~グランセル城内・侍女控室~
「エステル殿、ヨシュア殿。お待ちしていましたよ。ずいぶんと遅うございましたね?」
「えへへ……ごめんなさい。なんかリシャール大佐に捕まっちゃって……」
「大佐に……ですか?」
エステル達がリシャールと話していた事にヒルダは驚いた。
「僕達の父のことについて昔話を聞かせてもらいました。こちらの動きについては気付かれていないと思います。」
「そうですか……。紹介状によるとあなた方は、カシウス殿のお子さんということでしたね。リシャール大佐が感慨を抱くのも分かる気がします。」
そしてヨシュアの説明を聞き、ヒルダは納得した。
「あの、ヒルダさんも父さんを知ってるんですか?」
「昔は、モルガン将軍の副官として王城によく来てらっしゃいました。亡き王子……陛下のご子息のご学友だったとも聞いております。」
エステルの疑問にヒルダは昔を思い出すかのように、遠い目で語った。
「亡き王子って……」
「クローディア姫のお父上にあたるかたですね。」
「ええ、15年前の海難事故でお亡くなりになられました。王子さえ生きてらっしゃればこのような事態は起こらなかったでしょうに……」
ヒルダはそう言って、つらそうな表情で目を伏せた。
「え……」
「……起きてしまったことを悔やんでも仕方ありませんね。夜も更けてまいりました。早速、支度をしていただきます。シア、いらっしゃい。」
気を取り直したヒルダは1人のメイドを呼んだ。そして控室の奥の扉からエステル達を案内したメイドであるシアが出て来た。
「あれ、あなたは……?」
「確か、シアさんとおっしゃいましたね?」
「ど、どうも……エステル様、ヨシュア様。事情は伺わせていただきました。」
「この子のことは信用してくださって結構です。姫様が城にいらっしゃる時にお世話をしている侍女ですから。」
シアの登場に疑問を浮かべているエステル達にヒルダは説明した。
「姫様って……クローディア姫のことね。」
「それなら問題ありませんね。」
ヒルダの説明を聞いた2人は安心した。
「きょ、恐縮です……。では、用意した制服に袖を通していただけますか?リボンやカチューシャなど細かい所は、私が整えさせていただきます。」
「へ……」
「あの……ひょっとして?」
シアの言葉にエステルは驚き、察しがついたヨシュアはヒルダを見た。
「ええ、エステル殿には侍女と同じ恰好をしてもらって女王宮に入っていただきます。多少、髪をいじらせて頂ければ、見張りにも気づかれないでしょう。」
「な~るほど……」
「たしかに、制服というのは個性を隠しやすいですからね。潜入するにはもってこいかもしれません。」
ヒルダの説明を聞き、2人は納得した。
「へえ~、メイドさんの制服かあ。リラさんとかを見ていていいなあって思っていたのよね。ヒラヒラしてて可愛いのにすごく動きやすそうなんだもん。」
「ふふ、動きやすくないとお掃除の時に困りますから……」
エステルの言葉にシアは口元に手を当てて、上品に笑った。
「あ、やっぱりそうなんだ?さっそく着させてもらおっと!」
「嬉しそうだなあ……。はしゃぐのはいいけど陛下に失礼のないようにね。今度ばかりは僕も付いてはいけないからね。」
「え、どうして?ヨシュアも着替えるんでしょ?」
「………………………………え。」
エステルの様子を微笑ましそうに見て、忠告したヨシュアだったが、エステルの言葉を聞き、固まった。
「エステル殿?」
一方ヒルダも驚いて、エステルを見た。
「だってヨシュア、学園祭の劇でお姫様の恰好をしてたじゃない。ドレスもメイド服と同じでしょ?」
「あ、あれはお芝居じゃないか。女王陛下にお会いするのに女装するなんて、ちょっと……」
「大丈夫、大丈夫。全然みっともなくないから!だってヨシュアのお姫様姿、すっごく綺麗だったもん!」
「ま、また……冗談はやめてよ。あの、ヒルダさんたちからも何とか言ってやってください。」
女装するように迫るエステルを納得させれないヨシュアはヒルダとシアに助けを求めた。
「………………………………」
「………………………………」
しかし2人は何も答えず、まじまじとヨシュアの容姿を見て、考えていた。
「あ、あの……?」
嫌な予感がしたヨシュアは2人に声をかけた。
「なるほど……。確かに問題なさそうですね。シア、たしか姫様のためのヘアピースがありましたね?」
「は、はい……一度も使われていないものが。長い黒髪ですからヨシュア様にもお似合いかと……」
「ちょ、ちょっと……」
既に女装をさせる気でいる2人を見て、ヨシュアは焦った。
「それじゃあ、3対1のファイナルアンサーってことで♪」
「では、こちらにどうぞ。更衣室になっていますので……」
「ちょっと待ってよ!僕は着替えるなんて一言も……」
