ちょろ過ぎない? ねえ?
**
どうもあの好感度は雨の日不良が捨てられた子猫に濡れないよう傘をさしてあげてた光景見ちゃったZE的な効果があった所為のようだ。
ぽっと出て高官の位を勝ち取った謎の男→きっと不気味で気持ち悪いか高飛車でプライド増し増し野郎に違いない!的な認識だった、とは事務員さんの談。
霞はその愛くるしい姿と元気いっぱいな姿で多くの野郎共と女子校系女子から熱烈な人気を獲得したらしく、数多くのアタックを受けそしてその数だけ撃沈させ俺の存在を知り殺意を漲らせているとは筋肉の談。
……いやあのさ、武官と文官目に見えるものと見えないものの差はあれど俺への風当たり異常じゃない?
「高順様のことは風貌でさえ知っている方が殆ど居りませんし……噂が一人歩きしても致し方ないのではと思います、はい。でも今は胸を張って否定できますね、はい」
「武官達は最初は張遼様にも良い印象を抱いとりませんでしたぜ。なのでまあ高順様も表へ出れば直ぐにでも噂は払しょくされると思いますぜ」
「お前等良い奴だな……」
なんて筋肉と事務員さんと三人で雑談しているといつの間にか……。
「えっと、ああ、此処ですわ。将軍、北郷様、どうぞ中へ。商人を待機させておりますの」
「うむ。御苦労。樊稠は部屋の前で待て、二人は付いてくる様に。では行こうか北郷」
『御意』
そろえて一つ拝礼をした後、将軍、俺、二人を挟んで最後に樊稠でそこへ入った。
門構えの立派な高級酒家だ。
受付の娘は将軍を見るなり飛び上がると、慌てて裏へと誰かを呼びに走った。
直ぐ様小太りの中年男性が現れると階段を上り二階の奥の席へと彼の案内で通される。
「これはこれは華将軍。ご機嫌麗しゅうございます」
「うむ。済まぬな急に呼びつけて」
待っていたのは痩身の胡散臭いと額に紙でも貼ってそうな怪しい眼鏡のイケメンだった。
時代観が違えば傅いて手の甲にキスの一つでも落としそうなタイプだ。
「いえいえ、お得意様のご用命とあらば私地の果てまででも何のその。今日は何をお望みで御座いましょうか?」
「うむ。実はな、用があるのは私では無いのだよ」
「と、言いますと、お隣の文官様で?」
すっ、と穏やかな笑顔を湛えて俺を見る商人。
その目の奥には当然、成功する商人特有の背筋の寒くなる品定めの視線を感じる。
舐められても癪なので同じ色を少しだけ露わにし目を細めると、瞬き程度の一瞬だけ、満足げに笑みを浮かべた。
どうやら及第点は取れたらしい。
「ああ。直属ではないが実質部下の様な者でな。この者の妻は私の副官に就いた者でもあるので世話を焼いているところなのだよ」
「参謀従事次官兼、外務従事次官の高順と申します」
「ほお! すると賈駆従事(従事:州の副知事的な存在。州牧に続くナンバー2)様直下ですか。これは申し遅れました、私、幽州と涼州を拠点に馬の交易商人を務めております、張世平という者です。以後お見知りおきを」
「ええ、こちらこそ」
静かに握手をする。俺の手も張世平の手も全く同じ体温と汗を感じさせない詐欺師の手だった。
どうもコイツ、脛に傷の一つ二つどころじゃ無くありそうだな。目を合わせれば口の端を小さく上げ笑いかけてきたので俺も笑い返す。
「ふむ。なるほど。北郷はこ奴にも喰えぬのか」
「高順様は将来有望なお方ですよ。ええ」
ふと呟いた将軍の意味深な呟きに俺が面喰らうと、張氏は愉快そうに微笑み答えた。
「将軍……こんなところで不意打ちを仕掛けるのは止めて欲しいですよ。俺の寿命が縮みます」
と、何か軽く嵌められたのだと気付き抗議の声を今更ながらにあげると、将軍は愉快そうに笑った。
「いやいや、そう言う意図は無かったのだがな、大抵こいつと会話した奴は煙にまかれるか喰われてしまうので北郷がどうなるか気になったのだよ」
