イメージOP:「CORE PRIDE」UVER world
青い空、白い雲。
遮る物など何もない。まさに見渡す限りという言葉が相応しい。
吹き抜ける風に、髪がたなびく。
「おーおーおー、今日もいい天気だこって」
大口を開けて笑いながら、あぐらをかいて前後に揺れている少年。かたわらには一振りの鞘に収まった刀がある。
「これで世が末世だなんて信じらんねぇよな」
誰に言うでもなく、中空に言葉を放る。当然、受け止められることのなかった言の葉は風に煽られ、飛んでいってしまう。
彼が今いる場所は航空都市艦“
「次は三河、か」
声のトーンが一段落ちた。
少し前に放送で武蔵がサガルマータ回廊を抜けて南西へと進みつつ、午後にはこの地――極東の代表国である三河に着くと説明があった。
横目で刀を見る。
――三河には、アレがある。
知らず拳を強く握り込んでいた。それに気づき、人差し指から順に本当の意思に反するように力を込めて手を開く。
――気にすんな。アレはオレがもう二度と手にすることはないもんだ。だから気にしちゃいけない。そうだ、それでいい。その方が、幸せなんだ。
横隔膜を意識して腹を引っ込めながら肺の中の空気をすぼめた口から吐き出していく。吐き出す息がなくなったところで、
「――ッし!」
両頬を張った。
とりあえず、吹っ切った。はずだ。それを示すように、
「さってっと――」
すっくと立ち上がり、器用に刀の柄をつま先で蹴り上げて、手に取る。
「行くか」
武蔵がゆく遥か先にあるであろう三河に背を向けたところで――
「
やや抑揚に欠けた声がかかる。
「んあ?」
彼が視線をやると、そこには自動人形がいた。
腕章に書かれた名は“武蔵”。奇しくも、という表現はおかしいだろう。紛うことなく彼女こそがこの航空都市艦武蔵の総艦長である自動人形“武蔵”なのだから。
「またこんな所にいらっしゃったのですか?」
「
「ええ、掃除の邪魔です。――以上」
おぉ……と、いきなりぶっちゃけられた申告に彼は引きつった笑みを浮かべる。
「こえぇー、そいつはすんませんした!」
「足利様は、授業には出られないのですか」
おどけてみせるが、武蔵は無視して話を進める。
そこで、彼は――固まった。
「あれ? 今何時?」
ギギギとすごくぎこちない動きで。
「とっくに一限が始まっている時刻ですが?」
「うっお!? マジかよ。朝一から体育とかいう勘弁スケジュールがオレを現実から逃避させてしまった-」
「後付け言い訳お疲れ様です。つい今し方、オリオトライ・
首を左右斜めにし、コキコキと音を鳴らす。
「Jud.、んじゃま、急がないとな」
「――三〇分遅刻って、とこか」
「妥当なところだと判断できます。――以上」
頭を掻き、
「まっ、なんとかなんでしょ」
肩をすくめると、走り出す。
境界線上のホライゾン
―天下泰平の剣―
Swords of Creating the World she has a dream...
◆ 第一話 幕が上がらんとする時 ◆
――バケモノだ。
嘘偽りなくそう思う。ノリキ君とクロスユナイト君とウルキアガ君がそれぞれ犠牲となりながらも作り出したオリオトライ先生の隙をついた浅間君の射撃のタイミングはほぼ完璧といってよかった。
さらに放たれた矢には高速化と追尾機能および障害回避の加護が付与されていたという。
これでまさか相手が回避できる、と思う方がおかしい。
だが避けた。
神がかり的な行動だった。オリオトライは瞬時の判断で回避不能の矢を、自分の髪の毛を切りチャフ代わりにすることによって矢に標的に当たったと誤認させることで避けたのだ。
ネシンバラ・トゥーサンはその事実にひたすら苦笑いを禁じ得ない。日頃からあの馬鹿力教師は人間やめてるという評価を押されているが、今をもってその評価は適切にもほどがあることを肯定する。
――もっとも、去年は髪を切らせることすらできなかったぶん、僕たちも成長してるんだろうけどね。
約一名を除き完全にグロッキー状態に入って死屍累々と化している生徒たちに反し、ピンピンしているオリオトライは、
