No.453033

【改訂版】 真・恋姫無双 霞√ 俺の智=ウチの矛 五章最終話:話の9

甘露さん

・会食
・脳筋
・そして黒月

2012-07-15 00:02:02 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:4494   閲覧ユーザー数:3914

**

 

 

「お疲れ様」

「無事に済んだようだな」

 

扉を三つ抜けた先。

中庭へ通じる廊下の真ん中に文和殿、華将軍、そして何故か上機嫌だと分かる無表情の風が待っていた。

 

「華雄はんっ……やなくて華将軍!?」

「お言葉、ありがとうございます」

 

動揺して呼び捨てる霞に肘を一発入れつつ静かに俺は拝礼をひとつする。

苦笑いの華将軍に、別にいいわよと手を払う文和殿。風は無表情でニヤニヤすると言う高等過ぎて逆に理解できた不思議な芸をして見せた。

 

「くふふ、お兄さんもお姉さんも大出世なのです。義妹として鼻高々なのですよ」

「情報早いんだな」

「実はですね、宝慧には盗聴機能が付いてまして~。お兄さんの日常をりあるたいむでらいぶちゅうけいなのです。風に内緒で帰り道に串焼きを食べて帰ったこととか、八日

 

前と五日前と一昨日お姉さんとお盛んに熱い夜を過ご」

 

冗談めいたのんびり口調に、串焼きまではあきれ顔を浮かべていた俺と霞の表情は一転して青ざめた。

流石に話題的にアウトというかそんな高度な羞恥プレイに対応できる程俺も霞も進化して無いと言うか。

兎も角慌てて風の口を塞ごうとした丁度その拍子、顔を真っ赤にした文和殿が慌てて風の言葉を遮った。

 

「ば、馬鹿言ってないで、仲徳。横の部屋で聞いてただけでしょ」

「むぅ、折角お兄さんをからかって遊んでたのに。文和さんはいじわるさんです」

「い、意地悪ってなによ! ったく、北郷、あんた義妹に何教えてるのよっ! 冗談にも良い悪いがあるでしょう?」

「あ、あはは……」

 

笑って誤魔化すしか無かった。

それ全部本当なんですなんて言えない、というか、なんで風さんそれらの事知ってるんですか? ねえ?

ちらと視線で訴えると悪戯っぽく舌を出された。駄目だこれは。いろいろと。

 

「ん、おほん。文遠、これからよろしく頼むぞ。貴様程の豪の者を副官に迎えられ私も嬉しく思う」

「あ、はいなっ! ウチも華ゆっ、華将軍のお力になれる様頑張りますさかいに」

「はっはっは、無理して敬う必要は無いぞ? 貴様は別段実力で劣る訳でもない、それに官位も授かれば名実ともに私と並ぶのだ」

「さいでっか? でも、それやと示しが付かんとかそういうんは……?」

「なあに、その程度で腹を立てて向かってくる馬鹿は遠慮なく叩きのめせばいいさ。仲頴様が太鼓判を押したのだ、間違いはないだろうしな」

 

さっきと変わらず気持ち良く笑う華将軍。

ばしばし肩を叩かれる霞も何だか嬉しそうだ。

 

「北郷も正直仲頴様に何言われるか心配してたけど、まあ、あれなら及第点よ」

「ありがとうございます……で、いいのですかね、この場合」

「ふふっ、さあね」

 

俺が首を傾げて見せると、文和殿も笑いながら答えた。

上司の機嫌がいい事は百利あって害あんまり無し。なんて黒めの事を考えていると目ざとく指摘されそうなので頭の隅にそれらを追いやった。

馬賊の頃に手配書が回った訳でもないのだし特段罠を心配する必要もない。偶には純粋に喜んでも良いだろう。

 

「兎も角、ボクも将軍も話したいことが沢山あるし、適当にその辺でお茶にしましょう。華将軍、それで良いわよね?」

「ん、ああ。文和、あの店でいいのか?」

「他に要り様な話が出来る様なお店も無いしね」

 

おっと、この流れは高級そうなお店に行くフラグか。

あらかじめ釘をさしておこうと思う俺は何処までも貧乏体質だ。

 

