No.453204

三人の御遣い 獣と呼ばれし者達 EP13 殺戮者

勇心さん

今回は黄巾党が篭城する城に兵衛が潜入、戦闘を行います
少しでも読んでもらえると嬉しいです

2012-07-15 09:35:32 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:1943   閲覧ユーザー数:1643

人殺しの罪の定義について考えたい

 

 

人を殺すという悪行は大きく分けると二つに分類される

 

 

 

理由ありきの人殺しと―――

 

 

理由なき人殺しだ―――

 

 

 

 

前者のことに関して言えば――恐らく意見は分かれるだろう

 

 

『どんな理由があろうとも人殺しは絶対に間違っている』―――という絶対的な発言をする人もいれば

 

 

『もし、自分がその立場だったら……人殺しをしてしまうかもしれない』―――と軽々しくも間違った同情を寄せ、擁護する発言をする人もいるかもしれない

 

 

 

しかし―――俺こと巽兵衛から言わせれば

 

 

 

 

 

そんなことは論ずる以前の問題であり―――どうしようもないほどに論外だ

 

 

 

少し考えてみてほしい

 

 

 

人を殺すという罪の定義は状況や他人の意見で大きく変わる

 

 

 

特に理由もなく人を殺すのは罪と断定し―――

 

 

 

自身や誰かを守るためだとか、そんなどうしようもない状況において犯した殺人では賛否が分かれ―――

 

 

 

戦争という大義名分の名の下で行われる殺人は罪に問われるどころか名誉すら与えられる―――

 

 

 

そのどれもが同じ『人殺し』という枠の中に納まっているのにも関わらず、そのどれもが状況によって持つ意味合いが大きく変わってしまう

 

 

まったくもってふざけたものだ……

 

 

 

もう一度言おう―――そんな思想は論外だ

 

 

俺から言わせればそのどれもが『同じ意味』でしかない

 

 

 

理由ありきの人殺しも

 

 

 

理由なき人殺しも

 

 

 

俺からすれば『同じ意味』だ

 

 

 

 

 

 

 

人殺しに『善い』も『悪い』もない

 

 

 

 

 

 

昔、師匠が―――葵が言っていた言葉だ

 

 

 

俺もその意見には同感だ

 

 

 

人殺しに『善い』も『悪い』もない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『人殺し』は所詮『人殺し』―――それ以上でもそれ以下でもないのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

兵衛は黄巾党が籠城する城の城壁にいた

 

 

 

そこには普段の明るい姿も、面倒臭そうにぼやく姿もない

 

 

 

そこには底冷えするほどの冷淡な瞳を宿した―――ただの『死神』でただの『殺人鬼』がいるだけだった

 

 

 

兵衛はその場で屈伸や、前屈といった柔軟体操をして、これから城に乗り込む準備をしていた

 

 

そして準備を一通り終えた兵衛は静かに後ろを振り返ると―――

 

 

 

兵衛「……ふぅ、それで?何で君まで付いてきたの―――周泰?」

 

 

 

後ろにいる少女に声をかけた

 

 

 

少女はそれに応える様にその場に座し、兵衛の問いに答える

 

 

 

明命「……はっ!周瑜様の命により、貴方様の護衛と―――」

 

 

兵衛「―――監視を命じられた?」

 

 

兵衛の言葉に明命は驚愕で瞳を丸くする

 

 

明命「はうぁ!?……どうしてそれを?」

 

 

兵衛「当たり前だろう。あんだけ軍を乱した男だぞ?周瑜だったらそれくらいのことを君に命じても別段おかしいとは思わないさ」

 

 

明命「……すみません」

 

 

兵衛「君が謝る必要はない。……あれだけ俺は取り乱したんだ……逆に考えればこれも周瑜の気遣いなんだって冷静になった今ならわかってるから、そんなに気にするなよ」

 

 

兵衛はけらけらと笑いながらそんな言葉を口にする

 

 

明命「……はい。ですが―――でしたらもう一緒に戻りましょう。みんな兵衛様のことを心配しています」

 

 

明命は弱々しくもそう問いかける

 

それほどまでに今の兵衛はおかしいのだ

これから城に―――敵を殺しに行くのだというのにこれほどまでに軽い態度でいる兵衛に対し、明命は不安を感じたからだ

 

しかし、そんな明命の言葉も虚しく兵衛はあっさりと否定の言葉を口にする

 

 

兵衛「ん~、それは出来ない話だな」

 

