女子校であった私立鶴賀学園が共学になった年の春、一人の少年が入学した。
彼の名は
この物語は、高校麻雀において無名校であった鶴賀を全国へと導き、後に『風神』と呼ばれた少年の青春の記録である。
※誇大表現有
春である。英語の綴りで表すとspring、バネではなく春。
桜の花が満開に咲き誇り、新たな生活の始まりの季節。
冬眠していた土の中の動物たちが活動を始める生き物の季節。
優しい太陽が照らす暖かな季節。
きっと、そんな春だからなのだろうか。
「なあなあ! お前もそうなんだろ!?」
入学式もHRも終わり、後は帰宅するだけとなった直後、突然前の席の奴が振り向きざまにそんなことを言ってきたのも、きっと春のせいだろう。
「……はぁ?」
唐突にこんな始まり方で申し訳ない。いや、本当に唐突で自分ですらよく分かっていないのだから、勘弁願いたい。
咲-Saki-《風神録》
日常編・東一局 『春が来たりて』
「……いきなり何だ?」
「何って、さっき自己紹介しただろ? 出席番号10番、
「名前はいいから。さっきの言葉の意味だよ」
いや、確かに名前も覚えていなかったが。
「だから、お前もここが
俺の目の前の少年、えっと……
私立
このクラスでも三十人強の生徒の内、男子は両手で数えられる程度。きっと加賀はそんな状況になることを逆に望んで入学してきたのだろう。あれだ、ハーレム願望ってやつかな。
「いや、違うけど」
まぁ、気持ちは分からんでもない。
だが考えても見て欲しい、周りが女子で男子が自分一人という状況の現実的な厳しさを。正直言って肩身が狭いなどという言葉では済まされない孤独とある種の恐怖を味わうことになるだろう。親戚一同女性ばかりの俺が言うのだから間違いない。ガキの頃はお人形遊びされそうになる度に必死の逃走劇を繰り広げたものだ。
「違うのか!?」
そんな俺の返答を聞いた佐賀は、信じられないと言わんばかりの驚愕にその表情を染めていた。
「お前、ここに男子が入学する理由なんてそれしかないだろ……!」
「いやいやいや、お前は高校に何を求めて入学したんだよ」
初対面で早くもこの目の前の少年の将来が心配になってきたが、彼はこの生き方できっと幸せなのだろうと勝手に結論付けて放っておくことにする。
「じゃあなんでこの学校選んだんだ?」
「ん? まあ、そんな大層な理由があるわけじゃねえよ。ただ単に実家を出て一人暮らししたかっただけ」
誤解されるかもしれないのでここで言い訳しておこう。別に家庭環境が悪く、居心地が悪いので家を出たかったわけではない。純粋に、本当に純粋に一人暮らしというものに憧れていたのだ。家族という他者が全くいない環境での生活というものに。
今時にしては寛大な我が両親はこの俺の要望を「社会に出たときのいい練習になる」と言ってとある条件付きで了承してくれたのだ。
その条件というものが、この進学校である鶴賀学園を受験することであった。この鶴賀学園は近隣の中でも五指に入る進学校ではあるが、俺が努力すればちゃんと手が届くレベル。俺の成績を完璧に把握していた両親(このこともやはり今時の親にしては珍しいのではなかろうか)によって提示された一種の試練だったのだ。
初めは若干やる気を失い欠けたが、なんとか無事合格。晴れてこの春から一人暮らしの身となったのだった。
「まぁ、それ以外に理由があるとしたら――」
それを口にしようとした途端、残った生徒もまばらとなった教室の前の扉が勢い良く開かれた。
開かれた長方形の枠の中に納まるようにして立つのは、一人の女子生徒。女子にしてはやや高めの身長に、鋭い眼光。下級生の教室に乗り込んできているというのに堂々としたその様子は、凛々しいという言葉がよく当てはまった。
……まぁ――。
「突然失礼する。三年の
――知り合いなわけですが。
「……あの人にこの学園にいたから……かな」
見紛うことなき我が従姉弟、加治木ゆみとの久々の再会だった。
†
「まさか一年生の教室に乗り込んでくるとは思わなかったよ、ゆみ姉」
背後から聞こえてくる佐賀の「お前は既にそちら側の人間だったのかー!」という血涙と共に放たれた叫びを遮断するように、後ろ手に教室の扉を閉めた。
「む、迷惑だったか?」
