No.451198

BIOHAZARDirregular PURSUIT OF DEATH第七章

※注意 本作はSWORD REQUIEMの正式続編です。SWORD REQUIEMを読まれてからの方がより一層楽しめるかと思います。
 ラクーンシティを襲ったバイオハザードから五年。
 成長したレンは、五年前の真実を知るべく、一人調査を開始する。
 それは、新たなる激戦への幕開けだった…………

2012-07-11 21:12:11 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:760   閲覧ユーザー数:741

 

第七章 『絶体絶命!?忍び寄る深海の殺戮者!』

 

 

 硬質な音を響かせる無数の足音が通路に響く。

 それに続くように複数の銃声が通路に響くが、足音は意にも介さないように歩を進めていった。

 

「駄目だ!効かねえ!」

「仕方ねえ!切り札を…」

 

 銃声を放っていた者達の言葉は、足音の持ち主が突き出した巨大なハサミによって中断させられる。

 

「おわっと!」

「はっ!」

 

 ハサミが閉じられる前にその場にいた者達は飛び退き、ちょうど中央に立っていた者が飛び退き様に繰り出した刃がハサミを付け根から斬り落とす。

 宙を舞ったハサミが床に突き刺さる音に、別の足音が重なる。

 

「こっちからも来やがった!」

「こなくそ!」

 

 両脇にいた二人がそれぞれ背中から切り札に取っておいたバーレットM82A1アンチマテリアルライフルとAT4ロケットランチャーを構えた。

 

『食らいやがれっ!』

 

 期せずして同じ言葉を叫びながら、二つのトリガーが同時に引かれる。

 放たれた12.7ミリ弾はライフル弾をも弾いた殻を突き破り、ロケット弾は殻ごと相手を木っ端微塵に吹き飛ばした。

 周囲一帯に吹き荒ぶ爆風が晴れた後、そこには殻に空いた弾痕から体液を垂れ流しながらひっくり返って足をケイレンさせている敵と、いくつかのパーツに別れて散らばっている敵の姿があった。

 

「ざまあ見やがれ…………」

「思い知ったか………」

 

 荒くなっている呼吸を整えながら、カルロスが空になったロケットランチャーをその場に投げ捨て、スミスは背にM82A1を背負い直した。

 

「こちらCチーム、倉庫前通路にて全長2m程のカニ2体と遭遇、交戦しこれを撃破。ライフル弾程度では殻に弾かれるので同様の敵固体と遭遇した際は十分に注意されたし」

『了解した。弾はまだ足りてるか?』

 

 バリーからの返信にその場にいる全員がポーチやポケットをまさぐって残弾をチェックする。

 

「オレは12番ゲージが残り40発前後、カスール弾はまだ十分、12・7ミリ弾が9発」

「こっちはライフル弾が100発位に、グレネード弾が0、ロケットランチャーが二つ」

「オレが9ミリ弾があと90、無いな。大物が立て続けに来られたらまずいな」

「そこいらで入手出来なかったら動力炉動かした後で一遍戻る、ってのはどうだ?」

『それがいいだろう。Aチームの連中が負傷で戻ってきたから、お前らも無茶するな。あと30分もすればGIGNが到着する。いいか、くれぐれも気をつけろ』

「了解」

 

 

「ふんぬ、ふぬおおおお………」

 

 第二動力室と同じ方法でロックを無効化したドアをスミスが力任せにこじ開ける。

 中に敵がいないのを確認してから、三人は目的の物を物色し始めた。

 

「いいか、まずプラグにコード、ドライバーにレンチに…」

「そんな一遍に言うな!分からなくなる」

「コードってこれでいいか?」

「もう少し細いのがいいが、まあ使えない事はないだろ」

「工具箱有ったぞ」

「中身確かめといてくれ。ちゃんと入ってるだろうな?」

「入ってる入ってる。プラグなんかも有るぞ」

「おい、ちょっと来てくれ」

「なんだ?」

 

 奥の方を探していたレンの声に、カルロスとスミスがその場に向かう。

 そして、そこに転がっている物に気付いて顔色を変えた。

 

「うげっ!」

「なんでこんな所にハンターの死体が転がってんだ?」

 

 そこには、死後数日が経過していると思われるハンターの死体が、ドアに挟まれるように倒れていた。

 

「そっち側に弾痕が刻まれている。誰かと交戦したみたいだな」

 

 レンが向こう側の壁を見た後、ハンターが挟まっているドアのプレートを見た。

 そこには『WEAPON ROOM(武器庫)』と表示されていた。

 

「ちょうどいい。弾丸を補給していくか」

「そうだなっと」

 

 スミスがエラーを起こしているドアを強引にこじ開ける。

 ちょうどその正面に、首を半ばまで切り裂かれた白衣を着た男が壁に背をもたれるようにして死んでいるのが視界に飛び込んできた。

 

「相討ち、だったみたいだな………」

「ああ……」

 

 その手に握られたままの銃を抜き取ると、レンは恐怖に見開いたままになっていた死体の目をそっと閉ざした。

 

「自分らの作ってたモンに殺されてりゃ世話ねえな」

「因果応報だろ。少なくてもこいつは死ぬ寸前に散々後悔しただろうがな」

 

 ふと、レンは死体の懐に一つのファイルが入っているのに気付くと、それを手に取ってめくって見る。

 

「これは?」

「何だ?機密書類か?」

 

 脇から覗いて見たスミスがレンと一緒に眉根を寄せた。

 

「読めねえ…………」

「フランス語みたいだな。タイトルはROWデータ?」

 

 ファイルを次々とめくっていくが、そこには専門用語と化学式、そしてやたらと長い数字が書かれており、知識の無い二人にはまったく分からない代物だった。

 

「機密書類なのは確かだが、学者でもなければ理解は不可能のようだな」

「あとでシェリーにでも見せりゃ分かるだろ。取り合えず取っとけ」

 

 レンは懐にファイルと、それと対になっているらしいMOディスクを仕舞い込んだ。

 

「おい!すげえぞ、こいつは!」

 

 カルロスが武器庫の奥の方を覗き込んで歓声を上げる。

 そこには研究所内部とは思えない程の様々な銃火器が並んでいた。

 

「こいつぁ確かにすげえ………SWATの武器庫にだってこんなにねえぞ」

 

 スミスが興味深そうに並んでいる銃火器を眺め回す。

 

