~ボース南街区~
「リシャール大佐って……どこかで聞いたことあるような。」
去って行くリシャールの後ろ姿を見てエステルは呟いた。
「ナイアルさんが言ってた人だね。王国軍情報部を率いるキレ者の若手将校だっていう。」
「あ、そうだった♪うーん、軍人にしてはけっこう話が判るヒトだったね。」
ヨシュアの言葉で完全に思い出したエステルはリシャールの自分達に対する態度を思い出し、感心した。
「ふむ、歳は30半ばくらい、ルックスも悪くないと来たか……。軍人より政治家に向いていそうね。」
シェラザードは自分なりにリシャールを解釈した。
「おーい、お前さんたち。今の黒服の軍人、誰なんだ?なんか見覚えがあるんだが……」
そこにナイアルが工房から出て来て首を傾げながらエステル達に尋ねた。
「なんだ、顔は知らないんだ。ナイアルが言ってた、情報部のリシャール大佐だってさ。」
「な、なにーーーーっ?おいおい、そりゃホントか?」
エステルの答えに驚いたナイアルは聞き返した。
「う、うん……。」
「本人がそう名乗っていたから間違いないと思いますけど……」
ナイアルの様子にエステルはたじろぎ、ヨシュアは丁寧に答えた。
「まさかこんなところで噂の人物に出くわすとは……。こうしちゃいられん!ドロシー、追いかけるぞっ!」
「アイアイサー!よくわかりませんけど~」
エステル達の答えを聞いたナイアルはドロシーと共にリシャールを探すために走り去った。
「は、張り切ってるわね~。インタビューでもするのかな?」
「ふふ、確かに記事にしたら受けそうな人物ではあるわね。」
ナイアル達の様子を見て呟いたエステルの言葉にシェラザードは笑って答えた。
「……ふむ………」
「ん、どうしたの?珍しく真剣な顔しちゃって。」
オリビエの真剣な表情を珍しく思ったエステルは声をかけた。
「いや、今の大佐なんだが……。なかなかの男ぶりであるのはボクも認めるに吝(やぶさ)かではない……。しかし……」
「しかし……なんですか?」
続きが気になり、何かあると思ったヨシュアはオリビエに尋ねた。
「ボクのライバルとなるにはまだまだ役者不足だと言えよう。より一層の精進を期待したいね。」
「聞くんじゃなかった……」
「その自信がどこから湧いてくるのか不思議ですね。」
しかし次に出たオリビエの言葉が全てを台無しにし、エステルとヨシュアは疲れた表情をした。
「そう言えば……さっき大佐達が言ってたけど、イーリュン教で有名でプリネのお母さんと同じ『聖女』の『癒しの聖女』さんがメンフィルの皇族というのは本当なのかい?」
話を変えるためにヨシュアはリシャールが言っていたある事をリフィア達は否定せず、認めたことが気になって聞いた。
「ん?ティア殿のことか?さっきも言ったがティア殿は余の叔母上であり、プリネや父にとっては腹違いの姉になるぞ。」
「おや?確か『癒しの聖女』の名前は『ティア・パリエ』だったと思うのだが……?」
「よく知ってるわね~」
オリビエがティアのフルネームを言った時、エステルは怪しい者を見る目付きでオリビエを見た。
「フッ……そう誉めないでくれ。照れるじゃないか。」
「誉めてなんていないわよ!どうせあんたの事だから、『癒しの聖女』っていう人も美人だから覚えていただけでしょーが。」
「ありえそうね……私も一度だけたまたま『癒しの聖女』がメンフィル大使のところに帰省した時、見たことがあるけど、師匠やメンフィルの武官達と並んでもおかしくない容姿はしていたからね……」
「ハハ………それでどうして『癒しの聖女』さんはリフィア達の名前を使わないんだい?」
エステル達とオリビエのやり取りに苦笑したヨシュアは本題を戻した。
「ティアお姉様は同じイーリュンの信者であったお母様の遺志を継ぐ意味でお母様の名前で名乗っているんです。それにマーシルンの名はどちらの世界でも有名すぎますから………もちろん必要と思った場面では私達の名前を使っているそうですから、多分リシャール大佐達はその時の情報を手に入れたんでしょうね……」
「……ねえ。話を聞いてて思ったんだけどさ。プリネのお父さんって聖女様を含めて何人奥さんがいるの?今までの話から考えると少なくとも3人はいるよね?」
プリネの説明を聞いていたエステルはある事に気付き聞いた。
「お父様の側室の数ですか?え~と……何人でしたっけ、お姉様?」
「正式に認められているのはアーライナ神官長ペテレーネ、闇剣士カーリアン、近衛騎士団長シルフィア、イーリュンの神官ティナに各王公領の姫君であった、セルノ王女ラピス、バルジア王女リン、スリージ王女セリエル、フレスラント王女リオーネだからリウイの側室は8人だな!」
次々とリウイの側室の名前を言うリフィアの言葉にエステルは一瞬、夜空の様な長く美しい黒髪をなびかせる女性と、その女性の横に並ぶように肩まで切りそろえた陽の光の様な輝く金髪の女性の後ろ姿が頭に浮かんだ。
(……え……?今、頭に浮かんだ2人は誰?何だろう?2人が自分のように思えるのはなんで………??)
