No.453839

社会科学研究会第三次活動報告

がいこつさん

早速お稲荷さんを出すあたり、ネタの失速具合がうかがえます。 / 「草創期の日本民俗学にゆかりのあった人々が女子高生だったら」という体で書いている小説です。 / 柳田国男:梁木那緒 南方熊楠:ミーナ隈楠 宮武外骨:栂丈京 井上円了:井上えみり

2012-07-16 01:37:39 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:467   閲覧ユーザー数:467

 

 私立秋津学園は幼稚舎から大学までをそなえる、一貫性の女子校である。

 総合大学を含むほぼすべての施設を同一敷地内に構えているため、出入りする場所で学外の様相は大きく趣きを異にする。

 最寄りの私鉄駅近くの門付近は、大手のショッピングモールを筆頭に、市内でも有数の繁華街を形成しているが、正反対の側では夏から秋にかけて稲穂の姿を目にすることのできる田園地帯が広がっているという具合だ。

 高等部校舎に最も近い門は、どちらかというと後者よりの立地条件にあり、バス停と二、三の商店にコンビニのほかは閑静な住宅地となっている。

 その校門を出て、バス通りをしばらく行くと鳥居が見える。

 時雨稲荷と書かれた額が掛かり、朱に塗られているから、非常に目立つ。

 もっとも、整っているのは国道に面した一つきりで、参道に沿って同形のものが幾本となく立てられているが、塗装が剥げているのは序の口で、笠木が傾いているくらいならご愛嬌、柱が一本根元から抜け落ちているものや、鳥居の建てられていた穴だけが残っているなんてものも珍しくない。

「それにしても荒れ放題ですねー」

 秋津学園高等部社会科学研究会の面々がその境内に姿を現したのは、中間テストを終えた直後の、ある初夏の放課後だった。

 鳥居の柱同士を渡す二本の木のうち下にあたる貫と呼ばれる部分に触れようと一生懸命手を伸ばしつつ、井上えみりがそうつぶやいた。

「そうでもありませんわよ」

 隣で、ひょいとその貫に手を伸ばしたのは、梁木那緒だった。

「たしかに鳥居は万全な状態とはお世辞にも申せませんが、玉砂利の合間から雑草が顔を出したりもしておりませんし、なによりゴミがどこにもありませんでしょう。これだけ藪が広がっておりますのに」

 時雨稲荷の敷地は参道と拝殿などの人工的な部分よりも、はるかに広い藪で覆われている。大部分はようやく人の背丈ほどの灌木だが、なかには樹齢の知れない高木もある。鬱蒼としているが、不潔さはなく、たしかに足もとに目をやってみれば、多少の落ち葉はあるけれども、特に人の捨てたらしいゴミは見当たらなかった。

「近所の人の持ち回りで、毎日掃除しているらしいよ。ずいぶんと丁寧に扱われているみたいだね」

 メモ帳がわりの携帯電話をいじりながら、部内唯一のメガネっ子である栂丈京も隣から口をはさんでくる。

「そんな顔しないの。そりゃ、鳥居が放置されているのが不信感を煽るのはわかるけどさ」

「わ、わたしはべつに……」

 あわてて目線をそらすが、実際、その時のえみりの表情は、かなり物問いたげなものだった。

「このあたりの人は、社だけじゃなくて、この一画全体を、あるがままにして守ろうとしているみたいなのよ。だから、ゴミとか、外から入ってくるものに対しては敏感だけど、鳥居の倒壊とかはそれにまかせているみたい。もちろん修繕は行っているけど、専門の大工さんにまかせていて、年に何度もできるもんじゃないんだってさ。どれだけ大事にされているかは、明治からこっち何度か区画整理で地所が削られているんだけど、そのたびに大きな祭祀が執り行われていることからもうかがえるわね」

