~ジェニス王立学園・講堂~
ビ――――――!
劇が始まる音がなると講堂内は暗くなり、アナウンスが入った。
「……大変お待たせしました。ただ今より、生徒会が主催する史劇、『白き花のマドリガル』を上演します。皆様、最後までごゆっくりお楽しみください……」
「……ちょうどいい時に入って来れたようだな……」
そこにちょうどリウイ達が講堂に入って来た。
「……椅子はもう埋まっちゃっているよ、お兄ちゃん。」
「ふむ、ならば適当な場所で立って観るか。……2階に上がれるようだな。あそこなら観客達に気付かれにくいし、ちょうどいいな。」
そしてリウイ達は2階に移動して静かに劇が始まるのを待った。
しばらくすると語り手役のジルが出て来て劇のあらすじを語り始めた。
「時は七耀暦1100年代……。100年前のリベールではいまだ貴族制が残っていました。一方、商人たちを中心とした平民勢力の台頭も著しく……貴族勢力と平民勢力の対立は日増しに激化していったのです。王家と協会による仲裁も功を奏しませんでした……。そんな時代……。時の国王が病で崩御されて一年が過ぎたくらいの頃……。早春の晩、グランセル城の屋上にある空中庭園からこの物語が始まります……」
語り終わったジルは舞台脇に引き上げ、照明が舞台を照らした。そこにはヨシュア――セシリア姫が舞台の真中に立っていた。
「街の光は、人々の輝き……。あの1つ1つにそれぞれの幸せがあるのですね。ああ、それなのにわたくしは……」
「姫様……。こんな所にいらっしゃいましたか。」
「そろそろお休みくださいませ。あまり夜更かしをされてはお身体に障りますわ。」
憂いの表情をしているセシリアに侍女たちが近付いて来て気遣った。
「いいのです。わたくしなど病にかかれば……。そうすれば、このリベールの火種とならずに済むのですから。」
「まあ、どうかそんな事を仰らないでくださいまし!」
「姫様はリベールの至宝……。よき旦那様と結ばれて王国を統べる方なのですから。」
「わたくし、結婚などしません。亡きお父様の遺言とはいえこればかりはどうしても……」
「どうしてでございますか?あのように立派な求婚者が2人もいらっしゃるのに……」
「1人は公爵家の嫡男にして近衛騎士副団長のユリウス様……」
「もう1人は、平民出身ながら帝国との紛争で功績を挙げられた猛将オスカー様……」
「「はあ~、どちらも素敵ですわ♪」」
侍女たちは声を揃えて憧れの声を出した。
「…………………………………………。彼らが素晴らしい人物であるのはわたくしが一番良く知っています。」
セリフを言いながらセシリアは数歩前に出て、祈りの仕草をしてセリフを言った。
「ああ、オスカー、ユリウス……。わたくしは……どちらを選べばいいのでしょう?」
(まあ、あのお姫様は……ヨシュアさんではありませんか。ふふ、男女の配役が逆とは……。ジルもなかなか考えましたわね。)
(はい、お嬢様。ただヨシュア様はともかく他のメイドの方はちょっと……)
劇の配役の一部を見たメイベルは微笑み、リラは侍女役の男性達に眉をしかめた。そして舞台の人物が代わり、今度はエステル――紅騎士ユリウスとクロ―ゼ――蒼騎士オスカーが出て来た。
「覚えているか、オスカー?幼き日、棒切れを手にしてこの路地裏を駆け回った日々のことを。」
「ユリウス……。忘れることができようか。君と、セシリア様と無邪気に過ごしたあの日々……。かけがえのない自分の宝だ。」
「ふふ、あの時は驚いたものだ。お忍びで遊びに来ていたのが私だけではなかったとはな……」
「舞い散る桜のごとき可憐さと清水のごとき潔さを備えた少女……。セシリア様はまさに自分たちにとっての太陽だった。」
「だが、その輝きは日増しに翳りを帯びてきている。貴族勢力と平民勢力……。両者の対立は避けられぬ所まで来ている。姫の嘆きも無理はない……」
「そして……。ああ、何という事だろう。その嘆きを深くしているのが他ならぬ我々の存在だとは……」
「2人ともこんな所にいたか。」
「「団長!!」」
語り合っているユリウスとオスカーの所にプリネ――騎士団長ザムザが近付いて来た。
「ユリウス、公爵がお前を探していたぞ。」
「はっ……団長の手を煩わせてしまい……申し訳ありません!」
「オスカー、お前も議長がお呼びだったぞ。」
「……申し訳ございません。すぐに参ります。」
ザムザの言葉にユリウスとオスカーは敬礼して答えた。
「………今、国は2つに分かれている。お前達がこうして顔を合わせ密談しているのはお前達にとってあまりいいことではないぞ。」
ザムザは厳かな口調で2人に忠告した。
「………お言葉ですが、団長。私とオスカーは団長の元で共に剣を学んだ身……同門仲間と会話してはいけないのでしょうか?」
「……………………」
ユリウスの言葉にザムザは目を閉じて何も語らず去って行った。
(きゃあきゃあ!お姉ちゃんたちステキ!)
