No.466339

天馬†行空 十七話目 乱世に捧げる生贄

赤糸さん

 真・恋姫†無双の二次創作小説で、処女作です。
 のんびりなペースで投稿しています。

 一話目からこちら、閲覧頂き有り難う御座います。 
 皆様から頂ける支援、コメントが作品の力となっております。

続きを表示

2012-08-07 01:17:05 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:6689   閲覧ユーザー数:4772

 

 

 宮中で変事が起こっている、そう俺達に告げた士壱さんは一先ず屋敷の一室へと俺達を案内した。

 円卓に全員腰掛け、運ばれて来たお茶を飲み干すと、士壱さんは人心地ついたのか大きく息を吐き出す。

 丁度お昼時だったこともあり、続いてお昼ご飯(肉まん、餃子、焼売)が運ばれて来ると、誰もが無言で食べ始めた。

 事情を知っているのは士壱さんで、屋敷に入る直前は物凄く慌てていたのだけれど、今は落ち着いているみたいだ。

 とは言えようやく人心地ついたばかりだろうし、もう少しリラックスしてから話を聞くのが良いだろう。

 

「……少し気になったのだが、風、稟。私と一刀をここに連れて来るように言われていたらしいが、どうして我々が洛陽に来ることを知っていたのだ?」

 

 そして皆が箸を置いたのを見計らうと、星が正面に座る二人に目を遣った。

 

「……理由は二つあります」

 

 眼鏡を拭いていた稟さんは、ふっ、とレンズを一吹きしてから眼鏡を掛け直し、星に目線を合わせる。

 

「先ず一つ目。これは以前に一刀殿から、いずれ都にも見聞に立ち寄る、と聞いていた事が挙げられます」

 

 話しながらこちらに目を向ける稟さんに俺は頷く。確かに以前、旅の途中で稟さん達にも話した覚えがあった。

 

「まあ、これに関しては風の意見があったからなのですが。風? ほら、起きて」

 

「おおっ」

 

 いつも通りに寝ていた風さんが稟さんに揺さぶられ、瞬きしながら顔を上げる。

 

「……ええっとですねー、お兄さんは洛陽を見に行きたいと頻りに言ってましたから、あの乱が鎮まれば都を目指すのでは? と」

 

「……私と一刀が伯珪殿の元に残るとは考えなかったのか?」

 

「無かったですねー。……星ちゃんとお兄さんは知らないかもしれませんが、風達が北平でお部屋を借りていたときに何度か伯珪さんに相談されたことがあるのですよ」

 

 俺達がここに来るのが決まった事だと言わんばかりにあっさりと断言した風さん。

 俺もそうだが流石に疑問に思った星が尋ねると、風さんはくわえていたアメを宝譿に持たせ、何故か白蓮さんのことを話し始めた。

 

「お部屋を借りて二日目からは伯珪さん、星ちゃんとお兄さんをどう説得しようかとよく口にされていたのです」

 

「説得とは?」

 

「正式に仕官を頼む為の、です」

 

 おー、そんなに前から白蓮さんは目を掛けてくれていたのか。

 でも、誘われたのは出て行く前日になってからだったけど……。

 

「ですが星ちゃんは初めに客将で働いて欲しいと言われた時、よし、って顔してましたからねー。客将ではあっても正式に仕官するつもりは無い様に思えましたから」

 

「星殿の志は以前に聞かせてもらいましたから。……伯珪殿は一地方を治める器量はあっても天下を収める器ではない。そう思われたのではないですか?」

 

「――成る程、風もそうだが、稟もよくそこまで目が利くものだな」

 

 稟さんの言葉に星はどことなく非難するような響きがこもった低い声色で、そう呟いた。

 

「失礼しました。未熟な私が伯珪殿を評したことをお詫びします」

 

「……いや、こちらこそ感情的になってすまない」

 

 普段はよく白蓮さんをいじって遊んでいた星だが、二人の仲は非常に良かった。

 正式な仕官は断ってきたけれど、やはり色々と思うところがあるのだろう。

 