そして反論するヨシュアを無視して、エステルは引っ張って行き、シアは2人に着いて行った。
「わかった、わかったから……。服くらい自分で脱げるってば……。え……シアさん……化粧までするんですか……!?」
「はあ……最近の若い子達ときたら……」
奥の部屋から聞こえてくる騒がしい会話にヒルダは溜息を吐いた。そして少しするとエステル達が出て来た。
「まあ……」
「じゃ~ん。えへへ、どーでしょうか?」
「うふふ……とってもよくお似合いですわ。」
エステルのメイド姿を見てヒルダは驚き、エステルは自慢げに胸を張り、シアは褒めた。
「城働きに来たばかりの活発で朗らかな侍女見習い……。そんな説得力は十分ありますわね。髪も下ろしていますから気付かれることはないでしょう。何でしたらこのままグランセル城で働きますか?」
「ゆ、遊撃士の仕事もあるからそれはちょっと……。あ、それよりも。ちょっと、ヨシュア。早く出てきなさいってば~。」
ヒルダの勧誘を苦笑しながら断ったエステルは、未だ出てこないヨシュアを呼んだ。
「はあ……。どうしても出ないと駄目かな?」
「だーめ。ウダウダ言ってると引きずり出しちゃうわよ?」
「わかったよ……。もう、しょうがないな……」
そう言ったヨシュアはしぶしぶ、奥の部屋から出て来た。
「………………………………」
部屋から出て来た長い黒髪のメイド――ヨシュアは何も言わなかった。
「これはまた……。怖いくらいにお似合いですね。」
「ですよねぇ!?まったく、女のあたしよりもサマになってるというのは一体どーゆうことなのかしら。」
「うふふ……。お化粧のしがいがありましたわ。」
「もういいです……何とでも言ってください……」
3人の会話を聞き、ヨシュアは哀しそうに呟いた。
「さて……。準備は整ったようですね。それではこれから女王宮へと案内させて頂きます。あくまで侍女見習いとして扱いますので、そのおつもりで。」
「あ、はい、わかりました。ゴクッ……いよいよ女王様と会えるのね。」
「うん……ここが正念場だね。気を引き締めて何とか女王宮に入らないと。」
「プッ、その恰好でシリアスに言っても似合わないかも……」
女装とメイド姿で真剣な表情で言うヨシュアを見て、エステルは思わず吹きだした。
「わ、悪かったね!シリアスが似合わなくて!こんな恰好をさせといてよくもまあ、ぬけぬけと……」
「ゴメンゴメン。そんなに拗ねないでよ。今度、アイスクリームでもオゴってあげるからさ~。」
「ふん、君じゃないんだから食べ物でごまかされたりしないよ。」
「あ、あたしがいつ食べ物でごまかされたのよっ?」
「うふふ……本当に仲がいいんですのね。」
「時間がありません……。さっさと女王宮に行きますよ。」
エステルとヨシュアの掛け合いをシアは微笑ましそうに見て、ヒルダは溜息を吐いて女王宮に行くよう、促した。そしてエステル達はヒルダに連れられて女王宮に向かった。
~グランセル城・女王宮入口前~
「これはヒルダ夫人……」
「こんな遅い時間に女王陛下に御用ですか?」
女王宮の入口で見張りをしている特務兵達はヒルダの登場に驚き、尋ねた。
「陛下に頼まれていた紅茶と食器類をお持ちしたのです。このような事態になって陛下も何かと不自由なさっていらっしゃるようですからね。」
「これは手厳しい……」
「おや……。見たことのない顔ですが、そちらの侍女さんたちは?」
ヒルダの説明に一人の特務兵は苦笑し、もう一人の特務兵は見慣れないメイド達――エステルとヨシュアに気付いた。
「公爵閣下の命令で補充した新米の侍女見習いです。今日、城に入ったばかりです。」
「ほう……」
「ふーむ。さすがに可憐ですなぁ。」
ヒルダの嘘の説明を信じた特務兵達はエステル達の顔をよく見た。
「ど、どうも……」
「……………………(ペコリ)」
特務兵達に見られた2人は軽くお辞儀をした。
「おや……?なんとなくどこかで見たような……」
(やばっ……!)
一人の特務兵がエステルの顔を見て、首を傾げ、その様子を見たエステルは心の中で慌てた。
「……年頃の娘を、そんな風にジロジロ見るとは何事ですか。もしや、良からぬことを考えているのではないでしょうね?何かあったら、公爵閣下や大佐殿に抗議させてもらいますよ。」
「と、とんでもない!」
「王国軍の精鋭たる我々がそのような事は……」
ヒルダに睨まれ、忠告された特務兵達は慌てて言った。
「ならばよいのです。ところで、いいかげん、通していただけないでしょうか?」
「これは失礼しました!」
「どうぞ、お通りください。」
そしてエステル達は女王宮の中への潜入に成功した……………
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第141話