第四章 『後悔者の焦がれ人』
愛に始まりがあるなら、終わりもあるのか
配点(願望)
三河郊外、酒や軽食を出す二十畳ほどの食堂の奥、畳敷きになっている座敷で人影が五つある。秀康に二代、松平四天王である。長テーブルの上には数々の料理が並び、忠勝と酒井だけが酒を飲んでいる。
「まさか十年ぶりに友人と会う感動的な場面で説教をくらうとは、我も落ちたな」
中徳利を声と同時に卓へ叩きつけた。
「いやいや、ダっちゃん。秀康の説教は今に始まったことじゃないからね。一番、説教を受けていたのはダっちゃんだからね」
酒井は料理をつまみながら指摘した。秀康がまだ信康でいたとき、無茶をする忠勝を叱り、セクハラしまくる酒井を叱り、ついでに四天王に含まれていた榊原と井伊を叱っていた。あの頃の秀康は細身で神奏術も槍術も扱えないひ弱なお坊ちゃんだった。
それが今じゃ結城十七代・十八代の二重襲名者であり、武蔵の副長だもんな。
隣で二代と楽しそうに会話をしている秀康を眺めながら酒井は感心した。
「あ、そうそう。ダ娘君、うちの教導院にこない? 君みたいなの、俺かなりほしいな。本多・正純もいるよ。憶えている?」
「正純とは中等部以降あっていないで御座るが、今は武蔵の副会長をしているとか……」
「そうそう。だからうち来ない? ステレオ本多は面白いと思うんだよな」
酒井が二代にしつこい勧誘に動きを見せた二人がいた。一人は二代の横に座っていた秀康、もう一人は外から重力制御で竹串を酒井に向けた角付きの自動人形である。
「げ、鹿角……!」
「jud. ――下らない、誰かと思えば酒井様ですか」
鹿角は半眼で酒井に視線を送ってはすぐに逸らし、二代の隣で槍を酒井の首元を狙っている秀康を見た。
「秀康様もお越しでしたか。お元気そうでなによりです」
「jud. 鹿角さんも元気そうで何よりです。相変わらず忠勝さんに苦労されて?」
「jud.」
頷く鹿角に苦笑した秀康は忠勝に視線を向けた。瞬間、忠勝は表情と体を硬直させた。額から大量の汗を流しながら秀康の言葉を待つ。
「忠勝さん、俺が何を言いたいのか分かりますよね?」
酒井と同様に忠勝にも槍を向けようと考えるが、それをすると鹿角も動くを秀康は承知していた。なんだかんだいって鹿角の主人は忠勝なのだ。
「jud. 我、改善することを誓います」
右手を挙げて忠勝は宣誓した。
「よろしい。鹿角さんもこれでいいですか?」
「lud. ありがとうございます、秀康様」
「いえいえ、昔からの付き合いですから」
三河にいた頃から鹿角の愚痴に付き合っていた秀康にとって懐かしいやりとりだった。そしてそれが自動人形にも心があるのだと確信した時でもあった。とはいえ、今のところ鹿角以外に心を見せてくれた自動人形はいない。
武蔵さんはそれに近いかな………
「――さて、と。我々はもう行かなければならいゆえ。この先、しっかりとやれよ」
そう言い残して忠勝と鹿角と二代は店を後にした。
「…………学長」
「好きにするといいよ」
「感謝します」
秀康も遅れて店を後にし、三河の町へと消えていった。
夜の三河は光と闇に彩られていた。そこを武神が走る。背に十字型の四枚を持つ翼三征西班牙の〝猛鷲〟部隊だ。合計で三機、その全機が白と赤を基調とした装甲服を纏い、その背丈は町の屋根よりも半身分高い。
武神隊は町の至る所に設置された自動照準の対武神用の砲弾を回避し、破壊しつつ、名古屋城へと向かう。だが侵攻速度を落ちて行っていることに武神隊の隊長は感じていた。その原因が自動人形による重力制御を屈指した多方面からの攻撃だ。
そしてその自動人形を総括しているのが、
「――鹿角か!!」
隊長機は警告表示に出された敵機名の名前を叫んだ。
家屋の屋根で腰を据えながら鹿角と武神の戦いを観賞している人影があった。極東制服を着た学生、結城・秀康だ。彼は槍に垂れるように体を委ねながら見下ろす。時間に制限がある武神に対して鹿角は守るだけでいい為、無理に攻めることはせず、来る攻撃に対して反撃する程度だ。それでも鹿角の方が優勢になっていくのは、
経験の差と焦りによるものか……
鹿角の魂は忠勝の妻を受け継いでいる。それに加えて心を持ち、優秀でもある。鹿角に勝つのはなかなかに難しいだろう。
「三征西班牙の武神〝猛鷲〟と地上部隊か……。鹿角、動くなよ」
鹿角の背後から歩み寄ってくる忠勝の声だ。彼の手には神格武装〝蜻蛉切〟を手にして、その刃に武神隊と地上部隊を映した。そして、
「結べ!」
瞬間、刃が煌めき、光が消えた次には刃に映された者たちは血を流して倒れていた。蜻蛉切による割断である。
「元若、そこにいるのだろ?」
肩に蜻蛉切を担ぐのと同時に忠勝は秀康の愛称を呼んだ。三河で彼と親しかった者だけが口にできた愛称だ。呼ばれた秀康は腰を上げて、地上へと降りた。その手には刃の包帯が解かれた一本の槍が握られていた。
「うん?」
背後から駆動音を耳にした秀康は振り返った。そこには多少の被害はあるが、まだ動ける武神がこちらに銃身を向けて構えている。
「仕留め損なうとはダメダメですね」
鹿角は嘆息し、
「老いて腕が鈍りましたね」
秀康にダメだしされた。
「お前ら我の扱い酷くないか!?」
声を荒げる忠勝に対し、二人は、
「妥当ですね」
声を合わせて同じことを言った。さすがの〝東国無双〟と謳われている忠勝も項垂れ、それを傍目に秀康は刃を武神へ向けると、
「君たち聖連は邪魔だよ。――軋み潰せ」
言葉を紡いだ。その瞬間、武神は押し潰され、その周囲には半径一キロの凹みが出来ていた。
「……それが二重襲名した際に聖連から与えられた神格武装〝御手杵〟か」
正常に戻った忠勝は目を光らせながら秀康の武器を見る。
「jud. 所有者が記憶したものを軋み潰すことができます」
そして秀康は刃を忠勝と鹿角に向ける。
「俺は元父上に会って問わないといけません。たとえ力づくになろうとも……」
「なら、倒してみろよ!」
忠勝も蜻蛉切を構え、新たな戦いの火蓋が切られようとした。
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