No.456191 魔法少女リリカルなのは~生まれ墜ちるは悪魔の子~ 十四話2012-07-20 11:39:12 投稿 / 全1ページ 総閲覧数:2455 閲覧ユーザー数:2346 |
海鳴の日暮れの時間は最近になって長くなってきた。会社帰りのサラリーマンは帰宅し、子連れの親子も手を繋いで帰宅し、友達と遊んでいた子供も各々の家へと帰宅する。
周りの風景が暗くなる前に既に夕食をとる家庭風景もあった。
―――ガツガツムシャムシャ……
そこに突然の客人が来たとしても……
今現在、一人の少年を招いた家の家主である八神はやては呆気にとられていた。自分の目の前には出された料理を全て平らげる光景があり、質量保存の法則を完全に無視した光景でもあった。
きっかけは昼間に絡まれた所を助けてもらったことだった。
恩を感じたはやては目の前の少年・カリフに声をかけ、お礼をしたいと申し出た。
最初はカリフもめんどくさいと思ってそのまま立ち去ろうとしたのだが、はやてがお礼としてご馳走するとのことで立ち去る足を止めた。
あとはそこからなし崩しに互いに自己紹介、足りない食材の買い物に付き添って車イスを押してやるなど気の利いたことをすすんでやった。
そして、はやて本人もそのことに確かな嬉しさを感じながら意気揚々と料理を開始した。
いつもとは違って、客に食べさせる緊張と初めて一緒に食べることへの期待によって気合いの入り方が一層違った。
パスタ、丼物、サラダ、フルーツの角切り、唐揚げ等々、今の自分の出し得る全力投球をぶつけようとしたのだが、勢い余って作り過ぎてしまい、ゆうに十数人分は作ってしまった。
お金は毎月送られてくるから困ることもなく、いつも一人分しか作ってなかったために初めて来た男の子がどれだけ食べるかが分からなかったので、余るくらいに作っておいて後に食べる残りとしてとっておこうと思っていたのだが……
「ほんとよう食べるね~。十人分くらいあったのにもうなくなってもうた」
「これくらい普通だと思うんだが?」
「そうなん? あ、お茶いる?」
「いや、ここまでやってもらったのだ。それくらいは自分でするさ」
「遠慮なんかせんでええよ? 初めての客なんやから私にやらせて?」
「……そうか」
もてなしを嬉々としてやるはやてにカリフはおかしな奴だと認識しながらも机に座ったままを維持し、出されたお茶を飲む。
向かい側にはやてが座り、お茶を飲みながら聞いてみた。
「お前変わってるな」
「え? どこが?」
「全てだ。急に見ず知らずのオレを住処に入れるだけでなくメシも食わせるとはな」
「あぁ、そのこと?……ってあんさんが私を助けてくれたからこうしてもてなしたんや」
「助け……んなことしたっけ?」
両肘を机に乗せてズイズイっと詰め寄るはやてにカリフは頭を捻って思い返すが、あまりそう言った記憶がない。
心当たりはあるが、あの時は衝動的なイラつきからの行動からであり、あのまま立ち去っていたらはやてを覚えるどころか顔さえも眼中にいれてなかっただろう。
だが、そんな些細なことからこうして美味いメシにありつけ、管理局から逃れたのだからまさに僥倖としか言えない。
極力、はやては巻き込まない方針でいくつもりだから、はやてを脅したとだけ言い訳しとけば万事解決である。
そんなこと考えていると、はやては苦笑した。
「あはは……まあでも、私にとっては凄く嬉しいことやったから問題なんかあらへん。おおきにな」
「……そんな綺麗な瞳でオレを見るな」
カリフも自分の行動に覚えがあるのか、純粋に喜んでいるはやてが眩しく見えた。
これからも止めるつもりはないが、世の中の汚いところを知らない少女に若干気圧された。
少し表情をひくつかせていると、はやてはその表情から自分が迷惑をかけたのかと錯覚してしまった。
「あ……もしかして、こんなこと迷惑やった?」
「え? なんで?」
急にシュンとなるはやてにカリフも訳が分からずに聞き返すと、はやてはしおらしく聞いてきた。
