エステル達の作戦開始前、夕方に差し掛かった頃に大使館で働く女性――イリーナとイリーナの買物に付き合っていたメンフィル皇女――レンが大使館への帰り道を歩いていた。
~ロレント郊外・エリーズ街道・夕方~
「ハァ…………」
「?イリーナお姉さん、どうしたの?そんな溜息を吐いて。」
イリーナと一緒に歩いていたレンはイリーナの溜息を聞き、尋ねた。
「レン様……す、すみません。お見苦しい所をお見せしてしまって……」
「うふふ……やっぱりパパ達やレンのお世話はプリネお姉様と比べれば勝手が違って、大変かしら?」
「滅相も御座いません!私の希望で大使館に働かせてもらえているのに、そのような恐れ多い事、思った事もありません!」
口元に笑みを浮かべて尋ねたレンを見て、イリーナは慌てて否定した。
「あら。そんな寂しい事を言わないでよ。イリーナお姉さんがここで働き始めて、結構経っているわよ?イリーナお姉さんも、今ではメンフィルにとってもなくてはならない人物だと思うわ。」
「……ありがとうございます。レン様からそのように思って頂けているなんて、光栄です。」
「………前から思っていたんだけど、その呼び方………なんとかならないの?」
「え………?」
レンの指摘にイリーナは首を傾げた。
「”レン様”だなんて、他人行儀に聞こえるから、レンは嫌だわ。もっとほかの呼び方はないのかしら?」
「え……でも、兵士やほかの使用人の方達と同じ呼び方をしていると思うのですが………」
「フゥ………レンは貴女にはそういうふうに言われたくないって言っているの。」
イリーナの答えを聞いたレンは溜息を吐いた後、説明した。
「え?それは一体どういう意味ですか……?」
「うふふ、それは秘密よ♪(さすがにレンの未来のママの一人になるからだなんて言えないしね♪)」
首を傾げて尋ねるイリーナに、リウイ達からゼムリア大陸に来た真の目的を聞かされ、またリウイの正室――イリーナ・マーシルンの肖像画を見た後、イリーナの正体を察していたレンは笑って誤魔化した。
「そんな事より、今は呼び方よ。なんとか変えてくれないかしら?」
「えっと………では”レンさん”ではどうでしょうか?」
「う~ん……まだ硬さが抜けていないけど、まあいいわ。これからはその呼び方でお願いね♪後、口調ももう少し砕けた感じでお願いね♪」
「……わかったわ。これでいい?レンさん。」
「うふふ……それで、どうしてさっき溜息を吐いたの?疲れている訳ではないでしょう?」
イリーナの答えに満足したレンは尋ねた。
「そ、それは………」
レンに尋ねられたイリーナは言うのを躊躇った。
「何か言いにくい悩みでもあるのかしら?レンでよかったら聞くわ。臣下の悩みを聞くのも上に立つ者として当然の事だしね♪」
「………あの、じゃあお言葉に甘えて聞いて貰ってもいいかしら?………その、みなさんには秘密という事でお願いしたいのだけど……」
「ええ。レンの心の中だけに秘めておくわ。メンフィル皇女レン・マーシルンの名の誇りにかけて、約束するわ。」
「ありがとう。…………実は………」
そしてイリーナは幼い頃リウイと初めて出会った瞬間、好きになってしまい、時間が経つごとにどんどんリウイへの愛情が膨らんでいく自分に悩んでいる事を説明した。
「ふ~ん………それって要するに一目惚れって事じゃない。ま、パパならしょうがないか~。パパ、とっても素敵だものね♪(うふふ……どうやら、イリーナお姉さんがイリーナ”ママ”になる日が近いかもしれないわね♪)」
「レ、レンさん……笑いごとではないわよ………私のような使用人が陛下に恋をするなんて、恐れ多いわ……それに年だって、凄く離れているし、カーリアン様やペテレーネ様だって許さないでしょうし………」
「あら。身分や年齢、ママ達の事は気にしないでいいと思うわよ?パパは不老不死の存在なんだから。ママ達だってみんな懐が広いから、イリーナお姉さんがパパの側室になる事も理解してくれると思うわ。身分だって、ティアお姉様のママは平民の神官だったけど、特に責められるような事はなかったと聞くわ。………いっそパパに全てを告白して、抱かれたら?それで運良く子供ができたりしたら、側室にしてくれると思うわよ?パパ、ああ見えて子煩悩な人だから、中絶しろなんて酷い事は絶対言わないと思うわ。」
