No.449955

BIO HAZARDirregular SWORD REQUIEM第七章

アメリカ中西部の街、ラクーンシティを突如襲ったバイオハザード。陰陽師の血を引く少年レンは、家宝の宝刀、備前長船と愛銃ベレッタM8000クーガーDを手に、友人のスミスと共に生ける死者の横行する地獄の街から脱出を試みる…………

2012-07-09 20:37:40 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:770   閲覧ユーザー数:761

 

 車に乗って三人が案内された場所は、さながら戦場の最前線基地を思わせる場所だった。

 幾つもの軍用車両や戦車、軍用ヘリに至るまでがあちこちに並び、ベースキャンプ用のテントが無数に立っていた。

 レンの傷の治療を終えた後、彼らは兵士に連れられてある一つのテントへと案内された。そこには、コンピューターや通信機に囲まれた中に、明らかに他の兵士とは違う雰囲気の男が一人いた。

 

「サー、街で保護した三人を連れてまいりました」

「御苦労。後は下がってくれ」

「イエス、サー」

 

 案内した兵士がいなくなったのを見計らってから、その男はレン達の方へと向き直った。

 

「私はこの場の指揮官のケヴィン少佐だ。君達に二、三聞きたい事が有ってこの場に呼んだ」

「ちょうどいい。こっちも聞きたい事が有る」

(おいレン………)

 

 あからさまな警戒心を剥き出しにしながら、包帯に包まれた左腕を三角巾で吊るしたレンが答える。

 スミスが小声でそれをたしなめるが、レンはその態勢を解こうとはしなかった。

 

「いいだろう。国家機密に触れない程度ならば答える事にしよう。まず君達の名前と身分を教えて欲しいのだが」

「ミズサワ レン。高校生でこの街には半年前に日本から来たばかりだ」

「スミス・ケンド、同じく高校生で家は銃砲店をやってる」

「ミリア・マクセル。二人のクラスメートで父はラクーン総合病院で医師を、母は看護婦をしています」

 

 三人の返答を聞きながら、少佐は傍にいた兵士に目配せした。

 それを受けた兵士はコンピューターに何かを打ち込み、しばらく後に少佐に無言で首を縦に振った。

 

「よろしい。次に君達は街で何を見てきた?」

「何もかにも有るかよ、街中化け物と死体だらけだ。何で軍が突入して掃討しないんだ!」

 

 今度はスミスが声を荒げて言うのをレンが制止した。

 

「オレも同じ事を聞きたい。何で軍は街を包囲しているだけなんだ?それとも街に突入出来ない訳でも在るのか?」

「生憎とその質問には国家機密で答える事が出来ない」

「何だと!?」

 

 首を横に振りながらの少佐の返答に、スミスが掴みかかろうとするのをレンが肩を掴んで止めた。

 

「国家機密はこの国で一番効力がある。と日本で聞いたのはどうやら本当みたいだな」

 

 皮肉の入ったレンの言葉に、少佐が無言で肯定する。

 

「国家機密もクソもあるか!あそこにゃオレの親父が残ってるんだ!早いとこ救助に行ってくれ!」

「残念ながら、昨日付けを持って市民の生存は絶望と見なされ、救助は打ち切られている。君達は非常に運がいい」

「何ぃ!!」

 

 スミスが暴れそうになるのを今度はミリィも一緒になって止める。

 右腕だけでスミスを押さえながら、レンは少佐へと向き直った。

 

「それじゃあなんでオレ達を見つけた兵士達は外れの方とはいえ街を巡回していたんだ?」

「偶然君達の戦っていた銃声を聞いた者がいてな、すぐ傍のようだから救助に向かわせた」

「嘘だな」

 

 レンは断言。少佐はほとんど表情を変えずに聞き返してくる。

 

「なぜそう言えるのかな?」

「あの兵士達はオレ達ではなく、怪物の死体の方に用が有った。あんた達はこの街を封鎖するためでなく、この街でどんな怪物が発生しているのかを調べる為に来たんじゃないのか?」

「面白い説だが、決め手には欠けるな」

 

 鼻先で笑い飛ばす少佐に、レンは証拠を並べ始めた。

 

「まず、オレ達が会った兵士達も、そしてここにいる兵士達も重武装過ぎる。ほぼ全員がランチャー系の武器を装備していたが、ノーマルの銃を持っている奴を探す方が難しいというのは軍隊じゃ異常だ。次に乗っている車もほとんどがハンマーや装甲車のような密閉出来る車が多い。これは何かが車の中に入るのを防ぐ為じゃないのか?最後に、軍人なら一番最初に所属部隊を名乗るはずなのにあんたは名乗らなかった。これはあんたが名乗る事を許されない部隊に所属している証拠に他ならないんじゃないのか?」

