とある工作員の死
C1 輜重部隊募集
C2 任命
C3 取引
C4 闘技場の化物
C5 尋問
C6 輸送任務
C7 黒い死
C1 輜重部隊募集
セレノイア王国王都セレノイアのカスチンの館の前。紺色の紐で後ろ髪を結え男装に身を包んだメランは煉瓦の壁に輜重部隊募集中の紙が貼られているポスターを見つめている。
メラン『ここか…。』
通行人Aと通行人Bの登場。
通行人A『カルデハイフン取巻きのカスチンなんぞの部隊に志願する奴なんてろくな奴じゃねえな。』
通行人Bは通行人Aの顔を覗き込むように見る。
通行人B『あんなクソ野郎について行くやつなんて金に眼がくらんだ亡者か、ろくでなし、でなけりゃよほどの世間知らずよ。』
メランは通行人達の方を向く。
通行人A『ハハハ、違いねえ。違いねえ。』
通行人達は顔を上げ、その眼にメランを映す。彼らはすぐに顔をそむけてその場から急ぎ去る。メランは再びポスターの方を向き、後ろ髪を結える紺色の紐を締めるとカスチンの館へと入っていく。
カスチンの館、応接間の扉が開き、カスチンの召使と共に現れるメラン。薄暗い部屋の中、屈強な体をしたボエーラーニウスと中肉中背で頭の禿げあがったロンネン、あばた顔の娼婦メロヌが椅子にまばらに座っている。メランは大きく目を見開いて立ち止まる。メランの方を向く一同。眼を細めて口元を緩めるボエーラーニウス。
ボエーラーニウス『貧弱そうな兄ちゃんが来たじゃねえか。』
ボエーラーニウスは立ち上がり、周りを見回した後にカスチンの召使を見つめる。
ボエーラーニウス『おいおいこんな奴らを雇うってのかい?しがないおっさんに娼婦、貧弱そうな兄ちゃんときた。いいのかい?こんな得体のしれね~奴らを無条件で雇っちまっても。』
メロヌが頬を膨らませ椅子の背もたれに腕を当ててボエーラーニウスの方を見つめる。
メロヌ『失礼ね。だったらあんたは何だって言うの?』
ボエーラーニウス『俺はボエーラーニウスというロズマール王国の元竜騎兵よ。』
メロヌ『アハハ、じゃ、国が潰れて失業軍人さんね。』
ボエーラーニウスは前かがみになってメロヌの顔を覗きこみ、再び上体を起こして手を広げる。
ボエーラーニウス『おいおい、嬢ちゃん。失業軍人とはいえ力はあるんだぜ。』
ボエーラーニウスはカスチンの館の柱の一つに歩み寄り、抱きしめる。柱にはひびが入る。ボエーラーニウスの傍らに駆け寄るカスチンの召使。柱は土ぼこりと共に倒れる。ボエーラーニウスは満面の笑みを浮かべ、後ろを振り向く。
ボエーラーニウス『どうだ。今から俺が入隊資格としてお前らを抱っこしてやろうじゃないか。』
メロヌとメランは青ざめ、ロンネンは唖然とする。ボエーラーニウスはメロヌを指さす。
ボエーラーニウス『まずは口の減らんお嬢ちゃまからよ。』
メロヌは首を横に振り、傍らのメランの袖を引っ張る。メロヌの方を向くメラン。
メロヌ『ちょっと、あんた男でしょ。わ、私の代わりに行きなさいよ!ほら!!』
メラン『えっ?あっ…。』
ボエーラーニウスにつきだされるメラン。
ボエーラーニウス『ぐへへ、何だお前からか。まあいい、いい顔だぜぇ。いい表情でいい声で鳴いてくれよ。』
メランはボエーラーニウスの顔を見上げ、震えだす。カスチンの召使がボエーラーニウスの前に出る。
カスチンの召使『おやめ下さい。ボエーラーニウス様。せっかく4人も集まった事ですし…。』
ボエーラーニウスは首をかしげ、顎に手を当てる。
ボエーラーニウス『…4人も?』
ボエーラーニウスはカスチンの召使の顔を覗きこむ。
ボエーラーニウス『あれだけの報酬があって4人しか集まらんとはどういうことだ?よもや相当危ない橋を渡る仕事ってことか?』
ボエーラーニウスはカスチンの召使の胸倉を掴む。
ボエーラーニウス『だったら、なおさらあんな弱っちい奴らじゃいけねえんじゃないのか?』
カスチンの召使は首を左右に振る。
カスチンの召使『そそそその、あの、仕事の方は至ってシンプルな物でございまして。』
ボエーラーニウス『じゃあ、何で人が集まらないんだ?』
カスチンの召使『そ、それはヴィートリフ公の亡きあと、妬まれていた我々は政権の座から追い落とされてしまった為…。』
ボエーラーニウス『ハンッ、この王国で嫌われ者って言うことか。』
ボエーラーニウスはカスチンの召使から手を離す。
カスチンの召使『ぐほっ、げほっ!』
カスチンの召使は暫く、床にうずくまる。
メロヌ『な~に、それ、不人気で人が集まらないってこと。アハハ。ま、私はお金が貰えればそれでい~ケドさ。ホントにあんの?』
ロンネン『それは政治の中枢から外れたってことですよね。…金はお金の方は大丈夫なんですよね!?』
ゆっくりとした靴音とともにカスチンが登場する。
カスチン『金のことは心配する必要は無い。我が党首カルデハイフン様が出資して下さるとのことだ。』
カスチンの方を向く一同。
カスチン『私はこの館の主カスチン。』
カスチンは折られた柱の方を見る。
カスチン『これは随分と派手にやってくれたものだ。』
メロヌが立ち上がり、一歩前に出る。
メロヌ『カルデハイフンって昔は羽振りが良かったけどさ、今はもう閑古鳥じゃない。』
カスチンはメロヌの方を見る。
カスチン『そんなに心配ならば、報酬の前金を今、見せてやろう。』
カスチンは手を打ち合わせる。カスチンの召使が奥の部屋まで駆けて行き、暫くして大きな袋を抱えてやって来る。カスチンの召使はそれを床に置く。大きな金属音が鳴り響く。カスチンは袋の傍に寄る。
カスチン『見るがいい。』
カスチンは袋の口を開ける。黄金の輝きが薄暗い室内を照らす。感嘆の声を上げる一同。カスチンは袋の封を閉じる。ボエーラーニウスは腕を組む。
ボエーラーニウス『おいおい、カスチンさんよ。それは金メッキじゃね~のか?』
ボエーラーニウスの方を向く一同。カスチンは満面の笑みを浮かべて、金貨を1枚取りだすとボエーラーニウスに向かって投げる。金貨は4、5回バウンドし、ボエーラーニウスの足元で止まる。ボエーラーニウスはしゃがんで金貨を取り、立ち上がって金貨を噛む。
ボエーラーニウス『ふん…ホンモノ、だな。これは。』
ボエーラーニウスは薄ら笑いを浮かべて、眼を細める。カスチンは一歩前に出る。
カスチン『それだけではない。任務終了後希望者にはセレノイア王国の正規軍として無条件で雇いいれよう。』
ボエーラーニウスは顎に手を当てる。
ボエーラーニウス『ふむふむ、なるほどな。職を斡旋してくれるというのか。』
ロンネンとメランは前に出る。
ロンネン『それは本当なのですか!?』
メラン『それは本当なのか?』
ロンネンとメランは顔を見合わせた後、顔を赤らめて会釈する。
カスチン『本当だとも。これはカルデハイフン様が提案なされたことへの議会からの方針だ。』
メロヌは掌を前に出す。
メロヌ『あっ、私はパス。軍隊とか息苦しい所は苦手なのよ。』
ボエーラーニウスはカスチンの方を向く。
ボエーラーニウス『しかし、問題はその任務だろう。』
カスチンは腰に手を当て、背を向ける。
カスチン『な~にラドラック山岳城に荷物を運べば良い仕事。護衛の部隊は山岳城主コクシの部隊。非常に簡単な仕事だ。』
