No.463164 ソードアート・オンライン―大太刀の十字騎士―ユウさん 2012-08-01 00:20:08 投稿 / 全1ページ 総閲覧数:3186 閲覧ユーザー数:3016 |
『――ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』
茅場さんの簡潔な宣言は、ここにいる僕以外に大きな衝撃を与えたであろう。
脳を破壊する。
すなわち、殺す、ということだ。
それを聞いた者たちは、暴れたり叫んだりはしなかった。
僕の隣で呆けた顔を見合わせた、キリト君やクラインさんのように言葉を理解できていないのだろう。
「はは……何言ってんだアイツ、おかしいんじゃねえのか。んなことできるわけねぇ、ナーヴギアは……ただのゲーム機じゃねえか。脳を破壊するなんて……んな真似できるわけねぇだろ。そうだろキリト!」
後半は掠れた声だった。
それに、混乱のせいか僕の存在を忘れているようだった。
ナーヴギアで脳を焼くことは可能だ。
ナーヴギアは最先端テクノロジーだが、その原理は電子レンジと同じだ。
脳細胞中の水分を高速振動させ、摩擦熱により脳が焼かれる。
「…………原理的には、有り得なくもないけど……でも、ハッタリに決まってる。だって、いきなりナーヴギアの電源コードを引っこ抜けば、とてもそんな高出力の電磁波は発生されないはずだ。大容量のバッテリーでも内蔵されてない……限り…………」
キリト君の言い分も最もだが、残念ながらナーヴギアの重さの三割はバッテリーセル。つまり、それを使えばいい。
僕と同じ結論に至ったのか、虚ろな表情で、クラインさんが言う。
「内蔵……してるぜ。ギアの重さの三割はバッテリーセルだって聞いた。でも……無茶苦茶だろそんなの!瞬間停電でもあったらどうすんだよ!!」
と、それと同時に上空から茅場さんのアナウンスが再度響き渡る。
まるでクラインさんの叫び声が聞こえたかのように。
『より具体的には、十分間の外部電源切断、二時間のネットワーク回線切断、ナーヴギア本体のロック解除または分解または破壊の試み――以上のいずれかの条件によって脳破壊シークエンスが実行される。ちなみに現時点で、プレイヤーの家族友人等が警告を無視してナーヴギアの強制解除を試みた例が少なからずあり、その結果』
茅場さんは一呼吸入れて告げる。
『――残念ながら、すでに二百十三名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界からも永久退場している』
どこかで、ひとつだけ細い悲鳴が上がった。
僕も絶句していた。
もう死者が出ていることは、知っていた。
だが、まさか二百人以上死んでしまったとは思ってなかった。
茅場さんにも怒っていたが、警告されているのにナーヴギアを外そうとした人たちにも腹がたった。
その人たちがナーヴギアを外そうとしなければ、生き残れたかも知れなかったのに。
前では、キリト君が数歩よろめき、クラインさんがその場で尻餅をついていた。
「信じねぇ……信じねぇぞオレは」
尻餅をついたクラインさんが、声を放った。
「ただの脅しだろ。できるわけねぇそんなこと。くだらねぇことぐだぐだ言ってねえで、とっとと出しやがれってんだ。いつまでもこんなイベントに付き合ってられるほどヒマじゃねぇんだ。そうだよ……イベントだろ全部。オープニングの演出なんだろう。そうだろ」
クラインさんが言ったことは、他のプレイヤーたちも思っていたことだろう。
しかし、これはイベントではない。
オープニングというのはあながち間違いではない。
これは、クリアするまで脱出不可能のデスゲーム《ソードアート・オンライン》の開始を告げるオープニングなのだから。
『諸君が、向こう側に置いてきた肉体の心配をする必要はない。現在、あらゆるテレビ、ラジオ、ネットメディアはこの状況を、多数の死者が出ていることも含め、繰り返し報道している。諸君のナーヴギアが強引に解除される危険はすでに低くなっていると言ってよかろう。今後、諸君の現実の体は、ナーヴギアを装着したまま二時間の回線切断猶予時間のうちに病院その他の施設へと搬送され、厳重な介護施設のもとに置かれるはずだ。諸君には、安心して……ゲーム攻略に励んでほしい』
「な…………」
そこで、今まで黙っていたキリト君から鋭い叫び声が迸る。
「何を言ってるんだ!ゲームを攻略しろだと!?ログアウト不能の状態で、呑気に遊べってのか!?」
真紅のローブを纏った茅場さんを睨み付けて、キリト君はなお吼えた。
「こんなの、もうゲームでも何でもないだろうが!!」
キリト君が叫ぶとまた、その声が聞こえたかのように――いや、実際に聞こえているのだろう。
茅場さんは、穏やかに、それでいて冷血に告げた。
『しかし、充分に留意してもらいたい。諸君にとって、《ソードアート・オンライン》は、すでにただのゲームではない。もう一つの現実と言うべき存在だ。……今後、ゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、同時に』