「あの、文和様、恥ずかしながら私達、懐が少々寒くてですね……」

「分かってるわよ、流石に仕事就きたての部下にたかろうとなんてしないって」

「心配するな北郷、今日は私の奢りだ」

 

恥も見聞もクソも無い言い方にいっそ清々しいとでも言いたげな表情をしつつも、文和殿は無い無いと手を振った。

それに便乗するように華雄殿が顔を出し有難い一言を投下する。よっしゃ、言質はとった。

 

「華将軍はなんといっても鎮北将軍だからね。ボクよりもずっとお金持ちなのよ」

「こら文和、部下の前でそんな事を言うんじゃない! これからも奢る事になるだろうがっ!」

 

にやにやする文和殿の言葉を慌てて打ち消そうとする華将軍。

しかしそのネタ振り貰ったとばかりに、こちらもにやにやしている霞は口を開いた。

 

「ホンマでっか? いやぁ、有難いわぁ。華雄はん、これからも時々ゴチんなりますさかい、よろしゅう頼んますわ」

「……文和、恨むぞ」

 

ジトっと睨む華将軍も本当に怒っていたりするわけでは無い様だ。

 

「あはは、ノリ良いわねえ、文遠は」

「そう言う性分なんですねん。にゃはは」

 

なんというか、アットホームな感じで宜しい様で。

霞さん溶け込むの早いですと思わない訳でもないが、まあこの感覚はTHE・平和とでも言うべき感なので悪い気はしない。

唯一つ、風がひたすら無表情なのが気になるが。

 

「……ふむ」

 

何やら一人頷いているので良しとしておこう。

 

「さて、じゃあ行きましょうか。ここからでも歩いて直ぐの場所だし、それに北郷はこれから何かと世話になる機会の多い店でもあると思うし、道順を覚えておいても損は無

 

いわよ」

「あ、はい。では、御馳走になります」

 

そう言って華将軍にぺこりと一つ。

気持ちのいい笑顔で手を振って将軍はそれにこたえた。

 

「はっはっは、構わんよ」

「ウチもウチもーっ! 華雄はん、頼んますっ」

「お前は少し自重しろっ」

 

ぱこん、と叩かれた霞がにゃははと笑うと、釣られて文和殿に華将軍も笑った。

ふと馬賊の頃を思い出して、俺は。

 

──笑顔を作った。

 

 

 

**

 

 

「いやあ、ホンマに美味かったわぁ。おおきに、華雄はん」

「俺も文遠に同意です。御馳走様でした、こんなに悦を凝らし美味な食事は初めてでした」

 

そう言って頭を下げる。

風は黙ってもぐもぐと肉饅をほおばっている。さらに言えば小動物じみたもにゅもにゅを俺の膝の上で披露している。

食事中の軽い会話の中で畏まった喋り方は止めろと言われたので一人称を俺に戻したのだが、だからと言って馴れ馴れしく接することはしない。

人間関係とはそういうもんだと思っているからだ。

それにあくまでも二人は上司な訳で、公私の私の部分であっても上下は変わらない。

つまり俺なりのけじめだ。……普通の人は大多数こうだと思うんだけど、霞を簡単に許容している辺りこの時代は違うのかもしれない。

 

「いいさ、気にするな。全く、文遠が過剰に親しげかと思えば北郷は過剰に堅物と来た。二人は足して割ったら丁度良くなるのかもしれないなあ」

「華雄はん、それはちゃうで。ウチと北郷は二人で一人や。足らんとこ補い合って二人前やで。文和はんと仲頴様の関係と一緒で」

 

華将軍の発言に霞がきょとんと真顔で答えた。

それに、微かに目を細め反応する文和殿。しかしそれも一瞬のことで動揺も殆ど見せなかった。

 

「ふうん? ボクと仲頴様が?」

「最初は仲頴様のお話ん中に文和はん信頼しとる~、っちゅう感じのあったで右腕的な感じやとおもったんやけどな。様子見たり雰囲気感じたりしとると、其れどうもちゃうっていうか。