 稟さんにしても、一緒に居た頃に私情と(いずれ成るつもりの)軍師としての意見は別だと口にしていた。

 先程の言はそちらだったみたいで、星に頭を下げる稟さんは真摯な態度だ。

 稟さんは友人としての白蓮さんではなく、一勢力の主としての白蓮さんを評した。

 星もすぐに矛を収めたところを見ると、それに気が付いたんだろうな。

 

「それで風さん、さっきの続きは?」

 

 場に漂い始めた重い空気をあえて読まず、俺は風さんを促した。

 

「あ、はい。それでですねー、星ちゃんは元々路銀稼ぎで仕官して、お兄さんはそれに付き合う形でしたので。また旅を始めるのなら、先ずはお兄さんの希望する目的地へ向かうと思ったのです」

 

 はぁー……成る程。そこまで考えて風さんは別れ際にあんな事を言ったのか。ん? 待てよ? なら、

 

「乱の発生を予測出来たのは、頴川から旅をしている途中でいろんな地方の話を聞いていましたので、近いうちにどこかで王朝への怒りが爆発するのでは、と感じていました。……まさかあれほどの規模のものになるとは思ってませんでしたがー」

 

 ……また風さんに思考を読まれた。でも、ようやく納得できたな。

 

 ――大きな乱が治まった後にでも、また都で会いましょう――

 

 いや、ホントすごいや、風さんは。

 

 

 

 

 

 風さんがそこまで語り終え、再び運ばれてきたお茶を皆で頂いて一服する。

 少し和やかになった空気の中、稟さんが俺の方を向いた。

 

「先程の続きで二つ目の理由なのですが、宵殿と共に洛陽へと赴く際、士威彦殿に言われました。中原の乱の一つが終われば一刀殿は洛陽を訪れる、と」

 

「――!? ……! ああそうか。北平に居た頃、何度か交趾に手紙を出したっけ。文中に、(おり)を見て洛陽に行ければと書いた覚えがあるよ」

 

 一瞬ビックリしたが、手紙を出していたことを思い出す。

 威彦さんはその内容を憶えていたのだろう。

 

「待て、それよりもだ一刀。この屋敷の事といい、士壱殿の真名だと思うのだがそれを呼んでいることといい、もしや二人は今まで交趾に行っていたのか?」

 

「そう言えばそうだね。それに稟さん達だけじゃなく、交州で仕事してる士壱さんまでがここに居るのも」

 

 士壱さんは交州の督郵(とくゆう)(役人の監査をする仕事)だった筈だけど。

 期待を込めて士壱さんの方を向…………寝てるし。

 

「あー、すみません。起きて下さい、宵殿」

 

「――んゅ? ……ん、ああ、ごめんね。皆の顔を見て、ご飯も食べて安心したら、つい」

 

 寝てるかどうか判り難い風さんと違い、どうやら士壱さんは本当に寝ていたらしく、大きく伸びをした。

 

「……むむむ。風にも気付かせずに眠っていたとは。宵さん、出来ますねー」

 

 何に張り合っているんだ風さん。

 

「何がむむむですか風。宵殿、疲れているところすみませんが……」

 

「うん、こちらの事情だね。ちと長くなるけど良いかな?」

 

 星と二人して頷くと、士壱さんは姿勢を正して話を始めた。

 

「先ずは稟と風に会ったところからだね。洛陽の知り合いの知人……以前の交州刺史で、少し前まで司徒(しと)(三公の一つで政治を取り仕切る)を勤められた丁宮(ていきゅう)様。その後任になった黄琬(こうえん)様の補佐をすることになってさ」

 

 少し勘違いしそうになるが、威彦さんは交州の中で交趾という一地方のみを統治している。

 先程名前が出た丁宮という人は交趾も含め、交州全体の統治に当たっていた。

 