ボエーラーニウス『それだけでこれだけの報酬か!ぼろ儲けだな。』
カスチンは後ろを振り向く。
カスチン『なお、任務期間中は正規軍兵士と同じ権利を得る事が出来る。無論給料も支給される。』
ボエーラーニウスは前に出る。
ボエーラーニウス『さっきの報酬とは別でか?』
カスチンは2度程頷く。
カスチン『ああ、無論だ。先程の報酬はセレノイア正規軍とは違い我々が出資した金だからな。』
ボエーラーニウスは顎に手を当てて二度ほど頷く。
ボエーラーニウス『ほほぅ。あんたの上にいるカルデハイフンって野郎の面子の為という訳か。人が集まらねえもんな。自ら言い出したことに後に引けなくなったという訳か。』
カスチンは後ずさりする。
ボエーラーニウス『ハハハハハ、そういう訳であれば俺は乗ったぜ。』
メロヌ、ロンネンは前に出る。
ロンネン『や、やります。やらせて頂きます。』
メロヌ『ま~お金、欲しいからやるケドさ。』
ボエーラーニウスはメランの方を向く。
ボエーラーニウス『お前はどうなんだ?』
メランは顔を上げる。
メラン『え…。』
メランの方を見る一同。メランは彼らの方へ足を踏み出す。
メラン『や、やるに決まっている。』
カスチンは咳払いをする。
カスチン『では、今夜はこの館に泊まり、明日、セレノイア王国水の仲間議事堂にて正式に任命してもらうとしよう。』
メランは一歩前に出る。
メラン『正式に任命?』
ボエーラーニウス『あんたが任命するんじゃね~のか?』
カスチンは首を横に振る。
カスチン『セレノイア王国の軍事権は常に議会が握っているのでな。』
ロンネンは一歩前に出る。
ロンネン『では、あぶれることもあるんですか?』
カスチンは首を横に振る。
カスチン『それはない。元々、コクシへの貢物を送る部隊を徴兵することを議会がカルデハイフン様及び私に命じた事。任命など形式的なものよ。』
ロンネンは胸をなでおろす。
カスチンはカスチンの召使の方を向く。
カスチン『今宵はもう遅い、皆さんを寝所へと案内してやれ。』
カスチンの召使は一礼し、カスチンの前に出る。
カスチンの召使『それでは寝所へと案内するので私についてきて下さい。』
カスチンの召使の後に続くボエーラーニウスにメラン、ロンネン、メロヌ。暗い闇を照らすカスチンの召使のランプ。暫く進むとランプの灯が左右の扉を照らし出す。カスチンの召使は立ち止まり、ポケットから金属音を暫く鳴らして鍵を取りだし、先に右の扉、次に左の扉を開けて一同の方を向く。
カスチンの召使『どうぞ、どなたでもお入りください。入った後、明日の出発まで誠に遺憾ながら鍵をかけさせて頂きます。トイレ、シャワーは室内にありますのでその点はご心配なく。』
ボエーラーニウスはカスチンの召使の方を見る。
ボエーラーニウス『ふん、逃げ出さないようにする工夫か。まあ、心配するな。他の三人は知らんが、俺にその気はね~よ。』
ボエーラーニウスは右の部屋へ入っていく。扉が閉まり、カスチンの召使が鍵をかける。
ロンネン『わ、私だって逃げるわけにはいかないんだ!』
ロンネンは左の部屋に入り、カスチンの召使は扉を閉めて鍵をかけ、メランとメロヌの方を向く。
カスチンの召使『それでは、参りましょう。』
カスチンの召使は彼らに背を向け、歩き出す。
メロヌ『ねえ、あたし清潔なところがいいんだけど。』
カスチンの召使は振り返り、メロヌの方を見る。
カスチンの召使『清潔…といいますと。まあ、一番綺麗な部屋は奥の間でございます。』
メラン『私はどこでもいい。』
カスチンの召使は前を向き、歩き出す。メロヌはカスチンの召使の傍らに寄る。
メロヌ『ねえねえ、この館ってさ。薄暗くて怖いんじゃん。』
カスチンの召使『節電です。経費節約の一環ですのでご理解の方を。』
メロヌは苦笑いを浮かべる。
メロヌ『そ、そうじゃなくって。』
メロヌはメランの腕を掴み、押し寄せる。
メラン『えっ!ちょっと!』
メロヌ『だ・か・ら、この子と一緒じゃ駄目?』
カスチンの召使はメロヌの方を向く。
カスチンの召使『駄目です。それに主が客人が言いつけを守らなかったときは報酬を減額してもよろしいと言っていたもので…。』
メロヌはメランの腕を離し、両拳を握りしめる。
メロヌ『何よ!ケチ!』
カスチンの召使は立ち止まり、ランプの光の中にある右側の扉を開く。カスチンの召使がメランの方を向き、手を扉の方へ向ける。メランは頷いて扉の中に入る。軋む音と共に閉まり行く扉から後ろを振り向くメラン。
メラン『それでは私はこれで…。』
扉が閉まる。
メロヌ『もぅ、これで綺麗じゃなかったら承知しないんだからね!』
靴音が遠ざかっていく。
C1 輜重部隊募集 END
C2 任命
カスチンの館応接間。ソファに座るカルデハイフン。その傍らにはカスチン。
カスチン『ハッ、それはもう。』
扉が開き、召使を先頭にボエーラーニウス、ロンネン、メラン、メロヌが登場。カルデハイフンは開いた扉の方を見つめる。扉はゆっくりと閉まる。カルデハイフンはボエーラーニウス、ロンネン、メラン、メロヌの方を見る。
カルデハイフン『これだけか。』
カスチンは青ざめる。カルデハイフンは目の玉をボエーラーニウスの方に向けた後、戻す。
カルデハイフン『使えそうな奴もいるようだが。』
カルデハイフンは眉を顰め、顎を上げ、再び元の表情と姿勢に戻る。
カルデハイフン『期限も迫ってきておるし、仕方あるまい。』
カルデハイフンは杖に手をかけ、立ち上がる。
カルデハイフン『順に簡単な自己紹介を。』
顔を見合わせる一同。ボエーラーニウスは他の三人の方を見た後、カルデハイフンの方を向く。
ボエーラーニウス『まずは俺からだな。』
ボエーラーニウスが前に出る。
ボエーラーニウス『俺はボエーラーニウス。元ロズマール王国の竜騎兵だ。』
カルデハイフンは2度程頷いた後、ロンネンの方を見る。ロンネンの眼に映るカルデハイフンの顔。
ロンネン『わ、私はロンネン。も、元サラリーマンです。』
カルデハイフンは前屈みになる。
カルデハイフン『元サラリーマンというと?』
ロンネンは自身の後頭部に手を当てる。
ロンネン『はぁ…恥ずかしい話、勤めていた会社を首になりまして…。』
カルデハイフンは眼を細め、ロンネンを見つめる。
カルデハイフン『勤めていた会社は?それは何処の会社だ?』
ロンネン『はぁ、メルミン王国のセイラ紡績の小工場で営業の方をしていましたが、業績悪化の人員整理を受けて…。』
カルデハイフンは元の姿勢に戻る。
カルデハイフン『それで、首になったと言うわけか。』
ロンネンは頭をかきむしりながら頷く。
ロンネン『は、はぁ。』
カルデハイフンはメランの方を向く。
カルデハイフン『で、貴様は?』
メランはゆっくりとカルデハイフンの方を向き、眼を合わせる。
メラン『私は…セレノイア王国の田舎から…。セレノイア王国の軍に入る為に。』
ボエーラーニウスとロンネン、メロヌはメランの方を向く。カルデハイフンは笑い出す。