 もっと深いもんやなって。何処となくウチらみたいな感じがあるんよ。藪蛇やもやけど、真名もかなって」

「……ったく、夫婦そろって扱いづらいとか勘弁してほしいわね」

 

片眉を吊り上げ忌々しそうに呟く文和殿。

それを全く意に介さない霞。

真名を預け合う程度の信頼を受けているならこの会話も仲頴様に全部筒抜けになるって霞は分からず言ってるんだろうなあと少し思った。

 

「そ、そんな、夫婦やなんて……にへへ」

「……ケッ。と風は悪態を吐いてみます。惚気は犬もくわねーのです」

 

そして何故か俺の太股を抓みながら呟く風痛い痛い痛い。

 

「まあまあ仲徳、そう言わんといてえな」

「はっはっは、仲が良いのだなあ。それに文和、どうせ重用したのだから隠す気は無かったのだろう?」

「それでも、よ。こんな丁度に言われちゃボクの内心が読まれちゃってるみたいじゃない」

「それは気持ちのいいものでは無いですよね。丁度今から言おうとしていた事を先取りされちゃ誘導されたみたいで悔しいですし」

「……そういう北郷も大概よ、全く。まあ、優秀なことは良い事だし、ボクや仲頴様、いえ、月に牙さえ剥かなければね」

 

その一言に霞は息を呑んだ。

 

「もちろん、牙剥くわけないやんか。ウチかて仲頴様の存在感に圧倒されてもうたんやし」

「そう言えば気になったことがあるのですが、仲頴様は一体お幾つなのですか? 十代の州牧なら漢が始まって以来の快挙では?」

 

この世界は官の低年齢化&早期退職が進んでいるから、県令程度なら十代も珍しくないが、

州牧や中央の高級官僚はそこまで易々と蹴落とされないから、高齢の官も決して少ない訳ではない。なのでそこに年若くして食い込むには相当のコネと能力と金が要るのだ。

……こういう体制が有事の際の地方の軍閥化を促進するのだろうなぁ、とふと思った。

 

「そうよ、仲頴様は今年で十五、やっと元服なさったの。ちなみにボクも一緒ね。華雄は……」

「貴様等よりは年上だがこれでもまだ二十一だ」

「仲頴様も含めて随分と若い高官が多いのですね」

 

普通役所が大きくなればなるほど上の人間の固定化が進んで、伴って偉い人間の家の家督を継ぐ長女、長男も家長になる頃には中年となっている。

子や孫は場所や富がある事が次第に当然のことと意識の内で成って行くことで腐敗と搾取が進む。

結局政者は安住ポジションを子に伝え守ろうとすることだけに躍起になって……最終的にどんどん高齢化が進む。

というのがテンプレな図式だ。

 

「仲頴様が母君である董君雅様から家督を引き継いで、基本的に全て一新させたからね」

「……正気のさだとは思えませんね」

「過労で死人は出えへんかったん?」

「正直、ボクでさえ一時期は溢れ返った竹簡と滞る関所業務の所為で死ぬかと思ったわ。

 でも、その代わりに得たものはとてつもなく多かった」

 

さらりと言って見せたがそれってとんでもないことなんじゃないだろうか。文和殿が死にかける仕事量って。

いやまあ文和殿の処理能力を知らないから何とも言えないんだけど。

 

「まず人材の一新のお陰で相当の所謂埋蔵金が出てきたな。

 こっちでも着服、あっちでも着服、虚偽の申請でお金を浮かせ、そんなもんだったがそれが格段に減った」

「それに金食い虫でしか無かった無駄な“老師”を排除出来たのも大きいわ」

「あとは仲頴様の発案で試験昇格制、というものを設けてな」

 

何やら耳慣れない言葉に思わず首を傾げた。

そう言うシステムが現れたのってこんなに昔なのだろうか? ああでも中国は昔から変態的な試験が大好きだからあり得なくもない……のか?

