その後エステル達は巡回の兵士達の目を上手く掻い潜り、なんとか大聖堂の前に到着した。
(やった、何とか到着したわ!)
大聖堂を目の前にエステルは安堵の溜息を吐いた。
(気を抜かないで、エステル……。先に僕が入るから後からついてきてくれ。)
(う、うん……)
そしてエステル達は大聖堂へ入って行った。
~七曜教会・大聖堂内~
「……ごめん、エステル。僕の勘違いだったみたいだ。」
「え……?」
聖堂に入って急に謝ったヨシュアにエステルは首を傾げた。
「……フフ。来てくださいましたか。」
そして奥の方から女性の声が聞こえた。
「あなたは……」
「ひょっとして……周遊道で会ったシスター!?」
奥にいたのはなんと周遊道でジンといっしょに助けたシスターだった。
「その節はどうもありがとうございました。よく、あんな伝言でここまで来て下さいましたね。」
「あの手紙、シスターのものだったんだ……。でも、一体どうしてこんな思わせぶりなこと……」
「なるほど……ようやく気付きました。貴女だったんですか。」
「へっ……?」
シスターの正体がわかっているように見えるヨシュアにエステルは首を傾げた。
「フフ……。ヨシュア君はなかなか鋭いな。では、失礼して……暑苦しい服は脱がせてもらおう。」
納得しているヨシュアを見て、口元に笑みを浮かべたシスターは顔の部分を隠しているヴェールを外して顔を露わにした。
「ああっ!?」
エステルは露わになったシスターの顔――親衛隊隊長ユリア中尉を見て、驚いた。
「王室親衛隊、中隊長。ユリア・シュバルツ中尉だ。久しぶりだな。エステル君、ヨシュア君。来てくれると信じていたよ。」
「お久しぶりです、ユリア中尉。ルーアンの発着場でお別れして以来ですね。」
「ああ……そうだな。さほど経っていないのにずいぶんと昔のような気がするよ。」
「ちょ、ちょっと待って……。なんでユリアさんがそんな恰好しているわけ?それと、どうしてあたしたちをこんな場所に呼んだりしたの?」
呑気に世間話をしているヨシュアとユリアの会話を遮って、エステルは一気に質問をした。
「一つ一つ答えさせてもらおう。まず、この恰好だが……七耀教会はリベール王家と昔から深い繋がりがあってね。リシャール大佐の陰謀によって追われることになった我々を色々と助けてくれているのだよ。」
「そうだったんだ……」
「もう一つの疑問だが……君達を呼んだのは他でもない。明日の決勝で勝利したら城の晩餐会に招待されるだろう。その時に、グランセル城にいる女王陛下と接触して欲しいのだ。」
「………………………………」
「………………………………」
ユリアの頼みを聞き、エステルとヨシュアはお互いの顔を見合わせた。
「虫のいい頼みなのは判っている。だが、手配された我々にとって城内に入り込む術は存在しない。もはや君達だけが頼りなのだ。」
ユリアは辛そうな表情で事情を説明し、エステル達に頼んだ。
「……えっと。なんというか偶然ねえ。」
「僕たちは、陛下と会うために武術大会に出場しているのです。」
「え……?」
エステルとヨシュアの言葉を聞き、ユリアは首を傾げた。そしてエステル達はレイストン要塞での事件とラッセル博士から女王あてに伝言を預かっていることを話した。
「そんな事があったのか……。おお女神(エイドス)よ。大いなる慈悲に感謝します……。ならば、私の方から君達に頼むことはただひとつ。苦境にある陛下の相談に乗って差し上げてほしいのだ。」
