クロノとのやり取りから日は明けて、時間は夕方頃
イタチはフェイト達に会えない事をクロノに告げてから数日が経った
今日は特に用事がなかった為に日が暮れるまで身体を動かそうと毎朝、修行を行っている海鳴町の外れにある森にやってきたイタチ
まぁ、身体が鈍るのが分かるこの世界の中で自分が今精一杯できる抵抗のようなものであるのだが…
しかし、今回のイタチの修行は何故か珍しくシグナムとの手合わせを含んだものであった
偶々、この時間帯にこの場所に顔を出し出したらバッタリと彼女の剣のトレーニングの時間と被ったらしい
それで、折角だからと彼女がイタチに対して手合わせを所望したという訳である
彼女が戦闘(バトル)マニアである事は承知していたのだが、
まさか先日あれだけ死のシミュレーションを明確に彼女の眼に焼き付けた筈なのにもう挑んでくるとは…
「…君は猪思考だな、もうちょっと自重したらどうだ?」
イタチは空中に舞い、華麗な弧を描き出しながら、数本の手裏剣を手元からシグナムに向けて放ちつつ呆れた様な口調で告げる
一方、シグナムはそんなイタチの言葉に不満そうにむすっとしながらも飛んでくる手裏剣を綺麗にレヴァンティンで捌ききる
「…見くびらないで頂きたい、私は主を守るため強く在らねばと思っているからこそ闘いを重ね自分を磨きたいだけなのです」
そう言って、シグナムは振り回し手裏剣を捌いていたレヴァンティンの刃を真っ直ぐにイタチにへと向ける
…成る程、確かに成長するには戦い経験を積むのが一番だ…
しかしながら、欠けているなそれは本当に必要な強さかどうかという事を…
イタチは三つ巴の眼を見開き、瞬く間にシグナムとの距離を数センチにまで縮める
シグナムは勿論、そのスピードに反応できてはいない…
「…力は…持て余すと脅威になり、それはいずれ周りからの恐れを買う事になる…」
そう告げるイタチは自分に反応できていないシグナムに静かに囁く
純粋に求める力は有り余る力、代償を生み出し、それ故に兵器や人々から恐れを抱かれ孤独となるもの
イタチは次の瞬間に、シグナムの顎に容赦なく掌底を入れる
「…がッ!!」
勢いよく、イタチが放った掌底より突き上げられるシグナムの顎…
意識が一瞬だけ飛び、目の前が真っ白に染まる
そうして、彼女が意識を少しだけ手放した次の瞬間には…
「……ぐっ…は……!」
彼女の腹部に深々と間髪いれずにイタチの拳がめり込んでいた
この時、既に彼女の身体は地面から離れ完全に浮いた状態にへとなっている
そうして、続けて最後に豪快に振り回されたイタチの右足
見事にシグナムの顔面を撃ち抜く様に蹴り飛ばしフィニッシュとなる
二転三転と無様に地面を転がり、静止するシグナムの身体
イタチはそんな地面を転がり止まった彼女を確認すると三つ巴の眼を解き、黒い眼差しで見据えたままこう語り出す
「…戦いを求めるなら戦場に行くといい、強さを求めるのも人を殺したいなら尚更、そこには正義も無いし誰の咎めも受けない、その数だけ…悲劇があるだけだ」
イタチは冷たい声色で地面に伏す彼女に静かに語る
戦いだの強さを求めるなら最もな言葉だ
強さとは何か、彼女の場合それは護る為に戦うだけの力の事だ
だがしかし、今の彼女はまだ戦うだけの力を純粋に欲している様に感じられた
力には代償がいる、
それに伴い何かを犠牲にする決意、それと自らの身を投げ出す決意
時には、大事な者でさえもそれに差し出さなくては成らなくなる
力とは正義では無い、それは責任だ
「…今日はこれまでだ自分の使命を忘れる事なかれ…だ、シグナム」
イタチはそれだけ告げると身体全身をみるみる烏達に変貌させる
本当に大切なものは何か
もしかして、はやてを護る人間として自分は側に居れなくなる時がくるかもしれない
その時は、彼女が自分の代わりにはやてをちゃんと護って貰わなければな…
