「ローカルIP?」
「ああ、クラスのパソコンに詳しい奴に教えてもらったんだ」
翌日、部活の時間に佐賀から聞いた話をゆみ姉たちに話した。
学校内でパソコンを使う場合、みんな校内LANに接続することになる。今まではそれを利用して生徒から新入部員を募っていたのだ。そしてその校内LANというものは学校の至る所に設置してある。
つまり『Default Player』が何処の校内LANに接続しているのかが分かれば、『Default Player』の居所を特定することが出来るのだ。
その特定する方法が、それぞれの校内LANを識別するために存在するローカルIPである。
現在、パソコンのチャットルームに表示されるゆみ姉たちのハンドルネームの横には、九桁の識別IDが表示されている。
「なるほど。ローカルIPから何処の教室から接続しているのかを特定するのだな」
ゆみ姉の言葉には、若干呆れたような感心したような、そんな感情が混じっていた。
「強制表示モードって……」
「ワハハー、風祭は相当本気みたいだなー」
津山先輩の呆れた声に、部長の感心したような笑い声。
確かに、ちょっとやりすぎたような気がしないでもない。
――けれど、これでようやく見つけられる。
咲-Saki-《風神録》
日常編・東三局二本場 『Default Player・後編』
カチカチ……。
トン、トン、トン……。
「……御人、さっきから手が動いてないぞ」
「へ?」
ゆみ姉の言葉でようやく我に帰る。手にはシャーペン。眼前のテーブルの上にはノートと教科書。数学の課題を謎解くための数式が途中で途切れてしまっていた。つまり、ここからずっと先に進まず停滞状態だったというわけだ。
「気になるのも分かるが、今は自分のすべきことに集中したらどうだ?」
ゆみ姉たちがネット麻雀をし、俺が課題をするいつも通りの時間。気がつけば、俺はただシャーペンでノートを叩いているだけだったようだ。
「ハハハ……。そ、それでどう? 来た?」
「来たら教えているさ」
「だよねー……」
昨日一昨日と連続で来た『Default Player』だったが、どうやら今日は来ないようだった。
「まあ、毎日来るってわけでもないだろうからなー」
「気長に待ちましょう」
「……ですね。コーヒー入れます。いる人いますか?」
またもや全員が手を上げる。いつも通り、俺は四人分のコーヒーを淹れるのだった。
……が、ゆみ姉と部長のマグカップを間違えてしまい、二人の「甘っ!」「苦っ!」という声が同時にしたのだった。
事態が動いたのは、翌日のことであった。
最早日課となりつつある麻雀部の部室での課題消化。成績優秀なゆみ姉が家庭教師のように俺の課題の面倒を見てくれることが本当にありがたい。おかげで家に帰ってから課題に時間を割かなくて済むようになったため、好きなことに時間が使えるようになった。
今日も今日とて教科書を捲りながら必要な数式を探す。
そんな時である。
「来た!」
「!!」
その言葉に俺は教科書を机の上に投げ出した。ゆみ姉の後ろからノートパソコンのディスプレイを覗き込む。
「ゆみ姉」
「ああ」
一つ頷いたゆみ姉はチャット機能を用いて『Default Player』に話しかける。
『かじゅ(――××,×):やあ、久しぶり』
『Default Player(―△△,△):たった二日ぶりですよ』
ゆみ姉の言葉に返事する『Default Player』。その表示されたメッセージの横に現れた、ゆみ姉のローカルIPと下三桁が違うローカルIP。
これが、『Default Player』を見つけるための鍵。
「部長! この番号は!?」
「落ち着けって。えっと、この番号は……」
部長が予め調べておいた手元のメモと照らし合わせる。
「一年A組だな」
「一年、A組……!」
部長の言葉を聞いた途端、体が動いていた。
「ちょっと行って来ます!」
「御人!」
ゆみ姉の言葉を背中に受けながら、俺は足早に部室を後にした。
『Default Player(―△△,△):それで、私は見つけられたっすか?』
「………………」
『かじゅ(――××,×):ああ、大丈夫だ』
『Default Player(―△△,△):え?』
『かじゅ(――××,×):たった今、君を迎えにいったよ』
走って教師に見つかると面倒くさいので、足早に廊下を進む。
(あの時の人影……)
思い出すのは、一昨日の夕方の教室。一年A組で見た人影。
果たして、これは偶然なのだろうか?
「失礼します」
一言そう言ってから、俺はA組の教室に入った。突然の来訪者に、教室に残っていた生徒たちの視線が一斉にこちらを向く。
そんな視線を気にせずに俺は教室の中央まで進む。
(何処だ……!)