とりあえずまだ抓っている風の手をやんわり解くと俺は聞く姿勢を少し正した。

 

「部署ごとに数年に一度試験を行うのよ。それで、一定以上の結果を出した人間は昇格、可もなく不可も無くは現状維持、一定を下回った人間は解雇って具合で。つい先週第一回目を行ったんだけど

 これが凄くって。旧体制的な奴等がぼこぼこ落ちてさ、賄賂も即処刑でしょ。口先と権力で逃れた害悪をほぼ一掃できた訳」

「不満の声は上がらなかったのですか?」

 

基本的に物事ってのは儘ならないのが世の定めと言うか。

こんな派手なことやったらさぞ敵を作るのだろうなあと訊ねると、文和殿は物凄くおもいっきり眉間にしわを寄せた。

 

「勿論上がったわよ。でも仲頴様自らお忍びで一般執務官に混じって試験を受けて最高点だしちゃったし、表だって文句も言えずしかめっ面してたわけ」

「この政策の課題点とかはどうなのですか?」

「山ほどあるわよ。貴方達が絡まれたみたいに役人たちの増長とか選民意識とか、賄賂の受け渡しの方が楽だったから商人が逃げちゃったりとか、

 新しいやり方が儒学に反しているって言って聞かない頭の固い連中や年をとっても本当に優秀な本物の老師まで出て行っちゃったりとか。

 それに星の数ほど仲頴様の敵を産んじゃったし、中央への賄賂も厳禁だから実は文遠の官位もどうなるか分からないのよね」

 

そう言って文和殿は大きくため息を吐いた。

 

「別に不満はこれっぽッちも無いのだけれどね。時たま仲頴様を少々純粋培養し過ぎたかなぁ、とも思っちゃうわけなのよ」

「高潔で在られるのは素晴らしいことなのだがな、現実はそうばかり言っている訳にもいかんのだよ」

「……なるほど、それで俺たちを」

 

やはり思い返せば能力も背後も分からないのに過剰な待遇だとしか言えない面も多々あるし。

そういう人材を探していたと言う面がこの幸運に繋がったんだろう。

 

「勿論そう言う狙いもあるけどね、勘違いしないでね、一番はその能力だから」 

「第一仲頴様が高潔な意思をお持ちであると言う事は良いことなのだ、大体為政者の心が弱くては話にならぬしな」

「ボク達的にはそれを使いこなして欲しいって言うか、もう少しだけ汚い部分も知ってほしいって言うかね。このままじゃ仲頴様が何時お御輿よいしょされてるって印象を抱かれないとも限らないし」

 

確かに、志が高くても動けな人や動かない馬鹿、動かなくてもなんとかなる人は担がれやすい様に見えるしなあ。

俺も一生懸命よいしょして最後殺したし。俺の場合相手はただの傲慢とただの無能だったけど。

 

「ぜいたくな悩みじゃないですか。俺の知っている悩みといえばどうすればもう少し上司に仕事に興味を持たせられるかなとかが殆どですし」

「あはは、言われればそうよね。宦官なんか大抵そんなのらしいし、そう考えればぜいたくな悩みよね、ボク達のこれって」

「そう言えば賄賂を贈らないってことは仲頴様は清流派なのですか?」

 

清流派ってのは儒教的理想主義の高官達の通称だ。

宦官と大きくぶつかり合っては負けを繰り返す間抜けの通称でもある。

尤も、二度目の党錮の禁から十五年たった今では余落ちぶれたというか少数派になったと言うか。

あり得ないとでも言いたげな目で俺を見た後文和殿は眼鏡を弄りながら答えた。

 

「馬鹿言わないで。仲頴様は高潔さゆえにそうしてるの。大体清流派なんて宮廷内じゃ落ち目よ? 今は精々宦官と外戚がせっせと喧嘩してるだけね」

「すると「すると董卓様は宮廷に関与する気は無いのですね~?」

「ええ、断言できるわ。って仲徳、あなた随分と理解が早いのね」

 

俺の言葉を遮る形で突然仲徳が声を上げた。

何やら一人会話を聞き咀嚼しながら居た様で、どや、と大きく書いてある顔で俺をじっと見つめた。

いや知らんがな。

とりあえず偉い偉いと頭をほむほむ撫でると満足げに鼻を鳴らした。ねこかお前は。

 