「うん、もちろんそのつもりよ。」
「内政不干渉が原則とはいえ、この事態はさすがに見過ごせません。できる限りのことをさせて頂くつもりです。」
ユリアの頼みにエステルとヨシュアは力強く頷いた。
「かたじけない……。それでは、これを持っていくといいだろう。」
そしてユリアはエステルに手紙を渡した。
「城の女官長をされているヒルダ夫人という方への紹介状だ。たぶん陛下は、あの特務兵たちに厳重に監視されているとは思うが……。身の回りを任されている夫人なら君たちを陛下に引き合わせることが出来るかもしれない。」
「へ~、そんな人がいるんだ。」
「わかりました。その人を捜して相談してみます。」
「よろしくお願いする。フフ……情けないことだな。」
「へ……?」
目を閉じて自嘲するユリアにエステルは首を傾げた。
「奸計(かんけい)におとしいれられて守るべき方を守れなかった屈辱……。たとえこの命が果てようとも奸賊(かんぞく)を討ち、陛下をお救いすることで晴らさんと誓ったばかりなのに……。君たちに力を借りるしかない無力な自分が情けなくてね……」
ユリアは悔しそうな表情で自分の拳に力を入れた。
「そ、そんなに自分を追い詰めなくても……。それに申しわけないけど明日の試合で、あたしたちが負ける可能性だってあるんだし……」
「フフ……君たちなら例え相手があの”戦妃”殿でもきっと大丈夫な気がするよ。あのカルバードの武術家殿も大した腕前の持ち主だが……。何といっても君達はあのカシウス大佐の子供なのだから。」
「ええっ、ユリアさんも父さんのこと知ってるの!?」
ユリアもカシウスを知っていた事にエステルは驚いて尋ねた。
「王国軍きっての智将にして『剣聖』と呼ばれた最高の剣士……。退役前に、士官学校の武術教官をなさっていた時に指南して頂いた。私の剣の師匠とも言えるお方さ。」
「し、信じられない……。父さん、棒術しか使わないのに。」
棒術の使い手であるはずのカシウスがユリアに剣術を教えていた事にエステルは驚いた。
「退役して遊撃士となった時に剣は捨ててしまったらしいな。ただ敵を断つだけでなく敵を挫(くじ)き、弱きを扶(たす)ける……。そういう精神の象徴として棒術を選ばれたと聞いている。」
「そうだったんだ……。あたしの棒術にそんな意味があったなんて……」
自分の武術に込められている意味を知ったエステルは驚きの溜息を吐いた。
「その精神は、間違いなく君にも受け継がれていると思うよ。誇りに思ってもいいんじゃないかな。」
「ヨシュア……」
「カシウス大佐が鍛えた君たちだ。必ずや優勝できると信じている。」
「えへへ……。ユリアさんにそう言ってもらえると何だか自信がわいてきちゃった。」
「全力を尽くします。」
ユリアの激励にエステルは笑顔になり、ヨシュアは力強く頷いた。その時、大聖堂の扉がノックされ、兵士の声が聞こえて来た。
「……失礼、王都警備隊です!現在、テロ対策の一環として主要施設の見回りをしております。夜分遅くに申しわけありませんが中を改めても構わないでしょうか?」
(やばっ……)
巡回の兵士が来た事にエステルは焦った。
「まあ……ご苦労さまです。少々お待ちください。すぐに鍵を開けますから。」
兵士に答えたユリアは再びヴェールをかぶって、顔があまり見えないよう隠した。そしてエステル達に小声で囁いた。
(祭壇部屋の方に外に通じている裏口がある。君たちはそこから行くといい。)
(うん、わかったわ!)
