俺が望んだ平和の果て、
それは、自分が見る事の出来なかった夢
人が死ぬ事なく、悲しみも無く笑い合う世の中、
俺がやった事は許される事は無い罪
平和を望んだ果てに自分の大切な人の血で手を汚してしまったんだ
いいのか? そんな俺がまた家族と呼べる者たちに囲まれているのは…
俺には未だに分からない、アリシアが何故自分を生かしてくれたのか
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闇の書から現れたヴォルケンリッターの騎士の一人、ヴィータ
彼女の日課は老人達と接したり、駄菓子屋でお菓子を買って沢山の子供達と公園で遊ぶ事だ
ヴィータは他の騎士達より、少しだけ幼いと彼、うちはイタチは感じていた
何かあれば直ぐに他人と喧嘩するし、彼女もまた自分とは少し違うが基本的に不器用な性格…
だが、同時に彼女もまた優しい心の持ち主だという事も彼は分かっていた
これは、そんな彼女が朝からイタチから裸を見られたと思い込み腹を立てていた日の出来事の記録である…
何やら腹を立てて、路上を歩く人影が一つ
特徴的な赤い髪色に不機嫌そうな面構えのその少女
普段通りはヴィータはやてが選んでくれた服を着こなし、とある場所を目指して路上を歩いていた
彼女が何故この様に機嫌が悪いかというと朝からうちはイタチという男から自分の身体を見られたからだ
彼女はもう結構な時間シグナム達と共にイタチと一つ屋根の下で暮らしている訳だが、未だに彼の事を信用してはいなかった
それはやはり、初めて会った時のあのやり取りが原因なのだろう
自分の首元に苦無という刃物を押し当てて来て、尚且つ、あんな冷たい眼と殺気を向けて来たのだ
シグナムや他の騎士達がどう思うのかは知らないが自分は絶対にあのいけすかない男には心を許すものか…
そんなつまらない意地が今の彼女の心の中にあった
それがやはり、イタチが変な意地を張る彼女を幼いと思っていた所だろう
「あの野郎、人の裸を見やがって…今度風呂場で見つけたらぶっ飛ばしてやる」
今朝の事を思い返していた彼女は物騒な事を口走りつつ、前に買っておいたペロペロキャンディを口に咥える
勿論、入浴中のイタチの風呂場に乱入してきたのはヴィータ達の方であり彼には非は無い
…不幸な事故、しかもあの時、失礼な事にヴィータはイタチの事を美人の女性だと勘違いしていた
これには彼も軽く心に傷を負っている
両者とも悪くはないし責められるものでも無い
しかしながら、裸を見られたヴィータは理不尽にも裸を見た彼が一方的に悪いと心の中で決めつけていた
そんな、不機嫌な面構えで路上をキャンディを咥えながら歩く彼女
今日は日課である子供達と遊ぶ予定があった
毎回夕方まで、一緒に子供達と戯れるのは結構面白い
闇の書の中にいた時はこんな風に他の人と触れ合う事もなかった
だからだろう、彼女にとって最近は実に充実したものとなっていた
そうして、彼女は目的である子供達のいる公園にへと辿り着く
「おーす! お前らなにやってんだー?」
「あ、ヴィータ姉ちゃんだ!来んのが遅えよ!」
ヴィータの姿を確認するなり、すぐさま駆け寄ってくる子供達
彼女が彼等にどれだけ好かれているのかが分かる
そんな、人気者のヴィータは自分に駆け寄ってきた子供達に悪い悪いと嬉しそうに微笑みながら謝る
「ごめん、ごめん、ちょっと朝飯食ってたら遅れちゃってな」
「嘘つきー、本当は寝坊したんだろー」
「バカ! ちげぇての!」
自分が遅れた理由について子供に突っ込まれ、顔を紅くして否定するヴィータ
彼等はそんなヴィータを見て、皆、楽しそうに笑いを溢す
こんなやり取りは日常茶飯事、彼等とヴィータは見えない絆の様なものがあった
いつも通り、子供達の遊びを仕切るのは彼女
それが彼等にとっても一番面白い遊びだと思っているから
ヴィータは近くにあった空き缶を持ってきて声高々にこう宣言する
「よーし!今日は缶蹴りな!んじゃ最初私が鬼やるから皆逃げろ!」
「よっしゃ!皆行こうぜ!」
