No.455906

万華鏡と魔法少女、第三十二話、闇夜と忍

沢山の血を流し、同じ一族を手に掛けた一人の男


彼は唯一の弟と対峙して命を散らせた。

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2012-07-19 21:55:17 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:11271   閲覧ユーザー数:10256

少女を危険に晒さない様に仮面の人物から護るように立ち塞がる赤雲の衣を纏った謎の人物

 

 

彼に冷たい表情で深く釘を刺された仮面の人物は仕方なく彼女から手を引く事にした

 

 

大人しく話を聞かなければどうなる事か、想像しただけで堪ったものではない

 

 

「…君達はもう先に引いておけ、ひとまず条件はクリアしたんだ」

 

 

「…わかったよ…」

 

 

思っていたよりも投げかけられた赤雲の忍の言葉に対し聞き分けの良いその人物からの返答

 

 

彼等はその身を翻し、赤雲の衣を纏った謎の人物と先程、魔法合戦を繰り広げていた少女、高町なのはに背を向けると一瞬の内にその姿を消してしまった

 

 

その後ろ姿を黙って見送り、一人少女と共に取り残された赤雲の衣を纏った謎の人物

 

 

先程の冷たい言動とうって変わり彼は傷だらけのなのはに近づき異常が無いか確認する為に彼女に優しい声色で問いかける

 

 

「…さて、ほら何処か痛いところは無いか? どこかに酷い外傷は…無いな、心配要らなさそうだ…」

 

 

「…え、え!? ちょっと…」

 

 

なんだか、先程とは違う仮面の男の態度に戸惑いが隠せずひたすら動揺するなのは

 

 

そんな彼女を他所に、あろうことか彼は自身の懐から絆創膏や消毒液などを使い彼女の傷を丁寧に治療してゆく

 

 

敵対していた筈なのにズタボロにされた魔法少女がその敵のリーダーであろう人物から治療されるというシュールな光景

 

 

まさに、珍百景どころではないだろう

 

しかも、仮面の男から身体に絆創膏を貼られているなのはは確かその優しい声を何処かで聞いた覚えがあった

 

 

それは…そう半年前に…消えてしまった存在

 

自分が想いを寄せていた優しい面影と忘れる事の出来ないあの三つ巴の瞳を持った人物

 

 

だが、確信の無いなのははこの時その人物の名前を出す事を躊躇していた

 

 

幾ら面影や声が似通っていようとも別人という可能性だってある、しかもこの仮面の人物は自分の果たさなければならない任務の邪魔をした

 

 

そんな疑問が彼女にその問いかけを言葉に出させる事を留まらせていたのだ

 

 

しかしながら、そんな仮面の人物の正体を疑問に抱いていた彼女の思惑を崩すような出来事がこの後に控えていた

 

 

それは、まさに予想だにしない突然の不意打ちだった

 

 

「…久方ぶりだな、少し大きくなったか? なのは…」

 

 

「………へ?」

 

 

何かを取り筈ような音

 

 

静かに治療を受けていた彼女は仮面の男が何気に掛ける言葉に眼を丸くし彼を真っ直ぐに見つめる

 

暗闇の中に静かに風が流れ、少女の髪をざわめく様になびかせる、それはまるで彼女の内にある高鳴る鼓動と同調するかのように

 

 

正体を偽る仮面は外れ優しい声の主は温かみのある表情を覗かせる

 

 

「……あ、あぁ!!」

 

 

「半年ぶりだな…」

 

 

片手に顔から取り外した偽りの仮面を持ったまま微笑む忍

 

その瞬間、なのはは両手で鼻元を押さえの眼からは零れるように透明の雫が溢れ出した

 

いままで堪えていた言い表す事の出来ない自分が志ていた正義の疑問、葛藤に挟まれた荷から開放されるような感覚

 

 

彼女は有無も言わないまま、仮面を外したその人物の胸元に飛び込んだ

 

 

「イタチさんッ!!」

 

 

「おっと、フフ…相変わらずだな君は」

 

 

仮面の男の正体、うちはイタチ

 

 

微笑みを浮かべた仮面の下のその姿に彼女は半年の年月を経て再び眼の前に現れた彼の姿に歓喜せずにそして、涙せずにはいられなかった

 

 

彼女の前に姿を現したイタチもまた同じ、再会したクロノからの話を聞いてから、半年前の事件による自分の末路から責を感じ、葛藤をしている彼女の心情を少しでも開放してやりたいという一心であった

 

 

眼の前に示した過酷な光景によって引き起こしてしまった彼女の悲しみ

 

 

「…悪かった」

 

 

イタチは抱きしめているなのはの頭を何度も撫で、彼女が一息つくまで落ち着かせる事にした

 

 

「…よかったァ、よかったよぉ……」

 

 

彼女はイタチの腰に手を回して顔が涙で濡れているのを顧みず、何度も何度もそう呟いた

 

 

…よほど辛かったのかこの半年間は…

 

 

イタチは心の底から彼女の安堵する様な呟きと涙、そして声から優し気な瞳を向けてそう感じた

 

 

