第9話 桃香の進む
幽州
――薊の居城にて――
女媧・桃香・愛紗・鈴々・星・朱里・藍里・福莱・桔梗を集めた。これから、鄴城、つまり韓馥を倒すための軍議を始めるところだ。
「それにしても……。」
「ご主人様、笑みがこぼれておりましたけれど、いかが致しましたか? 」
そう愛紗が聞いてきた。そりゃ、狙っていた関羽に趙雲、そして劉備と張飛に加え、”棚からぼた餅”という感じで諸葛亮・龐統・徐庶・厳顔と集まっている。つまり、既に蜀オールスターの半分以上がここに
「”我が子房来たれり” と思ってね。」(※1)
「しぼう?」
「”しぼう”って何なのだ~?」
「わ、私たちのことですか?」
桃香、鈴々が首をかしげ、朱里がオドオドしながら聞いてきた。
「……。桃香、ご先祖様のことくらい知っておくべきだと思うんだけど……。そう、君たち3人の他に誰かいるのかな? そして星に桔梗と猛将が2人も来てくれた。
最初は俺たち3人だけだったのに、俺たちの軍の兵はわずか1年で4000人を超えた。それを率いる将は皆が一騎当千の猛者ばかりだ。とても嬉しいよ。
明朝には白露が来る。そうしたら、正式に幽州を出ることになる。ありがたいことに白露から徐州の
『口約束』ではなく、『文章』で貰うことが重要なんだよな。”言った・言わない”が文章では起こらない。それに、この2通の文章には印も押されている。
「それに加えて、兵糧も2年分弱はある。米・塩漬けの肉・野菜・メンマなどの乾物類といった米以外の食糧も揃った。出発の準備は整ったよ。」
この時代にどうだったのかはイマイチよくわからないけど、壊血病やら脚気やら予防しなければいけないからな。(※2)
「桃香様、それに鈴々、”子房”とは高祖様の天下統一に力を尽くした名軍師、張良のことですよ……。」
「あわわ……。こ、光栄です。ありがとうございます。」
「お言葉は大変ありがたいですが、喜んでばかりもいられないでしょう。
鄴の太守、韓馥はどうしようもない
それに、牛に馬、兵4000に武器が我らの装備ですから、行軍速度は極めて遅いものになります。その中に騎兵500がいるのは貴重ですが。」
「流石は福莱。君にはこの先、常に最悪の事態を想定してその状況下から覆すことを考えてくれるかい? 朱里には内政、藍里に軍略を任せるにしても、そこまではなかなか気が回らないものだから。」
”最悪の事態を想定する”・・・危機管理の基本だ。一番冷静に物事を見られるのは福莱だろうから、適任だろう。
「承知いたしました。」
そう、張郃。魏における対蜀戦のキーパーソンにして諸葛亮の目の上の瘤だった人物だ。コイツが居なければ北伐も上手くいったんじゃないだろうか? と思えるほどの名将なのだ。愛紗、星に続き、俺が欲しい将軍の3人目でもある。たしかに、ウチの将でも恐らく愛紗か星じゃなきゃ対抗できないだろうな……。
「さて、わしは昼間の酒をたしなむとするかの。星、お主も付き合え。メンマはなかなかどうして酒に合うもんじゃな。」
「この味がわかるとはさすがは桔梗どのですな。お付き合い致しましょう。」
そう言って桔梗と星が酒を飲みに行った。
「私たちは詰めの話をしてきますね。」
そういって軍師トリオは部屋に行ってしまった。残るは俺たち5人だけ。
「俺は甄とちょっと出てくるよ。その後はいつものように剣術の稽古でもしようかな。その時は愛紗、鈴々、付き合って貰える?」
「私も行きた~い。その後の稽古は私もするよ。愛紗ちゃんたちに少しでも近づきたいもの。」
「桃香様は駄目です。鈴々、お前もだ。まったく……。先祖たる高祖様のことも知らぬのでは漢王朝の再興など夢のまた夢ですよ。」
「ま、そういうことだ。頼んだよ愛紗。」
ぷーと膨れる桃香。まあ、こんなんじゃなあ……。
俺は女媧と散歩をすることにした。
「しかし、いつになくご機嫌だな。どうした?」
「ん、ああ。もうすでに、前に話した”最高の将軍”が2人集まり、次の張郃が仲間になれば3人目になる。そして最高の政治家たる朱里、つまり諸葛亮も加入した。まあ、もう一人の政治家である荀彧は曹操の元に居るはずだけど……。それにしたって豪華すぎる陣容だよ。
