≪残留思念≫
生命体の思念が、その死後もこの世にとどまり続ける事。
その思いが強いほど残り易いと言われている。
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「……誰も知らなくても…君は私とは違う。…真の正義の味方だった」
振り下ろされたクラウ・ソラスから光と炎が迸り、哀れなる間桐雁夜の死体を浄化してゆく。
不浄を許さぬ癒しの炎が、雁夜の身に巣くっていた刻印蟲を焼き尽くし、妄執の犠牲者の解放される一部始終をシロウは見届けた。
しかし…シロウが一つだけ気づけなかった事がある。
焼かれ、浄化されてゆく雁夜の遺体…炎が全身を覆う直前に、その背中が異常な盛り上がりを見せ、背骨を砕く形で穴が穿たれていた事に…そして、雁夜の遺体に隠される形で地面に穴が開いていたことに…。
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数年後…間桐家の洋館は影も形も残っていなかった。
屋敷を覆った炎は、屋敷の全てを炎で包み、完全に焼失させてしまったため、後に残ったのは基礎と僅かな骨組みのみ…出火から数年が経つも、火事の原因はようとして知れない。
分かっているのは出火元が複数である事、これによって放火説もささやかれたが、結果として犯人の影すらとらえる事が出来なかったため、迷宮入りとなっている。
現場検証の結果、どうやら間桐邸には地下があったらしい事も判明しているが、そこも出火元の一つだったらしく、文字通り何一つ残らず黒い炭と灰になってしまった。
幸いな事に、住人である間桐鶴野は難を逃れており、息子は留学していた為にこの報せを聞いた時には外国にいたらしい。
おそらくは放火であろう火災事件…ただし死者ゼロ…それが公式文書に記された報告である。
火災の後、間桐鶴野は間桐邸の土地の売却を決め、その金を持って冬木の町を出て行った。
行き先は外国にいる息子のもとだったらしいが、この間およそ数日という、まるで逃げ出すかのようなあわてぶり…それ以降、間桐と名のつく者が冬木に戻る事はなかった。
そして、誰もいなくなった間桐邸跡地は年の月日を刻み、記憶は風化し、凄惨な火事の痕跡など何一つ残さない、雑草の生い茂る空き地となって久しい。
「……」
そんな無人の土地の一部がボコリと盛り上がる。
ここに誰かがいれば、モグラのしわざかと思うかもしれない。
しかし、“幸いな事”に長年空き地となった場所に、しかも真夜中という時間に訪れるものはいなかった。
「キシャアアアア!!」
何を持って幸いなのか…それは地面を破って飛び出してきた物が、モグラなど比べ物にもならないほど醜悪でおぞましい物だったからだ。
蟲…しかし、普通に存在する蟲の類ではない。
自然界にはありえない形状と醜悪さ…明らかに魔術の匂いのする人造の生き物だ。
しかも、一匹ではない。
最初の蟲が這い出てきた穴から、間欠泉のように次から次へと湧き出してくる。
その様は流れる川のようで、吐き気を催す類の光景だ。
やがて蟲達は折り重なり、ひしめき合って小さな小山を形成する。
小山の凹凸が五指を模り、顔のパーツとなる…蟲達は明らかに人型を形成していた。
やがて、子供の粘土細工のような四肢が形作られた所で、“それ”は人間がそうするようにゆっくり立ち上がろうとする。
人型が立ち上がる間も変化は続き、両足が大地を踏みしめた時には完全に人の形となっていた。
「ウ……ァ……?」
それは…小柄な老人だった。
否、老人に見える“ナニカ”だった。
異常に病的な肌の色に、無数の皺の刻まれた顔は老木を思わせる。
四肢の指は枯れた枝を思わせるほどに細く節くれ立ち、獲物を狙う爪のように曲がっていた。
「…オノレ」
ボソリと、枯れた老人は呟いた。
細く尖った指先を、おのれの体に突き立てて掻き毟る姿は、気のふれた狂人のそれだ。
指先が皮を削り、肉を抉っても老人の姿をしたナニカは己を痛めつけるのをやめない…それの内面は怒りに満たされていた。
「怖怖怖怖!!!!」
それは呪詛だった。
憎しみの咆哮にして、怒りの雄叫び。
老人を構成する蟲が反応して蠢き、皮膚の下でくねり、老人のシルエットを不自然に歪ませ、波立たせている。
「ユルスマジ…ユルスマジィィィィィ!!!」