「最初に言ったけど、今も授業中だからね。ソコ、勝手に寝たら“処刑”だから」
うげーとかおえっとか色々まずい声が次々にあがる。が、オリオトライは笑顔で封殺した。
「二年の時より遥かによくなってるわ。けど……生き残ってるのは鈴だけね」
突然、名前を呼ばれたその約一名である
「え、えと、あの、わ、私は、みみんなとちがって、自分で走って、ないです、から」
わたわたと誤った認識を持たれぬよう
「いいのよ。それも一種のチームワーク。褒められこそすれ、怒られるようなことはないから」
頷いた鈴に笑いかけながら、オリオトライは、
「結局、“
「わーっとわーっと!? 物騒なこと言うんじゃねーよ。オリせん!」
突如飛び込んできた声の主に、一同が呆気に取られる。
武蔵アリアダスト教導院の標準制服にフードが加えられた特別製のそれの左腕に躍る文字は、
「――
偶然、誰かの読み上げた声と重なった。
「おーっす、皆の衆。見ての通り――」
義昭は両手を挙げて、
「
梅組のクラスメイトたちをズッコけさせる。
「「「どこがだよ!?」」」
炸裂するツッコミ、
「自分見てたでござるが、義昭殿、思いっきり全力疾走でやってきたで御座るよ!?」
これは
「やばいぞ、点蔵も高熱がある恐れがあるな。それ幻覚だわ。それか頭が悪いのかもしんない。あ、たぶん原因それだわ」
「ちょっこの御仁ナチュラルに人を馬鹿にしたで御座るよ!?」
「拙僧思うに、義昭、貴公いつもとまったく変わらぬ血色の良さだが」
今度は航空系
「そりゃオメーらに心配かけないようにちょっと化粧でごまかしてきたから」
「いやだから、前後の行動と矛盾しまくってるで御座る!?」
服装は白いが黒き魔女、マルゴット・ナイト、服装は黒いが白き魔女マルガ・ナルゼ。第三特務、第四特務も加わり、
「ヨッシー、ナイちゃん的にも胸を張って堂々と言い切ったのはかなりアレだと思うんだけど」
「なに、病気の名前は仮病ってわけ?」
「ホンット申し訳ない。ほらオレって病弱キャラじゃん?
「あんたの場合それはサボりって言うのよ。矛盾の塊みたいなヤツね……」
「
スルー戦法すら取り始めた義昭に、
「フフフ、安定の
「ベルフローレ? なんだそのおばさん向け通販草子みてーな名前は」
気を失うように倒れかけた下ネタの権化、ベルフローレ・葵、改め
「ちょっ、喜美、大丈夫ですか!?」
「フ、フフ、予想外にダメージを受けてしまったわ。浅間アンタ、そこの三枚目に得意のオパーイビームを叩き込んで頂戴!! さあ早く!! リベンジ!!」
「まだ身体ネタを言いやがりますかね。こいつは……」
「おいどう見ても二枚目以外の何者でもないだろ。一枚余計なんだよ、訂正しろ喜美! あと浅間! ビームいっちょお願いします!」
両手を差し出しくいくいっとやる義昭に、浅間はため息をつく。
「出ません。何がどう間違ってこの幼馴染たちはこんなんになってしまったんでしょうか……」
それに反応したのは、
「金は人を変えると言うが」
“会計”とある腕章を持つガタイのいい男、シロジロ・ベルトーニだった。その隣にいた、
「シロ君、今回は絶対お金は関係ないと思うな」
“会計補佐”ハイディ・オーゲザヴァラーは特徴的な満面の笑顔でツッコむ。
ぎゃーすかぎゃーすかやかましい級友たちを
「で、足利君。現状の理解はしてるの?」
「や、わかんねぇけど。オメーらの状態見たらなんとなく読めるっつーか」
義昭は右手をひらひらさせながら、
「お疲れーノリキ」
左手で肩で息をしているノリキに懐から出した携帯水筒を放り投げる。それをノリキは危なげなく片手で受け取り、
「……わかっているなら、……言わなくていい……」
「んじゃ、言わねーよ。――お前んトコのおチビたちには兄ちゃん超バテてたぞって教えるけど」
ラッパ飲みの最中で吹き出したノリキに、周囲の面々は実に鮮やかな速度で距離を取った。
「ま、ごほっ、ま」
「という冗談。あんまこぼすなよな。あと他の奴らにも回してやれよ」
ネシンバラに向き直り義昭は、