 

明命「ど、どうしてですか!?」

 

 

兵衛「そんなの簡単な話だろ?さっきも言ったが……俺はあれだけ軍を乱したんだ―――だったらてめーのケツはてめーで拭かなきゃまずいだろう?」

 

 

明命「ですが、だからといって何も一人で行く必要など……」

 

 

兵衛「まぁな~、普通だったら一度戻ってみんなと一緒に攻めるのが一番良いんだろうけど……」

 

 

明命「そこまで分かっているのでしたら……どうして―――」

 

 

兵衛「だけど俺は『普通』じゃないんだよ。俺の戦いは何ていうか―――『見るに堪えない』ものだから一緒に行くとみんなの方が危ないんだ」

 

 

明命「……見るに堪えないとは……どういう意味ですか?何故、それで一緒に行く私達まで危ないと?」

 

 

兵衛「……悪い、口が滑った―――とにかく、君と一緒に戻る気はない。そして、君を一緒に連れて行くつもりもないから……君はさっさと軍に戻って周瑜に『問題なし』と伝えてくれ」

 

 

明命「そ、そんなこと出来る訳ありません!私は兵衛様の護衛も命じられているのですから…そのような命令には従うことは出来ません」

 

 

そう言って明命は兵衛の瞳を強く見つめる

 

その瞳には強く、強固な決意が込められていた

 

 

兵衛「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

兵衛はしばし考え込むと静かに一度溜息を吐き―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

兵衛「はいはい、わかった、わかった。なら周泰も連れて行ってやるよ」

 

 

 

 

 

観念したように両手を上げ、明命の同行を了承した

 

 

 

 

明命「ほ、本当でございますか!?ありがとうございます!!」

 

 

明命は心底嬉しそうに両手合わせると勢いよく兵衛に頭を下げる

 

 

兵衛「そんな頭を下げてもらうほど喜ばれ様なことは言ってないんだけどね……だけど、同行する前に今から言う三つの言いつけは絶対に守ってくれよ?」

 

 

明命「はい!!」

 

 

兵衛「いい返事だ。なら……まず一つ目、危ないと思ったらすぐに軍に戻ること」

 

 

明命「はい!」

 

 

兵衛「うん、じゃあ二つ目……周泰は城に潜入したら俺の命令には絶対に従うこと」

 

 

周泰「は、はい!」

 

 

兵衛「そして、最後の三つ目……城の中ではくれぐれも俺の傍に―――」

 

 

言いかける兵衛の言葉がわかった明命は先読みして返事をする

 

 

周泰「はい!城の中に入ったら兵衛様の傍を離れません!」

 

 

しかし、その力強い返事は続く兵衛の言葉であっさりと否定される

 

 

兵衛「……いや、それは違うよ。俺が言いたいのはそんなことじゃない。むしろ逆―――城の中に入ったらくれぐれも―――『俺の傍に近寄るな』―――だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明命「…………………………え?」

 

 

 

 

 

兵衛の驚くべき言葉を耳にした明命は贅沢にも三点リーダーを10個も使った間抜けな声を口にした

 

 

 

 

 

 

 

 

明命「……はぁ」

 

 

城に侵入した周泰は黄巾党の保有する蔵の傍に隠れて、そんな溜息を洩らして肩を落とす

 

 

明命が気を落とすのには理由があった

 

 

兵衛と一緒に城に潜入して分かれる時、明命は兵衛からいくつかの命令を受けていた

 

 

一つ目は兵衛が騒ぎを起こした瞬間に蔵に火を放つこと

 

 

二つ目は人質がいないかの確認

 

 

そして三つ目は―――

 

 

先の二つのことを終了したら直ちに孫策達の待つ自軍に帰ること

 

 

 

先の二つの命令についてはすでに周泰は任務を完了していた

 

 

人質の確認も

 

 

蔵に火を放つ準備も

 

 

その全てが完了していた

 

 

しかし、その三つの命令の―――最後の一つが周泰の頭を大いに悩ませた

 

 

 

三つ目の命令―――それはすなわち命令と言う名のペテンだった

 

 

明命の本来の目的は兵衛の護衛と監視だ

 

 

その二つの目的を兵衛は事前に潰しにかかったのだ

 

 

最初は嫌々明命の同行を了承したように見せかけて

 

 

予め兵衛は明命に二つの指示を与えていた

 

 

一つは城に潜入したら兵衛の言うとおりに動くこと

 