「将軍様、何度も言っておりますが人聞きが悪いので其の言い方は勘弁して頂きたいですね」
「何が人聞きだ、笑顔でぱくっと身ぐるみ剥いでしまうのはお主ではないか」
そう言いつつも将軍は益々楽しそうに笑顔を溢れさせている。
どうもこの二人はかなり仲が良いらしい。というか将軍、こういうキャラにも平然と対応できるんだな。
外道は許さぬ悪即斬とか言う馬鹿かと思ってたけど……。
「ふふふ、私は商人の務めを全うしただけです。お客様に良品を売りつけるという職務を全うした私、褒められこそすれど貶される謂れはありませんね」
「ははは。売りつけるなどと言ってる時点で真っ当では無さそうな臭いしかしないな」
「何を言います、結局はお客様がご自分の意志で頷いてお金を払ったのです。後から後悔しようと知った事では御座いませんよ、ねえ」
「……随分ぶっちゃけるんだな。良いのか? 商人様が詐欺師まがいの下衆だと広まるのは嬉しくないだろうに」
随分と楽しそうに碌でもない事を語る張氏。
そりゃあこの場で言ったところでどうってことない事くらいは分かるが要らない清々しさに苦言の一つでも言いたくなるものだ。
「なあに、問題ありませんよ。どうせ将軍様はご存じなのですし、高順様も見たところ同じ穴の狢。そこまで考えなしの愚かだとは思えません」
「つまりはアレだ、馬鹿とはさみは使いよう、という奴だな北郷」
分かってはいたが飄々と張氏に受け流される。
やっぱ下衆の眼は下衆相手じゃ誤魔化せないなー。俺達のやり取りに上手い皮肉を被せてくる将軍に内心再び感心しながら俺は言葉をつづけた。
「……御尤もですね。利益があるうちはお互い精々喰らいあえば良いと言う訳」
「ええ。それが商人の正しい姿であり、賢い消費者の姿でもあるのですよ」
「はっはっは、ならば精々我々に喰い潰されないよう、尻尾を掴まれないよう勤しむがいいさ、張氏よ」
そう言い妖艶に微笑む将軍。それは思わずどきりと見惚れる程だった。
慌てて眼を逸らせばまるで慈母の様な笑顔で俺を小馬鹿にして見る張氏。よろしい其の喧嘩買おうじゃないか…じゃなくて。
将軍に俺は向き直ると拝礼の姿勢をとり向き直った。
「将軍は賢いお方なのですね……」
「なんだ突然」
「正直常に清濁使い分けられない猪突猛進なお方だと思って居りました。非礼をお許しください」
これはポーズでも馬鹿にしてる訳でもなく“文官として働く俺”の本当の謝罪だ。
将軍とは一枚内側を見せてでも良好な関係を築きたい相手であり築けそうな人物だということと、将軍を直実な武官だからと馬鹿にしていた事実が俺の中にあったことへのけじめだ。
内心で嘲笑してては将軍の様な鋭い人と上手く付き合えないからね。
「なあに、気にすることは無いさ。私も、生きる為に汚い大人になっただけのこと」
「将軍様の仰る通りですね。逆に言えば、何時までも汚い大人にならない人間はそれだけで価値があるとも言えますが」
「……精々俺達の様な汚い奴に使い潰されるのが落ちだろうさ、そんな奴は」
そう呟いて、無性に俺は悲しくなった。
まっすぐでどんな目に会っても曲がらない霞を俺は守れているのか、俺が喰い物にしてるのではないか。
そんな気がふと過ったのだ。
同時に、本当に子供の憧れのまま曲がらない、けれども世界を平らげてしまえる器を持った人物がいたとしたら。
それに仕えることは凄く素敵なことだと感じた。
「っと、しんみりしている場合では無くてだな。それで張氏よ、北郷の邸宅の家具をそろえたいのだが……」
「お任せあれ。ちゃぶ台から大理石の羅馬式浴槽まで、当商会は幅広く取り扱っております故」
