No.461646

相良良晴の帰還13話

D5ローさん

織田信勝の乱、前編。相良良晴サイドの続きは次話に持ち越します。

2012-07-29 06:45:52 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:22274   閲覧ユーザー数:19360

翌朝、いつものように、お供の若侍達と共に警備という名目の町巡りを行おうとする織田信勝の元へ、長秀から内々に御相談を要する要件がある故、急ぎ織田の本殿に向かうようにという通達が届けられた。

 

内容を確認すると、先日、飲み屋で飲食をした際の支払いを織田家に代理清算して頂きたいといった旨の請求が来ているため、真偽のほどを確認願うというものであった。

 

『まずい・・・』

 

確か相良良晴という浪人に完膚なきまでに叩きのめされた日、しこたま飲み食いした事は確かだ。一応釣りは要らないと銭袋ごと渡して来たが、あの人数だ、もしかしたら足りなかったかもしれない。

 

まあいい、織田家の嫡男たる僕の支払いなら、織田家の金庫から出してもらえるだろ。

 

あ、でも、きっと勝家に言ったら又小言を言われるんだろうな。黙っておこう。

 

そう考えを巡らせた後、そそくさと着替え、信勝は本殿へ向かった。

 

賢明な読者の方にはもうお分かりであろうが、当然、この手紙は罠である。

 

昨晩、主従の誓いを終えた信奈と良晴の元を長秀と翁が訪ね、御家騒動の解決に協力する代わりに解決法を穏便にするよう嘆願してきたため、四人が中心となり、今回の捕縛用の罠を仕掛けたのだ。

 

罠の内容は一言で言えば、『信勝を孤立させ捕縛する』というもの。

 

まずは、信勝の性格上、起こりうる種類のトラブルについて書かれた手紙を偽造する。

 

事実確認をする可能性を消すため、その内容は他人にバレたら恥ずかしくなるもの、かつ、もみ消しによる解決を防ぐために解決法が容易なものを選び出した。

 

次に暗殺を警戒して護衛を連れてくる場合を想定し、一派の者には翁が監視を行い、呼び出しを受けて信勝と合流しようとする際は、先日の町での暴力沙汰を理由とした謹慎処分の申渡し状(良晴に頼まれ信奈が書き上げたもの)を使い、家に閉じ込めてしまうようにする。

 

武人として隔絶した能力を持つ勝家に対しては念を入れて、良晴が屋敷へ向かい合流を妨害するという役目を引き受けた。(加えて裏の理由として彼女が人の話を聞かず、暴走する性質であることもある。)

 

中立派閥の兵の介入の防止、説得は長秀が行う。

 

これこそが、一枚の手紙の裏に隠された、『信勝捕縛計画』と名付けられた作戦の全貌であった。

 

しかし、どのような作戦にも万が一がある。

 

そう考えた良晴は、五右衛門に動きに変化があった場合は逐一報告するよう依頼した。

 

そうして警戒をしながら供を連れ勝家の屋敷に歩を進めていると、一度目の偵察を終えた五右衛門が帰還した。

 

「ご苦労様、で、どうだった。」

 

「…手紙を全く疑いもせずに本殿に向かいまちた。服装こそちゃんとしているものの、行き先が近いという事も手伝い刀も差していまちぇん。」

 

…報告を受けた良晴が、安心したもののあまりの無防備さに頭痛を覚えたのも致し方ないことであろう。

 

暫し頭を押さえた後、良晴は頭を振って気持ちを切り替えた。

 

「これで心配事は無くなった。全速で勝家殿の屋敷へと向かう!」

 

「「「はっ!」」」

 

良晴一行は、全速力で目的地へ向かって行った。

 

                             ※※※

 

一方その頃、当然のごとく屋敷にて信奈と犬千代(良晴が随伴させた)に取っ捕まえられた信勝は、姉からのキツい教育を受けていた。

 

「あんた本当に馬鹿じゃないの!少しは警戒しなさいよ!」

 

「いたっ、痛いです姉上!」

 

「痛くしてんのよ!護衛も連れずにこんな怪しい手紙に引っ掛かって、本当にどこまで馬鹿なのよアンタは!よくこんなザマで私に喧嘩売ってくれたわね。」

 

信奈に殴られながら言われた言葉を聞いて信勝はサッと信勝は顔色を変えた。流石にここまで言われると手紙の件は罠だと気づいたらしい。

 

「姉上!なんて卑怯な真似を!」

 

「…勝家の背中に隠れて我が儘に振る舞ってたアンタに言われたかないわ!」

 

全く怖くないにらみを聞かせながら信勝が放った言葉に、ため息とともに拳骨を振り下ろす。どうして同じぐらいの教養は収めているはずなのにこうも馬鹿なのか。

 

やはり織田家は私が…ううん、私と、私と良晴との間に出来る子が支えるしかないわね。

 

