No.460302

ラステイションの花嫁(2) 聖歌斉唱

銀枠さん

「――ユニっ、私と結婚してほしい!!」 ラステイションの女神、ノワールは最近、変な夢にうなされていた。それは妹のユニによって討ち取られたはずの男――ブレイブ・ザ・ハードが世にも恐ろしいことを言いながら迫りくるという内容だった。「もし夢が現実のものとなったら?」ノワールは、バカげていると自分に言い聞かせつつも、それがただの夢であると自分に納得させることもできず、押し潰されそうな不安に憑りつかれていた。やがて、姉妹の仲を引き裂くようにそいつは現れた。「お義姉さん! あなたの妹を私に下さい!」 ……果たして、姉妹はどうなってしまうのだろうか? 当小説は連載形式です! 第四回まで予定しております。 ※更新遅れてすみません。なにぶん、テスト勉強とかで忙しかったものでして。私、この連載小説が終わったら読者様から頂いたリクエストで、支配エンドのお話しを書くんだ!(しろめ

2012-07-27 14:23:53 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:1145   閲覧ユーザー数:1100

お姉ちゃんを超えてみせる――

彼女の心は、いついかなるときも戦いに明け暮れていた。

休日の昼下がり、器材を運搬するクレーンの駆動音や鋼鉄を削るドリルの騒音が響き渡っている。

燦々( さんさん)とした陽光がラステイションを照りつけており、工業区画で汗水を流しながら働く労働者たちにとっては過酷な一日となっていた。彼らに休日などない。

犯罪組織マジェコンヌの破壊活動によってラステイションは甚大なる被害を被っており、その復興作業が完了するまでは労働者達に休息の日々は訪れないことだろう。

慌ただしい騒音とは無縁の場所であるラステイションの海岸地帯――そこでは二つの影が小競り合いを繰り広げていた。

一人はユニ。ラステイションの女神候補生であり、女神ノワールの妹であった。

そして、もう一人は自称正義のヒーローこと日本一ちゃん。

二人はこの熱い陽差しに屈するどころか、それ以上に暑苦しいセリフを飛び交わせては、己の拳と獲物をぶつかり合わせていた。

決闘まがいの乱闘を繰り広げてはいるものの、二人は因縁の宿敵だとか、犬猿の仲だとか、そういうことは全くない。むしろ二人の間柄は良好だといってもいい。

そんな二人が獲物を突き合わせているのはユニの特訓に日本一ちゃんが付き合っているからだった。お互い、ゲイムギョウ界を救うための大切な仲間であり、かけがえのない友人である。

まあ理由が何であれ、珍しい組み合わせであることは言うまでもないだろう。

 

  

 

 乱れた心を落ちつけるために、深く息を吸っては吐き出す。

 研ぎ澄まされた心で照準( スコープ)を覗く。

 照準越しに日本一が見える。

激しいステップで左右に飛びまわり、こちらに撹乱(かくらん) をしかけながら前進してくる。日本一はアタシの弾を警戒して回避行動を取りつつ、攻めるチャンスを逃してしまわないように距離を詰めてきているのだ。