カルデハイフン『ははは。それで、セレノイアの軍には何故入りたいのだ?他の軍ならいくらでもあるだろう。入りやすい新興のロズマール共和国、大規模募兵を行っているゼムド王国。』
カルデハイフンは両手を合わす。
カルデハイフン『それとも故郷だからか?』
メランは一歩前に出る。
メラン『それもあります。でも、セレノイア軍には憧れた人がいまして。私が最も慕ったお方…。』
カルデハイフンは首を傾ける。
カルデハイフン『憧れの人か。それは結構。それでは任務が上手くいった暁はそいつと共に我が軍で大いに働いてくれ。』
メランは下を向く。
メラン『いえ、その方は既に死亡いたしました。』
カルデハイフンは眼を見開き、口を開ける。
カルデハイフン『それは悪いことを聞いてしまったな。無き友の意思を受け継ぐ。大いに結構。すばらしい心構えだ。』
カルデハイフンはメロヌの方を見つめる。メロヌはカルデハイフンの顔を見ると、顎を上げ、髪を触り前に出る。
メロヌ『私はメロヌ。キャバ嬢よ。』
メロヌはカルデハイフンに近づき投げキッスをする。
メロヌ『カルデハイフンのおぢさま。私といい事しない?別料金で。』
にやけ面のボエーラーニウスとロンネン、顔を真っ赤にして眼を背けるメラン。カルデハイフンはメロヌから眼をそらし、カスチンを見る。メロヌは頬を膨らませて腰に手を当てる。
カルデハイフン『そうか。』
カルデハイフンは一同を見回す。
カルデハイフン『良く分かった。表に車を用意してある。水の仲間議事堂まで行くぞ。』
カルデハイフンは杖の音を響かせて応接間より出て行く。後に続くカスチン。ボエーラーニウスを先頭にロンネン、メラン、メロヌと続く。カスチンの館の前に止まる壮麗な3台のリムジン。先頭の車両にカルデハイフンが乗り込み、次の車両にカスチンが乗り込む。三番目の車両の運転手がリムジンの扉を開ける。ボエーラーニウスは腕組みをし、メロヌをみる。
ボエーラーニウス『どうやら閑古鳥じゃねえみたいだぜ。あのおっさん。』
メロヌ『あら、そう。大金見せ付けられたときから気づいてたわよ。』
メロヌは腰に手を当ててそっぽを向く。
ボエーラーニウス、ロンネン、メラン、メロヌの順に車両に乗り込む。扉が閉まる。運転手が運転席に乗り込み、車両が動き出す。メロヌは腕組みして頬を膨らませる。
メロヌ『こんな可愛いあたしが言い寄ってんのにさ。萎えてるんじゃないあの爺。きっともうお年で不能よ。』
ボエーラーニウスはメロヌの方を見る。
ボエーラーニウス『ハハハハハ、それなら俺は毎日ギンギンだぜ。』
メロヌはボエーラーニウスの方を向いて手を横に振る。
メロヌ『あ゙?おっさんパス。』
メロヌはメランの腕に抱きつく。
メラン『えっ!何??』
メロヌ『メランちゃんみたいな美男子がい~の。』
眉を顰めるメラン。リムジンの窓からは水の仲間議事堂が見える。正門には槍を交差させ、門を閉ざす門番達。その前には、女オークでセレノイア王国親衛隊のラシャラハイと九頭犬人で交渉僧のオルティガロンヌが立っている。リムジンは水の仲間議事堂のロータリーに止まり、そこから出てくる一同。カルデハイフンは杖音を立て、腰に手を当てて一歩前に出る。
オルティガロンヌ『カルデハイフン様。輜重部隊募集の件御苦労様であります。』
カルデハイフンは水の仲間議事堂の方へ歩いていく。
カルデハイフン『雌豚に頭でっかちか。ヴィートリフ様が死んでからいい身分なものだな。』
ラシャラハイは眉を顰めてカルデハイフンから眼を背ける。カルデハイフンに続く一同。門衛達は槍を解き、扉が開かれる。
カルデハイフン『軍司のジャトは出迎えんのか?』
ラシャラハイはカルデハイフンの傍らによる。
ラシャラハイ『軍司は多忙故。今日の任命も早急に終わらせたいとの事。』
カルデハイフン『何が多忙なものか。ゼムドはメルミンとルソタソの保護国に、ロメン帝国とシェプスト国とは商業協定を結び、脅威は今までと同じモングとシラクーザだけではないか。馬鹿らしい!』
ラシャラハイ『ヴィートリフ政権の下と今は違います。勘違い致しますなよ!』
カルデハイフンとラシャラハイを見つめるメランの背中でオルティガロンヌの左端の首が鼻を動かす。オルティガロンヌの左端の首が中央の首の耳元で囁く。後ろを振り向くメラン。聖書を胸に当て、にこやかな笑顔を見せて一礼するオルティガロンヌ。メランは顎に人差し指を当てて、再び正面を向く。
議事堂内に入っていく一同。廊下で辺りを見回す、ボエーラーニウス、ロンネン、メランにメロヌ。ラシャラハイが先頭へ行き、水の仲間議事堂の会議室の扉を開く。円形に並べられた席に座るまばらな議員達。中央の席に座る。緑色の八重歯を光らせる童顔のニクスでセレノイア王国軍司のジャト。ジャトは会議室内に入り込んできた一同を見回す。
ジャト『へぇ~。4人も集まったんだ。カルデハイフン様のお力ならもっと集まるかと思っちゃったよ~。』
カルデハイフンは眉間にしわを寄せる。アルパカ獣人議員がジャトの方を向く。
アルパカ獣人議員『まあ、そうたいした仕事ではありませんし、人件費を抑えるためにもこのくらいでいいんじゃないですかね。』
ジャト『そだね。コクシ殿への貢物の期日も迫ってきていることだし。』
ジャトはカルデハイフン、カスチンと一同の方を見る。
ジャト『ではカルデハイフン様が連れてきたこの4名を第267輜重部隊とし、コクシ殿の居城への貢物の輸送の任務を与える。以上。』
ジャトは立ち上がり、カルデハイフンを見る。
ジャト『カルデハイフン様。ご苦労様。では、もう帰っちゃって下さい。』
顔を見合わせるボエーラーニウス、ロンネン、メラン、メロヌ。カルデハイフンは杖を激しく震えさせた後、溜息をついて外へと出て行く。オルティガロンヌがジャトの傍らに寄る。会議室の扉が閉まる。メランは後ろを振り返り、首をかしげる。
メラン『任命ってこんなにあっけないものなのか?』
ボエーラーニウスがメランの方を向く。
ボエーラーニウス『まあ、あまり難しくも無い仕事だ。こんなもんだろう。』
カルデハイフンが一同の方を向く。
カルデハイフン『任務の一つが終わった。前金として報酬の一部をやろう。』
カルデハイフンのほうを向く一同。
メロヌ『えっ、これだけで!』
カルデハイフンは頷く。
カルデハイフン『こんなあっけないことでだ。本任務もまあ似たようなものだろう。護衛にはコクシの部隊がつくからの。それが終われば更に大金がつく。』
ボエーラーニウス『随分と太っ腹だな。大丈夫なのか?』
カルデハイフンは眼を細くして一同を見回す。
カルデハイフン『フッ、わしを誰だと思っておるのだ!くれぐれも逃げようとするのでは無いぞ。一応正規軍として任命された以上、今日から外出も許可してやる。』
顔を見合わせる一同。カルデハイフンは議事堂の出口の方へと向かう。続く一同。
C2 任命 END
C3 取引
セレノイア王国闘技場近くの人が賑わう市場に居るメラン。メランは果物を売る男性の傍による。果物を売る男性は上体を陳列棚の前に乗り出す。
果物を売る男性『おう、兄ちゃん。何か買っていくかい?そこのバナナなんて安いよ。』
メラン『え、いや。聞きたいことがあるのだが。』
果物を売る男『何だい?』