 

 ここまで言ってから、レンは相手の顔を伺う。

 少佐の顔には表情らしい物が何時の間にか消え失せ、ただ冷静過ぎる程の鉄面皮が残った。

 それを見ながら、レンは確信を言った。

 

「ひょっとして、この件には軍が何らかの形で関与しているんじゃないのか?そして事が公にならない内に内密に処理しようとしている。違うか」

「国家機密だ、答えられない。だが、軍が関与していないという事だけは断言出来る」

「関与してはいなくても、便乗はしているんじゃないのか?」

 

 レンの最後の一言に、少佐の顔が微かに変化したのにミリィは気付いた。

 少佐はそれを悟られまいとする為か、三人に背を向けた。

 

「もう君達に聞くべき事は無い様だ。君達がこの件について一切公言しないというのならば君達の身の安全は保障しよう」

「街一つが死に絶えようとしているんですよ!それを黙ってみす…」

 

 ミリィの言葉を、レンが口を塞いで止めた。それでも何かを言おうとするミリィにレンは目配せをしながら首を横に振った。

 

「街中の人間がゾンビになった、と言って信じる人間はホラー映画かXファイルの見過ぎだと思うがな」

「確かに」

 

 少佐が背中越しに微かに笑うのを聞きながら、レン達はテントを出ようとするが、その途中で少佐に呼び止められた。

 

「最後に一つ聞きたい」

「何だ?」

 

 訝しげに振り返るレンに、少佐は背を向けたまま続けた。

 

「レン、だったか。君はそのニホントウでここまで生き延びてきたのかね?」

「…………そうだ」

 

 少佐が背を向けたまま微笑する気配が伝わる。

 

「まさか現代の、しかも我が国にサムライがいるとは思わなかった。是非とも私の部下に欲しいね」

「生憎と国家に服従出来る程純粋な人格はしていない」

「そうか、残念だ」

 

 レンはそのまま何も言わずにテントから外へと出た。

 三人がいなくなってからしばらくして、少佐は硬い口を開いた。

 

「あのレンという少年のデータを徹底的に探れ。大至急だ」

 

 

「なあ、オレ達は何時になったらここから出してもたえるんだ?」

「さあな」

「もお丸二日は経ってるんだぞ」

 

 仮の寝床として提供されたテントの中を、スミスはせわしなく歩き回っている。

 部隊の撤収の際に同行させるとの説明を受けてはいたが、この二日間でその様子は全く無かった。

 

「ちっくしょう、あのアーミー連中ホントにオレ達助ける気有んのか?」

「機密保持の為に殺されるかもね」

 

 簡易ベッドの上でひざを抱えてうずくまっていたミリィがボソリと言った一言に、スミスの動きが止まる。

 

「これだけの大事件だもの、ケネディ暗殺事件みたいに目撃者は全員殺される可能性も在るかも………」

「冗談じゃねえ!オレはぜってえ死なねえぞ!こんな所で死んだら親父に天国で殴られる!」

「落ち着けスミス」

 

 簡易ベッドの端を殴りつけながら叫ぶスミスをレンがたしなめる。

 この二日間、ずっと落ち着きの無いスミスと、ずっと落ち込んでいるミリィをレンが何とかなだめる状況がずっと続いていた。

 

「それにこれは多分隔離よ。あたし達がゾンビにならないかどうか確かめてるんだわ。そうしたら労せず新鮮なゾンビがサンプルとして手に入るもの」

「生憎とこの中でどっか腐れてきたり、生肉を食いたがっている奴はいないがな」

「そうね」

 

 レンが皮肉混じりに言うのを聞きながら、ミリィは微かに笑った。それを横目で見ながら、スミスは舌打ちしつつ自分の拳を手の平に叩きつける。

 

「クソ!せめて銃が取り上げられてなけりゃ車なりヘリなり強奪して逃亡すんだけどな」

「車はともかく、ヘリ強奪した所でどうやって操縦するんだ?オレはヘリの操縦なんて知らんぞ」

「あたしも知らない」

「う…………」

 

 妙な所で受けた突っ込みに対する返答を思いつかず、スミスは明かり取り用の窓から外を見た。

 ふと、そこに見た事も無い物が運搬用ヘリから降ろされているのが目に入った。

 

「おい、ありゃ何だ?」

「何がだ?」

 

