第一倭 はじまり
「ここは……?」
見渡す限り海が広がっている
……海?
「海……だよな……」
3度目の確認をする
足元を見る
砂浜に足跡を付ける靴は学校指定のローファー
身にまとうのは制服、あるのは胸ポケットに入れたままだったボールペン1本
「携帯があれば調べられるんだけどなぁ」
と愚痴をこぼしながら改めて海を見渡す
「地元の海にしては……綺麗すぎるな」
砂浜にゴミは見受けられなく、海の色も綺麗な青、青空を反射させたような色である
海にも砂浜にも人の姿が見れない、あるのは遠く地平線に船が1隻
「あれ? 逆だっけ? 海が反射して空だったな、うん、多分……はぁ……」
無駄な思考によって現実逃避をしようとしていた頭を、溜息と共にニュートラル位置に戻す
「えっと昨日は……」
昨日の事を思い出してみる
「昨日は部活やって宿題やって……そうそう、ボロボロの鏡を拾ったんだ、で、それを途中で手を滑らせて落として……」
「そうそう、鏡が光り始めたんだ」
普通であろう高校生の一日を振り返る、そして違和感に気付く
「鏡が光る……? 夢か?」
穏やかな波打ち際に近づき、海水を掬ってみる
「冷てぇ……」
海水で顔を洗ってみる、案の定海水は冷たい
どうやらこの状況は夢ではないみたいだ
「さて……どうするべきか……」
これまでの学校生活の中でもこんな時の対応方法は習っていない
途方に暮れながら海を眺めていると……
「お主ッ、何者だッ!?」
「うおっ!?」
急な音に反射的に振り向く
するとそこには
漢女が立っていた。
「うぉっ! なんだなんだなんだこの筋肉ダルマは!」
「筋肉ダルマとは失礼な! 私には卑弥呼と言う名前があるのだ!!」
「卑弥呼? こんなオッサンが卑弥呼な訳ないだろ?」
「嘘ならもっとまともな嘘を付け! しかもなんでチョイスが卑弥呼なんだよ!! せめてアテルイにしろよ!」
「貴様こそ何故アテルイを選んだのか気になるッ!」
「あ、卑弥呼って’きんにく’って意味なの? 方言?」
「貴様は初対面の人に対し’私筋肉って名前なの’とかいう自己紹介を聞いたことがあるのか!」
目の前に立っているのは筋肉もといふんどしを穿いた筋肉
一応上に羽織ってはいるが、立派な筋肉の前にはもはや目に入らない
「で? 卑弥呼(仮)、ここはどこなんだ?」
「ここは筑後の国、邪馬台国の最西端」
「……邪馬台国? ってあの?」
「どの邪馬台国かは知らんが、邪馬台国と言ったら1つしかないと吾輩は認識しておるが」
「そう言われるとそうなんだけど……」
中学の授業を思い出す
「邪馬台国って言えば卑弥呼が占いでうんたらかんたらで銅鏡がうんたらかんたらっていうあの?」
「重要なところが何とかになっておるが大丈夫なのか、頭?」
卑弥呼を名乗るガチムチに頭の心配をされた、死にたい
「分かった、なら証拠を見せてくれよ、ここが邪馬台国だという証拠を」
「証拠とな?」
「あぁ、俺は平成に生まれて平成に生きてたんだよ、なのに急に何千年も遡ってここが邪馬台国ですよーで
納得できると思うか?」
思いの丈をぶつける。
初対面の人に申し訳ないと思うが仕方ないだろう、だって目が覚めたら邪馬台国だ
このもやもやを発散しなければどうにかなりそうだ
「証拠のぅ……つまりここが、貴様の言う平成では無いいう証拠を見せればいいのだな?」
「おう、出来る物ならな」
