No.451342

真説・恋姫†演義 異史・北朝伝 第十話「大将軍」

狭乃 狼さん

移植分、これが最後と相成ります。

黄巾の乱は無事集結し、諸侯に恩賞が下賜される中、
一刀に下された勅命は、全員の度肝を抜く、とんでもないものであった。

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2012-07-11 23:49:58 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:8479   閲覧ユーザー数:6485

 黄巾の乱が終結して、すでに半年という時間が経過していた。

 一刀達が平原の地にて張三兄弟を討伐したという事実は、瞬く間に大陸全土へと広がり、各地で暴徒化していた黄巾所属の者達の間へと伝わっていった。正直な所、その速さは不自然な位のものだったのだが、実は司馬懿の手管によって意図的にその情報が広められていたという、そんな裏があったりした。

 それはともかく。

 これによって、各地の黄巾軍は統制というものをかなり失うことになり、そのほとんどが黄軍そのものを離れて、ただの百姓に戻る者、もしくは小さな賊徒の集団になって各地に潜伏する者の、そのどちらかに分かれた。

 それ以外の、頭目達が死んでも黄軍のまま活動を続ける者たちは、それぞれの地を治める太守らの手によって討伐され、あれほど世間を騒がせた黄巾軍は、わずか一年と少しで歴史の表舞台からその名を消したのである。

 

 そうして黄巾の乱が収束した後、各地では今回の乱にて大きな功績を挙げた幾つかの諸侯が、朝廷から新たな領地を下賜されていた。

 

 まずは最北の地である幽州にて、北平の太守であった公孫賛が、今は亡き前幽州の牧であった劉虞の後継として、彼の地の牧に(ほう)じられている。

 その幽州の南、一刀の治める鄴を含む冀州については、また後述させていただいて。

 冀州より黄河を渡った先の所謂中原においては、張三兄弟の根城となっていた青州を攻略した、兗州は陳留の刺史であった曹操、字を孟徳が、その功をもって兗州全域をその領として牧となり、着実にその影響力を周囲に高めていた。

 残る中原の一部、徐州については、特に目立った功も無しとしてその領に変化は起きていない。

 

 一方、大陸の南部であるが。

 

 荊州にてその威をまざまざと見せ付けた、長沙太守孫文台が、淮南と呼ばれる寿春を中心とした地の牧に封じられ、その孫堅を良く補佐したとして、袁術が荊州北部に加えて中原の一部、豫州の南部にある汝南の地を加増されている。

 その荊州の西に位置する、俗に蜀と呼ばれる益州であるが、他の地域同様やはりこちらでも黄巾の徒たちの活動は行なわれていた。そう、居たのではあるが、元々峻険な山々に囲まれた益州という土地は、大軍の行軍にはあまり向いておらず、州内で発生した黄巾軍が、他所の同胞と接触、合流するといった事が困難だった事も幸いし、かの地を治める太守劉璋の軍勢によってあっという間に鎮圧された。

 なお、その功をもって劉璋には、漢発祥の地とも言うべき漢中の地の統治が認められている。

 次いで、その益州とは荊州を挟んで東に位置する揚州であるが、こちらにて発生した黄巾軍を討伐したのは、周家や陸家など揚州各地をそれぞれに束ねる豪族達であった。そんな各豪族らに対しても、朝廷は当然の如く褒賞を贈ろうとしたのであるが、それは結局拒否されてしまっていた。その時、各豪族の者達を代表した周家家長、周瑜公瑾の言い分は只一つ。 

 『我々はただ自分達の家を守っただけであるから、特別褒められる理由は何も無い』

 と、言うことであった。 

 尚、後日その地の刺史、つまり楊州全体の治安維持を役目とする役職を、淮南に移封された孫堅が兼任する事になったことが、後々別の騒動を引き起こす種となるのであるが、それはまた別の機会に講釈させていただく。

 

 次に、漢の旧都である長安から西、涼州、及び擁州の地であるが、馬騰を筆頭とした彼の地の豪族らによる西涼連合が、これまでの涼州に加えて隣の擁州をもその領とすることになっていた。ただし、歴史ある漢の旧都、長安については、その内に含まれてはいない。 

