博士を奪還した翌日、エステル達はギルドにマードックやリフィア達、キリカに報告していた。
~遊撃士協会・ツァイス支部~
「そうか……。博士を無事救出してくれたか。演算器も取り戻してくれたし、何とお礼を言ったらいいのか……。ありがとう。エステル君、ヨシュア君。」
「うーん、あたしたちは大したことしてないんだけど。どちらかというと、アガットの手伝いをしただけだし。」
「お礼なら、博士たちを守っているアガットさんに言ってあげて下さい。」
「もちろん、彼にも感謝してるさ。無事、軍の捜索から逃げ切れるといいんだが……」
マードックは特務兵達の捜索から隠れ続けているアガット達を心配した。
「今はアガットを信じるしかないでしょう。しかし、どうやらリシャール大佐は王都で何かをするつもりのようね。『ゴスペル』と呼ばれる漆黒のオーブメントを使って。」
「「………………」」
(まあ、お兄ちゃんからあんな事を聞かされたら2人があんな表情をしても仕方ないか……。)
キリカの推測の答えをある程度知っているリフィア達は真剣な表情で黙っていた。同じように事情を知っているエヴリーヌはその様子を見て、納得した。
「うん、どういう用途で使うのかは分からないけど……。その事を女王様に伝えるように博士から頼まれちゃったのよね。」
「ううむ、まさかそこで陛下の名前が出てくるとは……。確かに博士は、女王陛下と個人的な親交があったはずだ。王国の機密に関することを知っていてもおかしくはない。」
エステルの説明を聞いたマードックは唸りながら、答えた。
「そういう事情で、博士から正式に依頼を受けたんですが……。キリカさん、現状で僕たちが王都に行っても大丈夫ですか?」
「要塞に潜入したのがあなたたちである証拠はないから、今のところ問題はないでしょう。むしろ、追及される前に王都に向かった方がいいわね。少なくとも、中央工房に査察が入る可能性はありそうだわ。」
「確かに……。今のうちに対策を立てなくては。エステル君、ヨシュア君。どうか気を付けて出発してくれ。博士の依頼、よろしくお願いする。」
「うん、任せておいて!必ず女王様に伝えるから。」
「工房長も、どうかお気をつけて。」
「ああ、みすみす軍の連中に尻尾をつかませるヘマはせんさ。それでは失礼するよ。」
そしてマードックは今後の対策を立てるために、エステル達にお礼を言った後中央工房に向かった。
「さてと…………昨日、受付(ここ)の通信を使って大使館と通信したようだけど………その内容を私達にも教えてくれないかしら?多分、リシャール大佐達が何をしようとするのかメンフィル大使から何か聞いているんじゃないかしら?」
「へっ……?」
キリカの言葉に驚いたエステル達はリフィア達を見た。
「ほう、何故わかる?」
リフィアは察しがいいキリカを感心した後、尋ねた。
「タイミングを考えればそれほど難しい事ではないわ。エステル達が潜入している間に通信をした事、先ほど私がリシャール大佐が何かをしようとしている事を話した時、表情がいつもと違ったわよ。
それを考えれば察しがつくわ。」
「なるほど。…………話してもいいが………エヴリーヌ。」
キリカの答えに頷いたリフィアはエヴリーヌに目配せをした。
「はいはい。……ミントにツーヤ、エヴリーヌとちょっと外に出るよ。お菓子をご馳走してあげる。」
「本当!?ママ、ちょっとだけエヴリーヌさんとお出かけしていい?」
「う、うん。でもすぐに帰って来るのよ?急いでツァイスを出発するから。」
「はーい。」
「ツーヤ、あなたもいってらっしゃい。」
「あ、はい。」
そしてミントとツーヤはエヴリーヌに連れられてギルドを出た。
「………あの2人を外に行かせたって言う事は、リフィア達が手に入れた情報っていうのは子供達に聞かせるのはよっぽどまずい話なのかい?」
エヴリーヌ達が出て行った扉を見た後、ヨシュアはリフィア達に尋ねた。
「………ええ。ルーアンの孤児院放火事件やテレサさんを襲撃した犯人の件も関係していますから……」
「そうなんだ………それで、プリネ達は何を知っているの?」
プリネ達がリウイから聞いた情報が気になったエステルは真剣な表情で尋ねた。
「エステルさん、ルーアンを去る時ギルドでお話しましたよね?お姉様達に代わってお父様が特務兵を追った事を。」