 

そして二つ目は自身の傍に近寄らないこと

 

 

その二つの釘を兵衛は明命に刺したのだ

 

 

 

 

 

仮に二つ目の指示を先に言っていたのなら明命は間違いなく言うことを聞くことはなかった

 

 

明命本来の目的はあくまで兵衛の監視と護衛だ

 

 

呉の天の御遣いである巽兵衛の危険性と安全を守るという意味での二つの目的

 

 

この二つの目的を達成するための前提条件は―――『兵衛の傍から離れないこと』なのだ

 

 

そのことがうわかっているからこそ兵衛は一つ目の命令で明命に釘を刺したのだ

 

 

 

事前に兵衛の言うことを聞くという約束事を明命と取り決めておくことで

 

 

兵衛は明命に首を横に振る権利を奪ったのだ

 

 

そんな些細で微妙な話術によって明命はあっさりと自身の二つの役目を潰されたのだ

 

 

呉の中でも情報収集を旨とする隠密でも最優とも言える明命を相手にいとも容易く丸め込んだのだ

 

 

 

これが驚かずにいられるか

 

 

 

これが驚嘆せずにいられるか

 

 

 

 

 

 

 

明命はそれほどまでの大きな動揺を内包したまま火矢の準備を進めていた

 

 

 

 

 

 

時を同じくして―――黄巾党本陣

 

 

 

 

黄巾兵「ぎゃははっ!おいおい、見たかよ。敵さん俺らを放っといて何だか内輪揉めを始めてたぜ!?」

 

 

黄巾兵「おうよ!まったく馬鹿な奴らだよな。こんなの俺らに逃げてくれって言ってるようなもんなのにな?」

 

 

指揮官「まぁ、そう言うな。こんな好機はまたとないかもしれねえんだ。ここは素直に逃げるが勝ちってな!」

 

 

黄巾兵「ちげーねぇ!」

 

 

 

 

黄巾党の面々はそんな会話をしながら逃げる支度をしていた

 

 

孫策軍の猛攻からすでに三倍近くあった兵数も三分の一に近い数まで減っていた彼らは本当ならば数刻前に全滅していたはずだった

 

 

―――しかし、実際はそうならなかった

 

 

数刻前のあの時、孫策軍は自分たちにあと一歩というところまで迫っておきながらその好機を逸したのだ

 

 

理由は不明だ

 

 

だが、孫策軍の様子を見るところ……どうやら奴らは内輪揉めを始めていたようだと見張りの兵から報告があった

 

 

彼らにとってはこれ以上の朗報があるだろうか

 

 

数で勝っていたため確実に勝てると踏んでいた戦で

 

 

孫策軍に千にも満たない数まで減らされた彼らにとっては最早理由などどうでも良かった

 

 

ただ、『逃げられる』という希望だけが重要だった

 

 

 

 

 

 

しかし―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

兵衛「―――おいおい……そんなに大荷物を抱えてどこ行くんだよ?」

 

 

 

 

 

彼らは気付いていなかった

 

 

 

孫策軍に全滅させられていた方が―――一

 

 

 

一思いに死を迎えていた方がマシだと思える程に

 

 

 

絶望的なまでの殺戮を運んでくる『死神』が

 

 

 

自分達の背後に薄笑いを浮かべながら立っているということを……

 

 

 

 

 

そこに立っていた一人の男がゆっくりと黄巾党の兵達の中で歩みを進める

 

 

 

悠然に

 

 

 

まるで気儘に市でも散歩をするかのように敵陣の中を歩み続ける

 

 

 

そして、歩み続けた男―――巽兵衛は敵の真ん中でその足を止め、自身の周りを囲む黄巾兵に対して語りかける

 

 

 

兵衛「よぉ~、ずいぶんと楽しそうにしてんじゃんか?良かったら俺も混ぜてくれよ?」

 

 

 

黄巾兵「な、何だてめーは!?……いや、と言うよりどっから入ってきた!!」

 

 

 

兵衛「そんなのお前らに教えるはずがねぇだろが?」

 

 

 

黄巾兵「て、てめぇ……ぶっ殺されて―のか!!」

 

 

 

兵衛「おお~、いいねぇいいねぇ……その姿勢。こっちも最初からそのつもりで来たからな―――殺し合いなら望むところだぜ?」

 

 

指揮官「……何だと?―――と言うことはてめーはまさか……」

 

 