大体、この幼い少女にはまだ、死を受け止め切れる様な心なんてある筈が無いのはわかりきっていた事だ

 

 

半年間前のあの日の自分が選んだ道により引き起こされた出来事は彼女にとってもやはり相当ショックな事だったのだ

 

 

今は情に流してやり、改めて冷静さを取り戻したところで話をしても問題はないだろう

 

イタチの腕の中にいる彼女の中にはどうして彼が生きているのかという疑問、そして、同時に無事で眼の前にまた現れてくれた安堵でいっぱいであった

 

 

「…よかったァ…本当に…」

 

 

「…ほら、好い加減に泣き止め」

 

 

胸元を掴んで泣きつくなのはにそう言ってポンと、軽く背中を叩いてやるうちはイタチ

 

彼女はその言葉に何度も頷きながらも、眼から溢れ出す涙を止められずにいた

 

 

これだけ見ると魔法少女であるとはいえ、彼女もまだ幼い少女だと改めて思い知らされる

 

 

イタチはそんな彼女の両肩を掴みひとまず自身の身体から一旦引き離し同じ目線に眼を合わせると懐から小さな布を取り出し彼女の目元を拭ってやる

 

 

…半年前と何も変わらない、相変わらず本当に優しい心の持ち主だ

 

 

イタチは変わらない彼女の優しさに顔を綻ばせながら、ひとまず落ち着いてからの彼女の言葉を待つ事にした

 

 

しかしながら、彼女はまた再びイタチの懐にへと潜り込むとその胸元に顔を埋める

 

 

よほど、離れたく無いのだろうか…まぁ、半年前のあの事件の別れ方を思い返せばわからない訳では無いが…

 

 

イタチは仕方なく一息着くように溜息を吐くとその状態から彼女からの言葉を待つ、

 

この年の少女は繊細だというのをもっと自覚するべきだったと今頃になってイタチは思った

 

 

しばらくして自然と落ち着きを取り戻した彼女はゆっくりと重い口を開き彼に語り始めた

 

 

「…それで、…グス…イタチさんはなんであんな事を…?」

 

 

泣きついたイタチの胸元から顔を上げた彼女は首を傾げたまま彼へそう質問を投げかける

 

 

まぁ、当然だ…ヴィータの戦闘に無理やり介入し、彼女のやるべき事を妨害するという行動を起こしたのだ、

 

 

管理局の魔導士となった彼女からしてみれば街の人々を護る為の行動を邪魔されたという事になる

 

 

それに対して疑問に思っても無理は無いだろう

 

 

「さて、なにから話していいのやら…そうだな、しいて言うならまた大事なモノが出来てしまったからかな?」

 

「…大事なモノって…」

 

彼女はそれから紡ぐ言葉を失ってしまった、『大切なモノが出来た』というイタチからの一言、

 

それは、理不尽に海鳴町に住む人々の日常を脅かすあの謎の守護騎士達の蒐集という行動を促す様に手助けする理由にはならない

 

 

この時の彼女はちゃんとした自分にも分かりやすい明確な答えを出してくれないイタチに対して不安感を抱かずにはいられなかった

 

それに、自分や何より今、自分の目前にいるうちはイタチを殺した事でその罪から、自分自身を今も許せずにいる親友の金髪の魔法少女の事を考えるとそれは尚の事の様に募る

 

 

…未だに罪の意識に囚われている彼女や自分を差し置いて『大事なモノが出来た』の一言で片付けるには大き過ぎる出来事

 

 

なのはは自分よりもイタチから思われているその大事なモノに対しての少しばかりの嫉妬とそうして納得出来ない彼の解答から、抱きついていた服に力を込めてギュッと握りしめると次にこんな言葉をイタチに投げかけた

 

 

「…イタチさんはズルいよ、私やフェイトちゃんの事よりも、この町に住んでいる魔法に関係ない人達が被害に合うよりも、その新しくできた大事なモノの方が大切? 」

 

 

「…そうだな、今はそういう返答で問題ない…君が見た通りこれは俺が勝手にやり通そうとしているエゴの結果だ、君の邪魔をし闇の書のプログラムの一部である守護騎士の逃亡を手助けた…」

 

 

「…ッ!!」

 

 

彼女はそのイタチが紡ぐ言葉一つ一つから、彼があの闇の書の守護騎士となんらかの接点がある事を頭の中で仮説する

 

 

それなら何となく納得がいってしまう、自分を妨害してまで彼女に蒐集を行わせる理由

 

 

彼がどんな人間かもう彼女にはあの半年前の事件の後から何となくわかってきていた

 

 

「次は何を護ろうとしてるんですか、イタチさん」

 

 

彼女はイタチの服を強く握りしめたまま、俯き表情を窺わせないまま呟く様にそう訪ねる

 

 

イタチは困った様な顔を浮かべてそんな自分の服を強く握りしめた彼女の一言に言葉が思い浮かば無い

 

 

…さて、どう答えたものか…

 

 

自分が行おうとしている事を彼女に語る訳にもいかない、下手な事を口走れば面倒な事になるのが眼に見えてわかっている

 

 