 京は携帯電話のディスプレイをえみりと那緒に差し出した。そこには過去と現在の地図が重ねて表示されていて、町の姿の推移が一目でわかった。

「こうして見ますと、明治以前の面積は今の十倍ではききませんわね」

 前髪をかきあげる仕種を見せて、携帯にのぞきこむ那緒だが、もともとヘッドバンドで上げているため効果はない。そういう癖なのだが、まるで額を強調しているようでもある。

「うん。周囲のあちこちにもお社があったみたいだけど、それもここだけに統合されているしね。どうも、当時のこのお稲荷さんは、参拝場所っていうよりは、うかつに境内に立ち入らないようにする境界線の意味合いが強かったみたいよ」

「結界みたいなものですか」

「そこまで明確な意図があったかどうかはわかんないけどねー。ただ、今でも、なにかっていうときつねの祟りだとか持ち出す人は多いわよ。お稲荷さんを粗末に扱ったら、おきつね様に罰をあてられるってね。案外お年寄りばっかりでもなくて、老若男女問わずに信じられているみたい。もちろん、深い浅いはあるけど」

「バッカバカしい!」

 えみりの甲高い声は、京の説明をなかばでぶった切った。

「なにがきつねの祟りですか。そんなものあるわけないじゃないですか。電灯のなかった時代には、暗い夜道に迷ったことにも気付かないまま、思いもかけずに変なところに出てしまうなんてこともあって、そんなことを化かされたなんていったかもしれませんが、今の時代には通用しません。この地図のように、広い場所が藪で囲われていたのでしたら、昔はさぞ危険だったことでしょう。お社は、ですから、この場合、危険立ち入り禁止の看板みたいなもので、こどもにそれを教え諭す際の方便が、きつねの話になっていたのでしょう。それを現代になって大人が取り上げるなんて、本末転倒も甚だしいですよ!」

 一気呵成にまくしたてるえみりの剣幕はすさまじく、拳を握り、肩を怒らせて主張する姿はいっぱしの啓蒙家といえた。

 もっとも、顔から脂汗を一筋たらしたり、うつろに視線をさまよわせたりしていなければ、なおのことよかったのだろうが。

「さすが、えみり、考えが合理的ね」

「もちろんです!」

「だとしたら、こんな話もあんたにはまるで関係ないわよね」

「ひゃい?」

 京のメガネが不敵に光ると、たちまちえみりの語勢があやしくなってくる。

「もう一度この地図を御覧なさいな。なにか気付かない?」

「なにかって」

「ほら、境内の結構な部分が、学校の敷地とかぶっているでしょ」

「そ、それって、まさか……」

「そう。そのまさか。秋津学園の前身である秋津女子師範学校が設立されるにあたって払い下げられた土地のうち、一部がこの時雨稲荷にかかっていたの。それでなにしろこういう土地柄でしょ。昔から噂が絶えないのよね。秋津の制服を着てお稲荷さんに近寄ると、土地を奪われたおきつね様の怒りを買う、なんてのが」

 京が一つ言葉を接ぐたびに、目に見えてえみりの動揺は大きくなっていく。

「だから、ほら、今でも向こうの茂みから、こちらの様子をうかがっているかも……」

 そうして京が指をさして示したあたりの藪が、突然がさがさと音をたてた。

 たちまちえみりばかりでなく、京や傍観をきめこんでいた那緒も棒立ちになる。

 三人が固唾をのんで見守るなかでも、下草のざわめきは大きくなり、やがて四つん這いになった影が姿を現した。

「うーん、キツネ見当たらないネ」

 藪の向こうから出てきたのは、金毛ならぬ金髪の、社会科学研究会の一員であるアメリカ系日本人のミーナ隈楠だった。

「び、びっくりした……」

「エ? キツネ、どこかから出て来たネ?」

 京が胸のあたりを押さえて動悸をはかっている傍らで、制服についた汚れを払い落としながらミーナがいう。

「あんたが急に現れたのにびっくりしたのよ!」

「どうしてまた、わざわざ腰屈めて四つん這いになっていらしたんですの」

 那緒もやや顔色が青ざめている。

「フンを探していたんだヨ。キツネがいるなら、つきものだからネ」

「ちょっ! 汚いわね!」

「汚くないヨ。結局見つからなかったモノ」

「そういうことをいってるんじゃない!」

 京と那緒のそろった声が稲荷社内にこだました。

 

