桂枝
「よいしょっと。さて・・・コレでいいかな。」
ここは城壁の上。すでに日は沈み綺麗な満月が空を静かに照らしている。
袁紹との戦いも終わり河北四州は曹魏の物となった。
流石に陳留を拠点とし行動することには限界があるということになり許昌へと移動を開始。
先ほどまでは許昌への移動の終了と袁紹軍への勝利を祝した大宴会が行われていたのだ。
霞さんとの約束通り料理を作る側に回った私は料理が気に入った季衣におかわりを要求されたり
酔っ払った夏侯惇さんに「勝負だ~!」と襲い掛かられたりと大忙してで自分の分がほとんど手を付けられなかった。
中でも一番大変だったのが姉の相手だった。
私の真名を北郷が呼ぶのを聞いた姉は何もいわなかったが許昌に移動するまでの間終始不機嫌だったのだ。
その不機嫌が酒を飲んだことで一気に爆発。私の宴会に使われた時間の8割は姉の愚痴の相手だったと断言できるだろう。
それが終わりようやく静かに一人でゆっくりしようと思ったところで・・・とある人物にココで待つように言われた。
私は二人分の酒と料理を持ちその人物を待っている。
桂枝
「いい月だ・・・こうやってゆっくりと月を眺めるなんていつ以来だろうな・・・」
もう何年も前だった気がする・・・そんなふうに思っていた時だ。
華琳
「あら。待たせてしまったかしら?」
件の人物が背後から声をかけてきたのは。
桂枝
「いえ、丁度準備が終わったところですよ。・・・それにしてもよろしいのですか?私相手に時間をとってしまって。」
華琳
「私がそうしたいと思ったのだから構わないわよ。桂花も今夜は閨で相手をして欲しかったみたいだけど・・・あなたと話がしたいといったらすぐに引き下がってくれたわ。」
・・・明日の仕事は覚悟せねばならんね。これは。
華琳
「それに、あなたはいつも桂花か霞か・・・最近では季衣や流琉達ともいるのかしらね?あまり一人でいることがないでしょう。一度一対一で話をしてみたかったのよ。」
桂枝
「そういえばそうでしたかね・・・まぁ補佐という仕事上どうしても一人ではいないものですよ。」
華琳
「その補佐というのもそろそろ・・いや、まだ早いわね。じゃあとりあえず乾杯といきましょうか。」
桂枝
「ええ、新たなる土地と河北四州を手中に収めたことに対して。」
乾杯、と杯を傾けたのちお互いにクイっと飲み干した。
華琳
「あら、甘くて飲みやすいわね・・・コレはあなたが作ったの?」
桂枝
「ええ、姉はもう少し辛いほうが好きですが・・・私にはこのくらいがちょうどいいので。」
華琳
「ふふっ。案外好みが合うわね。」
そういって料理のほうにも手を伸ばした。
華琳
「あら。これって・・・」
主人が少し驚いた顔をしてこちらを見やる。
今まで主人専用に料理を作ったことがなかったが今回は「主人に食べさせる」ことが前提のもの。ならば与えられた改善点は全て克服したものを出すのは道理というものだろう。
華琳
「やればできるじゃない。どうして今までやらなかったの?」
桂枝
「あらかじめ仰っていただければお作りしますがね・・・まぁ好みの問題ということで。」
華琳
「なるほどね。桂花のため・・・か。いい弟を持ったわね。桂花も」
桂枝
「姉がそう思っていてくれていればありがたいんですがね。」
私は苦笑混じりにこう返した。
華琳
「さて・・・じゃあそろそろ本題に入りましょうか。桂枝、あなた「張郃」という人物に心当たりは?」
桂枝
「張郃・・・袁紹軍の方ですか?」
あの時殺した奴の名が確か張郃だ。流石に真名を教えた奴くらいは忘れない。
華琳
「そう、袁紹軍親衛隊隊長張郃。実力は袁家の二枚看板に劣るが兵からの人望は厚く、あの10万にものぼる袁紹軍を支えてた中心人物の一人よ。
ーーーーーーその人物があなたの向かっていったと言う林の中から発見されたわ。見事に胴体と首を2つに分かれて、ね。」
桂枝
「・・・ええ、私がやりましたからね。それが何か?」
実際大したことはしていない。目的通り主人達を守る過程としてあいつらを殺しただけだ。
華琳
