No.461802

さよなら フェアリー9

kikikixさん

これもブログに既出作品ですが、グレイスのくだりをばっさり削って、冒険譚だけにしました。挿絵も新しく撮りおろし?ちょっと長いかな?でもラストでちょっとだけ甘いとこあるので、よろしければぜひ読んでください。かんそーとか記入いただけると嬉しいです。 追:UP制限時間があって編集(頁割、挿絵挿入)が途中です。今週末に編集だけちょこっとやります。読みづらい部分すみません。 ⇒直ました!

2012-07-29 15:02:04 投稿 / 全20ページ    総閲覧数:1470   閲覧ユーザー数:1460

相対速度を合わせているのだろう、自由落下のシェリルをそっと抱きしめる腕が伸びる。

「遅いわよ!」シェリルがいつも通りの口調で言う。

 

 

 

 

 

 

 

「さよならフェアリー9」

 

 

 

並んで帰る道で、シェリルが空を見上げながら言う。

「ねえ!アルト!見てみて! 光の具合でテザーが見えるわ。」

(テザー=軌道エレベーター建設のために、静止軌道から降ろしている吊り紐)

 

 

初夏の夕立がやみ、空気も洗われたのだろう。 すんだ空はすべてをくっきりと浮かび上がらせる。

そして遥か彼方の宇宙(そら)から伸びる、細いそのテザーは、確かにそこに見る事が出来た。

まだ数cm幅の細いテープの様なもののはずだ。

だが、大気にきらめき、蜘蛛の糸の様に光るそれは、確かに見る事が出来る。

まっすぐに伸びる糸は、天からもたらされたのか、地上から伸び上がったのか?

「きれい・・・。」

そうつぶやき、振り返る彼女の髪も、アルトから見れば、同じ光の中で輝いていた。

 

 

戦役後、帰還したアルトと、昏睡から奇跡的に目覚めたシェリルは、今では生活を共にしている。

もともと身寄りの無い彼女が、入院と拘束から解かれた時点で、二人で生活を始めるのはごく自然な流れだった。

だが彼女は、自身の病気療養と、戦役の検証、確認のために、完全な自由を得る事はかなわなかった。

体力的な回復は早かったが、V型感染症根治のための定期的な継続治療は必要とされた。

また、多くの関係者が死亡したギャラクシー事件に対する彼女自身の嫌疑、あるいは未解決案件での証言など、重要参考人扱いが続いている。

シェリルは、フロンティア政府の証人保護プログラムの元で、庇護、監視下に置かれ、同時に美星学園の航宙科に通う学生となっていた。

 

 

 

 

 

その日の夕方。 授業が終わり、アルトの訓練が終わるのをいつもの待ち合わせ場所で待ったシェリルは、二人のアパート(借り上げ寮、自炊)に向いながらアルトに話しかける。

「今日の晩ご飯はなに?」

「何がいい?」

楽しげなシェリルに誘われて、アルトも自然に笑みがもれる。

「昨日のお野菜残っているわよね?」

「ああ。」

「え~っと、チャーハンとかは?レタスが入っているのが良いなあ~。」

「んー、肉は何かあったかな・・・。 ああ、ソーセージがあるか。いいぜ、有るもので作れる。」

シェリルのリクエストに、少し考えたアルトが応える。

「うふふ、決まりね。楽しみ! 私、宿題のレポート仕上げるから、お料理お願いね。」

「はいはい、俺も明日の実習のリストつくらないといけないんだが・・・。」

「よろしくね、先生!」

 

アルトは、パイロット資格をすでに取得しており、実務経験もあることから、学園では臨時講師に回る事のほうが多かった。

戦役で、教師、教官などの人材が不足している事も理由の一つだ。

 

「・・・って、学生兼講師、時々SMSって、我ながら超人だよ。」

そんな自分の境遇を揶揄してアルトがつぶやく。

「あら、役得も有るじゃない?」

シェリルが腕を絡めながら微笑んだ。

日が落ちる前に、二人はアパートに戻る。

 

 

 

 

戦役直後の混乱と、地上での人々のあらたな生活が始まった時期を二人は知らない。

その頃、アルトはバシュラとのフォールドからの帰還の真っ最中であり、シェリルは病院の医療ポッドに寝かされていた。

二人がそろって、旧アイランドワンの市街に戻った時、すでに瓦礫の多くは整理され、惑星上を含めた復興が始まっていた。

シェリルの証人保護プログラムに乗る形で、新生活を始めた二人は、日々の生活の中心を彼女の希望にそって、再開した美星学園の航宙科へと移し、アルトとともに復学した。

ほぼ全壊した旧アイランドワン内の美星学園は、徐々に再建されつつあったが、航宙科だけは、高価なシミュレーターの都合や実習機材の関係から、市街に設けられた軍民間共同空港の一角に間借りしていた。

専門課程、実習は基地空港内分校で。 教養一般課程は本校に戻ってが、ここ数ヶ月で出来上がったスタイルだ。

 

 

 

 

翌朝、

「どうしても一緒にアパートを出る!」というシェリルを連れて、アルトは分校校舎に向う。

二人が住む新統合軍基地内の、2LKの家族向けアパートから、学校のある空港ビルへは徒歩で10分強だ。

地上4階建ての低いビルの奥まった一角に、美星学園の航宙科、2学年28人が間借りしていた。

 

「どう考えてもまだ早いぜ。」

「だって一人でお部屋に残ってもつまらないわ。」

シェリルが少し、ふくれながら言う。

「教室までは送るけど、俺は実習準備があるからそこまでだ。」

「ええ、いいわ。一人で自習しているから。」

「感心、感心。」

アルトはつないだ手を少し握り返しながら、応えた。

 

学園では、「シェリルは、早乙女家の遠縁の親戚である。」で、通していた。

名前も早乙女シェリルだ。

だが、誰が見たってシェリル・ノームだ。

フロンティア政府の証人保護プログラムでも、ここまでの有名人を保護する想定はしていなかった。

結果としてどうなったか?

