「あ、あはは」
メイルは誰に向けてでもなく笑った。
どうやら召喚は委細なく成功したらしい。
「問う。あんたは俺のマスターか?」
魔法陣の中には赤い鎧に身を包んだ騎士がいた。
その顔を伺うことは出来ない。
女性の中でも平均的な身長の枠を出ないメイルはその騎士を見上げる形になっていた。
もっともメイルが平均以上の身長を持ち合わせていたとしても結果として見上げる形をとっていただろうが。
そのくらい身長が高かったのだ。
やはり英霊、とりわけ聖杯を依代としただけあって対峙しているだけでビリビリとした言いようのない何かを感じた。
「えぇ、私はアメジスト・メイル。あなたのマスターよ」
メイルがそう言うと、赤い騎士はなるほど。と頷いた。
マスターが目の前にいる人物だと分かり、少し気を抜いたのだろうか。
感じるプレッシャーのようなものが幾分か和らいだ。
そして顔を覆っていた鎧を脱いでどこかに消した。
それなりに端正な顔立ちの青年がそこにはいた。
「いや、まさか聖杯戦争って戦争があるなんてね。随分と豪気な名前をつけたものだよね」
赤の騎士は自分の言葉に納得するように頷く。
「はぁ……」
どうも、メイルが抱いていた人物像と少しかけ離れていた。
もっと騎士というのだから堅苦しい位紳士的な人間かと思ったのだが、どうも目の前の人物からはそういう印象は受け
ない。
伝記通りと言えばそこまでなのだが何とも見た目とのギャップが大きい。
そこで不安になったメイルは赤の騎士に問うた。
「あなたの名前は――ね?」
すると、赤の騎士はおう。と頷く。
「いかにも、俺は聖杯の騎士と呼ばれている。そして、この度の戦ではランサーのクラスで現界している」
「そ、なら良かったわ」
メイルは安堵の息を吐く。
国柄的に赤の騎士がサーヴァントなのはどうなのかと父親に問われそうだが、メイルは日本や欧州の伝説を読むのが好
きで個人的にはむしろ嬉しいくらいだった。
「って、そう言えば、あなたランサーなの?」
メイルの問いかけにランサーは首を縦に振った。
「そうだな。セイバーでもアーチャーでもなくランサーだ。きっと他の三騎士も俺と同じかそれ以上有名な奴らなんだ
ろ」
なんせ世界は広いからね。そう言うとランサーは肩を竦めた。
メイルは契約したマスターとしてランサーのパラメータを眺める。
普通。と言っては悪いが、依代が依代なのでもう少しパラメータが高くてもいいだろう。
それこそ特例で全てのパラメータがAになってもいい位なのにとメイルは毒気づく。
マスターの表情から不満気な様子を感じ取ったのかランサーはメイルをなだめる。
「まぁまぁ、相手さんだって伊達に神話に生きてたりしないんだから、流石にそこは補正かからなかったんでしょう
よ」
全く随分気楽なランサーである。
しかし、幸運Aというのはランサーにしては珍しい気がする。
ランサーは三騎士として数えられ、抗魔力などのスキルが付与されるが、どうにも不運と呼ばれ過去二回の聖杯戦争に
おいても例外なく幸運はEランクだったはずだ。
「まぁ、運も大事な要素よね」
もしかしたら、EのスキルをAまで変えたことが聖杯なりの精一杯の加護だったのかもしれない。
「とりあえず帰ろうかしら。ランサー霊体化して付いてきて」
あいよ。とランサーは軽い返事をすると、スゥっと自らの肉体を霊体に変えて姿を消した。
メイルが構えた本陣は召喚した場所からそう離れていない郊外にあった。
魔術的には不利かもしれないが、日本に興味があったメイルはその不利を飲みこんでまでこの日本的な家屋にしたの
だ。
「ほう。意外に日本的な所に住んでいるのな」
住んでるわけじゃないのよ。とメイルは答えた。
「丁度空き家になってたみたいだから勝手に使わせてもらうことにしたの」
そう言うと、メイルは得意そうに薄い胸を張った。
「へぇ。俺も欧州の方だから、こういう家屋は初めてだが、どうしてここの国の人間はここまであけっぴろげなんだ」
メイル達はその家屋の中を何かないか捜索していた。
部屋のほぼ全ては草で編まれた畳というものが敷かれており、木の匂いが心地よかった。
「まぁ、マスター。なんかあったら知らせてくれ。俺はこの畳で寝てる」
「なっ……」
メイルは一瞬なんの冗談かと思ったが、ランサーは本当に実体化したまま畳に横になって寝息を立て始めた。
実体化するために必要な魔力もメイル自身が供給しているのになんて自由な。
それにここにきてからそんなに時間も経っていないだろう。
一瞬激情に駆られたが、自分はマスターなのだと令呪を見て思い出し、かろうじて溜飲を下げた。
「ふぅ」
一時間ほどこの屋敷を捜索してみたが特に収穫はなく、前の持ち主も暫く使っていなかったということしか分からなか
った。
メイルはとぼとぼとランサーの寝ている部屋の扉を開けた。
まだ、ランサーは寝ていた。
スースーと規則正しい寝息をたてている。
「……どうしようもないわね」
メイルはそれが我慢出来ずにランサーの体を蹴ろうと足を振りあげ――
「え?」
その振りあげた足はランサーの体に届くことはなかった。
気がつくとメイルの体は宙を舞い一瞬の内にランサーによって地面に叩き伏せられていた。
メイルの顔の真横にはいつの間に取り出したのか槍が刺さっていた。
「ん?あぁ、なんだマスターか」
ようやく目を覚ましたのかランサーは自分が組み倒した相手をようやく視認したらしい。
「いや、どうも寝ている時に敵意ってのを感じちまうとつい反射的にな」
悪い悪いとランサーはメイルの上からどいた。
「な、なかなかやるじゃないランサー」
メイルは顔を引き攣らせながらランサーを褒める。
「悪いなマスター。驚かせちまったみたいで」
「な、何を言ってるのよ。全然驚いてるわけないじゃない」
メイルはそう叫ぶとランサーから目を逸らした。
プライドが高いメイルはびっくりして軽く漏れたなど口が裂けても言えなかった。
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各々の思惑の果てに魔術師たちはみずからのサーヴァントたる英霊を召喚した。
聖杯に愛されるのは果たして誰なのだろうか……