「では、仕方ないのう……街に案内するから付いて来い」
卑弥呼が言う街を回ってきた
しかし現代の街と比べるとにはお世辞にも街と言えない佇まいであった
家は藁で出来ており、店らしきは存在しておらず、言うなれば集落という表現が適切だと思う
そして目の前にいるこの筋肉は行く先々で卑弥呼~様と声をかけられていた、
マジの卑弥呼なんだろうな……
「これで分かったろう? ここが貴様のいた時代では無いと」
「理解はした、納得はしてないけどな」
街らしきものを探索して分かった事はただ1つ、ここが平成では無いという確証だけだった
「どうすんだよ……これ」
ここが平成では無いという事が分かった今、1つの問題が発生する
元の時代にどうやって戻るか
「ふむ……そういえば貴様はどうここに来たのだ?」
「確か……鏡が割れて……気付いたらここに……」
「ふむ……鏡……」
腰に手を当てながら思案する筋肉、なにか引っかかるところがあったのだろうか
「どんな鏡だったのだ?」
「どんな……」
記憶を思い返す、あの時拾った鏡……そう言えばどこかで……
そう、博物館で見た……
「銅鏡……銅鏡に似てたな、三国時代の」
「そうか、銅鏡か……」
また思案に耽る筋肉
ロダンがこの姿を見たら考える人の像も変わっていただろうな
そして筋肉が口を開く
「帰りたいか? 元の時代に」
「帰れるのか!?」
思わぬ台詞に驚く俺、答えは決まっている
「勿論帰りたいに決まってるだろ! どうすれば帰れるんだ?」
「大陸へ行くのだ」
「大陸? どこかの地名か?」
「ここから西にある大きな陸地のことだ」
世界地図を頭に思い浮かべ、日本の西にあるものを思い出す
ユーラシア大陸のことか
「話を聞いた限りの仮説……だが九割九部、貴様が割った鏡が原因でここに来た、これはいいな?」
「……あぁ」
それ以外に理由が思い当らない
信じられない話だが、割れた鏡が光ったのは事実だし、ここ邪馬台国に居るのも事実だ
――― ここは邪馬台国である
「そして十中八九その鏡は大陸によって作られた」
「確かに……」
この時代で言う大陸とは、中国のことを指しているのであろう
博物館にあった銅鏡の説明文にもそのような事が書いてあったのを思い出す
「そもそもここでは、そのような高尚な物を作る技術はまだ無いからな」
ハハハと高笑いをする卑弥呼、そんな邪馬台国事情はどうでも良い
「で? 話の続きは?」
話の続きを促す、早くその案を知りたい
「つまり、その鏡が無ければ?」
一瞬の思考のうち1つの事に気が付く
「!? ここに来るという事実が無くなる……」
「そう言う事だ」
銅鏡が無ければ銅鏡が割れるという未来が無くなり、ここに来る事も無くなる
つまり気付いたら元の世界に戻ると言う事か
「だけど銅鏡ってどれだけあるんだよ……」
「知らぬ、しかしそう多くは無いだろう、地方の豪族や都の有力者がもっているぐらいだと思うがな」
「多くは無い……って大陸ってどんだけ広いと思ってんだよ!!」
「この島国、倭の国より広いのは確かだな」
「……あのでかい大陸の中からお目当ての鏡を探し出せってか」
「そういうことだな。それで、どうするのだ? ここでこのまま一生過ごすのか、それとも……」
「鏡を探しに行くか」
大陸は今三国志の時代であろう、つまり戦乱の真っ直中
その中に平和な日本で暮らしてた汎用高校生が生きて行けるのか?