 さて、最後に残るは、一刀達の居る冀州についてであるが。

 黄巾軍の首魁であった張三兄弟がその最後を迎えた平原県に、公孫賛の下でその名を上げた劉備が県令として赴任し、漸くその名を世に知らしめ始めた。そしてそれと時同じくして、一刀と袁紹、その双方に対し、その大きな報せは通達されたのである。

 

 

 「皇帝陛下が崩御なされた…ですか」

 「せや。丁度今から一月前の事や。弁太子殿下と陳留王殿下に看取られ、それは安らかな顔で逝かれたとの事や。殿下らはすでに喪に服され、それももういち早く明けられた。そして」

 「皇太子様が次の皇帝に、漢の十三代として早くもご即位なされたのですね?文遠将軍」

 「ああ」

 

 所は鄴城の謁見の間。

 乱の後の事後処理もつつがなく終わり、通常の政務に追われる日々へと戻っていた一刀達の下に、朝廷からの勅使がある日突然来訪した。しかもその勅使というのが、何故か董卓配下の筈の、張遼文遠その人だった。

 

 「んで、その新帝陛下の勅命によって、ウチの主君である月っち、あいや、董仲頴閣下が、畏れ多いことに漢朝の中では長いこと空席になっていた、相国の位に叙されたんが、ウチが今回の勅使を務める事になった理由や」

 「……白亜の奴、またずいぶん思い切った人事をしたもんだな……」

 

 相国(しょうこく)とは前漢の代から後漢の代を通じて、漢代に於ける廷臣の最高職とされた位階であり、現代でいえば一国の首相に類似する役職である。

 漢代においては、過去、高祖劉邦の功臣だった蕭何と曹参のみ(それ以外では、劉邦の正妻である呂皇后の甥、呂産のみ)がその位に就いており、その後も相国職はこの二人に匹敵するだけの功績のある者しか就任出来ない、否、この二人だけのものであるとする考えが、これまでの漢王朝の歴史を通じて、ある種不文律となっていた、それほどの要職なのである。

 

 「漢の朝廷で相国といえば、事実上の宰相、人臣最高位の衣冠です。……こう言っては失礼ですが、仲頴さまにはそれだけの功がおありになったのでしょうか?」

 「ウチはその辺、ようわからへんけど、黄巾の乱が始まって以降、月っちは張譲はんと一緒に殿下の事をようお助けしていたし、私的な面でも今では茶飲み友達みたいな感じにも、殿下、いや、陛下と月っちはなっとるから、気心が知れているっちゅう点では、ええ人事やとウチ自身は思うとるけど」

 「……皇帝と茶飲み友達って……もしかして、仲頴さんてばトンでもない大物なのか……?」

 

 その相国に、皇帝の勅命とはいえ、いくらその皇帝本人と仲が好いとはいえ、少し前までは単なる一県令でしかなかった董卓が招聘されたというこの事実は、一刀らのその度肝を抜くには十分なものだった。しかしそれと同時に、一つの不安も彼らのその脳裏をよぎっていた。

 すなわち、朝廷の内外から今回の人事に対する反発が、少なからず出てくるのではないのかと。

 

 「それについては、賈駆っちも一枚噛んで、陛下や張譲はんと、なんか画策しとるようや。それが証拠に、ウチが今回伝えに来た勅命も、その一端に関っとるて、陛下から直接言われたしな。と言うわけで、や。冀州刺史にして鄴太守北郷一刀。改めて、劉弁皇帝陛下よりの勅命を申し伝えるで」

 「あ、は、はい」

 「北郷刺史の此度の乱における活躍は、漢土においてその功、他者の及ばぬ尋常ならざるものである。さらに、鄴郡におけるこれまでの統治手腕もまた見事の一言。よって……」

 『……』

 「……よって、先に亡くなりし何遂高の後任として、司隷の牧、漢大将軍として、招聘するものである」

 『え……』

 

 一瞬の思考停止。そして、その現実を、一刀達の脳が現実として認識した、数十秒後。

 

 『えええええええええっっっっ!?』

 

 室内に、天にも届けといわんばかりに響き渡った、四つの雄たけびと。

 

 「……やっぱり、馬鹿ばっか……」

 