「それで、ミーナはどうしてきつねなんて探していたのよ。アッチで見たことないの?」

 アッチというのはアメリカのことだ。ミーナは南北中をまたにかけるサーカス団の家族に生まれ、一員としてショウにも立っていたという。

「ううん。フォックスはいっぱい見たし、カナダをまわっていた時には飼ってもいたヨ。けど、アメリカのフォックスは、日本のキツネみたいに化けたりしなかったネ」

「ああ、そういうこと」

「ウチはキツネの化けるところを見てみたいんだヨ」

 ミーナは青い瞳をキラキラ輝かせていた。

「フフフ。それはわたくしも是非とも拝見したいですわ」

「ドロンといくのに、どんな葉っぱを頭に乗せるのかも知りたいね」

 那緒と京も、ミーナの話に乗ってくる。

「二人ともナニをいってるノ。キツネが変身に使うのは、コレでショ」

「は? あんたこそ、なにいって……」

 いぶかしげにふり返った京の体が、バネ仕掛けのように、大きく前に跳ねた。

 驚いた那緒とえみりもミーナに視線を移すと、二人とも目を見開いて硬直してしまった。

 ミーナは両手でシャレコウベを一つ抱えていた。

「な、なにっ、なに……、なによっそれはっ!」

 前に逃げた分距離をとることができた京は、どうにかそういうことができた。

「知らないノ? キツネは頭にドクロを乗せて、それが落ちなかったら……」

「そーいうことじゃない! その、ず、ずがっ、ずがっこ、がこい、ずつ、ずが……」

「いこつ!」

「そう、その頭蓋骨はなんだって聞いてるのよ!」

 えみりの助け船を得て、京はようやくそういうことができた。

 人間の頭部の骨。言葉にすれば、ただそれだけの代物だが、花も恥じらう高校一年生の少女たちには、少々荷が重すぎる一品ではあった。

「生物室から借りてきたヨ」

「は?」

「だから、生物室に置いてある人体標本の頭ネ。それを持ってきたんだヨ」

「はああああああああああぁ」

 一同そんな声をあげて、膝からその場にへたりこんでしまった。特に緊張の著しかったえみりなど、そのままの姿勢で横に倒れてしまっている。

「お稲荷さんにお参りするって聞いたから借りてきたヨ。絶対にキツネが人間に化ける決定的瞬間を見たいからネ」

 ミーナは決定的を舌足らずに「けっててき」という。

「返してきなさい」

「え、でも、持ってくるの、すごい苦労したんだヨ」

「いいから返していらっしゃい」

 えみりとミーナは高校になってからの編入組なので、京ほど那緒との付き合いは長くない。だから、この時の表情のひきつりや、声の強張りを察することができなかった。

 京もそれとわかって助け船を出そうとした時には、もう手遅れのところにまできていた。

「でも……」

「ええから、とっととかえしてこいっつっとんじゃ、このごんだくれがあああああっ!」

 感情が激した時にだけ放たれる那緒の関西弁が、まともにミーナに向けられた。

 那緒の激昂で一目散に逃げていったミーナを見送ると、一行は手持ち無沙汰になった。

 もともと特に目的があって訪れたわけでもなかった。近くにあるにもかかわらず、だれも一度もまともに立ち入ったことがないという理由から、部活動にかこつけてやって来ただけだから、稲荷社の信仰の周辺に対する影響について、というお題目も宙に浮いてしまっている。

「せっかくだし、お社を参拝しておこうか」

「そういえば、まだ行ってませんでしたね」

 先ほどからのドタバタで、鳥居のあたりをうろうろするばかりで、すぐ先に見えている拝殿にもたどりついていなかった。

 鳥居の林立を抜けると、一面に石畳の敷かれた開けた場所に出る。横長の長方形で、四隅には石灯籠が設えられ、拝殿の前には左右に狛犬がわりらしい同じく石製の、赤い前垂を首に巻いたきつねの像が置かれていた。