「対BOW用に色々揃えてたみたいだな。水中銃とかが多い」

「APS水中用アサルトライフルか。初めて見たな」

「何だ?この棒?」

「馬鹿!そいつはショットシェル、サメ用の弾丸が仕組まれたモリだ!振り回すな!」

「お!対BOW用ガス弾が有るぞ」

「さすがに12・7ミリやカスールは無いか………」

 それぞれが自分の武器に合った弾丸を補充し、念の為にレンがショットシェルを四本ガンベルトの後ろに挿し、スミスが水中銃を、カルロスがAPS水中用ライフルを持った。

 

「………何か重装備越して間抜けに見えるな、これって………」

「言うな。これから何が起こるか分からんからな。持っておくに越した事は無いだろう」

「出来れば水中戦なんてごめんこうむりたいけどな」

「Cチーム、これより第二動力室に向かう」

 

 

 

 ヘリの乗降口に腰掛けたシェリーが、ひざの上に置いたノートパソコンに次々とデータを入力していく。

 一通り入力し終えると、集めてきたファイルを一枚あたりにほんの数秒目を通しただけでめくっていきながら、その全てを頭で整理すると再びキーボードを叩く。

 

「シェリー、怪我は大丈夫?無茶してない?」

 

 ヘリ内部で横になっていたクレアが心配そうに聞いてくるが、シェリーは振り向いて笑顔を見せる。

 

「大丈夫、それにレン達はまだ戦っているんだもん。私は私に出来る事でサポートしていくの」

 

 またキーボードを叩きだしたシェリーの背中を見ながら、後ろの座席に座っていたレオンが頭に巻かれた包帯に手を当てながら小声で呟く。

 

「無茶の出来る年頃だな」

「中年みたいな事言うのね」

 

 クレアが苦笑しながら呟き返した。

 

「場数を踏むと冷徹な判断が出来るようになってくる。いや、そういう判断しか出来なくなってくるの間違いか」

 

 判断が鈍るのを嫌って鎮痛剤を服用しなかった為に襲ってくる痛みに顔をしかめながらレオンが呟くのに、クレアがくすりと笑った。

 

「それだけじゃないと思うけど?」

「そうか?」

「微妙な年頃なのよ」

「?」

 

 レオンが疑問符を頭に浮かべるていると、遠くからこちらに近付いて来るヘリのローター音が聞こえてきた。

 

「GIGNのご到着か。BOW相手にどこまで戦力になるかな」

 

 着陸したヘリから次々と降りてくる特殊部隊を窓から見たレオンが“冷徹な判断”を下す。

 ふと、その中に白衣を着た明らかに場違いな人物が混じっているのに気付いた。

 その人物がレベッカと何かを話すと、まっすぐレオン達のいるヘリへと向かってくるのが見えた。

 

「こっちに怪我人がいるって聞いたんだけど」

 

 その人物―メガネを掛けた金髪の若い女性の流麗な英語の問いかけに、シェリーが顔を上げてそちらの方を向いた。

 

「私は軽傷だけど、中の二人が重傷みたいなんです」

「分かったわ」

 

 シェリーの脇から機内に入った女性がクレアとレオンを交互に見ると、まずレオンの方へと近寄ると医療用具の入ったバッグを開ける。

 

「あんた医者か?」

「正確にはまだ医学生。大丈夫、怪我の手当ては慣れてるから。で、何にどうされたの?」

 

 まるで何が起きたかが分かっているのかの様な質問に、レオンは首を傾げながらも診察を受けた。

 

 

 

「これで、OKと」

 

 カルロスが最後のナットを閉める。

 

「ようし、スイッチ入れるぞ」

 

 スミスが起動スイッチを入れると、低いうなり音と共に動力炉が起動し、動力が研究所の各所に伝達されていく。

 

「こちらCチーム、動力の復活に成功。今後の指示を乞う」

『今GIGNがBチームの先導で研究所内部に突入した。合流するか?』

「いや、チーム戦闘に長けた連中にオレみたいな異質な戦闘方法の奴が混じったら混乱するだけだ。こちらは単独で行動するのがベストだと思うが」

『了解した。それでは先に地下研究棟に向かってくれ。強敵がいたら無理はするな』

「了解」

「研究棟は西エレベーターからだな」

 

 カルロスがモバイルでマップをチェックしてルートを割り出す。

 

「それじゃあ、行くとしますか」

 

 スミスが手に持ったマーベリックで軽く肩を叩きながら笑みを浮かべた。

 

 

 エレベーターが開くと同時に放たれた弾丸が、こちらを向こうとしていたゾンビ達を瞬く間に肉塊へと変える。

 

「こちらCチーム、地下研究棟に到着と同時にゾンビ4体と遭遇、交戦してこれを殲滅。これより第一研究室に向かう」

『こちらBチーム、ただ今地下二階までをGIGNが制圧。途中GIGN隊員一名がハンターに襲われ重傷。付き添い二名と共にベースまで撤退した模様。これより地下三階の第二制御室に向かう』

『Cチーム、研究室には何がいるか分からんから充分に注意しろ』

「了解」

 

 減った分の弾丸をマガジンに込め終わると、それを銃に戻しながらレンが復唱する。

 

「え~と、第一研究室はこっちか」

 

 マップをチェックしたカルロスが右手の通路を見る。

 何故かやたらと長い通路の端の方に確かにドアの様な物が見えた。

 

「研究室って割には随分と馬鹿でかいな。一体どんな実験やってやがるんだ?」

「多分見たくも無い様な物がずらっと並んでやがるんだろうよ」

 

 脇からモバイルを覗き込んでいたスミスの問いに、カルロスはさもイヤそうな顔をする。

 

「ここがBOWの生産工場なら、多分あるのは生産ラインだろうな。どういうのかは想像したくないが……」

「想像しなくてもすぐに見れるだろうよ。出来れば見たくもねえがな」

 

 そこで、ふと先頭を歩いていたレンが足を止める。

 

「どうした?」

「……僅かにだが、この先の床の具合が変わっている。トラップかもしれない」

「そうか?」

 

 スミスが何の変哲もなさそうな床を見て首を捻る。

 

「気の回し過ぎじゃあないのか?」

 

 同様に首を捻っているカルロスの目の前で、レンはパウチから一発の弾丸を取り出すと、それを前へと弾いた。

 弾かれた弾丸は緩やかな放物線を描き、床へと甲高い音を立てて落ちる。

 途端、レン達のほんの50cm程手前の横の壁から細いが頑丈そうな棒が次々と飛び出し、反対側の壁へと交互に突き刺さっていく。

 やがて、第一研究室のドアのすぐ手前で棒が出てくるのは止まった。

 

