No.456951

【改訂版】 真・恋姫無双 霞√ 俺の智=ウチの矛 五、五章拠点編・序幕

甘露さん

・リア
・充
・爆発しろ

・次回より以前アンケをとった拠点が始まります

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2012-07-21 21:10:55 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:4500   閲覧ユーザー数:3919

拠点・序文

 

 

あの謁見から一夜明けた。

東の空には朝日が昇り、街は朝靄に覆われている。所謂明朝とでもいう時間帯。

そんな今、俺は妙に緊張しながら風を伴い霞と共に宿から城へ向っている。

 

何故緊張しているのかと言われればこう答えるしかない。何と言っても俺達はこれが初出勤なのだ。

色々と変化球方面の人生経験は豊富でも、公的な職について公的な職場へ出勤する経験など俺も霞も皆無。風は子供だから言うまでも無し。

若干時間的に早すぎる気がしないでもないが、文和殿も華将軍もこの時間には既に起きて公務に勤しんでいると言う。

なら新米の俺達が遅刻するのも宜しく無いだろう、と思っての行為だ。決して緊張で俺も霞も眠れずに朝を迎えたとかそういう事では無い。決して無い。

霞は表情までガチガチだが少なくとも俺は表面上は誤魔化せている筈……筈っ! ……だといいなあ。

 

「……い、いよいよやで」

 

アホな回想に浸っていると不意に霞の声が耳に届いた。

視線を上げればそこには、雄大な城門。

……あっれれー、おっかしーぞー? 歩いて一刻はかかる距離の筈が一瞬で着いてしまった件について。

 

「お兄さん、緊張し過ぎなのです」

 

そして風にさえ見透かされて居た件について。

便利だな、件について。って言い回し。

 

「そうやって逃げても変わらないのですよ?」

「さらっと心を読む風さん、そこに痺れる、憧れるぅ!」

「今日はノッてあげないのです。ほら、霞お姉さんが酷い事になってますよ」

 

どうやらシリアスモードらしい風に少し不満を感じながらも言われた通り霞を見る。

はて、なんら変わらないガチガチの霞しか居ないが。……マルチに嫌な響きだなガチガチの霞って。

 

「い、いよいよやで」

「……何処が?」

「い、いよいよやで」

「ほらこの通り」

「い、いよいよやで」

「緊張のあまり無限ループ!?」

「はい を選ぶまでこのままなのです」

 

何処の勇者に盗賊退治をやれとほのめかす村長だ。

なんて思っても通じないんだよなあ、ネタ的に。……あれ? 風さん、貴女なんで はい がどうこうとかって。

……なんだろう、この触れてはいけない感じ。危険な香りムンムンだし止めておこうそうしよう。

 

「そして敢てのいいえ」

「い、いよいよにゃで」

 

……うわあ。

 

「……噛んだな」

「……噛んだのです。美味しいとこ独り占めしやがってくださったのです」

「ウチ悪くない。早よおせん一刀が悪い」

「俺の所為!?」

 

ツッコむだけで言い返せない、ああなんて駄目な俺。

こんなところで世の男性のヒエラルキーを感じるとは。おお世知辛い世知辛い。

 

「なので被害者の会を設立するのです」

「ウチ代表。風は顧問弁護士やで」

「おいこら風お前ちょっと待て」

「勝ち馬に上手く乗り換えるのも処世術なのです」

「ちゅーわけで一刀はもっとウチと風を可愛がれやー」

「もっと風を愛でるのですー」

「もっとウチに甘えさせれー」

 

……なんだこれ。なんでこうなった? ああ頭痛がしてきたぞ。

とりあえず屋外にも拘らず早朝のお陰で人通り皆無なのをいいことにすり寄る二人の頭を一頻り撫でる事にした。

 

 

気付くと、緊張は何処かに消えていた。

撫でられ目を細める風が一瞬、どうですかとばかりに『ふふん』と不敵に笑った気がしたのは多分気のせいじゃないんだろうなあ。

恥ずかしいから言わないけどありがとう、そう思いながら俺は一層風のふわふわの金髪を撫でた。

 

