~王都グランセル 東街区~
「いやぁ。若い人はうらやましいですね。」
ヨシュアに近づいてきた人物とは2人の旅で各地で出会った考古学者――アルバ教授だった。
「アルバ教授……」
「やあ、しばらくぶりですね。最近、色々と騒がしかったですが平和が戻って本当によかった。やはり人間、平穏無事に暮らすのが一番ですね。」
「………………………………」
和やかに話しかけてくるアルバにヨシュアは警戒の目を向けた。
「おや、どうしました?顔色が優れないようですが……。正遊撃士になれたのだから、もっと晴れやかな顔をしなくては。そうだ、私からもお祝いをさせて頂きましょうか。あまり高いものは贈れませんけど。」
アルバはそんなヨシュアの表情に気付き、その表情を解かすために祝いの言葉を言った。
「最初に会った時から……強烈な違和感がありました……。今では少し慣れましたけど……。あなたを見ていると何故か震えが止まらなかった……」
「ほう……?」
ヨシュアの言葉にアルバは何のことかわからず呟いた。
「そして……各地で起きた事件……記憶を消されてしまった人たち……。あなたは調査と称して……事件が起こった地方に必ずいた……。そう……タイミングが良すぎるほどに……」
「………………………………」
「決定的だったのは……クルツさんの反応です……。記憶を奪われたクルツさん……。あの人も、アリーナの観客席で気分が悪そうにしていた……。そして……あなたも同じ場所にいた……」
「………………………………」
「アルバ教授……。あなた……だったんですね?」
アルバは自分に懸けられた疑いを晴らすこともなく、ヨシュアの話に耳を傾けていた。そしてヨシュアはベンチから離れ、アルバの正面に立って睨んだ。
「クク……。認識と記憶を操作されながらそこまで気付くとは大したものだ。さすが、私が造っただけはある。」
アルバは自分に懸けられた疑いに怒るどころか、逆にヨシュアに感心をした後、不気味な声で笑い謎の言葉を言った。
「……え…………」
ヨシュアはアルバの言っていることの意味がわからず、呆けた。
「では、暗示を解くとしようか。」
パチン!!
アルバは少し前に出て指を鳴らした。その時、ヨシュアの脳裏に封印されていたさまざまな記憶が蘇った。
「……………………あ…………。あなたは……。……あなたは……ッ!?」
アルバの正体を思い出したヨシュアは青褪めた表情で叫んだ。
「フフ、ようやく私のことを思い出したようだね。バラバラになった君の心を組み立て、直してあげたこの私を。虚ろな人形に魂を与えたこの私を。」
ヨシュアの表情を面白がるようにアルバは笑顔で信じられない言葉を放った。
「対象者の認識と記憶を歪めて操作する異能の力……!7人の『蛇の使徒(アンギス)』の1人!『白面』のワイスマン……!」
ヨシュアはその場から一歩下がって、アルバ教授を改めワイスマンを睨んでいつでも攻撃できるように双剣を構えた。
「はは……。久しぶりと言っておこうか。『執行者(レギオン)』No.XⅢ。『漆黒の牙』―――ヨシュア・アストレイ。」
自分に武器を向けているヨシュアを気にもせずワイスマンは醜悪な表情で、ヨシュアの真の名とかつての呼び名で久しぶりの再会を喜んだ。
「あ、あなたが……。あなたが今回の事件を背後から操っていたんだな!それじゃあ、あのロランス少尉はやっぱり……」
「お察しの通りだ。彼の記憶は消さないであげたからすぐに正体に気付いたようだね。はは、彼も喜んでいるだろう。……それにしても彼も気の毒な事に、”空の覇者”や”戦妃”にずいぶん痛めつけられたようだね。」
ヨシュアの推理をワイスマンは口元に笑みを浮かべて肯定した。
「あ……あなたは……。………………………………。僕を……始末しに来たんですか……!!」
「ふふ……。そう身構えることはない。計画の第一段階も無事終了した。少々時間ができたので君に会いに来ただけなのだよ。」
ヨシュアはワイスマンが裏切り者の自分を始末しに来たと思って本人に聞いたが、ワイスマンは本来の性格が出た醜悪な表情で否定し話を続けた。