兵衛「お?察しが良い所を見るとどうやらあんたが大将みてーだな。あんたの予想通り―――俺は孫策軍の者だ。つまりはお前らの敵ってことだ」

 

 

指揮官「なるほど……なら聞くがその敵であるお前はまさかとは思うが―――たった一人で俺たちのところまで来たのか?」

 

 

兵衛「それがどうした?」

 

 

指揮官の問いに兵衛が答えた瞬間、周囲の兵達は大声で笑いだす

 

 

兵衛「おお~?何か面白いこと言ったか俺?」

 

 

指揮官「はっはっはっ!これが笑わずにいられるか!?まさかとは思ったがたった一人で俺たちに挑みに来ただと?この数を見ろ!お前一人ごときが俺たちに勝つつもりだと言うのか?」

 

 

兵衛「……そのつもりだけど?」

 

 

指揮官「……どうやら状況を理解していないみてぇだな?最早お前の状況は『勝つか負けるか』じゃねぇ―――『逃げられるか逃げられねぇか』だ!」

 

 

そう叫んだ黄巾党の指揮官は周囲の部下たちに指示を出し、兵衛が入ってきた入り口を塞ぐ様に立ちふさがった

 

 

指揮官「―――そして、そんなお前を俺らは絶対に逃がさない。お前に待っているのは『死』のみだ!」

 

 

そして、勝利を確信した指揮官は黙って佇む兵衛に強気なまでに言い放つ

 

 

 

 

しかし―――

 

 

 

 

 

 

 

 

兵衛「……くっくっくっ………」

 

 

 

指揮官「……あん?」

 

 

 

兵衛「……くっくっくっ…あはははははははははははは!!!」

 

 

 

しかし―――

 

 

そんな絶望的な言葉を突き付けられたはずの男は何故か

 

 

心底愉快そうに

 

 

 

心底嘲る様に

 

 

 

笑い声を上げる

 

 

 

指揮官「な、何が可笑しい!?」

 

 

 

兵衛「いや~何か馬鹿な勘違いしているお前らが憐れすぎてな……つい笑っちまったぜ」

 

 

 

指揮官「……憐れだと?勘違いとは一体何だ!?」

 

 

 

兵衛「分かんないのか?なら救いようがないにも程があるな。お前らはさっき言ったよな?『お前にあるのは勝つか負けるかじゃなく、逃げられるか逃げられないか』―――だと……」

 

 

指揮官「……それがどうした?」

 

 

兵衛「だからよ~、その考えがそもそもの間違いなんだよ。俺を囲んだくらいで檻にでも閉じ込めたつもりだったか?もしそうなら教えてやるよ……この状況、『俺』が逃げられるか逃げられないかじゃねぇ―――」

 

 

そして兵衛は口にする―――

 

 

 

兵衛「―――『お前ら』が逃げられるか殺されるか……だ」

 

 

 

そして先ほどまでとは打って変わった冷淡な瞳を宿しながら

 

 

 

己が内に秘めた『死神』の本性を現しながら止めの言葉を呟くように口にした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

兵衛「……お前らがさっさと黙って孫策達とくっだらねぇ殺し合いでもして死んでくれれば文句なかったのによ。籠城なんてセコイ真似してくれたせいでこの俺が出張る羽目になっちまった。……まったくもって最悪だぜ。しかもその上―――今日は会いたくもねぇ女に会っちまったせいで『思い出したくもない女』を思い出しちまって殊更俺の機嫌は最悪な上に傑作だ。……半分八つ当たりで悪いんだが今日の俺はどうしようもなく人間を殺したい気分なんだ。まぁ、てめーらの場合は自業自得だからな……因果応報とでも言うのかな?その辺のところも運が悪かったと諦めて……後悔しながら―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                   『―――死んじまえ』

 

 

 

 

 

 

 

 

そして男は駆け出した

 

 

 

 

国戦の中で『最も恐ろしい』と言われた実力を持って

 

 

 

 

目の前の『獲物』を喰らうために

 

 

 

 

男はただの殺戮機械となって殺戮と言う名の食事を始めた……

 

 

 

 

 

 

 

明命「…はぁ…はぁ…はぁ……」

 

 

 

 

明命は走った

 

 

 

兵衛から受けた命令も完遂し、後は兵衛と合流するのみとなった彼女だが

 

 

 

それでも彼女は焦っていた

 

 

 

命令を完遂したと言ってもそれはあくまで兵衛からの命令であって

 

 

 