『うげっ…………』

「多分侵入者用じゃなくて、BOWが逃亡した時用のトラップだな、これは」

 

 絶句している二人の前で、レンが冷静にトラップを分析する。

 

「で、問題はどうやってここを通るかだ」

「匍匐前進して行くか?」

「対BOW用のトラップだってんなら、二重三重に仕掛けられてるって可能性も在るぜ」

「それじゃあレンに出てくるのを次々と斬ってもらうってのは?」

「お前オレを何かと勘違いしてないか?一人なら出来るかもしれんが、三人で突破するとなるとさすがに無理だ」

「それじゃあ、どうすんだよ?」

 

 男三人が全員顎に手を当てて考える。

 

『こちらBチーム、第二制御室を制圧完了。今からセキュリティを解除するから、Aチーム直にそこを通れるわよ』

「…………だってよ」

「悩む必要も無かったか」

 

 彼らの目の前で、反対側の壁に突き刺さっていた棒がゆっくりと元の壁に戻っていく。

 

『セキュリティを解除したわ。もうトラップの危険は無いわよ』

「本当か?」

 

 スミスがスイッチになっていると思われる辺りの床を足を思いっきり伸ばしてつま先で用心深く軽く何度か突く。

 壁が反応しないのを確認した後、スミスは用心深く床を踏みしめた。

 

「大丈夫のようだな」

「ああ」

 

 注意して抜き足差し足で歩くスミスの横を、レンとスミスが平然と歩いて抜き去る。

 

「おい、こら待てよ!」

「置いてくぞ」

 

 スミスが二人の後を慌てて追いかける。

 ロックが解除されたドアのスイッチをレンが押すと、今までの苦労がウソの様にあっさりとドアは開いた。

 

「な、に………!?」

「ん?どうし…」

 

 レンが今まで見せた事も無い様な驚愕の表情をしているのを見たスミスが何気に室内を覗き込み、思わず握っていた銃のグリップを放してその場に立ちすくむ。

 そこには、薄暗い室内に並ぶ無数のBOW用の調整槽が並び、そして中には調整中のBOWが無数に入っていた。

 

「間違いねえ。ここがBOWの生産工場だ。だがこの数は…………」

 

 同じ物を見た事が有るカルロスが室内に入りながら、並べられている調整槽の多さに絶句する。

 

「50………いや、それ以上か?こんなにあるとはな…………」

「う………」

 

 室内に入ってきたレンとスミスが周囲を見回し、顔色を変える。

 調整槽の中には、完成に近い物から調整途中らしい中途半端な物、そして、見た目は普通の人間の様でありながら、すでに目と爪がハンターの物へと変わりつつある調整初期の物までが並んでいた。

 

「こちらCチーム、BOWの生産ラインを発見。70近くは有る…………」

「人間がベースの物もあるっては聞いちゃいたが、直に見るときついな………」

 

 スミスが顔を蒼白にしながら室内を探索していく。

 出荷された後らしい空の調整槽の隣に、ハンターへとなりつつある少女が入っているのを見つけたスミスが顔面を更に蒼白にさせて口に手を当て慌てて部屋の隅へと走る。

 

「一つ聞きたい………BOWに調整途中の人間は戻せるのか?」

『……調整の初期段階で自我はほぼ消失するらしい事が今までの調査で判明している。残念だが、手遅れだ………』

「そうか…………」

『その場はそのままにしておいてくれ。アンブレラの人体実験の貴重な証拠だ』

「………ここには調整過程を記録した資料もあるはずだ、それだけで充分だろう」

 

 レンはすぐ側に置いてあった調整過程を示した資料を握り潰しながら、あくまで無感情に話す。

 

『実際の物的証拠を見なければ納得できない連中もいるんだ。辛いとは思うが……』

「それまでこいつらを苦しませるというのか!?」

 

 レンが普段からは想像できないような激昂した声で叫ぶと、刀の鯉口を切りながら手近の調整槽へと歩み寄る。

 

「すまない…………」

 

 日本語で呟きながら、レンは一気に抜刀した。

 数秒間の間を置いて、調整槽に切れ目が入り、やがてそこから培養液が漏れ出したかと思った瞬間、中に入っていたBOWの体から鮮血が溢れ出し、圧力に耐えられなくなった調整槽が粉々に砕け散り、中身の培養液とBOWを床の上へとぶちまける。

 

「レン!?お前何を!?」

 

 驚くカルロスの目前で、レンは完成、未完成を問わず次々と調整槽ごと中に入っているBOWを斬っていく。

 

「レン………」

 

 片手で口元を拭いながらスミスも呆然とその様子を見つめる。

 静かな室内に、ガラスの割れる音と中身の培養液と両断されたBOWが床へと転がり落ちる音が響き渡る。

 やがて、最後の調整槽―スミスが発見した少女の物をレンが無言で両断する。

 胴体から両断された少女が床へと崩れ落ち、その獣の物へと変わっている瞳がレンを見ながら何かを哀願するように口を開閉させるのを見たレンが刀を逆手に構え直しその頭部を貫く。

 短くケイレンするような仕草を見せた後、少女が動かなくなる。

 その瞳からは涙とも調整液とも取れないような液体が流れていた。

 

「レン、お前…………」

「どうせ現世をさ迷う魂ならば、冥府に送ってやるのがせめてのも慈悲だ」

 

 その顔に今まででもっとも冷徹な表情を張り付かせたレンが刀を振るって鞘へと収める。

 

「そしてそれは陰陽師であるオレの仕事だ。悪いな、証拠を残せなくて」

『いや…………確かにあんたにしか出来ない事の様だ。すまない、サムライ…………』

「言ったはずだ。オレはサムライじゃない」

 

 バリーにそれだけを言うと、レンは踵を返して室内の探索を始める。

 

「やっぱりサムライだよ、あいつは………」

 

 スミスがそう呟くと、レンの後に続いた。

 

 

 

「はい、これで大丈夫。ちょっとムチうち気味になるかもしれないけど、後遺症の類の心配は無いわ」

「それはどうも………」

 

 背中一面に張られた湿布の匂いに辟易しながら、クレアはいそいそと服を着込んでいく。

 

「あんた、フランス人じゃないみたいだが、一体どこの人間だ?」

 

 強引に壁の方を向かせられていたレオンが、手当てをしてくれた女性の英語が流麗なのをいぶかしむ。

 

「生まれはアメリカよ。今は日本に住んでるんだけどね」

「ニホン?一体こんな所に何しに来たの?」

「実は、どこぞに消えた婚や…」

「大変!」

 