本人が早乙女シェリルだと言うのだから、もうそれ以外にない。

クラスメイトは、この転入生を、早乙女アルトの遠い親戚として受け入れている。

何か事情があるのだ(明らかにありありだ)。

 

幸い、アイランドワンから少し距離をおいたこの場所で、騒ぎたてる輩(やから)はいなかったし、本校に一般課程の授業を受けに行く時は、だいたいアルトか、あるいはまれに政府系のSPが送迎付きで同行するのが常であり、やはり大騒ぎになるような事態は避けられていた。

 

 

 

二人が早朝の教室に入ると、先にノートを広げている女子学生がいた。

この航宙科に、シェリルを含めて、四人しかいない女子生徒の一人、ダイアナ・バリーだ。

 

「おはよう!ダイアナ。」シェリルが声を掛ける。

「オハヨー!あらあら、朝からお熱いこと。」

手をつないだカップルの到着に、ダイアナが応える。

アルトは指摘されて、急にばつが悪くなったのか、急いで手を離すと、シェリルを教室に押し込む。

「じゃあ、30分くらいで戻る。ダイアナ、あとをよろしく頼むぜ。」

「何よ、子ども扱いしないで!」シェリルが咬みつけば、ダイアナが面白そうに応じる。

「はいはい、任せて。」

アルトは、バタバタと廊下の先に消えた。

 

「まったく!」

シェリルが盛大なため息を漏らしながら、ダイアナの隣に座る。

 

「ねえ、一緒に住んでいるでしょ?」ノートから少し顔を上げたダイアナが聞く。

「親戚だからね。」

「答えになって無いわ。うらやましいなあ。アルトくんみたいな素敵な彼氏と、同棲生活。」

「同棲って言っちゃうとそうなんだけど・・・。」

シェリルもノートやら、テキストをかばんから引っ張りだしながら応じる。

ちょっと気恥ずかしくて、ダイアナの顔は見ない。

 

「あなたが来る前の早乙女くんなんて、ちょっと冷たい感じで・・・。 こんな風に誰かと一緒にいる様子なんて、想像も出来なかったわ。」

ダイアナがちょっと間をおいて言葉を続ける。

「・・・ねえ、シェリルはもう、歌は歌わないの?」

 

教材の航空工学教本を出して、自習を始めようとしたシェリルは、ちょっとびっくりした顔で、ダイアナを見る。

「・・・そうね、喉を痛めているの。しばらくは無理だって掛かり付けの先生が言っているわ。」

その声は少し寂しげだ。

「そう・・・。  いけない!私、宿題のレポート仕上げて無いの。 あなたとおしゃべりしたいけど、ちょっと仕上げてからね。」

ダイアナが微笑んだ。

「ええ。」シェリルも笑い返す。

 

再びレポートに向かったダイアナを傍らに、授業の準備を始めたシェリルが、窓から外を見る。

初夏の陽射しと、空港職員に混ざり、ちらほらとクラスメイトが登校してくる様子が見えた。

 

さあ、1日が始まる。

 

 

 

 

小さい頃から、ダイアナ・バリーはパイロットに憧れていた。

父が、旅客航宙機パイロットだったのだ。

颯爽(さっそう)と帰宅する父と、フライトのつどに持ち帰る、他船団や、遠い惑星の珍しいお土産が嬉しかった。

父のようなパイロットになりたいと、ずっと思っていた。

「パパの会社の制服は、ダイアナの髪の色にも似合うわ。」

なんて、母が言うものだから、なおさらだ。

 

そのための努力をしようと決意したのは、高校進学の時。

難関校だったが、美星学園高等部 航宙学科に合格した時は、夢に近づいた実感で体が震えた。

 

そして、バジュラ戦役で学業が中断される。

混乱が終結し、新しい惑星で復興が始まり、他の学科に遅れて航宙科が再開すると知らされた時は、心から喜んだ。

航宙機シミュレーターなどの都合で、軍基地隣接の、新空港内に分校を設けて・・・、という条件はあったが、贅沢は言わない。

 

そんな久しぶりのクラスで、友達との再会を喜び合い、失った友達に涙し、他船団、他星系への移住などで、復学が果たせなかった友人との別れが一段落し、授業がやっと始まって、しばらくした頃。

その転入生と、遅れて復学した男子生徒が、そっとやってきた。

 

 

 

「早乙女シェリルです。」

皆よりも数ヶ月遅れて復学した早乙女アルトの挨拶に続いて、自己紹介をした女性は、アルトの陰に半ば隠れるようにして挨拶をした。

 

長い髪をすべて制帽に納め、緊張した面持ちでも、彼女が、全銀河を魅了したあのシェリル・ノーム、その人であることに間違いはない。

20数名の航宙科クラス全員の時間が止る。

「(早乙女?って。 シェ・・・、シェリル?)」

「(シェリル?)」

 

「えっえええー?」

 

 

 

最初の一週間、ずっと二人は一緒だった。何をするのも一緒。

彼女の雰囲気も、メディアで活躍していた頃の、シェリル・ノームのイメージとはちょっと違う。別にいちゃいちゃしている訳じゃない。

ただ・・・、なんだろう。 戸惑っている?

シェリルだって、戦役の前は、体験訪問とか理由をつけて、何回か当時の学校に遊びに来た事があった。

アルトや航宙科の面々を、からかっていくものだから、そのたびに学園は大騒ぎになった。

その頃の華やいだ雰囲気はない。

 

アルトの復学は戦役からかなりの期間を空けていたし、シェリルの転入は?