 拝殿は人が四、五人も入ればいっぱいになってしまいそうな小さな建物で、横幅よりは奥行きがあった。その半ばほどから藪にうずまり、中に明かりもないために、賽銭箱のあるあたりからのぞきこんでみても、内部がどのようになっているかはよくわからなかった。

 それぞれてんでに賽銭を投げいれて、二礼二拍一礼を行う。えみりも特になにもいわず、そのしぐさに従った。

 そうして銘々参拝を終え、きつねの像のかたわらにまで戻ってきたところで、拝殿の縁の下からのっそりと姿を現したミーナを目にすることになった。

「あんたねえ、なに遊んでんのよ」

 さすがにもうだれも驚くものはいない。京はやや語気を荒げて詰め寄っていく。

「わっ! すごいくもの巣ですよ!」

 えみりのいうとおり、ミーナは頭といわず肩といわず、全身くもの巣まみれだった。

「いくら手入れが行き届いているといいましても、ものには限度というものがありましてよ。こんなところに潜りこんでいては、そりゃ汚れ放題になるに決まっているじゃありませんか」

 くもの巣を払い落す那緒の手には力がこもっていて、背中にいたった際にはスナップのきいたいい音が聞こえた。

「まったくもう、手間かけさせないでよね」

 一通りきれいになったところで、京は腰に手を当てていう。

「それで、ちゃんと返してきたんでしょ。まさかばれなかったでしょうね」

 けれども、ミーナは小首を傾げるばかり。

「なに不思議そうな顔してんのよ。さっきの頭蓋骨よ……」

 いいかけたところで、いかにも嬉しそうに差し出してきたのは、また一つのシャレコウベだった。

「ちょっ! あんた、なんでまだ持ってんのよ!」

 京はその手の中のものをひったくる。

「あんまり遅くなったら、閉まっちゃって戻せなくなるわよ。どうすんのよ、もー」

「とにかく、いったん学校にもどりまして、確認いたしましょう。いざとなったら、わたくしかえみりさんで鍵を借りて」

「今日は理科の授業がありましたからね。忘れ物をしたっていえば、なんとかなると思います」

「でも、人体模型って準備室じゃなかったっけ。そっちの鍵までもらえるかな」

「そこは賭けですわね」

 大真面目な顔をして、那緒は冗談みたいなことをいう。

「ちょっと、ミーナ、あんたが遊んでいるから、こんなことになってるのよ。ちょっとは、自分でも考えなさいよ」

 珍しく沈黙を守っているミーナに掛けようとした京の声は、しりつぼみに小さくなっていった。

「ミーナさん?」

「あれ? 隣にいたはずなのに」

 つい今しがたまでいたはずの、ブロンドのまぶしい、豊満な胸の持ち主の姿が忽然とかき消えていた。

「ミーナ、いいかげんにしなさいよ」

「なにをいいかげんにするノ? だらしないのはダメだヨ」

「ひゃっ!」

 ついそんな声が口をついた。

 なにしろ、それまでのやりとりから、完全に拝殿の方にいるとばかり思われていたミーナが、正反対の鳥居をくぐってやってきたからだ。

「あんた、いったいどんだけ神出鬼没なのよ。あっちこっちから出たり入ったりして」

「ミヤコはいうことがオーバーだヨ。ウチは学校まで行って戻ってきただけだネ」

「学校? どうして学校に行ってらしたんです?」

「大丈夫、ナオちゃん? さっきの頭を戻してこいって怒ったの、ナオちゃんだヨ」

 いいながらのぞきこんでくるミーナの目には、心配の色すらたたえられていた。

「待ってください。それじゃあ、隈楠さんは、いままでさっきの頭蓋骨を返しに、学校まで出かけていたっていうんですか?」

 えみりの声には早速焦慮がまざりはじめている。

「そうだヨ」

「そうだよって……。でも、さっきまで、ミーナさんはここにいたんですよ」

「んもー、えみりはすぐなんでも深刻に受け止めるんだから。いいのよ、こいつのでたらめにつきあってやらなくても。こっちにはコレがあるんだから。ミーナ、あんたが、学校に戻ったっていいはるのなら、どうしてこんなものがまだここにあるのかしら?」