 クレアの疑問に答えようとした女性の言葉が、突然叫びながら立ち上がったシェリーの声にかき消される。

 

「地下研究棟にはとんでもなく危険なBOWがいるわ!レン達を引き返させないと!」

 

 装備の類を全て外していたため、シェリーは片足を引きずりながらも無線機のある方へと走っていく。

 

「……そう、やっぱりここにいるのね」

 

 女性はポツリと呟くと、ふとシェリーが落としたファイルを手に取って見た。

 そこには“ネメシス―R詳細データについて”と書かれていた。

 

 

 

 ゆったりとした動きで、それは自分用に調整された海水の中を泳いでいた。

 つい数日前までは開閉可能な仕切りよって隔絶された隣のプールに新鮮な獲物がいたはずなのだが、何故か開放されたままにそこには今半ば腐敗しかかった獲物しかいなかった。

 空腹と退屈を感じていたそれの感覚に、僅かだが何かがこの場に近付いてくる事を捕らえた。

 人為的に上げられたそれの知性は、その近付いてくる物を離れた場所から観察する事を決める。

 それが自分にとって獲物かどうかを判断する為に。

 

 

 

「ここには目新しい物はないようだな。先に進むか」

「……ああ……」

 

 重苦しい雰囲気を漂わせながら、Cチーム一行は死臭と鼻を突く培養液の匂いが立ち込める部屋から続いているドアを開ける。

 ドアが開くと同時に、そこからは潮の匂いが流れ込んできた。

 

「ん?」

 

 いぶかしみながらその部屋に一歩踏み込んだ一行はそこにある光景をみて絶句した。

 

「何だこりゃ?プール?」

「だよな?」

 

 そこには大型体育館程の大きさはあろうかという部屋の半分が大きなプールになっていた。

 靴音が変わった事に気付いたカルロスが下を見ると、足元の床も透明な材質で作られ、そこにもプールが広がっていた。

 

「海洋生物の飼育用か何かみたいだな」

「海洋生物ってこれか?」

 

 スミスが足元の床の下に浮かんでいる、腐りかけたイルカの死体を指差す。

 プールのあちこちにそうしたイルカの死体が浮かび上がり、まだ生きている物も弱々しく泳いでいるのが精一杯の状態となっていた。

 

「かわいそうにな、こいつらも犠牲者って訳か」

「犠牲者は犠牲者でも、少し違うようだがな」

「何がだ?」

 

 レンはそれに答えず、足元に転がっていた給餌用と思われるバケツをプールの中央付近へと蹴り飛ばす。

 それが着水した途端、今まで死体だと思っていたイルカ達が一斉にバケツの落ちた辺りへと凄まじい勢いで襲い掛かった。

 

「うげ…………」

「ひょっとしてこいつら、ゾンビ化してやがるのか?」

「一目瞭然だと思うが」

 

 やがてそれが餌ではないと分かったのか、ゾンビイルカ達は散ると再び弱々しく泳いだり、死体のように動かなくなったりした。

 

「どうする?研究資料は多分この奥だぞ」

「どうするもこうするも、行くしかないだろ」

「あそこをか?」

 

 スミスは愕然とした表情で前を見た。

 奥の部屋へと続くドアは、ちょうどプールの中央を通る通路の先にあり、その両脇にはゾンビイルカ達がひしめいていた。

 

「気付かれないようにそっと行くか?」

「ああなるかもしれんぞ」

 

 レンが通路の中央辺りを指差す。

 そこには細長い何かが転がっていたが、よく見るとそれは食い千切られた人間の片足だった。

 

「最悪………」

「一匹づつ倒してくのが一番だろ。弾はたっぷりあるからな」

 

 カルロスがM4A1のセレクターをフルオートにセットして、手近な一頭に狙いを付ける。

 

「妥当だな」

「それしかねえか」

 

 レンがサムライエッジを構えて別の一頭を狙い、スミスが右手にゾンビバスターを、左手にマーベリックを構える。

 期せずして、四つの銃声が同時に響く。

 死んだように水面に浮かんでいた一頭が最初の一撃で額を撃ち抜かれて絶命する。

 異常に気付いたゾンビイルカ達が一斉に三人のいる場所へと向かってくる。

 ある者は頭部に収束されたライフル弾を食らい、ある者は的確に額に収束された9ミリ弾が脳髄を貫き、ある者は一発の改造カスール弾で頭部に風穴を開けられて次々と絶命していく。

 水面から跳ね上がって襲い掛かろうとする者もいたが、至近距離から浴びせられる12番ゲージ散弾とグレネード弾がその体を貫き、振るわれる白刃が一撃でその体を両断した。

 広い室内に無数の銃声と、音程のずれた弦楽器を思わせる咆哮と悲鳴が室内に木霊する。

 水面から弧を描いて襲い掛かった最後の一頭が、その口内に撃ち込まれたグレネード弾によって頭部が半ばから吹き飛ぶ。

 

「制圧完了、っと」

 

 カルロスがアタッチメントのM203グレネードランチャーからグレネード弾の空薬莢を床へと落とす。

 

「何だ、水中用装備なんて持ってくる必要無かったな」

 

 スミスが弾切れを起こしているマーベリックに装弾しつつ笑った時だった。

 

『Cチーム聞こえてる!?レン、まだ生きてる!?』

「シェリーか、どうした?」

 

 インカムから聞こえてきたシェリーの切羽詰った声に聞いていた全員の頭に疑問符が浮かぶ。

 

『早くそこから逃げて!そこには水中用BOWの最新傑作、ネメシスーRがいるわ!まともに戦ったら勝ち目はないわ!』

「ネメシス―R?」

「それって、こいつの事か?」

 

 スミスが青い顔で足元を指差す。

 連られてカルロスとレンが空薬莢と返り血が散らばっている床をみて同時に声を失った。

 

「な!?」

「こいつが………ネメシスーR………」

 

 そこにはゾンビイルカ達よりも遥かに巨大な影が悠然と彼らの足の下を泳いでいた。

 全長は10m近くは有ろうかというその影はまるで彼らを値踏みするようにその足元をゆっくり旋回する。

 

「こんな奴に襲われたら一たまりもないぜ………」

「どうする?逃げるか?」

「相手の能力が未知数だからな。不必要な戦闘は…」

 

 そこで、水中からこちらを見上げたネメシスーRと床下の水面を見ていたレンの視線が重なる。

 その視線の先でネメシスーRの顔が微かに歪んだようにレンには見えた。

 

(笑った…………?)

