「……お前、どうしたよ」
「んあ?」
夕暮れの教室で陽炎のような『何か』を見た翌日。教室でボーっとしていると、前の席に座っている男子生徒が振り返ってそんなことを尋ねてきた。えっと……。
「佐賀か」
「加賀だよ! 加賀太郎だ!」
そうそう、そんな名前だったっけ。なんというか、席が前だから結構頻繁に話しかけられているのだが、どうにもこいつの名前は覚えられない。何故だろう、世界の強制力だろうか。
「っと、話が逸れた。なんか今日お前一日中ボーっとしてるな。何かあったのか?」
「んー、まぁ、あったっちゃーあったのかなー」
『Default Player』の言葉。夕方の教室の人影。
何故かこの二つの事柄が頭から離れていかない。本当だったら結びつくことがないような二つの事柄が、どうしても頭から離れなかった。おかげで今日の授業中は散々だったな……授業中に上の空だったおかげで物理担当の丸山女史(二九歳独身)にどやされるし。
はぁ、と溜息を一つ。
すると一体何を勘違いしたのか、突如として目をギラギラと輝かせた佐賀が鼻息荒く詰め寄ってきた。
「もしかしてあれか!? 恋の悩みだったりするのか!?」
「ちょっとその場で三十分ぐらい息止めてろよ」
「死ぬわ!」
佐賀の言葉は適当に流しておこう。真剣に相手してると疲れることこの上ない。
さて、部活だ。
咲-Saki-《風神録》
日常編・東三局一本場 『Default Player・中編』
「まさか掃除当番だったとは……」
意気込んだにも関わらず早速出鼻を挫かれてしまった。
気付かなかった振りをして何気なく教室を後にしようとしたのだが、共に掃除当番の女子生徒の一人(クラス委員長)に首根っこを引っ掴まれてしまった。渋々と黒板周りの掃除エトセトラを終わらせ、少し遅れてから俺は部活へと向かう。一応ゆみ姉にメールは送ってあるから問題は無いだろう。
「こんにちはー」
挨拶をしながら部室に入る。ゆみ姉たちは既に集まっており、全員ノートパソコンを出してネット麻雀に興じていた。まぁ俺がいないとメンツが揃わないから卓で麻雀は出来ない。
「あ……」
カバンの中から勉強道具を取り出し、さてやろうと意気込み、だがその前にコーヒーでも入れようと立ち上がったところでゆみ姉が小さく声を上げたのを聞いた。
「どうしたの?」
「……来た……かもしれん」
「……!」
ゆみ姉の言葉に主語はなかった。けれど、何がということは分かった。すぐにゆみ姉の後ろから覗き込む。ノートパソコンのディスプレイに表示されているのは、『Default Player』の文字。
『Default Player』というのはこのサーバーで麻雀をする際、名前の設定をしなかった場合にデフォルトで設定されるもの。故に一個人を特定する名前ではなく、これが昨日の『Default Player』なのかはまだ分からない。
そのまま他の生徒を交えて、ゆみ姉と『Default Player』は対局を始めた。その打ち筋はまるで昨日と変わらない、堅実で実直なもの。真っ直ぐで、手堅くて、それでいて何故か儚げな雰囲気を感じる打ち方。間違いない、昨日の『Default Player』と同一人物だ。
(………………)
今ココでハッキリと言ってしまうと、俺はゆみ姉や部長たちほど麻雀に入れ込んでいるわけではなかった。確かに家族や親戚と一緒に麻雀はよく打っていたし、そんじょそこらの一般人なんかよりは強い自信はあった。しかし、麻雀はあくまで遊び、レクエーションという認識であった。熱意という点で言ってしまえばそこら辺にいるただの麻雀打ちよりも低いかもしれない。
けれど、今は違う。
『Default Player』の打ち筋を見ていると、自分も打ちたいと思う。自分もこの卓に、この対局に混ざりたいと心から思う。
ああ、俺は、この『Default Player』の打ち筋にこんなにも惚れ込んでしまっていたのか……。
気が付けば、対局は終わっていた。今回の結果はゆみ姉が一位、『Default Player』が二位で終了した。やっぱり、強い。
「加治木先輩、どうしますか? また勧誘しますか?」
対局を観戦していた津山先輩が尋ねてくる(対局者じゃなくてもテーブルに入ってその対局を見学することが出来る)。それに対してゆみ姉は首を横に振る。
「いや、あまり何度もしつこく勧誘するのもアレだろう」