「ほらほら、あたしの動きについて来れてる?」

 動く対象物に狙いを定めることは出来ても、弾丸を命中させることは難しい。

 それでもアタシは視界から日本一を見失うようなヘマはしなかった。たしかに日本一の動きは素早くて狙いにくい。近づかれる前にカタをつけるべきだろう。

けれど、アタシの目標としている人物に比べれば月とスッポンくらいの差はある。

日本一がステップをしおえた瞬間――地に足をつけている一瞬の隙を私は見逃さなかった。

 アタシはすかさず引き金を引いた。

「遅いっ!」

 耳をつんざくような音と共に、目にも止まらぬ速度で銃身から弾丸が放たれた。

銃声を聞きつけた日本一は慌てて身体を反らせて回避に徹しようとしている。

だが、今さらもう遅い。弾丸は風を切り裂きながら日本一めがけて直進していく。

しかし、アタシの撃った弾はぎりぎりのところで当たらなかった。

悔しいことに日本一の胸に当たるか当たらないかのすれすれの部分を通過していったのだ。

「おっと……危ない危ない」

 日本一は得意げになりながら、ふふんとぺたんこの胸を突き出した。

「ほらほら、照準が甘いよ! ユニ、銃口をもっと上に上げたら?」

 アタシは舌打ちした。

ちなみに弾は訓練用のペイント弾よ。薬莢から火薬の臭いもしなければ、いつもより銃が軽いから使い勝手が違う。

「くっ、狙いは完璧だったのに……そのぺったんこの胸に感謝することね」

「ぺたんこ言うな――ッ! ユニだって人のこと言えないくせに!」

「失礼ね。アタシはアンタよりかはあるわよ!」

「ネプギアから聞いたよ! ユニって女神化したら胸が小さくなるんだって? 何か詰めてるんでしょ!」

「なっ、詰めてなんかいないわよ!」

「嘘だッ! あたしの胸に宿る、正義の心がこう告げているよ! 嘘つきは泥棒の始まりだと! 泥棒は悪者! すなわち胸をバカにするヤツも悪者! あたしのこの手が光って唸るっ! 悪を倒せと(とどろき )き叫ぶっ!」

 顔を真っ赤に染め上げた日本一に負のオーラが集中していく。

「メチャクチャじゃない。……どういう理屈よ」

「詰めているモノをあたしにもよこせぇぇぇっ!」

「だからっ、詰めてなんかいないって言ってるでしょうがぁぁぁっ!」

 アサルトライフルを取り出し、当たり構わず乱射。

 雨のように飛び交うペイント弾をかいくぐりながら日本一が光りの速さでこちらに迫る。さっきより明らかに無駄がなくキレのある動きだ。

 ――は、速いっ!?

おそらく胸に対する怒りと執着心が彼女に力を与えているのだろう。彼女の身体から怨念のようなすさまじい闘士がみなぎっているのがその証拠だ。

――ネプギアのやつ。日本一に何を吹きこんでんのよ。

「正義は必ず勝つっ!」

 日本一は掛け声を上げながら、いきなり宙に飛び上がった。

 ――あの動きにアタシは見覚えがある。

 くるっと宙で一回転したかと思うと、そこからアタシめがけて急降下した。それは大気の壁の破りながら、地表に迫りくる隕石のような迫力を思い起こさせる。

「くらえっ、ヒーロー・キック!」

 突き出された右脚にすさまじい闘士の炎をまといながら加速していく。

 轟っ――という激しい衝撃音と共に大地がめくれあがった。砂埃が舞い上がり、辺りに蒸せかえるような空気が立ち込める。

 

  

 

 日本一ちゃんは砂埃でゲホゲホと咳きこみながら、驚愕の表情で立ち尽くしていた。

――全く手応えがない。今の一撃を避けたと言うの? いや、そんなはずはない。気づいてからではあの必殺の一撃を上回る速度を出すことなど不可能に決まっている。

砂煙のせいで視界が悪く、ユニの姿を捉えることは出来ない。

もしかして最初から動きを読まれていた?

「どこ見てんのよ、アタシはこっちよ!」

 砂埃の向こうから勝ち誇ったユニの声が聞こえてくる。

「その技、もうちょっと使いどころを考えた方がいいわよ。動きが派手な分、相手に読まれやすいし。怒りに身を任せたのがアンタの運の尽きね」

日本一ちゃんがふり返ったときにはもう遅かった。

「なっ、しまっ……!」

 砂煙の向こうに黒い影が見える。その手には狙撃用のライフルが握られている。

 

「――狙い撃つわっ!」

 

