ルーアンに向かって歩いて進んでいたエステル達は夕方になる頃に、ボースとルーアンを繋ぐ関所についた。
~クローネ峠・関所前~
「は~、やっと着いたみたい。あれが関所の建物なのかな?」
関所らしき建物を見たエステルは長い道のりを歩いて来たので、安堵の溜息をはいた。
「そうみたいだね。あれを越えたらルーアン地方だ。でも参ったな……もうすぐ日が暮れる。今日はここに泊めてもらった方がいいかもしれない。」
「別にいいけど……。急いで峠を降りて、麓の宿に泊まる選択肢もあるんじゃない?」
日が暮れ始めていることに気付いたヨシュアは提案をし、エステルはそれに頷きながらもほかの選択肢を言った。
「夜の峠越えは危険だよ。視界も悪ければ足場も悪い。夜行性の魔獣に襲われたら崖から落ちる可能性だってある。あんまりお勧めできないけどな。……それに旅をしているのは僕達だけではないんだよ。」
「あ………」
エステルに答えたヨシュアはリフィア達の方に向いた。ヨシュアに気付かされたエステルは思わず声を出した。
「エヴリーヌはフカフカのベッドで寝たいから、ここに泊まるのに賛成~。」
「余はどちらでも構わん。夜の行軍などで慣れておるしな。」
「私もリフィアお姉様といっしょです。お父様達からは野営の訓練も受けていますし。」
「2人の気持ちはありがたいけど、ここはエヴリーヌの希望に沿って休ませてもらいましょ。さすがにあたしも夜の峠越えは怖いし。」
そしてエステル達は関所に泊めてもらうことにし、門番の兵士達に近づいた。
「おっと、珍しいな。こんな時間にお客さんなんて。ハイキングに来て道に迷っちまったのか?」
兵士の一人がエステル達を見て、尋ねた。
「ううん、違うわ。あたしたち、一応、遊撃士なんだけど。」
兵士に答えたエステルは準遊撃士の紋章を見せた。
「へえ、あんたたちの歳で遊撃士ってのは驚きだなぁ。それじゃあ、仕事で来たのかい?」
「いえ、実は正遊撃士を目指して王国各地を回るつもりなんです。」
「で、どうせだったら修行を兼ねて飛行船を使わずに歩こうかな~って。」
「歩いて王国一周するのか!?は~っ、若いって言うか気合が入っているって言うか。」
「えへへ、それほどでも。」
ヨシュアとエステルの答えに兵士は驚いて感心した。兵士に感心され、エステルは照れた。
「しかし、いくらなんでも今から峠を降りるのは危険だぞ。最近、このあたりではやたらと魔獣が発生してるからな。5人もいるとはいえ、油断は禁物だ。旅人用の休憩所があるから今夜はそこに泊まっていくといい。」
「やった、ありがと♪」
「助かります。」
「ありがとうございます。」
「お主の好意に感謝する。」
「ありがとう。」
兵士の好意にエステル達はそれぞれ感謝の言葉を言った。
「なんのなんの。休憩所を使うときはウチの隊長に声をかけるといい。手前の詰所にいるからさ。」
そしてエステル達は関所の中に入って行き、関所を守る兵士達を纏めている隊長から許可をもらい、休憩所の中に入った。
~関所内・休憩所~
「ここが旅行者用の部屋ね。」
「うん。まずは暖炉をつけようか。」
そしてヨシュアは暖炉に火をつけた。すると部屋中が暖炉の火によって暖かくなった。
「は~、あったかい……。やっぱり薪を使った暖炉って落ち着く感じがする……」
「そうだね。導力ストーブも出回ってるけど、暖かさでは暖炉には敵わないかな。」
「ええ。大使館にも導力ストーブはありますが、私を含めほどんどの方は暖炉を使用していますから、やはりこちらのほうが落ち着きますね。」
「……あったかくなったら眠くなっちゃった。ベッドもあるし寝ようかな……」
「気持ちはわかるがせめて食事が終わってからにしておけ。」
「おーい、お邪魔するぞ。」
暖炉の火で暖かくなった部屋で安心して、寛いでいるエステル達の所に関所の隊長の補佐をしている副長が入って来た。
「隊長から話は聞いたぜ。今夜は泊まっていくんだって?夕食、俺たちのメシと同じでよけりゃご馳走するけど、どうする?」
「え、いいの?」