「なんかひどい目にあったみたいだな」
嘆息され、
「よく素でそんなことが言えるよね。後ろでノリキ君が
自分の肩越しにメンゴメンゴと謝りつつ、
「どーせオリせんがまた無茶やらかしたんだろ」
「――否定はできないね。Jud.」
「ぶはは、だろうな! あの女教師は乳はデケーけど、思慮が貧し――」
◆◇◆◇◆◇◆
「あの、小生気になるんですが、義昭君は怖い物がはたしてこの世にあるんですかね」
「あ、監査のそれ、自分も気になります」
孤高の生命礼賛者、その風貌は微笑みデブ、
「さぁ、少なくともあたしは知らんさね。本人に訊いてみたらどうだい」
「訊いたら、適当に
「わかりますねー。あとはこっちガン見で『あーお金怖いわーお金ホンット怖いわー』とかのたまいそうですよ、本気で」
んじゃ、っとメンソールの香る息を吐き出しながら、
「そこの一番の幼馴染である騎士様に訊こうじゃないか」
「――えっ、わ、私ですの?」
話を聞いていたらしいのは、第五特務、半人狼のネイト・ミトツダイラ。
「そうさ。あんたと義昭は一緒に
「と言われましても……」
顎に手を当て、思いっきりオリオトライに爆安で喧嘩を売っている義昭を見やる。
「基本的に物怖じしないし
「へぇ……参考までに訊いても?」
うぐっ、と答えに詰まったネイトは、視線を泳がせ、
「そ、そうですわね。その内、機会がありましたら、お話いたしますわ。あ、見て下さいませ!」
かなり無理矢理に話をそらした。
◆
「――へぇ、聖連より名付けられた
絶対零度の声に義昭を除いた一同は一斉に三歩ほど後ずさった。
やばい。
「ムチで教育とかいったいどんなイケナイことを教えてくれんだ、オリせん?」
また火にガソリンをぶっかけるようなことを言い放つ義昭。
この男の悪いところはわかってて言ってるのではなく、素でコレな所だったりする。
満面の、だけどどうしようもなく底冷えのする笑みを浮かべてオリオトライ、
「みんな、
「はぁッ? ちょっと待てよ。冗談は乳だけに――」
「再教育ターイム!」
間髪なく振り下ろされた長剣ははたして――
「しろっつーの!」
義昭の持つ刀で鞘のまま受け止められていた。
◆
「さっきから何事だ! うちの前でごたごたうっせぇぞ!!!」
事務所で金勘定をしていた
うちの前がなんかお祭り会場化してる――?
気づけば、その魔神族は事務所を飛び出していたのである。
眼前に広がっていたのは――
「ふんがッ!!」
「さすがね!」
観衆がはやし立てている前でジャージを着た女が長剣を振り回している。それを歯を食いしばりながら受けている少年、しかしその手に握られている刀には鍔の部分に明らかに本来の
たしかに、それが付いているせいで、抜刀することが出来ないように見える。
もっとも抜刀していないのは女の方も同じだったが。
「オリせん、一ついいかな!」
「どーぞ、先生は教え子の質問にいつでも答えるわ!」
「何食ったら、そんな馬鹿力出んだよ。手が
一旦距離を取り、オリオトライは、
「それは女の秘密ってやつよ」
「「「「先生も思いっきり矛盾してます!!」」」」
すかさず観衆もツッコミつつ、やおら盛り上がり始める。
呆気に取られていた魔神もようやく我に返り、次の瞬間、
「てめえら無視すんなああ!!!」
キレた。
え、何コイツいたの? 超赤いんだけどウケる。といった顔で各々は魔神族を認めた。身長は人外の域に達した三メートルオーバー、立派な角と鱗まみれの身体、異形の魔神と呼ぶに相応しい。
魔神は巨体を揺らし、オリオトライと義昭二人に歩み寄っていく。
「――いい加減、それ外さないの君?」
鞘で肩を軽く叩きながら、義昭は首を横に振る。
「何度も言ってるじゃんか。こいつは――外さねぇよ」
再び向かい合い正眼に構え合った二人の間に、割って入ったのが魔神。
「そっか。いつか、外せると、いいわね」
「いい度胸だ。てめえら、ちょっと痛い目――」
「「邪魔」」
二人同時に刀剣が走った。オリオトライが長剣で魔神の頭部より生える左角を
