ベルカ連邦首都ディンズマルク郊外の長閑な風景が広がる場所にあるベルカ国防軍直属の士官学校兼魔女育成機関通称ベルカアカデミーに私クラエス・ブフナーは自分と同じようにこの学校に入学した少女たちとともに施設内にある講堂に整列していた。
講堂内は緊急時の指揮所や物資集積所を兼ね広さに余裕があり、一段上がった壇上の上に飾られた装飾には黄色に黒と白で色分けされた国旗とそれを挟むようベルカ国防軍旗に双頭の鷲をあしらった旧ベルカ公国の国旗が象られていた。
講堂の床はワックスで鏡のように磨かれ思わず床に目を向けると前に立つ人のズボンが最高のアングルで見えてしまい、もう今の自分には無い場所を思わず抑えこんでしまうのはまだまだこの世界のある習慣に対して私がいまだに慣れていないことの証であり私が不思議な異世界へと来訪してしまった遭難者の気分を呼び起こさせる。
床に映るズボンと頭の中の考えをそらすため、私は前をまっすぐ見て視線を先ほどから長々と演説が続く壇上に集中した。
真ん中を赤い絨毯で仕切られ男女別に整列した若鳥に向け長々と熱っぽく語る姿は私が思う軍隊の将軍の姿そのものであり、内容自体もはっきり言ってさほど興味を引くものはなく、要約してしまえば「明日の祖国の将来を背負って立つ私たちの活躍を期待する」という事だ。
その後も三十分ほど将軍の演説は続きそれからようやく解放される頃には、私たちはくたくたにくたびれ足を引きずるようにしてこれから自分たちが住むことになる寮に帰る事が出来た。
全寮制のベルカアカデミーでは特待生や主席を除き基本部屋は二段ベットの二人一部屋。
椅子と二人分の机と本棚それにクローゼット。
部屋の広さは狭くもなく広くもなくまあ任官してもいない唯の学生に十分なスペースだともいえる。
トイレ、シャワールームは共同で食事は全て食堂に全員集まって取りそれ以外の事は各人が率先し自らが行うこと、そう最初に配られた手帳に明記されてある通り実際生活に必要な最低限の事はしてくれるがそれ以外は個人の領分となるらしい。
軍人を育てる学校にしてはずいぶん緩い規制であり、自由な空気もあるがこれは私を含めこの寮にいる全員がまだ十代に満たない少女たちでありその点を考慮されていると考えるべきだろう。
初日は講堂での入学式典を終われば後は何があるわけでもなく、各々がゆっくりとしていい時間であり私は部屋の窓を開けそこから外の風景を眺めていた。
広い敷地の中でも景観を意識されて立てられた寮からの風景は部屋の中に入ってくる温かな風と北部特有の晴れ渡った青空には何羽かの鳥の群れが飛んでいた。
しばらくボーと窓の外を見ていた私はいつの間にか部屋のドアが開いていて二段ベッドの下の方に腰掛けて一息ついている少女に気がついた。
迂闊にも温かな太陽の日差しに充てられ人が入ってくる気配に気づかなかったのだ。
何とも私の中で気まずい思いが渦巻いてきた。
単に気づかなかったのだと思われたのならいいけれど、向こうが私に無視されたと感じていたらどうだろう。
きっと向こうも気まずい思いをしているに違いない。
もと日本人としてはこの空気をどうにかするほどのコミュニケーション能力をいきなり振られても逆にあわててしまい、私は表面上はさっきと同じように窓の外を眺めていたが内心ではものすごく焦ってしまっていた。
そんな私が必死になってどうしようどうしようああしようこうしようと悩んでいるなか、一息ついた彼女が最初に声を掛けてきた。
「こんにちは、今日から一緒の部屋だね。窓の外に何かあるの?」
幸いにも彼女は私が窓の外の何かに夢中になっていると思ってくれたようだ。
それにこれから同室になる人が声からして親しみを持てる相手だとこちらも幾分か気が休まった。
私は窓の外に出していた頭を部屋の中に引っ込め窓の縁に背中を預け彼女の方を見た。
「初めまして。ごめん気付かなかった」
「ううん。いいのそれよりも何を見ていたの」
思った通り優しそうな子だった。
ふっくらした頬に綺麗な蒼い瞳と薄いブラウンの髪をおさげにした彼女は美人というよりも可愛いと言った方が正確な容姿をしていた。
「窓の外の雲を見ていたの。どこに行くのかなって」
私がそう答えると彼女はクスっと笑った。
何かおかしい事を言ってしまったのかと私は不安になった。
「ごめんなさい。でも雲を唯見ているだけで凄い集中力だなって」
「そうかな。あんまり誉められてる気がしないんだけれど」
恥ずかしさを紛らわすために頭がかゆい振りをして手を頭の後ろに置いてポリポリとかいた。
それから私たち二人は自己紹介をし、それぞれ自分がどこから来たのかどんな場所なのか学校ではどうだったのかを話し合った。
「じゃあクラエスは南ベルカの方から来たんだね。私はここから西のアンファングっていう港町から来たんだよ」
「うんずっと南だったから実は北の方は初めてなんだ。なんだか南よりも寒いって感じがしてたけど結構涼しいよね」
「今は春だし、そてにここは海から近いからそのお陰かもね」
お互いに今思えば取りとめもないでも楽しい時間を夕食の時間まで話し合い、お互いにとても親しくなった。
食後夜の消灯時間まで私たちのおしゃべりはやまず、少なくともこの日私のアカデミー生活はまずまずの滑り出しだったと思う。
無論その代償は翌朝に支払われることとなることをここに書いておく。
起床時間になっても起きない私たちはそろって朝校庭に集まるのに遅れ初日から教官に怒られる羽目になってしまった。
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アカデミー入学です。さらっと流してさっさと戦争まで進みたいと思います。