「都に向かう前に仕事の引継ぎを終えてから一旦交趾に帰ったんだけど、揚さんトコでお昼を食べてた時に二人が近くの席に座っててね」

 

「お婆さんのご飯は美味しかったですねー」

 

 士壱さんが二人を見ると、風さんが口元に手を遣る。 

 

「揚さんと話してて何か見られてるなあ、と思って横を向いたら」

 

 そう言いながら士壱さんが横を向くと、風さんが手を挙げ、稟さんが軽く頷いた。

 

「やー、吃驚したよ。話してみれば北郷達の知り合いで、しかも幽州からわざわざ交趾みたいな田舎くんだりまで来るんだもの」

 

 お互いに自己紹介をしてから風さん達は威彦さんとの面会を頼み、士壱さんは二つ返事で引き受けたらしい。

 

「そう言えば姉上、二人が来た日の夜は楽しそうに手紙を書いてたよ。稟達と話したのはよっぽど良い時間だったみたいだね」 

 

「ええ、本当に良い時間を過ごさせて頂きました」

 

 眼鏡を上げながら稟さんが微笑み、風さんが無言で親指を立てる。

 

「まあ、そんなこんなで三日ほどして私が洛陽に出発する日に二人も一緒に行く、って言うから」

 

「その頃には黄巾党の勢いも下火になっていましたし、洛陽に着く頃には乱も大方治まっていると思ったのです」

 

 ……ひょっとして風さん、交趾との往復も考えて予想を立ててたのかな?

 

「道中は宵殿のお陰で安全に旅が出来ました」

 

「いや、こっちも良い話し相手が出来たし、お互い様ってね」

 

 一礼する稟さんに士壱さんは照れくさそうに手を振る。

 

「洛陽に着いて、今日でひと月でしたねー」

 

「つい先週、司徒は黄琬様から王允(おういん)殿に代わったんだけどね」

 

「黄琬殿は確か太尉(たいい)(三公の一つで軍事の最高責任者。ちなみに大将軍は太尉より一つ上で主として反逆者の討伐に当たり、非常設の位)に就かれたのでしたか」

 

「そう。でも実権は何進将軍とその取り巻き連中が握ってるけど」

 

 ああ袁紹ですか、と稟さんは嫌そうに吐き捨てた。

 

 

 

 

 

「……さてと、本題に入ろうか。今日起きた事だけど」

 

 顔を顰めた稟さんを見て苦笑いを浮かべていた士壱さんだが、不意に声のトーンが真剣なものに変わる。

 

「先ずは発端から」

 

 皆が静かになり、今は微かに息を飲む音だけしか聞こえない。

 

「少なくても昨日のことだと思うけれど…………劉宏陛下が崩御された」

 

「なっ!?」

 

「なんと!?」

 

 声を上げたのは稟さんと星。

 風さんを見るといつもの半眼が少し見開かれている、声こそ上げなかったものの、やっぱり驚いてはいるみたいだ。

 俺はと言うと……大体予想が付いていたから驚きはしなかった。

 

「で、早速次の帝の擁立と権力の座を狙って、十常侍と何進将軍の間で暗闘が繰り広げられたみたいね」

 

「世継ぎは確か……劉弁(りゅうべん)皇子、或いは劉協皇子のいずれか、でしたか」

 

 稟さんの指摘に士壱さんは頷きを返す。

 

「うん。とは言え、朝方出仕した時の空気から察するに弁皇子が後を継がれるようだけど」

 

「ふむ。士壱殿、大将軍が暗殺されたと言うのはやはり十常侍に?」

 

「らしいよ。何進将軍は妹の何皇后が出した詔勅(しょうちょく)で後宮に呼び出されて殺された。十中八九その詔勅は十常侍が出したものだろうね」

 

 星の問いに人差し指を立てて答える士壱さん。

 ……この流れも、俺の知る史実と同じ、か。

 

「その状況下で何進さんは警戒されなかったのですかー?」 

 

「袁紹殿や袁術殿は止めたらしいんだけど……聞かなかったんだと」

 