「むふふ、伊達に腹黒いお兄さんをみて育った訳ではないのです」

「十二でこれか、末恐ろしいなあ、貴様は」

「ふふっ、華将軍の幼いころは容易に想像できますねー。恐らくおっきな斧をぶんぶん片手で振り回して同年代の男の子をシメて回ってたに違いないのです」

 

しみじみと呟く華将軍に、風は不敵な笑みを携え呟いた。

 

「いや仲徳、それは違うぞ」

「そおね、流石に華雄でもそんなことは」

「同年代だけじゃ無い、元服を済ました男でも女でも威張り散らす馬鹿はシメて回ったぞ!」

「おおっ、なんと」

「……呆れた」

 

わざとらしく驚く風とじとっとした視線を向ける文和殿。

 

「強き者は弱き者のためにあれ、私はそう言う考えだからな」

「行動理念っちゅうやっちゃな。初志貫徹する華雄はんは立派や思うで!」

「そうかそうか、文遠は分かってくれるか! 文和殿は酷くてなあ、理想論は最後にしろだの、言ってる間があったら治安向上のため盗賊盗賊しろだの。

 それらも大事だ、認めよう。だが、決して欠かせぬ必要な何かがあるだろうっ! 心に灯しておくべきことがあるだろうっ!! 武人の誇り、正義の味方、そう言う、具体

 

的には見えないけど大切なモノがっ! なあ、北郷っ」

 

なにやら熱血系の演説かましてるなあと眺めていたらいつの間にか俺に話が飛んでいた。

分からないでもないけど、この情勢でそう言うのはなんて言うか、非効率的って言うか、端的に言えば暑苦しいっていうか。

 

「えっ、俺ですか」

「せや! せやで! こう、上手く言葉に出来んけどなんや大事なモンがあるんやなっ!」

 

まあでも、そう言う気持ち分からない訳でもないし霞もそう言っているなら。

 

「……そうなの北郷? ボクは北郷がそう言う暑苦しい奴とは違うと信じてたのに」

「お兄さんはそう言うの非効率的だとか言って切り捨てちゃう鬼畜眼鏡系男子だと風は信じていたのに、裏切られたのです、うるうる」

 

え、何この意図せぬ板挟み。

どうしようイベント的に定番の筈なのに一寸も嬉しくない。

 

……まあいっか、これも妙に馴染めた証で……。

 

「一刀っ、どっちなん!? まさか風を選ぶんかっ!?」

「お兄さん、風は、風は健気に信じているのです」

「北郷、貴様も我らの事を暑苦しいなどと言うのではないだろうなあっ!」

「……脳筋や熱血で出来る程ボクの補佐官って仕事は甘くないわよ? あーあ、熱血なら人事考え直そうかしら」

 

ねえよっ! なんだこのdead or dieは。てか前もこんな事があった様な気がするぞおい。

あと文和様それはシャレになりません。まだ新婚って時期なのにもう夫婦間の氷河期か夫が早々とヒモになるか、とか。

究極過ぎて選べない件。

でもまあこれはこれで、新しい環境でも上手くやって行ける指針かな、と……。

 

「一刀!」

「お兄さんっ!」

『どっち!?』

 

「……お、おう」

「ま、まあ、うん」

 

……どうしてこなったんだろ。というか俺のポディシブシンキングをそこまでして潰したいのかお前らは。

そしてお二人、文和様と華将軍引いてるよね、あれ絶対引いてるよね。あと風と霞は何か意味合い変わって無い? ねえ?

 

そして、がくりとうなだれた俺がどうなったか、知る者は……。

一つ言うなら、次の日から三日霞が口聞いてくれませんでしたとさ。

遊び半分とはいえ定職には代えられない貧乏根性有り余る自分が恨めしい。

 

 

**

 

 

 ◆◆

 

 

「おかえり詠ちゃん。外食、楽しかった?」

「ただいま。あ、ごめんね月。月ばかりに不便を強いるみたいで」

 

ボクがそういうと月は柔らかく微笑んだ。

上品にくすりと手を当てる仕草は同じ育ちをした筈なのに妙な差を感じさせられてボクを何だか虚しくさせる。

ボクはちっとも女の子らしくはならなかったし、一人称も昔のまま治らなかったし。

 