老人の血走った目は毛細血管が切れたのか、血の涙を流している。
ただし、その色は本来流れるはずの真紅ではなく…黒い、蟲の体液のような色をしていた。
その目は何も写してはいない。
だが、老人は確かに睨んでいた。
ここにいない何者かの影を呪い殺そうと睨みつけている。
「ワガノゾミ、ワガヒガンアァァァァ!!」
段々、言葉か唸り声かわからなくなってきた。
唯一、“この存在”に対して分かる事は、こいつの内側を満たしているのはナニモノカに対する憎悪…ただそれだけなのだという事だ。
あるいはそのナニモノカに対する憎しみが、存在理由その物なのかもしれない。
「フクシュウシテヤル…コロシテヤル…オカシテヤル…」
ぶつぶつ呟きながら、老人は歩き出した。
一歩を踏み出すたびに、老人の足元で水っぽいナニカの音がした。
老人自身も、一歩を踏む度に体の各所が奇妙な盛り上がりを見せ、膨張したかと思えば収縮するのを繰り返している…かつて、冬木の町の影に巣くっていた闇が、再び形を持って地の底から這い出してきた。
まだ…この時点で、それに気づいた者はいない。
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私立穂群原学園…今年度の生徒会は歴代最強の布陣だと誰もが口を揃えて言う。
「今年の活動予定内容一覧は、これね…は?体育祭で『ドキ!筋肉マッチョな運動部系男子達のメイドカフェ!ポロリもあるよ』をやりたいので予算プリーズ?…却下、何考えてこんな企画を出したのか、頭かち割って中身を確認したいわね」
生徒会長の衛宮・イリヤスフィールがにこやかに毒舌を吐いて企画書らしき物を破り、丸めてぽいした。
放られたゴミはゴミ箱にナイスストライクだ。
「機材搬入は…ム、けしからんな…この部はまだ新入部員の届けが出てないではないか?すいません、ちょっと催促してきます」
副会長の一成が確認用の書類を持って席を立ち、生徒会室を出てゆく。
自分で言ったとおり、問題の部活に行って催促してくる気だろう。
生徒会で一番マメな性格をしているのは間違いなく彼だ。
「あーーったく、また予算オーバーしてるじゃない。馬鹿にしてんのかしら?けんか売ってるなら買ってやるわよ!」
自宅とバイトの厨房、そして生徒会室以外では絶対に見せない顔で帳簿を睨んでいるのは会計の凛だ。
椅子に胡坐をかきながらイライラしている姿は、少なくとも彼女のファン一同には見せられない。
幻想が壊れるのが目に見えている。
とはいえ、この場にいきなり誰かが入ってきたら、即座に猫をかぶるだろう。
それぐらいの芸当は軽くやってのける女なのだから。
「ただ今戻りました〜」
案の定、扉が開いた途端姿勢をただし、優等生モードになった。
そして、入ってきた人間が誰か知ると即座に元に戻るまでの間、一秒もかかっていない。
「なんだ、士郎か」
「遠坂…相変わらずお前の豹変振りはコマ送りじみてるよな?」
生徒会庶務、穂群原学園のブラウニー士郎は苦笑とも引きつったとも取れる曖昧な顔で笑った。
「何よ、文句ある?」
「いんや、そんなものないさ」
凛は家族や自分達のまえでしか本性を出さない。
それは逆説的に、士郎たちを家族同然として扱っているという事だ。
それが解かっている士郎としては、ちょっと嬉しかったりする。
「ご苦労様、士郎。首尾はどう?」
「なんとか三台のクーラー全部に復活の呪文がききました」
「上出来、ご苦労様」
士郎がどかっと降ろしたのは道具箱だった。
中には士郎の七つ道具が入っている。
「でも、多分もう一回やったら天寿をまっとうしますよ?」
「気にしちゃ駄目よ士郎?私は気にしない。何故なら壊れたとしても、苦労するのは一成や貴方の世代で私は卒業しているはずだし」
「…知ってましたけど、会長も中々いい性格してますよね?」
「ありがと、褒め言葉と受け取っておくわ」
生徒会予算の決済…それが彼らを忙殺している物の正体だ。
生徒会は飾りじゃないのである。
学校のイベントや行事などを率先して取り仕切る役目があるのだが、その中でも最も面倒くさいのがこれだろう。
年中行事の費用その他の経費計上に始まり、各部活動の部費は勿論、学校内の施設管理と修理に買い替えの為の費用捻出…エトセトラ。
学生の世界とはいえ、金と無関係ではいられないのがこの世の世知辛さか?