 士壱さんの答えに風さんは目を閉じてふるふると首を横に振る……あれは呆れている時のリアクションだな。

 

「その後、何進将軍は謀反人として首が晒されて、報復とばかりに大将軍の配下が後宮と宮中に突入。……私はこれより前に宮中を出たから知っているのはそこまでだね」

 

「あれ、黄琬さんは突入されなかったんですか?」

 

「宮中が混乱するのは目に見えてたし、血を見て興奮した兵が街中に出かねない。だから執金吾(しつきんご)九卿(きゅうけい)の一つで宮中の警護に当たる)の丁原殿と一緒にそういう連中を外に出さないようにしておられる筈よ。で、私は関係各所への伝達をして来たところ」

 

 補佐を勤めていても黄琬様の客分に近い立場だからね、兵の指揮権までは無いからお仕事はそこまで。

 そう言って士壱さんは溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 ――翌日早朝、宮中にて。 

 

「わ、私が相国(しょうこく)丞相(じょうしょう)。天子を助けてよろずのまつりごとを取り仕切る最高の位)に、ですか!?」

 

「左様。陛下は此度の一件、董将軍の忠節に(いた)く感謝なさっておいでじゃ」

 

 昨日の夕方、洛陽郊外で田に転落していた馬車を引き揚げていた集団。

 その中で月と呼ばれていた小柄な少女は、彼女に向かって(うやうや)しく書簡を差し出している老宦官の前で目の色を白黒させていた。

 

「で、ですが……」

 

「董卓殿。これは陛下の勅にござります……謹んで拝命されますよう」

 

「は……ぎ、御意に!」

 

「宜しゅうございます。では、私めはこれにて――」

 

「――あ、あの!」

 

 書簡を渡し、踵を返した宦官の背に向かい月は躊躇いがちに声を掛ける。

 

「はい? 何用でございましょう?」

 

「協皇子……いえ、陛下のご様子は――」

 

「――弁皇子や何皇后の死を甚く悲しまれておられます。今しばらく、政の場にはお立ちになられぬでしょう」

 

 老宦官は目元に袖口を当てて、俯きながら月に答えた。

 

「あ……」

 

「董相国。陛下の為にも職務に励まれますよう御願い致しますぞ」

 

 絶句する月に一礼すると、今度こそ宦官は踵を返し退出して行く。

 昨日見た二つの死体と転倒する馬車から投げ出されたらしく道に倒れていた劉協の姿。

 それを思い出し、沈痛な面持ちになる月は気付かなかった。

 

 

 

 ――退出して行く老人の口元がいびつに歪み、低く(あざけ)る様な(わら)い声を漏らしていた事に。

 

 

 

 

 

 ――それから一刻後。

 

 友人であり主君でもある董仲穎(とうちゅうえい)の相国就任とわずか十歳足らずで即位した劉協。

 二つの報せを仲穎――月――から聞かされた詠は、丁原の元へお見舞いに行くと告げた月と別れて私室に戻っていた。

 文机を前に、思索に耽る少女の眉間には深い皺が刻まれている。

 

(月が相国……? いや、月なら相国になってもおかしくない。欲に塗れ、金で官位を買うような奴等に比べれ――ううん、そんなのと比べるまでも無い!)

 

 机にひじをつき、組んだ両手にあごを乗せて詠はただ虚空を見つめた。

 

(……でも早過ぎる。洛陽入りした翌日に任官なんて)

 

 目を閉じ、眼鏡の少女は顔を上げる。

 

(丁原殿や一部の人間からの支持は有る……でも、彼らが推挙したにしてはあまりにも早い。協皇子に気に入られた? ……それなら可能性は有る、か?)