学校からの説明も、本人達の説明もあやふやなものだった。

「(いろいろあったからかな?)」

よくわからないながらも、遠巻きにしつつダイアナはそう考えていた。

「(だいたいシェリル・ノームが早乙女家の遠い親戚って?)」

アルトとシェリルの関係を、学校側は親戚だからと、そう説明していた。

 

 

 

そんな日常も、航空機実習を前に、シェリルがクラスの女子に声をかけ始めたあたりから変わり始める。

「ねえ。実習の準備に必要な事って、教えてもらってもいい?」

クラスの数少ない女子生徒は、すぐにシェリルを仲間に加え、空港分校の授業は少しずつ進みはじめた。

ダイアナがシェリルと会話を始めたのも、その頃だった。

 

 

 

 

 

ダイアナから見るアルトは、卒業資格を取るためと、恋人と一緒にいるための復学だった。 

時に軍関係の副業もこなしながら、学生生活を送っている。 

美星はもともと単位制の学校であり、そういう意味では勝手が効く。

学校では、指導教員役も務めており、学生だか、講師だか、とにかく忙しくしていた。

一方のシェリルについては、本当に努力家だったんだと・・・、あらためて感心してしまう。

すさまじい勢いで学科の学習をこなし、実技訓練のスキルも積み上げて行った。

運動能力や、動態視力などは、ダイアナの比ではない。

 

そうして、数ヶ月が過ぎた頃。

遅れてスタートしたシェリルも、ファースト・ソロ(単独飛行)を終えて、クロスカントリー、夜間飛行訓練などのステップをこなしていた。

 

今日は、シェリルとダイアナで、一緒に「IP‐I/F(知能的受動インターフェース)操縦課程」の最終実習を受ける日だ。

バディを組んでの高高度域での実習。 EXギアによる、長い滑空実技である。

この実習が終われば、次は練習機とは言え、実際の往還機での訓練に入る。

「(旧型だけど、VFの練習機を操れる!)」

ダイアナの旅客機パイロットへの夢が近付く。

 

 

「(シェリルは何を目指して、このパイロット課程を取っているのだろう?)」

ダイアナはぼんやりと、この同姓から見ても、たいへんな美貌の彼女を見つめる。

二人を乗せた軍規格の兵員輸送機は、徐々に目標高度に向かい上昇していた。

高度20キロ超の高高度空域へ。

 

その高さは、地上に鎮座するアイランドワンの、天蓋高度の10倍超。

装備はすでに地上飛行用の軽装仕様ではなく、真空中に曝(さら)されても対応可能なフル規格のパイロットスーツだ。

滑空前の装備点検などはすでに終えていた。今は待機時間だ。

 

輸送機内でのダイアナの観察が続く。

スタイルだって、真空防曝仕様のパイロットスーツで、これだけすらりとして見えるのだ。

「(それとも立ち振る舞いの影響かな?)」

この数ヶ月で四人の女子生徒達はすごく仲良くなっている。

接してみれば、皆、あっという間に、シェリルの所作や、毅然とした姿勢と優しさ、人柄の良さ、そしてその美貌に魅入られてしまう。

アルトとの関係もごくごく自然であり、嫌味な事はまったく無い。

「(ああ、こんな風に周囲を変えてゆく人っているんだ・・・。)」って何度も思う。

 

 

そう広くない輸送機のシートで、できるだけリラックスできる姿勢を探そうと、もぞもぞしていたシェリルが、ダイアナの視線に気がつく。

ダイアナと目が合うと、シェリルが「何?」と小首をかしげる。

「(ほら、そんな仕草がすでに人を魅了するわ・・・。)」

 

ダイアナは、慌てて言葉を捜した。

「アルトくんが居なくてさびしいわね?」

「いいのよ、あんな鬼教官。」

アルトはSMSの仕事に回っている。

インターン実習で単位の取得ができる実技科目は、積極的にそうしていた。

 

「最近はちょっと口煩くて。 嫌になるわ。」

シェリルの物言いはすこし拗ねた雰囲気だ。

その言い方をほほえましく思いながら、ダイアナが言葉を続ける。

「そうね。彼は、あなたには遠慮しないから。」

ふん!というシェリルの吐息が聞こえた気がする。

「この間もね、『何の為にパイロットになるんだ!』みたいな事言われてさ。 『あんたに負けたくないからよ!』って答えたの。もう、そこから大げんか。」

「あらあら。」

「私の言い方が悪いのは分かっているんだけど・・・」

シェリルの言葉は少し寂しそうだった。

 

 

 

 

「ザッ・・・」二人のヘルメットインカムに軽いノイズ音が入り、自動的にノイズキャンセリングが働き音量が調整される。

男性の声が聞こえる。

「お二人さん! こちら地上管制。 オリンピア支援派遣部隊のギル・ブライス中尉だ。

今日は管制の代理当番でね。 滑空訓練の面倒をみるのでよろしく。」

「こんにちは、ブライス中尉!よろしくお願いします。 美星学園訓練生のダイアナ・バリーです。」

「こんにちは、同じく訓練生の早乙女シェリルです。」

ダイアナと、シェリルが交互に、挨拶を返す。

EXギア装備だと、地上管制との通信は音声のみだ。

 

「よろしく! 今日は高高度からのEXギアによる滑空訓練だな。 限られたエネルギーと時間で、大気圏上層部からの下降技術が試される。」

ブライス中尉は手元の飛行計画でも見ているのだろう、なんとなく教官じみた言葉使いになっている。

「高高度からの滑空飛行だ。案外とブレーキを掛けながらの降下は思った様に降りられないものだよ。 ああ、あと注意してくれ。 フロンティア上空は、先の戦役で宙域を含めてデブリが多い。滞空中は十分な注意が必要だ。」

ダイアナとシェリルは、ヘルメットのバイザーを降ろし、EXギアの装備確認の最終チェックを始める。

滑空ポイントが近づいて来たのだ。

 

のんびりとしたギル・ブライス中尉の声が続く。

「ところで、早乙女シェリル訓練生は、SMSの早乙女少尉とは兄妹なのかな?」

シェリルがダイアナと顔を見合わせる。

シェリルが面白そうな顔をして見せた。

 

「いいえ、妻ですの。」

「えっ?」しばしの沈黙。

「これは失礼した。早乙女なんて、珍しい名前だと思って。」

「どう致しまして、主人がいつもお世話になっています。」

シェリルが会話を続ける。

「学生結婚ですのよ。」

気取って答えるシェリルの口調に、ダイアナがクスクス笑っているのが聞えた。

 

 

