「……少し、食べ過ぎた」
食事をとった帰りに、そんな呟きを洩らした。
『いえ、ここ最近はあまり食事も喉を通っていなかったので、これぐらいで丁度だと思います」
まぁ、確かにそうなのかもしれないのだけど……
「でも急にこんなに食べたら、体重が……」
『気になるのでしたら、明日からもっと体を動かせばいいと思います』
……そんな恐ろしいことを、自ら望んでやれと言うのだろうか?
体調が不十分だったことを除いても、決して楽ではない訓練なのに……
心の中でただ一言、
「うーん。それにしても、眠くなってきた」
『ならば、もう休んではどうでしょう? 先程も眠っていたとはいえ、今までのことを考えると、決して睡眠時間が足りているとは言えませんので』
「そうしよう、かな?」
今ならすぐに眠れそうだし、いいかもしれない。
そう、答えしようとした時だった。
「あっ、リリス。やっと、見つけたぞ」
ヴィータに声をかけられたのは。
「ヴィータ、何か用?」
「何か用じゃねえよ。明日の訓練表、まだ受け取ってないぞ」
「……訓練、表?」
「最初に説明しただろ。どの部隊にどんな訓練をさせるか、お前にも考えて決めてもらう日を作るって」
……あれっ、おかしい。
少し似たようなことを前にも体験したことがある気がする。
つまり、その後に言う言葉も決まってて――
「……忘れてた」
「……笑えねぇぞ」
ヴィータは、とても冷たい眼をしていた。
「ご、ごめん。今すぐ考えてくる」
私は踵を返してすぐに部屋に戻ろうとした。
「おい、ちょっと待て! 今からなんて間に合うのか?」
「間に合わせる。絶対に」
忘れてたからできませんでした、なんて理屈が通るはずがない。
それに頼まれたことを受け持った以上、やり通すことは義務だ。
以前そう教えられたのだ。
「はぁ……そう言いきれんなら最初から忘れんな。」
少し呆れてるようにしながら溜め息をついていた。
「ごめん。それじゃ、悪いけど待っ――」
「(ヴィータ、リリス。聞こえる?)」
その時、私の言葉を遮って念話が届いた。
「(なんだよ、フェイト?)」
「(二人とも急いではやてのとこに集まって)」
「(どうしてだよ? 何かあったのか?)」
「(詳しい話は私もきいてないくて。だからはやてから聞いてみて)」
少し珍しくフェイトの声が焦っているように聞こえた。
だからではないが、急いでと言われているのであれば本当に急いだ方がいいかもしれない。
「ヴィータ、とりあえず行ってみよう」
「ああ、そうしたほうがいいみてえだな」
フェイトに了解したと伝え、私たちははやてのもとへと急ぐことにした。
その途中、私は何だか嫌な感じがした。
(なんだろう……気のせいかな?)
だが深く考えず、私は急ぐことにした。
はやてのもとに着いた私たちは、すぐさま何があったのかを聞いた。
だがそこで聞いた内容はまるで予想外なものだった。
はやてから聞いたこと……いや、伝えられたことはただ一言で説明するなら、捜査をして来いというものだ。
もともとこの部隊は戦闘訓練こそやってはいるが、はやてが受け持っている事件の捜査を手助けするという名目で作られたのだから、怪しい場所を調べてこいと言われるならまだわかる。
例えば、この事件は何処かから不定期にやってくる戦闘兵器について捜査をするというものだから、それっぽい基地のような場所ならまだわかる。
だけど――
「海上を調べろって、どういうこと?」
何もない海上なんかを調べるってどういうことだろう?
「それが、私もよくわかっていないんよ」
……ますます混乱する。
はやてもよくわからないって、どういうことだろう?