 

**

 

「止まれ! 通行書か身分証を見せろ!」

 

一頻り愛で終わり正門脇の出入り口へと向かうと、屈強な女性士官の小隊が検問を行っていた。

どうやら此処は并州のあの城よりは少なくとも厳重な様だ。というかこうでなければ城じゃないよなあ、と。

顔パスなんて適当なもの当てになる訳もない。だから州ごと秘密裏に乗っ取られたりするんだ。

なんて思いながら俺と霞は昨日発行された身分証を渡す。

身分証は漢数字と俺達の人名、そして不可思議な模様が描かれている竹の板だ。

どうもコレは漢数字が所謂IDナンバーに当り、模様は勘合貿易の勘合札(文字が描かれた板を半分に割り、片方を貿易商、片方を貿易相手国が持ち貿易時に双方を合わせ文字がぴったり合えば正規の貿易だ、と確認する為の札のこと)の様なものらしい。これで本人確認を行って出入りを厳重に管理しているのだろう。

と、いっても写真もない世界じゃ隙だらけのシステムにしか俺には感じられないが……まあ文和殿の事だし、何かしら対策を練ってあるのだと思う。

 

と、ヤケに説明的な回想が終わるのに合わせて、さっきの人より少し偉そうな女性士官が駆け寄って来た。

 

「お待たせし申し訳ありませんでした張将軍、高参謀次官様。お連れ様は程仲徳殿、で宜しかったでしょうか?」

 

!?

俺、参謀? しかも次官!?

 

「お、おう。せやで。んでさ、ウチら文和様んとこ行けばええん?」

「はい。あ、程昱殿もご一緒にいらしてください」

「ほえ? 風は昨日みたいに待機では無いのですか?」

「はい。賈参謀長様より一緒に来るように、と」

「了解したのです」

「では皆様……高参謀次官様? どうされましたか?」

 

参謀って、詳しい事分かんねけど所謂作戦の立案やら軍隊の実質指揮やらそう言うのやる人でしょ?

この時代的には軍師って言うんじゃないかと思うけどその辺は何か差異があるのかな。ってそんな事はどうでも良くて!

参謀次官ってつまり文和殿が参謀長でその直下の俺が次官の位ならつまり軍隊を動かす人No,2じゃん。実際は制服組と軍服組で派閥がー、とかあるんだろうけど文和殿と華将軍の関係は良好な様だしつまりやっぱりほぼ最上位の権力者じゃないかこれ。

……なんだ、一体なんの裏があるんだ……?

仲頴殿の狙いも文和殿の狙いも分からない。一体何のメリットがあるんだ。霞の武力は単純な物差しがあるから良い。だが俺をこんなに高官に取りたてる意味がまるでわからない。能力を買われたとしても普通は風波起てないやり方をとって進める筈だ。

まるでこれでは敵を創りたがっている様だとしか思えない。こんな事をして妬みや邪推が飛び交わない訳が無い。

……いや、仮に、そうだとすれば、それが狙いだとすれば……?

 

「一刀ーっ!! ええ加減起きやアホ!!」

「ぶげっ!?」

 

ズバーン! と突然霞に側頭部をぶち抜かれた。

前につんのめって倒れかける俺を返す手で霞がそのまま掴むと勢いよく起こされる。

 

「あんたなぁ、何ボケっとしとるんよ。姉ちゃんこまっとるやんけ」

「へ? あ、ああ。済みません呆けてしまって。文和殿のところへ向かうのでしたっけ」

「はい。では、こちらへ」

 

すげえ、霞の漫才にも一切動じてないぞこの人。

なんて思いながら女性らしさが窺えるしなやかな背中を眺めた。

ふと横に目をやると霞と視線がぶつかる。そのままそそと霞が寄って来て、小声で話しかけてきた。

 

