「本当にこの『幌つきの馬車』ってすごいわね。真桜の技術に、一刀の物質生成の術式もふんだんに使った結果、最高に安全な乗り物になってるもの。春蘭の本気の剣戟でびくともしないなんて、ある意味最高だわ」
「おまけに揺れがほぼ無いというのがすごいですね~。真桜さんの最高峰の作品に加え、旦那さまや星さん、風さんの風属性の術の賜物です。湯のみに入ったお茶が微かに揺れるのを見て、ああ、今馬を走らせているんだ、と再認識しないといけないぐらいですから」
癖になっているのか、我が子が宿るお腹を撫でながら、華琳と朱羅が微笑み合えば。
「この『クッション』ももふもふ過ぎて気持ちがいいのですよ~。雛里ちゃんと比べても遜色がありません~」
「あわわ・・・そう言いながら、私を放してはくれないんですね、風さん。でも、確かにこのクッションは気持ちいいです。ついついお昼寝したくなってしまいます」
幼女体型を装う妖女二人が、当たり障りの会話をしたり。というか、風。よだれが出てるぞ。
「おっと、ご指摘ありがとうです、お兄さん。それと、後で覚えてやがれ、なのですよ」
地の文に突っ込むのはやめような。というか、以前からそうだけど、本当に心の声が完全に筒抜けだなおい。
「仕方が無いのです、風とお兄さんの仲ですから」
ならば仕方ないな。だが、俺の心の内をなんとなく感じ取った、どす黒い瘴気を出そうとしてる雛里んのフォローはしっかりな。
「合点承知の助、なのです。さあ、雛里ちゃん。その瘴気を静めないと、こうですっ」
「ふぁっ!? 風さん、それはダメ、ですぅ」
「ふふふ、ここがええのんか、ええのんか?・・・ですよ~」
風はメタが過ぎるけど、ブラック雛里んを抑えるのには適役なので任せた。いや、メタ発言は俺のせいだと、脳内に直接返事するのはやめなさい。皆さんに聞こえないから。
「しかし、主は御者も手馴れたもんですなぁ」
御者台の俺の横で、決して広くは無いスペースに器用に座り、星は壷からメンマを突付いている。
「うん。華琳に連れられて遠出する時とか、華琳が馬車に乗って、周りを春蘭と秋蘭が固めてるとかよくあったよ」
「今回はその春蘭殿が同行しておられますが、さしあたって、秋蘭殿の役回りが私といったところですか」
「さすがに秋蘭と桂花まで外れたら、あの広めの領土の統括はきついでしょ。いくら、稟や元直さんや巨達さん達が補佐するとはいえ、軍の頂点と文官の頂点はどっしりしていないと」
「三羽烏のうち、真桜殿以外は同行させなかったのも?」
「軍部が薄くなり過ぎるからね。春蘭の突破力が必要になる局面がありそうな気がするし、真桜は俺の術式と合わせて、色々モノを作ってもらうことがあるだろうから、一緒に来てもらってるけど」
「助言役は朱羅、風や雛里んがおりますし、いざとなれば君主代行は主がいると」
「必死に止めたんだぜ? さすがに戦場に連れて行くのは、絶対、胎教に良くないって…」
「それ以上に、主と離れ離れになって、寂しさと心細さを感じる方が、かえって母体と赤ん坊に良くないといって聞きませなんだからな。さぁ、あれだけ必死になって感情を昂らせるぐらいなら、致し方ないとといったところですか」
「どっちにしても同行しない選択肢が無いっていうな。だから、護衛役で一番腕の立つ春蘭とその配下の精鋭50名、あとは補給を兼ねた真桜の工兵隊50名に絞ってさー。少なければ、防御付与の術をかける時の負担も軽くなるし」
「おや、私だけでは不足ですかな?」
笑ってはいるが不満げだと声で示す星に、俺は軽く首を振って、そうじゃないと返す。
「華琳から内密に別の任務を受けてるよ。俺と星は」
「ほう、それはそれは・・・」
「董卓と賈駆を保護してこいってさ。表向きは侍女で、裏向きには華琳専属の相談役ってところだな。桂花がまた怒るの判っててやれっていうんだから、華琳は」
性質が悪い。だけど、口にはしない。闇に飲まれたくはないんだ。うん。
「さらに阻止しようとしている連中も捕まえろ、ですかな?」
「そうなんだよ・・・霞、張遼っていったほうがいいか、それに加えて、華雄だろ、さらに呂布と陳宮もって言われた。どんな無理難題なんだって思わないか?」
「主と私なら造作もないでしょう。主が盾になれば問題ござらん」
「さらっとひどいこと言った!?」
ちょっとうるさいわよ、一刀? と大声を上げてしまった俺に幌の中から、叱責が飛んでくる。といっても、振り向いて華琳の顔を見れば、微笑みながらの発言だったから、軽く手を挙げて、分かったよと返事を簡単に返すだけで良かった。
うん、幸せだな。
この幸せを守れればそれでいいんだけど、華琳はどうにもそれだけでは満足できないらしい。ま、それが彼女らしいといえばそういうことなんだけど。