(ユリア中尉もどうか気を付けてください。)
そしてエステル達は裏口から大聖堂を出て、巡回の兵士達に見つからないようにホテルに向かう途中で百貨店の近くにあるベンチで休憩した。
~グランセル東街区~
「はあ……なんか巡回を避けているうちにこんな所まで来ちゃったわね。もう、こっちの方には兵士はいないみたいだけど……」
「うん……人の気配はないね。そろそろ夜間のパトロールも終わりみたいだ。少し休んでからホテルに戻ろうか。」
「オッケー。」
ヨシュアの提案に頷いたエステルは近くのベンチに座った。
「う~、色々ありすぎてなんか頭がパニック状態かも……」
「はは……確かに。まさか大聖堂で待っていたのがユリア中尉だとは思わなかったな。」
「あ、そーいえば……。結局、ヨシュアの心当たりはユリアさんじゃ無かったのよね?ひょっとして……前に会ったことのある人?」
「………それは……………。………………………………」
エステルの疑問にヨシュアは辛そうな表情で俯いた。
「あ……。ごめん、今のナシ。ルール違反、ルール違反。」
「エステル……」
事情を察してあまり深く追求しないエステルをヨシュアは驚いた表情で見ていた。
「ヨシュアが話す気になるまで出会う前のことは聞かない……。気を付けてはいるんだけどついつい忘れちゃうのよね~。」
「………………………………。エステル、僕は……僕は、君と旅してきて少しは強くなれたと思うんだ。」
「え……?」
唐突に話を切り出してきたヨシュアにエステルは首を傾げた。
「同じ空の下で生きている様々な人々の、さまざまな人生……響き合う人々の想いと想い……。そんなものに触れることで亡くしたものを取り戻せる……。そんな気がしていたんだ……」
「……ヨシュア……?」
「……たぶんそれは錯覚なんだ。だけど、それでも僕は……。君と一緒にいられることを感謝したいと思っている……。この空と、父さんと……何よりもエステル……君に」
「ヨシュア……」
「だから……約束する。今回の事件が片づいて父さんも無事に帰ってきたら……。僕の過去……君と出会う前のことを話すよ。」
「ホ、ホント……?」
今まで何も語らなかったヨシュアの過去を自分から話すと言ったヨシュアをエステルは信じられない表情で驚いた。
「うん。この星空にかけて約束する。」
「………………………………。よし、決めた!」
「エステル……?」
決意の表情でベンチから立ち上がったエステルをヨシュアは不思議そうにしていた。
「何ていうか……モヤモヤが吹っ飛んじゃった。あたしも、全部片づいたらヨシュアに話すことがあるから」
「え……ああ。もしかして、例の悩みのこと?」
「そうそう、それそれ。えへへ……覚悟してもらうからねっ!」
「覚悟って……いつでも出来てるつもりだけど。だったら今すぐにでも……」
「ダ、ダメだってば!やっぱりそういうのってタイミングがあると思うし……。うーん、シチュエーションはすごくいい感じなんだけど……」
「???よく分からないけど……。落ち着いて話をするためにも明日の試合は負けられなくなったね。」
何故か顔を赤らめているエステルをヨシュアは不思議に思ったが、気を取り直して言った。
「モチのロンよ。……例えお母さんの命の恩人だろうと、あたし達が行く道を阻むのならぶっとばす!」
「カーリアンさんが母さんの命の恩人……?エステル、それってどういう事なんだい?確か話によると母さんの命を救ったのはリフィアと”闇の聖女”さんじゃなかったのかい?」
エステルの絶叫に驚いたヨシュアはカーリアンがレナの命の恩人である事に首を傾げ、尋ねた。
「あ、うん。本当はお母さんは聖女様やリフィアを含めて6人の人達に命を救って貰った事を、カーリアンの顔をよく見て昔を思い出したらそうだったんだ。」
「それって一体どういう事なんだい?」
「うん……お母さんはあたしを庇って崩れて来た瓦礫に埋もれたの。……それであたしは助けを求めたんだけど、誰も答えてくれなくてね……今、考えたらみんな逃げるのに必死で答える余裕なんてなかったのよね。」
「……それで?」
遠い目で昔を語るエステルの話を聞き、ヨシュアは続きを促した。
