■C82発行予定のオフ本サンプルです。
グラハム中心オールキャラ、健全シリアス、パラレルIF小説
※ 物語はTV一期、二期、劇場版の試聴を前提としています。未視聴の方にはおすすめましません。 ※
■注意■
もし、CB(ソレスタルビーイング)が本編のような形で武力介入をおこなわなかったら…… という設定のIF小説(パラレル)です。※完全な別物ではありません。
グラハムほか、ユニオン、AEU、人革連側の視点で書かれています。物語の主軸は「“未来への水先案内人”としてのグラハム」になるまでの本編補完的なドラマが中心です。
本編で死亡しているキャラが生きている場合があります。ただし、本編で生きているキャラが死亡することはありません。
人間関係の基本は原作通りですが、話の展開上、重み付けが異なっています。ただし、原作にないカップリングはありません。また、オリジナルキャラはいません。
なお、コラカティは、当サークルの仕様です。
プロローグ
見上げると、小さく切り取られた窓から色を変えつつある空があった。
そこは、半世紀以上も前に企業か役所が使っていた建物だと聞かされていた。人間が住めるように改築をした後でも随分と天井が高くて、閑散とした家具の配置と何もないスペースばかりがやけに目立っている。
利きが悪くて古い空調が作動する、ごうんという音が僅かに響いていた。
少年は与えられたベッドの上で膝を抱える。
さほど寒いわけではない。けれども、心細さが解消できるほどでもない。大部屋の都合よさは、大勢を一気に放り込めるところ。その分、個人のプライバシーは犠牲になる。小さな無頓着の積み重ねは、ゆっくりと子どもたちの心を凍えさせている。
だとしても、衣食住を与えられることに感謝すべきだ、と彼は知っていた。まだ身体は成熟していなくとも、少年の感性は周囲から世間を学び取るほどには鋭い。
その一方で、彼の本能は叫んでいた。
あれほど美しい空を、こんな風に小さくまとめてしまうのは何故。光の空間は時間とともに真逆の色合いに染まり、やがて静かな暗闇へと還っていく。それは消滅ではない。彼らの頭上に等しく存在し、荘厳な重さを持って人類を見下ろしている…… そのすべてを身体中で感じたい。
けれども、大人たちの決めたルールは彼の行動を咎める。少ない人手でケアするには、子どもたちの数は多すぎた。早めの門限は、彼らをおとなしくさせるための口実。そのせいで、少年の一日を物足りないものにしているとしても。
俯きかけた彼は、くいっと頭を上げた。
それは管理者の理屈。従うかどうかは、自分次第じゃないのか?
職員の目を盗み、彼はこっそりと部屋を抜け出す。人が足りないということは、子どもたち全員に目が行き届かないということでもある。少年ひとりいなくなったとしても、大して目立つことはないだろう。
彼の考えは少し甘い。彼は、自分がとても目立つ少年だということに自覚がない。あどけなさの残る笑顔、きらきらと陽に輝く柔らかい金髪は、考え深げな大きな緑の瞳とともに無条件で人に愛される彼の財産だった。ただ、理解していたとしても所詮誘惑には耐えられない年齢ではあった。
このときの挑戦は運良く成功する。職員たちは夕方の支度に忙しく、小さな反逆者の姿を見逃した。
古い建物には、どれだけ改修をしてみても綻びが生まれる。遊び場を制限された子どもたちは、この養護施設のなかを探検し尽くし、構造を知り尽くしていた。彼は、設備増築を繰り返したがゆえに生まれた死角のひとつに向かった。古い階段の脇から、壁に作られた通風用の空間に入る。そこには、かつて壁の間に敷設されていたセントラルヒーティングをメンテナンスするための、小さな梯子があった。
埃と蜘蛛の巣を頭に被ってもものともせず、彼は壁に打ち付けられた梯子を登っていく。古びた横木の連続は、やがて彼を屋根裏へと導いてくれる。閉鎖された屋根裏には取り残された古い調度や、今となっては用途のよくわからない道具が乱雑に放置されていた。好奇心をくすぐられないでもないが、今日は彼の目に入らない。