力を責任として、
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シグナムとの修行から、はやてが待つ家にへと無事に何事もなく帰宅したイタチ
数分の程度の時間を掛けるぐらいで済んだのは実に有難い、夕飯も作るのも俺の仕事だ
材料や食材はシャマルがいつも買ってきてくれているから、いつも助かっている
さて、今日は何を作ろうか
ちなみに気絶させて置いてきたシグナムの心配は大丈夫、あれくらいなら二時間もあれば眼を覚まして帰ってくる筈だ
こうしてイタチはいつも通りに八神家の玄関の扉を開けて帰宅する
早速だ、夕飯を早く作り終えてしまおう
だが、その時だった
イタチが家の中に足を踏み入れた途端、何処かおかしな違和感を感じられた
何だ…?この静けさは…
おかしい、普通ならはやてがこの時間に家に居る筈だし、玄関の音を聞いたら真っ先に声を上げて迎えてくれる
イタチは急いで家にへと上がり、はやての姿を探し始める
なんだ…胸騒ぎがする…
まるで、何か嫌な事が起こる前触れのようなこの違和感
そうして、彼がリビングにへと足を踏み入れたその時だった
彼の身体がそれに応じて呼応する様に氷の様にピタッと固まる
「…はや…て…」
自然と嫌な違和感が頂点に達して震える彼の口
その視線の先には床に横たわる小さな身体
イタチは疾風の如き早さで駆け寄りその姿を確認する
止めてくれそれだけはと何度も心の中で念じながら…
だが、神はこの時だけはうちはイタチのこの願いを無情にも突き放す
紛れもなく、それは八神はやての身体だった
力なく横たわる彼女の姿
彼女の元に駆け寄ったイタチははやての身体を優しく抱く
「…はやて!しっかりしろ!」
いつもは物静かなイタチもこの時ばかりは血相を変えて彼女に呼び掛ける
ふざけるな!なんなんだこれは…!
イタチははやての小さな身体を抱き上げて悲しげな表情を浮かべていた
何でまた、自分が側に居た筈なのにこんな事になっているんだ
俺は…! また…!
イタチは震える手でギュッと彼女の身体を抱える
だが、力が込められたイタチの手にそっと小さな手が添えられた
弱弱しく、力の無いその手
イタチは添えられたその手に気づき思わず顔を上げる
そこには、苦しいながらも笑みを作っているはやての姿があった
イタチは思わず彼女が自分に添えている手を握った
「…イタ兄……」
「…あぁ…、あぁ!そうだ俺だ…」
イタチは震える手でギュッと彼女の手を力強く握りしめて頷く
彼女が苦しんでいるのに自分がしっかりしないとダメじゃないか…
そう自分に何度も言い聞かせ、力なく微笑む彼女に不安を見せない表情を作る
そんなイタチの顔を見たはやては嬉しそうに笑っていた
「私ね、イタ兄…が来てくれるってお願いしとったんよ…そしたら、ほらやっぱり来てくれた」
「…当たり前だ…」
イタチもまた彼女のその笑顔に応える様に微笑み返しそう告げる
闇の書が原因か…彼女の身体を蝕んでいたのかあれが…
おかしいとは思っていた、だけど自分は気づけなかったのか彼女の異変に
イタチはやり切れなさと悔しさが同時にこみ上げて来た
だけど、今、顔には出してはいけない彼女が眼の前にいる今だけは
はやてはイタチの頬にそっと触れてゆっくりと口を動かす
苦しい筈なのに
イタチはその事が彼女の顔を見てよく分かった、辛そうに顔を引き攣らせながらも心配させまいと懸命に笑顔を作っている
「…イタ兄…私ね…お願いがあるんやけど…」
「なんだ…なんでも言ってみろ…」
イタチは震える声で自分に必死に伝えようとするはやての言葉に耳をひたすら傾ける
苦しいなんて弱音は絶対に吐かない様な彼女の姿が彼の胸を締め付ける様に鷲掴みにしていた
不甲斐ない兄で済まないと彼女に声を出して謝りたかった
はやてはイタチの言葉に微笑んだまま、思い浮かべるあの夜に連れて行ってくれたあの丘の事を…