「………お母さんが死んじゃうかもしれない事に絶望していた時に、急に目の前が光ったと思うと、そこには6人の人達がいたんだ。」
「それってもしかして………」
なんとなく話の展開がわかって来たヨシュアは確認するようにエステルに尋ねた。
「そう。リウイ達。…………道理でリウイやカーリアンに見覚えがあるはずよ。……最初あたしは何がなんだか、わからなかったけどお母さんを助ける事で頭が一杯になっていたから気にせず、リウイ達に助けを求めたんだ。……それでリウイ達が瓦礫をどかして、聖女様とリフィアがお母さんの傷を治療してくれたって訳。」
「そうだったんだ………けど、今エステル、6人って言ったよね?後の2人は誰なんだい。」
「1人はエヴリーヌ。昔を思い出してリフィア達に尋ねたら、あの後あたし達を襲おうとしたエレボニア兵達を倒したんだって。」
「……後1人は?」
「えっとね……確か背中に羽が一杯あった人だったな……リウイがその人の事をファー……なんとかいう名前で呼んでいたわ。」
「羽があって名前がファー………まさかメンフィル大将軍、ファーミシルスかい!?」
うろ覚えのエステルの情報を整理した後、ある人物の事を思い当たったヨシュアは驚いた表情で尋ねた。
「あ、そうそう。そんな名前だったわ。……とにかくその6人があたしとお母さんにとって人生の恩人なわけ。いつか恩返しをしたいと思っているんだけど、どんな恩返しをすればいいか、中々思い付かないのよね………」
「………僕が思うに、エステルはもうリフィア達に恩返しをしたと思っているけどな。」
「え?」
ヨシュアの言葉にエステルは首を傾げた。
「最初にリフィア達と出会った時、言ってたじゃないか。メンフィルが掲げている理想は『人間と闇夜の眷属の共存』だって。それでエステルは昔から闇夜の眷属の人達と仲がいいだろう?これって、リフィア達の手伝いをしているようなものじゃないかな?」
「………う~ん……そうなのかな?あたしにとっては当然の事だったんだけど。」
ヨシュアの説明にエステルは考えこんだ後、首を傾げた。
「彼女達がリベールにとって救世主である事も関係しているだろうけど、異種族との交流はそんな簡単なものじゃないよ。エステルはそれを先頭に立って、異種族の人達と交流をしている所を今まで出会った人達に見せてたじゃないか。それって中々できるものじゃないと思うよ?」
「……そっか………要は今まで以上に闇夜の眷属の人達と仲良くなればいいって事ね!」
ヨシュアの説明に納得したエステルは笑顔で言った。
「後は明日の試合相手であるカーリアンさんには今出せる全ての力を見せる事が、カーリアンさんにとっての恩返しになると思うよ?リフィア達の話を聞いた感じ、カーリアンさんは戦う事が一番好きだそうだからね。」
「………よし!それを聞いたらさらにやる気が出て来たわ~!あの時助けてくれたお陰で、あたしはここまで強くなった事をカーリアンに見せてやるわ~!!」
「うん、そうだね。じゃあ、ホテルに戻ろうか。ミント達も首を長くして待っているだろうし。」
「そうね。」
そしてエステル達はベンチから離れて、ホテルに向かった。
「………ふう。大した事をしたつもりじゃなかったのに、あんな風に思われていたなんて……ね。なんだか、体がくすぐったいわ~。」
エステル達が去った後、エステル達が座っていたベンチよりやや離れた木にもたれかかって、隠れて話を聞いていたカーリアンはエステル達を見送った後、苦笑していた。
(………にしても、あの子からな~んか、知っている雰囲気があったのよね………確かあの雰囲気は……って、そんな事がある訳ないか。)
エステルから漂っていた僅かな雰囲気にカーリアンは”幻燐戦争”の戦友であったある2人の人物の顔が思い浮かんだが、すぐに自分の考えを否定した。
「……ま、何にせよ明日の試合が楽しみね♪大会が終わっても面白い事がありそうだし、今年はいろいろと楽しみね♪」
そして口元に笑みを浮かべたカーリアンはその場から去った。
そして翌日、エステル達はリフィア達と共にアリーナに向かった…………
Tweet |
|
|
2
|
1
|
追加するフォルダを選択
第132話