この教室に『Default Player』がいることは間違いないのだ。
グルリと教室を見渡すが、それらしき影は全く見つからない。
この教室にいるはずなのだ。ここに、いるはずなのだ。
でも、見つからない。姿が見えない。
「っ……! 俺は、一年B組、風祭御人! 麻雀部!」
ここに、いるはずなのに……!
「……俺は、お前が欲しい!!」
気が付けば、俺は叫んでいた。
周りの生徒がより一層騒ぎ出すが、今の俺にはそんなことはどうでもいいことだ。
それは、俺の心からの願い。
だから、俺は叫んだ。
君が、欲しいと。
そのときだった。
「ん……?」
それは、ほんの微かに感じた直感。違和感。一瞬だけ見えた、揺らぎのような感覚。
けれど、それはすぐに確信へと変わった。
「……見つけた」
真っ直ぐと見据え、側まで歩く。
一歩、二歩、三歩。
目の前に立ち、俺は右手を差し伸ばした。
「約束通り、見つけたぜ」
そこには、一人の女子生徒がいた。
この教室にいるということは、間違いなく俺と同学年、一年生。やや長い前髪の隙間から見える両目で、しっかりと俺を見ていた。
「……き、君は……私が、み、見えるっすか……!?」
彼女の声は、俺に見つけられたことがとても信じられなかったのか、若干震えている。
「ああ……ちゃんと見えてるよ。だから、こうして迎えに来た」
だから、もう一度言おう。
「俺は、君が欲しい」
「……!!」
彼女はゆっくりと両手で俺の右手を包み込んだ。その手も、やっぱり震えていた。
「……わ、わたしを……見つけてくれた……初めて……見つけてくれた人が、いた……」
彼女は泣いていた。肩を震わせ、涙を流していた。
今までの苦しみを、悲しみを吐き出すように、泣いていた。
「………………」
俺は黙って、彼女の頭に左手を置いた。
こうして俺は、彼女を見つけ出したのだ。
†
「……心配になって来てみれば……」
「と、とんでもないことになってますね……」
「ワハハー、青春だねー。ムッキー、顔が真っ赤だぞ」
「え、ええ!? そ、そんなことないですって!」
「アイツはたまに周りが全く見えなくなることがあるからな」
「これはしばらくの間弄れそうだなー」
私は、子供の頃から存在感が無いとよく言われていた。
歌って踊ったりしない限りは誰にも気付かれない影の薄い子だった。
多くの人は、自分以外の誰かとコミュニケーションするために、情報を集めたり色々行動して、時間やお金を消費することがある。
その面倒さとコミュニケーションで得られるものとを天秤(はかり)にかけて、切り捨てたりもするだろう。
そんな訳で、私も完全にコミュニケーションを放棄してきたわけで、子供の頃からこんな感じだと特に辛くもないし、存在感の無さに拍車がかかるばかりだった。
高校に入学したところで、それが変わるなんて一切思ってなかった。
けれど……その予想は全く違うものになった。
――俺は、お前が欲しい!!
それは、一人の男子生徒だった。私と同じ、一年生で、麻雀部の部員。
教室に入ってきたかと思ったら、教室の真ん中でそんなことを叫び始めたんすよ?
誰からも見つからない、そこにいないはずの私を、大勢の人の前で叫んで求めてくれた人がいたんすよ?
おかしな人っす。
そしてそれと同時に、面白い人だとも思った。
けれど、私の驚愕はそれで終わらなかった。
――見つけた。
彼と、目が合った。
彼は真っ直ぐと私を見ていた。
それは、私の今までの人生の中でありえないことだったっす。
存在感の無い私を、今まで誰にも見つからなかった私を、彼は意図もアッサリと見つけてしまったのだ。
――約束通り、見つけたぜ。
そう言って、彼は私に向かって手を差し伸ばしてきた。
信じられなかった。
――き、君は……私が、み、見えるっすか……!?
声が震えていた。
――ああ……ちゃんと見えてるよ。だから、こうして迎えに来た
そしてもう一度、彼はしっかりこう言ってくれたっす。
――俺は、君が欲しい。
それはもう、嬉しいなどという言葉では表しきれない感情だった。
それは、今まで諦めていたこと。二度と手に入ることがないと、諦めてしまっていたこと。
差し出された彼の手を取り、気が付けば、私は涙を流していた。
ようやく現れた、私を見つけてくれた人。その目で、私の姿をしっかりと見つめてくれる人。その手で、私の手をしっかりと握ってくれる人。
高校一年の春。私は、ようやく出会うことができた。
《東四局に続く》
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リアルは夏休み突入。
そしてようやくメインヒロイン登場!