「だって私が無理矢理招いてきたんや……なんか用事があったかもしれへんのに……それに、こんな時間やったらお母さんとお父さん心配してへん?」
何気なく聞いたその問いにカリフはあっけらかんとして答えた。
「確かに用事はあるが、別に急用じゃなかったからいい。それに、オレの両親はいねえよ」
「え?」
最後の言葉にはやては静かに驚くが、カリフは構わずに続ける。
「今のオレには両親などいねえよ。今は知り合いのとこで世話になってるけど今は帰れねえからな」
「……そっか……なんかごめん……」
「別に」
本当になんでもないかのように喋るカリフにはやては思わず漏れたように呟いた。
「私も……」
「あん?」
「……家族……いないんよ……」
「なに?」
急な告白にカリフも胡坐をかいていた状態のままはやてを見た。
そこには影を落として俯き、さっきの明るさなど微塵も感じられない。
「私……物心がついた時からもう親がおらんくて……お金は親戚の人からおくられてくるんやけど一度も会ったこと無いから知り合いとはいえへんし……知ってるのはこの足を治療してくれる石田先生って人だけなんや」
はは……と力無く笑って誤魔化した後、カリフを見据えて聞いてみた。
「それでな、カリフくんは寂しくないのかなって気になってみたり……」
上目遣いで恐る恐る聞くが、やはり申し訳ないと思っているのか声に覇気がない。この質問に対して失礼なことだと自覚したのは聞いてしまった後だからもう遅い。
だけど、初めてできたかもしれない憧れの同い年の友達でありながら自分の身の上と酷似している人生を歩んでいる目の前の少年に聞いてみたかった。
この世界は楽しいのか……と
そんなこと、人によっては答えは違うのに、聞いて、そして自分と同じだと思いたい。こんなに不幸なのは自分だけじゃないという共有が欲しかった。
我ながら最低だとは思いながらも心は止まらない。自己嫌悪しているはやての前ではカリフは首を捻って答えをさがしていた。
「う~ん……うん!」
捻っていた首を起こし、カリフは腕を組み、ふんぞり返りながら答えた。
「分かんねえ……」
「へ?」
随分とあっさりと答えたカリフにはやてはポカンと口を開けて固まった。まだ考えて二秒も経っていないのだが……
そんなはやてに構わずにカリフはあっけらかんと続けた。
「いやだってなぁ……今までそんなこと考えたことなかったし、考えようとは思わなかったし、そもそもオレは一人でいることが好きだからさ、今でも全然不自由もしてないね。それに何年かは親元離れて放浪しながらサバイバル技術を身に付けたりスリリングな体験もしてきて結構楽しかったし今でもあまり変わらないし。それにオレは一応旅行とか観光とか知らない場所を行ったりするのも結構好きだから知らない場所に投げ出されてもそんなに不安もねえし寂しくなんかはならねえっていうか結構はしゃいでやりすぎちまうこともしばしばあってな。さっきなんて管理局の出しゃばった小僧を……」
「は、はぁ……」
おかしい、なにか調子が狂うというかそもそもの話が通じているかがもう怪しい。
自分はそれなりにシリアスな話をしていたはずなのだが、返ってきた答えは必要以上に長い持論であり、後半に至ってはもう愚痴になっていた。
そして、話しているカリフの表情がどこか清々しく見えていた。
それは慣れからくるものなのかと思ったが、カリフの次の言葉でその認識は変わった。
「つまりだ、結局は気持ちの持ちようでどうとでもなる……人生なんてそんくらい適当にできてんだよ」
「……」
「やりたいことをやり、欲望のままに生きるのがオレの目標であり、人生だ。そこに『悲しみ』なんて入れる余地もないし、必要もなければそんな時間もない」
悲観や後悔、そんな感情は全く無く、前だけを見据えて進もうとしている。
過去を忘れるわけじゃない。
それでも生き生きとしているカリフの無表情で、どこか晴れやかな顔を見てはやては恥ずかしくなった。
目の前の少年は過去じゃなくて未来を見据え、そのために一生懸命に生きている。
それなのに、自分は悲観的になって同情を求め、目の前の子にそれを求めた。
