あのとき、どうすれば良かったのだろう。
全国統一を果たし、まるで未来から来たかのような政治手腕により、欧州やモンゴルと対等な立場の交易条約を確立した名君である『相良良晴』。死に際に彼の脳裏に浮かんだのは、数十年前の、ある後悔。
正史では、『本能寺の変』と呼ばれた事件であった。
彼は、本来この世界の人間ではない。
はるか昔、十代半ばの頃に現代社会からこの世界に飛ばされてきたのだ。
そこで目にしたのは、戦国時代の武将達が見目麗しい女性へと変わり、されど、殺し殺される理は変わらぬ世界。
ただの一高校生だった彼がそんな世界に放り込まれれば、当然の如く死ぬはずだった。
彼を救ったのは一つの死と一つの出会い。
正史では、戦国時代を制し、安土桃山時代を起こした、豊臣秀吉の死とそれに伴い得た忍びの集団。
そして戦場で得た、織田家への縁故。
この二つの奇跡により、彼は生き延び、そして、一人の愛すべき主を得る。
正史では、志半ばに明智光秀の謀反により殺される悲劇の武将織田信長、その立場を持つ女性『織田信奈』。紆余曲折ありながらも互いに分かりあい、思いあった末、両者は、互いを必要とするようになっていった。
そして、彼は決意する。例え自分の立場がどうなろうと、必ず彼女を救ってみせると。軟弱な体を鍛え、弱き心を鍛え、彼女の運命を変えるためのありとあらゆる努力を行った。
『明智光秀』の名を背負った少女に対しても無下には扱わず、彼女の心と体を守ることで、悲劇を起こさぬよう配慮した。その結果、正史での本能寺の変は、防げたはずだった。
ぎりぎりと歯ぎしりをしながら、最も辛い、その事件を思い出す。
現代では失伝した技術、陰陽術により悪鬼として甦った朝倉義景の怨霊により本能寺が襲われ、護衛していた明智光秀ともども織田信奈が亡くなるという、およそ現代社会ではあり得ない事件。
まるで正史との帳尻を合わせるかごとく起こった悲劇により、彼は彼女達を永遠に亡くすこととなった。
中国地方を制覇し、凱旋した彼の元に届いたのは、彼女たちの訃報と、遺書により得た、織田軍総大将としての地位。
その現実に心を押しつぶされそうになりながら、その意思を継ぎ、彼は全国制覇を果たすことを決意する。
だが、この際、二つの問題があった。
一つ目は、織田を継ぐことの出来る織田家長男信澄の正室、『お市』がかつて朝倉義景と結託し、世間では亡くなったことになっている浅井長政であること。
二つ目は、彼の母親が、信奈が亡くなったことを機に、信奈の息のかかった武将を排除し、自分の息子に都合の良い軍を作るために謀反を起こす準備をしていることであった。
織田信奈というカリスマの消えた今、国を割るような事を行えば、勝敗に関係なく全国制覇は露と消える事になる。
そのため、織田軍幹部は、信澄に代わる国主を考える必要があった。
そこで、織田軍によって行われたのが、相良良晴を中心とした一つの制度であった。
一言で言えば、戦国時代の政治的婚姻と徳川時代の『大奥』制度を組み合わせることにより実現した、
政治的血族を『相良』の血に集約させる制度である。
未来から来た相良を『時代に選ばれし者』と吹聴し、民からの期待を集め、実際に、自軍の女性幹部、敵軍の大将及び中枢の武将を全て相良良晴の室に入れ、子を成すことで、次代の大名を、全て『相良』の血とする事により、後付でその血の価値を高めたのである。
当時征夷大将軍の地位を預かっていた今川家や、名門武田家も室に入れることで、『相良』家の価値は、事実上、織田の後釜にふさわしいものとなった。
一週間という僅かな間に行われたこの策の後、母親は謀反の罪により斬首、織田信澄、お市の方は、九州に領地を移動という結果を経て、相良家が誕生した。
その後、四国や東北北部の平定を経て、五年後、全国統一を達成。
六年後に宮中の謀略を憂いていた姫巫女を大奥に迎え、関白としての地位を得た。
利用された、という想いは良晴の心には無かった。
この策は、信奈を守りきれず、捨て鉢になっていた彼を癒すためであったと分かったからである。
又、幸運にも、戦国の謀略に翻弄された姫武将達は、血筋や地位などではなく、自分自身を愛そうとする彼に引かれ、彼もまた、情を交わし、子を身ごもった女性達との触れ合いのうち、捨てた己を取り戻していった。