 簡易ベッドに横になっていたレンがスミスの脇から外を見た。そこには巨大なトンネル掘削機にも似た妙な機械と、それに附随している幾つもの機械やバッテリーを降ろしている所だった。

 

「何だよありゃ?軍の秘密兵器か?」

「オレには波動砲に見えるが」

「何それ?」

「日本人にしか通じないか………」

 

 レンの脇からミリィも外を覗き込み、そこに見えた物に絶句する。

 

「ひょっとして、電子収束器?すでに実用化されてたなんて………」

「電子収束、って事はあれはプラズマ兵器か………さすがアメリカ、SF兵器がすでに開発済みとはな」

「何なんだよ、その電子収束器って?」

 

 首を傾げるスミスに、ミリィが説明する。

 

「前に資料で見ただけなんだけど、閉鎖された空間内を電磁波で満たして、人為的に任意粒子を荷電粒子に変化させる物よ。多分あれはその荷電粒子を、磁界を利用した電磁カタパルトで撃ち出すレールガンの一種、だと思うけど」

「頼む、もう少し分かりやすく………」

 

 ミリィの説明に頭を抱えているスミスに、レンが呆れながら補足した。

 

「平たく言えばSF映画に出てくるプラズマカノンとかいったのと同じ代物だろ。オレが知ってるのは日本のSF小説で巨大ロボットが使っていた代物だがな」

「……ようは一般公開すらされていない秘密兵器だな」

「そういう事だろ」

 

 恐ろしい程単純な解釈にレンだけでなくミリィも呆れかえる。

 が、スミスはそれで何とか理解したらしく、妙に納得した表情をして何度も頷いていた。

 

「問題は、あれが実戦用の代物だとしたら何に使う気だ?ゾンビ相手に使うにしては大物過ぎる………」

「ゾンビ相手じゃなきゃ、あのカメレオン男か、怪物魚にでも使うんだろ」

「そうか?そうだとしても威力があり過ぎるような気が…」

 

 明かり取りの窓から見える範囲内に消えたレールガンの消えた方向を見ながら、レンは自問する。

 無論、答えは出る訳は無かった。

 

 

「オンミョウジ?」

 

 手元のファイルを見ながら、聞いた事の無い言葉に少佐は首を傾げた。

 それはレンについて調べ上げたレポートだった。

 生年月日、身体データ、家族構成、学歴、その他を余す所なく調べあげた物だったが、一箇所だけ妙な所が有った。

 母方の家族構成を示す欄に、その妙な言葉が書かれていた。

 添付されている資料に目を通していく内に、少佐の顔はどんどん複雑な物へと変わっていく。

 

「ゴーストバスター?彼はその訓練を受けているというのか?」

 

 絶対現実主義である少佐にはどうにも信じられないような事ばかりがそこには書き記されていた。

 そして、レポートの最後には早急に彼の身柄を解放するようにとの軍上層部からの勧告が書かれている。

 

「………信じられん。だが…………」

 

 街の中を探索していた班から、彼が斬り殺したらしい変位体の報告は受けている。

 だとしたら、彼の戦闘力は下手な兵士やあの怪物達よりも遥かに上回る事になる。

 純粋な興味本位から少佐はレンの戦いを見てみたいと思った。が、上層部からの指示を無視する訳にはいかない。

 

「タレス少尉」

「は!」

「先日保護した三人を先程到着した輸送ヘリにて基地まで護送するように」

「イエス、サー」

 

 命令を受けた兵士がテントから消えると、少佐は深い溜息をつく。

 

「モンスターと戦う運命にあるとでもいうのか?サムライボーイ………」

 

 

 先程見た物についてレン達が論議していた所に、テントの中に一人の兵士が入ってきた。

 

「君達、あの輸送ヘリに乗りなさい。基地まで帰投するついでに乗せていくそうだ」

「やれやれ、待ちくたびれたぜ」

 

 わざとらしく言いながらスミスが外へと出る。それに続いてレンとミリィも外に出た時だった。

 

「あん?今度は何だ?」

「何が…」

 

 何がだ、と言い終えるよりも早く、レンもそれに気がついた。スミスの視線の先には、幾つもの大きなタンクを吊るしたヘリがこちらへと近付いて来ていた。

 

「とうとう毒薬でも撒く事にしたのか?」

「馬鹿な、そんな話は聞いていない。それにあれは…」

 

 兵士の言葉の途中で、真上まで来たヘリが突然タンクの一つの中身を彼らの間近へと投下した。

 タンクから投下されたそれは、轟音と共に地面に小さなクレーターを作り、跪いた状態からゆっくりと立ち上がった。

 