「はやてちゃん。もっと詳しく説明して」
なのはもどうやらまだよくわかっていないらしい。
いやそれどころか、ここにいるフェイトやヴィータ等の他の人達もよくわかっていないようだった。
「詳しくも何も、説明のしようがないんや。上の人間から特に説明もされず、私が受け持っている事件に関係するからすぐに捜査をしてこいと言われただけなんよ」
「それだけなの? いくらなんでもおかしいよね?」
「はやて、他に何か聞かなかったの?」
「他には何も。私も聞き返したんやけど、とりあえず捜査をしてこいの一点張りやったし。だから念のためクロノ君に調べてもらっているんやけど、あまり時間がないのが現状や」
確かに色々と気になることがあるけど、時間がないのは本当だろう。
いくらなんでもはやてがこんなにも不確定なことが多い中で、私たちを急いで集めてすぐに捜査をしに行くなんて決定をするとは思えない。
だとすれば今の話を聞く限りでは多分上の連中が急いで行くようでも言ったのだろう。
(だけどこんなに疑問だらけじゃ、部隊の人達が納得するとも思えない……)
そんなことを考えていたその時だった。
扉が開いて現れたのは、クロノさんだった。
「はやて。それに他の皆も待たせてすまない。とりあえず大体のことはわかった」
「おおっ! さすがクロノ君や。ありがとうな!」
「礼はいい。それよりわかったことは説明するがいいか?」
「うん。頼むわ」
「それじゃ、まずはこれを見てくれ」
そう言って見せてくれたのは、スクリーンに映ったメッセージだった。
「クロノ執務官、これは?」
「つい先程上層部のほうに届いた電子メールだ」
「えっと、“一時間ほど前に海の方を眺めていたら、一瞬でしたが変な物体が高速で海上を飛行しているのが見えました。見間違いかもしれないと思ったのですが、どうも気になるのでこうして伝えることにしました。どうか捜査をお願いします。”って、なんだよこれ?」
「明らかにおかしい、そう思うか?」
「当たり前だろ、こんなの。海の方を見てたら何かが見えたってのも胡散臭いし、そもそも民間人が上層部にメールなんかできるはずがないだろ?」
ヴィータの言う通りだ。
このメール、内容もそうだが上層部に届いたことも含めどうも怪しかった。
「ああ、僕もそう思う。だが放っておくにもいかない、だから君たちに押しつけられたのだろう」
……そういうことか。
確かにこんなメール無視しても問題ないと思うけど、絶対に安心だと言う保証はない。
そして高速で物体が飛んでいるという証言から、例の機械兵器である可能性も否定できない。
さらに悲しいことにこの部隊の設立は一部の人にはあまり歓迎されてはいなかった。
だから面倒事を私たちに押し付けて、という理由もあるのかもしれない。
「主はやて、どうしましょう?」
「……やっぱり、放っておくにはいかないと思うんよ」
「だけどはやて、いくらなんでもこれ怪しいぞ」
「それでもや。何かあってからじゃ――」
その時、唐突に扉をノックする音が聞こえた。
「すみません、はやて部隊長。少しお時間を頂けませんか? お話があるのですが」
(
予想外な来客者だった。だけど――
「悪いんやけど、後にしてもらえるか? ちょっと今は忙しいんよ」
はやても今は時間をとれる余裕をないだろうから断るのは仕方ないだろう。
でも、何故か気になった。
確信なんか何もないけど、なんとなく話を聞いた方がいい気がする。
「はやて、私が聞いてきてもいい?」
「リリスちゃん? せやけど……」
「大丈夫。少しだけって言ってたからすぐ戻ってくる」
「……なら、お願いや」
「うん」
許可をもらうと私は部屋の外に出た。
はやて以外の少し驚いたような表情をしていた。
「リリス……副隊長もいらしたのですね?」
「うん……それで話って何? 私が代わりに聞くから」
……今この場には私たちしかいない。
だけど扉を一枚挟んだ向こうには、事情を知らない人たちがいる。
だから少しだけ寂しいけど、あくまで上司と部下として会話を続けた。
「はい、実は――」
そして彼女は話を始めたのだが、その内容は――
「それって……」
「リリス副隊長? あの、どうかしまたしたか?」
「……ちょっときて」
「えっ! あの!?」
何か言いたげだったが無視し手を引っ張って部屋の中に入れた。
「あれっ? お話は終わったの?」
「ごめん。ちょっと待って、なのは…………ねぇ、貴女が言ってたのってあれと同じ?」