「う、うん。」
「その様子だと、特務兵達を捕まえたのかい?」
プリネの説明にエステルは頷き、ヨシュアは先を促した。
「うむ。特務兵達を拘束して、奴らが何を計画しているのかある程度は聞けたそうだ。まず先に言っておくが、この情報を手に入れた方法はお前達ギルドが許容できないやり方で手に入れた。それでもいいのか?」
「ギルドは基本的に軍人の身の安全に関して何も言わないわ。私達はあくまで民間人を守る事を理念としているから。それで情報部は何をたくらんでいるの?」
リフィアの確認するような言葉に頷いたキリカは先を促した。
「……情報部が計画している事………それは今のリベールの王――アリシア女王を退位させ、代わりにデュナン公爵を国王にし、国王となったデュナン公爵を傀儡とし、真のリベールの指導者となる。……それが彼ら――情報部が目指している事です。」
「ええっ!?」
「それって………」
「………クーデターね。」
プリネが話した情報にエステルは驚き、ヨシュアとキリカは真剣そうな表情で答えた。
「ああ。奴らは最終的にこの平和なリベールを強大な軍事国家にする事を目標としているそうだ。」
「なるほど………それを聞いたらようやく事件の全貌が見えて来たね。」
リフィアの説明にヨシュアは頷いた。
「強大な軍事国家にする……。それって具体的にはどうするの?」
軍事国家になる事がどうなる事かあまり理解できていないエステルは首を傾げて尋ねた。そして政治に詳しいリフィアやプリネが静かに語った。
「……大体予想できる。税率を上げて軍事費を拡大したり、大規模な徴兵制を採用する。……他にはリベールは導力技術が盛んだから大量破壊を目的とした導力兵器を開発するというのもあるな。」
「後は大量の傭兵達との契約を合法化する……ですね。確かリベールでは傭兵集団――猟兵団(イェーガー)との契約を認めていないんですよね?」
「そ、そんな……」
「確かに全て考えられそうな事ね……」
リフィアとプリネの説明を聞き、エステルは信じられない表情になり、キリカは考え込んだ。
「リフィア。気になったんだけど、それほどの情報をどうやって彼らの口を割らせたんだい?今までの彼らの行動や言動を考えると尋問程度で話さないと思うんだけど……」
ヨシュアはリフィア達が情報部にとって機密情報ともなる情報を手に入れた方法が気になり、尋ねた。
「聞いたら後悔するかもしれないぞ?それでもいいのか?」
「うん、大丈夫。」
「あたしだって大丈夫よ!」
リフィアに尋ねられ、ヨシュアやエステルは力強く頷いた。
「奴らから情報を手に入れた方法だが………………拷問だ。」
「ご、拷問…………」
「………………それもただの拷問ではありません。四肢を潰し、眠る事を許さず、死ぬ事も許さない………まさに地獄に堕ちた者達が辿るような拷問です。」
リフィアの答えを聞いてエステルは信じられない表情で驚き、プリネはエステルの表情を見て辛そうな表情をした後、続きを言った。
「………それでルーアンの特務兵達はどうなったんだい?」
なんとなく答えがわかっているヨシュアはルーアンと対峙した特務兵達の末路を尋ねた。
「………奴らは情報を吐いた後、処刑したそうだ。放火や強盗に加えて一般市民への襲撃………余達、皇族にとっても見過ごせない事ばかりだったからな。」
「そう………なんだ。………あれだけの犯罪を犯したんだから、罪は償うべきだとは思ったけど………」
「エステル…………」
複雑そうな表情になったエステルを見て、ヨシュアは掛ける言葉がなかった。
「………もしかしてミントやツーヤに聞かせたくないから、エヴリーヌがあんな事を言ったのは2人のためを思って……?」
「ああ、まだ幼い子供達には聞かせるべき事ではないからな。もしお前達にこの情報を話す時になったら、2人をこの場から離れさせるよう、余があらかじめエヴリーヌに伝えておいた。」
エステルに尋ねられたリフィアは頷いた。
「そっか………ありがとう、2人とも。そんな大事な情報を話してくれて。」
「あ、ああ。」
「え、ええ。……その、エステルさんは何も思わないんですか?」
気を取り直して、お礼を言ったエステルを見て、リフィアは戸惑い、プリネは戸惑った後尋ねた。