「目標高度に到達しました。後部ハッチを開けます。」

地上管制との会話に割り込む様に、オート(自動輸送機)の声がインカムに入る。

この輸送機は擬似AI(人口知能)が操っている。

「了解!!」ダイアナと、シェリルが声を合わせて答える。

ガコンッ・・・、重く短い機械音の後に、ザッと空気が流れた。

瞬時に、弱いピンポイントバリアーが、機体後部に目に見えない風よけのカウリングを形成する。

身構える様な風の巻込みはおきない。

 

開かれた降下デッキで、射出レールのラッチを掴んだ二人の目の前に、フロンティアの大地が大パノラマとして飛び込んで来た。

「いつ見ても、すごいわ!」

「大地が・・・、地平線が丸いわね。」

 

この高度から見る惑星は、それが球体で在る事が見て取れる。

大きな丸い惑星が足元にあるのだ。

赤い大地と、点在する緑、そして7割を占める海洋のブルー。

 

頭上に広がる空は、すでに濃紺を通り越して、黒に近い。

星々の瞬きも薄い大気の揺らめきの向こうに見えそうだ。

「もう宇宙だわ。」

シェリルが小さくつぶやいた。

 

 

地上管制から、ギル・ブライス中尉の声が入る。

「奥様~、順番に降下どうぞ! 降りて来たらぜひお会いしたいね。」

「あら?主人に言付けるわよ!」

シェリルが後部デッキの端に移りながら言い返す。

「ええ!あの鬼教官に? じゃあ、遠慮しておくかな~。」ギルが茶化した口調で答えた。

そう言えばアルトは、新統合軍でもたまに教育隊で臨時教官の仕事に就いている。

その事を言っているのだろう。

「どこでも鬼教官なんだわ。」

シェリルとダイアナは再び顔を見合わせて笑った。

 

そして、

「お先に!」

シェリルが、射出レールをつかみ、軽い助走のあとに、かろやかにフロンティアの濃紺の空に吸い込まれて行った。

 

ダイアナも、一つ深呼吸をして、シェリルに続く。

「ダイアナ・バリー、行きまーす!」

中空に飛出したダイアナの足元から、輸送機はあっという間に小さくなった。

 

 

 

 

ダイアナは、輸送機のシルエットが点になる所まで、降下を継続した。

安全距離を確認し、自らの翼を広げて、EXギアの低温核融合ユニットに火を入れる。

とたんに力強く、大気を捕らえた翼が踏ん張り始める。

翼がブレーキとなり、滑空飛行に移る。

「(大気をコントロールする醍醐味よね。)」この瞬間が彼女は大好きだった。

 

少し下方を飛ぶシェリルを目視で確認すると、ダイアナは自身をシェリルに寄せていった。

微弱なピンポイントバリアーが風防カウルを作っているが、大きな翼と、エンジンパックに人が吊り下がった飛行姿勢は、地上近辺を飛ぶときのEXギアと変わらない。

 

気持ちの良い空だ。

澄み渡った大気には、荒れた空気はどこにも無かった。

 

滑空するシェリルから、かろやかなハミングが聞える。リズムをとっているだけで歌にはなっていない。

でも、これはあのシェリルからあふれる音楽だ。しばしその優しい調べに耳を傾ける。

 

 

 

 

「管制? 11時方向に何か飛んでいる!」

そんなのんびりとした雰囲気を破ったのは、シェリル自身の声だった。

「えっ? ええっと、10時方向?」

地上のブライス中尉の反応はちょっと慌てている。

シェリルの声に同じようにびっくりしたダイアナは、自分を棚に上げて思う。

「(さては、中尉、聴き入ってたわね?)」

 

だが、シェリルの指し示す物体をみて、ダイアナは硬直した。

「何? あれ?」

 

シェリルとダイアナの前方、数kmに漂う、その飛行物体は、薄い赤地にすすけた緑色のライン。 所々がひしゃげているが、全体は平らな流線型だ。 

大きさは・・・、VFを2、3機横に並べたくらい? 長大な全身翼で、中央を大きくたわませ、翼端がほぼ真上を向くほどしなっている。

機体から漏れ出たケーブルを、何本か空中に引きずり、まるで中空を漂う毒クラゲか何かの様?

 

「幽霊船?」

「大破した軍用の飛行艇みたいだけど・・・。 ギャラクシーのデザインに見えるわ。」

ダイアナの言葉に、シェリルが不安げに応えた。

 

 

 

その2; 妖精とビッグキャット

 

 

「お二人さん?君達のカメラ中継でこちらも確認中だ。 距離をとって平行飛行を頼む。」

地上管制室での、慌ただしい報告のやり取りが溢れる中から、ギル・ブライス中尉の声が聞こえる。

シェリルと、ダイアナのヘルメットに内蔵されたガンカメラから、映像が地上に送られているのだ。

「ギャラクシーの、ステルス型無人ゴーストだな。大きさからしても子供ゴーストの母艦かな。 今照合を掛けている。 加えてSMSの専門家にも問い合わせ中だ。」

 

 

デルタ翼の本体に加えて、羽のような可変金属の膜翼が左右に伸び、それが大きくたわんで全体を支えている。

外観はまだ飛行可能な雰囲気をかろうじて保っているが、機体後部には、開けはなたれたままのデッキ?があり、破損はその後部を中心に広がる。

後部デッキの奥は陰になりよく見えないが、機体内部の格納エリアに何かが衝突したようだ。

 

シェリルが低くつぶやく。

「凄い・・・。 自律飛行で、こんなボロボロになっても滞空してたんだ。」

「終結からもう一年以上経つのに?」

並んで飛ぶダイアナの声は少し震えている。

 

二人の会話を聞いていた、ギルが会話に加わる。

「上昇気流を利用するプログラムがまだ生きてるのだろうな。 浮いているだけの重力制御なら太陽光でも十分賄える。

ごく最近まで、光学迷彩も機能していた様だ。 今しがた観測衛星がやっと画像で確認した。

三時間前までは、この空域にはこんな飛行物体は無かった。」

 

「そう・・・、今まで発見出来なかったのが不思議な大きさだもの。 ギャラクシーの遺物ね。」シェリルの声が少し悲しげだ。

 

「(加害者としてのギャラクシーだから・・・?)」

ダイアナは、シェリルがふさぎ込む必要はないと思う。

「(言ってあげたいな・・・。)」

 

ギルが二人への報告を続ける。

「漂流方向などシミュレートさせている。 もう少し画像を送り続けてくれ。」

「了解。」

「おっと、だが、あんまり近付かないでくれ。 完全に死んでいるわけじゃなさそうだからな。」

「了解、2キロの目標距離をおいて周囲を観測継続します。」

 

 

 

 

シェリルが見つめる画像は、そのまま、地上管制に送られている。

遠めにみるそのゴースト後部の、うつろな口の様なハッチが気になる。

デッキ状になっているその構造の奥に、何か異質なものが入りこんでいる?