リフィアが口に出して言ったリウイの側室であり”幻燐戦争”の英雄達の知らないはずのある名前を聞き、頭に浮かんだ女性達の後ろ姿にエステルは何かが心に引っかかり、無造作に胸を抑え俯いた。
「8人って……いくら大国の皇帝とはいえ凄い数だね……」
一方ヨシュアはエステルの様子に気付かず、リウイの側室の数に驚いた。
「それがリウイの器の大きさよ!世継ぎである子供を作るのも王としての務めだからな!」
「だからと言って限度があるでしょうに……よく後継者争いとかにならなかったわね?」
リウイのことを誇っているリフィアを見てシェラザードは溜息をつき呟いた。そしてシェラザードの言葉にプリネは微笑みながら答えた。
「フフ……確かに普通ならそう思いますが、お父様はああ見えて家族を大切にする方ですからお兄様方や側室の方々を誰一人ないがしろにせず、家族として大事に接してきました。また、側室の方同士仲がよかったですから。そのおかげで私を含めてお兄様方はみんな仲がいいですし、それぞれの側室の方々の中には領主、あるいはその親族である方もいらっしゃいましたから、その方々のご子息やご息女は自分の母親の領を継ぎましたし、中には兄妹同士で結婚した方々もいらっしゃいますよ。」
「ほう……半分とはいえ血が繋がっている兄妹同士が結ばれるとはこちらでは考えられないことだけど、それも異世界特有の文化かい?」
兄妹同士が結婚した事に驚きを隠せていないオリビエはプリネに聞いた。
「……まあほとんどの神殿では兄妹同士の結婚は禁じられていますが、メンフィルと友好的な神殿では特に禁じられている訳ではありませんから。」
「ふむ……しかし夫婦の絆でもある子供は生まれるのかね?兄妹同士では生まれないと聞いたことがあるよ?」
「その心配は無用です。すでにその証拠はオリビエさんの目の前にいますよ?」
「ほう。どういうことかね?」
プリネの言葉にオリビエは首を傾げて聞いた。そしてオリビエの様子を見てリフィアは胸をはって答えた。
「その証拠とは余だ!」
「リフィアが?」
高らかに言ったリフィアをヨシュアは不思議そうな表情で見た。
「うむ!余の父――シルヴァンはリウイと側室の一人であり近衛騎士団長であったシルフィアの息子で、同じく母――カミ―リはリウイと同じ側室のカーリアンの娘だ!」
「へえ………エステル?どうしたんだい?」
弱冠驚いたヨシュアは先ほどから黙って俯いているエステルの様子がおかしいと思い、声をかけた。
「へ!何??」
ヨシュアに呼ばれたエステルは驚いて顔を上げた。
「いや、エステルがさっきから黙っているからどうしたのかと思って。」
「ちょっと考え事よ!それより、リフィアのお父さんが今のメンフィル皇帝だっけ?」
「うむ、それがどうかしたか?」
「さっきの話を聞くとリフィアのお父さん達のお母さんって側室なんだよね?」
「……ああ。」
エステルの言葉に何かあると思ったリフィアは真面目な表情をして先を促した。
「気になったんだけど……プリネのお父さん――リウイって人だっけ?のえ~と……正室の子供はいないの?」
「!!」
エステルの言葉にリフィアは目を大きく開いて驚き
「………………」
エヴリーヌは複雑そうな表情をし
「…………………それは…………」
プリネは悲しそうな表情で呟いた。
「え?え?何?あたしなにかマズイこと言った??」
リフィア達の空気が凍ったことに気付いたエステルは慌てて聞いた。
(どうしたんでしょう、リフィア達。)