冥琳からの命令である『兵衛の護衛と監視』という本来の目的は達成されていなかったのだ

 

 

 

その命令が残っているからこそ彼女は走った

 

 

 

彼の安全を―――巽兵衛の身の安全を守るために彼女は走った

 

 

 

恐らく、兵衛から言わせれば明命のこの行動は命令違反と取られるだろう

 

 

 

しかし、そんなことは明命としても重々承知であり、同時に関係ないのだ

 

 

 

明命は彼が昼間に孫策達に言ったことを思い返す

 

 

 

 

 

『俺はお前らの部下じゃない。誰の指図も受けねーよ』―――と

 

 

 

 

 

 

それはつまり彼は孫呉の武将ではなく、明命たちの上司と言うわけではないのだ

 

 

 

確かに彼は孫呉の人間ではない

 

 

命令を受ける筋合いはないのだろう

 

 

だが、それを言うならば……逆に言ってしまえば、明命たち孫呉の武将も巽兵衛の命令に従う必要性もないのだ

 

 

 

それを最初に気付いていれば彼を一人で敵陣に向かわせることもなかったはずだ

 

 

 

明命は後悔した

 

 

 

だが、今更後悔したところで後の祭りだ

 

 

 

今はとにかく兵衛の元に一秒でも早く辿り着くこと―――それが明命にとって出来る唯一のことだった

 

 

 

 

 

 

 

 

そして―――

 

 

 

必死に走り続けた明命はその甲斐あってか自身が想像したよりも早く―――そして今も尚黄巾党と戦っている巽兵衛の予想よりも遥かに速く

 

 

彼女は敵陣の中へと辿り着いた

 

 

 

これで彼を―――呉の天の御遣いを守ることが出来る

 

 

 

明命は心の中で安堵の溜息を洩らす

 

 

 

 

 

しかし―――安堵をしたのも束の間

 

 

 

ゆっくりと陣内に足を踏み入れた明命は自身の目の前に広がる光景に驚愕することになった

 

 

 

目の前に広がる光景―――

 

 

 

それはあまりに凄惨な光景

 

 

 

一方的な殺戮によって構成された地獄絵図

 

 

 

その地獄と呼んで差支えない光景を作り上げた男―――巽兵衛の手によって目の前の黄巾党約千人が次々と肉塊へと変わる光景に……明命は言葉を発することが出来なくなっていた

 

 

 

 

 

圧倒的―――と言う言葉はこういう時に使うのだろうか

 

 

それほどありきたりな表現をしてしまうほどに目の前の光景は異常だった

 

 

普通ならば多勢の方が少数の側を押すはずなのだが、明命が見た光景はその逆だった

 

 

本来有利であるはずの黄巾党は全員が全員同じように―――文字通り必死な形相でその場を逃れようと動いていた

 

 

しかし―――巽兵衛はその行為を許さなかった

 

 

兵衛は逃げようとする人間から殺戮を始めていたのだ

 

 

自身から最も遠い敵兵に対し、兵衛は目にも止まらぬ速さで―――それこそ明命にすら追い切れない駿足をもって回り込み眼前の敵兵達の四肢を余すことなく切り落とす

 

 

否―――『引き千切っている』のだ

 

 

敵の腕を掴んで横に引くだけで腕はまるで雑草を抜くかのようにあっさりと引き千切れ

 

 

足は軽く捻るだけで果実の様に捥ぎ取られ

 

 

最後は頭蓋骨を林檎を砕くように握り潰す

 

 

 

 

それはとてもではないが人間の出来る所業ではなかった

 

 

そして何より異様―――異形だったのは

 

 

その人間の所業とは思えない行為を行っている男が―――巽兵衛と言う人物が

 

 

 

敵を蹂躙しながら愉快そうに禍々しくも歪んだ笑みを浮かべていることに

 

 

明命は戦慄した

 

 

 

 

 

 

 

最初はただの自惚れだと思っていた

 

 

たった一人で俺たち千人近い黄巾党を倒すなど……そんなことは自惚れなのだと思っていた

 

 

そう思っていたから…この男がそんな英雄気取りの言葉を発したことで俺たちは嘲りを込めて笑ってやった

 

 

それはもう心底馬鹿にするように笑ってやった

 

 

 

 

だが、そんな行為を出来たのはその時だけだった

 

 

 

男は俺たちが馬鹿にしたように笑っていると奴は近くにいる仲間の顔を鷲塚むと次のような言葉を吐いた

 