アタシは引き金を振り絞った。

銃身から放たれた弾丸は砂塵の壁を吹き飛ばしながら、日本一めがけて一直線に放たれた。

まさに必殺必中の一撃。

だが、日本一は甘くなかった。手に握られていたプリニーガンを投擲することでアタシの放った弾丸の軌道を逸らしたのだ。

「ちっ……」

 まさに捨て身といえる悪あがきにアタシは舌打ちを決めずにはいられなかった。

「当たらなければどうということはないよ!」

 すかさず日本一が踏みこんでくる。砂埃の壁を突破し、たちまち距離を詰められる。

 アタシはもう一度狙いを定め、日本一を迎撃するものの彼女は素早い身のこなしで楽々と避けていく。

「くっ……弾が切れた。撃ちすぎか」

 こうなればどちらが速いか一か八かのガンマン勝負をしかけるしかない。

日本一が文字通り飛んだ。強く砂浜を蹴ることで一気に距離を詰め、その勢いに乗ったまま強力な右ストレートを繰り出してくる。

アタシは狙撃用のライフルを捨てて、素早くアサルトライフルを頭上にかざした。

その直後、日本一の腕が振り下ろされる。

激しい金属音が響く。

日本一の拳とアタシのライフルが互いに火花を噴き、戦いを繰り広げている。相手の隙さえ作れれば十分だった。

「てぇーいっ!」

 アタシはガラ空きとなった日本一の腹に蹴りを入れた。

「うっ……」

日本一がバランスを崩して後ろによろめいた。よろめきながらも気合で体勢を立て直し、鬼気とした叫びをあげながら正拳突きを繰り出す。

すかさずアタシはアサルトライフルを構えた。

「もらった!」

 ぴたりと武器を構えたとき、勝敗は決していた。

 日本一の喉元には銃口が向けられ、

 ユニの喉元には日本一の拳が突きつけられている。

「……どうやら引き分けのようね」

「うん、そうみたいだね」

 

  

 

 二人は心身共に疲れきった身体を休めるべく、砂浜に腰を下ろしては、ざあざあと揺れる大海原をぼんやりと眺めていた。

ただでさえ熱い日なのに暴れ回ったせいか、だらだらと流れる汗は止まる気配すら見せない。

「ユニってば脚の力すごいね。どうやって鍛えたの? ドーピング? 改造手術でも施したの?」

「そんなわけないでしょう」

「じゃあ、火事場の馬鹿力ってやつだね!」

「馬鹿力って……」

 がっくりとユニは肩を落とした。

日本一ちゃんは首を傾げた。

彼女としてはユニの戦果を精いっぱい褒め称えたつもりにも関わらず、それどころか浮かない顔で塞ぎこんでしまったからだ。

「どうしたの、ユニ?」

「強くなるのは嬉しいけれど……やっぱり、このままでは良くないわよね」

 彼女にとってラステイションの女神ノワールとは姉という立場であるのと同時に、目標にしている人物の一人でもある。

 天才肌で何でもこなせてしまう姉に少しでも近づくためだけに、ユニは寝る間も惜しみ、ほとんど身を投げ打つような形で、自分に出来うる限りの努力を積み重ねていた。

その事実を知るのは親友のネプギアと教祖ケイだけである。

しかし、ユニの中で自分の目標に対してささやかな疑問が生まれ始めていたのだ。

ユニはゆっくりと顔を上げ、ぽつりと言った。

「この前ね、ケイに言われたのよ。アタシは相手に恵まれないって。それでただ強くなるのもどうかなって」

「そっか……あたしではユニの訓練相手には務まらないよね。ネプギアには遠く及ばないし。正直、ユニが女神化したら勝てる気がしないよー」

「いや、相手って言ってもそういう意味じゃないわよ」

「となると、ユニと同じような遠距離戦を得意とするロムやラムがいいのかな? 距離の取り合いとはまた違った戦術が必要になってくるだろうしね」

「だから意味が違うって言ってるでしょう」

 さらに深く肩を落としてしまうユニに、日本一ちゃんの中で疑問は深まるばかりであった。

「じゃあ、どういう意味での相手なのさ」

「鈍いわね。……そのくらい話の流れから察しなさいよ!」

「そんなこと言われたってちゃんと言葉で説明してくれなきゃ分からないよー」

「あ、相手ってのはアレよ、アレ。女の人がいれば当然、お、男の人がいるでしょ」

「うん、そうだね」

「つ、つまりそういうことよ!」

「? よく分からないよー」

「だーかーらー、付き合うって意味よっ!」

「あたしなんかでよければ訓練いつでも付き合うよ!」

「もうっ、なんで今ので分からないのよー!」

 ユニは見たことないくらい真っ赤に頬を染めて、

「かっ、彼氏と彼女よ! ととと特別な関係になるってこと!」

 日本一ちゃんがぽかんとした表情で固まる。遅れて言葉の意味を理解したのか、

「えええええええええええええっ――――!!」

 その場からぴょこんと飛び上がった。

「そっ、そそそれって、つまり、けけけ結婚じゃ――!」

「落ち着きなさい! お互いの気持ちが通じ合ってもないのにけけけ結婚なんて出来る訳ないでしょ!」

 日本一ちゃんがはっとした顔で、

「――ま、まさかユニがあたしを訓練相手として選んだのも、その……あたしにそういった気があるからとか!? いや、でも、ほらっ、あたし達まだ知りあって間もないというか……まだ心の準備が出来ていないと言うかっ……!」

