No.461566 IS インフィニット・ストラトス バニシング・トルーパー α 001こももさん 2012-07-29 01:42:20 投稿 / 全2ページ 総閲覧数:2249 閲覧ユーザー数:2212 |
プロローグ
「生きたいか」
朦朧とした意識の中、聞き覚えのない男の声が耳元に響いた。
その男の顔を見ようとするが、体は脳の言うことを聞いてはくれない。
それ以前に、眼球の表面を覆った赤い液体のせいで、何も見えやしない。
ガラスや鉄の破片に刺されて、焼かれるような痛みに襲われていた俺の体はもう、何も感じなくなっている。
「……生きたいか」
男は低い声で、俺にもう一度問いかけた。
お前は誰だ。
なんてことは聞かない。
聞くだけの余裕を、俺には持ち合わせていない。
体が寒い。
出血しすぎたせいか、体温が急激に低下していくのが分かる。
ただ、指先だけがドロドロとした血液に濡らされて、まだ僅かな温もりを感じている。
これはまずい。
あと五分もしたら人生が終わりそうだ。
――生きたいか。
その言葉を、俺は一度だけ脳内で反芻した。
余計な質問だな。
そんなの、生きたいに決まっているじゃないか。
楽しいこと何一つ知らないまま、俺は死にたくない。
――だから、どんな対価を支払っても、俺は生き延びたい。
そう思った俺は、自分の答えを口にしようとした。
問題は痺れた唇を微かにぱくぱくと動かしても、乾いた喉から声を出すことはもうできない。
「よかろう」
だがそれだけで、相手はまるでこっちの思考を読めたように、了承の言葉を放った。
そして次の瞬間に何か――とても熱い何かが、俺の体中を駆け巡った。
体が熱い。
傷が信じられないほどのスピードで塞いでいき、身体の感覚も戻って来る。
まるで奇跡でも起きているようだった。
生きると言う実感が、再び湧いてくる。
神の力としか形容てきない出来事だった。
もし本当に神なら、もう少し早めに来て欲しかったがな。
「お前にも、任務を与える。アウレフ・バルシェムとともにゲートを開け。切り札を、あの一族の小娘に渡してはならぬ」
俺の耳元で、男の声がもう一度響いた。
何を言っている。話飛ばしすぎて意味分からん。
それより気が緩んできたせいか、溜った眠気が、一気に脳へ襲ってきた。
少しは休みたい。
――助けてくれてありがとう。名前を教えてくれ。
意識が再び遠くなっていく中、俺は男に名前を訊ねた。
なにやら仕事を押し付けるようなことを言っていたが、この人のお蔭で死なずに済んだ。だから礼くらい言うべきだろうと思った。
「この私に、礼を言うか」
まるでこっちは何かおかしなことを言ったような口調で、男はふんっと鼻を軽く鳴らした。
それもそうか。ロハだとは言ってないもんな。
でもとりあえず、死ぬよりはマシだろう。
僅かな沈黙の後、男は彼の名を俺に聞かせてくれた。
ちょっと変な名前だった。
でもどうでもいいことだった。
細かいことは次に起きてから考えよう。
そう思った俺は瞼を閉じて、自分の意識を手放した。
もしこれが俺の運命が大きく変わった瞬間だと知っていたら、もっと別な反応をしたかもしれない。
けれど俺は疲れた。
あの男の言葉について深く考慮することもできないほど、俺は疲れていたのだ。
「……ユーゼス。私の名は、ユーゼス・ゴッツォである」
IS(インフィニットストラトス)という、宇宙も含めてあらゆる環境においても高い汎用性を発揮できる万能のパワードスーツが世に現れてから、すでに八年の時が過ぎた。
現存兵器の殆どを一方的に圧倒できる戦闘力のおかげで、出現から最強の兵器というイメージが定着するまでの時間は、かなり短いものだった。
その中枢となるISコアは全部467個しかないが、それに秘めた可能性は無限大であり、人類が宇宙や深海への探査にも新たな希望をもたらしたが、そのあまりの強大さのため、ISコアは国際会議にて配分を決める。さらに専門組織“IS委員会”によって監督され、アラスカ条約で戦争への直接投入を禁止され、あくまでスポーツとして扱うことになった。
ここまではいい。
問題は、このISには欠陥とも言える重大な特徴が存在していること。
それは、女性にしか起動できないということ。
ISコアは、女性として生まれた人間でしか反応せず、従って当然男性操縦者は存在しない。
だがその事実も、のちに否定されることになる。
stage-001
淑やかに振る舞い、凛々しく進む。
イギリスの名門に生まれたわたくしはそうであれと望まれて、そんな風に生きてきた。
厳しく躾けてくれた母、複雑な目で見守るだけの父、そしてわたくしから離れた位置から挨拶してくる使用人たち。
それらに囲まれたわたくしは、望まれた生き方で生きることに納得した。
一族の跡を継げるような、強い女になりたかったから。
だから、父と母が列車の事故で死んだと知った時も、人前で泣くのを堪えることができた。