 

 

 

『ああ……久しぶりだな、こんな馬鹿共。これは久々に、存分に、人の肉を楽しむことが出来るかな?ああ、楽しみだ―――ああ、憐れだ―――今笑っているお前ら全員がこれからこの男と同じ末路をたどると思うと……最高に気分が良い』

 

 

 

そう言うと、男は俺の仲間の顔を―――握り潰した

 

 

あっさりと

 

 

まるで果物でも潰すかのように男は俺の仲間の顔を握り潰した

 

 

仲間の頭からは鮮血と脳漿が飛び散り、男の手によって隠れていたはずの眼球はそのぬるぬるとした触感からか、滑る様に地面へと落下した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数秒後―――俺たちの嘲笑は悲鳴へと変貌した

 

 

 

 

恐らく全員が同じように直感したのだろう

 

 

目の前の仲間の無残な死体が―――死に様が

 

 

近い未来の自分達の姿だということに

 

 

それがわかったからこそ俺達は逃げ出した

 

 

とてもではないが耐えられなかったのだ

 

 

あんな無残な死を遂げるという事実にその場にいる奴以外の全員が耐えられなかったのだ

 

 

逃げる仲間

 

 

追う男

 

 

それは本来有り得てはならない状況だった

 

 

多勢を追う少数

 

 

そんなことが現実に起こり得るなど誰が想像できようか

 

 

 

 

 

 

男は逃げる仲間たちを目にも止まらぬ速さで先回りし、仲間たちを次々と屠り去った

 

 

 

一人一人の四肢を、頭を、律儀にも余すことなく削いで、捥いで、砕き潰していった

 

 

その光景は一言で表すならば地獄絵図だった

 

 

人間と言う原型足らしめん部位を

 

 

奴は躊躇いもなく潰して歩いていく

 

 

何と言う暴君

 

 

何と言う獣

 

 

奴の行いはとてもではないが同じ人間に対する所業ではない

 

 

 

 

 

 

だが、その時俺は逃げ惑う仲間たちの悲鳴の中、奴の笑い声を、奴の叫ぶ言葉を偶然的にも耳にしてしまった

 

 

 

 

 

 

『かはははははははははははははっ!!!逃げろ逃げろ~、その悲鳴が俺にとっては最高のスパイスだ!俺と言う死神を満足させる『餌』に過ぎねぇ!ここはお前らにとって最早安全な城じゃねぇ!ここは城と言う名の檻―――俺と言う一匹の獣に与えられた食事の場だ!もっと味あわせろ!もっと楽しませろ!お前らの肉の感触を―――お前ら屑の肉の味を―――俺と言う獣に喰い尽くさせろ!!』

 

 

 

 

その言葉を耳にした瞬間、俺は自身の勘違いに気が付いた

 

 

 

 

 

 

 

ああ……そうか

 

 

 

俺はとんでもない勘違いをしていた

 

 

 

奴にとって俺たちは

 

 

 

倒すべき敵でも

 

 

 

殺すべき人間でもなく

 

 

 

奴にとって俺たちは―――ただの自身の空腹を満たすためだけの『餌』に過ぎなかったのだ

 

 

 

 

そんなことを考えながら

 

 

 

 

俺は自身の脳漿が飛び散る音を聞いた

 

 

 

 

 

 

 

明命が我に返った時には惨劇はほぼ終焉に向かっていた

 

 

 

その場に残るのは明命と場の中心に佇む兵衛―――そして敵の大将らしき黄巾党の男だけだった

 

 

 

黄巾党の男は先ほどまでの惨劇での恐怖心からかその場に腰を抜かし座り込んでいた

 

 

 

兵衛はそんな男の様子などお構いなしに止めを刺すために腕を振りかぶる

 

 

 

 

明命「ま、待ってください兵衛様!やめてください!!」

 

 

 

明命は咄嗟に叫んでいた

 

 

自分でもよくわからなかったが明命は叫ばずにはいられなかったのだ

 

 

 

 

兵衛は明命のその言葉に反応し、振りかぶっていた腕をゆっくりと下すと彼女の方に振り返る

 

 

 

兵衛「……周泰か?何でお前がここにいる?俺の命令を忘れたのか?」

 

 

 

兵衛は無機質なまでの冷淡な瞳を明命に向ける

 

 

その視線に明命は一瞬だけ背筋が凍るのを感じたが意を決して兵衛に話しかける

 

 