 京は右手だけで持ったシャレコウベを、ミーナの鼻先に突き出した。

 途端にミーナは片手を大きく開いた口の前に持ってきて、心底驚いた顔を作った。なにしろ、そんな表情を見たのは京も初めてだから、胸の内では得意でしかたなかった。

 けれども、

「すごいね、コレ! いったいどうしたノ?」

 返ってきた反応は意に反したものだった。

「どうしたのって、あんたが、ここに忘れていったものでしょうが」

「違うヨ」

 シャレコウベとにらめっこをしたまま、ぷるぷると横に首を振る。

「コレはウチが生物室から借りてきたものと違うヨ。だって、あっちは男だったけど、こっちは女だもの。ウチの見立てだと、すごい美人サンだヨ。絶世の、いや、傾国の美女だネ」

「わかんないわよ、そんなもん!」

「ちょ、ちょっと、ミーナさん、あなたのおっしゃっていることは、その、本当なんですの?」

 さすがにただならぬ気配を感じ、那緒も横から口をはさんでくる。

「あたりまえだヨ。ウチ、ウソなんてつかないネ」

「那緒まで、なに本気にしちゃってんのよ。こんなの、あたしらが見分けがつかないからって、口から出まかせを……」

「そこまでいうなら、その頭のてっぺんを見ればいいヨ。生物室の標本は、紐で吊るすから、ネジ留めする穴が開いているヨ。でも、それにはないモノ」

 京の物言いに、少なからずプライドを傷つけられたらしいミーナは、いい終わるのも待たず、頬を大きく膨らましていってのけた。

 たちまちミーナを除く三人はわれがちに、シャレコウベの頭頂部に視線を注いだ。

 なるほど、たしかにシャレコウベのどこを探しても、指摘するような穴は見当たらなかった。

 すると、それは二重での否定を意味した。

 まずは、生物室の標本の頭部であることの否定。

 それから、

「え? それじゃあ、もしかして、これって……」

 京の手の内に収まっているものが、模造品であることの否定だ。

 突然、シャレコウベが笑いだした。

 とはいっても、既に顔を失った髑髏が表情を露わにできるわけもなく、ましてや喉から下もない身の上では声を出せるはずもない。

 上顎と下顎が激しく触れ合い、がちがちと鳴る音が、いかにも笑い立てているようだったというだけだ。

「なにこれ? なによ、これ!」

 京は気付いていなかったが、恐怖で全身が細かく震えていて、それが末梢である手の先には大きく伝わっていたのだ。その中のものを揺さぶるほどに。

 ただし、震えがはじまったからシャレコウベが鳴りだしたのか、はたまた笑いだしたはずみで体が振動しだしたのか。それはだれにもわからない。

 やがて、第三者が見てもわかるほどに震えはじめた京の手から、シャレコウベがするりと逃げ出した。

 宙に浮いてもなお、まだ余韻で、しばらく笑いは止まらない。

 振動のおかげで回転が加えられ、縫合線がゆっくりと前に送られていくのが、全員の目に見えた。

 やがて額のあたりを下にして、石畳と衝突しそうになった間際、シャレコウベは全体を炎に覆われて、形を雨滴状に変えて、地面とすれすれのところで漂いはじめた。

「狐火ネ!」

 ほとんど歓声ともとれる、勢い込んだ声でミーナが短く叫んだ。

 骨から自然に出てともされた火を狐火と呼ぶのは、日本の伝統であり、そういう点ではこの指摘はまちがったものではなかった。

 青白い陰火は、身を擦り寄せるようにして、京、那緒、えみりの足もとを飛び交っていたが、やがて拝殿の縁の下にもぐり込むと、そのまま奥に消えていった。

 あたりを些かも照らすことなく、かえって影をまとうようにして薄まっていったのだった。

「オゥ」

 もっとも、その消滅までを目で追って、見届けることができたのはミーナただ一人だけだった。

 秋津学園高等部社会科学研究会のその他の面々は、あまりの出来事に気を失った栂丈京の介抱にてんやわんやだったからだ。

 


 
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