もしかしなくても、相手の過去に無断で踏み入れて傷つけようとしたのだ。自分の都合で最低なことをしてしまうところだった。
「すごいわ……とてもじゃないけど私じゃそんな……」
自分の弱さを吐露しながら弱音を吐く自分に嫌気がさした。ちょっとしたことをきっかけに自分の感情が今までせき止めらていたダムが決壊したかのように溢れそうになるのを抑えている。自分はここまで弱いのかと自覚させられてしまった。
初対面の相手になんでこんなことを話しているのかと……
「そう思っているだけでお前は損をしているな」
「はは……そうかもしれへん……」
「ていうかそろそろ帰っていいか? ここに長居するわけにはいかないんでな」
「あ、うん……ごめんな?……無理に引きとめて……」
「じゃあな、お前も精々その自分の生きがいを見つけるのに努力するんだな」
「……」
なんだか自分とは関係の無いことを話されそうになり、話を聞くのもダルくなってきたカリフは適当に切り上げて帰ろうとしたが、はやては何も言うでもなく益々暗くなって俯く。
こんな反応に慣れていないカリフは立ち上がって玄関までは来たのだが、暗いままそれでも律儀に見送りにまで来るはやてに居心地の悪さを感じる。
「じゃ……」
「うん……さようなら……」
「……」
「……」
「…………おい、なんか書くものと紙持ってこい」
「え? う、うん……」
扉を中途半端に開けてから動かずに紙とペンを持って来るように言うカリフにはやては予想外なことに戸惑いながらも引き返してペンと紙を手渡すと、カリフは携帯をとりだしてスラスラと携帯の画面を紙に写す。
そして、写し終わると紙をはやてに渡す。そして、渡された本人が見てみると紙にはなにやら数字の列が並んでいた。
それに対して少し考えると、すぐに思い至ったのかカリフに視線を向けると、既にドアを開けて出ていこうとしているカリフ。
最後にこう残した。
「お前の愚痴には興味はないが、お前のメシは美味かったし……まあ、なんだ、オレも都合があるから住処には困ってしまうかもしれんからな。保険だ」
「え、それって……」
「不本意だが、お前には借りができてしまったからな。何かあったらそれで呼ぶがいい」
「!……うん!!」
カリフの真意に気付いたはやてはすぐに嬉しそうに頷き、さっきまでの陰りは全く無かった。
「だが、勘違いするな。それはお前に対する借りであって、お前のいいなりになるつもりはないし、借りが消えたら全てチャラにする。これも言っておくが、気に食わん依頼だったら断らせてもらうからな」
「……うん! その時はいつでも遊びに来てな!! ご飯も一杯食べさせてあげる!!」
「……ふん、まあタダ飯食えるなら少しくらいならお前の手助けをしてやらんでもない」
そう言いながらドアの先へと出ていこうとするカリフにはやては嬉しそうに手を振って見送った。
「またね~! 今日はおおきにな~!」
ドアが閉まるその時まではやては手を振って見送った。
はやての家から少し遠ざかり、カリフは少しの疲労を隠せずに溜息を吐きながら暗くなってきた路地を再び歩き出す。
そして、また一人となったカリフはとりあえず今日だけ野宿しようと、快適そうな場所を探そうとした時だった。
「うお?」
足を踏み出そうとしていた場所に突如として紫の魔法陣が浮かび上がる。魔法陣は薄暗い夜道をぼんやりと照らす。
「これは……なんかプレシアくせぇ」
魔力の探知や見極めができないカリフだが、目の前の魔法陣からは一度だけ味わった波動に似ていたことと、後は野性の勘から魔法陣から危険を感じはしなかった。
「呼んでいるのか?」
なんとなくだが、そんな気もした。根拠はもちろん勘だ。
「オレを呼ぶんだ。相応のもてなしは用意してるのだろうなぁ?」
呼ばれた(かもしれない)用事よりもプレシアのところのもてなしにしか興味を示さないカリフは相変わらずである。
とりあえず欲望の赴くままに魔法陣の中に入ると、魔法陣は強い光を発し、カリフだけを包みこんだ。
「ようこそ、時の庭園へ」