有能な母と、母に頭が上がらない婿養子の父。普段話すことすら少ない二人はなぜあの日同じ列車に乗ったかは分からないし、追求する気もなれなかった。
けれどあの日から、わたくしは守られる立場から家を守る立場に立たされたことになり、いままでよりさらに努力する必要が出来た。
だから、自分以外のことに気にする余裕なんて、一瞬でなくなかった。
そんな時、わたくしは彼と出会った。
身の程知らずで無礼者でいつも反抗的で、優しい彼と。
緑の自然に満ち溢れた広い庭の中に、一人の少女はイーゼルと向き合っていた。
蜂蜜のような透き通った金色のロングヘアと共に塵一つない真っ白なワンピースをそよ風になびかせて、少女は優雅な笑みを浮かべて、思いのままキャンバスに筆を走らせる。
足元から広がって行く綺麗な芝生。すぐ横で静かに流れる清流。川の上を渡る小石の橋。そしてこれらを自然に囲むハーブの茂み。
少女はこの典型的なイギリス式庭園の一部となり、目に映るすべてを画布の上に納めていく。
花の赤、水の碧、空の青、土の黄。少女の色遣いは彼女の美貌のように、淑やかさの中に活発さがあり、それでいて華やかさもある。
いい師に恵まれたか、それともセンスがいいのか、かなり速いベースで完成したその絵は、とても十三、四歳の少女の手によるものとは思えないほどに上手い。
やがて作業が一時間ほど続いたあと、少女はキャンバスから一歩下がって、疲れた指を軽く動かしながら、自分の絵を眺め始めた。
指を顎に当てて、全体から局部までじっくりと見る。時に繊細に色を足して、時にナイフで細部を削る。
そしてやっと作品の仕上がりに納得したか、絵描きの少女――セシリア・オルコットは自信たっぷりの笑みを浮かべて腕を組み、最初からずっと彼女の近くで仕えていた少年に声をかけた。
「ねえ、今日のはどうかしら?」
その少しばかり甲高い声は、幾分か挑戦的な感情が滲んでいた。
「今日も縦ロールがうっとおしくてイライラしてます」
ややくすんだ銀色の髪に、つり目がちな青い瞳。セシリアと同年代の男に相応しい細い体を黒い執事服で包んだ少年は意気揚々としたセシリアの目を見て、妙に楽しげな笑顔を浮かべた。
「なっ、なんですって!?」
少年のキツイ一言で、一秒前まで笑顔だったセシリアの額に青筋が浮かび上がりそうになるが、その前になんとか忍耐力で押さえ込んだ。
淑女たるもの、常に優雅であるべきであり、余裕な笑顔を崩してはいけない。
自分はイギリスの貴族名門オルコット家の一人娘にして現当主――セシリア・オルコット。
そして目の前の少年はこのオルコット家で働く使用人のくせに、一日八時間しかご主人様の相手をしない上に、一々楯突いてくる生意気なアルバイト――クリストフ・クレマン。
今、彼と一緒に立つこの庭から先へ無限に広がる緑の森、遠くにある勇壮な山、それらを巡って流れる川、そして二人の背後にある立派な屋敷。
ここから見える肥沃な土地すべては、オルコット家の私有地である。
若くしてこのオルコット家の財産と名誉を背負い、美貌と才能に恵まれた完璧美少女たる自分はすでに凡人を超えた存在であり、そんな根暗男の日課のような毒舌に一々腹が立つほど、度胸の狭い女ではないはずだ。
「変なポーズはやめてください」
脳内自画自賛の途中で無意識にポーズをとり始めたセシリアに、クリスはさらに毒舌を飛ばす。
「……マヌケを通り越して痛々しいので」
「ふ、ふふん……後で死刑にいたしますが、とりあえずわたくしの絵を拝みなさい」
我慢の限界に達しつつあるセシリアは震える口元から、不気味な笑い声をもらす。それにまったく気にする様子もなく、クリスはキャンバスの前まで歩いて、セシリアの絵を鑑賞し始めた。
「ど、どうかしら?」
クリスが絵を見始めた途端、セシリアの不満げな表情一瞬だけ緊張で強張ったが、その直後またすぐさっきのように腕を組み、得意げな笑みを浮かばせた。
「まあ、幼い頃からプロに学び続けてきたこの私の絵に、そもそも欠点なんてありえません。さあ、素直に賛嘆なさい! そしてあなたごときの意見を取り入れたこのわたくしの寛容さを感謝しなさい!」
まだ発育途中の控えめな胸を張り、セシリアは片手を前方に伸ばし、もう片手を胸元に当てて優雅にポーズを取る。
しかしセシリアの絵をよく見たクリスから返ってきたのは、賞賛でも感謝でもなかった。
セシリアの言葉を無視して絵の隅々までじっくりと吟味したあと、彼は彼女の瞳をまっすぐに見据えて、意地悪そうに微笑んだ。
「相変わらず、性格の悪さが丸出しの絵ですね」
「なっ……!」
「花の色が鮮やか過ぎて現実味が欠けてますし、水もそんな澄んでないんですよ。綺麗好きなのは分かりますが、現実との差もちゃんと理解してください。それとも脳内がお花畑のお嬢様では、もはや現実を正常に認識することすら難しくなったのですか?」
「お、お花畑……!?」
信じられない、と言わんばかりに目を丸くして、セシリアの体は指の先まで硬直してしまった。