がたつく出窓を器用に開けて桟を僅かな足場にすると、彼は上手にバランスを取りながら養護施設の屋根に這い上がった。特別に高くはないけれど、空を見渡すにはそれで充分だろう。
一陣の風が彼を迎えた。
空は、彼の愛する空は、闇の気配を受けて影を濃くしている。西には赤い太陽…… 溶鉄のように雲と大気を焦がしながらゆっくりと落ちていく。彼は一番高いところに立って、胸一杯に空気を吸いこんだ。
夕暮れの匂いがする。
冷えていく熱の兆し。風が動こうとするうねり。遠くどこからか運んでくる微かな花の香り。
彼は全身でそれを感じた。そうしていると身体の境界はなくなり、周りへと溶け出していくようだった。重さを失った彼の魂は浮遊を始める。最初はゆっくりと、そしてだんだんと速く。そして、ついに上昇は飛翔になる…… 空を抜ける一羽の鳥になって、やがては一体化する。
彼は全体であり、部分であり、世界を覆い包むものであり、さらに押し広げる存在だ…… 人々を持ち上げ引き上げ内包し、彼方へと空間を開いていく…… その感覚こそ、彼がもっとも尊ぶもの。
唐突に、轟音のせいで彼は地上へと戻された。
ユニオン軍の標章をつけた戦闘機が三機、彼の頭上を舞っている。
さして遠くない場所に空軍基地があるものの、人々が彼らを見る機会は多くはない。山を越えた向こうに位置していたし、飛行ルートは市街を外して設定されていたから。けれど、そのときはどういうわけか上空を飛んでいたし、彼の瞳はその機体をしっかりと映していたのだ。深い翠の眼差しは、青の中央を切り裂いていく美しい流線型のフレームを捕らえる。
ふいに、彼の身体と心は、それと結びついた。そうだ。彼は、ずっと答えを探していた…… この感覚を永遠にするための正解を。
天と地と、空と人と。
触媒を経て、少年は到達すべき高みへと続くきざはしを見た。
彼は自分に必要なものを知り…… 同時に、将来の確信をも得ていた。
もう仰ぐだけの空ではない。
暮れなずむ小さな都市で、少年は機影を長いこと見つめていた。それらが彼の視界から消え去ってしまっても、飽きることなく。
彼女は、飛ぶことが好きだった。
初めてグライダーを体験したときに、世界は、こんなにも広いのだということを知ったからだ。
滑空機から飛行機へ。乗り物を変えれば、その分、空の境界は高くなった。
だから、彼女が軍属を選んだのは、どれだけの建前を並べたのだとしても結局のところ、あの分厚い装甲を持ち、人類を生命体として飛び抜けた存在へと変えてくれる鋼鉄のパートナーに魅せられたというのが真実だった。
あなたまで軍隊に入らなくたって。
縁者の中でも特に老人たちは、孫娘の選択に好ましい反応はしなかった。度胸があって、目端も利く。選択肢を並べたら、もっと安全で確実な人生があったはず。
そうはいっても彼らの周囲では硝煙の匂いも、死に神の気配にも満ち溢れていて、それらを無視して生きることはなかなかに難しかった。
退屈になるほど長い歴史を持つ悠久の大地に生を受け、しかし、国体としては多くの綻びを内包した若い国で成長せざるを得なかった彼女は、その故郷がそうであるように、自身も矛盾を抱えていた。
独立から、およそ三百五十年。
古くからエジプトと呼び習わされている土地は、アフリカ大陸という括りのなかでは長老ともいえる。もっとも、近代国家として見ると、欧米諸国が基礎を打ち立てた国際社会のなかで決して老成している方ではなかった。歴史は、イコール政府を意味しない。分裂した民族、分裂した宗教、分裂した主義主張、それらに絡み合う利権のなかで、民主制度に出遅れた中東からアフリカにわたって位置する諸国、諸地方は数百年の呪いに苦しめられていた。
その現実の前では、エジプト共和国は上出来な方だといえるだろう。教育水準は欧米並に高く、著名な企業家や研究者を何人も輩出している。アフリカ大陸のオピニオン・リーダーとして認められている面もあった。AEUの主導する軌道エレベーターがアフリカ大陸に建設されることが決まったことも、エジプトを筆頭とする国々の働きかけによる功績が大きい。早い時期から欧米文化と接触してきた、主に地中海に面する国々では、太陽光エネルギーのパイプラインを物理的に確保できる重要性をよく理解していたのだ。