だからここはひとまず偽りの事を答える事で上手くやり過ごした方がいい、まだはやてや守護騎士のシグナム達の繋がりの事を彼女に悟られる訳にはいかない

 

 

「…君達と同じだ、この町に住む人々の平和…」

 

 

イタチは自分の事を真っ直ぐに見つめる彼女の瞳から視線を逸らして言い辛そうにあからさまな嘘をついた

 

 

彼女の正義感のある真っ直ぐな眼差しはいまのイタチにとって眩しく受け止め切れないものだった

 

 

だからだろう、彼女はそれを微かに悟ったのか静かに掴んでいたイタチの胸倉からゆっくりと力を抜いた

 

 

それはやはり、彼がどこか浮かべていた重苦しい雰囲気から

 

 

ーーーー…違う、この町に住む人々の平和を護りたいなど大それた正義なんて自分は掲げてなんていない、ただ単に一人の少女を救いたいだけ

 

 

…一人の少女を救いたい、そんな自分勝手な願い、そのために自分は…

 

イタチは後ろめたい感情を悟らされまいと装おったまま、静かに未だに自分の赤雲のマントにしがみついているなのはの手に触れそっとそれを引き離す

 

 

それはまるで、彼女との間に眼には見えない境界線を張るように

 

 

「…時間だ、俺はもう行く…なのは」

 

 

 

「…っあ…」

 

 

彼女はイタチが自分を引き剥がすという行動で切り離されたマントを名残惜しそうに手放す

 

 

手放したく無い筈なのに彼自身が放つその雰囲気が彼女の口から放つ筈の引き止める言葉を打ち消す

 

…自分にはなにも話してはくれないイタチ

 

 

信頼が無い訳では無いのだろうが、これだけ彼の口から何も語られなければ、虚しいとしか言いようが無い

 

 

「…何も話してはくれないんですね、また…」

 

 

彼女は重い口調で呟く様に身体を引き剥がし、何も語らずそして自分との間に線を引いたイタチにそう告げた

 

 

勿論、その問いかけに彼は何も答えない、否答えようとはしない

 

 

彼女に返すべき言葉が何も見つからないから…

 

 

だから、ただ卑怯なまでにその彼女の呟きから一方的に逃げる事しか出来ない

 

 

「…今日は君にまた会える事が出来てよかった、とても楽しかった

 

そして、出来ればフェイトにはこの事を伝えないでやってはくれないだろうか?」

 

 

「…っ!どうしてですか?」

 

 

静かに語る彼が口走る信じられない言葉になのはは耳を疑った

 

 

以前、妹として共に過ごし、あれ程可愛がっていたフェイトに自分が生きている事を伝えるなという口止め

 

 

 

疑問を抱いている彼女からの言葉にイタチはそこからは何も感じ取る事が出来ない無表情を浮かべ、冷たい声色でこう答えた

 

 

「必要な事だからだ、俺が今動いているという事をクロノ以外の管理局の人間に知られる訳にはいかない、今回君の前に俺が姿を現したのは特別だ…だから今、俺は君の事を信用してこの事をお願いしている…聞いてくれるか?」

 

 

「だからって…」

 

 

真剣な眼差しで釘を刺す様にそう語るイタチの話になのはは言い返す筈の紡ぐべき言葉を完全に失った、

 

 

そう、時空管理局

 

 

彼等は未だに深い親交のあるクロノとは違いイタチの事を半年前の事件の首謀者としている事からわかるように彼が生きていると判明すれば危険分子として扱う事はすでに眼に見えている

 

 

上層部が派遣したフェイトの使い魔、アルフを殺害すべく送り込んだ管理局員をイタチが殺害の事実もある

 

 

あの時の証拠は上がってはいないが、恐らく管理局はその事も殺した人物は事件の首謀者だった自分だと決めつけているにちがいない

 

 

イタチにはそういった予測がついていた、現に管理局員の現状を把握できるクロノからの話を聞く限りでは間違いないと言っていい

 

 

 

自分の姿をフェイトに見せて彼女に面倒を掛ける訳にはいかない、だから、敢えてイタチは今回、なのはの前に身を晒す事を選んだのだ

 

彼女になら友人であるフェイトを支える役割を担ってくれる、そう確信をもって

 

 

「…フェイトの事を頼んだぞなのは…」

 

 

「…ッちょっと待って!」

 

 

立ち去ろうとするイタチを呼び止めようと声を上げるなのは

 

 

しかし、イタチの姿は彼女が呼び止めようと声を上げると共に霞んだ様に消えてゆく、まるで蜃気楼の様に…

 

 

そうして、夜の闇の中に一人その場で取り残される少女

 

 

彼女はイタチが先程まで居た場所を見つめ、誰にも聞こえない様な小さく震えるような声で呟く

 

 

 

「…ばか…」

 

 

 

 

 

 

再び交えた再会、それは実に短く、そして少女はかつての思い人に気持ちを伝えられない

 

 

時間だけが流れ、彼の存在が頭から消え去る事なく半年の年月がとても永く感じられていた筈なのに

 

 

少女は一人の夜の星空のしたどうしようもないやり切れなさと切なさを吐き出せずにいた

 

 


 
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