「何だこいつは!?」

 

 それは、分厚いコートを着込み、死人の顔色をした巨人だった。

 巨人は、ゆっくりと周囲を見渡すと、間近にいた兵士を見つけて拳を振り上げた。

 

「て、敵しゅ…」

 

 叫びながら銃を向けようとした兵士は、顔面に強力なパンチを貰い、地面へと叩き付けられる。そして、地面にゆっくりと血の染みが広がっていった。

 

「い、いやああぁぁぁぁ!!」

「逃げろ!」

 

 その光景を間近で見てしまったミリィが悲鳴を上げると、巨人はゆっくりと彼女の方を向いた。それに気付いたレンが彼女の手を取って慌てて巨人から離れる。

 

「敵襲!敵襲だー!」

「こっちもだ!誰か来てくれー!」

「慌てるな!間近にいる者は各自独自の判断で対処しろ!第一、第二小隊はベースキャンプ付近、第三、第四はコンテナ付近にいる敵に対処!第五小隊はレールガンの起動を急げ!」

 

 ヘリから第二、第三の巨人が次々と投下され、その場は悲鳴と怒号、そして命令と銃声が飛び交う戦場へと様変わりした。

 

「こっちにもいるぞー!第四小隊は輸送ヘリ前にいるTに対して攻撃を開始!」

 

 逃げ惑うレン達の傍で、兵士達が巨人に攻撃を開始する。

 次々と撃ち込まれるM4カービンのライフル弾とアタッチメントのM203グレネードのグレネード弾が瞬く間に巨人を蜂の巣にすると、巨人はゆっくりと地面に倒れ伏した。

 

「倒した………のか?」

 

 余りの呆気なさにスミスが唖然としている傍で、兵士達は銃を構えたまま巨人の包囲を徐々に縮めていく。

 包囲が巨人の間近まで迫り、兵士の一人が生死を確認しようとした時だった。

 突如、巨人は起き上がると生死を確認しようとしていた兵士を殴り飛ばす。

 殴り飛ばされた兵士の巻き添えを食った兵士達が地面へともつれて倒れると、残った兵士達が慌てて銃を巨人へと向けようとした。

 

「攻撃さいか…」

 

 号令を掛けようとした兵士へと向けて、巨人が持ち上げた両の拳を組み合わせて振り降ろす。一撃で頭を砕かれた兵士はゆっくりと地面に倒れた。

 

「う、うわああぁぁぁぁ!」

「ひいぃぃぃぃ!」

 

 残った兵士達が半ば恐慌状態になって無茶苦茶に銃を撃ちまくる。

 だが、巨人はさほど気にも止めないように残った兵士達に近付くと、それをまるでボール遊びのボールの様に軽々と殴り飛ばした。

 

「きゃぁ!」

 

 殴り飛ばされた兵士がレン達のすぐ傍のコンテナへと叩きつけられ、ミリィが短く悲鳴を上げる。

 ふと、その拍子に僅かに開いたコンテナの中に自分達の武器が有るのにレンは気付いた。

 

「受け取れスミス!」

「おうよ!」

 

 レンはスミスに向けてM77マークⅡを放り投げると、自らも左腕を吊っていた三角巾を解き、ガンベルトを腰に巻いてそれに刀を差した。

 

「こっちだ、ハゲ野郎!」

 

 スミスが巨人に向けて発砲、巨人がそちらを向いた隙にレンは背後へと忍び寄り、その背中へと向けて居合いで斬りつける。

 しかし、一撃必殺のはずの刃は巨人のコートの表面を斬り裂くだけに終わった。

 その切断面が複層になった繊維と細かな鎖で構成されているのをレンは見た。

 

(ケプラーにチェーンメイル!?防弾仕様か!)

「スミス!こいつのコートは防弾だ!頭を…」

 

 言葉が途中で途切れる。振り向いた巨人がレンの胴体へと向けて強力なラリアットを食らわせた為だった。

 レンは自分の胸から肋骨が砕ける音が妙にハッキリ聞こえた気がした。

 

「レン!」

「レーン!」

「来る……な」

 

 叫びながらこちらに走って来るミリィをレンは止めようとしたが、口から溢れた鮮血で言葉は呟き程度にしかならなかった。

 

「よくもレンを!」

 

 怒りに燃えたスミスが次々とM77マークⅡを連射。

 が、冷静さを欠いている為かそのほとんどが巨人の胴体に当たる。

 

「死ね!この野郎!」

 

 スミスが悪態を付きながら一度冷静になろうとした時、巨人はすでに彼の目前にいた。

 