そして、”お人好し”な白露は鄴を袁紹に割譲することをあっさり呑んだ。あまりに順調すぎて逆に怖いくらいだよ。出来すぎだ。」
「お前は、白露の奴が幽州を統一して州牧に任ぜられたばかりであり、かつここは北方の異民族”
そうそう、お前の身の心配は無用だぞ。いざとなれば敵など紙屑のように吹き飛ばしてやれるからな。」
「それはわかってるけど、お前の力に頼って天下を統一したって意味なんて無いんだよな。早馬で駆けて公孫瓚・袁紹・曹操・孫堅・董卓あたりを殺して、あとは洛陽に殴り込んで皇帝をとりまく宦官共やらを皆殺しにすれば、それでめでたく乱世終結にはなるんだろうけど、それじゃあ面白くないし、強くもなれない。そんなんじゃこんなところに来た意味がないよ。まあ、ここに来たのが不運なのか偶然なのかは知らないけどさ。」
こんな会話じゃなかったら”デート”なんだろうなあ……。
そしてその後は模造刀で愛紗たちと鍛錬をする。俺は足捌きからやり直しだ。桃香とは互角か若干俺のほうが強いくらいだけど、愛紗と鈴々の強さは別次元だ。
夕食は、俺たちと兵の距離を少し縮めるために兵全員を集めた立食形式にした。
「いよいよ明日から行軍っすね。関羽将軍たちと共に闘ってると思うと心強いっす。」
「俺らもがんばります!!この乱世を平和にするためなら骨身は惜しみません!!。」
「関羽たち、一騎当千の将の武は凄いが、勝敗はやはり兵の団結と鍛錬がモノを言うんだ。お
兵達とそんな話をしていると、張世平が声を掛けてきた。
「1年でここまでなりやがったか。お
「安住の地はまだまだ遠くにあるし、まだまだ始まったばっかりだよ。資金と兵糧の管理は諸葛亮が担うとはいえ、お
そう、この2人が全ての始まりの
「やっぱりご主人様は凄いなあ。兵隊さんからも、商人さんたちからも信頼されてる。私たちは勿論、星ちゃんや桔梗さん、それに朱里ちゃんに藍里ちゃん、福莱さんからも主として慕われてる。”天の御遣い”に縋って、ご主人様についてきて本当に良かったよ~。」
桃香が寄ってきて、そう言ってくれた。まあ、桃香には俺が何を考えてるかなんてさっぱりわかってないんだろうな……。
「……。桃香、それはまだ早計だよ。ところで、漢の始まりをつくった高祖、即ち劉邦と、最後まで争った項羽の違いは何だかわかる? 貧乏な農民の劉邦が勝ち、楚の名門だった項羽が負けた理由。」
「え……? うーん、高祖様のほうが農作業で鍛えてたので強かった……。な訳ないよね……。」
と桃香が苦笑いしながら言った。つられて俺も笑ってしまった。そんなんで勝てたら農民はみんな最強の兵士になっちゃうじゃん。
「…………。あのね、武力も、財力も、もちろん名声も、全て項羽のほうが上だったよ。ただ1つを除いて……ね。」
「
隣で俺と桃香の話を聞いていた福莱が答えた。
「俺の台詞を盗まないでもらえるかな……。
そう。項羽は確かに優秀だったけど、味方になってくれた人のいうことを何も受け入れなかった。それは、彼は自分が一番優れていると思っていたからだ。
でも、劉邦は自分が愚かだと思っていたから人の助言を聞き入れた。だから自然に人は劉邦に集まってきた。桃香もそう。
”自分にはできないことがある。だからそこは人に助けて貰う”
という考え、意識がある。俺は、それが一番大切なこと、主君にとって最も重要な資質だと思う。それもあって、俺は桃香を前面に立てることにしたんだよ。だから、そんなに自分を卑下することはないよ。」
「そっか。私は私のやれることをやればそれでいいんだね。」
そう言って桃香はフッと笑みを零した。あ-、こういうときの桃香は可愛いよなあ。
「しかし、これでは兵糧の保ちはもっと少なめに見積もったほうが良さそうですね。」
そう言って福莱がため息を吐いた。視線の先には……ばくばくと食べ続ける鈴々が居る……。あの体のどこに入るんだろうか……?