元気良い少年の掛け声と共に散開して、駆けてゆく子供達
ヴィータはそれを見送った後、後ろを向いて数を数え始める
その時の彼女は実に楽しそうにしていた、
守護騎士という枠を外れ、一人の少女として必要とされている
自分の存在意義が分かるこの時だけが充実した時間だった
別に主であるはやてを嫌いだとかシグナム達と一緒に居るのが嫌だとかそういった事では無い
ただ純粋に彼等と戯れる自分が誰かに必要とされていて、それが単に嬉しかった
本当にそれだけ、だがそれだけでも彼女にとって十分だった
そうして時は過ぎ、カウントを終えた鬼の彼女は早速、逃げ終えた彼等を探す為に動き出す
(さぁて、それじゃいっちょやりますか…)
気合をいれなおし、いざ子供達を探しにヴィータは駆け出す
まぁ、結果からしてみれば缶蹴りはそれなりに盛り上がった
ヴィータの鬼から初まり、その後もコロコロと鬼が入れ替わるなどして皆が皆、満足そうに楽しんでいた
だが、楽しい時間というのは経過するのが早い
気がつけば、日が傾き、紅色に空が染まっていた
缶蹴りに夢中になっていた子供達とも、夕方にもなればそれぞれの家に帰らなければ成らない
いつも通りの時間に彼等を迎いに保護者がやってくる
仲良く、それぞれ迎えに来た保護者に駆け寄る子供達
「ヴィータ姉ちゃん!ありがとう!」
「…おう! また遊ぼうな!」
保護者と共に立ち去ろうとする少年に微笑みながらそう告げ、手を振るヴィータ
公園から立ち去ろうとする保護者と少年は互いにとても仲がとても良さげで夕飯の話をしていた
その後も…次々に保護者が子供達を迎えに来て子供達を家にへと連れ帰る
一人、また一人と彼女の眼の前から消えてゆく子供達
ヴィータはそんな中で公園にあるブランコに腰掛けて気づけば夕陽に照らされる公園で一人、揺れていた
少年達を迎えに来た保護者のように彼女には迎えに来る様な人物はいない
いつも、こうして気づけば一人だけ公園にとり残される
家に帰ればたしかにはやてや他の騎士達が待っているのだろう
しかし、それとはまた違う…
守護騎士である自分はあの子供達の様にあの繋がりがなんとなく羨ましかった
親がいるという存在が側に居てくれるというのが…
気づけば一人だけ、
楽しそうにアイスを二つに分け、嬉しそうにしながら保護者の手を握る子供の姿がとても眩しく見えた
「母さん…父さん…か…」
ヴィータはそう言ってブランコに腰掛けたまま呟く様に沈みかけの夕陽を眺める
虚しいその呟きは当然の様に風にへと消え去る
そうして、ブランコに腰掛けていた彼女が視点を下に向けたその時だった…
唐突にそれは彼女の眼に入ってきた
「…こんな所で一人だけ何をやってるんだ?」
下に俯いていた彼女は唐突に眼に入ってきたそれと、聞き慣れたその男性の声にピクリと反応する
ゆっくりと顔を上げてその男性の姿を確認するヴィータ
そして、そこに立って居たのは…
「…皆、家で待ってるぞ?」
自分が今朝から理不尽にも怒りをぶつけていたであろう忍
…うちはイタチの姿だった
彼は自分に優しく微笑みかけながら、先ほどまで公園から立ち去って行った親子と同様にその手に二つに分けるアイスを持っている
それも、自分に差し出すような形でだ
ブランコに腰掛けて静かに揺れていたヴィータはそんなイタチの登場に眼を丸くしていた
だが、暫くして自分に対してイタチがアイスを差し出すその行動になんだか同情された様で何故だか分からないがヴィータは腹が立った
…あの親子を自分が羨ましそうに見ていたのをイタチが見て、それで自分を小馬鹿にしているんじゃないかと…
思い込みが過ぎるような考え方だが、今のヴィータはそのぐらいイタチの事を信用出来ないでいたのだ
彼女は二つに分けられるアイスを差し出すように渡して来るイタチに俯いたまま、静かな口調でこう告げる
「…ハッ…、お前に同情されるなんてな、なんつーかやりきれないぜ…」
「……同情?…」
彼女にアイスを差し出しているイタチは首を傾げた様に聞き返す
もしかして、今自分がとっている行動の事か?
