No.456919

黒髪の勇者 第三編 東方の情景 第四話

レイジさん

第四話です。
宜しくお願いします。

黒髪の勇者 第一編第一話
http://www.tinami.com/view/307496

続きを表示

2012-07-21 20:04:19 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:508   閲覧ユーザー数:504

黒髪の勇者 第三編第一章 シアール傭兵団(パート4)

 

 「確かに、ビザンツ帝国への通商は殆ど滞っている様子ですね。」

 リンドから指定された、エクセレータという名の喫茶室へと向かう途中で、バルトが苦々しい表情を見せながらそう言った。歩きながら、視線は手元のメモ用紙から離れようとしない。部下の商人達が丹精込めて作り上げた報告書である。

 「商品はビザンツ帝国向けでしたか。」

 相槌を打つように、シアールがそう言った。隊商主であるバルト自身がミルドガルド各国を渡り歩くようなことは無かったが、それでも売りさばけそうな対象を想定しながら買い付けをバルトは行っていた。嗜好に合わぬ商品を輸入しても、労苦に見合うだけの利益を生み出すことが出来ないからだ。

 「その通りです。ビザンツ帝国は一大消費地である上に、アリア王国のように外洋船を運用できるほどの技術はありませんから、必然的にグロリア経由での陸上貿易に頼る事になります。帝都に住む富裕層向けには最適なのですが。」

 「それでは、とりあえずリルドとか言う者の言うことを聞いておくべきでは?」

 どう言う理由なのかは分からないが、フィヨルド王国で高値で買い取ってくれるというならそれに越したことは無いだろう。シアールはそう考えたのである。

 「とはいえ、名目上はグロリア王国とフィヨルド王国では国交がないことになっていますからね。」

 懸念するように、ヒートがそう言った。ミルドガルド東部地区はアリア王国を除いた西部三か国との国交を開いていない。国教を定めていない、また恐ろしい程に宗教的な柔軟性を持つアリア王国はともかく、ヤーヴェ教を信奉するシルバ教国とフィヨルド王国にしてみれば異教であるマニ教を信奉する国家と軽々しく交流を結ぶことなど出来ない、という理由であった。

 「或いは、密輸を図るつもりかもしれません。」

 顰めた表情のままで、バルトがそう言った。

 「密輸は厳罰では?」

 シアールがそう訊ねた。その言葉に、バルトが神妙に頷く。

 「ですが、稼ぎが多いことも事実です。フィヨルド王国は東方の物産を手に入れるために、アリア王国とシルバ教国を経由しなければなりませんから、関税の都合や輸送期間などを考えてもより安値で販売が可能だと思われます。」

 バルトがそう答えた時、シアールの視界に小洒落た看板が入った。目的としている喫茶室である。

 「とにかく、リルド殿の話をじっくりと聞きましょうか。」

 そこでバルトは、気合いをこめるように小さな吐息を漏らした。

 

 店内に入ると、既にリルドは到着しているらしく、ボーイは迷うことなくバルトとシアールを個室へと案内した。

 「良くおいで下さいました、バルト殿。」

 にこやかに、そして少し楽しげな口調で、リルドがそう言った。昨日は酒の席と言う事もあり、深く観察はしていなかったが、着ているものは質素ながら見事に着こなしている好青年であった。自然に蓄えた顎髭も、バルトのように無造作ではなく小奇麗にまとまっている。

 「こちらこそ。今日は良い話になるといいですな。」

 リルドから差し出された握手を力強く返しながら、バルトがそう言った。

 「どうぞ、お座りください。」

 続けて、慣れた様子でリルドがそう言った。シアールに取ってこのような商談の席につくことは初めてではないが、どうにも落ち着かない気分を味わうことには変わらなかった。場違い、と自覚しているからかもしれないし、商談の場における商人達の瞳は、戦を前にした傭兵の目線にも匹敵するものがあるからかも知れない。

