休日の午後。
夕焼けに赤く染まる図書館の片隅に、
こつこつ、かりかりと、黒鉛の塊が紙を擦る音が響く。
そこにあるのは二つの小さな人影。二人の小学生の姿。
言うに及ばずお察しの通り、学校から出された課題の最中である。
二人いるにしてはその物音は静かで、手を動かしているのは一人だけ。
二人の中で唯一勉強の苦手な、八城真央だけだった。
もう何度目だろう、真央の手が止まる。
そしてあからさまに大儀そうに溜息をつくと、ぐったりと机に突っ伏した。
「あー…、終わらねぇ~…。」
「頑張れ、まーちゃん!もうちょっとじゃが!」
その傍らで真央を励ますのは、彼女の姉、八城笙。
既に課題をすっかり片付け、余裕綽々である。
「かったる~、こんなん将来なんの役に立つんでもねぇのに、なんでせにゃぁいけんのん?」
「役に立つよ。」
「えっ?」
笙の言葉に真央はがばっと顔を上げ、笙にずいと迫る。
「どこでどう役に立つん!?そこわかったらちょっとやる気出すわ!」
笙はにっこりと微笑むと、鞄から取り出した自由帳を開いた。
「まーちゃんは、将来の夢とか目標とか、ある?」
出し抜けに尋ねる笙。真央は首を傾げ少し考えた後、首を横に振った。
「それが見つかったら、どうする?」
「……どうするって…、そりゃ、勉強したりとか、努力する…」
「じゃろ。じゃあ、もしもまーちゃんが科学者に憧れたとして、
科学者になるには、何が必要じゃ思う?」
真央は小さく唸りながら、暫し考え込んだ。
「えーと…、理科とか、あと、そういう関係の知識…?」
「そうそう。でも、一からそれを勉強しょう思ったら大変じゃろ。」
「うん…、そりゃ、何年もかかる思うけど…」
「科学者になりたい!って思った時に、理科、科学、物理、生物とか、
色んな知識が一通りあったら、近道になる思わん?」
「あっ…、うん、思う。」
笙はにっこりと微笑むと、ノートにシャーペンを走らせた。
「これが、まーちゃんな。」
そう言って笙が白いページに描いたのは、なにやらうねうねとした、
例えるなら田植えが近くなると田んぼに山盛りにされる、堆肥にする牛糞の塊のようなものだった。
「な、なにそれ。」
「畑。で、この畑には、いっぱい種が埋まっとるんよ。」
「はぁ。」
「で、これが…、学校の先生な。」
畑の隣に笙が描いたのは、数人の人。
その人々は、各々ジョロで水をやったり、肥料をやったりして、畑を世話していた。
「この学校の先生らが、水やったり、雑草抜いたり、肥料やったりして、
一生懸命世話するんよ。そしたら、どうなる思う?」
「…種が芽を出す?」
笙は頷いた。
「で。これが小さな小さな苗木になるのに六年、苗木から小さな木に育つまで更に三年。」
真央はそこではっとして、笙に尋ねた。
「目標を見つけた時に、何にも無い常態だと、種を蒔くとこから始めにゃいけんいう事?」
「そう。小学校・中学校の義務教育の間の勉強は、この苗木、夢を実現する為の『可能性』を育てる為なんよ。
子供らがどんな夢を抱いても最短コースを通ってそれを実現できるように用意しといてあげる事が、学校の先生の役目いう事。」
「そっか…。」
真央は一通り納得したようで、笙の描いた下手な絵をしげしげと眺めながら溜息をついた。
「納得した?」
真央は一寸間を置いて、頷いた。
「やる気出た?」
「うっ」と嫌そうに顔をしかめた後、「まぁ、うん」と歯切れ悪く返事をすると、
真央は渋々、再びシャーペンを手に取った。
「頑張れー、閉館時間まであと一時間よー。」
「へーい。はぁ、納得はしたけど大儀なもなぁ大儀なわ。」
「じゃあ、閉館時間までに終わったら、今日の晩は何でも好きなもん食べさしたげる。」
「あ、ちょっとやる気出た。じゃままかりな、ままかり。」
「はいはい。」
真央が課題を負えたのは、閉館時間ギリギリ三分前だったそうな。
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ピクシブに投稿した放置中の小説のキャラを使って、私なりに何故勉強するのかを考えてみました。キュアビューティが「何故勉強するの?」と悩んでいたあの時に思いついたものです。