次に目に入ってきた光景は見たことのある大広間とそのテーブルに広がっている大量の食事、そしていつもの恰好でありながら丁寧に礼をとるプレシアだった。
「随分と似合わないことをするようになったな」
「言わないで……今やって自分で思ったから……」
「いただきまーす」
「シカトかよ」
高速移動でテーブルのご馳走を前に手を合わせるカリフにプレシアはツッコミながらもカリフだから仕方ない、との理由で苦笑しながら席について自分の分の食事を食べ始めた。自分はあまり食べないのだけど、カリフの分と比較するとあまりに小さく見えた。
「ど、どうかしら? 久しぶりだから自信ないのだけど……」
「うん、美味い」
「そう……」
自分で久しぶりに作った大量の料理を幸せそうに頬張りながら軽く返すカリフにプレシアもホッと胸をなでおろして食事を続ける。
しばらくの間は二人共食事を続けていたが、プレシアが食事を終えると未だに物凄い勢いで食べるカリフを呼んだ。
「今いいかしら?」
「ん? ムグムグ……」
「今日急に呼んだ理由なんだけど、最初のは忘れそうだから今済ませるわ。と言ってもあなたに渡す物があるってだけだけどね」
そう言って席から立ち上がってカリフの所にまで行き、カリフの前にネックレス型の小さな装置を置く。
首を傾げて凝視するカリフにプレシアは説明する。
「これは特殊な音波、電磁波を流してある範囲内の魔力を打ち消す道具で、通称『AMF』というプログラムを搭載させたもの。原理は聞く?」
「いらん。簡単に話せ」
「そうね……つまりはこのボタンを押せば魔法は消えるってわけ」
「ほう……」
食事を飲みこんでカリフはネックレスを興味深そうに眺めていると、ボタンが二つあることに気付いて質問した。
「これが魔力を消すんだったな。じゃあこれはなんだ?」
「それは強力な電磁波を飛ばすだけだけど、出力は側面のギアでコントロールできるから調整次第では周りの機械も故障するわ。そして……」
「?」
「それなら管理局のサーチャー……監視カメラから逃れることもできるわ」
プレシアの言葉にカリフは食べるのを手を止め、プレシアを見上げる。
「……」
少しの沈黙の後に静かに口を開けた。
「あとどれくらいだ?」
「このままじゃあ一ヶ月……いえ、半月も苦しいわ」
プレシアは自分の胸を押さえながらも悲観した様子も見せないまま自分の席まで戻ってグラスに葡萄からつくられた赤ワインを注ぐ。
そんな姿にカリフは少し驚いた様子を見せ、プレシアのカリフの初めての反応に気付いた。
「どうしたの?」
「いや、なんかお前……優しくなったと思ってな」
「そ、そうかしら?」
予想もしてなかった言葉にプレシアも顔が赤くなり、誤魔化すためにワインを一口含む。芳醇な香りと味を味わう一方でカリフは続ける。
「以前のような悲観さも邪悪さもない……それどころか目が生き返ったようだな。今のお前からは力強い生気を感じるぞ」
「あら? そうかしら?」
「……どうやらお前は自分の道を見つけたようだな」
ぼかして返していたプレシアの手が止まり、しばしの沈黙が流れるもその沈黙を絶ち切ったのはカリフだった。
「まあ、オレはお前のことにはあまり踏み入れる気はないからこれ以上は聞かんし、興味もない」
「そう……」
「そう言えばオレを呼んだ理由ってのはまだありそうなんだが、そっちから話さないか?」
「そうね……あなたに二つくらいの用があるの」
「内容による」
「大丈夫よ。一つは今ここであなたに聞きたいことがあったからなの」
「?」
ワインを飲みほして表情を引き締めてカリフに問う。
「私は……母親の資格なんてあったのかしら?」
「……」
「今までフェイトに酷いことをしてきた。痛めつけ、傷つけたの……身も心にも一生消えないかもしれない傷を……」
全てが始まったあの事故の日から私の元から全てが消えてしまった。
そんな現実を受け入れられず、拒否するために当時の地位を捨てて禁忌に触れた。
本当は気付いていたのに、自分で見て見ぬふりをして逃げてきた。
そんな弱くて自分勝手な自分があんなにも優しい娘の母だと言えるのだろうか?