お金はあればあるだけ良い物であるというのは心理でもある。
おかげでここ最近は生徒会役員全員で生徒会室に半缶詰状態で、自然と帰るのも遅くなり【食事所 理想郷】のバイトも桜一人にまかせっきりで、実に罪悪感を刺激される状況だ。
「さって、今日の分はもう少しだから、頑張りましょう」
「「お、おー」」
一応…応えはしたものの、覇気が足りない。
それも当然で、処理しなければならない書類は机の上に山となって今にも雪崩を起こしそうになっているのだから…三人はそろってうんざりした顔で笑いあった。
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「結局、帰る前に日が沈んじゃったわね」
やれやれという風に呟きながら、イリヤは生徒会室の鍵を閉めた。
夏ならばまだ明るい時間なのだが、残念ながら今はまだ日の長さが短い季節であり、少し遅れると夕闇が本格的な宵闇を連れて来る。
本来、女性であるイリヤはもっと早くに帰宅しておくべきなのだろうが…仕方がない。
生徒会室の鍵の管理は生徒会長に、つまりイリヤに委ねられている。
なので、イリヤは必ず最後に生徒会室を後にしなければならないのだ。
とはいえ、イリヤの真実を知る者からすれば、そこらのチンピラ程度よりも彼女のほうがよほど危険人物なので、心配するには及ばないのだが。
彼女に危機感を与える事のできる人間は早々いないし、いたとしたらそれは間違いなく真っ当な人間ではありえないのだろう。
「よし、確認完了」
鍵をかけ、念のために開かない事を確認したイリヤは鍵をポケットに入れて生徒会室を後にした。
既に部活の連中も引き上げたようで、校内に人の気配はない。
「…それで、何か御用かしら?招かれざる来訪者さん?」
…人の気配はない。
それは確かだ。
“いる”のは人以外の気配を持つ”ナニカ”…イリヤが振り向くと、反対側の廊下の端に小柄な人影がある。
身長は中学生くらいだろうか?