メラン『この近くのドクガの酒場と言う所で砲術長を務める軍人が殺されたというが…。』
果物を売る男は陳列棚に右手をかける。
果物を売る男『ああ、あのことね。殺された奴はゼベトっていうゼムドとの戦争で砲術長を務めた奴。しかし、分からんもんだねぇ。砲術長まで登りつめて酒場で下らん口論の末、殺されちまうんだから。最も相手が悪かったと思うね。相手は今じゃ闘技場で百戦錬磨のゴウボートの旦那だ。』
メランは顎に手を当て、下を向く。
メラン『ゴウボート?それが殺した男の名か。』
メランは顔を上げ、果物を売る男性を見つめる。
メラン『その男は何処にいるか分かるか?』
果物を売る男性は眼を見開く。
果物を売る男性『へ?』
果物を売る男性は白い建物を指さす。
果物を売る男性『ああ、ゴウボートの旦那ならほれあそこ建物の角を右に曲がったところにある野外双六場で仲間と一緒にたむろしてるよ。』
白い建物の方を向くメラン。
メラン『ありがとう。』
メランは陳列棚に並ぶバナナを見る。メランはバナナを一本取り上げ、果物を売る男性を見る。
メラン『これを。』
果物を売る男性『あ、ええ、1レアになります。』
メランはポケットから1レア硬貨を取り出して果物を売る男性に渡す。果物を売る男性は帽子を取り、一礼する。
果物を売る男『まいどあり。』
メランは白い建物の方へ、バナナの皮を向き、実を頬張りながら歩いていく。そして、バナナを食べ終わると持参のゴミ袋を取り出しそこに入れ、再び鞄に入れる。白い建物の近くにメランが来るとざわめきが聞こえる。メランは右の方を向き、歩いていく。
野外双六場。人だかりを掻き分けて進むメラン。立ち並ぶ野外小屋の中で目に留まる一際大きな野外小屋。ゴウボートが椅子に座りビールを飲んでいる。その隣には黒巫女。周りにはギャンブラー達が居る。ギャンブラーAがゴウボートの傍らへ両手を組んで揉みながら寄る。
ギャンブラーA『ふへへ。ゴウボートの旦那。今日も頼みますよ。』
ゴウボートは笑みを浮かべる。
ゴウボート『な~に、この幸運のお守りと。』
ゴウボートは右手で首にかけられた首飾りを持ち上げキスをし、黒巫女を左手で抱きよせる。
ゴウボート『この勝利の女神さえいれば、俺はどんな奴だってやれるぜ。例え百万の軍隊だろうがな。』
黒巫女は顔を赤らめて、人差し指でゴウボートの頬を小突く。メランは眼を見開く。
メラン『あいつが…。』
ギャンブラー達とゴウボートの笑い声が巻き起こる。メランはゴウボートを睨み付け、腰にした剣の柄に手をかける。
メラン『兄の…。』
メランの口が押えられ、胸を握りしめられて一瞬の内に野外双六場を取り囲む建物の路地裏に連れ込まれる。メランは眼を見開いて、抵抗し、口を押えている相手の方を睨み付ける。彼はメランの胸から離した手で先程メランが居たところに指を指す。
先程メランが居た場所に黒巫女が短刀を右手で逆手に握りしめ、周りを見回している。青ざめるメランは抵抗を止める。黒巫女は人差し指を曲げ、口元に当てると短刀を鞘に納め、ゴウボートの方へ歩いていく。
メランの口元から手を離す鼠獣人のラット。その後ろにはバンダナを巻いたマーマンのサナが居る。
ラット『危なかったな。』
サナ『あんな殺気を放っていちゃすぐに見つかっちまうもんだ。』
メランは後ろを振り向き、ラットとサナの方を向く。
ラット『俺たちはしがない情報屋さ。』
メラン『情報屋…?』
ラットはメランにウィンクしながら人差し指を立てる。
ラット『ま、こんなところにいると必要な情報とそれ以上の情報が手に入るってわけさ。』
サナは腕組みをしながら二回頷く。
サナ『結論からいうとあの男は危険。急に羽振りが良くなって黒巫女と結託したからな~。』
メランは眼を見開いてサナの方を向く。サナは財布を懐から取り出し、がま口を下に二回振る。財布からでる埃。
サナ『おかげでこっちは大打撃。』
ラットは眉を顰めてサナの方を見る。
ラット『お前、経費でそんなことやってたのか!?』
サナはラットに向かって親指を立てる。
サナ『利殖、利殖。』
ラットは顔をしかめる。
ラット『利殖できていないんだが…。』
ラットは溜息をついた後、メランを見る。そして、背を向け両手を広げる。
ラット『まあ、どんな事情があるにせよ。長生きしたきゃ危ないところには潜り込まない方がいいってもんだぜ。じゃ。』
サナとラットはメランを背に歩きはじめる。メランは一歩前に踏み出す。
メラン『待ってください!』
振り返るサナとラット。
メラン『あの男が、羽振りが良くなったというのはいつ頃なのですか?』
ラットとサナは顔を見合わせた後、サナは顎に人差し指を当てる。
サナ『確か奴が酒場で人を殺してから割とすぐだったと思うぜ。』
メランは眼を見開いて立ち尽くす。首をかしげるラットとサナ。メランは一歩前に出る。
メラン『あなた方が情報屋なら…必要以上の情報が手に入っているというのなら…あの男について、いえ、ドクガの酒場での殺人について教えてください。』
ラットはメランを見つめる。
ラット『俺達はそんなに詳しいことは知らないし、必要な情報以外で危険な目にあうのはまっぴら御免。あんたにも秘密があるらしいしな。』
ラットは左手を握って開く動作を二回やる。
メラン『く、詳しくなくても何でもいいから教えてください!お願いします。』
メランはラットとサナに向かい土下座する。
メラン『お願いします。お願いします。お代なら払います。どんなささいなことでも構いませんからどうか!どうか!』
メランはラットとサナを見上げる。
メラン『お願いします。私どんなことでもしますから…。』
ラットとサナは顔を見合わせる。サナはラットに耳打ちした後、ラットがサナに耳打ちする。二人はメランの方を向く。
ラット『そうだな。』
ラットは腕組みをする。
ラット『殺されたのはゼベトっていう砲術長を務めるセレノイア王国の軍人。ゼムドとの戦争のあとずっと酒場に入り浸り、酒に溺れたって話だ。』
メランは顔を真っ赤にしてラットを睨み付ける。
メラン『嘘だ!』
ラットは眉を顰める。メランは口に手を当て俯き、再びラットの方を向く。
メラン『ごめんなさい…。私…つい。』
ラットは腕組みを解く。
ラット『ゴウボートって野郎はそれなりに腕っぷしの良い剣闘士だったんだが、ゼベトって奴を殺して数日で羽振りが良くなり、黒巫女を雇い入れて今じゃ敵無しってとこさ。無論、罪には問われていない。俺達が知ってるのはこの程度だ。』
メランは俯き、握り拳を震わせる。ラットはサナの方を向き、二人とも相槌を打ち、メランの方を向く。
ラット『ゴウボートって野郎は金に目が無いらしい。それに今じゃ強大になりすぎだ。お勧めはしないが金があるのなら直接本人に聞いたら案外答えてくれるかもしれないぜ。お勧めはしないがな。お代は結構。大した情報でもないし、俺たちも色々と忙しいんだ。受け取っている暇もない程な。』
メランは上体を上げる。
メラン『あ、ありがとうございます。』