「な、ななななっ……!?レ、レンさん!貴女、自分が何を言っているか分かっているの!?」
レンの口から出た信じられない提案にイリーナは顔を真っ赤にして、声を荒げて言った。
「うふふ……もしかして側室じゃ不満?だったら正室になるしかないわね。幸い、パパの正室の座は空位のままだし。」
顔を真っ赤にしているイリーナを見て、レンは悪戯が成功したような小悪魔な笑みを浮かべて言った。
「そういう問題ではありません!だ、抱かれるとか……こ、子供ができたりとか……そ、そんな知識、一体どこで手に入れたの!?」
「あら。そういう知識は皇女として、知っておかないと駄目でしょう?レンも大人にちょっとずつ近付いているから、ママが教えてくれたわ。イリーナお姉さんだって、レンのママからプリネお姉様と一緒に教えてもらったでしょう?」
「そ、それはそうだけど………」
反論ができなくなったイリーナはまだ納得してない表情をしていたが、責めるのをやめた。
「ま、レンはイリーナお姉さんの初恋、応援しているわよ♪」
「ハ、ハァ……ありがとう……でいいのかしら?」
レンの励ましに聞こえる言葉を聞いたイリーナは戸惑いながらお礼を言ったその時
「フン……まさかこんな小娘がメンフィル皇女だったとはな………その娘を確保するつもりが、皇族まで一緒にいるとは………ついているな。」
なんと特務兵達がレン達の正面に現れた。
「!!」
「どこのどなたかしら?(……あの姿は………へ~……パパの心配が現実になったみたいね……)」
特務兵達を見たイリーナは身体が強張り、特務兵達の正体がすぐにわかったレンは知らないふりをしながら尋ねた。
「我等の正体を知る必要はない。……大人しく我らについて来てもらうぞ、小娘共。貴様等を手土産にして今までの失点を帳消しにしてくれる。」
「レ、レンさん……!」
「………ロレントに逃げるわよ。さすがに街中で誘拐とかできないだろうし。その後、ギルドにかくまって貰ってパパ達に助けを求めればいいと思うわ。」
銃を構えた3人の特務兵達と4匹の軍用犬らしき狼の魔獣と共に現れた隊長らしき人物の言葉を聞いたイリーナはレンを見、レンは冷静に答え、イリーナと一緒にロレントに逃げようとしたその時
「させると思っているのか?」
「!!」
近接戦闘を主体とした5人の特務兵達がレン達の後方にいつの間にかいた。
「ふ~ん……レンの事を知っているのなら、こんな事をしたら、自分達がどうなるかわかっているのでしょう?」
退路が防がれたにも関わらず、動じないレンは冷静に尋ねた。
「ふん……閣下の崇高なる計画が成功すれば、メンフィルも恐れるに足りん!陰で護衛しているメンフィル兵達の存在が厄介と思ったが、運がいい事に何故かいないみたいだからな………助けを期待しても無駄だぞ。」
レンに指摘に特務兵の隊長は鼻をならし、得意げに答えた。
(……レンがここに残って時間を稼ぐから、貴女は大使館に戻って助けを呼んで、イリーナお姉さん。)
(そ、そんな!?使用人の私の事なんか気にしないでいいわ!………それにこの包囲網をどうやって抜けるの……?)
(それは大丈夫よ。こんな時のために持たしてもらっている物があるから。)
(え………?)
「何をコソコソ相談をしている。逃げ出そうと思っても、無駄だぞ。」
レンとイリーナの小声の相談を見た隊長はレン達を睨んで言った。
「うふふ……異世界に関して何の知識もない癖にそんな事は言わない方がいいわよ?恥ずかしい思いをするだけだし。」
「な、なんだと!?」
「小娘が……!閣下の手足である誇り高き我等を侮辱するか……!」
レンの挑発に隊長は怒り、特務兵の一人が怒りを抑えきれない様子で言った。また、他の特務兵達も殺気立った。
「うふふ……レンは当然の事を言ったまで……よ!」
そしてレンは片方につけている耳飾りを外して、耳飾りに魔力を込めてイリーナに放り投げた!