どんな人物かは、体を隠すようにかけられているローブで判別不能。
しかし、視覚以外の感覚は全力で目の前の異端の存在を伝えてきている。
吐き気を促す臭気は魔力でカット、男がかぶっているローブの下でナニカが動き回っているらしく、布が不規則に波打っていた。
足音なのか、寒気を感じさせる水音のような物が足元から聞こえてくる…ここまでくれば考えるまでもなく、真っ当な人間や堅気ではない”こちら側”の存在だ。
何より、近づいてくる何者かからは”魔力”を感じる。
イリヤは警戒心を強めて、己の内の魔力回路を起動させた。
「…セイ…ハイノ…ウツワ」
「え?」
強化した聴力で、かろうじて聞く事のできた言葉にイリヤが声を上げた。
声色からして多分男、しかもかなり歳をとった…だが、イリヤが驚いたのはそこでは無い。
目の前の男は、今確かに【聖杯の器】と言った。
それは彼女の母の役目であり、いずれは自分に受け継がれるはずだった運命…しかしそれは、聖杯戦争の終わりと共に意味をなくし、もはや聞く事のないと思っていた呼び名だった。
「|恐恐恐恐(オオオオ)!!」
「くっ!!」
呪詛じみた声に、金縛りにあう。
男がイリヤに向かって駆けた。
「な、舐めないで!!」
所詮は暗示だ。
魔力回路に魔力を叩き込んで金縛りを解くと、そのまま魔術を発動させる。
制服に仕込んでいた銀の針金が開放される。
「shape ist Leben(形骸よ 命を 成せ)!」
イリヤの魔術は基本的に母であるアイリスフィール譲りだ。
父親である切嗣が、自分の汚れた術をイリヤに伝え残すのを拒否したため、イリヤの魔術は当然の如くアインツベルンのものとなる。
基本的に、アインツベルンは錬金に特化した魔術に全てをかけたので、戦闘には不向きだが、母であるアイリスフィールは父と共に戦う事を願い、自分の力を何とか戦闘に使えないかと考えた。
残念ながら、聖杯戦争では開帳する前に器としての限界を迎えてしまったため、その機会を失ったが、母の技術は確かに娘に受け継がれている。
『kYEEEE』
それは針金で作られた銀の鷹だ。
アインツベルンの錬金術による即席ホムンクルスが、本物の鷹の様に翼を広げて襲い掛かった。
男は避けようとすらせずに真っ直ぐに突っ込んでくる。
「ア…アアア…」
男が右手をローブから出して前に突き出す。
老木の枝のように乾いた指だ。
それが、手刀のように振るわれた。
「な!?」
イリヤは次いで起こった事に驚愕した。
針金に魔力を通し、硬度を増した鷹の片翼がもぎ取られたのだ。
辛うじて理解できるのは、男が五月蝿い羽虫を追い払うように振るった手に当たった瞬間、翼の三分の一が削られた。
「く、でもこれで終わりじゃない!!」
即座にイリヤは術式を組み替え、鷹の針金を解く。
再び、ひも状になった針金は蛇のように男に接近して両足に絡みつく。
これで少なくとも接近は止められるはずだ。
「…え?」
しかし、現実はことごとくイリヤの期待を裏切る。
針金は確かに男の両足を拘束した。
両方の足首をいきなり拘束されれば、走っている人間は前に転ぶしかない…そのはずだ。
そのはずなのに、男は転ぶどころかそのまま何もなかったかのように駆けて来る。
後には針金で作られた輪が残されていた。
どうやって針金の拘束をすり抜けたのか?
「っつ!?」
ここに来て、イリヤも恐怖を感じずにはいられなかった。
どういう理屈かわからない。
しかし、目の前に迫ってきている人間が、自分に恐怖を与えうる人間なのは間違いなかった。
再び迎撃にでるか逃げるか…戦闘経験のないイリヤがその一瞬の判断に迷う間に、男は彼我の距離を三分の一にまで詰めてきている…再び枯れ木のような手が突き出されて…ナニカが飛んだ。
「な…」
に?と繋げる事が出来なかった。
イリヤは自分に向かって飛んでくる物を、その強化された視力で正しく視認し、したが故に硬直した。
『キシャァ!!』
それは蟲だった。
しかもただの蟲ではない。