「何だろう、動きはないけどなにかが突っ込んだようにも見えるわ。」

 

「ああっと、まずいな。 このコースだと、いずれ軌道エレベーターの建設区域と交差する。」

独り言のようなギルの報告の後、音声通信に若い男性の声が入る。

 

「管制!シェリルさん! 横入り、失礼します。 SMSのルカ・アンジェローニです。

情報解析の指示を受けました。」

「ルカ!久しぶりね。今何処にいるの?」

シェリルが応える。

「おひさしですシェリルさん。今は自宅です。 ギャラクシーのゴーストシリーズの解析、分析を担当してます。」

 

通信は音声のみだが、恰好の研究資料を得た事に、もしかしたら喜んでいるのかもしれない。 やや興奮した雰囲気で説明が続く。

「これは、ギャラクシーのゴーストpⅩ(10)型です。ピーテンとか、ピーエックスとか呼ばれます、子供ゴースト3機を操る母艦ですね。

惑星上での連携攻撃を担うタイプで、衛星高度から地上高度へ降りて、作戦を完遂します・・・。」

シェリルとダイアナは、ルカの説明を聞きながら、ゴーストの近傍を遠巻きに飛び続けた。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

接近する二機の小型飛翔体とその母機を感知した時、pⅩの文字通り壊れかかった判断回路が再び動き始めた。

近付く飛翔体はバシュラでは無さそうだ。

だが味方信号も無い。 ましてや作戦終了の信号も未だに無い。

往事に比べればノロノロと、それでも外から見れば瞬時に、pⅩは攻撃を決めた。

問題はない。 もともと疑わしきは撃てとプログラミングされている。

pⅩは、空対空ミサイルを、敵の母機に向けて打ち出した。

同時に、これがマイクロミサイルの最後の一基だった事を確認する。

 

いや、トレーサー部品への油脂付着で除けておいたのが、まだ一基あったか?

pⅩの戦術思考分野回路は再び思考を始める。

一年前?いや、八か月前だったか? 戦闘で破損したポッドに一基だけ残っている。

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

チカッ!

シェリルとダイアナが、その瞬きを見たのと、監視衛星が熱源を捕らえたのは同時だった。

「えっ!」

「み、ミサイル?」

「クソっ!退避だ。」地上管制からギルの怒声が届く。

 

ゴーストから伸びた光条は、だが、シェリル達を飛び越えて、するすると、二人を乗せてきた輸送機に伸びる。

無人の小型輸送機内に警報が鳴り響き、プログラム通りの退避行動を始める。

だが無人輸送機の、その退避行動では遅すぎた。

吸い込まれる様にマイクロミサイルが着弾すると、あっと言う間に大きな火球となる。

「ひっ!」ダイアナの引きつった声がインカムから漏れた。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

あとは不良ミサイルくらいしか出す手は無い。

発射ラックも塞がれている・・・。

かまわないか・・・、どうせもう穴だらけの機体だ。

もうひとつ穴が増えても滞空くらいはできる・・・。

pⅩは静かに、本当に最後のミニミサイルを打ち出す。

回路は不良品報告書を瞬時に書き上げ、フォルダに納めた。

帰還したら報告しなければいけない・・・。 

だが、何処に?誰に?何の為に?

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

シェリルが叫ぶ!

「もう一つ来る! ダイアナ!! 離脱するわよ!」

 

だが、こぼれだした空対空ミサイルは、一瞬の失速落下の後に、小さな方向舵を繰り出し、弧を描いてシェリルの後方に狙いを定めた。

 

「ホーミング(誘導)ミサイル?」

「逃げて!シェリル!」ダイアナが叫ぶ!

増速して、回避行動を取るシェリル。

 

「(こんな小型の飛翔体も追えるの?)」

サイドスラスターを小刻みに噴出しながら、姿勢制御を繰り返してミサイルがシェリルに迫る。

それはさながら、小さな妖精を追うビッグキャットだ。

「(悪い冗談にもならないわ!)」

目の前で始まった光景に、ダイアナは悪態をつくと、シェリルを追いかけるために増速した。

 

 

 

 

 

 

「シェリル!!」

ダイアナの呼びかけに、シェリルが応える。

「ダメ!機動性はこっちが上だけど、最高速が違いすぎる!」

シェリルは細かい反転を繰り返し、ミサイルをそらそうとするが、速度を落とさないターンは限界に近い。

 

 

「シェリル!そのまま旋回して!こちらから見ると電波(レーダー)ホーミングは機能して無いわ!たぶん熱源探知だけよ! 別の熱源をぶつければそれるわ!」

シェリルを追うミサイル、ミサイルを追うダイアナ!

 

「そんな事言ったって、フレア(熱欺瞞体)なんて持って無い!」シェリルの返事は怒鳴り声に近い。

「いいから!旋回して!」ダイアナも叫び返す。

通常仕様のEXギアに比較すれば、二人のそれは、高高度飛行用にエンジン出力がチューンされている。

だが、連続加速には限界がある。ミサイルは文字通り徐々にシェリルに近寄る。

ダイアナの指示通り、大きなループを描くシェリル。ミサイルはやや膨らんだ軌跡を残しながらも首を振る。

だが、旋回反転の頂点の、シェリルとの間隔が開いた、ちょうどその隙間に、ダイアナが飛び込んだ!