だが、同時にそれはヨーロッパ諸国と距離的に近しいことから来る優位性でもある。過去を決して忘れない過激な民族戦線は、そうした諸国や政治家、ひいては国民をも“白いアフリカ”と揶揄した。
いきおい軌道エレベーター建設開始後は、アフリカ大陸では地域紛争と都市部へのテロが頻発することになる。それは、全アフリカ諸国が名目上加盟しているアフリカ諸国連合にとって、軍事・経済同盟を結んでいるAEUの軍事協力を要請する口実をもらうことになった。
まだ少女らしさを残すネフェル・ナギーブがAEUの後押しを受けて設立された士官学校に入学したのは、そうした状況の最中だった。
激動する時代の熱さに感化されて志願する若者は、当時、どこにでもいた。彼女の決断も、軍人の家系であるナギーブ家ではそれほど珍しいものではなかったので、突き動かされた直接の原動力が幼い頃から憧れていたMSにあるなどとは、ほとんどの家族は気づいてはいなかった。新たな枠組みの士官学校でなら、彼女でもAEUの最新鋭機に触れることができる。それは抗えない魅力だった。
やがて、優秀な成績で卒業した彼女は、華やかな見せかけの教育現場を離れたのちに派遣されたアフリカ平和維持軍で、進行している泥沼の現実を知ることになる。
旧式で時代遅れのMS、古びて壊れかけた装備、何よりも政治的に解決が難しい民族感情のもつれと、それが引き起こす復讐の連鎖が新兵たちを打ちのめした。
つまるところ、彼女たちは比較的マシな国の、飢えることを知らない子どもでしかなかったのだ。
貧困と蒙昧は、彼らの住む大地に深く深く根を張って、毒を撒き散らすように怨恨を吐き出している。薄っぺらい理想など、一瞬で吹き飛んでしまう。
悪意は見えない靄となって、彼女たちを包み込んでいた。
現実が全身に染み渡った頃、彼女たちに次の任務が与えられた。軌道エレベーター用の工業道路を対象にテロを繰り返す組織の拠点が見つかった。工業地帯からも、開発地域からも離れた密林の湿地帯だ。彼らに打撃を与えることができれば、近隣のパワーバランスに少なからぬ効果をもたらすことができると説明されていた。
上官の言葉に嘘はなかったけれど、そこで彼女たちは予想外の事実にも遭遇した。
その拠点は少年兵の訓練所としての施設でもあった。それでも銃を向けられれば応戦しなければならない。戦闘が済んだのち、後処理をするために自機を降りた彼女の足元には、学校で机に向かうべき年齢の子どもたちの骸が転がっていた。
何のために……。
そう感じるのは、この日一度のことではない。流血のない戦争などありはしない。わかっているのに。
この繰り返される惨劇をどうしたら断ち切ることができるというのだろう。
遙か頭上で戦闘機の飛行音が響いた。
真っ青な空を切り裂く機影。
違う。MSだ。
すぐに彼女は察知した。写真ですら見たことのないタイプだ。直に見たくてヘルメットを外して天を仰いだ。
汗の湿度を帯びてしっとりとした白い髪は風に晒され、まもなく生来の軽やかさを取り戻す。褐色の肌に印象的な紅い瞳が瞬く。
彼女の容貌こそ、葛藤をはらんでいるといえる。
複雑な血の混じり合いは、不思議な組み合わせを作り出し、部分的な色素の欠落をもたらした。彼女を生み出した国土を照らす太陽の光は、本来その瞳には強すぎるものだったのだが、科学の進歩によって行動が制限されることはなくなっている。メラニン色素を補填するナノマシンを使えば、外見も同朋と馴染むことはできる。ただ、彼女の好みではない。色を失った月光のような髪と、燃える命そのもののような紅い光彩、さらにそれらとは正反対に太陽の祝福を受けたような肌こそが彼女そのものだったのだから。
どこかの最新鋭機だ。
携帯式の双眼鏡で機体のシルエットをよくよく確認した彼女は、そう断定した。標章まではわからない。