そうやって死ぬよりはここで一生農業をして過ごすのも……
頭が目まぐるしく回転する、
このままここで暮らしていくか、元の時代に戻るために命の保証が無い旅に出るか
そもそも鏡を見つけたところで、絶対に元の時代に戻れる確証も無い
そんな様子に見かねたのか卑弥呼が口を挟む
「まぁ今日は疲れただろう、大人しく今日は休め」
卑弥呼の屋敷に招かれた俺は、個室を与えられた
布団とは言えないが藁を動物の皮で覆った寝床で考える
これからの事を、どうするのかを
考えに考え、そして俺は決断する
俺が出した結論は
「大陸へ行く」
「そうか」
そう卑弥呼が言うと
「なら取引をしようではないか」
「取引?」
俺がこの答えを出すのが分かっていたかのようだ
「うむ」
卑弥呼の言い分はこうだ
Ⅰ これから俺が1人前になるまで訓練を行う
Ⅱ 大陸への船も出す
「その代わり、倭の国の後ろ盾を探して来て欲しい」
中学の知識を思い出す
魏志倭人伝に記された「親魏倭王」の金印
「我らも大陸へと目を向ける時期だと思っての、技術力は渡来人が証明しておるしな」
「つまり、卑弥呼の為にこれから来る戦国の時代を生き残る国を探せということか?」
まぁ魏の事だろうと、思うが言わないでおく
言っても分からないだろうから
「飲み込みが早いのだな、それと1つ訂正をすると」
卑弥呼は一呼吸置く
「吾輩の為ではない、倭の為だ」
何日たったのか何カ月経ったのか、時計が無く、太陽の浮き沈みで過ごす
何日たっただろうか、次第に時間の概念が無くなる
日が沈んだから止める、日が昇るから起きる、その単純かつ明快な生活にも慣れた
そして、単純なのも悪くない、そう感じるようになった
そう思える程の月日が経った
倭での生活にも慣れ、少なからず知り合いも出来た
しかし、出会いは同時に分かれをもたらす
「うむ、貴様も1人前になったようだな」
まだ太陽が空のてっぺんに居座っているそんな時、卑弥呼が言った
さっきまで、俺を殺すつもりで放たれていた拳は収められている
今まで日が暮れ、街頭も何も無い中真っ暗な闇の中でも時も続けていた戦闘訓練、
それが昼間に終わりを告げると言う事は今までの経験の中で一度も無かった
それゆえ、これが意味することが直ぐに理解する事が出来た
「それって……つまり!」
「良く耐えた一刀よ、貴様はもう一人前だ」
「……ッ!! ありがとうございます!」
今までの事を思い返す
俺は卑弥呼によって戦闘訓練、もとい今を生き残る為の術を学んだ
大陸は都の力が落ち群雄割拠の戦国時代
誰が次の大陸の長になるのか、そんなピリピリムードのご時勢に
平和ボケした状態で行くなんてスラム街を裸で歩くような物だ
戦闘訓練は殆どは実戦形式
とにかく1日中卑弥呼と戦闘をする
最初に渡されたのは今、俺の両手にある2つの刀
1本は黒く、1本は白い、両方の刀身は太陽を反射して眩く光っている、なんでも卑弥呼お手製
何故二刀流かと、卑弥呼曰く「陰と陽でゲン担ぎが大陸の流行り」ということらしい
いいのかそれで……と不安に思ったが、さすが卑弥呼、戦闘に関しては見かけ倒しの筋肉という訳では無かった
拳は木をも砕き、脚は地を割る事を平然とやってのける人間の攻撃は、最初目でとらえるのも出来なかった
手加減されていると分かっているのに気付けば殴られ、そして地面に崩れ落ちる
砂を噛み、海水を飲む
最初の方は散々だった
訓練を始めた時は痛みで寝れない事さえあった
そんな事を何度も、何百回、何千回も繰り返していくうちに見えるようになり
そのうち、自然に体が、相手の動き1つ1つに注目して相手の予備動作、
筋肉の動きから攻撃を予測する術を身に付けた
次に息抜きとして弓や槍、鉾と、この時代の武器の扱い方を学んだ
これは相手目線で、どんな動きが嫌なのかを実際に学ぶためである
槍使いにとっての嫌な事とは?
弓と対峙した時の対処方は?
鉾は? 鈍器は?
