その後、エステル達はまたメイド服に着替えてヒルダに連れられて、女王宮を出た。
~グランセル城・女王宮入口前~
「ヒルダ夫人。今日はもうお帰りですか?」
メイドに変装したエステル達を従えて、女王宮から出て来たヒルダを見て見張りの特務兵は尋ねた。
「ええ、そうさせて頂きます。くれぐれも陛下に失礼のないようお願いします。」
「これは手厳しい……。ですが、どうかご安心を。我々は愛国の士でありますから。」
ヒルダの言葉に特務兵は苦笑した後、胸を張って答えた。
「頼もしいことで何よりです。それでは、私達はこれで失礼させて頂きます。」
「ど、どーも……」
「……失礼いたします。」
そしてエステル達が女王宮を後にしようとしたその時
「ああ、お嬢さんたち。」
特務兵がエステル達を呼び止めた。
「え……」
呼び止められたエステルは驚いて振り向いた。
「そういえば名前を聞いてなかったと思ってな。一応聞かせてもらえるか?」
「えっと、その……。サティアっていいます。」
特務兵に名前を尋ねられたエステルは咄嗟に思い浮かんだパズモの前の主の一人の名を名乗った。
「ほう……なかなか良い名前だな。あんたの雰囲気にも合っている。」
「え、その……ありがとうございます。」
特務兵の賛辞にエステルは恥ずかしそうな表情で答えた。
「で、そちらの黒髪のお嬢さんは?」
そしてもう一人の特務兵が女装して、メイド姿のヨシュアに名前を尋ねた。
「……カリンと申します。」
ヨシュアは静かに偽名を名乗った。
「カリンというのか……。何というか、可憐な名前だ。」
「ありがとうございます。……私もこの名前はとても気に入っています。」
ヨシュアの偽名を聞いた特務兵は賛辞し、ヨシュアは特務兵の賛辞に優しい微笑みで答えた。
「そうか……。そ、そうだ。自分は特務部隊の……」
ヨシュアに微笑まれた特務兵はヨシュアを見惚れた後、慌てて名乗ろうとしたが
「そのくらいにして下さい。これ以上は下心ありと見なしますよ。」
ヒルダに話を遮られた。
「いや、自分たちは……」
ヒルダに話を遮られた特務兵達は言い訳をしようとしたが
「………………………………(ギロッ)」
「……どうぞ気を付けてお戻りください。」
有無も言わせないヒルダの睨みに怯み、言い訳をするのをやめた。
~グランセル城内・廊下~
「はあ……。ヨシュアってばモテモテね。あの連中、ヨシュアが名乗ったら目の色変えてたもんね~。」
「そ、そんなこと無いってば。君だって結構、話が弾んでいたじゃないか。」
グランセル城内の廊下まで戻ったエステルは溜息を吐いてヨシュアを恨みがましそうな表情で見て、エステルに見られたヨシュアは呆れた表情で言い返した。
「あたしの時は、あの連中、別に緊張してなかったもん。ふう、何だかちょっと自信がなくなっちゃったなあ。」
「え……?」
エステルの呟きにヨシュアが首を傾げた時
「ヒック……。何を騒いでおるのだ……」
談話室の扉が開き、酔っぱらっているデュナンとデュナンの後に着き従っているフィリップがエステル達に近付いた。
「これは公爵閣下……」
デュナンに気付いたヒルダは驚いた表情で会釈をした。
「何だ、女官長ではないか……。おや……なんだ、その侍女達は……。ヒック……見たことのない顔だが……」
見覚えのないメイドであるエステルとヨシュアを見て、デュナンは首を傾げた。
「新しく入った侍女見習いのサティアとカリンと申します。まだ城内に不慣れなもので色々案内しているところです。」
「おや……?」
フィリップはエステル達の顔を見て、首を傾げた後エステル達に少し近付いて、エステル達の顔をよく見た。
「………………………………」
(あっ……気付かれた?)
(……まずいな。この人とは何度か会っているから気付かれてもおかしくない……)
フィリップに凝視された2人は正体がばれるか内心冷や汗をかいた。
「なんだ、フィリップ。まじまじと顔を見つめて……。わはは、堅物のお前にしてはずいぶんと珍しいではないか。」
デュナンは今まで見た事がないフィリップの様子を見て、笑い飛ばした。
「これは失礼しました……。わたくしの姪(めい)に似ていたので一瞬、目を疑ってしまいまして。お嬢さん方。申し訳ございませんでしたな。」
「あ、いえいえ。」
「どうかお気になさらずに……」
フィリップに謝られたエステル達は内心、正体が発覚しなかった事に安心した後、答えた。
「ふむ、見ればどちらも中々の上玉ではないか……。特に栗色の髪の方は健康的ですこぶるいいのう。」
(ぞわわっ……)
デュナンの言葉を聞いたエステルは身を震わせた。
「黒髪の方は、もう少々、胸に張りが欲しい所だな……」
「……きょ、恐縮です。」
デュナンの指摘にヨシュアは一瞬困惑したが、笑顔で答えた。
「ふむ、そうだな……。サティアとやら!今夜の伽(とぎ)を申し付けるぞ!」
そしてデュナンはエステルを見て、声を張り上げて命令した。
「!!!」
(なっ!?)