三分間ほど機能停止の後、セシリアは無言に顔を低く伏せて、クリスに背を向けた。
キャンバスの外したイーゼルを畳んで、両手でしっかりと掴む。
脳内お花畑。初めて言われる言葉で意味もよく分からないけど、その字面からなんとなく理解できた。
一回深呼吸して、イーゼルの脚を握り締める。そして後ろにいる憎らしい男の頭目掛けて、全力で思いっきり――振り下ろした。
「この……無礼もの!」
「うわっ! 何をするんですかお嬢様!」
慌てて後ろへ飛びのいて、クリスは余裕でセシリアのイーゼル攻撃をかわして、わざとらしい声を上げた。
「アルバイトのくせに! 使用人のくせに! 男のくせに! オルコット家当主で国家代表候補生でもあるこの私に逆らうなど!」
スポーツとしてISを扱う以上、選手は国家を代表して出場する。そしてその選手の卵が、国家代表候補生。
それに選ばれて、専用のIS一機まで与えられることになったセシリアは、間違いなくこの国ではエリート人間に分類されるのだろう。
それなのにこんな屈辱を受けるなんて、信じられない。
「失礼ながらお嬢様、男女の社会的地位を決めるのは労働能力であり、ISなんぞを動かせるかどうかではありません。現実として女性は男性に比べて体調が崩れやすく、集中力や体力などが劣っており、長期労働に不向きな面があります。確かに普通の男より優れた女性の存在を否定できませんが、全体的に考えればやはり稀でしかありません。従って、現代社会は女尊男卑だというのは、一部の民間メディアや団体の煽り文句でしかありません。そんな小学生でも信じないデタラメを鵜呑みにするお嬢様の脳内お花畑っぷりは、フェミニストの俺でも感服せざるを得ませんな」
襲ってくるイーゼルを容易く回避しつつ、クリスはセシリアに反論する。
確かに、ISは女性しか起動できない。そのせいで、一部の民間女権団体は男性を見下す思想を宣伝する動きがあるが、所詮思想だけでは現実を変えられない。
男性肉体の基本スペックは女性より高くて、現代社会の生産活動に向いている。そのせいで就職などでは男性の方がしやすいという現状は、ISが出現してもしなくても大した変化はなかった。
そして一般家庭ではより稼げる方が、偉いである。
「減らず口を……! でしたら労働者として、もっと雇い主を敬いなさい!」
「いや、俺はただのバイトですし、魂まで売った覚えなんてありませんし。それにこれでも、それなりにお嬢様を尊敬してますよ?」
「えっ……! ほ、本当ですの?」
イーゼルを乱暴に振り回すセシリアの動きが、一瞬で止まった。この隙にクリスはセシリアに近づいて、彼女の両肩をそっと掴んだ。
「もちろんですとも、お嬢様」
そう優しく囁きながら、クリスはゆっくりと顔を近づけてきて、セシリアの目を覗き込んできた。
繊細で整えた顔立ちに、宝石のような綺麗な青い瞳に。至近距離で彼に見つめられて、胸が思わず高鳴る。
水の流れる音に、野鳥のさえずり。からっとセシリアの手から地面に落ちたイーゼルが立てた音さえ、心臓の高鳴りに遮られてしまう。
「ぐ、具体的にはどの辺ですの?」
「たとえばですね、俺が可愛がってたリスを食べようとする残酷さとか、俺が一所懸命作った模型を二階の窓から投げ落とす乱暴さとか、俺が買ったばかりの推理小説の表紙に犯人の名前を書く非常識さとか、どれも実に感服しております」
「うぐっ……」
こころなしか目が笑ってないクリスが語りだした思い出の数々に、セシリアはバツが悪そうに視線を逸らすしかなかった。
どれも否定のしようがない、事実である。
「だ、だってあなた、使用人の分際で構ってくれませんから……」
「もういいですよ、お嬢様。過ぎたことは仕方ありません。リスは逃がしましたし、模型はまだ作ればいいし、推理小説はトリック解明の方が大事です。そして俺の心の傷もきっと、いつか癒えますでしょう」
「もういいです! もう分かりましたから、ティータイムにしましょう!」
セシリアは完全に降伏した。
どれもつまらん嫉妬心からの行動で、やった後はいつも後悔するけど、仏頂面で“勤務時間終わったので出て行ってください”とか言われたらやはりムカつく。
でも事後に来るクリスとの冷戦期は、耐え難いものだ。
「畏まりました、お嬢様」
微妙に勝ち誇ったように笑顔で一礼して、クリスはセシリアから離れて屋敷の方へ歩き出した。そして遠くなっていく彼の後姿が曲り角に消えると、セシリアは力が抜けたように、後ろの椅子に座り込んだ。
胸元に手で撫でて、彼女は切なげなため息を吐く。心臓の高鳴りは、未だに収まってくれそうにない。
本当に無礼な男だ。
せっかく絵を見せて差し上げたのに、褒め言葉の一つもくれないとは。
そもそもこんな絶世の美少女が近くにいるのだから、眺めながら心酔するのが礼儀というものでしょう。
それがずっと携帯で株価チェックしてたとかどういう了見だ。
(このわたくしより、お金の方がが大事ってこと?)