「しまっ…」

 

 自分の失態をののしりながら、スミスは自分に振り下ろされようとしている鉄槌から逃れる為に体を捻った。

 何とか頭への直撃は避けたが、鉄槌はスミスの左肩へと直撃した。

 

「がっ!?」

「スミス!いやああぁぁぁ!」

 

 左肩を押さえて倒れ込んだスミスを見たミリィが悲鳴を上げる。それに気付いた巨人は今度はミリィの方へと近寄って来た。

 

「いや!来ないで!あっちに行って!」

 

 泣きながらミリィはコンテナから見つけたクーガーDを巨人へと向けて連射するが、巨人は平然と近寄ってくると彼女の首を掴んで持ち上げる。

 しかし、その腕は巨人の胸の辺りまで持ち上がる前に突然停止した。

 

「させるか………」

 

 何時の間にか立ち上がったレンが、その腕に刀を突き刺していた。

 巨人はミリィの首から手を離し、レンの方を見て自分の腕に突き刺さった刀に気付くとその腕を捻った。

 腕の捻りと同時に、妙に鈍い音を立てて刀の先端がへし折れる。

 

「な、長船が………」

 

 折れた刀を呆然と見つめていたレンが、こちらに巨人の拳が向けられているのに気付く。

 慌てて逃げようとした途端、銃声と共に巨人の体が揺れた。

 

「ゲームセットにゃまだはええぜ……………」

 

 銃声のした方角を巨人が振り向くのを追ってレンが見たのは、片腕だけでM77マークⅡを構えているスミスの姿だった。

 力無く下がっている左腕の代わりに、スミスは口で強引にボルトアクション、次弾を装填すると巨人の頭部目掛けてトリガーを引いた。

 巨人の側頭部に徹甲焼夷弾が命中、巨人の体は大きく揺れる。

 それを見たレンが折れた刀を頭の上まで持ち上げ、刃を上に向け地面と水平になるように構える。

 その状態で胸に走る激痛を無視するように意識して大きく息を吸う。

 そして、気合と共に跳ね上がりながら巨人の額へと刃を振り下ろした。

 

「はああぁぁぁ!」

 

 刃は巨人の額をかち割り、頭部の半ばまで斬り裂く。

 巨人はしばらくその状態のままだったが、やがてその体は大きく揺れ、地面へと倒れ伏した。

 巨人の頭部から流れる血が血溜まりを作っていくのを見ながら、レンは刀を鞘に収める。  

 そのまま倒れそうになるのを脇からミリィが支えた。

 

「何とかなったか………」

「喋っちゃダメ!肋骨が折れてるわ。下手したらどこか内蔵に刺さってるかも」

 

 ミリィに支えられながら、レンは輸送ヘリへと歩み寄る。

 

「へっ、うらやましいな。オレにも肩貸してくれるかわいい女の子が欲しいぜ」

 

 スミスがM77マークⅡを杖代わりにしながら、自分もヘリへと乗り込んだ。

 

 

『ジェネレーターが破壊されました!レールガンが作動不能です!』

「バッテリーからの供給に切り替えろ!」

『バッテリーからの供給だと発射可能までに時間が掛かります!』

「構わん!発射可能までの時間を算出しろ!」

 

 突然の襲撃に半ば混乱状態に陥りかかっている部下達に無線で的確な指示を出しながら、少佐は刻一刻と悪化していく状況に焦りを感じていた。

 

(Tタイプ四体同時襲撃とはな。思い切った事をする………)

 

 焦りを顔には出さず、小さく歯軋りしながら少佐が被害状況を副官に問おうとした時、突然一人の兵士が慌てながらテントの中へと入ってきた。

 

「第二カーゴヘリ、破壊されました!サンプルと共に現在延焼中!」

「なんだと!?」

 

 少佐が思わず驚愕の声を出した瞬間、テントの布を突き破り巨人が中へと入り込んできた。

 

「とうとうここまで!」

 

 デスク上のパソコンで戦況分析をしていた副官が驚きながらもホルスターに手を伸ばす。

 だが、腰の銃を抜くよりも早く巨人が副官を殴り飛ばし、副官の体は通信機器等が積み重なった場所へと叩き付けられ、更にその体に崩れた通信機器が駄目押しとなって降り注いだ。

 

「大尉!」

 

 少佐が慌てて副官の傍に近寄り、その体を助け起こす。

 

「お逃げください、少佐!」

 

 先程テントに入ってきた兵士がM4カービンを巨人へと乱射しながらこちらへと注意を引き付けると、巨人を誘導しながら外へと走り出す。

 