明命「はい……覚えております。ですが、私は兵衛様の部下ではありません。貴方様の命令に従う必要はないのであります」

 

 

明命は決意を込めてそう告げる

 

 

その言葉に兵衛は意外だったのか、先ほどまでの無機質だった目を大きく見開き驚きの表情を露わにし、続くようにくすくすと笑いだした

 

 

 

兵衛「かっかっかっ、そうかそうか。確かにそうだ。俺は呉の武将じゃねーもんな?つーことは君は俺の部下でもなんでない。そりゃ~命令に従う必要はないわな。これは一本取られたな」

 

 

言うと兵衛は彼女の方に体ごと向き直ると少しずつゆっくりと明命の方へと歩み寄ってきた

 

 

明命「兵衛様の意に沿わないことをしたのは重々承知しております。ですが……」

 

 

兵衛「わかってる……しょうがなかったんだろ?周瑜の命令もあったからな、俺を放って先に戻るなんて真似できなかったんだよな?」

 

 

明命「……はい」

 

 

兵衛「……はぁ~、気持ちは分かるんだが正直な話……出来ればこんな光景見せたくなかったんだけどな、俺としては……」

 

 

言って兵衛は後ろの凄惨な死体の山に目を移す

 

 

明命「それは……ですが、それは仕方がないと思います。兵衛様は武人として為すべきことを為しただけだと思います。ですから……」

 

 

兵衛「ははっ、ありがとうな。……でも、気持ちは嬉しいけど思ってもいないことは口にしないほうがいいぞ?武人としてだって?あれが武人のやることか?あれが人間らしい死に方だと思うのか?あんな無残な死体とも言えない肉塊を君は本当に武人としての矜持があると思ってるのか?」

 

 

明命「そ、それは……」

 

 

兵衛「な?そんなものなんてありはしないだろう?さっきのあれはそんな高尚な考えからは程遠い―――正に対局に位置する行いだよ。言うなれば獣のそれに近いかな」

 

 

明命「獣……ですか?」

 

 

兵衛「そうだな。君くらいの武人ならすでにさっきの俺を見て気付いたんじゃないか?俺が『人を殺すこと』を楽しんでいたという事実に―――」

 

 

明命「っ!!」

 

 

兵衛「その様子を見るとどうやら図星のようだな。……これでわかっただろう?あれが俺と言う『死神』の本性だよ。人を殺すことに-――人の魂を喰らうことに至高の喜びを感じるような人間なんだよ。お前ら呉にとっては迷惑な話だろうけどな……」

 

 

明命「そんなことは……」

 

 

兵衛「気にするな。そう思われても仕方がないんだよ。まぁ、こんなことを君に話してもしょうがないんだけどな……さぁ、ここで話すのもあれだし―――そろそろ孫策達のところに戻るとするか?」

 

 

そう言い残し、兵衛はその場を後にしようとする

その姿に見た明命は慌てて兵衛の後を追いかける

 

 

明命「……え?でも……あの男はどうするおつもりですか?身柄を拘束しなくてよろしいのですか?」

 

 

 

 

明命は気になっていたことを問いかける

 

 

 

 

しかし―――

 

 

 

 

そんな明命の問いに対し、兵衛は呑気に気軽に笑って答える

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

兵衛「……ああ、そのことなら別にいいよ。もうあいつは―――とっくに『喰い終わっている』から」

 

 

 

 

 

 

その言葉を聞いた瞬間、明命たちの後ろからどさりと何かが倒れる音が聞こえた

 

 

明命が慌てて振り返るとそこには

 

 

 

首から上を失った肉体が血飛沫を倒れている光景がそこにはあった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

兵衛たちが城から出た頃―――

 

 

 

呉の陣営では孫策達が二人の帰りを固唾を飲んで待っていた

 

 

ある者は無事を祈り

 

 

ある者は不安を露わにし

 

 

各々が二人の帰りを待っていた

 

 

その中でも孫策は一際心配そうにその場に居た

 

 

雪蓮「……兵衛」

 

 

孫策は心配そうに呟いた

 

 

その時だった―――

 

 

 

 

祭「策殿っ!二人が帰ってきたぞ!」

 

 

 

祭の言葉に雪蓮は即座に反応する

 

 

二人が帰ってきた

 

 

つまりそれは二人の無事が確認されたことでもある

 

 

それが雪蓮にとっては嬉しかった

 

 

しかし―――

 

 

 

 