織田家ではなく信奈自身に忠義を尽くすと誓ってくれた夜を思い返し、捨てたはずの女性としての夢に心を弾ませながら、頭を押さえ、唸っているアホな弟を見る。

 

幼い頃から全く成長しない、愚かな弟。

 

理性は冷徹にそう評価すると同時に、殺した方が後々の面倒事がはるかに少なくなると告げる。

 

しかし、同時に彼女が昨晩まで見失っていたもの、彼女が施政者として捨てたはずの心がささやく。

 

かつて父が生きていた頃、まるで雛鳥のように自分の後ろについてきた弟と、本当にもう理解しあえることはないのかと。

 

『戦国武将』としての答えと、『姉』としての答え。

 

答えの無い迷路に入り込んだ信奈の肩を、犬千代が優しく叩く。

 

「犬千代、どうしたの?」

 

「信奈様に、良晴から伝言がある。」

 

「良晴から?何?」

 

「『もし、この後におよんで信勝が信奈に下らぬ争いを仕掛ける様なら、私が責任をもって対処致します。』と。」

 

耳元で伝言を伝えられた信奈の顔が一瞬強張り、そしてすぐに元に戻る。

 

聡明な彼女には、彼が言葉の内に込めた意味も正確に汲み取っていた。

 

『つらい事は俺に背負わせろ』

 

良晴は信奈がもし、弟を死なせる選択をした場合、それが信奈の心を深く傷つけぬよう、自らの手を汚すつもりなのだ。

 

その不器用な優しさに思わず苦笑する。

 

なんて私に優しくて、なんて自分に厳しいひと。

 

でも私は、その優しさに甘えることを自身に許さない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

確かに彼の提案を受け入れれば信勝を殺す罪悪感は非常に薄れるだろう。

 

だが、それは、自らの選択の責任を取らないということである。

 

そんな無様な真似を、自分に許すことは出来なかった。

 

信勝の前にしゃがみこみ、信奈は両手で顔を掴む。

 

そして、先ほどとは異なる、感情が込められていない声音でこの国の極めて危険な現状を話した信奈は、最後にこう、付け加えた。

 

『もしこれ以上、下らぬ諍いのもとになるようなら、私がこの手で殺してあげる。』と。

 

その言葉に込められた意志を理解した信勝の心が、ぬるま湯の如き爛れた生活の中では感じることの出来なかった『死の予感』を告げる。

 

気づけば、その恐ろしさに体は自然と震えだしていた。

 

ようやく己の行動の稚拙さを認識した信勝であったが、だからこそどう姉に声をかければ良いのか分からない。

 

ぐるぐると様々な考えを巡らせていると、不意に、自分の頬に頬に何かが水滴のようなものが落ちてきた。

 

その雨にしては暖かい水が気になった信勝は、首を落ちてきた方向に向ける。

 

そこには、顔を上に背けた姉の顔があった。

 

下に目を向けると、その両手は痛いほどに握り締められている。

 

言葉が、自然に口をついて出た。

 

「姉上、ごめんなさい。」

 

「姉上の沙汰(処分)に従います。たとえ殺されても恨みません。だからもう、泣かないで。」

 

幼い頃から、織田家の後継者として弱さを見せなかった姉が、自分のために泣いてくれている。

 

そのことに情けなさとありがたさを感じると同時に、これ以上姉を傷つけたくないと素直に思えた。

 

それに、これ以上、無様な姿は見せられない。

 

切腹を命じられても、淡々と従おう。そう覚悟を決めた。

 

服の袖で顔を拭った信奈が信勝に向き直る。

 

そこには既に『王』と『反逆者』の姿は無く、ただ仲直りを願う『姉弟(きょうだい)』の姿があった。

 

再び両者の間に沈黙が流れる。

 

すると、犬千代が、再度信奈に近づき、今度は折りたたまれた手紙を渡してきた。

 

「これは?」

 

「信勝様を死なせない処分の方法。信勝様が信奈様に詫びた時のみ渡すよう言われた。」

 

暫しの沈黙の後、信奈は爆笑した。

 

本当に、どこまでもお見通しという訳か。

 

信奈は自分の心を自身より理解している良晴に少しの恥ずかしさと、それに倍する嬉しさを覚えた。

 

まあ、この私の気を揉ませた礼はきっちり払わせるけどね。

 

…勿論、羞恥とそれに対する復讐(?)の念も覚えたが。

 

こうして、信奈と信勝の諍いは終結を迎えた。

 

織田信勝は織田家の家督を継がぬ証として『津田』姓を名乗り、敗者として名から『勝』の字を取り『信澄』と改めた。

 

そしてその内容は文章に起こされ、信奈、信澄両者の名において誓う旨が最後に記された。

 

(第十三話 了)


 
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