お金が欲しいなら、正式の使用人契約をすればよかったのに。
そもそも当主の傍に付き添ったり、お茶とお菓子を運んできたりするのは本来専属バトラーの役目であり、いくら仕事が完璧でも、一日八時間しか働いてくれないアルバイト風情がやっていいことではない。
それでもこの例外を黙認したこっちの意図を、早く察して欲しい。
「それとも、鈍感を装ってるだけかしら?」
青い空に向かって、セシリアは独り言のように呟いた。
最初に会った時は両親が遭った事故に巻き込まれて、奇跡的に生き残った身寄りのない子供だと聞いたから、気まぐれにこの屋敷で雑用を手伝わせることにした。
それだけなのに、いつの間にか彼は側まで近づいてきた。
お金に困る時以外ろくに顔も出さない親戚や、常に三歩下がったところに居る使用人達と違って、彼だけは特別だ。
手を伸ばせば触れられるし、話をかけたら決まったようなお世辞ではなく、ちゃんと本音を聞かせてくれる。
そして、ずっと味方でいてくれる。
だからあんなでも、側に居てくれないと困る。
「お待たせしました、お嬢様」
いつの間にか戻ってきたクリスは、運んできたお茶とお菓子を庭に設置してあった小さなテーブルに並べながら、セシリアに声をかけた。
いつも通りの淹れ立ての紅茶と、三重ティースタンドに乗せたシュークリームやチョコレート。どれもセシリアの好みを考えて選択したのは、一目見ただけで分かった。
そしてクリスの口元に、少しだけクリームがついていた。
それはほんの僅かで、じっくり見ないと分からないほど小さなものだった。
きっとまたこっそりつまみ食いしたのでしょう。そういう詰めの甘いところが、逆にちょっと可愛く見えてしまう。
――まあ、この美味しそうなフルーツロールケーキに免じて、不問にしましょう。
なんせ自分は、包容力のある淑女ですから。
暖かい日差しの中、自分の失策に気づかない少年の顔を眺めながら、セシリアは嬉しそうな笑顔を浮かべたのだった。
*
お茶の後は、少しの読書。午後の時間は、あっという間に過ぎていった。
そして屋敷に戻って、無駄に大きくて長い食卓で夕食を食べて、自分の部屋に戻ってしばらく休む。
やがてセシリアが書斎に訪ねた時、時計の針はすでに夜の八時を指していた。
しかし彼女が書斎を訪ねた目的は、本を読むためではない。
この歴史のあるオルコット家の屋敷は、とてつもなく広い。
舞踏会も開ける大きなロビーや、大人数が同時に食事できる食堂など、使用人三十人ほどの個室以外に、客用の部屋も大量に余ってある。
自然に、書斎もセシリアが自分の部屋と共に得た自分の勉強用書斎や、両親の使った仕事用書斎など、いくつもある。
そして今彼女が開けたのは、母親が生前に仕事用に使用していた書斎のドアだった。
家を取り仕切っていた母がいなくなった今、この書斎も当主として仕事と共に、そのままセシリアが受け継いでしまった。
フローリングを覆うやや暗めの赤い絨毯、壁に詰まった重厚感溢れる本棚、そして年月を感じさせる古い木製机。古き歴史の香りが、其処彼処から漂ってくるような部屋だった。
たったの一箇所――セシリアの机から少しだけ離れた所に、新しく追加した複合材の机を除けば。
「遅かったな、セシリア」
「こんばんわ、お嬢様」
先にこの部屋に居た二人の人物が、入ってきたセシリアに話をかけた。
一人は勤務時間が終わると敬語など一切使わないと主張する、生意気バイトのクリス。その増設した机で、彼はノートパソコンと向き合っていた。
クリスは夜になると、よくセシリアの仕事を手伝いにくる。その机も、彼のために増設したもの。
そしてもう一人は、仕事中の二人をサポートする女性使用人、いわゆるメイドのチェルシー・ブランケット。
家事万能はもちろんのこと、頭脳明晰の上で容姿端麗な美人。背中まで伸びる艶やかな髪に、男の理想を実現化したようなプロポーション。
セシリアとクリスより三、四歳ほど年上の彼女は、セシリアにとって幼い頃から一緒に成長してきた幼馴染であり、もっとも信頼されているメイドでもあり、頼れる姉のような人でもあった。
こんばんわと、二人に挨拶を返した後、セシリアは自分の席につき、机の上に積まれた書類を適当に取った。
万年筆とインク、そして紙。クリスと違って、セシリアはこれらで仕事をする。
今の時代では些か非効率的だと認めざるを得ないが、やはり伝統を重視する貴族の世界では、手書きのものは独特な魅力を持つ。
経営している工場や研究施設からの報告書や、新しいプロジェクトの企画書、さらに出資して欲しいという個人からの手紙まで。とてもまだ未成年の学生が処理できるような問題ばかりには見えるが、セシリアは早いベースでそれらに目を通して、気になる問題点や意見だけを書き込む。
それができるように、彼女はいままで教育されてきたのだ。
セシリアの後に仕えたチェルシーはそれを見守りながら、時に簡単な助言を出すが、決して答えを口にしない。
そしてクリスも処理したものは返信する前にプリントアウトして、セシリアにチェックしてもらう。