続く言葉を、予想できた者は何人いただろう。少なくはないだろう。
『諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される』
混乱しているプレイヤー達を襲ったその一言。
僕の――全プレイヤーの視界の左上に、青く輝いている細い横線。
そこに視線を合わせると、その上に325/325という数字が表示される。
ヒットポイント。
これがゼロになった瞬間、ゲーム世界のぼくだけでなく、現実世界の僕も死ぬ。茅場さんはそう言ったのだ。
僕は、二ヶ月間のSAOベータテスト中に、恐らく百回以上は死んだだろう。
RPGとは、何度も死んで、学習し、プレイヤースキルを高めていく種類のゲームだと、誰かが言っていた。
しかし、このゲームではそれができない。一度の死亡で、本物の命も失ってしまう。
それは明らかに、僕たちに不利な条件だった。
ゲームを楽しめる範囲で、自分が有利にゲーム進められるようにあの交渉を出し、ハンデをもらったが、この条件では僕のハンデなんて、あるようで無いものだろう。
「……馬鹿馬鹿しい」
前からキリト君の低い声が聞こえる。
確かに馬鹿馬鹿しい。
こんな条件で、危険なフィールドに出ていく奴なんていないだろう。
プレイヤー全員が、安全な街区圏内に引きこもり続けるだろう。
しかし、茅場さんが、そんなプレイヤー達をフィールドに駆り出させる方法を考えていないはずがない。
僕の予想通り、茅場さんが次の選択を降り注ぐ。
『諸君がこのゲームから解放される条件は、たった一つ。先に述べたとおり、アインクラッド最上部、第百層まで辿り着き、そこに待つ最終ボスを倒してゲームをクリアすればよい。その瞬間、生き残ったプレイヤー全員が安全にログアウトされることを保証しよう』
しん、と一万人のプレイヤーが沈黙した。
《この城の頂を極めるまで》という言葉の真意をようやく理解したのだろう。
この城、とは――僕たちを最下層に飲み込み、さらに頭上に九十九もの層を重ね空に浮かび続ける巨大な浮遊城、アインクラッドを指していたのだ。
「クリア……第百層だとぉ!?」
突然クラインさんが喚いた。
そして、がばっと立ち上がり、右拳を空に向かって振り上げる。
「で、できるわきゃねぇだろうが!!ベータじゃろくに上がれなかったって聞いたぞ!!」
クラインさんが言ったことは真実だ。
千人のプレイヤーが参加したSAOベータテストの期間、二ヶ月でクリアされたフロアはわずか六層だった。
今の正式サービスには、約一万人がダイブしているはずだが、攻略なんてもっとも死ぬ確率が高いもに参加する人は少ないだろう。
そう考えると、二ヶ月で六層というペースでは百層クリアは、いったい何年かかるのだろう。
そんな答えの出ない疑問を、おそらくこの場に集められたプレイヤー全員が考えただろう。
張り詰めた静寂が、やがて低いどよめきに埋められていくが、そこに、恐怖や絶望の音はほとんど聞き取れない。
おそらく大多数の者は、この状況を《本物の危機》なのか《オープニングイベントの過剰演出》なのか判断できてないのだろう。
茅場さんの言葉の全てがあまりにも恐るべきものであるがゆえ、逆に現実感を遠ざけているのだろう。
『それでは、最後に、諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれ給(たま)え』
それを聞くと、自然の動作で、ほとんどのプレイヤーが右手の指二本揃えて真下に向けて振った。
それにより、広場いっぱいに電子的な鈴の音のサウンドエフェクトが鳴り響く。
出現したメインメニューから、アイテム欄のタブを叩くと、表示された所持品リストにひとつだけアイテムがあった。
アイテムの名前は――《手鏡》。
なんで手鏡?と思いながら、僕はその名前をタップし、浮き上がった小ウィンドウからオブジェクトかのボタンを選択する。
そうすると、きらきらという効果音とともに、小さな四角い手鏡が出現する。
それを手に取ったが、何も起こらない。
鏡を除き込んだが、鏡には僕が作った何故か女っぽいアバターだけだ。
首をかしげ周りを見るが、何かが変わった様子はない。
――と。
突然、周りのアバターを白い光が包んだ。と思った瞬間、僕も同じ光に包まれた。
光はほんの二、三秒で消え、元の風景が現れ……。
いや。
手鏡に写っている僕の顔が、さっきまでの女ぽっいアバターの顔ではなく、現実世界の女の子にしか見えない顔に変わっていた。
僕だけではない、周りのアバターがさっきまで見ていた顔ではなかった。
それは、目の前にいたキリト君も例外ではなかった。
その顔は現実世界で仲が良かった親友に似ていた。
キリト君は目の前にいたクラインさんと少し話した後、こちらを向く。
「て、ことは」
「「ヒナも」」
「な、何?」
僕の顔を見ると、クラインさんは顔を赤くし、キリト君は驚いていた。
「お前、雛木か?」
「ふぇ!?」
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