「それってどういう意味??」
「その………私達メンフィルが拷問や処刑を行っている事です。それを知ってエステルさんは私達メンフィルや闇夜の眷属が怖いとか、酷いとか…………」
「そんな事、絶対ないわ!そりゃ処刑や拷問が賛成って言う訳には行かないけど、少なくともプリネ達はそんな事を望んで命令している人達じゃないってわかるもの!皇族でないあたしなんかじゃ背負えない事をプリネ達は背負っているんでしょ?それがわからないでプリネ達を怖がったりする事なんてできないわ!あたし達人間にだって悪い人や良い人がいる………それと同じようにメンフィル帝国にはそんな暗い部分があったり、闇夜の眷属の人達にも良い人や悪い人がいるんでしょ?だからプリネ達がそんな心配をする必要なんてないわ!」
「エステルさん………」
「フフ……今の言葉………リウイが聞いたらどんな顔をするだろうな?」
エステルの答えを聞いたプリネは驚いた後エステルを微笑ましい表情でみて、リフィアはエステルの今の言葉をリウイが聞いたらどんな表情をし、何を言うか気になった。
「ハハ、相変わらず君はたまに凄い事を言うな……」
「ちょっと……たまにって何よ!?たまにって。」
ヨシュアの言葉に反応したエステルはヨシュアを睨んだ。
「まあまあ。………それでみなさん、今の情報を聞いてどうしますか?」
エステルを宥めたプリネはエステル達に尋ねた。
「そうね。キリカさん、あたし達はどうすればいい?」
プリネに宥められたエステルはこれからの方針をどうすればいいかをキリカに尋ねた。
「………わかっているとは思うけど遊撃士は国家権力に対しては不干渉よ。ただ、何があってもいいようにグランセルの受付に今回の情報を伝えておくわ。貴方達は博士の依頼通り女王陛下に今回の件とリフィア姫殿下達が提供してくれた情報を伝えて。女王陛下がその情報を知って依頼を出してくれたらこちらも動けるわ。」
「了解しました。」
「よーし、そうとなれば早速出発ね!エヴリーヌ達と合流して急いで王都に行って、女王様に会わなくちゃ!」
「でしたら定期船を使ったほうがいいかもしれませんね。王都まで歩いたら半日くらいかかるそうですが、飛行船なら1時間足らずで着くと聞いています。」
「そっか、確かに……。せっかく徒歩で王国一周しようと思ったけど仕方ないか。」
プリネの提案を聞いたエステルは少しだけ残念そうな表情をした。
「だったら、少し待ちなさい。」
エステル達の様子を見て、キリカは通信器でどこかにかけて話始めた。
「こちら遊撃士協会……。こんにちは。いつもお世話になってるわね。……ええ……お願いするわ。王都行きを7枚……。ええ……請求はいつものように。それではよろしく頼むわね。」
「???どうしたの、キリカさん?」
「ひょっとして発着場の受付ですか?」
キリカの行動にエステルは首を傾げ、ヨシュアは会話相手を確認した。
「ええ、王都行きの定期船のチケットを確保したわ。代金はツァイス支部が持つから受付で搭乗手続きだけすればいいわ。それと、これを持っていきなさい。」
ヨシュアの疑問に頷いたキリカは正遊撃士資格の推薦状をエステルとヨシュアに渡した。
「えええ~っ!?」
「ず、ずいぶんと用意がいいんですね……」
推薦状を渡されたエステルとヨシュアは驚いた。
「定期船のチケットは博士の依頼に関する必要経費。推薦状は、博士救出という大仕事を達成したことへの評価。報酬といっしょに、胸を張って受け取りなさい。」
「あ……うん!ありがとう、キリカさん!」
「本当に……何から何まですみません。」
「短い間でしたが、お世話になりました。」
「うむ、世話になった。この場にいないエヴリーヌもお主に感謝しているだろう。」
「フフ、前にも言ったけどそれが私たち受付の仕事だから。さて……。王都行きの船は11時出発よ。早めに発着場に行って搭乗手続きをした方がいいわね。女神達の加護を。みんな、気を付けて行きなさい。」
「はい!」
「お世話になりました。」
そしてエステル達はエヴリーヌ達と合流して、ツァイスの空港に向かった…………
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第114話