(私にもわかんないわよ……ただ、以前師匠にもメンフィル大使の正室の方はどんな方か聞いたことがあるんだけど、いつもはぐらかされるのよね……)
(ふむ……何か深い理由がありそうだね。)
リフィア達の様子がいつもと違う事にヨシュア達は小声で会話をしていた。
「えっと……お父様の正室の方ですね。実は正室の方は若くして子を残さず死去されたのです。」
「あ………ゴメン……もしかしてあたしかなりマズイことを言ったみたいだね………」
気を取り直したプリネの言葉にエステルは気不味そうな表情をして謝った。
「いえ、気にしない下さい。知らなかったのですから仕方ありません。……お父様と正妃様の出会いは決していいものではありませんでしたが、お互い惹かれ、愛し合い、周囲の者達が羨むような仲睦まじい夫婦で、誰もがお父様達の子を期待したのですが正妃様は若くして無念の死を遂げられたのです……」
「そう……だったんだ……病気か何か?」
「………まあ、そのようなものだ。ちなみにプリネの母であるペテレーネは当時、リウイと正妃様の傍で世話をする侍女として仕えていたのだ。」
「聖女様が………」
リウイの愛妻、イリーナの最後を誤魔化し話を変えたリフィアから聞いた、ペテレーネの以外な過去にエステルは驚いた。
「まあ、それは今でも変わっておらぬがな。プリネを産んで側室という位を得たにもかかわらず、未だにあ奴は臣下の態度を取り続けているからな……リウイはもちろんのこと、余やファーミシルス、同じ側室であるカーリアンも気軽な態度をとることを認めているというのに………」
リフィアはペテレーネのリウイに対する普段の態度を思い出し溜息をついた。
「まあ今まで仕えている人、しかも皇帝に臣下の態度をなくすなんて本人にとっては難しいことだと思うわよ。……さて、話はここまでにして調査の再開をしましょうか。」
「うん、そうだね。そういえばハーケン門でリフィア達がヴァレリア湖で何か気になることがあったて聞いたけど何なの?」
シェラザードの言葉に頷いたエステルは調査を再開しようと歩きかけた時、ある事を思い出しリフィア達に聞いた。
「おお、それを伝えるのをすっかり忘れていたな。」
エステルから聞かれたリフィアはエステル達がラヴィンヌ村に行き軍に拘束されている間に手に入れた情報を話した。それはヴァレリア湖で最近妖しい男女の2人組が現れ会話を
しているというものだった。そしてその内の女性が学生服を着ていたことをエステル達に伝えるとエステル達は驚いた。
「学生服って、まさか……」
「ジェニス王立学園かい!?」
リフィア達の情報にエステルは驚きヨシュアは確認した。
「余はそのジェニス王立学園とやらの制服は知らぬが少なくともその情報を持っていた者は、学生服を着ていたと言っていたぞ?」
「……決まりね。早速ヴァレリア湖に行きましょう。」
シェラザードはリフィアの言葉に頷き、エステル達に目的地であるヴァレリア湖に向かうよう促し歩き出した。エステル達が歩き出しリフィアとプリネが仲良く会話をしている姿を、オリビエはエステル達が見た事もない意味ありげな眼差しで後ろから見つめた。
「…………フッ………………(ボクとしたことが……らしくないことを考えてしまった。)」
口元に笑みを浮かべた後、すぐにいつもの表情に戻したオリビエはエステル達の会話に混ざり、エステル達と共にヴァレリア湖に向かった………
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第42話