そんな喜びも二人の―――兵衛の姿を見たことで消え失せることとなった

 

 

 

雪蓮達が見た兵衛の姿

 

 

 

それはとても禍々しく

 

 

 

とても凄惨な姿をしていた

 

 

 

そう思ってしまうのは仕方がない

 

 

 

兵衛の体は頭の先からつま先まで余すところなく深紅の血に塗れていた

 

 

 

それは一目で返り血だとわかるほどに膨大な血量で

 

 

さながらその姿は悪鬼のようで―――天の御遣いと呼ぶにはあまりにそぐわないものだった

 

 

雪蓮「……兵衛、貴方―――」

 

 

 

雪蓮が咄嗟に声を掛けようと口を開くと兵衛はその横をすり抜けるようにすれ違い

 

あからさまに雪蓮を―――そして呉の将達を無視する様にその場を後にしようとする

 

その態度に雪蓮はより一層の不安感と喪失感、そして悲しいまでの壁を感じ雪蓮は兵衛に対して思わず声を掛けた

 

 

雪蓮「兵衛!」

 

 

雪蓮の言葉に足を止める兵衛はゆっくりと雪蓮に振り返ると―――

 

 

兵衛「……おお、孫策か?一応報告だけはしといてやるよ。黄巾党の連中は軒並みぶち殺しといた。死体は約千体……あの城の真ん中に転がってるから信じられないようなら確認しとけ。早くしねーと死体が焼けてなくなるかもしれねーからな。ついでに周泰のことよろしく頼む……どうやら思った以上に気落ちしているようだからゆっくりと休ませてやってくれ。……それじゃぁな―――」

 

 

そう言い残し、兵衛はその場を後にする

 

 

その後姿はそれ以上の介入も干渉も何もかもを拒絶するような―――そんな印象が見て取れた

 

 

雪蓮は思考する

 

 

一体あの城で何があったのか

 

 

どうして明命はこうまで覇気がなく、項垂れているのか

 

 

その理由が雪蓮にはわからなかった

 

 

わかりようもなかったのだ

 

 

あの城で

 

 

あの城という名の檻の中で巽兵衛という名の獣が

 

 

嬉々として敵兵達を蹂躙、殺戮していたなどという事実は

 

 

その場にいなかった雪蓮にはわかりようもなかったのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巽兵衛という名の『死神』

 

 

その人物―――国戦の中で『最も恐れられた』その理由

 

 

それは己の中に眠る『殺人鬼』として―――『死神』としての本能による

 

 

愉悦のためだけの快楽殺戮

 

 

それこそが巽兵衛を巽兵衛と足らしめているものであり、同時に彼の呪いなのだ

 

 

自身を強者足らしめんとする矛であり

 

 

同時に愛する者を失わせる呪い

 

 

それを理解し、受け入れない限り……巽兵衛という男をわかってあげることなど出来はしない

 

それを理解してやれない限り―――

 

 

 

誰も彼を理解する事は出来ないし―――

 

 

彼もまた理解して欲しいとも思っていない―――

 

 

そんな雁字搦めの呪いの中で彼は筆舌に尽くしがたい悲しい道を歩いている

 

 

 

そんな彼を恐れてか道行く兵士は恐怖のあまり道を譲り

 

 

全身を血に塗れさせる自国の天の御使いを敬遠する

 

 

 

そこには本来あるべき戦の功労者に対する

 

 

 

労いも

 

 

 

敬意も

 

 

 

賛辞も

 

 

その何もかもが見られない

 

 

 

 

 

 

 

そして、その悲しくも孤独なまでの勝利の花道を巽兵衛と言う名の『死神』はただひたす

らに歩いて戦場を後にした

 

 

 

 

あとがき

 

 

 

 

 

 

 

どうも勇心です

 

 

 

今回は予告通り兵衛の戦闘をメインに書きました

 

 

 

とは言っても全然兵衛の戦闘の描写が書かれていなくて正直読まれた方には不満が大きい話だったでしょう

 

 

挙句兵衛の死神として~のこととか全然伝えられてないと思うので

 

 

今回は完全に失敗だと自負しております

 

 

 

 

次回はもうすこしましに書ける様に頑張りたいと思います

 

 

 

 

 

次回は烈矢の話になります

 

 

 

恐らく桂花や季の字や流の字が出るかもです

 

 

 

出なかったらごめんなさいm(_ _)m

 

 

 

それでは次回にまたお会いしましょう


 
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