 小さくか細く零れ出た、一人の少女の、そんな呟きであった。

 

 

 一方、その勅命を出した、皇帝に即位したばかりの劉弁はというと、現在、内廷にある自身の執務室において、机の上に山と詰まれた竹簡を相手に、大格闘の真っ最中であった。

 

 「陛下。そちらが終わりましたら、次はこちらをお願いします」

 「う。ま、まだあるのか……?」

 「はい。これが終わりましたら、次はこちらとこちら、あと、ものはついでにこちらの方にもお目を通してくださいませ」

 

 どっか、と。張譲の手で次から次へと運ばれ、自分の目の前に更なる山を築く竹簡を見て、劉弁は思わずその手に持っていた筆を落としそうになる。

 

 「……皇帝の執務というのが、ここまで重労働とは……」

 「それは仕方ありませぬ。相応の権力に座るものには、相応の義務が課せられるものですから。もし、お恨みなられるのでしたら、生前を日々怠惰に過ごされ、政務を放り投げておられた先帝陛下をお恨みなされますよう」

 「……本当に、歯に絹を着せぬ奴じゃのう、お主は……」

 「先帝陛下に続き、何進大将軍までが急死なされた以上、早急に新たな体制を築き上げ、何事にも即座に対応出来る様にしておかねば成りませぬゆえ、臣も言葉を選んでなどは居れませぬ」

 

 漢の大将軍であり、劉弁にとっては伯母でもあった何進は、黄巾の乱が終結し、その後、先の皇帝であった霊帝が崩御してその喪が明けた数日後、まるでその後を追うかのようにでもして、突然この世を去ってしまった。

 皇帝と大将軍という、言ってみれば国の屋台骨とも言うべき人物が、急に二人同時に居なくなってしまったことで、朝廷内は一時大混乱に陥った。それこそ、漢朝はもう終わりだと、一部の官吏たちが口を揃えて都を逃げ出してしまうほどに。

 しかし、新帝に即位した劉弁と、それを横でしっかりと支えた張譲の手腕により、混乱は最小限の内に収められ、十三代皇帝劉弁による治世は何とかその体裁を整えることが出来、新たな船出の一歩を漕ぎ出していた。

 なお、その混乱時に逃亡した官吏たちは、朝廷が落ち着きを見せるや否や、恥も無くあっさり戻ってこようとしたのであるが、主君と都をいともあっさり捨てる不忠者などに用は無いと、そうきっぱりと言ってのけた劉弁によって、財を没収された上に都から永久追放されたのであった。

 

 「さらに具申いたしますれば、先の様な強引な人事を陛下が公布なされた以上、関係各所に無理が生じ、その分の負担が陛下に巡って来るのも致し方ないことかと」

 「ぬぐ。……じゃ、じゃが、相国の位に仲頴を選んだ事については、朕は十分に適材を選んだつもりじゃぞ?まあ、確かに強引な人事であったことは認めるが」

 「なるほど。確かに、董相国については、臣も今は納得いたしております。その器量、漢の相国たるにふさわしき御仁と思われ、またその配下も英傑揃いにございますし」

 「で、であろ?」

 

 ほんの一瞬。自分の行った行為に張譲が賛同してくれたことを、ぱっとその顔を明るくして喜ぶ劉弁であったが、それもつかの間、彼のその顔の前に、人差し指を立てて差し出しながら、張譲は強い口調で彼の彼に対する諫言をし始めた。

 

 「ですが!……臣の危惧は今一つ御座います。……北郷、と申しましたか?鄴の地に突然現れ、陛下の御前にて前太守であった韓文節を糾弾した上に、陛下の御身を守った、天の遣いを自称する者は」

 「うむ。……やはり、そなたも不敬だと申すか?一刀が天の遣いを名乗っておること」

 

 この時代、天とはそれイコール皇帝の事を指すのであり、それ以外に天を名乗る様な人間はけして居てはならない事である。劉弁は張譲のその表情や口ぶりから、彼女もやはりそういう思考で居るのだろうと思い、そう尋ねたのであるが、当の張譲から帰ってきた言葉は、少々意外な反応であった。

 