「いいよ詠ちゃん。私の為だって分かってるし、私の想いを現実にしたことで苦労をかけちゃってるってことも」

「月っ、別にそんな事は無いの。確かに仕事量が増えたのは本当だけど、それも月の為、ボクが苦に感じるなんて訳が無いから」

「でも詠ちゃん、眼の下に出来た隈も無理やりお化粧で隠してるでしょ? へぅー……あっ、だから北郷さんを招き入れたんだね」

「ぐっ……。やっぱ月には隠せないわね」

「当たり前だよ。詠ちゃんのことは何でも知ってるもの」

 

実際のところ執務室が割とスッキリしていたのも北郷に感づかれなかった、はず……なのも全部昨夜やっと山を越えたから。

だからボクは一週間合わせても五時も寝て無い筈。

月には特に念入りに気付かれないようにしていたつもりだけど……全然駄目だったみたいね。

はあ、君主に心配される参謀なんて恰好が付かないったらありゃしないわ。

 

そんな風にボクは自嘲していると、月の細く白い指がつつと頬を、そして目の下に出来た隈を撫でた。

 

「わひゃっ!? ゆ、月?」

「ねえ、詠ちゃん? あの二人は大丈夫なの? あの二人は、使えるの?」

「え、ええ。勿論よ。二人の才は言うまでもないけど、文遠は良くも悪くも裏表の少ない奴よ。ボク達が露骨に“悪いこと”をしなければ二君に仕える様な真似は絶対にあり

 

得ないわ。それか北郷を殺すかしなければ」

 

月は指を離すと、ぷるりとしたその小ぶりな唇に人差し指を当てた。

仕草が本当一つ一つ完成された女の子で虚しくなって仕方が無い。

と、そんなボクを余所に月は思考が終わったのか手を戻すと一つ訊ねてきた。

 

「じゃあ、やっぱり問題は北郷さん? へぅ、ちゃんと釘刺しておいたのに……」

「あれはやり過ぎな気もしないでもないけどね……。北郷も現状なら問題は無いわ。年の割にヤケに真っ黒だけど、月の才を見極めたり利益不利益をしっかり見極められる程

 

度には賢い人間ね。文遠がっ心変わりしない限りは立て直しが効かないくらい劣勢になるか、ボク達が文遠を人質に取ったりしない内は従う筈よ」

 

文遠の似ているって言葉をそのまま信用すればだけど。

でも、あの真っ直ぐな目でそう言われてからボクの中で警戒していた心とかそういうモノが抜け落ちちゃったから、ボクは全面的にその感を信じてみようと思う。

何故かあの二人にだけはいつもの、外れたなら殺せば良いし、と思うボクの中にもう一つ、外れないで欲しいと思うボクが居た。

 

「そっか。丁度探してた人材だものね、北郷さん。くすくす、何時まであの人は私が純粋無垢だって思うかな」

「……あれを頼んだらその時点で気付くわね、多分」

 

笑う月にはどこか底知れない冷たさと風格を感じた。

背筋にぞわりとするものが這いながらも、ボクは苦笑いを浮かべて月に軽く言う。

正直なところを言えば今もうすでに気付かれていても何も可笑しくないと断言しても問題は無いと思うけど。

そんな内心と表情の意味を知ってか知らずか、月は再びくすくすと笑った。

 

「やっぱりそうだよね。でも、彼にするなら北郷さんにはそれでも裏切らないでいて貰わないといけないし、へぅ、餌は何がいいと思う? 詠ちゃん」

「それは過剰に太らせるより月が致命的な失態さえ犯さなければ大丈夫じゃないかしら? ただし、それは不利になったら北郷は消えるってことよ。一番の弱点を握られたま

 

ま遁走なんてされたらボク達そこで終わりね」

「そうだよね。へぅ……何時でも消す用意は必要だよね。とりあえずは一月ほど様子見って事で良いかな?」

 

さらりと黒い事を言う月に何となくもの寂しい物を感じた。想いを叶える為の力を学ばせたのはボクだけど、あの時ああして良かったのか。

そんな想いが今になってもボクを時たま苦しめるのだ。

ちょうど今みたいに、学ばなくても良かった筈の政の側面とかを感じさせる言葉を言った時とかに。

 