メランは深々と頭を下げる。顔を上げるメラン。誰もいない路地裏。メランは立ち上がり、周りを見回すとしばし俯き、振り返って野外双六場へと向かう。双六場の人込みをかき分け、メランはゴウボートの前に出る。立ち上がる傍らの黒巫女。ゴウボートはビールを飲むのを止め、眼を細めてメランの方を向く。メランは一歩踏み出す。
メラン『ゴウボート殿とお見受けする。』
ゴウボートはビールジョッキを置く。
ゴウボート『顔に似合わねぇ台詞だな。見たところセレノイアの軍人らしいが…俺に何の用だ?』
メランはゴウボートの正面に立つ。
メラン『ドクガの酒場で軍人が殺された事について訪ねたい。』
ゴウボートは眉を顰め、黒巫女に目配せし、メランを睨みつけた後、眼を閉ざして両手を広げる。
ゴウボート『へっ、もうあれは終わった事だ。』
ゴウボートは上体を前かがみにしてメランの眼前に人差し指を立てる。
ゴウボート『第一俺は何もしてね~し、つかかってきたのはあいつ。もう話はついてるんだぜ。』
メランは鞄から袋を取り出すと食事が置かれた机の上に乗せる。食べ物の置かれた皿が揺れ金属音が鳴る。ゴウボートは眼を見開き、机の上に置かれた袋に両手を伸ばす。閉じられた袋の口が少し開き、金色の輝きが漏れる。メランは素早く袋を取り上げる。机に顔をぶつけ、暫くして顔をあげるゴウボート。
ゴウボート『…ふふへへへ、あんた何処でこいつを。』
メラン『何処でもいいだろ。知っていることを全て話してくれればこいつを全てあんたにやろう。』
ゴウボートは顎に手を当てて暫しメランを見つめる。
ゴウボート『ふむ。いいだろう。あんたの名は?』
メラン『メランという。では。』
ゴウボートは立ち上がり、首を横に振る。
ゴウボート『残念だが、今から闘技場で大事な試合が入っちまっている。明日に向けて調整もしなけりゃならんしな。』
眉を顰めるメラン。
ゴウボート『そう怒るな。明日の昼、闘技場の俺の部屋で落ち合おう。受付にお前の名を言えば通れるようにしてやっからよ。ククククク。』
メランは頷く。
メラン『あ、ああ。』
ゴウボートはメランに背を向けて闘技場の方向へ歩む。続く黒巫女とギャンブラー達。ゴウボートの背中を見つめるメラン。
C3 取引 END
C4 闘技場の化物
セレノイア王国闘技場の前に立つメランは時計を見た後、バックを押さえ、正面を見つめてから一歩前に出る。ざわめきが巻き起こり、観客達が一斉に飛び出してくる。メランは飛び出してくる群集の中のギャンブラーAを見つめ、駆け寄って両肩を掴む。
メラン『おい、何があった!?』
ギャンブラーAはメランを見、闘技場を指差す。
ギャンブラーA『ば、ば、化けもんだ!ありゃ、化けもんだ!!あんたも早く…。』
闘技場を見るメラン。ギャンブラーAは頭を抑える。
ギャンブラーA『ぎぃ!あ…頭が…あたまがぁ!!』
メランはギャンブラーAの方を向く。
メラン『だ、大丈夫か!?』
ギャンブラーAは突然立ち上がるとメランを睨みつけ、両手を上に上げる。
ギャンブラーA『キシャー!キシャー!!』
ギャンブラーAは転倒し、倒れる。ギャンブラーAをさするメラン。
メラン『おい、おい!くっ、気絶してる。』
メランは闘技場の方を向く。
メラン『何だ!?いったい何が起こっているんだ!?』
メランは眼を見開き、口を開ける。
メラン『ゴウボート!ゴウボートォオオオ!!』
メランは闘技場の内部へ入っていく。大破した無数の人型機構、瓦礫、人が転がる薄い靄がかかる闘技場内部。
メランの眼に映る人型機構。七色の光を纏ったそれは外部が所々赤黒い肉壁に覆われている。コックピットのハッチが四散して赤黒い7本の触手が現れる。肉壁で覆われたコックピットの中央で俯くゴウボート。メランはゴウボートの方を見つめる。
メラン『良かった。無事か…。』
メランは一歩前に出て大声を出す。
メラン『ゴウボート!!』
メランはゴウボート機に近づく。
メラン『ゴウボート!約束を果たしに来たぞ!!』
メランは袋を天高く掲げる。
メラン『約束の金だ!私の質問に答えろ!!』
赤黒い触手が袋を奪い取る。
メラン『いっ!』
メランは掌を見た後、ゴウボートの方を見る。
メラン『失礼な奴だな。金は渡した。今度は私の番だ。』
ゴウボートはゆっくりと顔を上げる。首飾りが胸に根を生やし七色の光を放ち、口が裂けるまで開き、触手が運んできた袋を喰らう。金属音をたて、まばらに金貨がその口よりこぼれ、彼は満面の笑みを浮かべる。
ゴウボート『ゲッラ、ゲラゲラ!!』
メランは眼を見開いて口を閉ざし、体を震わせる。次にゴウボートは顔を上下させ、顔を縦に右回りに一回転、左回りに一回転させ。再びメランの方を向き、口を腹まで開き、雄叫びをあげる。ゴウボートの四肢はコックピットの肉壁と一体化し、彼の口の内部には無数の眼と鋭くとがった歯が並び、唇の様なものからは触角が生えてくる。ゴウボート機は傍らに落ちている獣人剣士を拾い上げた後握りつぶす。鮮血がゴウボート機の胸部と腕部を染める。
ゴウボート『キシャアアアアアアアアアアアア!キシャアアアアアアア!』
メランは後退りする。ゴウボート機は獣人剣士の死体を彼の口の中にまばらに入れる。
メラン『ひっ!』
ゴウボート機に現れる肉壁から無数の触手が出、闘技場内の倒れている他の無数の人間を絡め取り、頭部や四肢を切断してゴウボートの口の中に入れる。
メラン『い、いやあああああああああああああ。』
メランは青ざめ、尻もちをついてその場に座り込み、大量の汗を噴き出して震えだし、失禁する。触手は観客席まで伸び、メランにも伸ばされる。
メラン『やだ、やだよ。死に…死にたくない。』
メランは震える手で腰の小刀に手を伸ばす。メランの眼からは大量の涙が溢れ出している。
メラン『あっ、つっ…。』
メランは頭を押さえ、口を大きく開くと眼を閉ざしてその場に倒れる。
C4 闘技場の化物 END
C5 尋問
セレノイア王国シレーネ病院病室で眼を開くメラン。メランは上体を起こし、辺りを見回す。眼前に現れる顔無しの泥人形。取り乱すメラン。
メラン『ひいぃぃ!助けて!』
メランは布団を左右に振り回す。
メラン『嫌よ!来るなぁ!!来るなぁああああああああ!!』
顔無しの泥人形数体に取り押さえられたメランは青ざめ、泣きじゃくる。
メラン『お、お願いだから。こ、殺さないで…。』
扉が開き、眼鏡をかけた看護婦Aが現れる。
看護婦A『落ち着いてください。ここはシレーネ病院ですよ。』
メランは顔をあげる。
メラン『ここは…病院。』
メランはゆっくりと崩れ落ちる。
メラン『…た、助かったんだ。』
メランは周りを見回す。
メラン『この人達は?』
看護婦Aは眼鏡を人差し指で上げる。
看護婦A『オンディシアン教皇領暗部のゲバルト・ケッツァー様の作り出した人形達ですよ。今回の騒動で予想以上に怪我人が多くって。色々と助かっていますよ。』
メランは顔無しの泥人形の方を向く。
メラン『・・・そう。』
メランは俯く。扉の開く音。扉の方を向くメラン。看護婦Bとセレノイア王国情報部統括で男ハーピーのイナフォと軍司のジャトが現れる。
看護婦A『意識の方は戻ったようです。』
イナフォ『そっ。』
イナフォはメランに近づく。