勿論、それは彼女の考え過ぎというものである
それからか、彼女の心情を理解したイタチは微笑みかけ
ーーーーそして、
「…イテッ」
ブランコで一人俯いている彼女の額を二本で軽く小突いた
彼女は唐突にされたそのイタチの行動に只々眼を丸くしながら、彼から軽く小突かれた額を抑える
「…お前は俺が同情でこんな事をするとでも思っているのか?」
ヴィータの額を小突いたイタチは凛とした表情で彼女にそう問いかける
そう、同情などはこの彼の行動には一切含まれていない
彼が彼女に差し出した行動も勿論、ちゃんと意味がある
そうして、額を小突かれ、それを片手で抑え眼を丸くしているヴィータにイタチは話を紡ぎ出す
そう、一言、今のヴィータにイタチは言っておきたい事があった
「…繋がりに同情なんてものは無いだろ?」
そう、はやてはシグナムやヴィータ達の事を家族と呼んだ
目の前に騎士達が現れた日からイタチはずっと彼女達の事をはやてと同じく家族として心から認めている
純粋に真面目な性格なシグナムに不器用で相手から癇癪を買うが根は優しく子供達に好かれるヴィータ
ちょっと、おっちょこちょいで料理の腕が残念なシャマル、そして、いつもはやてや他の騎士達の事を考えそのせいか、いつも気難しい性格に見えるが心優しいザフィーラ
孤独だったはやての元に現れて彼女の笑顔を作ってくれる繋がり…
そんな、はやてを心から救ってくれる彼女達はイタチにとっても大切な人間に違いなかった
自分の事をはやてが兄と呼んだ様に彼もまた現れた彼女達の事を大切な家族だとそう思って…
自分にもまた失ってしまったものを思いださしてくれる彼女達
その彼等がいる八神家の温かさにイタチは感謝していた
だからこそ、イタチは自分の行動を同情だと言ってきたヴィータの額を小突いたのだ
イタチは手に持っていた二つに分けられるアイスを綺麗に割って片方を彼女に差し出す
彼から手渡されるそれを、黙って受け取るヴィータ
イタチは片手に持っていたアイスが彼女の手に渡るのを確認すると語りを続ける
「…人は支えが無いと折れる、だから俺ははやてと同じで君達の事をその支えと思っている、…家族という支えと思ってな、だから俺ははやての兄でもあり…そして…」
イタチから差し出されたアイスを握ったまま静かにその言葉に耳を傾けるヴィータ
イタチはそこで言葉を区切る
それは、今、目の前のブランコに腰掛けている彼女が自分が言いたい、伝えたい事を察している事が理解できたから…
イタチは優しく空いているもう片方の手でヴィータの頭にそれをそっと添えてこう告げる
「…君達の兄だと、
情けない兄貴だが、それでも俺は今、君達がはやての側にそして、自分の側に居る事に感謝しているんだよ…」
イタチは彼女の頭を撫でてそう儚げな笑みを浮かべて見せた
彼からアイスを受け取っていた彼女はイタチのその言葉に心が揺れた
…必要? イタチにはやてに自分が?
自分の存在意義は必要とされるのは守護騎士としての道具としてだと、彼女はいままで出会って見てきた主からも人間からもそう感じていた
だが、こんな風に家族として必要と言ってくれるイタチ
それに、はやてもまた自分が必要と言ってくれた…道具ではなく家族として
彼女はようやく自分がイタチに口走った言葉の意味の無さに気がつく
あぁ…そっか…私は…
最初からあった身近に居る存在、それはきっと当たり前の様でそうでは無い
そう、始めからあったのだ自分の近くにはその存在が…
彼女は手にある、その手渡されたアイスに勢い良くかぶりつくとブランコから飛び降りてにっこりとイタチに笑ってみせた
なんだ、ゴチャゴチャ考えて、自分らしく無い!
彼女は目の前にいる家族の励ましに感化されてかすっかり辛気臭いのは取れて、いつも通りその表情は明るいものになっていた
イタチはそんな彼女の顔を見て、ふと口元を綻ばせる
「…さて、帰るか…夕飯を作らなくてはな、あんまり遅くてシャマルに夕飯を作らせたりしたら最悪死ぬぞ?」
「…ははは、それ洒落になってねぇよ」
真面目で堅物そうなイタチの意外な冗談に口元を抑えて軽く笑うヴィータ
夕暮れ時のほんの細やかなやり取り
だが、彼女にとってそれはイタチとの間が埋まった大切なひと時、
こうして、帰路についた彼等は並んで八神家にへと向かう
「…なぁ、兄貴…」
「…ん? なんだヴィータ?」
唐突に呼び方を変えて自分の事を呼んだ彼女に横に並ぶイタチは首を傾げる
照れているのか、彼女は顔を赤くして俯いたままだ
それでもって、何故か彼女は自分の服の裾をグイッと引っ張っている
いったい、どうしたというのだろう
ふと、彼女の奇妙な行動に疑問を抱いていたイタチにヴィータは恥ずかしそうに俯いたままこう告げる
「…手、繋いでもいいか…?」
あぁ…成る程…
イタチの疑問はこの時一気に解消された
それは、先ほどの親子のやり取りが彼の頭に過ったからかもしれない
彼は静かに彼女が差し出す手を優しく包み込む様に握ってやった
夕陽に照らされ、伸びる二人の影…
家族という存在の有難さに気づいたヴィータ
そして、彼女と並び歩く兄としての忍
夕暮れの儚いひと時…
しかしながら、そんな一時の時間は過ぎてゆき
もうすぐ動乱の時は一刻と足音を立てて彼女達にと忍び寄る
…家族の絆、闇の書、はやて、万華鏡…
闇の書とは、守護騎士とは一体なんなのか、
まだ、この時の忍には何も分からないのであった
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沢山の血を流し、同じ一族を手に掛けた一人の男
彼は唯一の弟と対峙して命を散らせた。
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