「第一段階……。あの地下遺跡の封印のことか……」
「『環』に至る道を塞ぐ『門』……。それをこじ開けることがすなわち、計画の第一段階でね。ふふ……もはや閉じることはありえない。」
ワイスマンは計画が順調に進んだことに気分をよくし、不気味な声で笑った。
「やはり……これで終わりじゃないのか……。『輝く環』とは一体何です!?『結社』は……あなたは何を企んでいるんだ!?」
「それを知りたければ『結社』に戻ってくればどうだい?君ならすぐに現役復帰できるだろう。少々カンは鈍っただろうがリハビリすればすぐに取り戻せるさ。」
「………………………………」
ワイスマンの言葉にヨシュアは無言で怒りの表情でワイスマンを睨み続けた。
「フフ、そんなに恐い顔をするものじゃないよ。わかっているさ。今の君には大切な家族がいる。尊敬できる父親、実の息子のように自分を愛し育ててくれた優しい母親、血は繋がっていないながらも自分を慕う妹代わりの娘。そして……何よりも愛おしく大切な少女……。たとえ『彼』が、こちら側にいてもそれらを捨てるなど馬鹿げた話だ。」
「…………ッ…………」
ワイスマンからエステル達のことを出され、ヨシュアは顔を青褪めさせた。
「だから私は、君に会いに来た。『計画に協力してくれた』礼として真に『結社』から解放するために。……おめでとう、ヨシュア。君はもう『結社』から自由の身だ。この5年間、本当にご苦労だったね。」
「………………………………。………………え…………」
ワイスマンの労いの言葉にヨシュアは驚きの表情で呟いた。
「なんだ、つまらないな。もっと嬉しそうな顔をしてくれると思ったのだが……。ふむ、まだ感情の形成に不完全な所があるのかな?」
「僕が……計画に協力……。……はは……何を……馬鹿なことを言ってるんだ……?」
ワイスマンの呟きにヨシュアは誰にも見せた事のない暗い笑顔で呟いた。
「ああ、すまない。うっかり言い忘れていたよ。君の本当の役目は暗殺ではなく諜報だったのさ。」
ヨシュアの呟きにワイスマンはわざとらしい謝罪をした後、ヨシュアの役目を明かした。
「え……」
「『結社』に見捨てられた子供として同情を引き、見事保護されてくれた。そして定期的に、結社の連絡員に色々なことを報告してくれたんだ。遊撃士協会の動向と……カシウス・ブライトの情報をね。」
「!!!」
ワイスマンから自分の役目を聞いたヨシュアはさらに驚いた。
「無論、そんな事をしていたのは君自身も覚えていないだろう。私がそう暗示をかけたからね。」
「………………………………」
ヨシュアは絶望した表情で顔を下に向け、ワイスマンの話を聞き続けた。
「S級遊撃士、カシウス・ブライト。まさしく彼こそが今回の計画の最大の障害だった。彼に国内にいられては大佐のクーデターなどすぐに潰されてしまっただろうからね。彼の性格・行動パターンを分析して、悟られずに国外に誘導するために……。君の情報は本当に役に立ってくれた。………欲を言うなら”大陸最強”を誇る異世界の大国、メンフィル帝国……あそこの情報も欲しかったが、まあさすがにそれは無理な話だ。藪をつついて”覇王”達に結社の存在を知られる訳にはいかないからね。”覇王”は”剣聖”以上に厄介な相手だ。もし、我々の存在を知られたら彼らによって全ての拠点を見つけられた”教団”の二の舞になってしまう恐れもあるだろうからな。」
「…………嘘……だ………………」
ヨシュアは頭を抱えてうずくまり現実を否定するかのようにうわ言を呟いた。
「だから……改めて礼を言おう。この5年間、本当にご苦労だった。」
そんなヨシュアにワイスマンは追い打ちをかけるかのように自分の計画の一部が成就したことに礼を言った。
「嘘だ、嘘だ!嘘だあああああああっ!……僕は……みんなと……エステルと過ごした…………僕のあの時間は…………」
ヨシュアは絶望した表情で叫んだ後、さらにうわ言を繰り返した。