「………やむをえんか」

 

 苦渋に満ちた顔をしながら、片手で副官を助け起こしながら少佐は通信機のスイッチを入れる。

 

「総員に通達!ベースキャンプは廃棄、総員撤収せよ。繰り返す………」

 

 

『ベースキャンプは廃棄する!総員撤収せよ!繰り返す!ベースキャンプは廃棄!総員撤収せよ!』

 

 今だあちこちで銃声の飛び交う中、撤収命令が兵士達の間に飛び交う。

 それを聞いた兵士達が暴れ狂う巨人に弾丸を撃ち込みながら次々と撤収を始める。

 レン達の乗りこんだヘリにも続々と負傷兵が乗り込み、やがてハッチが閉じられると、ゆっくりとその巨体が飛び上がった。

 

 

「これが完成された生物兵器の威力か………」

 

 別のヘリから、眼下で展開されている地獄絵図を見下ろしながら少佐が呟く。

 その体には真新しい血痕が付いているが彼はそれを気にも止めずにポケットをまさぐり、1枚のMOディスクを取り出す。

 

「アレだけの被害を出しながら成果はこれだけか。サンプルを破壊されたのは懲罰物だろうな」

「でも、これであいつらの出鼻をくじければ…」

 

 隣に座っている副官の言葉は怪我の激痛に途切れる。

 その額からは血が滲み出し、足は明らかに異様な方向を向いていた。

 

「そして、これからは兵士ではなく痛みも感情も持たない生物兵器の時代が来るわけだ。我々も無用となる」

 

 大佐の言葉に副官が痛み以外で顔を歪める。

 

「はたして本当に最後まで戦えるのは人なのか、やつらなのか……」

 

 

「どうやらようやく助かったみたいだな」

「ああ…………」

「二人共喋らないで。重傷なんだから」

「はいはい」

「分かっている………」

 

 ミリィの施す応急処置を受けながら、二人は苦笑した。

 ふと、レンはガンベルトのパウチに小さな水筒が入っているのを思い出し、それを取り出した。

 

「何それ?」

「街から無事脱出出来たら祝杯を挙げようと思ってな、持ってきた」

「そういや有ったな、そんなの」

 

 レンが水筒のキャップを外そうとするが、胸に激痛が走り、自分で開けるのを断念するとミリィにそれを手渡した。

 

「すまんが開けてくれないか」

「祝杯って、これお酒!?ダメよそんな状態で飲もうなんて………」

「別にいいだろ。昔は酒を痛み止めに使ったって親父に聞いた事有るぞ」

「もう………」

 

 ミリィが渋々ながらキャップを開け、中身をそれに注いでレンへと手渡した。

 レンはそれを一口飲むと、スミスへと手渡す。残りをスミスは一息で飲んでしまった。

 

「おい、高い酒なんだから味わって飲め」

「いいじゃねえかよ、まだあんだろ」

 

 レンは顔をしかめながら、傍の窓から見える遠ざかっていくラクーンシティの町並みを見ていた。

 半年しかいなかった街に別れを告げながら……………

 

 

 それは、自分の魂の灯火が徐々に小さくなっていくのを感じていた。

 それの生命に対する執着心なぞは無いに等しかったが、その体は別だった。

 生命の灯火が消える寸前、その体に掛かっていた全ての拘束が解放された。

 途端、それの体は生きる為に急速的に変化していった。

 体を覆っていたコートは膨張する体の圧力に耐えかね弾けとび、手には獲物を狩る為の長い爪が生えていく。

 最早生命の危険性など消え失せたそれは、再構成されていく頭部で飛び立とうとしている輸送ヘリを見た。

 そこに、自分が狩るべき獲物がいる事を本能的に感じると、それは高々と跳躍してヘリのハッチへとしがみついた。

 

 

バキン。

 

「何だ?」

 

 ヘリのハッチから聞こえて来た音にレンは首を傾げる。

 

「誰か外にいるんじゃねえの」

「馬鹿ね、そんな事在る訳が…」

 

 ミリィの言葉の途中で、再び同じ音が聞こえる。何事かと中にいた人々が注目する中、ハッチの隙間から長い爪が入り込んできた。

 

「まさか………」

「そんな…………」

 

 その場にいる全員が硬直しながらその様子を見ていた。やがて、爪はハッチを強引にこじ開けようとし、その力に耐えかねたハッチが異音と共にひしゃげる。

 そこから更に凶悪な姿に変貌した巨人が入ってきた。

 体は先程よりも一回り以上も大きくなり、右手には先程ハッチをこじ開けた巨大な三本の爪が生え、レンが斬り裂いた頭部は肉が蠢き、やがてそこに巨大な三番目の目が構成された。