「ったく、何ぼーっとしとるんよ? 頼むで、ほんまに」

「あ、ああ。ごめんごめん。もう大丈夫だからさ」

 

しかしどうにも言い様のない不安を感じずにはいられない。

裏があるとしか思えないのだが……と、その不安を霞に読まれたのか、むすっと眉を歪めた霞がさらに一歩踏み出してきて──

 

「ちゅっ」

「……はぁっ!?」

「えへへ、そう怖い顔せんと、な?」

「ば、馬鹿っ! 此処城の中だぞっ」

 

頬に一つ、キスを落とされた。

てっきりお小言の一つ二つ貰うと思っていた俺はどうにも対処することが出来ずされるがまま。

 

「誰も見とらんかったし、精々風くらいやし」

「お邪魔虫は馬に蹴られて退散なのです」

「やで安心や!」

「いやあの道案内の士官さんめっちゃ無言の無表情でこっち見てますけど何が安心なんですかね霞さん」

「姉ちゃん、何か見た?」

「いいえ。私は何も見ておりません」

「ウチらは何しとった?」

「そうですね、賈参謀長様にお会いする為の心構えをお話しされておりました」

「せやで、それでええ。っちゅーわけや」

「……あ、うん」

 

霞が権力者特有の汚い感じに染まってる!?

驚きを顔に出さないことで精一杯の俺はつい答えが遅れてしまう。

 

「不満なん?」

「……まあ。うん」

 

何かまっさらな処女雪を踏み散らかされた様な気分だ。

しかし何を勘違いしたのか、霞はずいっ、と再び近づいて……。

 

「ん、ちゅ、……ぁふ、ちゅ……ぷあっ。これならどや!」

 

……何かもう色々この娘可愛いやらおバカやらでああ霞可愛いなあもう!

どうして俺の反応からキスが物足りなかったなんて斜め上の発想が出るんですかねえ。

そうして口の中は霞の唾液味。鼻腔は霞の甘い香りでいっぱいになってしまった。

ヤバいなあ……何がヤバいってあんなキスされたら俺だって健全な男子なんだぜ、と。

 

「霞……霞が悪いんだぞ」

 

つまりは辛抱堪らなくなってしまった訳であって、どうやらお元気になってしまった様で、はっきり言ってしまえば み な ぎ っ て き た。

もう霞しか目に入らない。張りのあって、でもむにむにと柔らかい霞の頬に手を添える。

 

「あっ……一刀……」

 

そして、こみ上げる衝動のまま──。

 

「ふあっ、か、かず」

「うおっほん、ごっほん、げっふん。惚気は犬も食わないのです、そしてお兄さん後で酷いですよ? 覚悟しておきやがれです」

 

とてつもなくわざとらしい咳払い三連発によって、俺と霞はふっと我に返った。そして慌てて一歩離れると、霞が一瞬切なそうな声を上げるもぐっとこらえ無視。

やっとおっかなびっくり風を見れば、そこには真っ白い軽蔑の眼差しで俺を見つめる兵士と風が居た。

風さん相変わらずの無表情なのに背に鬼が見えるふしぎ!

 

「……僭越ながら流石にあれはどうかと。若いとは言え、言いにくいのですが馬鹿ですか?」

 

全く言い辛さを感じさせずに馬鹿と言い放つ兵士さんに辟易する。礼儀正しく罵倒されるって貴重な経験じゃね? いや要らないけどそんな経験。

霞も視線を彷徨わせどうにもできない様だ。

 

「あ、その。すいません」

「いえ、別に謝罪を求めている訳ではありません。ただ、賈参謀長様はお待ちになられたままで、そんな時に貴方達の振る舞いを知ったらどう思われるか」

 

やべえこの人超怖い!