ピンボールのような動きで上下左右に弾かれた魔人は上を向いたまま固まり、ゆっくりと背後に傾いていく。そして、
地響きを立てて、魔神が大の字に倒れ伏した。
「へぇ~、感心ね、君、魔神族のぶっ飛ばし方知ってるの?」
「すげぇなオリせん、ピクリとも動かねーんだけどコイツ。やーさすがに聖職者がコロシはまずいって」
既に観客の一員となって無関係を装っている教え子に頭を痛くしつつオリオトライは、
「大丈夫よ。みんなも聞いて、こっから講義だから――魔神族はね、図体はでかいけれど結局は生物だから、脳を揺さぶってあげれば簡単にこう」
剣先で魔神をつんつんしながら、
「倒せるから」
にこやかに語るが、教授されているみんなのドン引き成分過剰な笑顔が痛ましい。
「あ、ポイントとしては固いところを狙うこと。案外盲点なんだけど振動を直に伝えるには柔らかい部分よりそっちの方が効率がいいの。さっきのは角だったわよね。そして叩いたら落ち着いてその対角線上をもう一度叩く。ね、簡単でしょ」
全員が四五度の角度で同時に首をかしげて、
「「「――どこが?」」」
「大丈夫大丈夫、練習相手ならこん中にいっぱいいるから」
事務所を指さすと同時にありとあらゆる窓や扉を閉められた。心なしか内側からむせび泣く声が漏れ出てきてる気がする。
「あちゃー警戒されちゃったかな」
「「「「けい、かい……?」」」」
怯えられてるだけでは、と全員の心中に疑問符が浮かぶ。と、
「――おーいおいおい、皆、こんなところでなにやってんの?」
一同の背後からの声、なんだなんだと向き直る。
そこから人波が裂けるように開き、紙袋を抱えて現れたのは武蔵の代表、
「おっ、トーリじゃんか。見ての通り血塗られた惨劇の現場だ。とうとうオリせんが、さ……」
トーリに歩み寄りながら倒れ伏す魔神をアゴでしゃくり義昭が示す。
「うっわ!? マジかよ先生! いつか力加減トチって事故るんじゃないかと思ってたけどさあ、まさかこんなに早くとは思わなかったよなあ……うん、でもま、心配すんなよ先生! エロいゲームとか本とかでよければ俺らがプレイしたあとでちゃんと檻ん中に差し入れっすからさ」
「君たちさぁ……」
思いっきり
「ちょい待ちオリせん。トーリ、頼んでたの手に入れてくれたか?」
「んっふふー、Jud.、当たり前だぜキョーダイ! ほらこれ“モンゴって! チンギスハーン!”の追加盤。いやー人気あるから結構品切れ多くてさ、結構回って、ようやくラス一見つけたぜ」
「ご苦労ぅ!! これでようやく大陸全土を支配して大海原に飛び出すことがでっきるぞぅ。ぶはは待ってろよ、新大陸のカワイコちゃん!」
「義昭殿! 金髪巨乳キャラが出ましたら、即自分に一報を!」
「拙僧も姉キャラ発見の暁には馳せ参じる所存だ!」
「十歳以下の幼女を見かけましたら小生に通報して下さい。いいですね、絶対ですよ番屋の前に小生に!!」
「はしゃぎすぎだって。オメーら。任せとけよ、オレの至高のハーレムを構築すべく協力してくれるオメーらにはちゃんと取り分やるって!! ――ん、なにオリせん。ゲンコツ構えてぷるぷる震えてさ。……ちっ、しゃーねぇなーもー、ほら小便ならとっとと見つかんないとこでして――」
「修正パ―――ンチ!!」
手加減なしのストレートが叩き込まれた。トーリに。
「友情ガード羽付き!!」
隣のトーリを引っつかんで盾代わりにした義昭は、そのまま手を離す。面白いくらいに吹っ飛んだトーリはそのまま魔神族の事務所の正面玄関を人型にぶち破った。
「トーリィイイイイイイイイイイ!!!! オリせん、よくも――!!」
崩れ落ちながら叫ぶも、
「「「いや、お前だから!」」」
を聞いてすぐに膝についたホコリを叩きつつ立ち上がる。
粉塵の間を縫ってトーリが戻ってきた。
「なんか中でも魔神族が泡吹いて気絶してたんだけど、あれも先生の仕業かよ!!??」
「あっらまぁ。やっちまったなオリせん。どーんまい!」
一発殴って多少は怒りが解消されたのか、はたまた一周回ってしまって鎮火したのかオリオトライはため息とともに拳を下ろした。
「毎度毎度思うけど君たちの相手は疲れるわ……」