イナフォ『セレノイア王国議長のクランケンシュタイン様及びオンディシアン教皇領暗部総括のチェザレー様がお呼びだ。』
メランは俯き、布団を握り締める。
メラン『はい。』
メランはベットから出て、ジャトとイナフォに続く。
セレノイア王国万物の議事堂にリムジンが止まり、ジャトとイナフォ、俯いたメランがラシャラハイと合流して内部に入っていく。床を見つめ歩むメラン。鳴り響く靴音。軋む扉の音。万物の議事堂会議室の扉が開き、クランケンシュタインを始めとする議員とオンディシアン教皇領暗部のチェザレーとスキンヘッドに逞しい髭を持つゲバルト・ケッツァーが居る。
ジャト『お兄ちゃ~ん、連れてきたよ!』
メラン『…お兄ちゃん!?』
メランは眼を見開き、口に手を当てる。後ろの扉がしまり、施錠がかけられる。クランケンシュタインは腰に手を当て立ち上がる。ジャトとイナフォは自分達の席へと向かい、メランの横にラシャラハイがつく。クランケンシュタインはメランを見下ろす。
クランケンシュタイン『そこの者はセレノイア王国第267輜重部隊所属メランで間違いないな。』
メランは眼を丸くする。
クランケンシュタイン『セレノイア王国第267輜重部隊所属メランで間違いないな。』
横腹を小突くラシャラハイ。メランはラシャラハイを見た後、クランケンシュタインを見る。
メラン『は、はい。』
クランケンシュタインは顎に手を当てる。
クランケンシュタイン『貴様は一昨日、ゴウボートと会っていたというが奴と何をしていたのだ?』
メランは下を向く。
メラン『そ、それは・・・。』
メランの顔は青ざめる。チェザレーが立ち上がる。
チェザレー『奴と何を取引したのだ?』
メラン『な、何も。』
クランケンシュタインは座る。
チェザレー『正直に言ったほうが身のためだ。でなければ奴と同じになるぞ。』
メラン『へっ?』
メランはチェザレーを上目遣いで見る。ゲバルト・ケッツァーがチェザレーを見る。
ゲバルト・ケッツァー『まあまあ、チェザレー様。そういきり立ちなさんなって。鈍感とも言うべきかアビスの妖精に堂々と立ち向かっていったんだからな。』
チェザレー『あれが妖精だと!』
チェザレーはそっぽを向く。
チェザレー『あれは妖精と言うよりはキモイ化け物だぞ。』
ゲバルト・ケッツァーはメランを見る。
ゲバルト・ケッツァー『で、お前はゴウボートから大金でアビス層の破片を購入したんじゃねえか?』
メラン『アビスの破片?な、何ですか?それは・・・。』
ゲバルト・ケッツァー『桃色の肉片の様な物だ。』
メランは首をかしげる。チェザレーは頭を掻く。
チェザレー『知らんのか。』
メランは一歩前に出る。
メラン『知りません!私はただ・・・。』
メランは暫く俯く。
クランケンシュタイン『ただ?何だ?』
メラン『私は・・・そう、私はあのお金を・・・利殖・・・。』
議員達が一斉にメランを見つめる。
蛇の獣人議員『お金を?何だ?声が小さくて聞こえんぞ?』
メランは顔をあげる。
メラン『そう、り、利殖しようとしました。と、闘技場で儲けるために彼に近づいたのです!』
ざわめきが巻き起こり、顔を見合わせる議員達。
ジャト『うわ、世俗的~。』
半身半馬でネックのスプ・リヴァが立ち上がる。
スプ・リヴァ『何たることだ。賭博に現を抜かすとは軍の恥だと思わんのか!!』
メランは眼を見開いてスプ・リヴァを見つめた後、俯く。アルパカ獣人議員がスプ・リヴァの方を向く。
アルパカ獣人議員『まあまあ、事を起こした部隊がカルデハイフン直属の部隊でありますし、彼の監督不行き届きということでいいんじゃないですか。』
スプ・リヴァはアルパカ獣人議員を見た後、腕組みして席に座る。クランケンシュタインは片目をつぶり、メランを見る。
クランケンシュタイン『そういう事か。よし分かった。下がって良いぞ。』
チェザレーがクランケンシュタインに駆け寄り、耳打ちした後、クランケンシュタインがチェザレーに耳打ちする。チェザレーは2回程頷いて自身の席へと戻っていく。クランケンシュタインはメランを見つめる。鍵が開けられ開く扉。
クランケンシュタイン『どうした。下がって良いぞ。』
メランは一礼し、振り返ってその場から去る。
カスチンの館。応接間の扉が開き、カスチンの召使とともに現れるボエーラーニウス、ロンネン、メランにメロヌ。そこには肩を落とすカスチンとメランを睨みつけるカルデハイフンが居る。カルデハイフンは立ち上がると、メランに近づき、杖を振り上げて叩く。
メラン『あぅ!』
カルデハイフン『わしの顔に泥を塗りおって!この馬鹿者が!馬鹿者が!!馬鹿者が!!!馬鹿者が!!!!』
カルデハイフンは倒れこんだメランを杖で10回程叩き、息切れしてソファに座り込む。
カルデハイフン『ふぅ。新兵の分際で賭博なんてしおって。』
カルデハイフンはボエーラーニウスとロンネン、メロヌを見る。
カルデハイフン『これからこの様なことが無いように貴様らの外出は無くす!』
顔を見合わせるボエーラーニウス、ロンネンにメロヌ。ボエーラーニウスは舌打ちする。カスチンの召使がメランに肩を貸して立ち上がらせる。カルデハイフンは溜息をつき、一同を見回す。
カルデハイフン『と、いいたいところだが、任務の日取りが明日に決まった。明日メタファ城に集合し、ラドラック山岳城へと向かう。』
ボエーラーニウスが一歩前に出る。
ボエーラーニウス『明日に?』
カルデハイフン『ああ。コクシの奴が五月蝿くてな。明日の任務が終われば・・・。』
カルデハイフンはメランを杖で指す。
カルデハイフン『こいつでさえ一攫千金が手に入るのだ。こいつでさえな。そして、晴れて希望者はセレノイアの軍属となる。』
喉を鳴らすボエーラーニウスにロンネン。カルデハイフンは立ち上がる。
カルデハイフン『では、下がれ。明日に向けてゆっくりと休むが良い。』
一同は頷いて応接間から出て行く。ボエーラーニウスはメランの方を向く。
ボエーラーニウス『やるな。あんた。見かけによらないもんだ。あの闘技場で賭博するなんてよ。しかもよりによって化物騒動の時に。』
メランは俯く。
メラン『うるさい…。』
ボエーラーニウス『前金全部すったんだってな。』
メラン『だまれ…。』
ボエーラーニウスは両手を後頭部で組む。
ボエーラーニウス『俺も似たようなもんだ。最も俺は地下カジノで全部スッちまったがな。』
メランは眼を見開いて、溜息をつくボエーラーニウスの方を向く。ボエーラーニウスはロンネンの方を向く。
ボエーラーニウス『あんたは?』
ロンネンはゆっくりとボエーラーニウスの顔を見る。
ロンネン『私…ですか。まぁ、私は故郷の家族に仕送りしましたよ。』
ボエーラーニウス『そうか、家族がいるのか。』
ロンネンは頷く。ボエーラーニウスはメロヌの方を見る。メロヌはボエーラーニウスの方を向く。
メロヌ『わ、私はあんたたちみたいな賭博とか、仕送りとかしないから。ま、前金だって、その、ほら…。』
ボエーラーニウス『嬢ちゃん。酒臭いぜ。』
顔を真っ赤にするメロヌ。
ボエーラーニウス『ど~せ、男遊びでもして、全額すられたんじゃねえか。』