どうにも本調子でない俺だと話しているうちに墓穴を掘りかねないと判断し、俺は多少強引にでも進める事を選んだ。

 

「あー、えー……その、先を急ぎましょう」

「……まあ良いですが。ああ、申し遅れました、私、賈参謀長の個人的な主簿を務めさせて頂いております、李儒、字は文優と申します」

 

直後、俺と霞は空を、駆けた。

そして着地したその時、俺達は土下座をしていた。

せずには、居られなかった。

 

頭上にて無表情のまま佇む風と李儒は、何時までも無表情だった。

 

 

**

 

「ああ、やっと来たわね」

 

扉を開けた途端、文和殿の鋭い声が飛んできた。

すす、とさり気なく俺達のところから李儒が離れ文和殿の横に収まると、その絵面は完全にやり手のキャリアウーマン系経営者とその秘書言った様で、思わず背筋をしゃんと伸ばしてしまう。

 

「失礼します、遅れて申し訳ありませんでした」

「まあその件は不問にするわ。元々時間を指定してた訳じゃないし。尤も、廊下で我を忘れてイチャつく事には賛同しかねるけど」

「……申し訳ありません」

「良いわよ。でも二度、三度と繰り返すバカならそれだけで、……ねえ?」

 

さっ、と人差し指で首をかき切る動作をする文遠殿。職を失う首切りなのか、物理的に胴体と泣き別れする羽目になるのかは定かじゃないが。

 

『御意』

 

霞と声をそろえ、そして拝礼をする。文和殿は既にこの話題がどうでもいいのか、適当に一つ手を払った。

それを確認すると、俺達は顔を上げた。風は能面のままだ。

 

「じゃあ先ずは、二人とも着任おめでとう。なかなかどうして、着られず着こなしてるじゃない。制服、似合っているわよ北郷。文遠は相変わらずなのね」

「すんません文和はん、折角制服もろたのに。やっぱこれやないと落ち着かんっちゅーか」

「別に良いわよ。というかぶっちゃけ文遠とかの居る軍部ってボクの指揮下に無いし。華雄があの格好だしボク的にも何の問題もないわ、働きさえすればね」

「あ、あはは……」

 

文和殿がきらりと眼鏡を光らせ、右の中指でフレームを押し上げる様は背筋に冷たい物を感じるくらい怖い姿だと思う。

霞も笑って誤魔化してるし。

 

「って、そんな話する為に呼んだんじゃないのよ。あ、北郷は明日からこの部屋に来ること。季節によっても変わるけど基本卯の六つ時(午前六時)までにね、分かった?」

「御意」

「よろしい。それで、呼んだ理由なのだけど……遅いわねあの馬鹿」

 

そう呟き忌々しげに扉を見た瞬間。

 

「いやあ! 遅れて済まない。そこで女官に捕まってしまってな、はっはっは。……どうした文和?」

 

どばーんと派手に登場したのは華雄将軍だった。そして横に付き添っているのは李儒。……あれっ!?

どうやら気付かない内に華将軍を呼びに行っていた様だ。何と言う仕事人。

そしてそんなご機嫌将軍に突き刺さるのは文和殿の氷点下の視線。それがこれでもか、と言う程に突き刺さっているのに華将軍ときたら……。

一寸たりとも気に留めることなく仁王立ち、俺の中で華将軍へのリスペクトが20上がった。

 

「遅いわよアホ! 半刻前に文優に呼びに行かせたのに。ってかあなた達中庭で訓練してたんでしょ、なら此処まで来るのに一瞬じゃない」

「だから済まないと言っているではないか。余り怒るとハゲると言うぞ文和」

「あ、あんたねぇ……まあいいわ、話進まないし。これでやっと全員そろった訳だけど、先ず文遠」

「はいな」

「あんたは顔合わせも含めて華雄の部隊と仲頴様の私兵に会って来て。中庭に三千人待たせてるから、まあ詳しいことは軍関係の主簿やってる呂布って娘に聞いて。それで問題ない筈だから……多分」

 

何故か自信なさげな文和殿。華将軍まで苦笑いをしているが、何かあっただろうか。

……ん? はて、何か聞き落とした気はするけど……なんだ?

