なのはの部屋についた私はすぐさま一緒にいたなのはに話を聞こうとした。
ここまで呼ばれるぐらいだから大事な話なのかもしれない。
「それで、話って何?」
「……その前に約束してもらえる?」
「約束って?」
「……私が何を聞いても、怒らないで」
そう言ったなのはの表情は暗かった。
私は戸惑った。
予想が全く外れていたことに対する戸惑いもあるが、一番はやはりなのはの表情だった。
ほんの少し前までは、いつもと何も変わらないなのはだった。
なのに今は違う。
どこか思いつめているような様子だった。
「……ダメ、かな。こんな約束するの」
すぐに私が応えなかったためか、なのははもう一度だけ私に聞いてきた。
……本当ならそれに答える前に、私が聞きたいことがあった。
――どうしてそんな表情をするのか?
――どうしてそんな約束をするのか?
主にこの二つだ。
どうしても気になるならこの二つをなのはに問いかければいいだけだ。しかし――
「……約束する」
私はそんなことを聞くよりなのはに自分の答えを聞かせることにした。
私の疑問はすぐに解決しなくてもいい。
もしかしたらなのはの話を聞けば分かるかもしれないと思ったからだ。
それになのはのあんな表情を見て、“約束する”という以外の返事を言うことなんて私には出来なかった。
「ありがとう。リリスちゃん」
「うん。それで、話って?」
「……リリスちゃんはもう私のこと、恨んでない?」
「えっ?」
私がなのはのことを恨む?
そんなこと、あるはずがない。
なのはは私にとって大切な人だ。
なのに、どうして?
そんな聞き間違えたのではないかと一瞬だけ疑ってしまうぐらいなのはの言ったことは予想外すぎるものだった。
私が戸惑っているのがわかったのか、申し訳なさそうにしながらなのはは言葉を続けた。
「いきなりこんなこと聞いてごめんね。でも不安なんだ。私はリリスちゃんにまだ……」
「どうして、そんなふうに思うの?」
「夢を、見たの……」
そう小さく呟いたなのはは今にも泣き出してしまいそうなぐらい不安そうな表情をしていた。
「その夢の中だと、私はある場所に急いで向かってるの。距離はあまりないから、時間も対してかからない。そのはず、なのに……」
「な、なのは?」
泣いていた。
なのはが泣いていた。
言葉に詰まったと同時になのはは泣いていた。
「何処まで、行ってもたどり着かない。急がないと、いけない、のに。早く、しないと、大切な友だちが、悲しむのに……」
それでもなのははやめない。
泣きながら、何度もつまりながら、夢の話をやめない。
「私が、行かないと、リリスちゃんが。リリスちゃんが――」
「もういいよ」
「……まだ、終わって、ないよ」
「それでも、もういいよ……無理に話す必要は、ないから」
半ば強制的に私はなのはの話をやめさせた。
ここまでの話でなんとなくどんな夢だったのかわかる。
多分なのはが見た夢とは私との私の家族がある事故に巻き込まれた時の夢だ。
……なんて悲しい夢をみたのだろう。
真実よりももっとひどい。
そもそも事故に巻き込まれたあの時、なのははたまたま近くを飛んでいて私たちを見つけてくれたのだ。
飛び続けているのに目的地に辿りつかないなんて、そんな辛いことがあったわけではない。
それにこれは聞いていないから推測でしかないが、なのはの様子を見たところ最終的に私たちの家族は…………
「ごめんね。本当に、ごめんね……」
なのはは私に謝り続けている。
なのははただ夢を見ただけにすぎない。
そんなに気にすることなんかじゃない、などと思う人もいるかもしれない。
けれど私は知っている。
夢を見ることで人の心は不安に押しつぶされそうになってしまうこともあるということを。
そして私は知っている。
こんな時は誰かがそばにいてくれるだけで助けになるということを。
だから、私は――
「リリスちゃん。本当に――」
謝り続けているなのはを、優しく抱きしめた。
なのはは私を不思議そうに見上げた。
「リリス、ちゃん?」
私はなのはを安心させるように声をかけた。
「なのは。もう、泣かないで。私がなのはのことを恨むなんてことないから」
「どうして? 私は……助けてあげられなかったんだよ?」
「なのはのせいじゃない。あれは不幸な事故だった。なのはは一生懸命に助けようとしてくれた」
「それじゃ、意味ないよ……」
なのはは顔を伏せ、消え今にも消えてしまいそうな声で呟いた。
そして悲しい呟きはまだ続く。
「頑張って、助けようとしたよ。でも、それだけじゃ、ダメ。助けることが出来なかったら、助けようとしたことなんて、意味ないよ……」
なのはの呟きはそこで終わった。
どれだけなのはが助けられなかったことを後悔をしているかは、呟きを聞いていた私にはよくわかる。
だけど――
「それは、違う」
私はなのはの言葉を認めるわけにはいかない。