 

「ふうっ……」

 

 薄く目蓋を開いて、詠は溜息を吐いた。

 

(薄気味悪いけど、これは月を天下人にする機会でもある)

 

「なら、誰にも文句を言わせないくらいの善政を月が示せば良い――その為にボクが居るんだから!」

 

 決意と共に詠は勢いよく立ち上がる。

 

「さて、そうと決まればやる事は沢山あるわね。けれど先ずは月と話さないと……いきなり大役を任されて不安そうだったし」

 

 ぐっ、と拳を握り締めて少女は部屋から駆け出して行った。

 

 

 

 

 

「お疲れさん北郷! また頼むよ!」

 

「はい、お疲れ様です! じゃあ、また!」

 

 おばさんの声を背に、額から溢れる汗を手ぬぐいで拭くと肩に掛け、酒家を出る。

 

 あれから飛ぶように一週間が過ぎた。

 士壱さんや風さん達と再会した次の日の朝、屋敷にやって来た見回りの兵士から宮中のいざこざが治まったと告げられて胸を撫で下ろしたのを覚えている。

 その日出掛けて行った士壱さんから聞いた話で、混乱していた状況を収拾したのは丁原さんと都まで来ていた董卓さんらしい。

 つい最近まで心の中で董卓、と呼んでいたのに「さん」をつけるようになったのは二、三日前から。

 呼称を変えた理由は、その頃に董卓さんがとった行動にある。

 

 ……話が前後するが、董卓さんは洛陽入りした翌日――俺達が洛陽に着いた次の日――に相国に任命されたようだ。

 その話に併せて、何進将軍の妹で亡くなった霊帝(劉宏)の妃でもある何皇后とその息子の弁皇子が、今回の変事に巻き込まれて亡くなったことも聞いた。

 何皇后と弁皇子、それと協皇子は何進の兵達による報復を恐れた十常侍の内二名が人質同然に宮中から連れ去り、逃げていた途中で乗っていた馬車が転倒。

 協皇子は助かったが、何皇后と弁皇子は田んぼに落ちた馬車の中で亡くなっていたそうだ(十常侍二人は投げ出された際に地面に叩き付けられ死亡した)。

 つまりは自動的に次の皇帝は協皇子が即位する事になる。

 

 宮中の事件では、何進将軍の部下が押し入った際に宦官が二千人近く虐殺されたとか。

 ……皇帝の崩御から僅か一日足らずで主だった権力者の大半が亡くなってしまっている。

 この時は士壱さんや俺達だけではなく、街の人達もこれから起こるであろう混乱を予想して、重い空気が漂っていたように思う。

 

 だが、この状況下で相国になったばかりの董卓さんは素早く行動を起こす。

 先ず街の治安回復の為、見回りの兵だけでなく自分の軍からも多く兵を動員して巡回に当たらせ、些細な揉め事から刃傷沙汰まで細大漏らさずきっちりと取り締まった。

 ちなみにこの時点で董卓さんは丁原さんから全ての兵を譲り受けていたそうだ。

 史実での董卓は呂布に丁原を裏切らせた上で殺させ、その兵を奪っていたが……こちらは脱力しそうな理由で兵を貰っていた。

 ……丁原さんは宮中の混乱を鎮圧した際、張り切り過ぎて腰を痛めて動けなくなったそうで……。

 腰痛のついでに結構な年齢だったこともあり、引退を決意したんだとか。

 で、以前から親交があった董卓さんに兵権を譲って隠居生活に入ったそうだ(この時、文遠と呂布さんも董卓さんのところに配属された)。

 まあそんな事もあり、巡回に当たる兵の人数が増えた所為もあってか、以前遭遇した喧嘩やひったくりなどの件数は激減。

 兵士達も少ない人数で広範囲をカバーしていた以前の体制から余裕が出来た所為か、ぴりぴりした空気が緩和された。

 自然、街の空気は穏やかなものになっていき、今では街の様子もかなり落ち着いている。

 