 

「御意ですわ……って、華雄はんは? ウチ一人ですか?」

「うん、それが二つめ。北郷、あなたは華雄について城内の居住区に出て。そしたらあなた達の自宅を選んで来て頂戴」

「自宅……ですか?」

 

どうやら仕官すると自宅が貰い受けられるらしい。

すげえな董卓陣営。それともコレ普通なのか? もしくは俺達の立場が普通じゃないのか。

……どう考えても後者でFA。

 

「ええ。それとも何? ずっと宿暮らしでもするつもりなの? 勘弁してよね、二人とももう立派な高官なんだから、相応の場所に住んで貰わなきゃ仲頴様への不利益ね」

「……なんでウチらの家が仲頴様の不利益に繋がるん?」

「はあ。北郷、説明してあげて」

「あ、はい。家臣がみっともない格好や暮らしをしてるとさつまり、仲頴様が家臣への給金だったり報償だったりを渋る人間だとか、仲頴様の所は碌に金持ってないんだな、って外部に思われちゃうだろ?」

「ああ、なるほどなー」

 

極々自然に部下へ振る様に振られた所為か俺も自然に説明を始めてしまう。

……なんだろうこの有無を言わさない感じ。こんなふうにまともに人の下で働いた事無いのになあ。体が勝手に動くって言うか。

そうして一頻り説明が終わり、霞が納得気に頷く様を確認する、と文和殿は既に視線を下げていた。どうやら及第点はもらえた様だ。

 

「そう言う事。で、分かったなら先に進めるわね。何故華雄に同行させるか、って言えば簡単、華雄は沢山屋敷を持ってるからよ。ボク達が華雄が赴任して来た時に用意したの。なのにこのバカは……」

「屋敷に帰るのがどうも億劫でなあ。それに兵舎で寝泊まりすれば何も困らん。寝場所も食う場所もあるのだから態々家に帰る必要が無いではないか。ところで文和、お前さっきからバカバカ言い過ぎではないか?」

「って調子なのよこのバカは。全く、女の将軍が派遣されてくるって聞いてたからすっごい手廻ししたり用意したり苦労したのにこの馬鹿ときたら……はあ」

「あ、あはは……。しかし、それでいいのですか? 外聞や手続き等も問題がありそうですが……」

 

やんわりとオブラードに包みつつ訊ねる。問題しか感じられないんだが果たしてどうなんだろうか。

 

「将軍の家をそう簡単に売り渡したりもできずに維持費ばかりかかるわで正直持て余してたのよ。文遠は立場がもう将軍位みたいなものだし、北郷、貴方だって立派なこの州の文官の第二位よ? だから問題はなにも無し。気にせず数軒の中から好きなの選んで頂戴」

「はぁ……」

 

やっぱり怪しいな。問題ない訳ないのにそのリスクを意図的に無視してるとしか思えない。

それとも、そこまですることで何かメリットがあるのだろうか。精々監視がしやすい程度じゃないのか?

 

「なあに、屋敷も住む人間がいてこそ本望だろう。気にせず貰い受ければいい」

「御意です、感謝します」

 

まあ、今更何を言っても初めから拒否権などない選択肢だったしなあ。黙って貰い受けるか。

性には合わないが、良い貰い物をした、得した。程度に考えよう。考えても仕方ない、と言うのが本音だが。

 

「はっはっは、気にすることは無い」

 

ばしばしと能天気に背中を叩かれる。何時でもからっとした人だ。

そこへ……。

 

「あのう、どうして風まで此処に呼ばれたのでしょうか~?」

 

はいっと手を上げちょこちょこ跳ねながら風はそう言った。

そう言えばすっかり存在を失念していた。文和殿もそうだったのだろうか、若干虚を突かれた様な顔をしてから風の元へ向き直った。

 

「ああ、ごめんね。仲徳にはね、ひとつ見てもらいたいモノがあるのよ」

「はあ、なんでしょうか?」

「あのね、数年前からここでは文官や武官の子供たちに官の主導で教育を施してるの。尤も、水鏡とか孔融とか、ああいう名士のやってる私塾の真似ごとなんだけどね。良かったら、仲徳も通ってみない?」

「むむ……」

 

なにやら士官学校の様なものがあるらしい。

文和殿は風の才覚を見抜いたうえでの提案なのだろうか?