一人だった自分の側にいてくれると言ってくれたイタチの言葉を思い出しながら彼女はまた二人で行きたいなと思った
「…あぁ…またイタ兄とあの…星が見える丘に行きたいな…」
「…あぁ、何度だって連れて行くさ…約束だ」
イタチは震える声ではやての手を握りしめてそう言った
暫くして、彼女の眼をジッと見つめるイタチの眼が三つ巴のものにへと変わる
「…俺はお前とあの夜、約束したからな必ず側に居ると…」
「…イタ…兄…」
イタチの三つ巴の眼を見た途端に意識が段々と遠のいてゆくはやて
意識は薄れてゆき、眼の前のイタチの姿も見えなくなってゆく
せめて、自分の幻術で彼女の苦しみを少しでも緩和させられたなら
イタチはそんな考えを持ってか身体のチャクラを眼に集め、そうして彼女の意識を刈り取る
とりあえず、このままでは話にならない
急いで近くの病院に早く連れていかないとダメだ
イタチはすかさず、はやてを抱えると靴を履く事なく裸足で家を飛び出した
いちいち靴を履いている暇など無い、一刻も早く着く必要がある
そんなイタチが飛び出したと同時に買い物袋をぶら下げたシャマルとザフィーラが家の前に立っているのが見えたが構ってはいられない
一方、彼女達ははやてを抱え、血相を変えて家を飛び出すイタチの姿を見てただ呆然としていた
しかしながら、イタチの浮かべていた見た事が無い表情
そして、その手の内に抱きかかえられた小さなはやての身体
それらを思い返すとこれはただ事では無いと悟り、すぐに持っていた買い物袋を玄関先において彼等を追う事にした
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家からはやてを抱きかかえて裸足で飛び出してからどれ位の時間が経っただろうか、
足の裏は擦り切れ、血は滲み出ている
イタチは静かに駆け込んだ病院の椅子に腰掛けただ静かに沈黙していた
その側には俯いて何も語ろうとしないシャマル、ザフィーラの姿があった
イタチの後を追ってみれば案の定ただ事では無く、はやてが家で倒れていた事を彼の口から直接聞かされた
どうしようもない後悔が念が彼等に押し寄せてくる
自分達が買い物なんかにいかなければまだ、早くにはやてを病院に連れていけた筈なのに
そう自分の事を責め続けるシャマルは耐え切れず呟く様に涙を流しながら、イタチにこう言った
「…ごめん…なさい…」
「泣くんじゃねぇよ…」
そんなシャマルにはやての倒れた報せを聞いて死に物狂いで病院に飛んで来たヴィータは彼女を一喝する様にそう告げる
だが、その言葉には覇気は込もっておらず実に弱々しいものだった
誰もが皆悪い訳では無い、これは必然的に仕方なく起こるべくして起こった事
責められるのはここにいる誰でも無い、だがイタチもまた兄としてはやての異変に気づいてやれなかった自分の無力さに怒りを覚えずにはいられなかった
「…糞!…」
バン! と壁に激しく叩きつけられる拳と沈黙が流れる病院中に響き渡る音
シグナムは力強く握りしめた拳を壁に着けたまま、肩を震わせている
怒りか、悔しさか…多分その両方なのだろう
それは皆同じ気持ちであり、彼女の心境もまた理解ができた
暫くして、暗く沈み返った待合室の椅子に腰掛けていたイタチは一人静かに立ち上がる
沈黙したまま何故かはやてが運ばれた病室とは逆の方へと歩み始める彼
それに気づいたヴィータはイタチのその行動を呼び止める様に彼の肩を掴む
「おい兄貴!何処に行くつもりだよ…」
自分の肩を掴むヴィータの言葉にイタチは沈黙したまま静かに振り返る
相変わらずの仏頂面で極めて冷静な表情を浮かべている彼
彼は肩を掴む彼女にまるで感情を込もっていない声色でこう告げる
「…見て分からないか? これ以上は時間の無駄だ…俺はもう行かせてもらう…」