この世に未練はもう無く、これからのフェイトとアルフの未来を守るための計画も練った。
だけど、その前に答えが欲しかった。
そして、今まさにその答えを目の前の少年に託した。
託してみたかった。
「う~ん……オレから見たらもうお前って母親としては最低な部類だしな~……正直、フェイトはトラウマになって、アルフには恨まれてるからその時点で母親どころか仇敵っつーかクズだな」
「ふふ……分かってたけど容赦ないわね……」
いつもの口調で純粋に思ったことを軽々と口にするカリフにまたも苦笑する。普通の人なら死ぬ寸前の人間に慰みくらいは送るのだろうが。
だからこそプレシアはカリフを呼んだ。
下手な慰みではなく、正直で、素直な答えを求めていた。
そして、予想通りの答えにプレシアは踏ん切りがついた。
それなら、最期まで外道、魔女であり続けよう、と思い、決心を固めた。
その後からの意外な答えがくるまでは……
「だが、それがなんだ?」
「え?」
カリフのいきなりの前言撤回にプレシアも思わず聞き返したのだが、カリフはプレシアの目を直接見つめて続けた。
「これはあくまでオレの意見だ。こんな意見一つでお前の価値が決まる訳が無い」
「でも、あなたは今さっき……」
「あれは“過去の”お前の話だ。今のお前がどうかは分からんが、少なくとも今目の前にいるお前は以前とは違う」
「……」
「そもそも、母親になるのに資格だとか権利だとか必要なのか?」
「え?」
「そんなくだらんことで悩んでいる内はお前は何者にもなれんただの半端者だ」
カリフは両肩を上げて心底呆れた仕草をしながら呟き、すぐに真剣な表情に戻って言った。
「問題は資格や権利じゃない……お前が奴等にとってのなんでありたいのかという“意志”だ」
「!!」
「そして、そいつが断固たる意志を抱く限りそれを否定することは法律にもオレにも……神にすらできることじゃない……決めるのはお前自身だ!」
「私……自身……」
「お前は他人から言われてからって本当に納得できるのか? フェイトを想う気持ちも全て嘘だ言うのか? とんだ親心だなぁ、素晴らしすぎて殺してえよ」
「そんなことあるわけ……!!」
「ならもう一度聞くぞ……お前はフェイトを愛しているか?」
カリフの追究にプレシアは俯き、恐る恐る答える。
「私は……」
「……」
「私はフェイトを愛してる……できるならあの子の母親だって……胸を張って言いたい……」
「……ふっ」
絞り出す様に言ったプレシアの言葉にカリフは口角を吊り上げる。
「なら、もうお前は紛れもなくフェイトの母親だ」
「で、でも……こんなことで今更母親なんて……」
「なれる。お前がなりたいと思う限り、その理想……欲望に従った姿がお前の真の姿なんだよ」
「……」
「さっきもはやてに言ったばかりだがな、人生なんてこんだけ適当ってことだ。欲望のままに生きてこそ人生と知れ」
当然のことのように歳に似合わない不敵な笑みを浮かべて腕を組むカリフにプレシアは呆然と今の言葉を心の中で繰り返す。
そんなプレシアにカリフは背中を見せて補足するように付け加えた。
「どいつもこいつもウジウジと悩みやがって……そんな簡単なことになんでだれも気付かねえんだかな」
「ねえ……」
「まだなにか?」
「なんで、私にそんな話を? あなたは私たちのことはどうでもいいんじゃなかったの?」
背後から聞いてくるプレシアにカリフはくどいと思いながらも話を聞くと、カリフはプレシアに見えないように笑って答えた。
「どいつもこいつもウジウジしてんのが癪に障るってのがある。後は……」
一息入れて答えた。
「どんなにみっともねえ姿になろうとも、何かに必死になる奴の姿勢は嫌いじゃねえからな」
そうとだけ言うと、カリフは最後にこう付け加えて部屋を出た。
「今日はここに泊まるから布団の用意はヨロ」
本当にいつも通りの姿にプレシアは自然と笑顔になってくる。
「本当に……勝手なことばっかり言って……」
憎まれ口を言いながら、彼女は涙を溜めて人知れずに呟いた。
この運命(さだめ)からは決して逃げられはしない。
だけど、一つだけ揺るがない事実が生まれた。
「……だから……私も勝手に言うわ……」
近い未来に消えゆく未来
途中で狂わされた人生
生きる気力を奪った悲劇
これらも決して忘れられることのできない過去としてプレシアの心を縛り付けている。
だけど、この時の彼女の心はそんな悲しみにも負けないくらいの安心感に包まれていた。
プレシアの瞳から一滴の雫が伝って床の絨毯に沁み込んだ。
「……ありがとう」
ほんのちょっとの言葉と
ほんのちょっとの後押しだけで
僅かだが、確かにプレシアの心は
救われた気がした……
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母親とはなんぞや……