 「いえ。確かに、皇帝以外の者が天を名乗るは不届きかと思いますが、別にその北郷某が“天”そのものと言っているわけではありますまい?であれば、こうも言える事が出来ます。天の遣いとは、天上の天が地上の天を助けるべく遣わした、皇帝を(たす)ける存在である。故に、不敬には当たらない、とも」

 「……何か、言葉遊びのような気がしないでもないが……清那よ、そなたは一刀を御遣いとして認めると、そう思ってよいのか?」

 「陛下の、そして漢朝の助けとなる者であれば、そしてその力量さえ確かであれば、出自が如何(どう)であろうと臣はさして気にはいたしませぬ。しかし」

 「……他の者全てがそうでないとは言えぬ、か?」

 「御意に」

 

 皇帝という地上の天とも云うべき存在が、出自の定かでない、ましてや天の名を名乗る者と近しい関係にあるとなれば、何時何処からそれを理由にして反発する者が現れないとも限らない。そして、一朝事あれば、それを理由にし劉弁を糾弾して、その座を脅かそうとする、そんな不心得な輩が台頭してくるかもしれない。

 さらに、と。張譲はその眼差しを真っ直ぐ劉弁に向け、どちらかといえばこちらの方こそが、彼女の一番の危惧かも知れない予測をその口にした。

 

 「……そしてその北郷殿を、何進殿亡き後の大将軍の地位に据えたという、此度の陛下のご判断を、諸侯がどのように捉えるか。……おそらく、良き方に捉える者は少ないでしょう」

 「……勿論分かって居る。だが、これほど疲弊し腐敗した漢朝をもう一度立て直す為には、一度はっきりした形で内外に示さねばならん。最早古き慣習などは無用の長物であり、そうしたモノに囚われぬ新しい慣習が必要不可欠であると、な」

 「それが、董卓殿の相国任官であり、北郷殿の大将軍招聘、ですか」

 「そうじゃ。後は、前に送った竹簡の内容を、一刀が理解してくれたかどうか、だ」

 

 そこまで言って、劉弁はふと天井を見上げ、あれ以来会って居ない友の顔をその脳裏に浮かべる。そして、一刀ならば必ず、自分の考えを理解してくれると、そう確信めいた言葉をポツリと洩らすのであった。

 

 

 ここで再び、場面は鄴の地の一刀たちの元へと戻る。

 

 「……で、だ。白亜の勅を受ける事はすでに確定済みだけど、ここで一つだけ俺が気になってることがある。俺たちが都に移った後、この鄴の街は袁紹さんの統治下に入る事になってる訳だけど」

 「カズが出世するんはウチらとて嬉しいけど、その後をあの袁紹が治めるってのがなあ。(ここ)も南皮と同じ、表面ばっかり見栄えのええ、張りぼての街になるのが目に浮かぶようや」

 「……まあ確かに、結の言うとおりの結果になるのは想像に難くないけど、それでも、今より人々の生活が苦しくなることは無い筈よ」

 「そうだな。今までに下地はしっかり作っておいたんだから、もし、それが無くなるなんて事に万が一なったとしたら、それこそみんな黙ってないと思うしな」

 「……その危惧を現実にしそうなのが、あの袁本初さまだと、私は思いますけど」

 「……」

 

 皇帝に即位した劉弁から、今は亡き何進の後継として大将軍に封ずるという、そんなとんでもない勅命を受けた一刀は、流石に聞いた瞬間こそ動揺したものの、以前、董卓を通じて劉弁から送られた竹簡のその内容を、その時ふと思い出したことで、彼のしようとしている事をその時やっと悟る事ができていた。ちなみに、その時の内容は以下のものである。

 

 『~前文略~……然るに一刀よ。そなたの言う万民平等の世、それは確かに理想な世の中であろう。しかし、漢代(いま)という時においては、その考えはあまりに早すぎると余は思う。だが、理想(そこ)へと至る一つの楔であれば、今の世においても打ち込む事は出来よう。勿論、その時にはそなたにもしっかりと助力して貰うゆえ、ゆめ、そのこと忘れぬようにな?友である余との約束じゃぞ?……~以下略~』

 

 「……おそらく白亜は、この前例にない人事でもって、遥か後の世のための布石を、今と言う時代に打とうとしてるんだろうな。なら、俺が友達として出来ることは一つ。白亜の力に、そして期待に、全てをもって応えるだけだ」