「ふふ……何がそんなに哀しいのかな?素知らぬ顔で、大切な家族と幸せに暮らしていけばいいだろう?君が黙っていれば判らないことだ。」
「………………………………」
「しかしまあ……考えてみればそれも酷な話か。ブライト家の者達はどうも健全すぎるようだからね。君のような化物にとって少し眩しすぎたんじゃないかな?」
「…………ぁ………………」
ワイスマンの『化物』という言葉に反応してしまったヨシュアはある事に気付いた。
「君は、人らしく振る舞えるが、その在り方は普通の人とは違う。どんな時も目的合理的に考え、任務を遂行できる思考フレーム。単独で大部隊と渡り合えるよう限界まで強化された肉体と反射神経。私が造り上げた最高の人間兵器。それが君―――『漆黒の牙』だ。」
「………………………………」
「そんな君が、人と交わるなどしょせんは無理があったのだよ。この先、彼らと一緒にいても君が幸せになることはありえない。」
「………………………………」
「だから、辛くなったらいつでも戻ってくるといい。大いなる主が統べる魂の結社。我らが『身喰らう蛇(ウロボロス)』に……」
ヨシュアに絶望を与えたワイスマンは最後に言い残した後、その場から去って行った。
「………………………………。これが……罰か………………。……姉さん……レーヴェ……。…………僕は………………。………………………………………………僕は………………」
ワイスマンが去った後、ヨシュアは絶望した表情で何度もうわ言を呟き続けた…………
~王都グランセル 東街区・夕方~
「はあ……。ずいぶん待たされちゃった……。何だかんだでもう夕方だし……。ヨシュア……さっきのどう思ったんだろ……。う~っ……思い出したらまた顔が熱く……」
「おや、エステルさん。」
一方アイスを買いに行ったエステルは溜息をついた後、先ほどの失言を思い出し顔を赤くしたが自分を呼ぶ聞き覚えのある声に気付き、その人物を見て驚いた。
「あれ、アルバ教授。こんな所で会うなんて珍しいわね。」
「はは、そうかもしれませんね。そうだ、先ほどヨシュア君とも会いましたよ。おめでとうございます。正遊撃士になったそうですね。」
「えへへ……まあね。あれ……?」
エステルはアルバの様子がいつもと違うことに気付いて呟いた。
「?どうしました?」
「教授ってば……いつもと雰囲気が違わない?なんだかすごく楽しそうな顔をしてるわよ?」
「………………………………。はは、見抜かれましたか。実は、考古学の研究で色々と進展がありましてね。それで少々、浮かれていたんです。」
アルバと名乗っているワイスマンは自分の今の感情を見抜いたエステルを称賛して、偽りの言葉で自分が浮かれていることを説明した。
「へ~、よかったじゃない。あ……ゴメン!アイスが溶けちゃうからあたし、これで行くわね!それじゃあ、またね~!」
エステルはワイスマンの思惑も知らず、祝いの言葉をあげるとヨシュアのところへアイスを持って、去って行った。
「ふふ、なるほど。あれがメンフィル皇帝達の目に止まり、さまざまな種族達を従えるカシウス・ブライトの娘か……。なかなか楽しませてもらえそうだ。……ぬぐ!?」
ワイスマンは去って行ったエステルの後ろ姿を見て、醜悪な表情で口元に笑みを浮かべて呟いた後、顔を顰めて頭を抑えた。するとなんとワイスマンの目が琥耀石のような茶色の瞳になり、そして髪は燃えるような赤に変わった!
「クク……人間の分際で中々面白い事を考えているな………リウイを闇の魔王に仕立て上げる材料もあるようだし、こいつに”執行者”とやらを使わせて奴を闇の魔王に目覚めさせる切っ掛けを作らせるか……クク……」
そしてワイスマンは元通りの目と髪に戻った。
「?一体何故私は意識を失っていたのだ……?まあいい……」
自分に起こった事に首を傾げたワイスマンだったが、気にせずエステルとは逆の方向に去って行った…………
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第170話