「ふむ、相変わらずの品ぞろえの様だな。おい、予算は提示した金額いっぱいまでだ。出来る限り良品を値切り倒してこの商人を破産させてやるといい」
くすくすと冷たく笑うその様を見ているとどうもその品ぞろえもネタじゃ無い様だ。
将軍に声を掛けられ、俺達が後ろに下がり控えていた事務員さんが前に出ると怒涛の如く商談トークが始まった。
「……華将軍」
「なんだ?」
「気付いてたのですか?」
最早弾幕レベルの言葉のやり取りを尻目に、俺は将軍へ問いを投げかけた。
あの対応と、俺の言葉に浮かべた少し満足げな笑顔、そうだとしか思えなかったからだ。
「薄らぼんやりと、だがな。伊達に将軍位などついてはおらんよ」
「なら何故……」
やはり、と言うべきか将軍は小さく頷いた。
ならば当然俺の中で疑問が浮かぶ。虚仮にされていたのなら怒りを感じて当然で、それに伴う非礼も簡単に許せる筈が無いのに。
将軍がただ単に能天気に心が広い(笑)な人間だとは思えない。
「なあに、印象など人それぞれ。私がどうこうする問題では無い、相手が勝手に決める問題だ。そして生憎私に出来るのはそれを変える為にする努力くらいでな」
「っ! ……将軍の器も、中々に広いのですね」
そんな前向きな考えを常日頃しているのだろうか。
それは下手に許すよりも余程大変な生き方だと俺は思う。と同時に言い様のない感服の念が再び押し寄せてきた。
「はっはっは、勘弁してくれ。私の器は董卓様の為で既にいっぱいだ。所詮は一介の侍大将なのだよ」
「それを理解し人に仕えられる人間がどれ程少ない事か、己の器量を理解し人を心から屈せられる人間がどれ程少ない事か」
「……そうだなあ。その点、私達は恵まれておるのだよ。少なくとも董卓様程の才気の持ち主は未だ三人しか見たことが無い。大陸に四人しかおらぬ器の持ち主の一人に仮とはいえ臣従を誓う事が出来た。武人としてこれほどの誉れは無いよ」
『……友を思う余り己の全てを贄に捧げようとしてしまうどうしようもない阿呆な方だからこそ、な』
将軍の呟きは俺に届かない。ぼそぼそとした声は商談にかき消されてしまう。
「……やはり将軍は立派な方です。この北郷、感服致しました」
「よせ、畏まるな背筋がむず痒いわ」
そう言い少し照れくさそうにはにかむ将軍の笑顔は、突き抜ける様な蒼天を思い出させた。
**
「……」
翌日。
「どうだ北郷! こ奴の交渉のお陰だぞ!」
「流石に張氏には手こずらされました、はい。でも最終的に得をしたのは私達です、はい」
「凄-っ! これウチらの家? ひゃー! 昔の家より百倍ごっついわー!」
「……これはちょっと落ち着かないのですよ。おちおち昼寝もできないのです」
ドヤ顔の将軍に竹簡に書かれた品目を淡々と読み上げ良い仕事した空気がヤバい事務官さん。
跳ねまわって喜ぶ霞に少し不満げな風。
「……家具買うた奴が掃除人任せな奴やて事がよおけ分かる……私達の身にもなって欲しいがや」
「樊稠、素が出てる素が」
「張り切ってお掃除致しますわ!」
思わず普通のノリで方言が出ちゃう樊稠。突っ込んだ前と後の声のトーン差が相変わらず凄い。
と、まあ。少しマジキチ方言侍女樊稠さんにも同情しちゃうレベルの内装豪邸が完成しちゃったとか。
**
難産というか新キャラ祭りと言うか
姐さんは当方ヒロインとして取り扱っておりません、男前要員でエターナル処女要員として取り扱っております(殴
名古屋県民(炸裂)なのに三河弁は適当です。
つい怒ったときとかに語尾にがやが付く程度の似非でさーせん
拠点なので時代考察適当です(言い訳)ご指摘、ご意見等御座いましたら遠慮なく
Tweet |
|
|
36
|
1
|
追加するフォルダを選択
・拠点
・姐さんのお話
・ヒロイン× 男前○
・難産でした
続きを表示