「なっ、なんでそうなるのよ! アタシが日本一を訓練相手として選んだのはお姉ちゃんやネプギアと戦い方のスタイルが似ているからよ! ほら、アタシのお姉ちゃんは細剣を主とした近接型だし、ネプギアは何でもこなせる万能型だけど、武器は片手剣だから基本は近接型になるじゃない! 日本一だって同じでしょう? それに慣れさえすればお姉ちゃんやネプギアを超えられると思ったというだけ! 本当にそれだけなんだからね!」

 束の間に流れる微妙な沈黙。

 沈黙を破るようにユニはコホンと咳払いをする。

「あー、もうっ! アタシったら何言ってんのかしら。恥ずかし過ぎて窒息しそう……今の話は忘れてちょうだい」

「そこまで話しておいてそりゃないよ。せっかく訓練に付き合ったんだからさー」

「何でもないわよ!」

 ぷんすかと肩を怒らせるユニの後に、訳の分からなそうな顔をしながら日本一が続く。

 その光景を覗き見ている影があることすら知らずに。

 

  

 

「……あの子たち、どうしてケンカしているのかしら? あー、もうっ、ここからじゃ全然聞こえないわ」

 私――ノワールは草木の茂みに身を隠したまま、苛立たしそうに呟いた。

「まったく、なんでこんな事に僕まで付き合わされているのか」

 その隣からケイが忌々しそうに私をねめつけた。

「いくら休日といえど、君も僕も仕事がある身だろう。こんな所で油を売っている暇があるなら国のために身を投げ売った方が得策だと思うんだけどね。ましてやユニのプライベートを監視するだなんて気が向かないな」

「監視だなんていやらしい言い方しないでよ。これはユニのためよ」

「……僕にはちょっと意味が分からないな」

「もしあの子がストーカーか何かに後をつけられていたら危ないじゃない」

「いつからユニにそんな悪い虫がついたのさ。最近の彼女を見る限り、そんなものに困っている様子はなさそうだけどね。仮にもユニは女神だ。ストーカーの一人や二人くらい造作もなく蹴散らせるはずさ。ユニにはその力がある。君もそのくらい分かっているはずだろう、ノワール」

「そんな話をしてるんじゃないの。女神だとかそういう事の前に、ユニだって一人の女の子じゃない。私は繊細な乙女心に傷を負わせたくないのよ」

「そんなに心配ならこんなストーカーまがいのことしなくても、君がユニのそばについてあげれば事足りるんじゃないか?」

「ダメよ。あの子がせっかく友達と遊んでるんだから私が邪魔しちゃ悪いでしょ」

「まあ、ユニとしても君と関わる事を良しとしないだろう。目標とする人物に近づくための訓練に君を呼ぶのは筋違いだろうしね」

「え、どういう事よ?」

「深い意味はないさ」

 私は深くため息をついた。夢の話をして以来、こうして私はケイに口で負かされるどころか煙に巻かれてばかりいる。

 ユニとケイの間に秘密があるという事実を驚く一方で、それを妬ましくも思っていた。

それも当然のことかもしれない。私がギョウカイ墓場で囚われていた三年間、ユニのまともな話し相手といえばケイ以外にいなかったのだから、自然、共に過ごした時間は長くなるはずである。

その一方で、私とユニの間には大きな溝が深まる一方であった。元々、ユニと私はあまり言葉を交わさないし、そこへ三年という深い穴が横たわっているのだから、いくら姉妹であったとしてもこればかりは難しいかもしれない。