判断を下すのも、その結果に責任を取るのも、あくまでセシリアでなければならない。
紅茶とコーヒーの香りが漂う部屋の中、時計の針は時間を刻んでいくに連れて、三人は仕事に没頭する。
「うん……チェルシーさん」
「はい?」
突如、パソコンで書類処理をしていたクリスはチェルシーの名を呼んだ。
「この間頼んだ調査、どうなってます? あのセト何とかってやつ」
「セドリック様ですか?」
「そう、そいつ」
キーボードを叩く指を止めて、クリスは真剣な顔でチェルシーの目を見る。
「セドリックって、あのセドリック・ベンゼル工場長のことですの?」
二人の会話が気になって、セシリアはやや訝しげな表情を浮かべて、話に割り込んだ。
オルコット家には独自の情報網が存在し、その情報網の管理はチェルシーに任せているため、何かを調査したい時は大体チェルシーを通して依頼する。
「はい。そのセドリック・ベンゼル様のことです。先日クリス様に言われて、セドリック様について調査を行わせました。詳細報告書はまだ作成中ですが、やはりそれらしき痕跡があったとのことです」
「ふんっ、今月の経費明細書も怪しいと思ったら、やっぱりね」
鼻を軽く鳴らして、クリスは机に並んだファイルを一つ取り出して、チェルシーを介してセシリアに渡す。
中に挟んであるのは、問題がありそうな部分は全部赤いペンで書いてある明細書数枚だった。全部で合わせてかなりの額になっているが、すべては巧妙にカモフラージュされいて、かなり神経質になってチェックしないと気付くのは不可能に思えるくらい。
「あと本題とは関係ありませんが、妻に内緒で浮気をしているとの報告も」
「証拠写真は?」
「抜かりなく」
「それはいい。イメージを壊しておけば、やりやすい」
そう言ったクリスは、完全に悪者の顔をしていた。
「……よく気付きましたわね。セドリックさんは温厚で誠実が評判ですのに」
ファイルを閉じて、セシリアは少し感心したような目でクリスの顔を見る。
やり方にエレガントさが欠ける気もするが、この注意深さにはいつも感心させられる。
昔から何を学んでも上達早いし、要領もいい。だから普段の態度が悪くても、無意識のうちついつい彼に頼ってしまう。
「温厚で誠実なだけの人間なんて居るものか。そういう人間はバカか腹黒しかない。そしてあいつを見た瞬間から、俺はあいつは後者だと判定したのだよ」
クリスはセシリアを一瞥して、少し複雑な笑みを薄く浮かべながら作業を再開した。
セシリアは同年代の女の子にしてはかなり賢い方だ。役目を果たすための努力も惜しまない。しかし優秀な女の子だけに、彼女は優しすぎる。人を疑って切り捨てるような非情さがない。
だからこういう役割は、誰かが引き受けないといけなかった。
口に出したら、“甘く見ないで頂戴!”って怒るでしょうけど。
「……難儀な性格ですこと。少し休憩しましょう」
クリスに向かって小さなため息を吐いて、セシリアはファイルを閉じて自分のカップへ手を伸ばした。
自分の好みをよく知っているチェルシーが作ったミルクティー。
一口含むと、ほんのりとした上品な甘さが口の中に広がり、仕事で溜った疲れが一気に飛んだような気がする。
「チェルシーさん、コーヒーのおかわりを頼めます?」
「はい、かしこまりました」
クリスが自分のカップを持ち上げて、その空っぽの中身をチェルシーに見せると、彼女はすぐにコーヒーポットを持って、彼のカップに新しいコーヒーを注いだ。
コーヒーの芳しい香りが一気に広がり、クリスは満足そうな表情を浮かべて、ありがとうとチェルシーに礼を言うと、彼女はどういたしましてと、ポットを持ったまま優しく微笑んだ。
「あんな苦いものをよく飲めますわね。イギリスにいるなら、紅茶を飲みなさいよ」
妙に仲良さそうな二人を片目で眺めて、セシリアは自分のミルクティーを啜りながら呟く。
クリスの出身地は本人も覚えてないと言ってたから、はっきり言って不明だが、イギリスでの生活も相当長いはず。それなのに未だに紅茶よりコーヒーとは、実に嘆かわしい。
「チェルシーさんの淹れたコーヒーは特別だよ。毎日飲みたいくらい」
手中のカップの縁をなぞりながら、クリスはふんと、小さく笑いながらチェルシーに視線を送った。
「でしたら、正式の契約をなさてください。そしたら私がこれから毎日ずっと、コーヒーを淹れて差し上げますわよ?」
クリスの話題を拾ったチェルシーはそう言いながら、セシリアの側まで歩いた。
彼女にとってセシリアは主であり、可愛い妹に近い存在でもある。セシリアよりクリスを優先する可能性は、ゼロに近いのだろう。
そしてセシリアも無関心に装いながら、クリスの顔色を窺う。
主の自分から言うなんてプライドが許さないけど、契約はして欲しい。
「正式契約したら、四六時中セシリアをお嬢様って呼ばなきゃいけないし、プライベート時間もなくなるじゃないか。やっぱり自分の人生は自分のために生きたいな、俺は」
頭を横に振って、クリスは苦笑しながらチェルシーの提案を断った。一口コーヒーを飲んで、少し遠い目で窓ガラスの向こうに視線を向けた。