「叱られてしまいましたな?」
「誰のせいだよ、ったく。さてと、春蘭、真桜。いいかな?」
馬車と同じ速度で騎乗している二人が、速度はそのままに器用に御者台の左右へぴたりと寄せてくる。二人とも流石軍人。俺も練習の成果で乗れるようにはなってるけど、こういう微妙な動きってのはなかなかままならない。
「…かっこいいよなぁ、二人とも」
「なに、主もいずれ出来ること。まぁ、術があるゆえ、優先順位は低いかもしれませぬが」
呟きだから、二人には聞こえない。星が当然のように、俺も未来に身につける技術だと疑いもしないのが、なんだかむず痒くも嬉しかった。
「どうした、北郷」
「はいはい、なんでしょ、北の大将」
「ん。董卓軍の主だった将を丸ごと取り込みたい。華琳の意向だ」
「華琳様が望まれるなら是非もなかろう」
「しかし、春蘭様、いくらなんでも100騎では厳しいんちゃいますか?」
「なに、多少の物量差など私の技量に北郷の付与術があれば、虎牢関ごと真っ二つに出来よう」
「そりゃ、さすがに春蘭様といえ…あかん、出来る結果しか思いつかんわ。ほんまに春蘭様も北の大将も、いや、今回同行している将の皆さん全員、規格外の何もんでもないですなあ」
嘆息する真桜に俺もつられて、苦笑いするが、そもそも真桜も技術チートの極みなのだ。
「真桜は俺の術が及ぼす効果を、モノ造りで実現してしまうじゃないか。おまけに、俺の物質創造を一級品とすれば、真桜の手にかかれば短時間で超高級品に変わる。それを規格外と言わずして何といえばいいのかな」
「左様。主の術の行使には精神力の兼ね合いもあり、常時発動するというわけにもいかぬ。だが、真桜が作る作品は手入れさせしっかりすれば、休みなく稼働が可能なものばかり。十分、お主は規格外だと思うがな?」
「うう、北の大将に星の姉さんまで、真面目な顔して言われたら、照れますやんか…」
本当の事だから仕方がない。ふざけて言うものでもないと思うしね。うん、照れ顔の真桜が見たいが為に、こういう発言をしたわけではないのだ。可愛い。
ちなみに記憶が戻ってないから、今の真桜の俺の呼び方は以下同文である。
「さてと、春蘭。ただ、華琳の護衛が絶対に必要な以上、部隊を二つに割る必要はあるんだ。華琳の護衛と、敵中突破で将の捕獲、どっちがいい?」
「む? むむむむむ…華琳様のお側にずっといられる護衛役は幸せだが、敵の真っ只中を駆け抜ける無双も捨てがたい…うーんうーん」
と問いかけをしておきながら、俺は星を見る。星は語らずとも自分の役割を分かってくれるだけに非常にありがたい。
「なあに、軍の代表たる春蘭殿と主が同じ作戦行動を取るのは、あまりに戦力の無駄遣いというもの。一一騎当千ならぬ、一騎当万が二人もいては興ざめではござらぬか。それに無理の利かぬ状態の華琳殿を少数で守るためにも、春蘭殿の威名は欠かせぬと思いますがな」
「む、そ、そうかもしれんが…」
「さらに、主が別行動になるということは、華琳殿と春蘭殿の甘い時間を過ごすこととて可能…!」
「お、おお…っ!」
実際には朱羅やら風か雛里が一緒だろうけどね。言わないだけで。真桜も気づいているから、既に顔が笑っている。
「何、主には私が同行しますゆえ、華琳殿の傍に春蘭殿が常に離れず護衛する大義名分も問題なく立ちまする」
「星っ! お前はいい奴だ!」
「はっはっは! 礼はメンマ壺で結構!」
悪い顔の星にほだされて、語るに落ちた春蘭は、華琳の護衛役を快諾。精鋭50騎と工兵隊をまとめつつ、補給部隊を務めることに相成った。
一方、俺たちは、真桜と風を引き連れ、連合の集合地には向かわずに、一路函谷関を経由し、洛陽に潜入する部隊になる。あくまで建前上は。実際には、お空をひとっとびだ。
「もう。なんで貴方が行くのよ、一刀」
「いやいやいやいや。董卓軍の将をまとめて取り込むんでしょ。この少人数なら自然とそうなるだろ?」
そして、連合の集合場所と函谷関への岐路となる辺りで、車中で、出発前に俺は少し涙目の華琳を宥める大仕事が待っていた。春蘭はうるうるしている華琳を見て蕩け気味なので、辺りの警戒は春蘭と同じタイプのアホ毛を装着した黒髪の副官殿にお任せである。ちなみに気配探知能力が跳ね上がる優れモノ。術式の付与ってのはまだまだ未開拓の部分が多くて、たまたまうまくいった一品だ。
「大丈夫ですぞ、華琳殿。主は然りと私が守りますゆえ…じゅるり」
「その舌なめずりは何なんだよ。むしろ置いてくぞ。もしくはメンマもう作らん」
「私が悪うございました」
本当に綺麗な所作で土下座するのね、星。謝罪の屈辱より、そこまでメンマが大事か?