(えっ!?)
(なんだとっ!?)
デュナンの命令を聞いたヨシュアは驚き、顔つきをこわばらせた。また、エステルの中で話を聞いていたパズモ達は驚き、それぞれエステルの身体の中からデュナンを睨んだ。
「へ……?」
一方、命令の意味がわかっていないエステルは呑気に首を傾げた。
「こ、公爵閣下!?」
(ねえ、伽(トギ)ってなに?)
(えっと、何て言えばいいのか……)
デュナンの命令にフィリップが驚いている中、エステルはヨシュアに小声で尋ねたが、ヨシュアは言葉を濁した。
「閣下、いくらなんでもお戯(たわむ)れが過ぎますわよ……。城勤めの侍女は全て女王陛下に仕える身です。そのことをお忘れですか?」
ただ一人驚かなかったヒルダはデュナンを睨んで、注意をした。
「わかった、わかった……。まったく冗談の通じないヤツだ。ヒック、どうせ1週間後にはこの城は私のものになるのだ。その時までのお楽しみにとっておくとしようかのう……」
「………………………………」
ヒルダの注意に眉をしかめたデュナンだったが、自慢げに呟いた。その様子をヒルダは冷ややかな目線で睨んでいた。
「か、閣下!いい加減になさいませ!暴飲暴食ならともかく、色に走るなど言語道断!このフィリップ、一命を賭してお諫(いさ)めさせていただきま……」
「だから冗談だと言っているであろうが!もういい!今夜はとっとと休むぞ!」
フィリップの注意を五月蠅そうに聞いていたデュナンは命令を変えた。
「さ、さすがは閣下でいらっしゃいます。そちらが閣下の部屋です。足元にお気を付け下さい。」
そしてデュナンは酔った足取りでフィリップが指定した部屋に歩いていたが、エステルの方に振り向いて言った。
「うい~……そうだ、サティアとやら。困ったことがあったら遠慮なく私に相談するといい。次期国王みずから親身に相談に乗ってやろう。」
「あは……はは……どうもありがとうございマス。」
(ふざけないで!絶対エステルを貴方なんかに近づけさせないわ!それに貴方がサティアの名前を口にするなんて、不愉快よ!)
(全くだ!もし、その色欲に走った目でエステルに迫ってみるのなら……我が炎でその身を消し炭も残さず焼き尽くしてくれる!)
(ま、まあまあ……落ちつきましょう、2人とも。)
デュナンの言葉をエステルは棒読みに答えた。一方エステルの身体の中にいたパズモやサエラブは憤り、テトリは2人を諌めていた。
「わはは、愛(う)いやつじゃ。うむ、愉快愉快!」
そう言ったデュナンは部屋の中に入った。
「どうもお騒がせしました。多分、閣下は明日の朝になれば何も覚えてらっしゃらないでしょう。どうかご安心くださいませ。」
「……そう願いたいものですわね。」
フィリップの謝罪の言葉に対してヒルダは皮肉げに答えた。
「本当に申しわけありません。夫人、お嬢様がた。それでは失礼いたします。」
もう一度エステル達に頭を下げたフィリップはデュナンが入った部屋に入った。
「ふう、あの男ときたら……。相変わらず余計な苦労を背負いこんでいるようですね……」
「あれ、ヒルダさんってフィリップさんと知り合い?」
フィリップが去った後溜息を吐いているヒルダを見て、エステルは尋ねた。
「幼い頃からの知り合いです。もっとも今では、仕える方も立場も隔(へだ)たっていますが……」
「そうだったんですか……」
「確かにフィリップさんって見るからに苦労性って感じよね。公爵が大佐に唆(そそのか)される状況にハラハラしてるんじゃないかしら。」
「その可能性は高そうだね……。そういえば、エステル。君だってモテてるじゃないか。公爵は君の方が好みだってさ。」
エステルの言葉に頷いたヨシュアはある事でエステルにからかわれた事を思い出し、仕返し代わりに言った。
「ぞわわっ、何だかちっとも嬉しくないんですけど……。あ、ところで結局、『トギ』って何だったの?」
ヨシュアの仕返しに身を震わせたエステルはデュナンが言ったある言葉に首を傾げて、ヨシュアを尋ねた。
「そ、それは……」
一方尋ねられたヨシュアは答えずらそうにしていた。
「エステル殿。そのようなことを殿方に聞いて困らせるものではありませんよ。」
「へっ?」
ヒルダの注意にエステルは首を傾げた。
「……お耳を拝借。」
そしてヒルダはエステルにそっと耳打ちをした。
「………………………………」
ヒルダが離れるとエステルは顔を真っ赤にして、うつむいていた。
「……理解できましたか?」
「あ、あう……。…………ハイ……」
ヒルダの確認の言葉にエステルは恥ずかしそうに頷いた。
(まったく無防備なんだから……)
エステルの様子を見て、ヨシュアは溜息を吐いた。
そしてエステル達は侍女控室に戻って行った………
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第143話