そう言って私はスクリーンを指をさした。
「……はい、同じです。でもどうしてあれが?」
否定してほしかった、それが本音だった。
「リリスちゃん。どういうことや?」
どうやら状況が把握出来ていないみたいだから順を追って説明することにした。
「このメールと同じものが彼女のもとに届いてたみたい。というより、このメールが上層部に届いたのはおかしい」
「んっ? どうしてだよ?」
「このメールの送り主は彼女の友人で、その友人は彼女以外には送ってないからだよ」
だからおかしい。
アリエス《お姉ちゃん》も友人に直接確認をとったと話していたから、嘘である可能性も低い。
このことから、私は一つの良くない可能性に気付いてしまった。
それは――
「もしもそれが本当なら、管理局のセキュリティを突破された可能性があるということか」
……クロノさんの言う通りだった。
「クロノ執務官、それはやはり」
「シグナム、君の考えている通りだ。本来ならこのメールがそこの彼女にしか送られるはずのないものだったとするなら、それが上層部に届くはずがない。だが現実として届いてしまった」
「だからセキュリティが突破されたと?」
「そうだ。本当に外部からの犯行であるなら、メールの内容を入手した方法がなんであれ、その可能性が高いだろう」
確かにこの過程が正しい可能性は高いとは思う。
まだ管理局員が……つまり内部からの犯行ならともかく、全く無関係の外部から犯行だとするならセキュリティを何とかしない限り上層部に届くことはなかったはずだから。
だけど腑に落ちない点がいくつかあった。
こんなメールの内容を入手して、わざわざ上層部に送りつけるような真似をする人がいるのだろうか?
仮にいたとしてもこんなことをする必要性が何処にある?
下手をすればただのイタズラとして処理されたかもしれないというのに。
もちろんこのことは、なのはたちも不思議に思っているだろう。
だからなのか、妙な沈黙に包まれていた。
「すみませんが、皆さん。私から一ついいですか?」
それを破ったのはアリエス《お姉ちゃん》だった。
「あっ、かまわんよ」
「それでは、勝手なのですが私を調査に出させて頂けませんか? 本人も見間違いかもと言ってはいましたが、やはり友人からのお願いなので出来れば受けてあげたいんです」
「はやてちゃん、この子の言う通りかもしれないよ。私もここで話すより行動した方がいいと思う」
「それに、はやて。さっきまでとは違ってこのメールにも信憑性があるみたいだから、私もなのはの言うとおりだと思う」
「……ヴィータとシグナムはどう思う?」
「私もなのはたちと同じだな」
「私も少し気になることはありますが、ここで動かないよりはいいかと思います」
「ふぅ、まさか新人さんにどうすればいいか教えられるなんてな」
「い、いえ。私はただ、身勝手なことを言っただけで!」
「怒ってるわけやないよ。だからそんな焦らんでも大丈夫や。それと名前はなんて言うんや?」
「は、はい。アリエス・エスベラントと申します」
「じゃあ、アリエス。部隊の皆を収集するのお願いや」
「わかりました!」
返事をするや否や、すぐに部屋から飛び出していった。
他の皆も準備を始めるため部屋に戻ったりしていた。
そんな中、私はここにきて心が落ち着かなかった。
それと言うのもこれが初めての実践になるかもしれないからだった。
『(マスター、恐れているのですか?)』
「(違う……って言ったら嘘かな)」
エターナルパルスからの言葉に、私は素直に答えた。
弱気になるのはいけないと思ってはいるのだが、どうしてもこの気持ちは完全には無くならなかった。
『(マスター。私から一言だけお伝えします)』
「(なに?)」
『(自信を持ってください。それが実践で大切なことです)』
……簡単に言ってくれる。
それが一番難しいのに。
でもそれが出来ることを信じて言ってくれていることぐらいは私にもわかった。
だったら私がやることは一つだ。
「(頑張るよ)」
『(はい、頑張ってください)』
私はこの子の気づかいを嬉しく思い少しだけ、微笑んだ。
そして、自信を持てるように頑張る。
そんなちょっと変かもしれない決意を私は胸に抱くのだった……
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第十六話です。