「助けることが出来なかったら、助けようとしたことなんて意味がない。なのは、それは違う」
「違わ、ないよ」
「なら、なのは。一つだけ聞くけれど、目の前に絶対に助からないと一目でわかる人がいたら、助けようとしない?」
「そ、そんなことしないよ!」
突然の酷い質問をなのはは、伏せていた顔を上げて私の顔をみながら必死に否定した。
「でも、なのは。やっぱりその人は死んでしまった。そんな事があった時、助けようとしたことなんて意味がなかったって、本当にそう思う?」
「……そんなこと、思わないよ。そんな酷いこと」
「なのは。それでいいの」
最初に私は安心させるように呟いた。
「人は助けようとしなければ誰も助けられない。だから例えどんなことでも、助けようとしたことが意味がないなんて間違ってる」
二度目に私は諭すように呟いた。
「だから、もうさっきみたいなことは言わないで」
最後に私は少し怒った口調で呟いた。
「リリス、ちゃん……」
まだなのはは何処か信じ切れていない表情をしていた。
でもこれ以上、私が言えることなんて一つしかない。
これが最後になることを信じて私は自分の思いをなのはに伝えた。
「なのはは私の家族を助けようとしてくれた。私のとってこんなにも意味があることなんてない。だから恨んでもいない。安心して」
「……ありがとう。リリスちゃん」
「うん」
その会話を最後に私たちは特に話すこともなく、そのままでいた。
そう、私がなのはを抱きしめている格好でいた。
(これってもしかして、私かなり恥ずかしいことしてる??)
一度でも意識してしまうともう駄目だった。
恥ずかしいって気持ちが止まらず、顔も熱くなってきた気がする。
唯一まだ助かっていることと言えば、なのはがちょうど私の顔を見ていないことだろう。
そう思った矢先のことだ。
「どうしたの? リリスちゃん、顔が赤いよ?」
……どうしてなのはは私の顔をみるのだろう。
まあ、嘘をついてもしょうがないので、素直に言うことにした。
「えっと、私がなのはを抱きしめていると思ったら……」
「恥ずかしくなっちゃった?」
「……そう」
「にゃはは。リリスちゃん、もっと顔が赤くなったよ」
笑いごとではない。
そもそも私は他人との触れ合いなんて、家族以外にはほとんどないのだ。
手を繋ぐことですらあまりない。
そんな私がなのはを抱きしめているなんて、恥ずかしすぎて気を失ってしまいそうになるぐらいだ。
嫌なわけではない。
けれどこればかしは自分の性格だからどうしようもない。
(なのはが少しでも離れれば、少しは落ちつくかも?)
私はそう思い私の服を掴んでいるなのはの手を放そうとした。
しかしなのはは私が手を触れた瞬間、より一層服をを強く掴んだ。
掴んだその手は微かだが、震えていた?
「なのは?」
「もう少しだけ……このままでいさせて」
よく耳を澄まさないと聞こえないぐらい心細そうな声でなのはは頼んだ。
そんな声で頼まれたら、私は――
「いいよ」
断れるはずがない。
不思議とこういう状況だと私は恥ずかしいなどと思わないらしい。
全くもって都合がよすぎることだ。
私たちは再び特に何もせず、そのままでいた。
私たちはただ時間が過ぎるのを待った。
そしてどれほどの時間がたったかはわからない。
なのはは自分から身を離した。
「やっと、落ち着いたみたい」
「そう。よかった」
そこで私はたまたま時計を見ると、もう夕方ぐらいだった。
意外と時間がたっていたらしい。
この時間ならもうデバイスのメンテナンスも終わっているだろう。
「それじゃ、私は部屋に戻る」
「うん。わかった。お話に付き合ってもらってありがとね」
「なのは。礼を言ってばっか」
「そうかも、しれないね。でもお礼を言うことは大切なことだもの。ちゃんと言わないと」
「……いつものなのはに、戻ったみたい」
私は微笑みながらなのはにこう話し――
「……リリスちゃんのおかげだよ」
なのはは微笑みながら私にこう答えた。
「また、悩みがあったら言って」
「うん。そうするね」
その言葉を最後とし私はなのはの部屋を出た。
そのままデバイスを受け取りにメンテナンス室へと向かった。
その途中、私はある考え事をした。
それは夢のことだ。
私が夢というものに悩みを持っているこの時期に、なのはが嫌な夢を見たことが気になるのだ。
それになのはが見た夢とは私の過去についても触れるもの。
ただの偶然の一言で済めばいいのだが……
(……深く考えないでおこう)
私は考えることをやめた。
今の私が出来ることなんてない。
あるとすれば偶然であることを信じるぐらいしかないのだ。
私は少しばかり歩みを速めメンテナンス室へと向かった。
しかしその瞬間にも嫌な予感が拭いされることはなかった……
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第八話です。