全て卑弥呼から学び、吸収した
同時に邪馬台国での生活は同時に死の怖さをも教えてくれた
流行りの病、病院も薬も何もない、あるとしれば祈祷という神頼み
夜盗に襲われた事もあった、
そして初めて人を殺めた
それゆえ、―――― 生の実感を感じる事が出来た
平成の日本では一生経験する事のなかった日々、得る事が出来なかったであろう経験
そして命の尊さ
全ては、今ここにいる自分を支える物として、存在している
「顔つきも変わったのう、始めてみた時はのほほんとした男だと思ったが……今じゃすっかり凛々しくなりおって」
「あぁ、卑弥呼、いままでありがとう」
「なに、一刀、仕事はこれからだと言う事を忘れてはおらんだろうな」
「分かってる」
「ならば良い、それでは行くか、大陸に」
こうして俺は、大陸へと向かう日を迎える事が出来た
前日、ささやかな送別会が行われた
倭で知り合った人達はすべて卑弥呼の知り合いでもある
よって、俺が大陸へ行く意味も理解している
全員が全員、俺の身を案じてきた
そして自分は、改めて自分に掛った期待の大きさを知る事になった
「北郷、西の村で起きた暴動を覚えているか?」
「あぁ、確か卑弥呼の政治に不満をもった奴らが起こした事だろ?」
嫌でも覚えている
実戦として俺自身も駆り出され、そこで初めて人を殺したからだ
「うむ、どうも奴らには黒幕がいるらしくてな」
「黒幕?」
「卑弥呼の支配が気に入らない奴ら……おそらくは東の豪族の集団だろう」
「……」
「おそらく、あ奴らはこれからもこういう活動を続けると思われる」
「ゆえに北郷、だからこそ大陸の力が必要なのだ」
「分かってるって」
「頼んだぞ、邪馬台国、しいては倭の平和は北郷、貴方しだいだ」
「なーに、送別会で辛気臭い話をしてるのだ貴様等!」
「卑弥呼、酒臭いぞ」
「ふん、こう言う時に酒を飲まずいつ飲むのだ! ほら北郷、貴様も飲め!」
「いや、俺は……」
「な~に、酒など12超えていれば飲んでも問題あるまい」
「ほら、ぐいっと」
人がだんだんと集まってくる
「今日は北郷の送別会だ! 気持ち良く送り出そうぞ!」
今夜は長くなりそうだ
「北郷様」
外で火照った体を覚ましていると、後ろから声が掛った
「お、命か」
彼女は
彼女も卑弥呼の後継者として、巫女としての修業をつんでいる
「明日は……いよいよですね」
「あぁ、そうだな」
卑弥呼がいうに、明日太陽が昇った頃に出発らしい
「……」
「……」
沈黙が流れる
塩気を含んだ海風が、彼女の黒髪をなびかせる
「北郷様!!」
意を決したように命がこちらを向く
「これを……」
命が差し出した手には勾玉が握られていた
「お守りです、巫女の皆で祈祷しました、きっと北郷様を守っていただけると思います」
「……ありがとう」
そういい、勾玉を受け取る
勾玉には紐が通してあり、首に掛られるようになっており
早速首に掛ける
「お似合いでございます」
そういって、首筋の勾玉に触れる命
巫子は基本、男との接触は避けられる
巫子は神の使いであり、そして神聖な物であるべきであるからだ
……この話はここまでにしておこう
「それでは、お気を付けて」
「あぁ」
母屋へ戻ろうとする命
「あ、命」
「はい? なんでございますか?」
「必ず、平和にするから、だから、待っててくれ」
「はい、いつまでも待っております、北郷様」
「10日経ったな」
船に乗船し、港を離れて10日目
風の様子が良ければ10日で着くという卑弥呼の予想通りにいけば
そろそろ大陸が見えて来るころである
甲板で卑弥呼と訓練をしながら経過した10日は相変わらず濃い物であった
「貴様も強くなったな」
「お陰さまで、な!」
右ストレートを軽くいなし、返しに腹部への蹴りを放つ
卑弥呼はその脚を掴みそして
『どっせいッ!』
「え?」
反応する間も無く、俺は空中へ投げ出されていた
大きな水飛沫をあげて、俺は海へ落ちる
「何するんだ、卑弥呼!」
つい文句も言いたくなる、海に落とすなんて反則だろ
「吾輩達の旅はここまでだ! 健闘を祈っておる!」
そう言うなり卑弥呼を乗せた船は、来た時の何倍という速度で遠ざかっていく
「え? ちょ……大陸はまだまだだぞ!」
だが時すでに遅し、もうあんなに小さく……
「もう少し分かれ方ってものがあるだろ……」
でももし、卑弥呼が分かれるのが辛くてこんな分かれ方をしたなら?
……ここまでにしておこう、誰の得にもならない
そう思いつつ、口元には笑みが浮かんでしまった
「しかし……どうするか?」
「こうするんだ」
「へ?」
後ろ、むしろ頭上から女性の声が聞こえる
「そこの男を捕らえろ!」
「へい、姉御っ!」
「へ?」
後ろを振り向くとそこには……
「……へ?」
屈強な男達が船の上から俺を捕らえようと、熱い視線を送っているのであった
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