 次に董卓さんが取った行動は汚職官吏の粛清。

 主に十常侍をはじめとする宦官に賄賂などを贈って官位を得ていたり、名ばかりの官位を得てまともに働いていなかったりした連中が対象になった。

 他にも、黄巾の乱で戦果を上げるどころか真っ先に逃走した武官(と呼ぶのもおこがましい)達も同様の末路を辿る。

 こちらに関しては宮中内で裁可が下された為に士壱さん経由の情報で、どこの誰かまでは教えて貰えなかったがかなりの人数が処断されたとか。

 

 とまあ、この一週間で都はかなり事態が動いていた。

 都に来て日が浅い俺でも解る位良い方向に。

 

 ――それとは逆に、例の老人の所在は依然として掴めなかった。

 覆面は特徴的だけれど、持っていた野菜入りの竹籠や着ていた服からして、一般の人……いや、街中に住んでいる人だと思うのだけど……。

 連日街を回って見てはいるが、全くと言っていいほど収穫は無し。

 北平で警邏をしていた時の経験を生かして、下町でも聞き込みをしてみたが……こっちも駄目。

 

 あまりに収穫が無いのと、街が安全になってきたのとで俺は三日前から情報収集も兼ねて酒家でアルバイトを始めた。

 交趾に居た時に飲み屋の手伝いもやっていたので、仕事が出来るかどうかは問題無し。

 今のところ老人の有力情報は無いが、街の人や外から来る行商人も集まる酒家は新鮮な情報の収集にうってつけだ。

 

 稟さんと風さんは士壱さんの手伝い(内容までは知らないが)をしているようで、ほぼ一日中屋敷に居る。

 星は俺が話した老人に興味が湧いたのか、独自に捜索をしてくれていた。

 その傍ら、あの一件で気が合ったのか文遠とよく会っているらしい。

 

 一週間前に比べ、穏やかになった街を歩いているとあの時の老人はひょっとすると幻か何かだったのではと思えてくる。 

 ……老人の言った『災い』は一週間前の事件に巻き込まれかねない状況を指していたのだろうか? 

 だとしたら俺は『災い』を逃れた事になるが……。

 本当にそうだろうか? …………もしかして、この後まだ何かが起こる可能性が……?

 なら、それは何だろう? 

 

 董卓さんが善政を敷き始めた現状を非難する人なん……て…………!!

 

「――まさ、か」

 

 そうだ。

 

 俺は士壱さんから聞いていたじゃないか。

 

『んー……でもね。任命式にも出席せず、しかも式が終わった後にえらい剣幕で都を出て行った人達がいたんだ』

 

 董卓さんが相国になったその日に、洛陽を去っていった二人の人物を……!

 

「袁……紹」

 

 稟さんが嫌う、その名。

 

「袁術……」

 

 ――もし何進将軍が生きていて、弁皇子が皇帝に即位していれば。

 

 ――或いは宮中から連れ去られた協皇子達を保護していれば。

 

 今頃はどちらかが相国になっていたかもしれない、有力者の名前を。

 

「組まれるのか? ……反、董卓連合軍が…………っ!」

 

 もしそうなら、最悪は。

 

「洛陽が、戦場になる……?」

 

 ――いつの間にか、汗は引いていて。

 

 代わりにあの老人の言葉が一言一句違わず脳裏に浮かび上がる。

 全身に鳥肌が立ち、金縛りにでもあったかのようにその場を動けなくなった。

 

 ――災いを被りたくなければ、今すぐにでも洛陽から立ち去ることだ――

 

 それは、おそらく一分にも満たない時間だったと思う。

 だが、それが永劫にも感じられる程、俺は心の底から戦慄していた。

 

 

 

 

 

「首尾よく行きましたな」

 

「ほほ、あの田舎娘め、相国に任命された時には目を白黒させておったわ」

 

「無理も無いでしょうなあ。何せ、田舎暮らしでは一生掴めぬ地位ですからな」

 

 宮中のとある一室、昼でも薄暗いその部屋で五つの人影が(うごめ)いている。

 僅かに差し込む光に照らされた人影の中には、董卓に『帝の勅』を与えたあの老宦官の姿もあった。

 

