ナイアルの情報の真偽を確かめるためにエステル達はボース西街道の先にあるラヴィンヌ村へ続く道、ラヴェンヌ山道を歩いていた。
~ラヴェンヌ山道~
「あれ……?」
エステルは山道から下って来る人物に気が付いて立ち止まった。
「おっと……」
下って来た人物――アガットもエステル達に気付いて近付き立ち止まった。
「シェラザードか。珍しいところで会うもんだな。」
エステル達の中にシェラザードの姿を見たアガットは口を開いた。
「それはこっちの台詞だわ。王都方面からこっちに移ってきたって話は聞いたけど、あんたも事件を調べに来たクチ?」
「いや、ヤボ用でな……。そういや、例の事件は空賊の仕業だったらしいな?しかし、お前が来たんだったら安心して任せられるってもんだ。せいぜい頑張ってくれよ。」
「なによ、冷たいじゃないの。先生が捕まったかもしれないって、あんたも聞いているはずでしょう?」
協力的でないアガットにシェラザードはムッとして言い返した。
「捕まった?あのカシウス・ブライトが?はははッ、冗談キツイぜ!あの喰えないオッサンが空賊ごときに遅れをとるもんか!なんかの間違いに決まってるさ。」
「あたしもそう信じたいけど……」
シェラザードの発言にアガットは笑い飛ばして否定し、言った本人であるシェラザードもあまり確信を持てなかったため溜息をついた。
「(何なのかしら、この人……)」
「(分からないけど……遊撃士であるのは確かみたいだね。)」
エステルとヨシュアはアガットの正体を知らないため小声で何者かを話していた。そしてアガットはエステル達にも気が付き、シェラザードに聞いた。
「ところで……そこのガキどもはなんだよ?見たところ、新入りみたいだが。」
「ふふん、聞いて驚きなさい。カシウス先生のお子さんよ。」
アガットの疑問にシェラザードは自慢をするように言った。
「こりゃ驚いた……あのオッサンの子供かよ。ふーん、こいつらがねぇ……………………………………」
シェラザードの言葉に驚いたアガットはエステルとヨシュアを注意深く見た。
「な、なによ?じろじろ眺め回しちゃって……」
アガットの様子にエステルは戸惑った。
「黒髪の小僧はともかく……そっちの娘はドシロウトだな。本当に、オッサンの娘なのか?」
「あ、あんですってー!?」
一通り見たアガットの結論にエステルはムッとした表情で声を上げた。
「彼女は正真正銘、カシウス・ブライトの娘です。僕の方は、養子ですけど。」
「そうよ。それにこの子はちょっと特別でね。」
「特別?どういうことだ?」
ヨシュアはアガットにエステルのことを説明し、シェラザードはそれに頷いた後意味ありげなことを言い、それを聞いたアガットは頭に疑問符を浮かべた。
「エステル、パズモのことを見せて上げたら?」
「あの子は見せ物じゃないんだけどな……まあ、いいわ。………おいで!パズモ!」
ヨシュアの言葉にエステルは溜息をついた後、パズモを召喚した。
(何か用?エステル。)
「ごめんね、ちょっとだけこいつにあたし達の力を見てもらうために呼んじゃった。」
要件を聞くパズモにエステルは手を合わせて謝った。
「んな!?なんだ、こいつは!?どうやって現れた!!」
一方パズモを知らないアガットはパズモの登場の仕方と姿を見て驚愕した。
「この子はあたしの守護精霊よ!!」
驚いている様子のアガットにエステルは胸を張って答えた。
「守護精霊?なんだそりゃ??」
エステルが言った言葉の意味がわからないアガットは聞き返した。そしてパズモのことをエステル達はわかりやすいように説明した。
「ふーん。要するにその小さいのはテメエがあまりにも弱いから情けをかけているだけじゃねえか。そんなんにまで情けをかけられるなんてドシロウトであるいい証拠じゃないか。」
「あ、あんですってー!?あたしとパズモの出会いも知らないくせにあたしとパズモの絆をバカにするようなことを言わないでちょうだい!!」
(そうよ!!私はエステルのことが好きだから契約したのよ!!)
アガットの言葉にエステルとパズモは怒って睨んだ。
「ふーん………ま、そんな事はどうでもいいか。」
「ど、どうでもよくないッ!」
(そうよっ!!今の発言、取り消しなさい!!)