 

「ダっ、ダイアナ?」

飛び過ぎるシェリルが振りかえると、盛大な熱噴射で、ダイアナが別軌道のスタートダッシュを取ったところだった。

ミサイルは、目標をダイアナへと変えて追い始めた。

 

太陽に向い急上昇するダイアナ。中天で振り切ろうと急旋回をかけるが、ミサイルは再び旋回してダイアナを追う。

「ダメ?こんなんじゃダマされない! 画像追尾機能があるんだわ!」

ダイアナの悲痛な声が響く!

 

「ダイアナ!そのまま下降、反転上昇して! エンジンユニットを切り離すのよ!」

飛行姿勢を取り直して、ダイアナとミサイルを追うシェリルが叫ぶ!

「落ちちゃうわよ!」さきほどのシェリルと、同じような退避行動をとるダイアナだが、だいぶ息が上がっている。

「大丈夫!拾ってあげる!」

ショートカットした直線的な軌道で、ダイアナと、ミサイルの後につくシェリル。

「ええ!ムリ!」

「良いから!任せて!」今度はシェリルが怒鳴る。

細かい旋回を繰り返すダイアナに、さらにミサイルが迫る。

「できっこ無い!」

「死にたいの?!」

シェリルの声は命令だった。

「太陽に向って2時方向!仰角2! カウントダウンするわよ! 5、4、3、2、パージ!」

 

ダイアナの背後で、リリースボルトが音も無く分解し、乗り手のなくなったEXギアのエンジンパックが、そのまま増速して急上昇する。

放り出されたダイアナは一瞬パニックになるが、手足を広げてかろうじてダイブの姿勢を取る。

「くっ!」最大加速のGに耐えながらシェリルが落下するダイアナの元へ飛ぶ。

 

 

背後で、ダイアナのエンジンユニットに、ようやっと喰らい付いたミサイルが爆発する。

火球が広がる。

が、すでにシェリルの思考はそこには無い。

「ダイアナ!手を伸ばして!」落ちるダイアナに必死で手を伸ばす。

だが、あと少し届かない!

「(くっ!届かない?)」

もがく様にダイアナの手が泳ぐ。

 

シェリルも一瞬パニックになる。

「(助けられない!)」

「アルト!」無意識に彼の名前を呼ぶ。 今その名を呼ぶ事に意味などない。

だが、その言葉が。 

アルトが何度も、自分を空中で捕まえてくれた事を思い出させてくれた。

「(あいつに出来て私に出来ないわけが無いのよ!)」

 

「おおおおおっっっ!」

気がつけば、シェリルの口からは雄叫びが溢れる。

 

「(ぶつかっちゃえ!)」

伸ばした手を戻し、加速に集中する。

すべてがスローモーションの様に、たっぷりの時間を掛けて? いや、ごく瞬間の出来事だったはずだ。

ダイアナが両手を広げ、シェリルを見上げているのが分かる。

その顔が、あっという間にシェリルに近付き、

 

ガッツんん! 鈍い音が響く。

 

彼女のバイザーに激しい頭突きをしながら、シェリルがダイアナを救い取ったのだ。

「かっ、確保!」シェリルが叫ぶ!

 

「いい~っ、痛ったあああい! ちょっと!乱暴だわ!」

涙声のダイアナの声が響く。

それでも、ダイアナが力強く、自分に抱き付いている事が、シェリルにとって嬉しかった。

「何言ってんの!我慢なさい!!」

 

シェリルは水平飛行に姿勢を立て直した。

だがEXギアのエクステンドアームの補助があっても、女の子一人の体重は重い。

酷使したエンジンユニットも二人分を支えきれるのか?

 

瞬時に周辺状況を判断する。気がつけば漂流するpⅩの後部ハッチが見える。

ぽかりと口をあけたそれは、薄闇に隠れていたが、寄る辺のない空では、まだましに見えた。

 

「(いっそ敵の懐だわ。)」

シェリルはEXギアのエンジン出力をあげて、薄暗いそのデッキに飛び込んだ。

 

 

 

 

 

その3; さよならフェアリー9

 

 

「シェリル!シェリルってば!」

ダイアナに揺さぶられて、シェリルは意識を取り戻した。

失速を恐れて勢いよくデッキに飛び込みすぎたのだ。

制動のための逆噴射も、ダイアナを抱えたままではうまく行かず、なんとか身体を切替えたが、デッキの奥で何かにぶつかり、弾き返された。

 

「良かった、気がついた?」

ダイアナが、シェリルのヘルメットを覗き込みながら言う。

「スーツの報告だと、かるい打撲だけよ。脳震とうとかもなし。」

パイロットスーツが自動的に診断モニターを走らせたのだろう、バイザーにバイタル情報が表示されていた。

「ええ、大丈夫よ。 ダイアナは?」

「大丈夫、やっぱり打撲は有るけど。手足はちゃんとくっついてるわ。 今のところあなたの頭突きが最大の攻撃だったみたい。」

「もう!」

シェリルが上半身を起こす。

 

笑顔でシェリルの手を引いたダイアナが、そのまま両手を大きく広げてシェリルを抱締めた。

「ありがとう。とっても怖かった。」

ヘルメット越しであり、強く抱擁するダイアナの顔は見えない。

だがその声が少し涙ぐんでいるのが分かる。

シェリルも抱擁を返す。

「ううん、私こそ。 助けてくれてありがとう。 最初のあなたの機転が無かったらどうなっていたか・・・。」

ダイアナがうなずく。

 

 

「・・・・ごほんっ。」

かるい咳払いをして、地上管制から、ギル・ブライス中尉の声が入った。

「お二人さん? 素晴らしいチームプレーだったよ! 教育隊にも見せたいくらいだった。

さあて、帰還のためにあと少し、仕事が残っている。 アンジェローニ少尉に変わる。」

 

やはり咳払いのあとに、ルカの声が心配そうに話し始める。

「ルカです。大丈夫ですか?こちらからじゃあ何も出来なくて。 血の気が引きました。この5分で寿命がかなり縮みました。」

立ち上がりながらシェリルが応える。

「5分?そんな時間しか経って無いのね。」

 