 

「おいおい、延長戦が有るなんて聞いてねえぞ………」

「ルールを知らないんだろ」

 

 青ざめた顔でスミスが呟きながら、M77マークⅡを構える。

 レンもミリィを背後に匿いながら刀に手を伸ばした。

 途端、異形と化した巨人が先程とは比べ物にならないスピードで兵士達には目もくれずレンの傍へと近寄ると、その爪を振るった。

 

「くっ!」

 

 レンはとっさに、刀を鞘ごと抜いて両手で爪を受け止める。

 が、鞘はそれに耐え切れず刀身の収まっていない部分が砕け散る。

 

「この悪魔め!」

「止せ!人に当たる!」

 

 兵士の一人が異形に銃を向けようとするのを、隣にいた兵士が止める。

 

「死んでたまるかあぁぁ!」

 

 スミスが外しようの無い程の至近距離で異形に弾丸を撃ち込む。だが、最初の一発で無常にも弾切れを起こす。

 

「レン!」

「ぐうぅ…………」

 

 異形の怪力の前に、両手でも爪を抑えきれなくなっていくレンが苦渋の表情を浮かべる。

 突然、異形は爪を持ち上げると、横から叩きつけるようにレンを襲った。

 

「ぐあ!」

「レン!」

 

 輸送ヘリの壁に叩きつけられたレンの方を異形が一瞥すると、その背後にいたミリィへと向けて爪を持ち上げた。

 

「逃げろ……」

「やらせるか!」

 

 スミスが弾丸の尽きたM77マークⅡを棍棒の様にして異形を殴りつけるが、異形は平然とそれを受け止めた。

 

「い、いやああぁぁぁぁ!!」

 

 ミリィが悲鳴を上げながら、手に持っていた水筒を投げつけ、震える手でクーガーDを抜いて連射した。

 水筒の中身を頭から浴びた異形は、叩き込まれる弾丸を気にも止めないように爪を振り下ろそうとした。

 しかし、偶然その体に叩き込まれた弾丸の一つが、頭部から滴っていた酒を着火させた。

 突然頭部が炎に包まれ、異形は相手の位置を知る術を失ってフラフラと辺りをさ迷う。

 それを見たレンの脳裏に一つのアイデアが浮かんだ。

 

「ハッチを開けろ!こいつを叩き落とすんだ!」

「分かった!」

 

 兵士の一人がハッチの開閉装置に飛び付き、それを操作した。

 徐々に開いていくハッチを見ながら、レンは怪物の方へと走り寄った。

 

「ぶつかれええぇぇ!」

「おお!!」

 

 レンを先頭にして、動ける兵士達がアメフトのスクラムよろしくまとまって異形へと突っ込む。

 そのままハッチの外へと叩き出そうとしたが、あと一歩の所で異形が踏み止まり、自分に突っ込んできた者達を一撃で弾き飛ばした。

 

「がっ!」

「ぐう!」

 

 ヘリの壁に叩き付けられた兵士達の悲鳴がヘリの中に響く。

 一番前にいた為に図らずも異形の一番傍にいたレンは、体中に響く激痛を堪えながら立ち上がった。

 

「状況は最悪………」

 

 日本語で呟きながら、レンは周囲を見渡す。

 いるのは傷付いて動けない兵士達ばかりだった。

 

「状態は最低………」

 

 呼吸をする度に胸に激痛が走る。

 それに呼応するように体中の傷が痛んだ。

 

「敵は最強………」

 

 目の前の異形の顔を覆う炎が目に見えて消えていく。

 消えれば間違い無く襲ってくるのは嫌でも感じ取れた。

 

「望み得る限り最悪の状況か………」

 

 レンは今の自分の状況を冷静に分析する。

 武器として残っているのは、残弾が幾つあるか分からないサムライエッジと、刀身が折れ、鞘も半分砕けている備前長船が一振り。

 

「やれるだけやるか………」

 

 レンは今使える技が一つだけ有ったのを思い出す。

 従兄が一度だけ見せてくれた技だが、難易度は間違い無くA級の技を。

 

「水沢 練。使うは光背一刀流」

 

 砕けた鞘を腰だめに構えながら、意気を鼓舞する為に、名乗る。

 

「いざ、参る」

 

 今にも異形の顔を覆う炎が途切れる寸前、レンは間合いを一瞬にして詰めながら大きく息を吸い、踏み込んだ足の力を肘を通じて腰へと伝達。

 腰からの力を、肩、肘、手首を通じて倍化させ、その力を純粋に刀の柄へと伝えた。

「はあっ!」

 気合と共に、柄へと伝えられた力により、固定されていないはずの鞘から、居合い抜きとほとんど変わらない威力の斬撃が繰り出された。

 

(成功した!)