「しかし、あの子達はどうしてケンカなんかしてるのかしら?」

「ユニも年頃の女の子だ。自分を取り巻く環境に頭を悩ませても何らおかしな事ではないさ」

「そりゃそうだろうけれど……って、あの子達の声が聞こえたの?」

 私は思わず訊き返していた。“年頃の女の子”という言葉が、頭の中にひっかかりを覚えていたのだ。

 ケイはにやりとした。

「今の時代は情報が命だからね。多少、耳ざとくなるのも時代の流れってやつさ」

「随分といやらしい性格をしてるわね」

「そうか。じゃあ、君にはいやらしい僕の情報は不要みたいだね」

「前言撤回。あなたらしくてとてもいい特技だと思うわ」

「ありがとう、ノワール。最高のほめ言葉だよ」

 私の皮肉に表情を一切変えず、そんな言葉を返すあたり、彼女はいい性格をしていると思う。

「で、一体ユニは何に悩んでるの?」

「将来さ」

「将来?」

「そう。言い換えるならば自分の恋路について想いを馳せていたのかもしれない」

「ふーん、自分の恋路ねー」

 うんうんと頷きかけてから、

「てっ……えええぇぇぇっ!?」

 大声を上げてしまった。

ケイの口からそんなメルヘンチックな言葉が放たれたということよりも、ユニがそれに直面しているということに多大な衝撃を受けたのだ。

「しっ、静かに。あの二人に気づかれる」

 ケイのたしなめるような言葉で、私はっと冷静に返る。

 すーはーと大きく深呼吸をし、しっかりと心を落ちつけてから、

「ケイ、それってどういう意味よ!」

「言葉通りの意味さ。彼女は恋について興味を抱いているようだ」

「だからその恋ってどういう意味なのよ! ユニには、その、こここ恋人がいたりするの!?」

「そんなこと誰も言ってないよ。恋路について想いを馳せているとは言ったけれど、ユニに恋人がいるだなんて言った覚えはないよ」

「あ、あら、そうだったの? もーいやねー、ケイったら!」

 ケイの白い目線を横目で流しながら、気持ちを切り替えるようにニ、三回せき払いをする。

「まあ、それくらいだったらユニも年頃の女の子だし、悩んでも仕方ないかもしれないわね」

「ところで……ノワール、どうして君の頬は緩んでいるんだい?」

「え?」

「さっきは血相を変えて驚いていたのに、ユニに恋人がいないと分かってそんなに安心したのかい?」

 私は何も言い返せなかった。ケイの言葉に心をつかまれたような息苦しさを感じて。

「ユニが自分の手元から離れてしまうのが不安なのか」

「……」

「この際だから言わせてもらおう。ユニがずっと君の手元に置いてはいられないよ。彼女の方からおのずとそういう話も出てくるだろう。いつまでも(かご )の中に小鳥を閉じ込めておけるわけがないのさ」

「……っ」

 私は拳をぐっと握りしめていた。手の平に爪が食い込んで真っ赤になろうとも構わなかった。

 ケイはいたって冷静で真面目だった。

何もおかしなことではない。

ユニの事について真剣に考えてくれているのだから。

しかし、彼女の放つ言葉から、身体の一部をナイフで抉られてい

るような痛みを感じていたのも確かだった。

いつの間にか手の平から血がにじんでいた。

 

 

全てを飲み込むような闇が教会の廊下を覆い尽くしており、ほのかな月明かりが窓から差し込んでいる。

 アタシはわずかな月明かりを頼りに目を凝らしながら、報告書に目を通してみた。

けれど、すぐに諦める。

暗過ぎてとても読めたものではなかったわ。かろうじて読めたのは報告書にでかでかと押された朱印だけ。

 

 女神の承認待ち――

 

こういうとき、女神候補生はまだまだ未熟なんだなって思い知らされる。もしアタシが一人前の女神であるならお姉ちゃんの負担をもっと減らすことが出来るはずなのに。

 廊下に充満する暗闇を憎らしげに睨みながら、ふと私は昔を思い返していた。

 小さい頃は一人で真夜中のトイレにすら行けなかった。

 わざわざ寝ているお姉ちゃんを揺り起こし、一緒に長い廊下を付き添ってもらったものだ。

あの頃のアタシはお姉ちゃんの背に隠れながら、廊下の暗がりに潜む何かに怯えていた。

お姉ちゃんは寝ぼけ眼で目をこすりながら、

 