「・・・はぁ。さっき言ったでしょう、袁紹軍の中心人物の一人だって。討ち取ったものに報奨を与えないというのは私にとって許されることじゃないわ。」
そうか・・・私が報奨をもらわないと信賞必罰に反するか。そこまで頭が回っていなかったな。
桂枝
「・・・でしたら特別手当として給与に加算しておいていただきたい。」
華琳
「給与に?意外な回答だわ。あなたが自分の買い物をしているという話を聞いたことがないのだけど・・・何に使うの?」
桂枝
「丁度いま李典に自分専用の武器の開発を依頼しているのですよ。そのための開発資金に当てさせて頂きます。」
華琳
「あなた専用の武器・・・か。確かに春蘭との戦いのようなことはそうそうできないものね。」
まぁそれでも十二分に蓄えはあるのだが・・・手っ取り早くこのほうが報奨として楽だ。
華琳
「わかったわ、手配しておきましょう。・・・さて、もう一つ。こちらに関しては言いたくなかったらいわなくていいわ。」
そう前置きしてから主人はこう話し始めた。
華琳
「元々桂花一人でも充分な能力はあったわ。でもあなたが来てからの仕事と比べればまさに別人。
桂花の案をあなたが計算して詳細を煮詰めるこの形はそうね・・・「完成形」とでも言えばいいのかしら?」
完成形・・・そこまでの評価がされていたのか。計算しかしてないから知らなかった。
華琳
「だからこそ気になるのよ。あんなに仲がいいのにあなた・・・なんで旅になんて出たの?」
桂枝
「・・・」
なるほど・・・そこか。
華琳
「最初は武を収めるためとも思ったけど・・・荀家ならば教師だって雇えるのでしょう?」
桂枝
「ええ、実際私の武器の扱いの基礎は荀家で習いましたからね。」
華琳
「ならばなおさら旅にでなくとも充分に仕えることはできたでしょうよ。風や稟のように自分で仕える主を探す旅というわけでもなかったのよね?桂花に敵対するつもりがなかったみたいだし。」
桂枝
「・・・ええ、そういうわけでもありませんよ。」
華琳
「ならば・・・聞かせてもらえないかしら?あなたが旅に出た理由。」
・・・まぁいいだろう。生涯ここにいると決めた身だしな。そこにいるもう一人を含めて知っておいてもらうのも悪くはない。
桂枝
「そうですね・・・まず一つ。これは内密にして欲しいんですが・・・
ーーーーーーーーーーー私と姉は実の姉弟じゃないんですよ」
華琳
「・・・・なんですって?」
私の本当の両親は私の生まれた直後に亡くなった。
広陵太守であった母は権力争いの渦中にいる時に私を生み、その隙を狙われ賊に身を扮した軍に襲われたのだそうだ。
私は燃える部屋の中、床下に隠されていたため奇跡的に無事だったらしい。
後に救助した者の話を聞いたところ地獄のような光景だったという。
その後、母荀彝(じゅんしん)の姉である荀緄(じゅんこん)に引き取られたのが私の姉との出会い。
そのころまだ二歳だった姉は大いに喜んでくれたらしく、それはもう溺愛してくれたそうな。
華琳
「・・・なんで全部聞いてきたような話し方なの?」
桂枝
「なにせ自分はまだ生まれて間もなかった頃ですので。全く覚えていないのですよ。」
その後は姉に付いて行くように学問を学ぶさながら「同じことができても意味が無いでしょう?」という母の言葉より武を習い始めた。
学術、武術どちらをとってもある程度までは行くのだがそれ以上は進まない。それでも男としては優秀と褒められはしていたがどうにもやきもきしていた記憶がある。
そんな中、当時私なんかよりよほど勉強の進みが早かった姉は自分の学んだ算術を私に教えてくれたのだ。
姉に直接教えてもらったせいか、それとも単純に相性が良かったのか。私の計算能力はそのときの教師ですら驚く速度で上昇していきついには姉をも上回る計算能力を身につけた。
母は嫉妬するかと思っていたらしいが姉はむしろ誇らしげに「当然でしょ!私がおしえたんだから!」と胸を張って答えたらしい。
それを聞いて更に算術の勉強を進めていき、私はついには教師はおろか大陸有数の計算速度を手に入れることができた。