そういえば、紛争地帯の一部でユニオン軍が開発した兵器の最終テストをしているという噂を聞いた。敵同士でありながらもルーツの多くを同じにするAEUとユニオンは部分的に技術的な協力をしている。AEUの権限内で実戦をおこない、最後の仕上げとするつもりなのだろう。MSの開発にしても、軌道エレベーター建設にしても後手に回っているAEUからすれば充分な見返りのある取引で、連合国家群内に派手な紛争地域を持たないユニオンにしても遠慮なく試験ができて好都合というわけだ。
彼女の部隊では、そんなAEUとユニオンのやり方に否定的な隊員がほとんどで、積極的でないにしても彼女も何となく同意をしていたのだったが…… 実物を目にすると、そんなことは頭から飛び去ってしまった。
なんて機動性だろう……。
青空に穿った黒点のように映るのは、試験機用の塗装のせいだろうか。ならば、きっとそれは濃いグレーか紺。彼女たちはもちろん、現在戦線に配備されているもっとも新しいタイプでもあんな動きはできない。
五機編成で飛んでいた彼らは、先頭を切るひとつが一群から抜け出た…… と思うと、スピードを緩めることなく、その姿を変える。
「!」
彼女は息を呑んだ。
もはや飛行形態をした五機のMSではない。四機と人型の一機だ。換装パーツを必要とするリアルドやヘリオンとは明らかに違うマシン。
天から舞い降りたように、彼―― もしくは彼女―― は、突如として世界に顕現したのだ。
性能の問題じゃない。
肌が総毛立つ。
飛び抜けて優秀なパイロットがいる。機能として飛行中の変形が可能だからといって、すべての操縦者がそれをできるはずがない。そこまで機械は人間の運動能力をサポートしない。
最先端の技術によって可能となった仕様に、その人は持てる能力のすべてで応え、正式配備前に自分のものにしてしまった。
それはなんて野心的で、不遜で、思い上がった実力者なんだろう……。
エース、という単語が自然に浮かんできた。多大な費用と科学者たちの叡智を贅沢に使い、大国の期待を担って、そのうえで自分を通す傲岸な存在。
彼女は太陽の眩しさに目を伏せた。
その視界の片隅に、彼女が騎乗する泥だらけのMSが入ってくる。整備も不十分な機体を駆って、地面を這いずり回っている自分たち。クラッシックの域に入る旧式のシステムではどんなカスタムパーツを用意しても、大空を舞うことなど叶わない。
彼らと私とで、何が違うというのだろう。
戦争を終わらせ、平和をもたらしたいと願ったことは真実だった。けれど、彼女自身の欲望として、誰かを討ち果たしたり、ましてや殺したいと感じたことがあっただろうか。目的は、それじゃない。そうじゃない。
改めて、彼女は自機を眺めた。
メタリックの身体を、彼女は美しいとさえ思う。無機質な命のない装置でありながら、ひとたび人を乗せたなら、それはか弱いヒトの限界を越えさせてくれる心強い相棒に変わる。自分の腕が、足が、視野が、どこまでも広がり伸びていく感覚…… その一体感は希有のもの。
だが、殺戮の道具だ。
彼女の眼前にある光景が、その証左。
何千年、もしかしたら何万年かに及ぶ歴史の末に産み出されたものは、それだけの存在なのだろうか。そんなことしかできないのだろうか。
軍隊で習うことは効率のよい人殺しの方法。そんなことは当然だ。納得もしていると思っていた。
けれど、と諦めきれない自分がいる。
あの、陽に輝いていた機体は…… 人類のすべてを背負いながら、それでいて何もかもから解き放たれたように自由に飛翔する一機のマシンは。
高みへと舞い上がる一羽の鳥のように見えたのだ。
それが彼女の胸を焦がす。
作戦後、再三の慰留にも関わらず彼女は除隊した。苦い記憶を封印して。
Tweet |
|
|
0
|
0
|
追加するフォルダを選択
C82発行予定の小説本サンプルです。
■グラハム中心オールキャラ/健全シリアス/パラレル
■表紙イラスト:オニユリさん http://www.pixiv.net/member.php?id=2439906
表紙装丁:宮美さん http://www.pixiv.net/member.php?id=25095
■パラレルですので、内容についての注意書きを1Pめに記載しています。ご確認ください。