 

 そう見えた事に、レンの頬に冷たい汗が浮かんだ。

 が、その後にネメシスーRは突然水中で大きく口を開く。

 

「何だ?」

 

 スミスとカルロスがネメシスーRの意味不明の行動に思わず床下を凝視する。

 しばらく口を大きく開けた後、それを閉ざした瞬間、突然ネメシスーRの周囲から何かが無数に飛び出し、床へと突き刺さる。

 その内の何本かは床を貫通し、その場に居た者達へと襲い掛かった。

 

「なんだとっ!?」

「何だこりゃ!?」

「おわあぁぁ!」

 

 戸惑いながらも三人とも持ち前の反射神経でその攻撃をかわす。

 その発射された何か―よく見るとそれは直径5cm前後の無数の触手だった―を完全に見切って僅かに体を逸らしただけで避けたレンが後ろに一歩引こうとして、突然その足が沈む。

 

(しまった!)

 

 レンが後ろを見ると、彼の足は触手の攻撃によってもろくなっていた床を踏み抜いていた。

 足を引き抜こうとした時、触手が引っ込むと再度発射される。

 それは、確実にレンの周囲に収束されていた。

 触手が床に突き刺さると同時に、鈍い音を立ててレンの周囲の床が砕け散る。

 

「くっ!」

 

 砕けようとする床の破片を驚異的な足運びで渡りながら砕けてない床へと渡ろうとしたレンの足に、貫通した触手の幾つかが絡んだと思った瞬間、レンの体は水中へと消えた。

 

「レン!!」

「やばい!レンが引きずり込まれた!」

『何だと!?』

『レーン!』

 

 インカムからシェリーの悲痛な叫びがハウリングした。

 

 

 空気中から水中へと劇的に周囲の状況が変化する。

 普通の人間ならばパニックを起こして闇雲に暴れるような状況で、レンは冷静にまず息を止め、足に絡んだ触手に抜いたままになっていた愛刀を突き刺そうとした。

 その時、すぐ目前まで無数の鋭い牙の生えた顎が迫っている事に気付くととっさにその顎へと刃を突き刺す。

 レンが突き刺したというよりも、自分から刃へと突っ込んでいた形になったネメシスーRは激しく水中で悶え、触手が緩んだ隙にレンは刀を抜きながらなんとか距離を取る。

 慌てて水面へとは上がらず、レンは少し離れた場所から相手を観察した。

 

(こいつは、シャチ?)

 

 ネメシスーRはシャチをベースにしているらしく、その姿形はシャチそっくりだったがその体は普通のシャチよりも一回り以上大きく、体のあちこちから無数の触手が生え、顔には大きな手術痕が有った。

 

(ネメシスシリーズの水中用か。問題はどうやって触手を飛ばしてきたかだ)

 

 懐に仕舞い込んだサムライエッジの代わりに腰の後ろからショットシェルを一本取り出してレンは構える。

 

(長引けば長引く程こちらは不利、短時間に決める!)

 

 こちらに向けて再び襲い掛かってきたネメシスーRに向けて、レンは渾身の力でショットシェルを突き出した。

 

 

「この野郎!!」

 

 カルロスがAPS水中ライフルを水面下のネメシスーRに向けてフルオートで連射する。

 水中使用を前提とされた針のような極細の弾丸が水を貫きながらネメシスーRへと突き刺さるが、ネメシスーRはさしたるダメージにもなっていないのか、平然と泳ぐとレンへと襲い掛かる。

 レンはショットシェルを手にそれを何とかかわしながらショットシェルをネメシスーRへと突き出す。

 双方からの攻撃によりネメシスーRの動きは少しづつ鈍くなってきているが、すでに水面には弾丸の尽きた三本目のショットシェルが浮かび上がってきた所だった。

 

「くそったれ!効いてやがらねえのか!」

「いくらレンでもそろそろやばいぞ!」

 

 スミスがちらりと腕時計を見る。

 すでにレンが水中に落ちてから三分近くが立とうしており、レンの呼吸は限界に近いであろう事が嫌でも感じられた。

 

「やっぱり潜るしかないか!?」

「馬鹿言え!潜った途端に食い殺されるぞ!」

「じゃあレンを見捨てるのか!?その水中銃とこのAPSをまとめて叩き込めばあいつだって効くはずだ!」

 

 それが根拠の無い推論である事は言ってるカルロス自身にも分かっていた。

 だが、仲間が危険に晒されている今の状況では、例えそれがどんなに危険だろうともためらっている時間は無かった。

 

「考えるんだ!なんか手があるはずだ!何か!」

「どうしろってんだ!?潜水専用の装備なんて…」

 

 そこで、カルロスは自分の視線の先に階段が有るのに気付いた。

 それを目で追っていくとその先には小さな制御室が有り、そこから給餌用らしいフックが伸びていた。

 

「あいつだ………」

「なんだって?」

「あれから命綱を付けて飛び込むんだ!やばくなったら巻き上げりゃいい!」

「クレーン程度じゃスピードはたかが知れてるぞ!」

「じゃあお前が引っ張れ!重石でも付けてな!」

「!分かった!」

 

 スミスは制御室に走り寄ると、制御盤を操作してフックを降ろし、カルロスはそこいらに転がっている酸素ボンベらしきボンベを体に結びつける。

 階段の下に有った観測用と思われる機械の入ったオリからチェーンを外すと、片方の端をカルロスの胴体に結び、もう片方はフックを通して階段を下りてきたスミスに握らせる。

 

「今助けるぞ!レン!」

 

 カルロスは右手にAPS水中用ライフル、左手に水中銃を持つと、一気に水面へと身を躍らせた。

 

 

 レンの口から、少量の気泡が吐き出され水面へと浮かび上がっていく。

 右手に村正、左手に最後の一本となったショットシェルを握り締め、体は必要のない限り脱力させてレンは水中へと留まる。

 日本での修行で呼吸法の鍛錬も行っていたため、常人よりも遥かに長い時間水中に潜っている事は出来るが、それも限界に達しようとしていた。

 

(まずいな…………)

 

 僅かに手足で水を掻いてその場に立ち泳ぎの状態で留まりながら、レンは自分の前にいるネメシスーRに精神を集中させる。

 先程までの猛烈な攻撃を中断させ、レンの周囲を旋回しながらネメシスーRはこちらの様子を窺っていた。

 今呼吸の為に水面へと行こうとすれば、襲ってくるのは確実だった。

 

(仕留めるのなら、一撃で確実にやらなければ間違い無くやられる。だが、どうすればいい?)