 

 光背一刀流変位抜刀技《射光》(いびかり)、固定されていない鞘から居合いを繰り出す秘技。

 繰り出された刃は、弾丸をものともしない強靱な筋肉で覆われていた異形の胸を大きく、深く斬り裂いた。

 胸を斬り裂かれた異形が消えゆく炎の陰からレンを睨んだ。

 それに臆する事無く、レンは斬り裂いた胸の中に動く巨大な心臓を見つけると、傷口からサムライエッジを突っ込み、心臓へと向けてトリガーを立て続けに引いた。

 弾丸が発射される度に反動が体中に響く。

 最後の弾丸が発射されると、レンはゆっくりとサムライエッジを傷口から抜いた。

 傷口から見えた異形の心臓は無数の弾痕が空いているにも関わらず、血を吹き出しながらしばらく動いていたがその動きはゆっくりとなり、そして止まった。

 心臓が止まると同時に、異形の体はゆっくりと後ろに倒れ、バランスを崩した体はハッチから外へと落ちていった。

 

「勝てた、か……………」

 

 落ちていく異形の死体を見ながら、刀と銃を握り締めたままレンも崩れるように倒れ込んだ。

 

「レン!…………」

「レン…………」

 

 自分を呼ぶ声を何処か遠くに聞きながら、レンの意識はゆっくりと闇に沈んでいった。

 

 

 

作戦報告書

―ラクーンシティ封鎖及び変異体調査における最終報告―

 

9月27日以降における作戦報告(27日以前の作戦内容は前出の報告書を参考の事)

 

27日 11:34

 ベースキャンプ近くにて発砲音を確認、変異体調査に赴いていた第4班が現場に急行。

 現場にて魚類と思われる変異体の死体とそれと交戦していたと思われる民間人三名を収容。

 変異体は交戦していた民間人の日本人少年が所持していた日本刀による刀傷が致命傷との報告があり、銃火器、化学兵器以外での攻撃による変異体の死亡は極めて異例の為、この日本人少年の詳細調査を命令。(調査報告は別記ファイルを参照)

 この少年を含む民間人三名の身元を照合の上、負傷の手当ての際に抗体検査を実施。

 結果が出るまでこの三名を隔離保護とする。

 

同日 16:47

 調査に赴いていた第3班が変異体との交戦にて二名が負傷。

 日増しに変異体はその数を増し、その特異性も変化しつづけていると判断。

 上層部に増援、もしくは撤退を進言する。

 

28日 9:27

 前述の民間人三名の検査結果が全員陰性と判明。

 以後通常の保護処置へと移行。

 

同日 14:00

 昨日収容した魚類の物と思われる変異体の検査が現場の設備では詳細調査は困難との報告。

 ラボへの搬送手続きを申請、他のサンプルと共に特殊コンテナにて後日搬送予定。

 

29日 18:47

 増援要請に伴い、かねてより研究が進んでいたレールガン、“パラケルススの魔剣”が到着、至急設置に取り掛かる。

 並びに前述の日本人少年の詳細調査報告が到着。

 上層部からの指示により、この少年を含む民間人三名を基地へと帰等予定の第四カーゴヘリにて基地へと搬送するよう命令。

 

同日 18:55

 アンブレラの物と思われるヘリがベースキャンプ上空に飛来。

 それよりT型BOW四体が当ベースキャンプに降下、破壊活動を開始する。

 その攻撃力は極めて高く、我が方の被害は極めて甚大、死傷者多数。

 “パラケルススの魔剣”専用ジェネレーターの破壊により即時起動の不能、及び第二カーゴヘリ破壊によるサンプル消失によってついにベースキャンプの放棄及び総員即時撤退を命令。

 最終被害報告は死者六名、重軽傷者二十一名。

 以後、同系列の作戦には総員に対装甲目標用破壊兵器等の所持の必要を提言する。

 

 なお、未確認ながら前述の日本人少年が重傷を追いながらもT型を斬殺、後に覚醒化した同T型が負傷者を搬送していた第四カーゴヘリに侵入するも、同乗していた日本人少年により再度撃退されたとの報告在り。

 詳細は不明………………

 


 
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