「毎日に自由の時間くらいは欲しいよ」
「こうしてお嬢様の仕事に手伝っているというのに?」
「気分の問題です。今の俺は、恩を売ってるつもりですよ」
問いかけるチェルシーの目を見て、クリスは意地悪そうに微笑み返すと、チェルシーは口元にやや意味深な笑顔を浮かべた。
「そうでしたか。私はてっきり、クリス様が正式契約をなさらないのはセシリアお嬢様と主従関係ではなく、恋人関係になりたいのではないかと思っておりましたが」
「「ぷぅぅっ――!!」
いきなりの爆弾発言に、当事者二人は盛大に吹いた。
「そそそ、そんな、困ります! わたくしはその、いつかはオルコット家のために、その……!」
ハンカチで口元を拭きながら、セシリアは激しく動揺した様子で顔を赤らめた。
「落ち着いてください、お嬢様。このオルコット家はお嬢様の恋愛自由を奪うほど、落魄れてはいませんよ」
「で、ですが……」
頬が真っ赤に染まり、セシリアの声が段々小さくなっていく。やがて体をもじもじさせながら深く頭を伏せて、チラチラとクリスの反応を窺う。
確かにチェルシーの言う通り、このオルコット家の経営はセシリアが自己犠牲するほど切羽詰っていない。むしろ好調と言える。そして本家のことに親戚たちは意見ができても、直接干渉はできない。
だから将来の伴侶くらい、自分で決めても別に何の問題はない。
「でもね、チェルシーさん。俺にも一応選択権があるのでは?」
今度は、比較的に落ち着いているクリスの方が声を上げた。
「あら、セシリアお嬢様に何かご不満でも?」
「不満というか、“歩くわがまま”みたいなのはちょっとな。俺はもっと大人しくて包容力のある子がいいです」
「あ、歩くわがままですって!?」
怒りを滲ませた声を上げて、セシリアは逆三角形に吊り上げた瞳で睨んでくる。
「あ、あなたみたいな字が汚くて、模型ばっかり作って、礼儀を知らない音痴男なんて、こっちこそ願い下げですわ!」
「夜中にこっそりおやつを食べて、袋をベッドの下に捨てるやつよりマシだろう?」
「な、なぜ知ってますの?!」
「まあまあ、少し落ち着いてください、お二人とも」
また口喧嘩に発展しそうな二人の間に、チェルシーは割り込んだ。クリスの机の側まで歩いて、その一番上の引き出しを開けて、一枚の紙を取り出した。
「おい、ちょっと待て」
「見てください、お嬢様。昨日に届いた、お嬢様への撮影依頼のFAXです」
クリスの抗議を無視して、チェルシーはその紙をセシリアの机に置く。
話題作りとイメージアップの一環として、セシリアは時々ファッション雑誌のモデルとしての撮影依頼を受けている。だから、この要請書自体は別に珍しくない。
問題は、当人のセシリアはまったく見覚えがないという所にある。
「そんなの、わたくしは知りませんわよ」
「当然です。何しろ最初にそれを発見したクリス様は勝手に隠して、さらにお断りのメールまで出したのですから」
「クリスが? どうしてです?」
チェルシーを説明を聞いて、セシリアはクリスの方を見て訝しげな表情を浮かべると、彼はまるで回答することを拒否しているように、顔がそっぽを向いてしまった。
「わかりませんか、お嬢様。あれはお嬢様の写真が誰でも買える雑誌に載って欲しくないという、男の独占欲ですよ」
「ど、独占? 何を?」
「何をって、お嬢様に決まってるではありませんか。それに意識した異性を悪く言うのは思春期の男性がよくなさることであり、言わば子供じみた愛情表現です。それを余裕な態度で受け止めるのが、大人の包容力というものですよ」
「へぇ……」
片肘を机について頬杖して、セシリアは思いっきりにやけた顔でクリスの方を眺める。
普段からムカついたことばっかり言うけど、今は不思議と凄く子供っぽく見えて中々に可愛い。
依然と顔を見せないままだが、そのすくんだ銀色の髪の隙間から見える耳は今。真っ赤に染まっていた。それが見れただけで、上機嫌になったセシリアは思わず鼻歌を口ずさんでしまう。
図星を突かれると、意外と脆いヤツだ。
「何だよその目。勝手に勘違いするなよ。あれはお前が忙しそうだから、断るべきと判断しただけだ」
「はいはい、そういうことにして差し上げますわよ」
「ツンデレ発言ですね」
「信じろよ!」
クリスの些細な弁解も、セシリアとチェルシーの前では虚しくなり、結局は勝手にツンデレで子供っぽいヤツだという烙印を刻まされてしまった。
「ところでお嬢様。お嬢様のIS専用機は既にロールアウトしたため、受け取りに来て欲しいという研究所からの電話がありましたが」
微笑ましい二人を見て満足そうに頷いた後、チェルシーは別の話題を切り出した。
「そうですか。では来週の……」
机の上にあったカレンダーを手にとって、セシリアは自分のスケジュールを確かめながら日付を決め、それをチェルシーに伝えた。
「向こうにも、そう伝えて頂戴」
「畏まりました、お嬢様。それと、当日の同行者はどう致します?」
「……あっ、俺も一緒に行って、いいか?」