 

 襲ってきた時に撃ち込んだはずのショットシェルの弾丸は、相手の予想以上のスピードと水の抵抗などもあってどれもが急所からは外れていた。

 だが、踏ん張る場所が存在しない水中ではもっとも便りにしている光背一刀流も使えない。

 

(せめて踏ん張りが効く所、例えば………)

 

 ネメシスーRを視界に捕らえたまま、レンが周囲を見ようとした時、ちょうど真正面に来たネメシスーRがレンの方を向くと、離れている場所にも関わらず大きく口を開けた。

 

(襲ってくるのか?いや……)

 

 その開いた口の中に、周囲に浮かんでいたゾンビイルカの肉片が吸い込まれていくのを見たレンが怪訝に思った時、ふいにその口が閉じられる。

 

(これは!そうかあれは取り込んだ水の水圧で!)

 

 それが攻撃の前兆である事に気付いたレンがかわし切れない事を悟ると少しでもダメージを少なくしようと身を丸める。

 次の瞬間、魚雷のような勢いを持った無数の触手がレンを襲う。

 その内の一本が丸めた手足の隙間を掻い潜り、レンの胴に突き刺さる。

 防弾用ケプラー材が裏地に縫いこまれた服とその下のチタン製プロテクター、対ショックスーツが貫通は防いだが、そのあまりの威力にプロテクターが大きくへこむ。

 レンの口から、大量の気泡と一緒に鮮血が溢れた。

 生じた隙を逃さず、ネメシスーRは鋭い牙の生えた顎を大きく開きレンへと襲い掛かる。

 レンはとっさに刀を振るおうとするが、水中の動きではそれは間に合いそうになかった。

 それでもレンが相手から目を逸らさず、最後の抵抗を試みようとした時、突然大量の気泡と共に何かが水面から飛び込んできた。

 それが何かを確かめるよりも早く、発射された無数の水中弾とモリがネメシスーRへと突き刺さった。

 予想外の攻撃に、ネメシスーRの攻撃がそれ、レンの横を大量の血を流しながら通り過ぎる。

 飛び込んできたカルロスがそれを見て笑みを浮かべると、そちらの方をより強敵と判断したのか、ネメシスーRはカルロスへと襲い掛かった。

 

 

「来たな!」

 

 ネメシスーRがカルロスへと近付いていくのを見たスミスはチェーンを右手で強く握り締める。

 階段の最上部で体に大量の重りを身につけたスミスは、一気に階段から飛び降りた。

 最上部まで持ち上げられたフックを通してチェーンが一気に引っ張られ、カルロスが一息に水中から引きずり出される。

 それを追ってネメシスーRが水中から跳ね上がってカルロスに噛み付こうとした瞬間、その体に大きな弾痕が立て続けに穿たれる。

 

「残念」

 

 スミスが左手に構えていたM82A1の残弾全てを立て続けに撃ち込んでいた。

 大きく顎を開いたまま、ネメシスーRは再び水面へと落ちていく。

 

「やったか?」

「いや、まだ生きてやがる」

 

 最後の力を振り絞って水中へと潜っていくネメシスーRを見た二人がはたと同時に気付いた。

 

「レンは!?」

「まだ水中だ!」

 

 

 水面へと跳ね上がったネメシスーRの巨体が水しぶきを上げながら水中へと戻る。

 その体からは、明らかに致命傷になるだけの血が流れ出しているのをレンは水中から見上げていた。

 そのネメシスーRが最後の力を振り絞り、水中に血の帯をたなびかせながら大きく顎を開いてレンへとまっしぐらに向かっていく。

 急激的に双方の距離が縮まっていく中、レンは僅かに斜め後ろ見ると、冷静に相対位置と相手の向かってくる方向を計算した。

 

(呼吸はもはや限界。チャンスは一瞬!)

 

 レンは抜いていた刀を鞘へと納めると、まだ弾丸の残っているショットシェルを捨て、やや背を丸めて両手で輪を作るようにして胸の前に構える。

 ネメシスーRが眼前に迫った瞬間、レンは両手を突き出すと唯一牙の届かない場所、ネメシスーRの鼻先を両手で押さえ込んだ。

 無論その程度で勢いが殺せるわけが無く、レンはそのままネメシスーRに押されてより深い所へと沈んでいく。

 

(もう少しだ)

 

 レンは背中に掛かる猛烈な水圧に耐えながら、必死にネメシスーRの鼻先を抑える。

 やがて、その先にプールの底が迫っていき、激突しようとした瞬間、ネメシスーRの勢いによってレンの両足がしっかりとプールの底を踏みしめた。

 

(今だ!)

 

 その一瞬を逃さず、レンは右手を放すと刀の柄を強く握り締め、踏みしめられた両足から伝導された力を腕へと伝え、水を斬り裂きながら一気に抜刀した。

 

 

「上がってこないぞ?」

「ひょっとしてやられちまったのか!?」

「もう一度行くぞ!」

 

 カルロスがAPSのマガジンを交換して再び潜ろうとした時、突然水面に水の存在しない細い直線状の空間が出現する。

 

「な!?」

 

 何が起きたか分からずカルロスが呆然としている所で、水面に大量の血が浮かび上がってくる。

 

「どっちのだ?」

 

 スミスが唾を飲み込みながら水面を凝視する。

 やがて、水面に一つの影が浮かび上がり、それは水面上へと出ると、大きく息を吸い込んだ。

 

「生きてたか!」

「無事かレン!」

「生きてるよ」

 

 レンはその場で咳き込みながら呼吸器系に入った水と自分自身の血を吐き出すと、プールの端まで泳ぎ着きプールサイドへと上がる。

 

「酷い目に会った…………」

「怪我は無いか?」

「少しやられたな」

「まずこっち降ろしてくれ……」

「おう、そうだな」

 

 レンが袖を絞っている間に、スミスがフックを操作してカルロスをプールサイドへと降ろす。

 ちょうどその時、水面に死体となったネメシスーRが浮かんできた。

 

「これお前がやったのか?」

「ああ」

 

 ネメシスーRの体には無数の弾痕と複数のモリが突き刺さり、左側の顎の付根から胴体の半ばまでに大きな斬撃が刻まれていた。

 

「こちらCチー…」

 

 通信を入れようとした所で、レンは自分のインカムが機能していない事に気付く。

 

「壊れたか?」

「オレのもだ」

 