「レンさん、何を……」
すると耳飾りは光を放ち、レンの行動に戸惑っているイリーナの姿をその場から転移させた。
「なっ!?」
イリーナが消えた事に特務兵達は驚いた。
「うふふ………これで皇女であるレンに護衛の兵士達がいなかった理由がわかったでしょう?」
「クッ………異世界の技術か………!小癪な真似を……!」
レンは不敵に笑い、イリーナがいなくなった理由を察した隊長はレンを睨んだ。
「”帰還の耳飾り”………”飛翔の耳飾り”の改良版で、登録した場所にすぐに戻れる非常帰還用として重用できるけど、唯一の欠点は一回限りしか使用できない事ね。これが何度も使えるようになったら、便利になるんだけどな……」
隊長の睨みに気にせず、レンはイリーナに投げた同じ形のもう片方の耳飾り――メンフィル帝国が開発した魔導具、”帰還の耳飾り”を触り、現在の状況からは見当違いな事を呟いていた。
~メンフィル大使館・正面玄関~
一方その頃、レンによってイリーナが大使館の正面玄関に転移して来た。
「え……ここは……大使館!な、なんで?どうなっているの……?」
大使館に転移したイリーナはいきなり変わった周囲の風景を見て、混乱した。
「あら、イリーナさん。お帰りなさい。」
そこにペテレーネがイリーナの姿を見つけて、イリーナに近付いて来た。
「ぺ、ペテレーネ様!大変です!怪しい人達がレン様を誘拐しようとして……!それでレン様が助けを呼んでほしいと……!」
「……一度落ちついて、イリーナさん。」
「は、はい。すみません………」
ペテレーネに諭されたイリーナは深呼吸をした。
「……やけに騒がしい声がすると思ったら、お前だったか。………お前が声を荒げるなんて、珍しい事もあるものだな。」
さらにリウイもイリーナに近付いて来た。
「へ、陛下……」
「リウイ様。」
「それで?怪しい者共がレンを誘拐する……等が聞こえて来たが、何があった?」
「は、はい。実は………」
そしてイリーナはリウイ達に事情を話した。
「……申し訳ありません!レン様を置いて、私だけこちらに戻ってくるなんて……!どんな罰でも受ける所存であります……!」
事情を話したイリーナはリウイ達に深く頭を下げた。
「……気にする必要はない。それをしたのは他ならぬレンだ。俺もレンの判断に賛成だ。罰も何もないから、安心しろ。」
「で、ですが……!」
「イリーナさん。リウイ様もおっしゃいましたが、貴女を逃がしたのはレンの意思です。だから、そんな事をおっしゃらないで下さい。」
「ペテレーネ様………」
レンを置いて自分だけ逃げて来た事に罪を感じていたイリーナにペテレーネは優しく諭し、ペテレーネの言葉を聞いたイリーナはペテレーネを見た。
「お前は俺達に賊が現れた事を知らせるという重大な役目を果たした。それだけで十分だ。………無事に戻って来て安心したぞ。」
「陛下………」
自分の身を案じたリウイにイリーナは頬を染めた。
「………すぐに部隊を街道に送る。イリーナ、賊の特徴や賊が街道のどのあたりに出現したかを教えてくれ。」
「は、はい!」
リウイの言葉に気を取り直したイリーナはリウイに特務兵達が現れた大まかな場所を伝えた。
「報告御苦労。お前は普段の業務に戻って構わん。」
「は、はい!……それでは失礼します。」
リウイの指示にイリーナは答え、いつもやっている仕事に戻るために、リウイ達から離れていった。
「リウイ様。イリーナさんの話では賊の狙いはイリーナさんで、レンの事はついでだったようですが……」
イリーナの姿が見えなくなった後、ペテレーネはリウイに尋ねた。
「特徴からして賊は恐らく特務兵だろう。レンの存在はこちらの世界ではほとんど知られないようにしていたからな。……それにしてもまさか、本当にイリーナを狙って来るとはな………」
「………いかがなさいますか?」
主君からあふれ出る闘気と怒りを感じたペテレーネは次の答えはわかっていたが、尋ねた。
「我が半身に手を出そうとした事……奴らに死という後悔を刻み込むつもりだ。……まあ、俺達が行った頃には全てが終わっているだろうがな……ファーミシルスを呼んで来てくれ。」
「はい。」
そしてリウイは部隊を編成した後、ファーミシルスと共にレンと特務兵達がいる場所に向かった。
~ロレント郊外・エリーズ街道~
「クッ………ならば貴様だけでも、捕らえてくれる!行くぞ、お前達!」
「イエス、サー!!」
顔を歪めた隊長は気を取り直し、特務兵達に指示をした。
「かかれっ!」
「ハッ!」
そして特務兵達はレンに襲いかかったが
「ハァッ!!」
レンは異空間から自分の身体と変わらないほどの大きな鎌を出して震い、周囲に衝撃波を出した!
「グワァッ!?」
レンが出した衝撃波によって襲いかかって来た特務兵達は吹っ飛ばされた!
「なっ!?」
レンの攻撃に隊長は驚いた。
「うふふ……忘れたの?レン達、マーシルン家はイーリュンの神官であるティアお姉様を除いて、みんなある程度の武は持っているわ。」
驚いている様子の隊長にレンは凶悪そうな笑みを浮かべて答えた。
「さて……改めて自己紹介をしましょうか。メンフィル皇女レン・マーシルン。二つ名は”殲滅天使”。………これよりメンフィルに仇名す愚か者どもの殲滅の執行を開始するわ。覚悟はいいわね?」
レンの見せた無邪気ながらも殺気が籠った凶悪な笑顔――それはリウイ達に救われなければ、本来のレンの辿る道で手に入れるはずだった笑顔を特務兵達に向けた。
「クッ……相手は小娘一人だっ!かかれっ!!」
「イエス、サー!!」
今ここに、”殲滅天使”による惨劇が始まった………!
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