今、弐陣中学校の会議室には2人の男がいる。
一人は青年、もう一人は少年だった。
深は胸まで石化している自分の状態を、薄暗い会議室の艶のある机に映った影で確認した。
それから視線を青年に戻すと、何も言わずに睨みつける。普段皺の寄る事のない額に深く皺が刻まれた。
そんな睨みをものともせず、ふふっと笑を浮かべた青年は自己紹介を始める。
「初めまして少年。俺の名前は
深は何故会った覚えもない男に名前を知られているのだろうと不信感を抱いた。普段寝ている事が多いとはいえ、流石に誰が知り合いでそうでないかくらいは覚えてもいるし判断もつく。
記憶にない男の顔はどこか掴みどころのない雰囲気で、黒髪の短髪を持ち光の当たり具合によってはブラウンに光っている。
男の後ろにあるのは、会議室にはないはずの蛍光に光る画面とパソコン。保健室にある背もたれのない丸い回転椅子もどこから持ち寄ったのか、きぃ、と椅子が音を立てた。
「あぁ、もう少し待ってくれるかい? 準備が整ってないんだ。知り合いの男が動くのを待っていてね」
フッと笑う男からデジモンの気配を感じた深がそっと背後に目を移す。薄暗い部屋から光るのは黒い光。三谷と名乗った男の頭2つ分は高く、頭上に目のように光る緑が6つ。大画面の蛍光から見えた金色の仮面が視界に入った瞬間、深は顔を強ばらせた。
「ネオデビモン……!!」
驚いた声で深が名を呼ぶとドゴンという音と共に部屋の電気が付いた。
「ネオデビモン、あまり壊すな。公共施設だぞ」
壊れた壁と壊れた電気のスイッチを見るふりをしてネオデビモンに注意した三谷の顔は笑っている。注意はしたものの、三谷は特に壊れたことになんとも思ってない様子だ。
部屋が明るくなったため三谷の後ろにいたデジモンの姿がはっきり見える。ネオデビモンの姿を見て、深は初めてこの世界で戦ったデジモンを思い出した。それがこのネオデビモンだと知らされるには時間はかからない。そう、三谷がまたも不敵に笑い説明しだしたのだ。
「ああ、君の思ってることは正解だ。先日君とそのパートナーにはお世話になったよね? あちらの世界ではどうも」
「もっともお世話になったのはこいつのスペアだけどね」と付け足し、わざとらしく三谷はぺこりと頭を下げる。「あの世界」とはネット世界の事を指すのだろう。エアドラモンを助けた時に現れた敵もネオデビモンだった。そして次に深の腰付近を指差す。
「データはそこから取らせてもらったよ。君の名前に性別、身長、体重とパートナーのデジモンのデータ……あの時一気に究極体まで進化するとは驚いた。あそこで具現化したデジモンと君のデジモンをロードするつもりだったからな。けど君のパートナーは予定以上の力をくれたから、俺としては大助かりだったよ。ありがとう」
どうやらデジヴァイスからそのデータを取ったらしく、自分の名前が知られている疑問は解けた。デジモンをロードする目的――それは深が知っている限りはデジモンの進化のためだ。ふと、気がつけば深の石化が止まっている。そしてコカトリモンがいないことにも気がついた。もしかして、という思いと自分もそうされてしまうという不安が深の胸によぎる。
「コカトリモンは……? んで、これ以上俺をこのままにしてどうするつもりなんだよ?!」
「どうする……ねぇ……」
三谷は何かを確認するようにパソコンを操作する。連動するように大画面が変わり、電子メールを見たことが分かった。しかし、新着メールは0件と表示されている。
「コカトリモンはもう用済みだから消した。あと君は……このまま待っていてもらおうかな」
石化を進める気はないらしい。ネオデビモンの腕を叩きながら消したと言ったところから、恐らくはコカトリモンをロードしたのだろう。ネオデビモンの淡くくすんだ金色の仮面が、深の方向を見た。
沈黙の仮面に見据えられ、深は恐怖に息が詰まりそうだった。目を逸らすことも出来ず、じっと見つめると仮面に反射する色が緑や青に変わる。それは三谷が操作してる大画面が、あるものを写した画面の変化だった。
「上手くやってくれたようだ。これで、進化できる……!!」
興奮気味の三谷が待ちわびていた光景が画面に映る。深もそちらに目を向け、やっとネオデビモンから視線を外した。
深の考えは当たっている。三谷の目的は自身のパートナー、ネオデビモンの進化だ。
その進化の最終段階で掌に乗せられていたのは彼の'元'仲間だったDIBR隊員の一人と一体。
「誘導良動……ってね」
深が見た画面に映っていたのは、黒い武人とその背中に乗った緑色の髪の男だった。
「あーほんっと信じらんねぇぇー」
'Royal Knights OMEGAMON'からのメールを受けた直樹は、タクティモン曰く「頼もしい協力者」の援助を逃さぬようにとすぐにDIBR本部から出発し、例のゲートがある場所に向かっている。OMEGAMON――読みやすくするとオメガモン。その差出人に直樹は頭が爆発するような衝撃を受けたのか、未だに瞬きが出来ない心情だ。
そんな事はどうでもいいと言いたげなタクティモンは、先程から同じような事をボヤいている直樹の話題を切り替えようと話を振った。
「ゲートを閉じるには強力な攻撃が必要だろう。念には念を、この封印を解く許可は出せぬのか?」
タクティモンの武器――「蛇鉄封神丸」は普段剣を抜かずに使用するものだ。封印を解く、すなわち剣を抜くことは星の崩壊を意味するほど禍々しい力が込められているためである。