 上着を脱いで絞っていたカルロスがインカムを小突くが、機能は完全に停止していた。

 

「こちらCチーム、スミス。ネメシスーRの撃破に成功。なお、戦闘の際にレンが負傷及びレン、カルロス両名の通信機が故障。今度から防水型にしてくれ」

『了解。レンの負傷の具合は?』

 

 バリーからの質問に、スミスがレンの方に視線を送る。

 

「怪我は大丈夫かだとよ」

「少し痛むが問題ない」

「問題ないそうだ」

『そうか、一度戻るか?』

「いや、目的地は目の前だ。このまま進もう」

「風邪引いちまいそうだけどな」

「Cチーム、風邪引く前に目標の地下資料室に行って戻る」

『本当に大丈夫?』

「レンの事なら心配ないだろ」

 

 シェリーの不安げな声に、スミスが笑いながら答える。

 

「用心するに越した事は無いが、本当にすぐそこだからな」

 

 カルロスが目前のドアを指差す。

 

「開けたらまたあんなのがいるって事はないだろうな?」

 

 レンがボヤキながら懐からサムライエッジを取り出し、スライドから分離させて中に溜まった水を払う。

 

「いや、あの先は完全に資料室だ。問題はないだろ」

 

 水を絞り終えた上着を着込んだカルロスが飛び込む前に外しておいたモバイルを覗き込みながら確認する。

 それを横目で見ながら、レンはサムライエッジを組み立てて懐に仕舞い、鞘をガンベルトから外して逆さにして溜まっていた水を出すと刀を鞘に納めて再びガンベルトに差した。

 

「行くぞ」

『おう!』

 

 先頭に立ったレンが真剣な表情でドアの前に立つ。

 後ろの二人は自分の銃のセーフティを外す。

 レンが無言で自動ドアの開閉スイッチを押すと、即座にドアが開く。

 レンが刀に手をかけながら室内に飛び込んだ瞬間、異変は起こった。

 突然、室内灯が非常時用の赤色の点滅に変わり、研究所内に非常サイレンが鳴り響く。

 

「何事だ!?」

「オレが知るか!」

「まさかこいつは……」

 

 室内に飛び込んだ三人が慌てていると、館内にフランス語と英語のアナウンスが流れた。

 

『自爆装置が作動しました。全ロックを開放、研究所員はマニュアルに従って速やかに脱出してください。繰り返します…』

『何ー!!』

「またこのパターンか!?」

 

 驚くレンとスミスの隣で、カルロスがウンザリとした顔をする。

 

「いつもこうなのか!?」

「ああ、だがなんでいきなり?」

「おい、あれを!」

 

 レンが室内の一番奥に置いてあったスーパーコンピューターに貼り付けられている妙な紙片を指差す。

 間近に近寄って見るとそれには短くこう書いてあった。

 

Thank you very much to everyone.(ご苦労、諸君!)

         A・W

 

「しまった………この研究所自体がトラップだったんだ!誰かがここに入ったら自爆装置が作動するようウイルスが仕掛けられていたのか!」

「A・W………あいつか!」

「誰だ?」

「説明は後だ!逃げるぞ!」

『こちらBチーム!自爆装置の発動と同時に研究所内の全てのBOWが活性化を始めたわ!システムが全然制御出来ない!』

「あんだって!!???」

 

 ジルの悲鳴のような通信に、スミスが完全に裏返った悲鳴を上げる。

 

「どうした!」

「研究所内の全部のBOWが動き始めたって…………」

「随分と念入りな…………」

 

 三人の顔から血の気が消え失せる。

 

「急ぐぞ!すぐに通路は化け物で溢れ返る!」

「ジーザス!」

「最悪…………」

 

 落ち込むのも一瞬で止め、三人は元来た通路を全力で取って返す。

 トラップまでは発動していないらしく、何の反応も示さない通路を走り抜け、角を曲がった所で目覚めたばかりらしいタイラントタイプと遭遇する。

 

「邪魔だ!」

 

 レンが日本語で叫びながら抜刀、相手が反応する間も与えずその首を一撃で刎ね飛ばす。

 

「そっちからも!」

「相手にするな!急げ!」

 

 通路の向こう側から迫ってくるハンターに弾丸をばら撒きながらカルロスが叫ぶ。

 

『爆発まで、あと5分です』

 

 無常なカウントダウンが研究所内に響いた。

 

 

 

「エンジンを掛けろ!早く乗るんだ!」

 

 バリーが指示を与えながらヘリポートに向かってくるBOW達に向けてトリガーを連続して引く。

 

「まだ帰ってきてない連中はいるか?」

「今GIGNのBチームが帰ってきました!あとはCチームだけです!」

 

 レベッカからの返答にバリーは舌打ちしながら空薬莢を床に落とす。

 

『爆発まであと2分です』

「どうします!?」

「………一杯のヘリから順次発進しろ。オレはここで待つ………」

「でも!」

 

 その時、一機のエレベーターの扉が開き、そこから満身創痍のCチームが現れる。

 

「置いてけぼりにはされずに済みそうだな…………」

「ああ………」

「それだけはゴメンしてほしいからな………」

 

 口の端から血を垂らしているレンの呟きに、お互いに肩を貸しているスミスとカルロスが呟き返す。

 ヘリへと三人が近寄ろうとした時、彼らの目の前の床が何度か振動し、そこから何かが床を突き破って出現した。

 

「おいおい………」

「ここまで来てこれかよ…………」

 

 力無くボヤキながら、スミスとカルロスは肩を解くと残弾少ない銃を構える。

 床を突き破ってきた者―変化したヘラは大きく咆哮する。

 吹き飛ばされたはずの顔の半分は肉が盛り上がり、そこにはまるで昆虫のような複眼が形成され、両腕は奇怪なまでに長く伸びていた。

 

「まともに相手している時間は無い。分かれて一気に駆け抜けるぞ」

「おう」

「分かった」

 

 背後の二人が頷くと同時に、レンが走り出す。

 その右をスミス、左がカルロスに分かれ、ヘラへと向けて連射しながら走り出す。

 ヘラは迷う事無く両手を大きく背後へと振りかぶる。

 そこから、異常なまでに伸びた両腕が三人を襲うが、スミスとカルロスはしゃがんでその下を一気に駆け抜け、レンは走りながらの抜刀で迫ってきた腕の片方を斬り落とした。

 

「よし、これであとは逃げれば…」

 

 ヘリの間近まで来たスミスが後ろを見て愕然とする。

 そこには、大きく弧を描いて背後から迫ったもう片方の腕に殴り倒されるレンの姿が有った。

 