かなり真剣な目でセシリアを見て、クリスはそう言った。
「クリスが?」
セシリアは不思議そうな表情を浮かべて、彼の目を見る。
イギリスの国家研究所が今回セシリアのために用意したのは、新しく開発した実験的武装を搭載した完全新規の第三世代ISであり、世界中にも注目を浴びている。
加えてその機体の運用はイギリスを代表して勝利することだけでなく、次世代機の開発にも繋がっているため、政府もかなりの期待を寄せられている。
けれど、普段からあまりISに興味を示さなかったクリスがいきなりそんなことを言い出すなんて、ちょっと意外だった。
思わず、変な方向へ勘繰ってしまう。
「ダメか?」
「べ、別に、構いませんわよ? どうしても一緒に行きたいのでしたら」
顔を伏せてクリスから目を逸らしつつ、セシリアをそう返事したのと同時に、ファイト!と、チェルシーは心の中で二人に応援を送ったのだった。
*
ISコアは天才科学者――篠ノ之束の手によって、全部476個が製造されている。
それらはIS委員会によって加盟国に配分されることで、各国の抑制力となり、平和的なパワーバランスを実現した。
これくらいの知識は今では、田舎のお婆ちゃんでも知っていること。
公式ではISはスポーツであり、平和に慣れた一般民衆にとってワールドカップと大して変わらない。抑制力と言われても、自分の家には飛んでこない。
だから彼らは無関心になる。
世の中にはIS受け入れられる国もあることや、経済的に独立できない国のISコアが実質上他国に握られていることに対して。
そもそも経済システムがほぼ出来上がった今の世界では、戦闘機数十機分の戦力に相当するISが何機か配備されたところで、弱肉強食の構図を変えることなど不可能だ。
大国間のゼロサムゲーム。戦乱区域に起こっている代理戦争。弾道ミサイルとISが入れ替わっても、世界は何一つ変わらなかった。
時間は日が沈んだ直後の夜。
場所は北アフリカに位置する、とある内戦中の国。
非武装地帯から離れた砂漠が今、当地の政府軍と反政府武装組織が衝突する戦場と化していた。
火を噴くバルガン砲が咆える音や、90mm滑腔砲弾が空気を切り裂く音。様々な爆音が交わり合い、そこに生じた閃光が砂漠を駆ける戦士達の姿を照らす。
それは、鋼鉄巨人の群れだった。
平均高度3.5メートル、重量は8000kg程度、搭載人数一人。
八年前から現れたISという最強の機動兵器の技術を応用して開発した強化外骨格「PT(パーソナルトルーパー)」である。
そのコンセプトは、「戦車より効率の良い陸戦兵器」。
量子収納機能やエネルギーバリアなどを備えたISと比べて、制限されたサイズの中に必要の部品をすべて詰め込まねばならないPTの性能は貧弱である。
絶対に勝てないとは言わないが、対等に戦えるのはとても難しく、そもそもISはアラスカ条約により直接の戦争投入を禁止されているため、普通に考えれば直接戦う状況にはならない。
世界に現存する量産型PTがISより劣っている面は、主に三つ。
一、PTは普通は空中戦できない。
反重力デバイスの小型化技術はまだ不完全で、その値段もかなりのもの。量産兵器に搭載したらコストパフォーマンスが割り合わない。空中戦と陸戦を両方できるパイロットを養成する費用や整備性の悪化など諸々を考えると、普通に戦闘ヘリと連携した方が安い。
二、PTは実弾兵器しか扱えない。
ISはその貴重さ故に、コストを無視して高出力の動力機関を搭載するが多く、また新兵器の実験台である側面もあるため、高出力のビーム武装も珍しくない。しかし動力電池で動くPTにそんな余裕はない。故にPTの武器は大体安定性が高くて、エネルギー消耗の低い実弾タイプ。
三、PTにシールドバリアはない。
ISはパイロットを守るために常に不可視のエネルギーバリアを張っているが、PTにそれはない。防御力はあくまで装甲の厚さで決まる。そのため、装着状態のPTは基本的に中のパイロットを視認できない。
なお、以上の三つは、あくまで普通の量産型に限った話。
しかしながら、その優れた生産性、整備性、戦闘力、そして何より男でも問題なく使える機械としての完成度。PTの完成により、今では戦車の大半は廃棄されることになり、代わりにPTが陸戦の主力となりつつあった。
現に今、政府軍と反政府武装組織が各自に保有したPT部隊はこの砂漠の戦場で、壮絶な戦いを繰り広げている。
この国にISはない。先祖から代々伝わってきた教えはそれを許さないし、研究や製造する余裕もない。
けれどISの技術から生まれたPTや、戦いを維持するための弾薬や医療品などを、彼らは安い価額で購入することが出来た。
機動力を活かして、バルガン砲やアサルトライフルで標的を掃射する反政府武装組織が投入した軽量型PT「蝙蝠(ベィンフウ)」に、90mm滑腔砲とヘビーマシンガンを轟かせる政府軍主力の重装型PT「カクタス」。
上半身ごと砲弾に吹き飛ばされたPTの残骸を遮蔽体にして距離を詰め、敵をナックルガードで殴り倒して、爆雷一枚を置いて去っていく。