 「昨日はお楽しみいただけましたか?」

 やんわりと、リルドがそう言った。

 「おかげさまで、久しぶりに旨い酒が飲めました。」

 「それは何よりです。そう言えば、昨日の店に新商品ができたのはご存知でしたか?確かポテトフライとかいう名前でしたか。新大陸産のジャガイモを用いているそうで。」

 「それでしたら、一口程度に。ほくほくとして、美味でしたな。」

 「新大陸様々、というところですね。ジャガイモは生育が簡易らしく、麦類が育たないような痩せた土地でもよく育つとか。」

 「面白そうですな。ムガリアに種を輸送したら面白い事になりそうだ。」

 「いい商売になりますね、きっと。」

 そこでリルドはにこやかな笑いを見せた。逆にバルトは僅かに瞳を細めただけである。商売のやり方が異なるのだろうが、バルトは商談の詰めに入るまで笑顔を見せない。最後のひと押しに効果的だと良く理解しているからだろう。

 「さて、そろそろ本題に入りましょうか。」

 ほんの少し、なごんだ空気に安堵するように、リルドがそう言った。人間関係とは誠に難しい。言葉だけで人を従えなければならないとは、シアールにしてみれば少しまどろっこしく感じてしまう。

 「バルト殿の取扱品目は嗜好品の類、ということで宜しいでしょうか?」

 「その通りです。一般的なものばかりですよ。香辛料に紅茶が全体の八割、という所でしょうか。」

 「後の二割は?」

 「殆どがミン帝国の陶磁器です。一部、銀貨も持ってきましたが。」

 「銀貨、ですか。」

 意外そうな表情で、リルドがそう言った。

 「極東の島国から良質な銀が大量に生産されているそうでしてね。東世界の方では銀がだぶついておりまして、割合安値で手に入ったのです。こちらは売り物ではなく、同重量のシシル銀貨と交換する予定です。それだけでも為替益が手に入りますからね。」

 「それはいい取引をなさいましたね。どのくらいの利幅になるのでしょうか。」

 興味を抱いた様子で、リルドがそう言った。

 「恐らく、1.5倍から、上手く行けば2倍というところでしょう。まだ両替商には顔を出していませんから、確定ではありませんが。」

 「それは素晴らしい。成程、東世界の銀ですか。これは盲点でした。」

 「金貨には手出しできませんからな。」

 相槌を打ちながら、バルトがそう言った。新大陸の鉱山から大量の金が発掘されているおかげで、ミルドガルド大陸では金貨が多少余り気味であるのだ。

 「では、銀以外の商品の転売をご検討されているのですか?」

 「仰る通りです。」

 「ビザンツ帝国向けに?」

 「当初はその予定でしたが、昨晩リルド殿に教えて頂いた通りらしい。」

 バルトはそう言いながら、先程部下の商人達から預かったメモ用紙を机の上に置いた。

 「言葉を信用していない訳ではないが、念のため調査しました。一通りの商社を回ったが、どこも転売先が無いと困り果てていましたよ。」

 「そうでしょうね。グロリア王国だけで消費するにはムガリア貿易は取扱量が多すぎます。止む無くアリア王国に安価で転売しているという噂もありますね。」

 「その様子ですな。結局はどうにか売れ残りを避けられている程度に過ぎない様子ですが。何しろアリア王国の商船団は陸路とは比べ物にならない程の大量輸送が可能ですからな。勿論、陸路に比べてリスクが高いことも事実ですが、全体としてみれば海運の方が有利でしょう。」