 

「酉の六つ時(午後六時)位まで開いてるし、これから毎日、昼間二人ともいない家に居ても暇でしょ? 時間つぶしくらいに思っても構わないし」

「……それを出た子は、後にどうなるのですか?」

「へっ? そりゃあ大抵は高級官僚だったり軍の幹部だったりよ。紙の書籍や竹簡も山ほどあるし、講師も一流だし、皆本気で学ぶから優秀な子ばかり育つもの」

「因みに文和様は一期生の主席で卒業されてからこの地位に就かれました」

「なるほどー。ではつまり、そこを出ればお兄さんの様な高級官僚になれる、ってことなのですねー」

 

何やら風には考えがあるらしい。俺の事をちらとだけ見ると、視線を戻し文和殿に言葉を投げた。

 

「まあ、そうね。尤も、ボクの直下の部下になるのは簡単じゃないわよ?」

「なら風はそこに通うのです。良いですよね、お兄さん」

「え、ああ。勿論、風がそれで構わないなら。宜しくお願いします、文和殿」

 

……まさか、ねえ。風さん幾ら賢いって言っても、狙いがそんな事は無いよね……?

無性に嫌な予感がする。主に面倒な展開に繋がる方の違和感だ。もう遅いけど。

 

「分かったわ、じゃあ文優、そう言う事だから手続きと仲徳の案内任せたわよ」

「御意。では程昱どの、此方へ」

「ではお兄さん、お姉さん。また後ほどなのですよー」

 

手を振りながらぽてぽて歩き李儒についてゆく風。

最後にちらり、と俺と視線を合わせた時、あの小悪魔はくすくす笑っていた気がする。つまりは絶対何か企んでるなあいつ。

 

「あ、じゃあウチも行くな? えっと文和はん、中庭って何処なん?」

「あー、そこのアンタ! 文遠を中庭まで連れて行って」

「御意」

 

訊ねる霞に答えた文和殿がびしっと指差したのは部屋の入口に佇んでいた一人の兵士。

彼は礼儀正しく拝礼すると霞にも頭を一つ下げついてくる様にと合図した。

 

「じゃ、また後でな一刀」

「うん。霞も気を付けて」

「にゃは、あんがと。ちゅっ」

「ちょ、霞っ!」

「にゃははは、夕方までの一刀分の補給やさかい、堪忍してなー」

「……ったく」

 

そう言い陽気に駆ける霞の背中を見送った。

気恥ずかしさに頬をぽりぽり掻いていると文和殿が呆れて仕方ないと言った様相の声を上げる。

 

「見せつけちゃってくれるわね。ったく、馬鹿はどっちよ。さっきああ言ったのに即座にそれだなんて……」

「あはは……面目ありません」

「まあいいけど。公私混同も程ほどにするよう文遠には言っとくのよ。じゃあ華雄、後は任せたわ」

「うむ、了解した。では私達も行こうか北郷」

 

壁にもたれていた背を離し、華雄殿は姿勢よく武人らしい筋の通った起ち姿に戻った。

 

「はい。では文和殿」

「ええ。明日からはバリバリ働かせるから、その辺覚悟しときなさいよ」

「御意。それでは失礼致しました」

 

深々と頭を下げ最後に拝礼する。

妙に嫌な予感や不安事項を既に抱えながらも、俺のこの街の住人としての生活は、この瞬間、始まった。

 

 

一日寝かせて読んだのですが自分の文章って勝手に脳内補完してたり諸々で粗を見つけられなかったですorz

もしコレ変じゃね?とかこんな文章、こんな表現気持ち悪い、ここキャラ変わってね?とかありましたらご一報を

 

次回より拠点を始めます。

最初のタイトルは……『一刀、嫁の上司に振り回されるのこと』です


 
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