 

 そうして、一刀は勅命を受け入れる旨を、勅使である張遼に対して謹んで拝領すると返答。そしてその一刀の返答を聞いた張遼は、満足げに笑って勅書を一刀に手渡すと、歓待のための宴を断り、そのまま南皮の袁紹の下へも勅書を届けるため、鄴の地を後にしたのであった。

 

 閑話休題。

 

 その後、移封の為の段取りを話し合うため、一刀の執務室に集合していた一同であったが、自分達が洛陽に移ったその後の事が、ふと一刀の口から話題に上がった。彼らの移封後、その後任としてこの鄴の地を統治することになっているのは南皮の袁紹なのだが、そのこれまでに聞き及んでいる彼女の当地手腕に対する不安というものが、彼らの心にわずかばかりの影を落としていたのである。

 

 「……まあ、俺たちの移封そのものはもう決定済みのことだし、袁紹さんについても、向こうには張郃さんや高覧さんも居るんだ、それほど悲観することも無いかも知れないよ」

 「……だったら良いんですけどね……」

 

 そういった一抹の不安は残るものの、本拠地の移動という大仕事が目前にある以上、起こるかどうかも分からない危惧にこれ以上の時間を割く訳にもいかず、一刀たちは元々の本題である移動の為の準備などの話へと、再びその会議の内容を戻して協議を続けた。 

 

 そしてその日の深夜。

 

 

 「……ふう。……空気が美味いなあ……。あっちの世界じゃあ、これほど澄んだ空気なんて、めったに味わえないよなあ、ほんと」

 

 月と星が煌々ときらめく夜空の下、一刀は一人、城の中庭に立っていた。周りには誰も居らず、聞こえてくる音も無い。現代では考えられないほどに澄み切った空気だけが、一刀のその周りを包み込み、彼の思考を鋭敏に研ぎ済ませてくれる。

 

 「……にしても、董卓さんが相国になって、大将軍の何進さんが形こそ違え、亡くなってしまった、そこまではまあ、正史通りの流れには違いないんだけど、まさか俺がその後釜に座ることになるとはね。歴史……随分変わってきてるよなあ……。“例の戦い”……これでもやっぱり起きるんだろうか……?」

 

 それは、正史の三国志を知っているものであれば誰でも知っている、史実では、朝廷の混乱の隙を突き、皇帝を擁してすべてを牛耳った董卓が、欲望のままに行ったとされる悪政を原因として発生した、この時代でも一・二を争う大きな戦い。

 しかし。 

 

 「……でもなあ、この世界の董卓さんは、到底悪政を敷くような人じゃあないし、帝を入れ替えるなんて事も絶対やらないよなあ。それどころか、白亜とはとても仲が良いらしいから、二人で協力して世の中を立て直すために、必死で頑張ってるそうだしなあ」

 

 皇帝と相国の仲が良く、しかも、正史では董卓同様に極悪人として知られる宦官の筆頭張譲も、この世界では皇帝である劉弁に忠誠篤い、善き人物であると張遼からもそう聞かされている一刀は、このまま行けばほぼ確実に、史実では曹操の檄に端を発したあの戦いも起きず、大陸が群雄割拠の時代に突入することもないかも知れない、と。

 そんな楽観的、とまでは行かないものの、暗黒の時代に一筋の光明が見えた、そんな気がしていた彼だった。

 

 「……けどそうなると、そもそも俺がこの世界に来た意味が、もっと分からなくなるんだよなあ。輝里たちのいう予言だと、天の遣いはこの世界の乱れを治めるための存在だってことになるけど、今の流れからすればその必要もなさそうだし」

 

 曰く、『天より、流星ととも御遣いが降りくる。その者、白き光をまとい、大陸に安寧をもたらさん』、という内容が、管輅という名の正体不明の占い師によって広められた予言である。

 現状、黄巾の乱以降の世の中は比較的に安定しており、一刀の、御遣いの存在無くとも十分、この世界は平穏に向かって進んでいくのではないか。

 そしてそうなれば、自分がこの世界に居る意味も無いのではないか。そんな考えがふと、その頭の片隅に長らく見ていない家族の顔とともによぎった一刀だった。

 