そして翌日。白露と親衛隊が白馬と共にやってきた。どう考えてもおかしいと思うんだけど……。”白”露だしまあいいか。
「わざわざ見送り感謝するよ。白露。」
「もう、”殿”は無しか。まあ、お前らなら上手くやれるさ。私もここから頑張るよ。烏丸がうるさくて困ってるけどな。」
「そうだな。俺たちは鄴を落としたら青州、つまり孔融の方に向かうつもりだよ。
鄴は前に言ったとおり、袁紹に献上する。つまり、冀州全土が袁紹の領土になるってことだ。
でも、あの広大な冀州を治めるのにはいくら”名門”の袁紹でも苦労するはずだ。だから、平定にはどんなに短くても2年はかかると俺と朱里たちは見てる。
それが終わったとき、袁紹がどう動くかには気をつけてくれよ。資金力と、”四代にわたって三公を務めた”という威光はやはり凄いものがあるから。」(※3)
「まあ、そんなことは言われなくたって分かってるさ。この
ホントに分かってるのかなあ……。
「じゃあ、また会うときまで白露ちゃんも元気でね。」
「世話になりましたな。白露殿。」
桃香、星が別れの挨拶をした。
次に会うのは、史実通りなら反董卓連合だ。とはいえ、黄巾賊の蜂起すらまだ起こっていないめちゃくちゃな歴史だから、これからどうなるかなんて全くわからない。
つまり、董卓が都で専横するかどうかなんて決まっていないということだ。さて、どうなるのかな……。多分、董卓も女の子なんだろうし、会ってみたいな。この世界でも悪逆非道の”暴君”なのかどうか確かめてみたい。
まあ、次に白露に会ったら骸でした……。というのだけは御免被りたいところだ。
「次は敵になるかもしれないけど、また会おうな。いくら相手が桃香たちであっても、容赦はしないぞ。」
「ま、そうなる可能性があるのが”乱世”の怖さだよな。無論、そうなったら俺たちも全力でいかせてもらうよ。じゃあ、またな。」
そんなやりとりの後、俺たちは幽州を後にした。そして、一路。冀州の鄴を目指して行軍を始めた。
鄴まではだいたい1ヶ月くらいかかるのが目安だそうだ。まあ、夜は行軍できない(しない)し、兵糧を運ぶ馬車などたくさんあるから仕方ないな……。
「ところで、ご主人様、この間言われた”投石車”と”井闌”の構想と材料が揃いましたよ。行軍の休息中に作れそうです。問題は巨大な岩や石があるかですが……。」
そう朱里が伝えてきた。攻城戦の切り札として使えるようにするため、こういう発明のようなものが一番得意そうな朱里に、三国志のゲームなどで見る武器、つまり梃子の原理で石を投げる車輪の付いた車(=投石車)と分解式の櫓(=井闌)の概略を話して設計と材料の調達を頼んでいたんだ。
「? 主、それはいったい何です?」
いかにも興味津々といった感じで星が訊ねてきた。
「まだ秘密。戦況をひっくり返す切り札さ。」
”主”と呼んでくれるのは嬉しいなぁ……。
そして1ヶ月強の移動の末、鄴城付近へ着いた。城壁の外の土地は見事に荒れ果てていた。
俺たちは、賊の退治をしながら民たちに米を配り、ついでに太守たる韓馥の悪評をまき散らす……という常套手段にでて敵を野戦に引っ張り出す策をとることにした。その策は見事に的中した。
解説
※1:”我が
※2:壊血病・脚気・・・それぞれビタミン(C・B1)の欠乏で起こる病気。脚気は起こりにくいかもしれませんが、(蕎麦やら玄米やらでB1補給できるらしいので。)まあ、そこは小説ですから。
※3:三公・・・後漢の官職における最高職のこと。司徒・司空・太尉の3つです。それぞれ、民政・官吏・軍事を司るものです。官房長官というか内務大臣というか軍務大臣というか、そんな感じでしょうか。
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第1章 ”天の御遣い”として