メロヌはそっぽを向く。
メロヌ『そ、そんなことするわけないじゃない。ば、ばかばかしい。』
メロヌは足を速め、自室へと戻って行く。ボエーラーニウス、ロンネン、メランも自室へ戻る。
C5 尋問 END
C6 輸送任務
セレノイア王国メタファ城兵舎会議室。カルデハイフンを取り巻く、ボエーラーニウスにロンネン、メラン、メロヌ。カルデハイフンは一同を見回す。
カルデハイフン『いよいよ今日、輸送任務である。まあ、コクシの部隊へほとんど委任するために大した問題はないだろう。』
カルデハイフンは杖を鳴らす。カルデハイフンの召使が人数分の鎧を持ってくる。ロンネンが一歩前に出る。
ロンネン『これは?』
カルデハイフン『お前達に軍から支給する備品だ。まあ、何かあるかもしれんのでお前達に与えておく。装備するかしないかは個人の自由だがな。』
前に出るボエーラーニウス、メランはロンネンと共に鎧を手に持つ。メロヌは椅子の背もたれに座り、顎に手を当てながら彼らを見る。メランはメロヌの方を見る。
メラン『君は着けないのか?』
メロヌはメランの方を向く。
メロヌ『そんな暑苦しいもの着てられないわよ!』
メロヌは頬杖をついて微笑む。
メロヌ『あんた達の着替えを見ていてあげるわ。ホホホホホ。』
ボエーラーニウスがメロヌの方を向く。
ボエーラーニウス『セクハラが。』
メロヌはボエーラーニウスを睨む。
メロヌ『いっ、い~じゃない!別に!服の上から着るんだし!!』
鎧を装着するボエーラーニウスとロンネン。手間取るメラン。ボエーラーニウスがメランの傍へより、メランの鎧を持つ。メランはボエーラーニウスの方を向く。
メラン『お、おい。』
ボエーラーニウス『じっとしてろ。鎧なんぞ着けたことがね~んだろ。』
メランは頷き、ボエーラーニウスはメランに鎧を着ける。メランは顔を赤らめてボエーラーニウスの方を向く。
メラン『あ、ありがと。』
ボエーラーニウスは笑みを浮かべる。
ボエーラーニウス『別にいいってことよ。』
カルデハイフンは一同を見回す。
カルデハイフン『装着できたようだな。』
一列に並ぶ一同。カルデハイフンは立ち上がる。
カルデハイフン『では、まず注意事項を述べておく。行はコクシの部隊の護衛が付くが、帰りは各自だ。』
顔を見合わせる一同。
カルデハイフン『無事戻ってこれさえすれば、貴様らは残金を手に入れることができる。以上だ。』
頷く一同。カルデハイフンは杖と靴の音を響かせて歩く。
カルデハイフン『では、付いて来い。』
カルデハイフンを先頭に一同は外へ出て行く。メタファ城城内に止まるコクシのクロ級起動城塞の手前まで進むカルデハイフンと一同。
前方からコクシ配下の部隊長でトロルのコグレディルが歩いてくる。カルデハイフンとコグレディルは互いに一礼する。カルデハイフンは後ろを振り向き、一同を見る。
カルデハイフン『いよいよ輸送任務だ。』
カルデハイフンはコグレディルの方を向く。
カルデハイフン『何、全てこのコクシ様配下のコグレディル殿がやってくれる。』
コグレディルはボエーラーニウス、ロンネン、メラン、メロヌを見て2、3回頷く。
コグレディル『ふむ。まあ、我々に任せて貴様らは我が起動城塞の物置部屋で昼寝でもしてるがよかろう。』
メランが前に出るがボエーラーニウスに遮られる。コグレディルは眉を顰める。
コグレディル『何か?』
ボエーラーニウス『いや、本当に雑用もやらず昼寝だけしてればいいのか?』
コグレディルは腕を組み、カルデハイフンを見た後、ボエーラーニウスを見る。
コグレディル『本来は俺達だけの任務だが…。』
ボエーラーニウスの後ろを見た後、コグレディルは親指で後ろのカルデハイフンを指差し、ボエーラーニウスを見る。
コグレディル『あの方からのお達しで荷物が増えたわけだ。』
ボエーラーニウスは頷く。
ボエーラーニウス『そうか。』
ボエーラーニウスは首を横に振る。ボエーラーニウスは後ろを向き、眉を潜めるメランを見た後、コグレディルを見る。
ボエーラーニウス『いや、俺達に文句はねえよ。』
コグレディル『ならば、さっさと付いてこい。』
コグレディルを先頭にボエーラーニウス、ロンネン、メラン、メロヌと続く。彼らの後姿を見つめるカルデハイフンと召使達。
クロ級起動城塞の廊下を暫く渡り、仄かな照明に照らされた扉の前で止まるコグレディル。
コグレディル『ここだ。貴様らは輸送任務中ここにいればよい。余計な行動をする必要は無いからな。』
頷く一同。扉を開けるコグレディル。ボエーラーニウスを先頭に中に入っていく一同。扉が閉まり、金属音が鳴る。
鼻をつまむメロヌ。丸い窓から差し込む光が部屋の床を照らす、左右には2段ベットが二つある。ボエーラーニウスは窓に近寄る。
ボエーラーニウス『物置と言っていたが、窓がある普通の部屋だな。』
メロヌは眉を顰め、ベットに座り込む。埃が立ち、メロヌは青ざめた後、すぐに立ち上がる。ボエーラーニウスの横に歩み寄るメラン。
メラン『何で、止めた。』
ボエーラーニウスはメランの方を向き、窓の方を向く。振動が鳴り、窓に映る景色が動き出す。
メラン『あんたは悔しくないのか。セレノイアの輜重部隊としてでは無く、ただのお荷物として扱われたことが!!』
ボエーラーニウス『まあ、いいじゃねえか。これが終われば、大金も手に入るし、職もできるってもんだ。』
メランは更にボエーラーニウスの傍による。
メラン『あんたは元竜騎兵だろ!騎士としての誇りを持っているんだろ!!』
ボエーラーニウスは頬杖をつき、メランを見た後、眼に空を映す。
ボエーラーニウス『…誇りか。俺はな。ロズマール王国の竜騎兵に憧れて稽古に勉学を日々がむしゃらにし、戦争にも参加してようやくその地位を手に入れた。』
ボエーラーニウスはメランの方を向く。
ボエーラーニウス『で、革命が起こり、結果は知っての通りよ。』
ボエーラーニウスは両手を広げた後、腰元に戻す。
ボエーラーニウス『巷は元国王軍の失業者であふれたが共和国をよろしく思わない貴族連中達が誘いをかけてきた。だがな、他国からお呼びがかかったのは名を成した将や武功のある兵士ばかり。俺達の様な米粒みたいな存在は歯牙にもかけぬと。』
ボエーラーニウスは溜息を付く。
ボエーラーニウス『ガギグルスは偉大だな。そんな俺達の為に出自を問わぬ募兵を行ってくれた。だが、俺はどうしても行けなかった。』
ボエーラーニウスは溜息を付く。
ボエーラーニウス『どの道、食う為に稼ぐことは同じよ。なら、死に物狂いにやった挙句失っちまう無駄な日々を送るよりも簡単で確実に金になる仕事のほうがいい。』
メラン『ボエーラーニウス…。』
ボエーラーニウスはベットに寝転がる。あぐらをかくロンネン、乙女すわりのメロヌ。
ボエーラーニウス『どれ、奴らのお言葉に甘えて昼寝でもするとするか。』
ロンネン、メロヌはボエーラーニウスの方を向く。メランはボエーラーニウスを見つめ、壁にもたれ、体操座りで座る。
C6 輸送任務 END
C7 黒い死
セレノイア王国輜重部隊の居るクロ級起動城塞の一室。クロ級起動城塞が止まり、窓からはラドラック山岳城が見える。金属音が鳴り、コグレディルが現れる。コグレディルの方を向く一同。メロヌが扉へ駆け寄る。コグレディルはメロヌを遮る。