“ユニ、私がついているから、大丈夫よ”

 

と、優しく微笑みかけてくれたことをよく覚えている

 そこには怪物なんていやしないのに。

 お姉ちゃんはそれでもバカにせず、しっかりとついてきてくれた。

その後、パジャマのすそを引っ張り過ぎて、パジャマをすっかり台無しにしてまった。当然お姉ちゃんにこっぴどく怒られたけれど……あれは怪物の何十倍も怖かったかも……。

 

「アタシって進歩しないわね……まだお姉ちゃんの背中を追い続けてるし」

 思い返すだけで顔が真っ赤になることばかり。

 けれども、胸が温かくなるような思いに包まれる。

 優しい記憶の海たち。

 その想いを馳せるだけで、温かな毛布に身をくるまれているような気分に浸れるのだ。

「あー、もうっ、恥ずかしいったらありゃしない!」

 廊下を渡り終えて、お姉ちゃんのいる執務室へと入る。

「お姉ちゃん、承認待ちの書類もってきたわ」

「ありがとう、ユニ。そこに置いといてくれる」

 お姉ちゃんは一旦ペンを置いて大きく背伸びをはじめる。よほど身体中が凝っていたのか、ぽきぽきと小気味いい音がアタシの耳元にまで聞こえてくる。

 アタシはお姉ちゃんの仕事を邪魔しないよう、素早く書類を置いてから、退散しようと出口へ向かったとき、

「ねえ……ユニ」

 お姉ちゃんはそこで何かを言おうとして、口をつぐんだ。変わりに、

「もう夜中に一人でトイレいけるの?」

「い、行けるわよっ! いきなり何言ってるのよ!」

 とんでもない爆弾がお姉ちゃんの口から放たれた。お姉ちゃんがエスパーなのかと一瞬疑いたくなった。

「そうよね。もうユニはあの時のままじゃないし、ちゃんと成長してるものね。もう私がいなくても大丈夫だよね」

「お姉ちゃん、さっきからおかしなことばかり言ってるわよ?」

「それでこそ私の妹だわ」

 お姉ちゃんは誇らしげな表情だった。

 だけど、気のせいだろうか。お姉ちゃんの目はとても寂しそうに見えた。

 いつもみたいに堂々と構えていて、余裕たっぷりに黒髪をなびかせている姿はいかにも凛々しくて惹きつけられてしまうものがある。

しかし、その誇らしげな表情の奥に、何か別の感情が隠されているように思えたのだ。

 今、このときだけは。

 

  

 

 目が覚めた時、私は見知らぬ場所にいた。

 眠気で重い目をこすりながら、ぼんやりと霞がかったような視界が徐々に鮮明になっていく。

「あれ……たしか私は執務室で仕事をしていたはずだけれど」

 目に映るのは殺伐とした光景――

 天を暗雲が埋め尽くし、激しい雷鳴が轟いている。遠くでは火の河が流れており、どこか地獄を連想させるようなおぞましさ。

 まるでこの世の終わりのような場所である。

「ここはどこなの?」

 ――これは夢なのか、現実なのか?

 ――そもそも私は誰? ノワール……ラステイションの女神だったはず。

まだ起きたばかりで頭が回らないためか、順当な判断が下せず、これが夢なのか現実のなのかすら区別がつかない。

混乱のあまり上手く働かない頭で右往左往していたとき、

 

「――こうして一対一で相見(あいまみ)えるのは久しいな、女神よ!」

 

 猛々しい声が、雷鳴の如く周囲に木霊した。

 悪寒で背筋がぞっとなった。この声はどこかで聞き覚えがある。

「いや、義姉(おねえ)さんと呼ばせてもらおう!」

 私はふり返れなかった。

 そうすることを身体が拒否していたのだ。

 振り返ることでその姿を認めてしまうことを心が畏れている。

 だけど分かっていた。夢が現実のモノへと形を変えたのだ。

「今一度、改めて、問わせてもらおう」

 そう、これは最高の悪夢の幕開け――

「義姉さんっ、私にあなたの妹さんを下さい!」

 

~ラステイションの花嫁(3)へと続く~


 
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