「ええ。 とにかく無事で良かったです。」

そう言いながらも、ルカは端末での情報収集、操作に余念がない雰囲気だ。

「ええと、pⅩの武装解除と、地上降下の指示をしないといけません。 お二人が今いる場所は、子ゴーストを納める格納スペースです。」

忙しくキーボード操作をする音が入る。

「周辺状況をグルッとカメラで見渡して貰えますか? こちらもモニターで追いますので。」

 

ゴーストのデッキは、身を置いて見れば案外と広かった。

「子機ゴーストの格納スペースなんだ。」

ダイアナとともにデッキ奥をうかがいながら、シェリルが言う。

光のない奥まった場所は、バイザーが光学補正をかけてくれるが、よく見えない。

 

「ダイアナ、ちょっと待って。 飛行パックを降ろして安全確認するわ。」

シェリルの言葉に、数歩進んだダイアナが答える。

「了解。アンジェローニ少尉の指示通り、ざっと確認してみる。」

 

シェリルは、EXギアの飛行ユニットをいったん降ろして、簡単な安全確認プログラムを走らせる、目視確認もする。

「(OK、異常はないわ。)」

作業を終えたところでダイアナの声がした。

「シェリル、ちょっと来て。 さっき私たちがぶつかったの。 これの一部よ。きっと。」

 

ダイアナのバイザーの細いライトと、暗視機能が見せるそれは、丸まる様に身を折り込んだ小型のバジュラだった。

 

「バシュラ?」

「バシュラの死骸よ。 見て、お腹の所。」

「卵?みたいね。」

「ええ。」

 

 

 

 

 

戦闘に加わるタイプのバジュラではないのだろう。

全体のフォルムも丸く、緑色の体色も柔らかな雰囲気だった。

それでも、大きな車ぐらいの大きさがあるそのバジュラは、5つ、あるいは6つばかりの長円形の細長い卵を、その足の間に抱いていた。

 

ダイアナが言葉を続ける。

「バジュラがこの星を脱出する時に、こぼれ落ちた卵を運搬しているのが目撃されているわ。そのうちの一体かも。」

「惑星に降下するギャラクシーのゴーストと、逃げるバジュラが衝突したのね。 あるいは瀕死でこのデッキに飛び込んだのか。」

「卵を抱えたままここで息絶えた。 卵は助からなかった?」

「そうみたいね。」

薄膜に包まれたそれは、すでに白濁化していた。

 

 

「ルカ?見えてる?」

シェリルが地上に呼びかける。

「はい、いろいろビックリな状況です。 保守用デッキに小型のバジュラが突っ込んだ様ですね。 おもな破損はそれが原因のようです。」

 

端末操作の作業音の後に、ルカが続ける。

「そちらの観察と平行して、こちらでも状況分析を始めていました。 バシュラの死骸もなんとか無事に降ろしたいです。

保安空域に降りる様にハッキングをかけているのですが、実はpⅩの中枢へのアクセスがうまく行きません。防護壁が正規のギャラクシーコードでも開放されないんです。

お二人を中継にして通信しているのですが。」

 

シェリルと、ダイアナのヘルメットバイザーの下方には、先ほどから、ルカが操作している情報が、流れるように表示され続けている。

実際のデッキ内の風景ともリンクするその矢印アイコンが、バジュラの死骸の奥を指し示す。

「すみません、そのバシュラをいったんどけて頂くと、奥に保守点検ハッチがあるはずです。 それを手動で切替えてもらえますか?」

 

シェリルは、ダイアナと顔を見合わせてから言う。

「女の子の仕事じゃないわ。」

「すみません。 EXギアの倍力装置なら、そんなに苦にはならないと・・・。」

シェリルが応える。

「わかってるわ、やるわよ! ルカ?あなた絶対にモテないわよ。」

「はあ・・・、気を付けます。」

ルカの返事は不満気だった。

 

「しょうがないわ。ダイアナ!行くわよ。」

ダイアナがためらいながら返事をする。

「う~、何処を持てばいいの? 突然暴れたりしない?」

「生命反応は無いから、動かないわよ。」

「でもやだわ・・。」

「そっち持って。行くわよ。せ~のっ!」

 

「(ごめんね。)」

シェリルは小さくつぶやきながら、その死骸を脇にどける。

 

そして、ルカの指示する場所には手動パネルがあった。

奥のプレートには、「pⅩ1138-4EB」とある。

「(・・・機体コード番号ね。)」

パネル内には、操作ボタンが幾つか並ぶ。

前面には、画像アクセス用のカメラもあった。

 

 

 

 

 

「セレクタを操作します。中央のメインの。 そうです、その赤いやつを下に。」

シェリルが見ているものが、ヘルメットのガンカメラで、ルカにもリアルタイムで送信されている。

 

シェリルの指が、幾つかのボタンの上を滑る。

「これね。」

シェリルは、探し当てたスイッチを押し下げた。

「バシャンっ!」、打撃音のような音が響いた。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

強制終了指示?

 

ゴーストpⅩ1138-4EBの思考分野がまたたく。

 

それなら体内に潜り込んでいるバシュラと、小型の正体不明機はどうするのだ?

あの日、降下するバトル・ギャラクシーと共に、編隊の一機として惑星に降りた。

地上から沸き上がるバシュラとの交差戦で、三機の子機を無くし、燃料もマイクロミサイルも使い果たした。

もう何も残って無い。

この機体にも戦力価値は無い。

敵地での作戦終了ならば、機密保持の自爆が妥当だ?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

突然!