一つを極めたことによる自身から来たのだろうか。戦闘においても身体能力自体は大して上がらないが多彩な武器を組み合わせる今の戦いかたの原点となる戦術も身につけることができ、
全ての武器を学び終えた後にすべての教師を別々の武器で打破することにも成功した。
桂枝
「これの根底にあるのが全部「姉に褒められたい」っていう意思一つですからね。我ながら単純な思考回路をしてるなぁと思いますよ。」
華琳
「・・・そういえば先ほどからあなたの父上の話は出ていないようだけど?」
桂枝
「ああ・・・父ですか。」
意図的に話に出していなかった父についてを話し始める。
父はもとより才能のある人間ではなかった。
政略結婚・・・いってしまえば母とはそれだけの関係である。
しかもこの家では直系は母である荀緄であり父は入り婿。立場は決して高くはなく、終始イライラした様子で過ごしていた。
そんななか男である私が算術の才をみせ武でも実力を現し始めたのが気に入らなかったのだろう。
なにかとつけて私に小間使いのようなことをやらせたりわざと侍女に食事の時間を早めに通達させ私が勉強を終え帰ってくる頃には完全に冷えた食事を取らされたりといったことがあったものだ。
そんな父のことを姉は大嫌いだった。「あんな才能もなくなんの努力もしないやつがなんで攸をこき使ってるのよ!」とよく怒っていたものだ。
華琳
「凡愚だったと言うわけね。あなたはどう思っていたの?」
桂枝
「ん~・・・どうなんでしょう。正直あまり関わらなかったのでなんとも」
華琳
「仮のとは言え父親なのに?」
桂枝
「ええ。昔はずっと姉にべったりくっついてたもので。それこそ背中に隠れるようにくっついていたものですよ。姉は父が嫌いでしたしわざわざ会いに行く理由もないのでほとんど話したことがありませんでした。」
華琳
「姉にべったり・・・か。想像できないわね。」
桂枝
「流石にこの年ではね・・・まぁ子供に戻るような奇跡でも起こらない限りもう見れないと思っていただきたい。」
華琳
「あら、残念ね。」
話を戻そう。ようするに私は父に陰湿な嫌がらせを受けていたのだ。
しかしその程度で私がどうこうなるわけでもなく、冷えた食事も気にならなかったし小間使い程度のことだって父が子供を使うと考えれば大したことではなかった。
姉は怒っていたが私が耐えれば済むというそれだけ。私にとっては平和な日常だった。
その日常が崩れたのは私が十五になり真名をもらう日になる丁度前日。
その半年くらい前から病に伏していた母の容態が急変したのだ。
医者を急遽呼び出しなんとか処置を施してもらったのだがもはや手遅れであり、今夜が峠だと言われた。
桂花
「グス・・・ヒック・・・母様ぁ・・・死なないでよぉ」
泣き崩れる姉と無表情でいる私に対して母はこういった。
荀緄
「私はもうダメみたい・・・ごめんね、攸。あなたの真名、まだ考えてなかったの」
桂枝
「・・・いいよ、それ考えてて容態が悪化したんじゃないってわかっただけで充分」
荀緄
「冷静ねぇ・・・桂花みたいに泣いてくれないの?」
桂枝
「・・・姉が泣いてるのに弟が同じ事にしてどうするのさ、母さんが教えてくれたんじゃん」
荀緄
「ふふっ。そういうところは彝そっくり、さて・・・家長としての仕事は果たさないとね。桂花。」
桂花
「グス・・・はい。」
荀緄
「今この時をもってあなたを荀家の当主に任命するわ。といってもあの人と攸しかいないけどね。」
桂花
「はい・・・謹んでお受けいたします。」
泣きながらも正式な家督襲名の口上が今なされた。この時点を持って姉が荀家の当主となる。
荀緄
「よろしい。私の死後の手続きは済んでるからその3日後には正式な辞令がくだされるはず。そして最初の仕事を言っておくわ。攸に真名をつけてあげなさい。」
桂花
「私が・・・攸の?」
荀緄
「そう、それが攸にとって大事な真名になるんだから・・・よく考えてつけてあげなさい。そして攸」
桂枝
「・・・はい」
荀緄