蜂の巣にされた友軍から予備のマガジンを拾って、それを装着する前に飛んでくる砲弾がエンジン部に直撃して、脱出する間もなく炎に飲まれる。
平和に慣れた人間から見れば地獄絵図だろうけど、ここでは一週に最低一回は起きることだ。むしろPTの投入により、戦いそのものが派手に見えるものの、人員の死傷が以前より大分減っている。
まさに高効率化された、現代的な戦場である。
「うわっ見ろよヒューゴ。あのパイロット、まだガキじゃねえか。お気の毒に」
「この国じゃ、子供が八歳から銃を、十歳になったらPTも普通に扱えるって話だからな」
戦闘中区域から遠く離れた村だった廃墟の中には、人間が言葉を交わす声が聞こえた。
日が完全に沈んだ今、その薄暗くい闇の中に何が潜んでいるのかは分からないが、会話の声からして、少なくとも二人の若い成人男性がいるはず。
そしてここから戦場までの距離を鑑みると、少なくとも彼らは肉眼で戦いを観測しているわけでは無さそうだ。
「……互いに理があると分かっていても、自分の正義を捨て去らない限り互いを容認できない。だからどっちかが力に屈するまで愚行を繰り返す。残念だが、部外者の我々が干渉すべきことではない」
会話に割り込んだ三人目の声は、先の二人よりずっと年長に聞こえる男の低い声だった。
「……無駄話はここまでだ。我々の本来の任務を忘れるな」
「はい! 申し訳ありませんでした」
「はいはい、分かってますよ。……っと、現れやがった!」
若い男の慌しい言葉と同時に、遠くにある戦場には、新たな機影が舞い降りた。
青と白のツートンカラーをした、戦闘中のPTとは全然違う雰囲気を放つ機体だった。
上空からいきなり砂漠の地面に降下してきて、そのツインアイタイプのセンサーを光らせながら、砂塵の中で動かずに佇んだ。
その存在に気付いた交戦中の双方は一瞬動きが止まった後、厳重に警戒しながら戦闘を続行しょうとするが、その前所属不明の機体が動き出した。
カチャと、その肩部に取り付いていた六つの羽根状パーツが分離して、交戦中のPT達へ飛んでいく。
展開した先端部分から、眩しい光線が飛び出す。
あれはPTの装甲を容易く貫ける、高熱のビームだった。
六つの砲口が一斉射撃して、光の網を織り出す。その射線上にいるPTはことごとく装甲を貫通され、爆散していく。
その間に、所属不明機は光の散弾をばら撒くライフルで近くにいるPTを撃破していく。そしてPTから発射された弾丸は所属不明機に届く前に、見えない壁のような“何か”に当たって弾かれてしまう。
これではっきりと分かった。
この機体はPTではなく、ISだ。
なぜ戦争への投入を禁じられたISがここにあるのは分からんが、現実を事実を受け止めなけねばならない。
もはや敵も味方もない。圧倒的な強さを持って、所属不明ISはただ破壊と殺戮を繰り返して、爆炎と悲鳴を広げる。
「無線誘導攻撃端末はまだイギリスが開発中じゃなかったのかよ!」
「さあな。とにかく所属不明ISを確認した。これより排除行動に入る。光学迷彩システム解除、全機、起動せよ」
「了解!」
所属不明のISが現れた時点で、遠くにいる観測者たちは傍観を止めた。
年長男の指示と共に一斉に回転し始めたモータが、低い音で共鳴した。何もない暗闇の中から十機以上もの機影が一斉に姿を現す。
長くて鋭いアンテナを二本持つことが特徴で、V字ゴーグル型のセンサーが赤い光を放つ。
部隊の先頭に立つのは、濃い髭を蓄えたリーダー格の四十代男性一人。既に機体を起動した部下たちと違って、彼は跪いた黒い機体の前に立ち、赤い液体の入った注射器を筋肉質な腕に当てた。
「当時時間19:46:32。“イグニッション”、注射開始」
独り言のような呟きと共に、赤い液体が彼の体内に流れ込む。やがてその中身が空になった後、彼は使用済みの注射器を大事そうに仕舞って、その黒い機体の装着位置に座った。
すると、黒い機体はまるで意識があるように、勝手に男の体を包んでいく。
今から彼らはその所属不明のISと戦う。だがPTのみの部隊ではさすがに厳しい。
圧倒的な物量差がある場合を除けば、ISと互角に戦えるのはあくまでISのみ。
「ゲシュペンストMK-II、コンディション・オールグリーン、起動完了」
数秒の時間で男は愛機の起動シーケンスを完了させて、鋼の巨人と化した。
ほぼ全身を覆う黒い装甲は外見的に部下たちのPTとほぼ同じだが、彼の機体だけが違う雰囲気を放っている。バレルのやや長い銃を持ち上げて、彼は振り返って部下たちを一通り見回った後、指を振って指示を出す。
「クライ・ウルブズ、全機発進!」
次回予告
「あなたはもう少しわたくしに優しくすべきです」
「少々予想外ではあるが、まだ想定の範囲内だ」
「逃げろ! セシリア!!」
「恐れることはない。君はそれを誰よりも上手く扱えるはずだ」
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「IS インフィニット・ストラトス バニシング・トルーパー」のリメイクです。