そんなものの封印を解いてしまっては逆に危険だと思われるが、タクティモンが力の調節が出来ないはずがない。使いこなせてこそ、この剣を持てる資格があるのだから。
「あーそれな、さっきリーダーに連絡入れといたよ。いいってさ」
直樹が一枚のデジメモリを見せる。以前までタクティモンの蛇鉄封神丸の封印が解けたのはあるデジモンのみだった。しかし今ではもう一人、この剣の封印を解くことができる。'あるデジモン'の力と直樹の技術により、封印を解く「鍵」を作れたのはタクティモンには嬉しいことだった。
「そうか……お前もあの方も、準備がいい」
蛇鉄封神丸の封印が解ける嬉しさに少しスピードアップしたタクティモンが、間もなくゲート前に着く。
その時、ゲートの向こう側からメールが届いた。
メールの主はオメガモン、「ゲートに到着した」と素っ気ない一文だった。
メールを見てますます緊張が解けない直樹が深呼吸する。それからデジヴァイスを胸の前で構え、蛇鉄封神丸の封印を解くデジメモリを握り締めた。
「着いたな。早速、始めるか」
「ああ、メールを送った。攻撃は2分後だからな」
「了解した。悠史、頼んだぞ」
「了解」
アーク型の直樹のデジヴァイスの横からスキャンの光が現れる。直樹はデジヴァイスを横に持ち替え光が上を向くようにし、そこに握っていたデジメモリを通した。
「デジメモリスキャン――!」
直樹が叫ぶと共にタクティモンの剣が発光する。タクティモンが居合の構えを取り
辺りに禍々しい力が放散し、ゲートにも吸い込まれるように青紫の精魂が捻れ込まれていく。それだけでも十分な攻撃なように思えた。しかし、まだまだというようにしてゲートは力を吸い込んでいく。
その頃ゲートの向こう側ではオメガモン一人が空に浮いていた。どうやら壊れたゲートは空の一部らしく、邪気が漏れ始めた入口に今一歩距離を取った。
「向こう側からの攻撃か……? リアルワールドの守護者にしては悪しきデジモンが協力しているのだな。いや……それではデュークモンやロードナイトモンに失礼か」
ウィルス種デジモン=凶悪なデジモンではない事はとうに知っているオメガモンだが、今流れ込んでくる邪気は只ものではない。デジモンには色々な考えを持つ者がいて、多種多様な例があることを再度思い直し、オメガモンはガルルキャノンを構えた。
「2分経過。攻撃を開始する――」
邪気に打ち勝つように青い光線をゲートに放つ。長く光った碧の光は、デジタルワールドに漏れ出る邪気を浄化するように青紫の魂を包んでいった。
しかしそれもつかの間、邪気が増幅し、先よりも強大な力が押し戻ってくる。
「ガルルキャノン!!」
そうやって何度も打ち続けている内、ゲートは周りから修復していく。外と内から与えられる力を必要な分だけ矯正し、ゲートは新しく構築されていく。
これで最後だと思われる攻撃を撃ち放った時に、同じようにして向こうからも最後の攻撃が向かってきた。
その最後の攻撃こそ、今ままで以上の邪気が含んだまさに一球入魂の賜物。そしてオメガモンの耳に小さく聞こえた「壱の太刀」と。
「――!? 三元士、タクティモン……」
見覚えのある技と聞き覚えのある技名。疑い深いオメガモンはリアルワールドにあるDIBRの存在は善ではなく悪なるものなのかとこの瞬間に後悔した。自分は協力してはいけないものに手を貸してしまったのだろうかと。
――あの時ヤツはバグラモンと共に死んだ筈……ヤツもまた、生きているのか。
ゲートは閉じた。
だが新たな不安を胸に、オメガモンはイグドラシルへと帰路に着く。
▼▼▼▼▼
画面がプツリと切れたのは、黒い武人――タクティモンと、緑色の髪の男――直樹が攻撃を止めた直後だった。切れた画面と同時にネオデビモンの体が光りだし、三谷は目を輝かせ興奮に満ちた口元で弧を作る。
「成功だ……! 蛇鉄封神丸の封印を解いたタクティモンの攻撃は半端じゃない! 俺の作戦は完璧だっ」
進化の光に深は目を細め、その様子を伺う。只々進化するのを待つことしか出来なかった深は悔しさを押し殺し、あの日パートナーが進化した瞬間を思い出した。
「ネオデビモン進化……メタモルモン――!!」
深がそいつを見た最初の印象は、頭部はネオデビモンにそっくりだと思った。そして胴は丸くなり、脚は無くなり常に浮いている状態。ネオデビモンの時と比べて羽は凶悪感を抑えている。全体的に丸くなった印象を受けた。
だが深は思い出してしまう。メタモルモンは究極体、
「デュナスモン……」
助けを求めるようにだけど、弱い声だった。大きな声で呼べば、声は届いたのかもしれない。
絶対的な力の差は、あの時と同じだった。デュナスモンがネオデビモンをデリートした時と同じ光景が今逆の立場になっている。
自分がしたことは輪廻する、その事自体にはなんの後悔も未練もない。だが深は、力の差があるものに挑む勝負にこれほどの恐怖がある事を感じた。一人でいる事の心もとなさ、味方のいない状況ではどれほど精神的に心折られるかを知った深は酷く心が痛む。
相手に心があるのかすら分からないが、このままデジモンとのバトルを繰り返していく機会があれば、他にもこの思いを抱かせる事があったかもしれないと。
深への追い打ちはこれだけではなかった。
三谷が「メタモルモン」と名前を呼ぶとメタモルモンは変化を遂げる。
「さて、本物の到着まであとどれくらい掛かるかな」
その姿は、デュナスモンだった。
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17話 進化へのロード
18話