メロヌ『な、なに。もう、終わったんでしょ。』
コグレディルは腰に手を当てる。
コグレディル『貢物の運搬が終了し次第だ。誤解の無いように俺自らが来た。暫く待て。』
扉が閉まり、金属音が鳴り響く。メロヌは扉へ向けてあかんべえする。窓から外を見る一同。砂煙を上げ、金銀財宝を積んだトラックが列を作り、ラドラック山岳城へと向かう。ボエーラーニウスは腕組みをする。
ボエーラーニウス『こりゃ、時間がかかるな。』
暫く時が過ぎる。あぐらをかいて俯くロンネン、体操座りのメラン、腕組みをして外を眺めるボエーラーニウス。落ち着きなく動き回るメラン。
メラン『もぅ!まだなの!!』
メランは頬を膨らませて、壁にもたれる。
窓の外を進むトラックが途切れる。ボエーラーニウスは左右を確認し、一同の方を向く。
ボエーラーニウス『もう、そろそろだぜ。』
ボエーラーニウスは窓の方を向く。目を見開くボエーラーニウスは窓を覗き込む。立ち上がるロンネンとメランはメロヌと共に窓からラドラック山岳城を見る。プラズマに覆われた黒い球体がラドラック山岳城の天守を覆い尽くす。青ざめる一同。黒い球体は小さくなり消え失せ、丸く綺麗に削り取られたラドラック山岳城が残る。激しい軍靴の音が鳴り響く。喉を鳴らすボエーラーニウス。
メロヌ『ひ、そそそそんな!』
メロヌは口に手を当て、辺りを見回し、窓に駆け寄る。ボエーラーニウスはメロヌの襟首を掴む。
メロヌ『ゲボッ、グボッ!』
ボエーラーニウスの手が離され、倒れこむメロヌは咳をして涎を垂らす。涙を浮かべボエーラーニウスの方を向くメロヌ。
メロヌ『ゲフッ、な、何すんのよ!こ、このままじゃ…このままじゃ殺されちゃうよ!!』
ボエーラーニウス『馬鹿野郎!逃げれば俺達がやったということになっちまう。』
金属音と共に扉が蹴られ、現れる銃器を装備したコクシ配下の兵士達。武器を突き付けられ両手をあげる一同。
コクシ配下兵士A『おのれ!貴様らが!!』
ボエーラーニウス『何のことだ?いったい何があったんだ?』
コクシ配下兵士A『とぼけるな!コクシ様の仇!!!』
コクシ配下兵士Aは引き金を引く。銃撃音が鳴り響く。屈んで頭を押さえるメロヌ。ボエーラーニウスは銃弾の飛び交う中、コクシ配下の兵士達へ向かっていく。ボエーラーニウスに手をかざすメラン。
メラン『ボエーラーニウス!!』
血だらけのボエーラーニウスはコクシ配下の兵士達を5人程抱きしめる。音が鳴り、苦しむコクシ配下の兵士たちは白目を向き、口から涎を垂らす。ボエーラーニウスは一同の方を向く。
ボエーラーニウス『とっとと逃げろ!』
ボエーラーニウスはコクシ配下兵士の死体を投げ捨てると扉の中に消えて行く。銃撃音。七色の輝きが部屋の中を照らす。
メラン『ボエーラーニウス…。』
扉の方を向くメラン。窓から出るロンネンにメロヌ。メロヌはメランの方を向く。
メロヌ『ちょっと、何やってんのよ。早く!早くしなさいよ!!』
メランはメロヌの方を向くと頷いて外へ出る。窓から出た三人はクロ級起動城塞を背に駆けていく。コクシの部隊のトラックが彼らの後方に6台程止まり、荷台からわらわらとコクシ配下の兵士達が現れる。逃げる一同。追いかけるコクシ配下の兵士達。ロンネンは先頭を行くメランとメロヌを見つめた後、後ろを振り向き、剣を取ってコクシの部隊の中へ斬りかかっていく。振り返るメランにメロヌ。
メラン『ロンネン!』
弓矢がロンネンの腹部に突き刺さる。ロンネンは腹部を手で触り、掌を開いて見つめる。
ロンネン『…はは、これで保険金がおりる…。』
コクシの配下の兵士の一人がロンネンの首を撥ねる。ロンネンの首は宙を舞う。メランはメロヌの手を引く。
メロヌ『いったい私たちが何したっていうの?何が起こってるっていうの?』
メランは涙ぐむメロヌの手を取る。
メラン『分からない。で、でも、今は逃げる事しか…。』
息を切らしながら走るメランとメロヌ。コクシ配下の人型機構が放った矢がメロヌの腰に命中し、真っ二つになる。彼女は口から血を吐き、内臓が飛び出、引きずられる。メランは眼を見開き、立ち止まるとメロヌの方を振り返る。
メラン『メロヌ!』
メロヌは口から血を吐きながら何回か動かし、メランを見つめる。メランの横腹にコクシ配下の人型機構の放った矢が当たる。転がるメラン。メランは横腹を押さえてのたうちまわる。
メラン『あっ、がっ、ぎっ!』
メランに迫るコクシ配下兵士達。爆発が起こり、彼らは吹き飛ばされる。後ろを振り向くメラン。セレノイア王国のブラブラ級機動城塞が十隻ラドラック山岳城に向けて一斉射撃を繰り返す。突撃するセレノイア王国のヴェルクーク級人型機構の群れ。
メランは横腹を押さえて近場の岩まで這っていき、背中をもたれさせる。銃撃音と爆発音、雄叫び。腹部に手を当て、目を閉ざし、口から血を流すメラン。
イナフォ『おおーい!ここに居るぞ!!267輜重部隊の奴だ!!』
靴音が鳴る。目を開くメラン。
セレノイア王国兵士Aとセレノイア王国軍医とラシャラハイがメランの元へ駆け寄ってくる。ジャトを背中に乗せたイナフォが着地する。吐息を立て、時々白目を向くメランの傍らによる軍医。セレノイア王国兵士Aは軍医の指示に従ってメランの鎧を取り、衣服を脱がす。脱がされた衣服から現れる乳房。眼を見開くセレノイア王国兵士Aとセレノイア王国軍医にラシャラハイ。
ラシャラハイ『こいつ…女だったのか!』
ジャト『知ってる。』
ラシャラハイはジャトの方を向く。
ラシャラハイ『知っているって、こいつはゼベトの事を聞きまわっていたと聞き及びます。ゼベトにはメランディアという妹がひとりいた筈、よもや…。』
イナフォ『そんなことはどうでもいい。聞きたいことは山程あるんだ!拷問してでもな。』
ラシャラハイは顔をしかめる。
ラシャラハイ『こんな深手を負って…回復して拷問ですか。カスチンがゼムドから爵位をもらっていたというだけで…。』
イナフォ『それだけじゃない。こいつは野外双六場でゼムドの溝鼠どもと会っていた。』
ラシャラハイは目を見開き、イナフォを見た後、メランを見る。
イナフォ『カルデハイフンが抜け駆けしてカスチンを自害に追い込まなきゃ、こいつも楽にあの世に行けたんだがな。』
ジャト『ついでにカルデハイフンのそっ首も取れたのに~。残念。』
セレノイア王国軍医はメランの横腹に手を当て、耳を当てる。軍医は溜息を付き、イナフォの方を向く。
セレノイア王国軍医『肋骨が内臓まで達しています。手は尽くしますが…。』
イナフォ『頼んだぞ。生存者はできるだけ探すがな…。』
メランはゆっくりと目を閉ざす。
C7 黒い死 END
END
Tweet |
|
|
0
|
0
|
追加するフォルダを選択
・必要事項のみ記載。
・グロテスクな描写がございますので18歳未満の方、もしくはそういったものが苦手な方は絶対に読まないで下さい。
・心理的嫌悪感を現す描写が多々含まれておりますのでそれういったものが苦手な方は絶対に読まないで下さい。