「すみません、何から何まで。」
副長の申し出にエステルは驚き、ヨシュアはお礼を言った。
「なあに、定期船が就航してから通行人がめっきり減ってな。ヒマを持て余しているから正直、客人は大歓迎なのさ。」
「よし、それじゃあ少しの間待っててくれや。もっとも軍隊のメシだから、あまり味に期待しないでくれよ?」
エステルの答えを聞いて、頷いた副長は料理を持ってくるために部屋から出て行った。
「空賊団騒ぎでは王国軍と張り合っていたけど……。1人1人の兵士さんはやっぱり親切な人が多いよね。」
副長が出て行った後、エステルは今まで会って来た王国軍の兵士達を思い出して呟いた。
「確かにそうだね。まあ、軍人が親切なのはリベールくらいだと思うけど……」
「え?」
「「………………」」
しかしヨシュアの含みのある言葉にエステルは何のことかわからなく思わず声を出した。ヨシュアの言葉の意味がわかっているリフィアやプリネは何も言わず黙っていた。
「いや……とりあえず荷物を置こうか。」
そしてエステルに追及されないためにヨシュアは話題をそらし、荷物を置き始めた。しばらくすると副長が食事を持って来てえ、エステル達は関所の兵士達に出される食事をたっぷりと堪能した。
「は~、お腹いっぱい。期待しないでとか言ってたわりには、かなり美味しかったと思わない?」
「うん。デザートもあったから、果物も出てそれも甘くて美味しかったから、エヴリーヌも驚いたよ。」
「そうだね。軍で出る食事とは思えないな。」
「ええ、普段の食事とほとんど変わりなくて私も驚きました。」
「ふむ。兵士達のことを考えるのも皇族としての務め……我が軍の食事も改正する必要があるかもしれんな。」
「ちょっと失礼するぞ。」
夕食の感想をそれぞれ言っているところに、副長が入って来た。
「あ、副長さん。すっごく美味しかったわよ♪」
「ご馳走さまでした。」
「美味しかったよ、ありがとう。」
「うむ、普段の食事と変わらぬ美味な料理であったぞ。」
「美味しい料理をありがとうございました。」
副長を見て、エステル達はそれぞれお礼を言った。
「お粗末さま。口に合ったようで何よりだ。ところで……もう1人客が来たんだが、相部屋でも構わないかい?」
「来客……こんな夜中にですか?」
副長の言葉にヨシュアは首を傾げた。
「ずいぶん度胸があるヒトねぇ。あたしたちは構わないけど?タダで泊めてもらってる身分だし。」
「そう言ってくれると助かるよ。ま、嬢ちゃんたちの同業者だから気兼ねする必要はないだろうけどな。」
エステルの答えに副長は笑って言った。
「え?」
「同業者?」
「フン……どこかで見たような顔だぜ。」
エステルやヨシュアが首を傾げている所、部屋に新たな客――なんとアガットが入って来た。
「あら……」
「む?どこかで見た顔だな?」
「…………ふわぁ~あ……………」
「あ、あんた……」
「『重剣のアガット』……」
アガットの姿を見てリフィアは首を傾げ、エステルやヨシュア、プリネは驚いた。アガットに興味がないエヴリーヌは欠伸をして、眠そうにしていた。
「なんだ、知り合いだったのか。ところで、アガット。お前さん、メシはどうする?」
驚いているエステル達を見て顔見知りと判断した副長はアガットに尋ねた。
「いや、せっかくだがさっき喰っちまったばかりだ。寝床を貸してくれるだけでいい。」
「わかった。ベッドは適当に割り振ってくれよ。それじゃあ、おやすみ。」
アガットの答えに頷いた副長は部屋を出た。
「さてと……オッサンの子供たちだったか。それにメンフィルの貴族共も。何だってこんな場所に泊まってやがる?シェラザードはどうしたんだ?それにどうして小娘共がオッサンの子供達といっしょにいるんだ?」
副長が出て行くのを見届けたアガットは疑問に思っていたことを早速エステル達にぶっきらぼうな態度で尋ねた。
「シェラさんはロレント地方に帰りました。プリネ達は僕達がメンフィルの方達に依頼で指名されているので共に旅をしているんです。今は僕たち5人で旅をしています。」