「無論! メンマは私の魂の一部! いやむしろ大部分ですぞ!」
心の声に容赦なく突っ込むなとか、色々問題がある発言とか、もう星は…って、華琳。ぎゅっと俺の服の裾をつかんでどうしたんだ?
「じゃあ私を連れて行きなさいよ、ばか」
いや、華琳の涙目の上目使いはすごく破壊力抜群で、思わず頷き…かけたけど、それじゃ意味がない。
「連合に顔を出すのと両立するんだろ、華琳。寂しがってくれるのはすごく嬉しいけど、絶対にお前を危険に晒したくない」
「そうです、華琳様。旦那さまには私が同行し…はうっ、でこぴんは痛いです、旦那さまぁ」
「朱羅も妊婦でしょうが。我儘言うなら、陳留に強制送還するよ?」
「旦那さまがいじわるです…」
いや、頼むから母体をもうちょっと労わって下さい。いや、大事にしてないとは言わないけど、俺の傍にいるのを最優先にするあまり、身体を危険に躊躇いなく晒すのは止めてほしい。
「うち、ほんまについていって大丈夫なんですか? なんか、大将やら朱羅さま見てると申し訳なくなってくるさかい」
「現地でのいろんな工作に絶対必要だから、真桜は必須。少数で無茶やらかすんだから、余計にね」
物質創造の精度をあげる助言をもらえるだけでも、真桜は欠かせない人材である。この術式には、想像の精密さと比例して、作り出される品の良さが上下する。俺の口頭の説明だけで、綺麗な図面を描き、俺のイメージをより明確なものにしてくれる彼女はまさにプライスレスなのだ。
「それに、ご、ご主人様は毎晩、緊急事態以外は帰ってこれると思いますよ?」
「そうだよな、雛里。だから、別に会えないわけじゃないんだよ?」
なんせひとっとびだし。飛行の術にも慣れたもんだから、毎晩の行き帰りも十分いけると踏んでいる。
「不安なのよ…わかってるわよ、私だって。これが妊婦特有の心細さだろうって。一刀を信じないわけはないし、頭じゃ分かっているんだけど…」
「んじゃ、董卓さん達を諦めようよ。それなら話が早いだろう?」
俺は自分の伴侶たる華琳や朱羅たちが平穏に過ごせればそれでいいからなぁ。
「だって、優れた内政官や軍師、武将が増えれば、一刀や私や朱羅たちの負担が減るでしょう? そうしたら、一緒に過ごせる時間がそれだけ増えるじゃない…」
ああ、可愛いなぁもう! 確かに俺だけじゃなく、国主たる華琳や丞相に近い立場の朱羅、筆頭外交官の風は正直、えらく忙しいのは確かで。毎晩一緒に食事を取るのだって、各人の懸命の努力の結果だったりする。
ちなみに星は適度に手を抜く天才だし、雛里は自分の裁量の仕事が終われば、俺に常にべったり…という位置づけに完全に成功しているから、まぁ、二人に余裕があるのは事実だ。
「私と違って、華琳さまは手を抜けない人ですから…」
ドヤ顔の雛里んも可愛い。君も元々華琳よりの真面目な性格だって、朱羅やら孔明ちゃんが言っていたんだが、人は変わるものである。ただ、正史のホウ統ってそんなだったっけ。
そういや、歯ごたえのない覇業は嫌だ、と言っていた華琳自体も、俺や皆と過ごすゆったりとした時間を望むようになってきているから、皆変化はあるわけか。根っこは変わらないにしてもね。
「それに私だって、あわわ、ご主人様の近くで眠れない夜なんて嫌ですし…それで、今回の遠征が決まってから考えて、色々、試してみたんです。そして、見つけました。ご主人様、聞いて頂けますか?」
策士雛里んの面目躍如。いつものオドオドとした様子は一切なく、強い瞳で俺を見つめる彼女に、俺は静かに視線を合わせるべく、膝をつき、黙って頷くのだった。
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妖術使いはある意味自由に書いてます。
華琳さま(と一刀)が優秀な魔法使いである、という前提があるので、多少無茶しても精子・・・もとい、制止力がしっかりしているので、なんだか皆さんフリーダムなんですよねぇ。
そんな感じで今回もどうぞ。