「だなー。今回は特になしだなー」
ゆみ姉と部長がそう判断する。津山先輩もそれに同意したようで、それ以上特に何も言わなかった。
確かに、一度断った相手に何度も勧誘するのは、相手も不快に思うだろう。過ぎたるは及ばざるが如し。行き過ぎた勧誘は逆効果。
けれど、一言だけ言いたかった。言いたいことがあった。
「ゆみ姉、ちょっとゴメン」
「御人?」
ゆみ姉の横から体を乗り出し、キーボードを叩く。
『かじゅ:昨日、私たちには君は見つけられないって言ってたよね?』
『Default Player:言いましたけど、何か?』
これは、わざわざ言う必要のないこと。言ってどうにかなるという問題ですらなく、そもそもこの言葉に意味は無い。
けれど、どうしても言いたかった。
『かじゅ:見つけてみせる』
『かじゅ:私が必ず、君を見つけてみせる』
「………………」
「御人……」
ゆみ姉が俺の顔を見ながらポツリと呟く。
俺の打ち込んだ言葉に返って来たのは、たった一行のシステムメッセージ。
『システム:Default Playerが退室しました』
「……絶対見つけてみせる」
と、意気込んだものの。
「どうすっかなぁ……」
まず第一にネット麻雀の相手の所在を調べるなんて、ハッキリって素人に出来るようなことではない。というか、一歩間違えば犯罪だ。そもそもそんなスキルを俺は持ち合わせていない。大前提として、俺はパソコン自体を持っていない。
暗礁に乗り上げたというか、そもそも航海するための船を所持していなかったという状況である。
「はぁ……」
そんな悩みを抱えたまま迎えた昼休みのことであった。
「お悩みだな! 女か!?」
「ちょっとそこで一人ジャーマンしてくれよ」
「イヤだよ!?」
購買で購入したカレーパンとコロッケパンを食い終わり、自分の席で食後のジュースを飲んでいると佐賀が話しかけてきた。しかし相変わらずのハイテンションである。こいつの元気は一体何処から来ているのだろうか。
「まぁ、悩んでることには間違ってねーよ。女の子ではないけどな」
いや、女の子なのかさえ分からないけど。
……そういや、そこんとこ考えてなかったな。もしこの『Default Player』が男だった場合、勧誘に成功したところで結局ゆみ姉たちがインターハイに出場するための部員にはカウントすることができない。そうなったら結局振り出しに戻るわけだが……まあ、そういうことは後で考えよう。
さて、このまま目の前の男を無視し続けてもいいのだが、借りれるものは猫の手だろうが猿の手だって借りたい状況だ。ちょっと話してみよう。
「どれどれ、この『お悩み解決人』こと加賀太郎に話してみなさい!」
「……お前……」
「ささ、一体何でお悩みだい?」
「……佐賀じゃなかったのか?」
「まだ間違えて覚えてたのか!?」
ということで簡潔に事情を話してみた。
「なるほどな。つまりネット麻雀で惚れた相手がいるから、実際に会ってみたいが拒否されたと」
「若干言い方がアレだが、まぁ概ね間違ってない」
これではまるで俺がストーカーのような言い草だが、間違いはほとんどないので細かくは訂正しない。惚れたのは打ち筋に対してであって人物に対してではないことだけは断言させてもらう。
「一応俺もパソコン詳しいけど、流石にそんなこと出来ないし、仮にやったとしても犯罪だからな」
「だよなぁ……」
やっぱりそうか。やっぱりチャット越しに自分で直接交渉してみるしかないのか? でも「必ず見つける」って大見得切っちゃったしなぁ……。
「その相手が校内LANに繋がってたらまだ打つ手があったんだけどな」
「そうか。……ん?」
「そんな目に見えない相手に恋してないで、今度の休日に俺と街に繰り出してナンパしないかナンパ! 一緒に可愛い子をゲットしようぜ!」
「ちょっと待て」
今こいつ、ものすごく重要なことを言わなかったか?
「なんだ?」
「今お前何て言った?」
「だから今度の休みに俺と――」
「そっちじゃない! その前!」
「えっと……『校内LANに繋がってたらまだ打つ手があったんだけどなぁ』か?」
「その話、詳しく聞かせてくれ!」
僅かにだが、光明が見えたようだ。
《流局》
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期末テスト中なう