「正遊撃士を目指して王国各地を回ろうと思ってるの。修行を兼ねて自分の足だけでね。」
「正遊撃士?歩いて王国一周だぁ?ずいぶんと呑気なガキどもだな。」
エステルの答えにアガットは呆れた口調で言った。
「あ、あんですってー!?」
アガットの言い方にエステルは怒って叫んだ。
「お前らみたいなガキが簡単に正遊撃士になれるわけねぇだろ。常識で考えろよ、常識で。しかもメンフィルの大貴族とやらはお前達を指名したのかよ。お前達みたいなヒヨッコに依頼するなんて、貴族の考えていることは理解できねぇな……」
「こ、これでもあたしたち空賊逮捕で活躍したんだから!推薦状だって貰っているし、子供扱いするのやめてよねっ!それにあんたも遊撃士の一人なら依頼者の事を悪く言わないでよ!」
「フン、依頼者をどう思うかは俺の勝手だ。……それと空賊の件はルグラン爺さんから聞いたぜ。それじゃあ聞くが……仮にお前らしかいなかったらその事件、解決できたと思うか?シェラザードの手やそこのメンフィルの貴族共の手を借りずにお前たち自身の力だけでだぞ?」
「そ、それは……」
「……難しかったと思います。」
アガットに反論したエステルだったが、正論を返されエステルとヨシュアは口ごもった。
「ま、当然だろうな。お前たちは新米で、しかもガキだ。力もなけりゃ、経験も足らねえ。とっさの判断も出来ねえはずだ。それを忘れて浮かれてるといつか必ず足元をすくわれるぞ。」
「う、浮かれてなんかないもん。あんたの方こそ、こんな時間に峠越えなんて危なっかしいことしちゃってさ。人のこと言えないんじゃないの?」
アガットの忠告にエステルは言い返した。
「アホ、鍛え方が違うんだよ。それに俺の方は仕事だ。物見遊山の旅と一緒にすんな。」
「仕事?遊撃士協会のですか?」
アガットの答えが気になったヨシュアは尋ねた。
「ああ、お前らのオヤジに強引に押し付けられた……」
「え……?」
「父さんが押し付けた?」
「……………………………………さてと、明日は早いし、とっとと休ませてもらうぜ。お前らも喋ってないで寝ろや。」
ヨシュアの疑問に思わず答えようとしたアガットだったが、エステルとヨシュアを見て口を閉じベッドに寝転んだ。
「あー、ごまかした!?」
「そこまで露骨すぎると余計に気になるんですけど……」
アガットの態度にエステルは怒り、ヨシュアは呆れた。
「あーもう、うるせえな。ガキが余計なことに首を突っ込んだら火傷するぞ。とっととルーアンに行って掲示板の仕事でもしていやがれ。それが……ふぁあ……お前らにはお似合いだぜ………………………………」
2人の答えにアガットは面倒くさい表情をして答え、すぐに眠りについた。
「ちょ、ちょっと……」
「もう寝ちゃったみたいだね。エステル並みに寝つきがいいなぁ。」
「一緒にしないでってば!もー、何なのよコイツ!?ケンカ売ってるとしか思えないんですけどっ!?」
ヨシュアに自分とアガットの事をいっしょにされたエステルは怒った後、疲れた表情になった。
「まあまあ。もしかしたら、エステルさん達のことを心配してわざと厳しく言ってるのかもしれませんよ?」
怒っているエステルを宥めるようにプリネは言った。
「………………………………ねえ、プリネ。ほんとーにそう思う?」
「あはは……すみません。正直、自信がありません。それよりそろそろ私達も寝ましょうか。お姉様達はアガットさんに興味がなかったのか、明日に備えてすでに眠りについていますし。」
「へ?あ、ホントだ。」
プリネに言われたエステルはいつの間にか、ベッドに入って眠りについているリフィアやエヴリーヌを見た。
そしてエステルはアガットに悪戯しようとしたがヨシュアやプリネに止められ、納得しない表情をしながらも明日に備えて眠りにつこうとした時何かの物音が聞こえ、異変に気付いて起きたアガットやリフィア、エヴリーヌと共に物音がした場所に向かった………
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第53話