そのイタチが放つ信じられない言葉にヴィータはその場で固まった
彼は運ばれたはやてを置いて病院から出て行くと言っているのだ
なんでそんな風な言葉が口から出る? 仮にも彼女の兄では無いのか、彼女を心配するのが普通だろう…
イタチのその言葉に肩を掴んでいた筈の彼女は怒りが湧き上がり思わず、彼の胸倉を掴み上げた
「…それ、本気で言ってんのか…」
青筋を立て、イタチに再度その言葉が本当かどうか問いかけるヴィータ
今まで家族だと何だと言っていたのは、その口だけならこの場でこの男を殴り倒してやろうとまで思っていた
だが、イタチもまた仏頂面のまま真っ直ぐに自分の胸倉を掴む彼女を見据えている
彼は胸倉を掴む彼女の手を右手で握り、静かに瞼を閉じてまるで煽る様にこう言った
「…だとしたら?」
自然とイタチの胸倉を掴んでいた手に力が入るヴィータ
だとしたら? そんなもの最早、議論するまでもないだろう
ヴィータは先程よりも鋭い眼差しをイタチに向け、その眼は怒りに燃えていた
互いに向かい合い、緊迫した空気を醸し出す二人
そんな二人の間に仲介に入るようにもう一つの手がイタチの胸倉を掴んでいたヴィータの手を制するように現れる
「…そこまでだヴィータ…」
イタチの胸倉を掴む彼女の制した手
その手の持ち主は先程悔しさのあまり、壁に激しく拳を叩きつけていたシグナムのものだった
彼女は胸倉を掴んでいたヴィータの手を離させると、イタチに頭を下げた
「…すまない…イタチ…」
深々とヴィータのとった行動に謝罪の言葉をイタチに述べるシグナム
ヴィータは彼に謝るシグナムの取るその行動が理解出来ないでいた
なんで、謝っているんだ? 明らかにおかしいのはこの男だろう?
そんなイタチに謝罪をし始める彼女の行動に納得出来ないのか、ヴィータはシグナムに声を上げる
「なんでシグナムが謝ってんだよ…!!」
「ヴィータ…まだ気づかないのか…」
ヴィータに悲しげな表情を浮かべてそう言い放つシグナム
何故、こんな風に彼が立ち去ろうとしているのに自分以外、誰も咎めない
すると、ふと改めてシグナムから言葉を掛けられ冷静に思考を凝らしていたヴィータの視界にあるものが映る
それはイタチの足…
彼の足は裸足だった、それも傷だらけで血も流れ出ている
ヴィータはそこでようやく気づく、イタチが靴も履かずにはやてを抱えて病院まで連れて来ていた事に
シグナムを肯定する事の無い彼の無言とその傷だらけの足を見て、ヴィータは口を閉じる
胸倉をヴィータから離されたイタチは再び彼女達に背を向けて一言こう言う
「…すまない…」
力不足で申し訳ないと、背を向けたままそう言ったのだ
原因が何かは理解していたのに、
シグナム達もまた闇の書が発動して出てきた自分達のせいだとずっと心の中で責め続けている事はイタチにも分かった
ただ…彼女と共に過ごしていたかったこの平穏な日々を闇の書が発動して現れた自分達の手で無自覚に壊してしまっていたなどと、イタチは彼女達に悟らせたくはなかったのだ
だから、彼女達には謝る事しか出来ない自分の無力さを呪いながら
日々を通して彼女達と触れ合う内に、彼等もまた、はやてにもイタチにも大切な存在となってしまっていた
ならば、護らなければならないだろう…八神はやての兄として
イタチは彼女達に無言のまま背を向けてこうして薄暗い病院の闇の中に消えてゆく
忍としての決意、運命
それらに翻弄されても尚、そのままに彼は真っ直ぐに突き進む
例え、その過程でどれだけの血が流れ様とも…
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沢山の血を流し、同じ一族を手に掛けた一人の男
彼は唯一の弟と対峙して命を散らせた。
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