「あなたは桂花を支えてあげてちょうだい。まだ桂花も十六、どこかに仕えるにしてもなんにしても経験がたりないわ。でも・・・あなたと一緒ならなんとかなるはず。だから・・・桂花を支えて守ってあげてね」
桂枝
「・・・はい、過程、方法、手段を問わずに必ず姉ちゃんを・・・姉貴を守ります。」
荀緄
「よろしい、頼んだわよ。ああ・・・これで私の仕事は終わったわね・・・」
そういってゆっくりと目を閉じる母、その瞳が開くことは二度となかった。
桂花
「まってなさい攸!私があなたにふさわしい真名を与えてあげるから!」
そういって当主引き継ぎの準備があるなか姉は私の真名を考え続けてくれた。
母の葬式は忙しい姉の変わりに父がとったのだが・・・おそらく私がみたなかで父のもっとも機嫌のいい時期だっただろうなと思うくらいの上機嫌だった。
華琳
「自分の妻の葬式の準備をしながら・・・ね。権力問題かしら。」
桂枝
「自分が荀家の当主になると思っていたのでしょう。遺言については伏せられてましたし。」
華琳
「馬鹿な男だったのね。・・・でも桂花は当主受け継ぎのために指揮を取らなかったのでしょう。気づかなかったのかしら?」
桂枝
「ええ。まぁそこは私が「私の真名を考えてくれている。」と伝えておきましたので」
華琳
「・・・ちゃっかりしてるのね。」
だがその父も当主が姉のものになることを正式に伝えた時に豹変する。
せっかく手に入ると思った権力が入らないとわかった時の父の怒りようはすごかった。物にあたり、人にあたり。とにかく暴れまわった。
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???
「何故だ!何故私ではなく桂花が家長に収まる!夫である私ではなく何故!?」
侍女
「落ち着いてください!当主様の遺言ですので致し方ありません!」
桂花
「そうよ!第一いくら私の父上とはいえあんたみたいなやつにこの家を任せて置けるわけないじゃない!」
???
「きさまぁ!父に向かってなんということを!」
???が桂花に剣を向けた。
侍女
「???様!いくらなんでもそれは」
???
「うるさいっ!そうだ・・・お前が・・・お前がいなくなればこの家は俺のものに「父上」っ!なんだ!荀攸!」
私は姉と父の間に割り込んで行く。これで何があっても姉に剣が届くことはなくなった。
桂枝
「父上、つい先程姉より真名をいただきました。・・・呼んでいただけないでしょうか?」
桂花
「桂枝っ!ちょっと何を!」
???
「ああん?・・・そうか、お前も納得いかないんだな?だから俺に真名を預けて主従を誓うと・・・そうなんだな?」
・・・ここまでの相手にもはやためらうことはない。
侍女
「荀攸様!あなたまで気が触れたのですか!?」
侍女何やら喚いているが気にしているほどの余裕はなかった。
桂枝
「・・・呼んでいただけますか?私の真名を」
何しろ今まで生きてきた人生の中では一番の大仕事をやろうとしているのだから。
???
「いいだろう。言ってみろよ荀攸。お前が桂花からもらった真名ってやつをよ。」
桂花
「桂枝・・・アンタまさか。」
桂枝
「先に謝っておくよ姉貴。・・・できれば目をつぶっていてくれるとありがたいかな。」
小さく、ほんとうに小さくそうつぶやいた。
桂花
「っ!やめなさい桂枝!あんたそんなことをしたらどうなるのかわかって」
桂枝
「父上、私の真名・・・桂枝と申します。呼んでいただけないでしょうか?」
???
「・・・ああ、わかったわかったよ「桂枝」じゃあどいてくれ。そこにいられちゃ桂花を殺せない。」
・・・よし、踏ん切りがついた。
私は背中に隠していた短剣を右手に持ち
桂枝
「・・・ありがとうございます。コレで心置きなくーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーあなたを殺すことができる。」
たった今「絶対に殺すべき敵」となったその存在の心臓めがけて突き刺した。
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月夜の酒宴と桂枝の過去。