種のような胴体に尾を付け、亀の頭のような頭には口があり、小さいながらも鋭い歯が見えた。
明らかに自然発生した生き物では無い…これが、この歯が針金製の鷹の翼をもいだ物の正体なのだと理解したイリヤは、咄嗟に頭を庇った。
頭と心臓さえ守れば、重傷を受けても即死する事はない。
魔術師らしい論理的な思考で取捨選択をし、イリヤは体が齧られるのを覚悟して痛みに備えた。
耳に水風船が破裂するようないやな音が届く。
「…衛宮、無事か?」
「え?」
かけられた声に、目の前にかざしていた腕を下ろす。
体に痛みはない。
「葛木先生?」
そこにいたのは生徒会顧問でもある葛木だった。
同時に感じた異臭に横を見れば、何かが壁にたたきつけられ、どす黒い体液を撒き散らして拉げている。
さっき放たれた蟲の末路だろう。
「あ、ありがとうございます」
「気にするな、生徒を守るのは教師の仕事だ。…とはいえ」
葛木が視線を向けると、男もまた止まっていた。
およそ10メートルと言った所か…さっきの投擲を考えれば、この位置関係は十分に殺傷圏内だ。
「念のために聞いておくが、知り合いか?」
「嫌な冗談です」
この教師にしてみると徹頭徹尾本気で聞いて来たのだろう。
とはいえ、彼がこの場にいてくれて助かった。
戦闘が不得手なのは自覚しているが、同時に彼ならば魔術を秘匿する事無く全力で使っても問題ない。
彼の最愛の人は受肉したサーヴァントであり、最高の魔術師のメディアなのだ。
これが一般人なら記憶操作とかいろいろ面倒な事になっていただろう。
イリヤの様子にフム、っと頷いた葛木は両手を上げて構えを取った。
「…不法侵入の不審者に生徒の傷害未遂、後は何かあるか?」
「それで十分ですが、傷害未遂は殺人未遂に変更してください。それと…おそらく人間じゃありませんので法律は無意味です」
まだ正体は知れないが、人間でないのは確かだろう。
あんな正体不明な物を体の中から放つなど人間技ではない。
「そう、なら遠慮はいらないって事ね?」
そして、ここに来て第四の人物の声が介入してきた。
主は男の後方…最近、父親から徐々に譲られ始めている腕の魔術刻印を輝かせているのは凛だ。
「変な魔力の流れを感じて戻ってみればビンゴって奴ね〜♪」
既に凛の周囲には魔力による簡易の結界が張られていた。
これならあの生き物を飛ばす妙な能力も弾き返せるだろう。
しかし、凛の展開した結界を見たイリヤが何故か喜ぶどころか半眼になる。
「凛…貴女ひょっとして、私が危なかったの見てた?」
あの結界を展開する為には、シングルアクションとはいかないだろう。
案の定、凛の顔が引きつり、真っ赤になってそっぽを向いた。
「遠坂って案外薄情ね?」
「う…って仕方なかったのよ!後ろに回って挟み撃ちにしようと思ってたら…」
まあ、戦術的には間違いない。
自分の身の安全確保は責められる事でもあるまいが、それでも後ろめたい物を感じてしまう彼女に、イリヤがクスリと笑ってしまった。
それを見た凛がからかわれた事に気づいてムーっとうなる。
「…トオ…サカ?」
「え?」
呼ばれ、凛が訝しげに男を見るが、それ以上の言葉は出てこない。
相変わらずローブの下で紅い目が爛々と輝いている。
「ォ…オオ…」
男の手が、今度は凛に向けられた。
だが、その動きは攻撃にしては緩慢すぎる。
まるで…凛に縋りつこうとするかのような哀れさすら感じる動きだ。
「な、何よこいつ!?」
「遠坂、油断するな、動くぞ」
葛木の言葉に凛がはっとする。
その声に反応したのは凛だけではなく、三人の見ている前で男が…まるで正気に戻ったかのように体を震わせ、硬直し、いきなり俊敏な動きに戻って振り向き様、再び怪生物を放った。
今度は両手で、凛と葛木同時にだ。
「甘い!!」
「フン!!」
凛に向かって飛んだものは、案の定結界に阻まれた。
葛木に至っては全てを両の拳で迎撃している。
おかげで潰れた生き物の体液がとびちって廊下も葛木もとんでもない事になっているが、本人はまったく気にせずに拳を振るっていた。