「毎夜毎夜とかエロいな先生!?」
トーリの言にピクリと耳を動かし、喜美は浅間の胸から水を得た魚のごとく跳ね起きる。反動で乳が揺れるのを男連中は見逃さない。
「フフ、愚弟。ちゃんと耳掃除はしたのかしら。してないのなら、今夜思いっきり突いてあげるわ!!」
「「「なんかこっちも張り合ってる――!?」」」
◆
絶妙? な葵姉による空気のほぐしによって再びざわめき始めたクラスメイトたちを引き止めたのは、
「んー姉ちゃん、それは今度な。今夜は大騒ぎの予定だからさ」
制服を軽く払って、腕を前へ後ろへとやって大きく深呼吸し、首を大きく回したのち、一二度軽くジャンプしてから、トーリは、
「みんなもさ、聞いてくれよ。前々から言ってたけど、俺さ――」
「明日、コクろうと思うわ」
静寂。
誰も何も今の言葉の意味を理解はしていた。ようやく――決めたのか。と。わかっていた。
ただ反応ができなかっただけであって、
最初に声を発したのは。
「いいと思うぜ。オレ」
義昭だった。
次いで前に出たのが、
「愚弟。相手は誰、早漏らしく早く漏らしちゃいなさい! さあさあ!」
愚弟の姉、喜美だ。
「言うまでもないんじゃねーの。な?」
義昭の言葉にトーリはただでさえニヤケな顔をさらに崩し、
「ホライゾンだよ。みんなも知ってるだろ」
一人一人を順番に見て、語りかけていくように話すトーリに喜美は、
「馬鹿ね、愚弟」
儚げな笑み。
「ホライゾンは十年前に亡くなったじゃない」
「ああそうだよ姉ちゃん」
うなずく。
「俺は、そのことと向き合うって決めたんだ」
目を見開いて、
「――もう、逃げねぇよ」
誰かが息を飲む音が聞こえた。
両手を合わせて軽く頭を下げて、
「みんなには多分迷惑かけると思う。俺、馬鹿だし、なんもできねぇしさ」
「世界にケンカふっかける気か?」
真面目な義昭の問いに、もう一度、トーリはうなずく。
「ああ、もう明日で十年なんだ」
全てが始まった、あの日。少女ホライゾン・アリアダストが、後悔通りで死んだその日から――。
「だからコクりにいくんだ。やっぱ好きだからさ」
喜美は自分の肩を抱いて、一瞬だけ眉をひそめた。そして、一文字に引き結んでいた唇を開き、フッと笑う。
「そう、決めたのね、愚弟。じゃあ明日から始めるの?」
「ああ、姉ちゃん。――俺らしい明日を始めるよ」
みんなもふっと笑いかけた、その時、
「向き合う、か……」
投じられた言の葉に再び場が静まり返った。
「がんばれよ」
もう何度目か、視線は彼――義昭に、一斉に注がれる。
今のは単なる応援の言葉だ。それ以上でも以下でもない。ただ……どうしようもなくその言葉にはまるで自分には関係ないとでもいうようなニュアンスが含まれているように思える。
だが、それでも浮かべた笑みを絶やさずトーリは、
「義昭、手伝ってほしいんだよ。オメェにも」
そう言って手を差し出す。
「オレは――」
頭を振った。
「ムリだよ」
背を向け、
「もう舞台を降りちまった人間だから、さ」
言って、足早にその場を後にしようとする。数メートル歩んで、思い出したように、
「あ、オリせん。野暮用思い出したんだ。わりーんだけど次の授業もちっと遅刻するかも」
「……野暮用ねぇ。それだけじゃ遅刻は許せないわよ」
おいおい……っと姿勢を崩しつつ、
「聞くのも野暮ってもんだってーの。監査のオシゴトその他諸々さ」
納得したのか。ため息をつくも、
再び歩み出したその背中に声をかけられる者は、
「義昭」
頭だけが振り返る。
目と目が合った。
「なんだよ、ベル……なんとか」
「それはもういいわ。アンタ、次の授業、ちゃんと出席はするの?」
身体も向き直りぴっと、人差し指を喜美に向けて、
「
そしてまた背を見せて歩き去って行く。
今度は誰も口を開くことができなかった。
やがて、
「フフ、本当に――素直じゃないわね」
義昭の姿が見えなくなった後で、喜美はそうつぶやく。
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