彼女達を愛しているかと問われれば、迷い無く愛していると答えられる。
だが、後悔が無いかと言われれば・・・無いと言い切ることが出来ない。
あの頃に戻れたら、自分は全てを救う事が出来るだろうか。
妻の多くに先立たれ、寝たきりとなった数ヶ月前から繰り返しされた思考の海に浸っていると、気づけば彼の前に一匹の黒猫がいた。
どこから来たのだろう、と首を傾げながら、撫でるために手を伸ばすと、黒猫はゆっくりと近づき、彼の耳元でこう囁いた。
「やり直したいか」
彼は驚いた。妻に陰陽師や黒魔術師もいたため喋る猫について知ってはいたが、まさか自分の下に突然現れるとは思っても見なかったのだ。
それに・・・まるで心を読むかのようなタイミングで放たれた台詞も、彼の心をざわつかせた。
「やり直すとは、どういう意味だい?」
だから問いかける。それが自分の求めている事につながる事を祈って。
「そのままの意味だ。かつての恩を返すために、私の可能な限り願いを叶える。それが過去の悲劇をやり直すことならば可能だという意味だ。」
黒猫は視線を外さず、良晴の問いに丁寧に答えた。良晴は段々と淡い期待を抱きながら、黒猫に言葉を返す。
「恩とは何の事を指すんだ。それと、戻るというのは具体的にはどのような状態になる。」
「恩とは、御主がペストの原因がネズミであることを欧州の王族に証明した事で、何千何万の同胞が無意味な死から救えたことだ。そして、戻るときに持っていけるのは・・・」
少し考えるそぶりを見せた後、再び口を開く。
「御主が今まで生きた七十年間の人生で得た知識、習得した言語や武術の才は持っていける、筋力等は最も鍛えていた二十五歳の時の身体能力をこの世界に来た十七歳の肉体に付与してやる。」
「そんなことが可能なのか?」
「御主は気づいていなかったが、この世界に移動する際、一度原子レベルまで分解された後、再構成されている。平行世界であるこの世界の食べ物や飲み物を受けつけるためにな。だから可能だ。」
「すまん、頭があまり良くないので分からんが、地球人が他の惑星のものを消化できるようになるためとかいう認識で構わないか?」
「うむ、それとこの世界で得た『あの力』も持っていける。まあ、使用条件が難しい上に治療にしか使えんが。」
「貰うよ。半兵衛を救うのに必要だから。後、この時代のものは持っていけないかな」
黒猫は首を振った。
「あくまで飛ばせるのは、御主の身一つ。持ち物は当時のままじゃ。」
良晴は傍から見れば狂人にしか見えないやりとりを行いながら、段々とこの猫を信じ始めていた。息子に家督を譲った自分を騙しても旨みは無いし、内容としても権力や金につながりようもないものである。
さらに、最後の願いに対する否定も、その想いを強めていた。嘘をつくつもりなら、全て『はい』とした方が良いはずである。
そして良晴は最後の、最も重要な事を問うた。
「いつから出来る?」
「今からでも。ただし、魂を移動させるゆえ、その時点で御主のこの時代での人生は幕を閉じる。」
「・・・わかった。」
「良いのか?自分で言うのもなんだが、御主から見れば物の怪の戯言にしか聞こえんだろう。」
「今の俺を騙しても旨みはないし・・・それにな」
言葉を切り、彼は微笑みながら最後の問いに答える。
「恩返しを信じない王様なんて、嫌だろ」
その言葉に微笑みを返しながら黒猫は最後の言葉を紡いだ。
「では、行ってらっしゃいませ、相良殿」
この世界での、戦国時代を終わらせた名君『相良良晴』。
記録によれば、彼の死に顔は、まるで全ての重荷を下ろしたかのように、大変穏やかなものであったという。
(第一話 了)
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織田信奈の野望の二次創作です。素人サラリーマンが書いた拙作ですがよろしければお読み下さい。注意;この作品は原作主人公ハーレムものです。又、ご都合主義、一部15禁の表現を含みます。そのような作品を好まれない読者様にはおすすめ出来ません。
追記:仕事の合間の執筆のため遅筆はお許し下さい。