背後にいるイリヤにはまったく近づけさせないのはさすがだ。
「……」
二人が足を止めた隙を付いて、男が駆けた。
行き先は廊下のどちら側でもない…横、教室の扉をぶち破って中に転がり込んだ。
「逃がすかってーの!!」
その後を三人が後を追う。
「観念しなさい!!」
凛の手から凝縮された魔力…ガントが飛んだ。
呪いの篭った一撃は物理的な影響を与えるまでの力がある。
見習いとは思えない魔術の制度は彼女の才能と努力の証だ。
残念ながらガンド自体は避けられてしまったが、男のローブを切り裂き、その正体を顕にする。
「え、おじいさん?」
出て来た人物に、凛が呆気にとられる。
見た目年齢など魔術師の前ではあてにならない。
それが人間をやめているのなら尚の事だ。
だが…さっきまでの動きと、自分の見ている木乃伊のような老人のイメージが直結しない。
「……」
そんな事はどうでも良いと葛木が無言で走る。
一気に距離を詰めると、独特の蛇のような拳打を老人の中心、鳩尾に叩き込む。
老人の着ている服が抉られ、拳がその先の肉体内部まで貫通する…確実に即死レベルのダメージ…イリヤも凛も襲撃者の死を確信した。
「…ぐっつ」
だがしかし、予想に反してうめき声を上げたのは葛木の方だった。
鉄面皮を歪め、老人の体を後方に蹴り飛ばす。
「せ、先生!?」
「それは!?」
イリヤと凛が同時に声を上げた。
老人の体に突きこまれた手には、無数の気味の悪い生き物が噛み付いていた。
さっき自分たちに向けて飛ばしてきた異形と同じ物…あの老人、腕だけでなく体の全てにこの気味の悪い怪生物を飼い込んでいるらしい。
「離れなさい!!」
咄嗟にイリヤが針金を操って葛木の腕に噛み付いている異形を串刺しにする。
「くっ!」
激痛にさすがの葛木も苦悶の声を漏らした。
葛木の腕に喰らい付いていた生き物は、胴体を貫かれてもひるむ事無く。
腕の肉を道連れに噛み千切ってゆくという性質の悪さを見せたのだ。
「あ、待ちなさい!?」
気を取られている一瞬の隙に、老人は教室の窓に体当たりし、そのまま硝子を破って空中に身を躍らせる。
あわてて凛が窓に駆け寄るが…老人はまるで分散して消え去ったかのごとく何処にもいない。
逃げられた凛は、悔しげに唇を噛む事しか出来なかった。
「大丈夫ですか?」
「…骨までは達していなかったようだ。神経も何とかつながっている」
「念のために解毒を」
「任せる」
葛木の傷を魔術で治癒しつつ、平行作業で解毒も行ってゆく。
このあたりは人間とホムンクルスの差と言う奴だろう。
それに、老人は逃してしまったが収穫がなかったわけではない。
…あの老人は、自分の事を【聖杯の器】と呼び、遠坂の事も知っていた。
そしてこんな事ができる所から、あの老人は間違いなく魔術師だ。
ここから導き出せる答えは一つ…【聖杯戦争】。
イリヤの父と母が命を賭けて挑み、|兄(シロウ)が終わらせた魔術師同士の欲望の闘争…老人がどのような立場で聖杯戦争に関わったのかは解からないが…何より、イリヤには露になったあの老人の顔に見覚えがあった。
あれは間違いなく、今は無き間桐の魔術師にして当主…。
「間桐臓硯?…なんで…今更…」
既に聖杯降臨の魔術は崩壊している。
大聖杯の残骸は地の底だ。
「…何故…」
問いを重ねても答えは返ってこない。
全てが理解不能な中で、確実に言える事は一つだけ…何かが…始まろうとしている。
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第四次聖杯戦争が終わって数年後…死んだはずの男が地の底から戻って来た。
そのおぞましきせいで求める物は…。
他のサイトにあったFateの逆行再構成物の外伝であり、時臣矢アイリスフィールなどが生きていて葵も健在です。他に第五次聖杯戦争のサーヴァントもいます。
間桐雁夜と臓硯は死んでいます。
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