(く、悔しいけど……男よりも格好いいかも……)
(ママ、カッコイイ!)
(ご主人様、凛々しいです……)
(ふふ……。静かに見ましょうね)
エステル達の登場に小声で騒いでいる子供達にテレサは優しく諭した。
(あ……プリネです!リウイ様!)
(うむ!騎士団長役とは、さすが余の妹だな!)
(ん。エヴリーヌも鼻が高いよ。)
(わかっている、そうはしゃぐな。………それにしても騎士団長役か………中々役作りはできているようだな。役といい、あの衣装服を見てるとシルフィアを思い出すな……)
(フフ……シルフィア様を思い出させるほどの演技と言われれば、最高の褒め言葉ですよ、お父様。)
(…………………)
一方プリネの登場に小声ではしゃいでいたペテレーネ達を諭したリウイだったが、ティアの言葉に居心地が悪くなり押し黙った。そしてまた舞台は変わり、貴族勢力筆頭の公爵とユリウスの会話の場面になった。
「ユリウスよ、判っておろうな。これ以上、平民どもの増長を許すわけにはいかんのだ。ましてや、我らが主と仰ぐ者が平民出身となった日には……。伝統あるリベールの権威は地に落ちるであろう。」
「お言葉ですが、父上……。東に共和国が建国されてから10年ほどの年月が流れました。最早、平民勢力の台頭も時代の流れなのではないかと。」
厳かな口調で話す公爵にユリウスは歩み寄って答えた。
「おぞましいことを言うな!」
ユリウスの言葉に公爵は席を立って怒鳴った。
「何が自由か!何が平等か!高貴も下賤もひとまとめにして伝統を捨てるそのあさましさ。帝国の軍門に下った方がはるかにマシと言うものよ!」
公爵はユリウスに詰め寄って怒鳴り続けた。
「父上!」
公爵の言葉にユリウスは信じられない表情で叫んだ。
「ヒック……。公爵の言う事ももっともだ。平民どもに付け上がらせたら伝統は失われるばかりだからな。」
(閣下……。もう少し声を抑えめに……)
(…………………)
酔っているデュナンは劇の公爵の言葉に同意し、フィリップは慌てて諌めた。また、デュナンの言葉が聞こえたリウイは眉をひそめていた。そして舞台はオスカーと平民派代表の議長との会話の場面になった。
「オスカー君。君には期待しているよ王家さえ味方に付けられれば貴族派を抑えることができる。そうすれば、我々平民派が名実ともに主導権を握れるのだ。」
議長は不敵な笑いをしながら言った。
「しかし議長……。自分は納得できません。このような政治の駆け引きにセシリア様を利用するなど……」
「フフ、なんとも無欲な事だな。いくら名目上の地位とはいえ王となるチャンスだというのに。君が拒否するというのであれば流血の革命が起きるというだけ……。貴族はもちろん、王族の方々にも歴史の闇に消えて頂くだけのことだ。」
「議長!」
議長の言葉にオスカーは叫んだ。
(フム、大したものだ。時代考証もしっかりしている。最初、男女の役が逆と聞いていかがなものかと思いましたがな。)
(ふふ、生徒たち全員の努力のたまものでしょうな。それと協力をしてくれた若き遊撃士たちの……)
ダルモアの評価する言葉にコリンズは微笑みながら頷いた。そして舞台はオスカー一人の場面になった。
「流血の革命だけは起こさせるわけにはいかない……。ユリウスもセシリア様も死なせるわけにはいかない……。自分は……いったいどうしたらいいんだ。」
悩むオスカーのところに酔っ払いが現れた。
「ういっく……。ううう……だめだ……気持ち悪い……」
「おっと、大丈夫か?あまり飲み過ぎるものではないな。いくら春とはいえこんな所で寝たら風邪を引くぞ。」