エステル達の睨みを軽く流したアガットにエステルとパズモはアガットをさらに睨んだ。
「じゃあな、シェラザード。ガキどもに足を引っ張られないよう、せいぜい気を付けるんだな。」
「はいはい。あんたこそ突っ張りすぎて痛い目に遭わないよう注意なさい。………あ。そう言えばもうあんた、一度痛い目を見てるわね。」
「あん?どういう意味だそれは?」
去り際に放ったアガットの警告にシェラザードは呆れたように答えた後、あることに気付きそれを言った。一方それを言われたアガットは何のことかわからず去り掛けだった足を止めてシェラザードの方へ向いた。
「聞いたわよ~♪プリネさんに喧嘩売った挙句、返り討ちにあっちゃったってこと♪」
シェラザードはからかう表情でアガットに言った。
「ぐ!?クソッ……あの爺っ……!!余計なことを話しやがって!!」
図星をつかれたアガットは一瞬顔を顰め、悪態をついた。
「そのことにこりたら、自分の腕を過信せず精進することね~♪」
「チッ……余計なお世話だよ!!あの小娘から受けた借りもリベンジしていつか返すつもりだから、せいぜい言ってろ!」
シェラザードの言葉にアガットは舌打ちをして、いつかプリネとまた再戦することを言った後エステル達の元から去って行った。
「あら~………あの様子だと懲りてないわねこりゃ。」
アガットの後ろ姿を見送ったシェラザードは呆れて呟いた。
「な、なんなのアイツ!?めちゃめちゃムカつくんですけどー!………ってあれ?さっきシェラ姉、今の失礼なヤツがプリネに負けたって言ったよね?確かその負けた人の名前ってアガット?だっけ?」
「うん、そうだね……今の人が『重剣のアガット』だね。」
最後まで自分達を認めなかったアガットにエステルは頭にきて怒った後、あることに気付きヨシュアはそのことに頷いた。
「『重剣のアガット』?シェラ姉の『風の銀閃』みたいに二つ名がついてるみたいだけど、あんなのが凄いの?」
「ええ。アガット・クロスナー………遊撃士協会の正遊撃士よ。特定の所属支部を決めずに各地を回りながら活動してるわ。得物は、魔獣を一刀両断できるほどの質量のある大剣……。以前にも言ったけど、かなりの凄腕よ。」
エステルの疑問にシェラザードは頷いて説明した。
「ふん、凄腕だろうが失礼なヤツには違いないわよ。それにプリネに負けたんでしょ?だったら大したことないんじゃないの?」
シェラザードからアガットのことについて説明されたエステルは鼻をならしてそっぽを向いた。
「あんたね……プリネさんの場合は例外よ。あの人は”闇夜の眷属”である上普段から強豪揃いのメンフィルの中でも一、二を争う武人達や大陸最強と言われている父親に鍛えられているんだから、アガットに勝って当たり前よ。」
エステルの発言にシェラザードは呆れて言った。
「そうだよ、エステル。でもそう言えばあの人、父さんの実力は認めているけど、好意的とはいえない態度だったね。」
「そう言われてみればそうよね……なんか父さんの知り合いみたいだったけど……」
シェラザードの言葉に頷いたヨシュアはあることに気付きそれを言い、またエステルもアガットが父を知っている風のようなことを思い出した。
「色々と事情があってね……。先生に対して突っ張ってるのよ。」
「ふーん……。まあ、どうでもいいか。あんな失礼なヤツのことなんか。ラヴェンヌ村へ急ぎましょっ!」
シェラザードの説明をエステルは聞き流した後、先に進むために歩き出そうとしたがヨシュアが呼び止めた。
「待った!エステル!」
「どうしたの、ヨシュア?」
ヨシュアの呼び止める言葉に気付いたエステルはヨシュアに振り返った。
「……………誰かに見られている気がするんだ………」
「へ……!?誰もいないけど??」
ヨシュアの言葉に驚いたエステルは周囲を見回したが誰もいなかったのでヨシュアにそれを言った。
「……ごめん。ただの気のせいだったみたいだ。心配させてごめん。」
「もう、ヨシュアったらビックリするようなことを言わないでよね~」
周囲を全力で警戒したヨシュアだったが敵意は感じられなく、すぐに視線の感触も消えたので警戒を解いてエステルに謝った。
「あんたはもう少しヨシュアを見習いなさい。あんたはガードが甘すぎるからね。」
「あう。う~……そういわれても、あたし自身よくわからないのね~。」
シェラザードはエステルに注意した後、エステルの額を指で軽く叩いた。シェラザードに注意されたエステルは唸った。
「全く……パズモ、これからもこの暴走娘を頼むわね。」
(ええ。そのために私がいるんだから。)
エステルの様子に溜息をついたシェラザードは常にエステルの傍にいるパズモにエステルのことを軽く頼んで、パズモはそれに頷いた。
「はは、その内身につけると思うよ。じゃあ、行こうか。」
「ええ、そうね!」
3人のやり取りにヨシュアは苦笑した後、先を促しエステルもそれに頷いて、パズモを一端自分の身体に戻した。そして3人は再びラヴィンヌ村へ向かった。
エステル達がその場から離れた後、ヨシュアが言っていたエステル達――正確にはパズモを召喚したエステルを見つめる存在が崖の上にいて、その存在は崖から飛び降りてエステル達が向かった方向を見つめていた。
「…………………………………」
その存在は鋭い瞳と牙や爪を持ち、そして炎を纏ったような見事な毛並みの狐であったが、尾は数本あり体の大きさは普通の狐と比べると数倍は大きい狐であった。
「…………………………………」
そしてその狐は素早い動きで崖を登り、エステル達を追うようにエステル達が向かった方向へ走り去った……………
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第34話