「妥当だと思うわ。妖しい動きとか無かったら声をかけるって事で」

「ふふっ、詠ちゃんは凄いね。本気を出しただけで、私が私の想いを遂げる為の下準備を着々としちゃうんだもん」

 

尤も、ボクも腐ってもなんとやら、表情と感情を繋げないことくらいお手の物だ。

大体主の正しい判断に悲しそうな顔なんて出来る訳が無い。

 

「汚職や賄賂は許しません、威張り散らすだけの脳無しは要りません! 高潔で官の鏡の様な人物よね。それに釣られ人材と民の信望が集まる。月は益々奉仕する。そうする

うちに月の影響は無限大に広がる」

「あとは抵抗する勢力を内と外から潰すだけ。平和で綺麗な世界が少し見えたね詠ちゃん!」

 

そう言い笑う月の笑顔は華がほころぶ様で。その口が紡ぐ志はいつか小さい頃二人で願ったソレで。

ボクはその喜びと月の変化の悲しさに思わず言葉を詰まらせてしまった。

 

「っ、そうね。何か大きなきっかけがあれば十年は計画が早められるんだけど……」

「それは時の運だよ詠ちゃん。私はゆっくりでも全然構わないから、兎に角素敵な世界を創るために進もうよ、ね?」

「ええ、もちろんよ月!」

 

少しだけ不安そうに同意を求める月。

変わらない仕草が逆にボクをなんだか安心させた。

 

「ふふっ、あの二人も、信頼できる手駒になると良いね」

「そう、ね……。ねえ、月。華雄にはそろそろ、本当の月を知らせてもいいんじゃない?」

 

月は、始めから終りまで誰一人として信用していない。

弱そうだから、女だから。そう侮られ続けたから。

優しいだけじゃ足りない、優しさだけじゃお腹も膨れない。何度も言われたから。

 

だからボクは月に強く居て欲しくて、沢山の事を教えて、そして今惑っているのだ。

月の優しさは、何処へと消えてしまったのだろうか、って。

 

「……どうして?」

「だって、華雄の忠誠は本物よ? 裏切る恐れもないし、大体華雄がそれを知っているのといないのとでは軍部への影響力が違うわ」

「うーん……。でも、華雄さんはこういうの知らない方がいいんじゃないかな、詠ちゃん。あの人は、信じた者には真っ直ぐな人だから。高潔で綺麗な董卓様の方がお互いに

 

きっと良いよ。私はそう思うな」

「でも……」

 

そう言う月は少し怯えていた気がする。

華雄は、月の中で大きくなり過ぎたんだと思った。

 

「それなら、暫くしてから文遠さんを置けばいいんじゃないかな? あの人も絶対、何か裏があると思うんだ。北郷さんと夫婦らしいし、丁度適任じゃない?」

「……分かったわ。ねえ、月、お願いだから見失わないでね? あの頃のこと、ボクと月が誓った思い出、それから起きたたくさんのこと」

 

“優しい”月は華雄を使い捨てることが出来ない。

月の言う丁度いい人材とは“優秀でかつ後腐なく処分できる人間”だから。

 

「大丈夫だよ詠ちゃん。私は何時でも詠ちゃんが一番大切だから、詠ちゃんの想いを無下になんて絶対しないよ」

「……ありがと、月。優しい月で、何時までも居てね」

「うん、もちろんだよ」

 

 

ボクの手を自然にとる月の手は、少し冷たい気がして、ボクは少し悲しくなった。

何となく、北郷の顔がパッと浮かんで、消えた。

 

 

 

 

月ちゃん一人歩きし過ぎました。

どうすんだこれ(撲殺

 

 

 

拠点入れて真っ黒一刀君が大活躍(予定)の6章になります。

性格改悪レベルの変化はいずれどうにかなる予定(笑)でs痛い痛い石投げないで

元は同じ月ちゃんだけど些細なことでこれだけ変わっちゃったと思ってください。

優しいメイドさんキャラは何処かで生きている筈!

 

では


 
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