断末魔の様に、機体がうねる。 

死んでいたものが生き返ろうとするかの様に、シェリルとダイアナのいる保守デッキに煌々と明りがまたたく。

 

そして、不快ともとれるアラート音が鳴り響いた。

「何の警告アラート?」ダイアナが不安げにシェリルの傍に寄る。

 

 

 

 

 

ルカの声が、地上で奮闘している。

「自爆許可申請? なっ、だめだキャンセル。って?エラー?」

慌てた声がつづく。

「こっちの・・・、ダメか? ファイアーウォールが再構築? 張付いて動かない!アクセスも再キャンセル?  くそ! どこかに隙間をつくらないと!」

 

煌々と打ち付けるライトと、大音響のアラートに立ち向かいながら、シェリルは、傍らに立つダイアナの手を、強く握り締めた。

手をつないだまま、ヘルメットバイザーを開けて、シェリルは、pⅩの、操作パネルにあるアクセスカメラに向って、毅然と問い質した。

カメラの作動光点と、pⅩの機体ナンバープレートが輝いている。

 

 

「pⅩ1138-4EB! 私は、フェアリー9です。

あなたは私を保護する義務があります。 命令は受領しているわね?」

 

その声に、姿に、明らかにpⅩが反応を見せた。

 

 

 

・・・・・・・・・・

フェアリー9?

保護対象?

 

たしかに、「それ」は、処分指示が発令されない限り、最優先の保護対象者だ。

思考分野に、フェアリー9の画像が再生される。その歌声とともに。

再生された画像と楽曲に何かを感じる事はない。

引き出したメモリーと、保守デッキ内にいる存在とを照合するためだけだ。

 

だが。 

ああ、確かにシェリル・ノームだ。

その事実が認識できた時、人で言えば、pⅩは少し安らいだ気がした。

まだ寄る辺はあったのだ。

指示に従おう。 

保守系統を手放す。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

その一瞬が、pⅩ1138-4EBの自律判断回路の、本当の最期だった。

 

 

 

煌々と、照らしつけるライトは、まるでシェリルに突き刺さってくる光の矢だった。

まともに顔を上げていられない。

まぶしくて?シェリルの頬を涙がつたわる。

 

シェリルは、自分の事をフェアリー9などと呼んだことはない。

グレイスだって、ブレラだって、そんな呼び方をしたことはない。

だが、戦役が終結してから、自分がギャラクシーで「フェアリー9」というコードネームで呼ばれていた事を知った。

フェアリー9だ! 

じゃあ、1から8までは何の番号だったの?誰かがいたの?その人たちはどうなった?

誰も何も教えてはくれなかった。

「(私も番号で呼ばれていた・・・。)」

 

そして・・・突然、アラートがやみ、光の瞬きが止まり、うねるような振動もとまる。

 

 

「やった! 突破!押さえました!」

ルカの声が、はるか彼方の地上から聞こえた。

 

 

デッキの明かりが、少しずつ落ち、少しの瞬きの後に再び消えた。

 

「おやすみ、pⅩ1138・・・。」

つぶやくと、シェリルがその場に泣崩れた。

ヘルメット越しでは顔を覆うこともできない。

それでも、シェリルは持ち上げた両手を戻す事ができない。

「大丈夫、大丈夫よ。シェリル、大丈夫だから・・・。」

ダイアナがシェリルを抱締めると、シェリルの手がダイアナを抱き返し、やっと、さまよっていた彼女の手が落ち着く場所を得た。

そのまま、二人はしばらく動けなかった。

 

さまよう機体は、再び静けさを取り戻したのだ。

 

 

 

 

「・・・さて、早乙女訓練生? 飛行できるEXギアは1機しかない。ゴーストが地上に降りるのにも半日以上かかる。」

押し黙ってしまった沈黙をやぶり、地上のギル・ブライス中尉が語りかける。

 

「さっき、ご主人が成層圏高度まですっ飛んでいった。

迎えに行かせるよ。 そこから90秒落下すると、だいたい時速187キロかな?そこでキャッチだ。」

 

座り込んだまま、それでも泣き止んだシェリルが顔を上げる。

ダイアナにも「(もう大丈夫。)」と笑いかける。

 

「・・・わかったわ。 いつ飛び降りればいい?」

「いつでもどうぞ!」

ギル・ブライスが応える

 

「あらやだ! ダイアナ! 先に行くわ。」

シェリルは跳ね起きると、スーツの点検をさっさと終えて、ダイアナにウインクを送り、軽く手をふってから、そのデッキから中空へ飛び出した。

 

「え?」

完全においてけぼり?

「やだ!こんなとこに置いてかないでよ~。 ズルイ~!私も王子様キャッチの方が良いのに~!」

ダイアナは、残されたEXギアをあわてて装備すると、やはり安全確認をしてから、空に飛び込んだ。

 

 

 

 

シェリルは自由落下状態で、時速187kmに達した。

無人のVF25が、シェリルの傍らを追い越して行く。

相対速度を合わせているのだろう、自由落下のシェリルをそっと抱きしめる腕が伸びる。

 

「遅いわよ!」シェリルがいつも通りの口調で言う。

「すまん!しっかりつかまってろ!水平飛行に移るぞ。」

アルトのEXギアの翼がゆっくりと開き、大気がブレーキをかける。

下方で先行しているVFも、二人の軌道に同調し、同じように機首をあげる。

フロンティアの空に、VF25と、アルトのEXギアがゆっくりと弧を描いた。

 

「ずるいわ! ぜったいずるいわ!なんで私は独りぼっちなの!」

上空で同じように滑空飛行に入ったダイアナの声が響く。

「そんな奴、頭突きしちゃって!」

 

 

 

 

 

 

FIN

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

おまけ・・・

 

 

アルトがシェリルを確保して、VFのコクピットに戻る。

コクピットキャノーピーが締まると、シェリルは音声出力を切り、ヘルメットバイザーをアルトに寄せた。

接触通信で二人だけの会話になる。

「怖かったの。」

「すまない、駆け付けるのが遅れた。」

 

「ねっ!ヘルメット取ってキスして。」

「バカ言え!フライト中だ、内規違反だ!」

「もう! えいっ!」

ガッんと打撃音が連続する。

「なっ、バカ。頭突きをするな!」

「何言ってるの!これはキスよ!キス。」

「そう言うのは帰ってからだ!」

 

 

「やっぱり、ずるいわー!」

ダイアナが静かに?上空を滑空する。

 

 

 


 
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