「レン!」

「構うな!こいつはオレが倒す!」

 

 吐血した血を拳で拭いながらレンが立ち上がる。

 

「出来るか!オレ達はチームだ!」

「おうよ!」

 

 スミスとカルロスが振り返ると同時にヘラへと向けてトリガーを引く。

 だが、残弾の少なかった銃はすぐに弾切れを起こし、二人は舌打ちしながら装弾されたマガジンを探し、無い事に気付いて愕然とする。

 

「逃げるんだ、サムライ!これは命令だ!」

『爆発まで、あと1分です』

 

 バリーの怒声に、無常なカウントダウンが重なる。

 

「十秒だけ待ってくれ。それで充分だ」

 

 レンは抜いていた刀を鞘へと納めると、無造作にヘラへと向けて歩き出す。

 それを見たヘラが片方だけになった腕をレンへと向けるが、レンはそれを見切って最小限の動きで避ける。

 ヘラが続けて腕を振るうが、その全てをレンは全神経を集中させ、かわしていく。

 距離が2m近く間で迫った時、ヘラは大きく息を吸い込み、強酸の胃液を噴き出す。

 レンはそれを右前方に軽く跳んでかわすと、無造作に間合いを詰める。

 ヘラが刀の間合いに入った瞬間、レンは刀に手を掛けた。

 呼吸は浅く、必要以上に力を加えず、極限にまで最小の動き、あくまで自然なテンポで鞘鳴りの音すら立てず刀は鞘から引き抜かれた。

 そのまま、レンはヘラの横を通り過ぎると、振り返って刀を鞘に納めつつヘリへと歩み寄る。

 次の瞬間、ヘラの体が斜めにずれ、床へと崩れ落ちた。

 

「光背一刀流奥義、《因果断ち》」

 

 日本武術の最秘奥、完全なノーリズムの抜刀が刀身に一切の抵抗も与えず、相手を斬り裂く究極の奥義が見ていたSTARSの面々にも理解出来ないレベルで炸裂していた。

 

「何をしたんだ?」

「分からねえ……………」

 

 唖然とした表情でレンを見るSTARSメンバーの視線の先で、胴を両断されたヘラがこちらへと顔を向けた。

 

「レン!そいつまだ…」

 

 スミスの声よりも早く、その隣を誰かが駆け抜けた。

 レンの背後で、ヘラが斬り落とされた両腕を強引に使って跳ね上がるとレンへと襲い掛かる。

 だが、レンの肩口に血まみれの鋭い歯が掛かる瞬間、その顔面に強力なドロップキックがめり込む。

 そして、その靴底に最後の切り札として仕込まれていた指向性クレイモアが爆発し、ヘラの顔を完全に吹き飛ばした。

 勢いをつけ過ぎたその人物、挫いた足を無視して駆け寄ったシェリーが体勢を崩して床に尻餅を着く。

 

「あいたたたた…………」

「無茶をするな」

 

 振り向きざまに抜刀しようと鯉口を切っていたレンがシェリーに向き直る。

 

「レン程じゃないけど」

 

 立ち上がろうとして、シェリーの両足の裏に激痛が走る。

 

「!!」

 

声にならない悲鳴を上げてシェリーが倒れこむ。

 

「そいつは爆発は指向性はあるが、熱までは無理だと説明しなかったか?」

「だって………」

 

 両足の裏を火傷したシェリーが涙ぐむ。

 

『爆発まで、あと30秒です。29、28、……』

「急ぐぞ」

 

 レンはシェリーを抱き返ると、ヘリへと走る。

 

「あ、あの…」

「文句は後だ」

 

 顔を真っ赤にしているシェリーを無視して、レンがヘリに入ると同時に、床のあちこちから爆風が吹き上がる。

 

「発進するぞ!」

 

 操縦席に着いたカルロスが一気にヘリを上昇させる。

 爆風にあおられたヘリが振動するが、カルロスは巧みな操縦でバランスを保ち、研究所から離れていく。

 やがて、研究所のあちこちから爆風が吹き上がり、やがてそれは研究所その物を飲み込む巨大な爆風へと変わっていく。

 

「助かった、か」

「何が助かったよ」

 

 ヘリの内部から聞こえてきた意外な声に、レンがそちらに振り向くと、そこにはシェリー達を手当てした女性が凄まじい表情でレンを睨んでいた。

 

「ミリィ?なんでここに?」

「スミスからユメちゃん経由で聞いたのよ!どうしてアメリカで別れたのにフランスに居るの!?」

 

 レンに掴みかからんばかりの勢いで女性―ミリィはまくし立てる。

 レンは横目でスミスを睨むが、スミスは明後日の方向を向いて口笛を吹きながらごまかしていた。

 

「なんでそういつも無茶ばかりするの!連絡もよこさないし!どれだけ心配したと思ってるの!」

「いや、下手に連絡すると迷惑が掛かるかと思ってな…」

「何が迷惑よ!半年前だって急にいなくなったかと思えば傷だらけで帰ってきて!後で横須賀基地に不法侵入したって聞いて心臓止まるかと思ったのよ!」

 

 一方的にまくし立てるミリィにヘリの内部で妙な雰囲気が漂う。

 

「何者なんだ?彼女?」

「レンのフィアンセだよ」

『フィアンセ!?』

 

 バリーの問いにスミスがぶっきらぼうに答えると同時に、ヘリの内部に動揺が走る。

 

「いたのか?こんな奴に!?」

「ウソ?本当に?」

「じゃあフィアンセほっといてこの馬鹿こんな危険な事してたのか!?」

「悪かったな」

「悪かったなじゃないでしょ!」

 

 騒ぎ立てるヘリの中で、唯一シェリーだけが俯いている事に気付く者はいなかった。

 

 

 

「以上の通り、STARSのメンバーに負傷者は多数出たが、死者は一人も出ていない。説明をもらおうか」

「彼らがこちらの予想を上回る程優秀だった。それだけですよ」

「それだけではない!あの研究所を爆破しなかったのはSTARSメンバーの減少の為だと言ったのは君自身ではないか!この責任をどうするつもりだ!」

「直接関与したくないと言ったのはあんた達だったはずだ。だからこそこんな手を取らざるを得なかった。違うか?」

「それは……」

「まあいい。では次の作戦を実行に移す」

「分かっているな。あくまで目標は…」

 

 男はサングラスを指で押し上げながら不適に微笑んだ。

 


 
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