「……しかし小娘め、随分と調子に乗っておりますな。我ら十常、いや、今は『六常侍』でしょうかな? その手足を削ぎ落としにかかるとは」

 

「左様。あの愚帝と同じ様に振舞っておれば良いものを」

 

 先に発言した三人に対し、残りの二人には怒気が混じっている。

 

「良い良い、好きにやらせておけ。どうせ先行き短い命ぞ」

 

「ですなあ。処断された者達は、所詮(しょせん)我らの威を借りる屑共。それに小娘の方は我々が手を下さずとも、欲に目が眩んだ地方豪族共が始末してくれましょう」

 

「ほほ、田舎娘を始末しに袁家の猿共が都へ来た時には……」

 

「我々は既に新天地に、ですな」

 

「おほほほ、最早洛陽にも価値は有りませんからねえ。董卓には(きた)る新たな世への『生贄』になって貰いましょうかぁ」

 

 ――ホホホホホホホホホホホホ!!

 

 堪えきれぬとばかりに気味の悪い哄笑(こうしょう)が重なり、暗い部屋を満たしていった。

 

 

 

 

 

 ――渤海郡、南皮。

 

「顔良さん! 文醜さん! す! ぐ! に! 戦の準備に取り掛かりなさい!!」

 

「え、ええーっ!!? 都からいきなり帰って来られたかと思ったら、どうしたんですか麗羽(れいは)さま!?」

 

「どうもこうもありませんわ!! さあ! 無駄口を叩かずに! 今! すぐに! 準備なさい!!」

 

 洛陽から急遽帰還し、文醜を伴い南皮城の玉座の間に無言で現れた袁本初は開口一番、城中に響き渡るほどの声量で腹心の部下である顔良と文醜の二人に命令を下す。

 留守を預かっていた顔良は唐突に放たれた主の言葉に戸惑いの声を上げた。

 

「あらほらさっさ~。……斗詩(とし)、事情は向こうで話すからさ。解ると思うけど、今、姫の機嫌すっごく悪いんだ」

 

「……うぅ。ちゃんと説明してよ? 文ちゃん」

 

「何をのんびりしてますの! か・け・あ・し!!」

 

 その怒声に追い立てられるように、玉座の間を出て……と言うより逃げ出して行く顔良と文醜。

 しかし、袁紹の瞳は何物も映してはおらず、ただ見えない何かを睨みつけていた。

 

「四代に渡って三公を輩出した、この名門たる高貴なわたくしを差し置いて――」

 

 彼女の手は、玉座の肘掛をぎりぎりと音を立てるほどに握り締めている。

 

「あんな! どこの出ともわからぬ田舎者が!! 相国ですって!!!」

 

 拳から聞こえるその音に合わせ、噛み締めた歯からもキリキリと音が鳴っていた。

 

「認められませんわ! ……いえ! 許せませんわ!!」

 

 ずだん! と拳を玉座に叩きつけ――当たり所が悪かったのか、涙目になってふぅふぅと拳に息を吹きかけながら――袁本初は立ち上がる。

 

「――戦ですわ!! そう! 陛下をお救いし、佞臣(ねいしん)を討ち果たす為の!!」

 

 これから行うのは『大義』の戦ですわ! と叫ぶと彼女は口元に手を当て、玉座の間に高笑いを響かせた。

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 お待たせしました。天馬†行空 十七話目をお届けします。

 前回のあとがきの通りとは行かず、連合が発足する前段階までとなりました。

 次回がその辺りの話と、史実とは異なる事態に気付いた一刀の行動について語ることになるでしょう。

 

 次回予告

 顔を覗かせた『災い』の兆候。

 見つからない老人。

 未だ動きの無い事態の中、一刀は待を捨て去り、『先手』を打つ。

 介入の決意は一人の仲間との、ひと時の別れに繋がる。

 

 

 

 

 

 麗羽「だだ誰か! 氷を持ちなさい! ふーっ、ふーっ(手に息を吹きかけながら)」 

 

 

 

 

 


 
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