 「全く、仰る通りだと思います。」

 同情を見せるように、リルドがそう言った。

 「それで、フィヨルド王国に輸出されると?」

 バルトがそう訊ねた。

 「ご明察の通り、フィヨルド王国は東方物産を喉から手が出るほどに欲しがっておりますからね。」

 「しかし、国交の問題があるでしょう。」

 身を乗り出しながら、バルトがそう言った。

 「ごもっとも。ですが、突破口が開けました。」

 「突破口?」

 理解できない、という様子で首を傾げたバルトに、リルドは神妙に声を落としながら、口を開いた。

 「それが昨日お話した、ヤーヴェ教新派の動きです。」

 「ターラナ辺境伯が囲っているという?」

 「そうです。どうやら、ターラナ伯はフィヨルド王国に対して反旗を翻すらしい、という噂がまことしやかに流れています。」

 「にわかには信じられませんな。」

 額に皺をよせながら、バルトがそう言った。それまで沈黙を保っていたシアールも思わず眉をひそめる。

 「実際に武力闘争に持ち込むつもりなのかは分かりませんが、状況的な証拠はそろっています。」

 そう言うと、リルドはバルトの目の前で人差し指を掲げた。 

 「一つ目に、ヤーヴェ教と対立しているイシュバル=リリンを囲っていること。二つ目に、グロリアに流れる武器の一部がターラナ地方に流れていること。そして三つ目、これが一番重要です。ターラナ公が、個人的にグロリア王国との貿易を取り行おうとしていること。」

 「しかし、ターラナ公はフィヨルド王国の重鎮でしょう。そう簡単に裏切るはずがない。」

 思わず、シアールは前のめりになりながら口を開いた。突然の横槍に動ずる様子も見せずに、リルドは落ち着き払った様子で答えた。

 「重鎮ながら、辺境に押しやられている。歴史的な理由をご存じでいらっしゃいますか?」

 「いや、それは。」

 思わず口ごもったシアールの代わりに、バルトが口を開いた。

 「元々、フィヨルド王国は連合国家ですからな。およそ二百年前に起きたタタリア帝国からの祖国解放戦争で、有力候補に挙がった豪族がターラナ地方を支配していたウインテッド家と、現在の王家であるヴェルグラム家と聞いています。それまで一時的にフィヨルド地方を支配していたタタリア帝国を崩壊させた後、一時は内乱の危機すらあったと聞いておりますが。」

 「それを防いだのが、ヴェルグラム家の戦略です。彼らはいち早くシルバ教国との同盟を組み、ヤーヴェ教会からフィヨルド王国の正当な支配者という認定を受けることになった。これが原因でウインテッド家の勢いは低減し、止む無く配下に下ったと言われています。」

 「フィヨルド地方はタタリア帝国の支配下であってもヤーヴェ教を信奉していたと言われていますから、当然のことでしょう。」

 納得を示す様に、バルトがそう言った。

 「そして、漸くターラナ伯に宗教的な整合性を持った反乱理由が出来上がった。それがヤーヴェ教新派です。彼らは聖書に厳密に行動すべきだと訴えている様子でしてな、利権にまみれた教会組織に疑問を持つ人間を次々と集合させているそうです。」

 続けて、リルドがそう言った。

 「それで、兵力を増強させていると?」

 「兵力と、資金ですね。」

 バルトの問いに対して、リルドは簡単な訂正を加えながらそう答えた。そのまま、言葉を続ける。

 「但し、この情報はまだ公にはされておりません。グロリア王国としてはフィヨルド王国に構っている暇が無い、という所でしょうからね。一部の旅商人に噂話として伝わっている程度です。ですが、確実な情報であるかと。」

 「分かりました、リルド殿。もう少し、具体的なお話に入りましょうか。」

 バルトが一つ吐息を漏らして、少しの焦りを見せるようにそう言った。

 「ありがとうございます、バルト殿。」

 にこり、と嬉しそうに、リルドは笑った。

 「恐らく、昔ながらの商社の相場は七割から半値という安値を提示された事でしょう。それを、通常の価格で買い取らせていただければと思います。」

 堂々と、リルドがそう言った。

 「支払いは?」

 バルトが訊ねる。

 「当然、商品と同時交換で。」

 リルドがそう言った。そこでバルトは少し考えるように、沈黙を保つ。やがて。

 「でしたら、お売り致しましょう。」

 珍しい笑顔を見せながら、バルトはそう言った。

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
1
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択