 「……じいちゃん元気にしてるかな?……今頃、俺の部屋の秘密の棚を漁ってたりしないだろうな?親父も母さんも元気にバリバリ働いてるだろうなあ……今度は何処の国に出張しに行っているやら。……アイツは、寂しがって居ないかな?……それは無いか。顔合わせるたんびに、馬鹿(にい)だの助平兄だの、人のことを罵ってくれるような奴だし。……あ、あれ?なんで涙なんて……」

 

 元の世界に居る家族の事を、その懐かしい顔を脳裏に思い浮かべながら想っていた一刀は、己も知らぬ内にその両の眼から、一滴の涙を流していた。

 

 「……これまで、いろいろ怒涛の展開がありすぎたせいか、向こうの事はほとんど思い出さなかったのにな……。ホームシックになるなんて、ガラじゃないっての……ちぇ」

 

 頬につたった涙を服の袖でぬぐい、一つ大きく深呼吸をしてから、一刀は庭を後にして自分の私室へと戻っていった。

 そんな彼のことを、夜陰に紛れて陰から見ていた人物がいた。

 

 「……ホームシックには出来るだけかからないよう、外史に入る際に潜在意識への処理は行われているはずなのに……やっぱり“最後”ともなると、色々と耐性がついちゃって居るのかしらね……」

 

 夜の帳のような漆黒の、まるで忍者を髣髴とさせる衣装に身を包んだ、その黒髪を二つのお下げに結った人物は、政庁の建物内へ歩いていく一刀の背を見ながら、そうため息混じりに、哀しげな声で呟いていた。

 

 「……でも、本当にこれが、貴方にとって最後の試練となる外史。……ご主人様、今回は私も、陰ながら精一杯お助けするわ。……漢女(おとめ)の、いえ、乙女の貂蝉、その名に懸けて必ず……ね」

 

 強き決意の篭ったその眼で、その人物、王淩は誰に言うとでもなく、決意も新たにそう誓い、暗い闇の中、そっと月を見上げて後、その姿を夜の闇の中へと消した。

 

 そして、それから一月後。

 

 袁紹への正式な鄴の引継ぎを終えた一刀たちは、一路、皇帝劉弁と相国董卓の待つ、洛陽へと移っていった。

 

 だがこの時、一刀達はまったく気が付けずに居た。

 

 彼らを見送る、新たに鄴の地の主となったその人物が、一刀らの姿が完全に見えなくなったその瞬間、それまで周囲に見せていたその笑顔を一変させ、憤怒の形相にて怒声を周囲に撒き散らせていたことに。

 

 そして、その人物の傍らにて、醜悪なるその顔に、不敵な笑みを零す、権力の亡者が居た事に……。

     

 

 ~続く~

 

 

 というわけで。

 

 にじふぁんからの移植分は、一応、今回の分までとなります。

 

 なお、移植に当たり、半分ほど書き換えつつ、あちらにあった時と状況を変化させました。つまり。

 

 移植前→「一刀は鄴から許に移封」

 移植後→「一息とびに大将軍就任」

 

 実を言うと、にじに投稿する際、その直前までどちらにするか悩んでいて、結果的にあちらには単なる移封という形で投稿しました。

 

 しかし、あれこれ先の展開を模索して行くうちに、それでは話がおかしくなってしまうことに気付きました。まあそのため、あちらでの投稿が完全に止まっても居たんですが。

 

 てなワケで、TINAMI版では最初の構想どおり、大将軍就任による洛陽常駐としました。

 

 さて、次回の投稿に関してですが。

 

 美羽√、桂花ルート、でもってネタss、さらにはこれ、と。

 

 こうも連載物が増えてしまった以上、ペースとか次は何を投稿とか、そういうお約束は出来かねます。

 

 それでも宜しければ、他作品とあわせて、今後も贔屓にしてやってくれたら嬉しいです。

 

 最後に。

 

 他所からの移植と言うことで、此処までのお話をお気に入り限定をさせて頂いてきましたが、今話以降は通常通りの公開レベルとさせていただきます。

 

 それではまた、次の作品にてお会いしましょう。

 

 

 再見~♪

 


 
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