若干だが不安そうな声を出す。ゆみ姉。見た目通りの凛々しい女性であることは間違いないのだが、時折見せるこういう表情が本当に可愛い。何気に初恋の女性だったりする。
「いや、変な奴に絡まれてたところだから逆にありがたかったよ」
別に悪い奴ではないとは思うのだが、無意味に絡まれるのは勘弁願いたいところだ。いや、バカ話が出来る友人が出来るということは三年間の高校生活を過ごす上でかなり重要になってくるファクターの一種ではあるとは思うのだが。
「それで? わざわざ教室まで来たってことはもちろん何か用事があるんだよね?」
「ああ、悪いが少々付き合ってはもらえないか?」
「もちろん」
そんなゆみ姉の言葉に俺は二つ返事で了承する。
すまんな、と言いながら歩き始めるゆみ姉。きっと付いて来いという意味であろう。
道すがら、隣を歩くゆみ姉が話しかけてくる。
「改めて合格おめでとう。叔母さんから聞いたが、大分頑張ったみたいだな」
「うん、ありがとう。いやいや、ゆみ姉のおかげだよ。ゆみ姉が教えてくれたおかげで試験はバッチリだったし」
実はメールでこの学校を受験する旨をゆみ姉に伝えたところ、なんと鶴賀の入学試験の傾向と対策を纏めたプリントを宅配便で郵送してきてくれたのだ。郵便ではなく宅配便というところがミソ。そこまで大きくないとは言え、ダンボールに詰められたプリントを眼にしたときは二回ぐらい目を擦った。
だがしかし、塾にも行かずにここに受かったのは間違いなくその対策プリントのおかげである。本気で助かったので後輩のために中学に寄贈しようかとも考えたが、あまりにももったいなかったので大切に実家に保管してある。
「あれは私がここを受験した際に使ったものに少し手を加えただけのものだったのだがな。役にたったのならば重畳だ。しかし、最終的に合格の決め手になったのは、お前の努力だ」
よく頑張ったな、とゆみ姉は撫でるようにポンッと俺の頭に手を置いた。昔はよく頭を撫でられたものだが、今こうして高校生になってまで撫でられるのは、懐かしいような恥ずかしいような子供扱いが悔しいような、複雑な気分である。
それ以前に、未だに身長が負けているのが悔しい。確かに俺も男子にしては大きい方ではないが、それでも年上とはいえたった二つしか違わない女子に身長で負けるのは色々と思うところがあるのだ。……せめてこの高校三年間で160cmにはなりたい。それでも恐らくゆみ姉には追いつかないだろうが。
憧れでもあり、尊敬の対象であるゆみ姉。そんな敬愛する
……恥ずかしいから絶対に口に出さないけど。
「着いたぞ、ここだ」
ゆみ姉に頭を撫でられて悶々としている間にいつの間にか目的地に到着していたようだ。
そこはとある教室の目の前だった。扉の前、視線を持ち上げてそこに書かれていた文字を読む。
「……麻雀部?」
つまり麻雀部の部室ということだろう。いや、それ以外になんの可能性が考えられるというのだろうか。
「連れてきたぞ」
ノックも無しに扉を開けながら、ゆみ姉は部室の中に入っていった。その後ろについて行くように俺も部室の中に入る。
「加治木先輩、こんにちは」
「おー、ゆみちん、その子かー? ずっと言ってた新入部員候補生はー」
中には二人の女子生徒がいた。一人目、黒髪をポニーテールにした、ゆみ姉のように目元がキリッとしていて生真面目そうな女子生徒。ゆみ姉のことを先輩と呼んでいることから、三年生ではないだろう。恐らく二年生。二人目、赤みがかった髪の、何故か陽気そうな印象を受ける女子生徒。言動から察するに恐らくゆみ姉と同学年、つまり三年生。
って、新入部員候補生?
「ゆみ姉、もしかして……」
「察したか」
そうだ、とゆみ姉は頷く。
「突然ではあるが、お前にはこの鶴賀学園麻雀部に入部してもらいたいのだ」
《東二局に続く》
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にじファンから移転してきました。
咲のオリ主再構成ものです。転生モノではありません。
基本的にオリ主×モモのお話で、麻雀のほうがオマケ要素。
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