「うう……親切な騎士様……どうもありがとうごぜえますだ。」
「騎士様はやめてくれ……。自分は大した人物ではない。何をすべきかも判らずに道に迷うだけの未熟者だ……」
酔っ払いの感謝の言葉にオスカーは暗い表情で答えた。
「まったくその通りだな。」
「なに?」
その時、酔っ払いがオスカーの腕をナイフで切った。
「くっ、利き腕が……」
オスカーは切られた腕を抑えて一歩下がった。
「けけけ……。こいつには痺れ薬が塗ってある。大人しく観念してもらおうか。」
「貴様……。何者かに雇われた刺客か!?」
「あんたが目障りというさる高貴な方のご命令でなぁ。前払いも気前が良かったし、てめぇには死んでもらうぜっ!」
(なーるほど……。なかなか見せてくれるじゃねえの。となるとこの次の展開は……。……いかんいかん。危うく仕事を忘れるとこだったぜ。)
劇を見ていたナイアルは生徒達の演技や話の作りの上手さに感心した後、ある人物の監視を続けた。さらに舞台は変わりユリウスのセシリアへの求婚の場面に写った。
「久しぶりですね、姫。」
「ユリウス……。本当に久しぶりです……。今日は……オスカーと一緒ではないのですね。お父様がご存命だったころ……宮廷であなた達が談笑するさまは侍女たちの憧れの的でしたのに。」
「……姫もご存じのように王国は存亡の危機を迎えています。私と彼が親しくすることは最早、かなわぬものかと……」
「…………………………………………」
ユリウスの言葉にセシリアは目を伏せた。
「今日は姫に、あることをお願いしたく参上しました。」
「お願い……ですか?」
「私とオスカー……。近衛騎士団長と若き猛将との決闘を許していただきたいのです。そして勝者には……姫の夫たる幸運をお与えください。」
「!!!」
ユリウスの求婚にセシリアは目を見開いた。
「………失礼します。」
そしてユリウスは一礼し、去った。
「………ああ。……とうとうこの日が来てしまったのね……どうすれば………」
一人になったセシリアは悲哀の表情になった。そこに妖精役のパズモとマーリオンが舞台脇から現れた。
「まあ、あなた達はもしかして妖精さん!?」
パズモ達の登場にセシリアは驚いた。
(さて……と。私も演技をしますか。)
パズモはセシリアの周囲を飛び回り、セシリアの肩に止まった。
「セシリア様……私達妖精は……あなた達がまだ子供の頃から……ずっと見てました。あなたの笑顔は……私達妖精も……何度元気づけられ事か。……今度は私達が……恩を返す番です。……どうかセシリア様が……今したい行動を……おっしゃって下さい。」
「………………ありがとう。じゃあ、一つお願いしていいかしら?」
マーリオンの言葉にセシリアは微笑みながら答えた。
(あれは一体………)
(わぁ……妖精さんだ!)
(学園長……あの生物達は一体……)
(………わかりませぬ。お伽噺等で出てくる妖精のようにも見えますが……そう言えばジル君が今回の劇は驚くところがあるから当日まで秘密と言っていたが、まさか妖精達を劇に出すとは……一体どうやったんだ?)
パズモとマーリオンの登場に講堂内は静かに騒ぎ出し、ダルモアの質問にコリンズは困惑しながら答えた。
(フッ………まさか、マーリオンまで参加しているとは思わなかったな………)
小声で囁き合う観客達の声を気にせず、リウイは口元に笑みを浮かべた。
そしていよいよ劇『白き花のマドリガル』は終盤に差し掛かった………
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